――西暦????年??月??日――――
「!」
タイムジャンプした直後、今までとは違う雰囲気を感じ取った私は、すぐさま窓の外に視線をやる。
いつの間にか停止した機体。無機質な光が機内を照らす中、外は先程までの瞬く星々がまるで幻のように消え去り、宇宙とは似て非なる深淵の闇に包まれていた。そして宙に浮かび上がる多種多様な形をした針も時間もデタラメな時計達が、この場所が普通ではないことを物語っている。
どうやら今いる場所は、初めて幻想郷から宇宙へ飛び出した時に迷い込んだ時計だらけの世界のようだ。
(どうしてこんなタイミングで……?)
西暦200X年から紀元前39億年に遡った時にはこんなことなかったのに。
(結局どれも推測でしかないんだよなぁ。モヤモヤしてしょうがない)
前回は偶然発見した超自然的な力を放つ懐中時計を動かすことで、世界が動き出してこの場所から脱出できたけど、今回も同じことをしなきゃいけないのだろうか。
「はぁ、しょうがない。にとり、外に出たいからハッチを開けてくれないか?」
(こう何度も変な場所に巻き込まれてしまうのも何とかしないといけないな。一度隅から隅まで歩き回ってみるか?)
ヘッドセットを脱ぎ、外に出た時のプランを考えながら扉が開くのを待っていたが、いくら待ち続けても返事がない。
「お~いにとり、どうしたんだ? 聞こえてるか?」
首を傾げつつも、後ろからポンと肩を軽く叩いてみたが、何の反応もなく硬い感触が伝わってくるだけ。
「?」
不審に思い、私は腰を上げてにとりの横に回り込んだところで、彼女の異変にようやく気づく。
「!?」
なんとにとりは、目を見開いたまま真顔でレバーやスイッチに手を掛けたポーズのまま硬直していたからだ。
「ちょ、どうしたんだよ!?」
慌てて肩を揺らしてみても、首がガクンガクンと揺れるだけで返事がなく、表情も全く崩れない。その姿はまるで、等身大の河城にとり人形に成り代わってしまったかのような不気味さを感じさせる。
「――まさかっ!?」
すぐに体を反転させて妹紅に駆け寄っていったが、私の嫌な予感は見事に的中してしまった。何故なら彼女もまた、にとりと同じように足を組んだ状態で正面を見たまま、精巧なマネキン人形のように停止していたからだ。
「おい妹紅! 聞こえているか!?」
必死に呼びかけながら顔の前で手を振ったり、肩を揺すったり、思い切って頭をシェイクさせたりくすぐってみたりなどあらゆることを試してみたが、やはり反応はない。
「どういう、ことなんだ……」
(以前はこんなことなかったのに……)
理解不能な現象が立て続けに起こり、頭がパンクしてしまいそうだ。感情のままに泣き叫びたくなったが、理性を必死に繋ぎとめて、その衝動をぐっと堪える。
(落ち着け……落ち着くんだ私。にとりと妹紅に何が起こってる?)
一度席に着いて、固まってしまった二人を改めてじっくりと観察するも、両者共に瞬き一つせず虚空を見つめたままだ。
先程あれだけ揺らしまくったのに全く反応がないので、眠っている可能性は低いだろう。そもそも目が開いたままだし。次に、もしかしたら亡くなってしまったのではないか――という最悪の可能性を考えたが、にとりはともかく、不老不死の妹紅までもが完全に反応が無いので、この説もあり得ない。
これは、そう。まるで世界の時間が止まってしまっているような――。
(……もしかして時間停止か? でもあれは咲夜の専売特許な筈じゃ)
「!」
その時、視界の隅で何かが動いた気配を感じすぐさま振り返る。閉じられていた筈のコックピットの扉がいつの間にか開いており、一拍遅れたタイミングでハッチが開く音も遠くから聞こえて来た。
「……これは誘っているのか?」
誰も何もボタンを操作していないのに、扉が開く怪奇現象。明らかに何者かが介入しているとしか思えない。
『あたしの星では『我々の手の届かない場所に居る〝超越者″、もしくは【神】に等しい存在が全宇宙の時間の流れを制御している』と結論付けられました――』
深刻な表情で語ったアンナの言葉が脳内によぎる。
もしかしたら本当に、この謎の空間に〝神″がいるのかもしれない。
「よし、行くか」
私は意を決してコックピットの外に向かった。
「…………」
機体から降りて外に出た私は、気を引き締めて周囲を警戒する。
暑くもなく寒くもなく、静寂に包まれた世界。濃霧の中に放り込まれたかの如く、100m先すら望めない視界の悪さ。にも関わらず、空中に浮かぶ時計だけは、どれだけ遠くに離れていても視力の限りくっきりと見えている。
というかこの場所は何年何月何日なんだろう? そう思って脳内時計に思考を巡らしたが。
「エラーか?」
これまでどんな場所でも正確に時間を伝えて来た脳内時計は『????』と表示されており、もしかしたら時間の概念が存在しない場所なのではないか? という疑念が残る。
(……考えていても仕方ない。謎を掴むには前に進むしかないだろう)
一歩、二歩と、柔らかくも硬くもない地面を踏みしめ、前も後ろも分からない不確かな場所を探りながら気を配る。
(あまり離れ過ぎると帰れなくなりそうだな)
以前来た時よりも視界が悪くなっているので、慎重に行動しないと永遠の迷子になってしまいそうだ。
ひとまず近い場所からうろついていこうかなぁ、と思い始めたその時、この空間全体にハイヒールの音が響き渡る。
「!」
息を殺して立ち止まり、耳を澄ませながら全方位へと気配を探っていく。その音は徐々に大きくなっていた。
(こっちか!)
体を90度ずらし、万が一の為に八卦炉に手を掛けつつ、足音の主を待ち構える。
1秒が10秒のように長く感じる体感時間。闇に包まれた空間から徐々に人影が見え始め、その主は完全に姿を現した。
「クスッ、久しぶりね魔理沙」
「お前はっ――!」
予想だにしていない人物の登場に、私は驚愕した。
見た目10代後半くらいの若々しい容姿、シルクのような流れる銀髪におさげをぶら下げたボブカットヘア。サファイアのような蒼い瞳。クールな印象を受ける端正な顔立ち。
それは私の数少ない人間の友人の一人で、紅魔館のメイド長として働いていた【十六夜咲夜】と瓜二つの女性だった。
だが彼女はもう遠い過去の人物だ。まさかこんな場所で再会するとは思えない。
「――私が知る咲夜なのか?」
愕然とした私の口からまず真っ先に出て来たのは、相手の正体を確かめるような言葉だった。
「ええ。かつて紅魔館でお嬢様に仕えて白玉楼で別れを告げた、あなたが良く知る十六夜咲夜本人ですわ」
「!」
私の問いかけに微笑みながらはっきりと肯定したことで、多くの疑問が口から飛び出す。
「なんでお前がこんな所にいるんだ!? 201X年に亡くなった筈じゃなかったのか!? てかここがどこか知っているのか!? しかもその恰好は……!」
咲夜は生前? に着けていたトレードマークとも呼べるメイド服ではなく、純白のロングワンピースを身に纏い、イメージとしてはブーケのないウエディングドレスのような清廉とした印象を受ける装いだった。
「フフ、混乱しているみたいだし、一つずつ質問に答えていきましょうか」
そうして咲夜は語り始めた。