魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第78話 魔理沙の推論

(待てよ? 過去を改変しても並行世界に分岐するんだとしたら、時間移動に意味はあるのか?)

 

 これまでの例で考えると、私は本来起こる筈だった〝西暦200X年の霊夢の自殺″の原因を取り除いたことで、この世界の霊夢は自殺することもなく人として天寿を全うした。

 

 しかしこの並行世界理論で考えると、〝霊夢が自殺した世界″と〝霊夢が自殺しなかった世界″の二つが、同時に存在することになる。

 

 そうなると、私が霊夢の自殺に介入したことにより、私だけが〝霊夢が自殺しなかった並行世界″に移動しただけとなり、〝霊夢の自殺″そのものは防げていない事になる。

 

 つまり突き詰めて考えていけば、〝咲夜が過労で倒れ、手紙を書かなかったことによりレミリアが未だに立ち直れていない世界″、〝廃墟となった幻想郷、その壊れた博麗神社でただ一人私を待ち続けている紫″、さらには〝人間達の侵略によって都会となった元幻想郷の博麗ビルの屋上で、今が変わる事を待ち続けている紫″の並行世界も存在していることになる。

 

(なんでこんな単純なことに気が付かなかったんだ私はっ……!)

 

 霊夢の救出という結果に満足して、その先の事を全く考えていなかった。言うならば、思考停止してしまっていた。

 私なりに全てを救ってきたつもりが、実は全くの見当はずれで、当事者は今もなお苦しみ続け、私だけが幸せになってしまっていた――

 

「……大丈夫か魔理沙? なんか顔色悪いぞ」

 

 それが顔に出ていたのか、妹紅に心配されてしまったが。

 

「大変なことに気がついてしまった、妹紅……。私はとんでもない思い違いをしていたんだっ!」

 

 震える声で、妹紅に縋りつく。

 

「ど、どうしたんだよ?」

「たとえ時間移動して歴史を変えたとしても、別の並行世界に分岐するのなら根本的な問題の解決にならないんだっ! これがどういう事を意味しているか分かるかっ!?」

 

 残された彼女達の事を考えると自然と語気が荒くなり、強く胸を締め付けられ、涙が溢れ出してしまう。

 私はこれまでの行いを懺悔するかのように、先程纏めた自分の考えを吐露していったが。

 

「……なんだ。今頃気が付いたのか」

「え……?」

 

 激情する私とは打って変わって淡白な反応だった。 

 

「西暦300X年の路地裏で魔理沙の理論を聞いたあの時から、とっくにその結論に至ってたよ。過去を真の意味で変えることなんてできないって。それでも私は、どんな犠牲を払ってでももう一度平和な幻想郷の世界を見届けたい――、その気持ちで協力を申し出たんだ」

「妹紅……」

『まあ、あの息苦しい世界にいるのが嫌だった――ていう打算的な目的もあったけどね』と切ない笑みを浮かべながら、妹紅は答えていた。

 

 彼女の覚悟は、深く考えていなかった私よりも複雑なものでいて、とても虚しいものだった。

 しかし、そんな不幸しか生み出さない残酷な現実を認めたくなかった私は、目を丸くしていたアンナに助けを求めるかのように問い詰める。

 

「――そうだっ! なあ、アンナ! さっき『時間の流れが全て解明された』って言ってたよな!? だったらさ、アンナの星では時間軸の仕組みはどう解釈されてるんだ!? 教えてくれ!」

「は、はいっ!」

 

 アンナは一瞬驚きつつも、言葉を選びながら答えていった。

 

「え、ええとですね、先程『アンナの星の人達は誰でもタイムトラベルできるのか!?』という言葉に頷きましたが、少し語弊があります」

「……どういうことだ?」

「この宇宙には、科学では解明できない理屈や事象が山ほど存在します。その中でも時間移動は最たるもので、理論や方程式が完璧でも必ず失敗してしまうのです。なのであたしの星では眉唾物扱いされてまして、殆どの人が関心を持ってません」

「理論や方程式が完璧でも成功しない?」

「へぇ、にわかには信じられんな」

 

(成功しないってことはつまり、理論が間違ってるってことなんじゃないのか?)

 

 アンナの話を聞いても頭にクエスチョンマークが浮かぶばかりで、言葉の意味がさっぱり分からない。

 

「この事象に関して、研究者達は『我々の手の届かない場所に居る〝超越者″、もしくは【神】に等しい存在が全宇宙の時間の流れを制御している』と結論付けたため、一般公開されています」

「神様が制限してる――って、そんなのありえるのかよ!?」

「でも現実として過去や未来に行けた人は一人もいません。どれだけ科学が発展しても、解明できないものはあるのです」

 

 幻想郷には豊穣の神様だったり、山の神様だったり多岐に渡って色んな神様が住んでいるので、時を司る神様が居てもおかしくはない。

 だがしかし、これまで何度も時間移動を行っているが、今まで一度もそんな存在に出会った事はないので疑問が残る。

 それにアンナの言葉が真実なら、何故私だけが時間移動出来てしまうのか不思議だ。

 

 彼女の言葉に則るならば、私の時間移動の方法が神様の目をも盗むような方法だった――もしくは私が神様に特別に選ばれた存在ということになるが、さすがに自分がそこまで凄い人間だと自惚れてはいない。

 それに時間の神様が存在するのだとしたら、こうして絶望に打ちひしがれている私を嘲笑うような、性格の悪い奴に違いない。

 

「それで貴女の疑問についてなのですが、あたしの星でも『宇宙は幾つもの並行世界に枝分かれしている』や、『並行世界は存在せず宇宙は一つしかない』、さらには『そもそも時間移動など出来る筈もない』など多くの意見があります。しかし、時間移動に成功した人間は一人もいないので完全に実証されておらず、仮説の域を出ません。なので、時間移動を成功させている貴女のほうが、この宇宙の誰よりも正確な情報を持っている筈です。……お役に立てなくて申し訳ありません」

 

 懇切丁寧な説明と共に丁重に謝られてしまったが、私はどうすることもできず、「あぁ……」と情けない返事をしながら、地面に手を突き、くずおれてしまう。

 

(これまで私がしてきた事――いや、今までの私の人生に意味はあったのか……?)

 

 過去を改変する事で、皆が幸せになる素晴らしい未来へと進んでいく――。

 そんな自分の芯となる、心の支えとしてきた部分が呆気なく崩れてしまい、何もかもがどうでもよくなってしまう。

 今だって幻想郷を救う為に生命すら誕生していない大昔に跳んできたのに、〝人類の宇宙開発を月が妨害しなかった″並行世界に分岐してしまうのであれば、その行為すらも無駄な気がしてならない。

 

「あ~でもさ、ほら! まだ並行世界論と決まったわけじゃないだろ? 時間軸が一つだったら魔理沙が過去を変えることで世界が塗り替えられていたかもしれないじゃん! 諦めるのは早いって!」

 

 くずおれたままの私に妹紅が慰めるように言葉を掛けて来るが。

 

「もし宇宙が一つ、時間軸が同一なのだとしたら、この世界線に生きていた‟私”の延長線上の未来が今の私にならなければならないんだよ! じゃないとタイムパラドックスが生じて整合性が取れなくなる。私はこの世界の〝私”が歩んだ霊夢が自殺しなかった歴史――西暦200X年7月30日~西暦205X年の記憶――もないし、何より西暦215X年にアリスからこの世界線の〝私″が寿命で死んだ事実を聞いている。つまり、並行世界論なのはほぼ間違いないんだ」

 

 永琳の『魔理沙お婆ちゃん』発言、天狗の記事、その他西暦215X年で出会った妖怪全てが私に対して甚く驚いていた事から、この世界線の〝私″が天寿を全うしたのは間違いない。

 

「はぁ~……」

 

 最早ため息しか出てこない。

 根本的な解決とならないなら、これでは何のために時間移動を習得したのかわかったものではない。

 こんな苦しみを味わうのなら、タイムトラベルなんてするんじゃなかった――そんなネガティブな考えすら思い浮かんでしまう。

 

「…………」

 

 39億年前の大地に重苦しい空気が流れ、全員が押し黙ってしまい、聞こえるのは自分の息遣いのみ。

 そんな中、アンナはこの沈みきった空気を変えるかのように、悪く言えば空気を読まずにおずおずと口を開いた。

 

「……えっとあの~、あなた達のお名前を伺っても宜しいですか?」

「……そういえば自己紹介がまだだったな。私は霧雨魔理沙だ」

「私は藤原妹紅。よろしくね」

「魔理沙さんに妹紅さん、ですね。魔理沙さん、事情はよく分かりませんけど元気を出してください。きっとあなたのやってきた事は無駄ではない筈です」

「そんな気休めは止してくれ……。もう何もかもが嫌になったんだよ……」

「魔理沙。私達には待ってくれている人がいるんだ。その人達の想いを裏切るつもりなのか?」

「でもさ……、もう時間移動なんてしたって無意味なんだよ……。私にはもう何もできないんだ……」

 

 これまで関わって来た人達全てを裏切ってきたのかと思うと、本当に申し訳なさで一杯になってしまう。 

 

「……では魔理沙さん。それなら今、この時代で、あたしを助けてもらえませんか?」

「え?」

「先程も話した通り、あたしが乗って来た宇宙船が故障してしまったので、その修理に協力して欲しいのです」

 

(ああ、そういえばそんな話だったな……)

 

 ペコリと頭を下げるアンナを見上げながら、もう遠い昔のような話を思い出す。 

 

(……よくよく考えてみれば、私よりもアンナの方が不安が大きいだろうな)

 

 アンナの立場から考えてみれば、仕事中に一億光年離れた見ず知らずの星に墜落してしまい、しかもそこはまだ地上に生命が発生していない未開の地で、帰る手段が完全に断たれた状態となっている。

 顔には全く出していないが、心の中ではきっと大きなショックを受けているだろう。それにも関わらず、自分の事を棚に上げて私を励ましてくれている。

 

(……何もかもを諦めるには早いな。きっとアンナの方が不安で一杯なはずだし、立ち上がらないと)

 

 問題を先送りするように――良く言えば気持ちを切り替えることにして、私はくずおれた状態からゆっくり上がる。

 

「ああ、分かった。そんなに畏まらなくても協力するつもりだったしね。妹紅もそれで良いよな?」

「もちろん。でも魔理沙、大丈夫なのか? 目が赤いぞ?」

「ひとまず目の前のことに集中するよ。並行世界云々の話は後だ」

「……そうか」

「すみません。ありがとうございます」

 

 アンナは穏やかな笑みを浮かべていた。 


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