頑張ります。
依姫の言う、39億年前の地球に降り立った宇宙人の少女――その人物に、私は心当たりがあった。
「それってもしかしてアンナのことか?」
「ええ、その通り。あなた方が原初の地球で助けた人型宇宙人の少女。彼女がキーマンになります」
「……それ本当か? だって39億年前だぞ? 幾らなんでも年月が離れすぎてるし無理があるでしょ」
それに確か、豊姫が『原初の地球は今の時代から見れば異世界のようなもの。バタフライ効果は、起きる前と起きた後の世界の条件が同じでないと起こりえない』と話していたし。可能性としては……。
「あっ! もしかしてアンナがまだ生きてるとか?」
「残念ながら彼女はとうの昔に亡くなっていますし、子孫も存在しません。銀河連邦のデータベースで確認したので間違いありません」
「そうなのか」
アンナ生存説はあっさりと否定され少し悲しい気持ちになる一方、妹紅はこんな質問をする。
「外の世界の人間が銀河帝国を怒らせるようなことをした。とかじゃなくて? 本当にアンナが関係してるの?」
「根本的な原因はそこではありません。〝未来から来た魔理沙達がアンナを助けた″この行為こそが、宇宙の歴史を大きく変えるターニングポイントだったのです」
「……どういうこと?」
何故人助けをしただけで、そこまで壮大な話になってしまうのか理解が追い付かない。
「また話が長くなってしまいますが、よろしいですか?」
「ああ」
もう長い話を聞くのには慣れている。
「アンナが地球に来た経緯はもうご存知かと思いますので、彼女が地球を経った後の話をします」
そう前置きをして、依姫は語り始めた。
「惑星探査員としての仕事を終えてアプト星に帰った彼女は、地球で経験した出来事をその星のデータベース――イメージ的には無限に本が貯蔵された図書館のようなものと思ってください――に残しました。彼女のもたらした情報は最高ランクの機密情報として厳重に保存され、アプト文明が滅ぶその時まで日の目を見る事はありませんでした」
「そして長い月日が流れ、西暦に直しておおよそ紀元前1万年頃、当時はまだ勢力圏が狭かった銀河帝国の巡洋戦艦――宇宙を探索することに重きを置いた宇宙船と思ってください――がアプト星を訪れました。その頃にはかつて栄華を極めた宇宙文明は見る影もない程に荒廃しており、生命は存在しませんでした。そんな星に来た目的は、39億年前に宇宙一の科学力とも呼ばれていた古代文明の叡智を求めるためで、大地に降り立った彼らは砂に埋もれた遺跡を掘り起こしました」
「へぇ」
私の脳内では、考古学のように古い地層に埋もれた化石を掘り起こすようなイメージが浮かんでいた。
「やがて彼らは39億年前のアプト文明のデータベースを発見し、すぐにその情報の解析に乗り出します。長い年月により殆どの情報が風化してしまっている中、ついに彼らはデータベースの最奥に残された最高機密情報に辿り着き、解読に成功しました」
「――まさかそれって」
最高機密情報、その言葉に嫌な予感がしていた。
「ええ。彼らはアンナが残した情報――【太陽系にこの宇宙で唯一無二のタイムトラベラー霧雨魔理沙が住む星を発見した。その名を地球と言い、まだ生命が発生したばかりの若い惑星みたいだが、今後の発展に期待できるので注視すべき】という記録を見つけました。銀河帝国の目的は宇宙の覇権を握ること。それを実現するためにかねてから時間移動の研究に力を入れていたそうですが、理論や定理に矛盾がなくとも時間跳躍に成功しない謎のジレンマに陥っていたそうです」
「!」
『高度な知性を持った生命体が高度な文明を築き上げた際には、すべからく時間に目を付けて時間移動を試みようとするわ。けれど時間は誰にでも等しく平等に流れる絶対的な概念。一個人によって歴史が滅茶苦茶になってしまわないように、時の回廊に仕掛けを施したのよ』
時の回廊で聞いた咲夜の言葉が、私の脳内にフラッシュバックした。
「この情報を知った銀河帝国は、タイムトラベラー発祥の地に時間跳躍のヒントがあると目論み、【太陽系】に存在する【霧雨魔理沙】という人物を捜すべく、宇宙航海に積極的に乗り出していったのです」
「なんだよそれ……」
あの時深く考えずに喋った話でここまで未来が変わってしまうのか。バタフライエフェクトとはこんなにも恐ろしいものなのか。私はとてつもない恐怖を感じていた。
(アンナはなんでこんな記録を残したんだ……?)
「風が吹けば桶屋が儲かる、をまさに体現してるような話だな……なんというかもう、言葉が出ない」
「まさに口は災いの元ね」
ここまで無言を貫いていたサグメが思わずこぼしてしまうほど、衝撃が大きかったようだ。
「でもたったそれだけの記録でそんな大胆な行動に出るのかしら? 普通なら信じないと思うけれど」
輝夜のふとした疑問に、依姫はこう答えた。
「あくまで私の推測ですが、かつて宇宙で一番発展していたとされる文明が最も大切にしていた情報なので、信憑性は高いと判断したのではないでしょうか」
「あ~言われてみればそうかもねー。秘密は奥深いほど興味が出てくるものだし、ウフフ」
輝夜が納得した様子をみて、依姫は再び私の方に顔を向ける。
「ちなみにこれは余談ですが、銀河帝国が血眼になって探している人物ということで、霧雨魔理沙の名は脚光を浴び、他の銀河でもかなり有名になってますよ? あなたを題材にした大衆小説や映像作品が作られているくらいですから」
「!?」
予想外の情報に驚く私をよそに、豊姫も口を開く。
「本人を知ってる身からすれば、異星人の創り上げる〝霧雨魔理沙″とのギャップに笑ってしまったわ。清廉で高潔な完全無欠の人間として描かれたこともあれば、宇宙の歴史を影から操る黒幕として描写される作品もありましたもの」
「なにそれ! 超見たいんだけど!」
「彼女のイメージが壊れちゃうからやめておいた方が良いわよ。主役を演じる役者のルックスも首をかしげるものだったし。きっと私達と異星人では美的感覚が違うのでしょうね」
「そうなのね、ならやめておきましょ」
(私の預かり知らぬところでそんなことになってるとは)
これについてどう反応したらよいか分からず、困惑するばかりだ。勝手に人の名前を使って変なキャラクターを作り上げないでもらいたい。
「コホン、話を戻します。要約しますと、【魔理沙がアンナを助けたことでアプト星に時間移動の記録が残り、それが巡り巡って銀河帝国に知られてしまい〝地球を捜す動機″を生みだしてしまう】。ということになります」
「これは迂闊だったなぁ……。もうちょっと考えて行動すべきだった」
せめてタイムトラベル関連について口止めしておくべきだった。あの時動揺していたこともあり、そこまで頭が回らなかったのが失敗だ。
「魔理沙は何も悪くないわ。あなたの善意がこんな形で巡り巡って返ってくるなんて、誰も予測できないもの」
「悪いのは銀河帝国だしね~うん」
「気に病む必要はないよ」
豊姫、輝夜、妹紅の言葉に皆が肯定の意思を示していたが、しかしそれでも、私の行動で地球の命運を定めてしまったのかもしれないと考えると、やるせない気持ちになってしまう。
(……あまり落ち込んでる場合じゃないな。幸いにも私には結果を覆す力があるんだ。前を向いて行こう)
そう気持ちを切り替えることにして、私は続きを促す。
「とにかく、39億年前の出来事がきっかけとなったというのはわかった。それで、二つ目のターニングポイントってのはなんだ?」
「それは銀河帝国が〝地球を発見するきっかけ″です」
「きっかけ?」
「宇宙は限りなく広く、その全体像は未だに判明しておりません。加えて銀河帝国と地球は9000万光年も離れています。なのでおよそ1万2000年経っても、一向に発見することは出来ませんでした」
「でも、そうは言っても実際に見つかっちゃったんだろ?」
依姫は頷きさらに言葉を続ける。
「そんな厳しい条件にも関わらず彼らが発見できたのは、地球から宇宙の知的生命体に向けて発信されたメッセージを受け取ったからです。……この写真を見てください」
彼女はテーブルの上に置かれていたリモコンを手に取り、画面に向けて操作する。一枚の写真が表示され、黄金色のレコードが映っていた。
表面には何かの記号のような単純な線模様が刻まれ、表側のラベルには『THE SOUNDS OF EARTH』――直訳すると地球の音と記されていた。
「レコード盤みたいだけど、これは?」
「これは今から1030年前の西暦1977年9月5日、太陽系及びその外側探査の目的で発射された人工衛星【ボイジャー1号】に搭載されていた、通称【ボイジャーのゴールデンレコード】と呼ばれる代物です」