2021/01/11追記 感想欄で指摘を受けたので滅菌処理についての描写を追加しました。
「来ましたね」
宇宙飛行機の前には依姫と豊姫が待っていた。
(ん? なんかさっきと違うな)
機体にはなんか光沢が出ているし、私達の近くにはハッチに続く階段状の通路が新設されている。
しかも入り口の扉付近には防護服を着た玉兎達が整列していて、どことなく緊張感が漂っているようにも思える。
随分と改造されているようだけど、にとりは先程の脅しがトラウマになってしまっているのか、依姫を見た途端に私の後ろに隠れてしまった。
「準備が出来た――と聞いて来たんだが」
「ええ、必要な物は既に積み込み済みです。ここに同じものを用意したので、説明を聞いてください」
依姫が指差した先には四匹の玉兎たちが並んでおり、左から三番目までの玉兎の足元には大きな荷物が置かれ、右端の玉兎の足元には、屈めば人がすっぽりと入れそうな大きさの箱が置かれていた。
「開けなさい」
依姫の指示を受けた三匹の玉兎が、手際よく荷物の封を開けていく。
「これが宇宙服です」
中に入っていた宇宙服は、ここに来る途中に宇宙ステーションで見た服と非常によく似ていた。
しかしデザインは似通っていても、生地はこっちの方が薄いし、飾りつけも少ないのでなんだか動きやすそうに思える。
「宇宙服には危険な宇宙線や、宇宙塵・微小隕石の衝突、さらに宇宙空間の激しい温度差から身を守る効果があります。原初の地球で活動する際は、この服を着て外に出てください」
「スッゴイでっかいな。何キロあるんだこれ」
「およそ10キロあります」
「10キロ!? めっちゃ重いじゃんか」
「これでもかなり軽量化されているのですよ? 外の世界の宇宙服はこれより10倍も重いのですから」
少し誇らしげに語る依姫に、次は妹紅が質問をする。
「この背中にある長方形の箱みたいなものはなんだ?」
「生命維持装置です。ここから空気や水が送られてくるのです」
「何分くらい活動できるんだ?」
「丸一日活動できますよ」
「そんだけ動けんなら余裕そうだな」
確かに余程のアクシデントがなければ問題なさそうだが、これまで何度も予想だにしていなかったトラブルが起こったので油断はできない。
それから宇宙服の機能や着脱方法について玉兎から簡単にレクチャーを受けた後、依姫は切り出した。
「次に一番肝心な原初の石の輸送方法についてです」
「輸送方法って、そんなの適当に石を拾って持って来ればいいんじゃないのか?」
「そういう訳にはいきません。ここまで輸送する時に穢れに触れてしまえば、効力が失われてしまいます。――あれを見てください」
依姫は右端の玉兎の足元に置かれた箱を指差した。
「この箱の中は外気と触れ合わないよう真空状態となっており、穢れが侵入しない特殊な構造となっています。ここに原初の石を入れて来て下さい」
「分かったぜ」
私ははっきりと頷いた。
「にとりさん。運転手はあなただそうですね」
「ひぃっ!」
突然声を掛けられた彼女は軽く飛び上がり、私の後ろに隠れたままブルブルと震える。
「……取って食ったりしませんから、こっち向いてくださいよ」
呆れ混じりに話したが、にとりはまるで人見知りな子供のように私にしがみついたまま、無言で首を振るだけだった。
「ならそのままでいいので聞いてください。先程玉兎たちに命令して、貴女の宇宙飛行機に温度計を設置させました。もし危険なようであればすぐに撤退してください」
「あ、ありがとう……」
結局彼女は最後まで目を合わせる事なく、か細い声でお礼を言うだけだった。
「私ってそんなに怖いのでしょうか?」
「あれだけ脅せば誰だってビビるだろ。当事者でない私ですら息を呑む迫力を感じたからな」
「……喜ぶべきところか、悲しむべきところか、複雑な気分ですね」
依姫は形容しがたい表情で呟いた。
「ねえ、さっきから気になってたんだけどさ、この通路はなんなんだ?」
「これは検疫所ですよ」
「検疫?」
「地球は〝穢れ″のみならず、汚れで満ちた星でもあります。なので万が一にも原初の地球に影響が及ばないように、微生物やウイルスを排除する必要があるのですよ」
「あ~なるほどねぇ」
「既に機内と機体は滅菌工程済みなので、後は貴女達が綺麗になるだけです。さあ、中に入ってください」
「私少し前にシャワー浴びたばっかなんだけどなぁ」
そんなことをぼやきつつ私達は扉の中へと入り、妹紅の浄化の炎やエアーシャワー等の消毒措置を受け、問題ないことを確認して機体の中に乗り込む。
滅菌処理をしたというだけあって、床や壁はピカピカに磨き上げられているし、なんとなく空気が澄んでいるような気もする。
窓の外を見れば、ハッチに取りつけられていた通路が外されていた。
「それじゃ出発しようか」
「そうだな」
私達はコックピットに向かっていき、依姫たちが見守る中、月を出発していった。
月の結界を潜り抜け、再び宇宙空間上に出た頃、ふと妹紅がこんな疑問を口にする。
「そういえばさ、どのタイミングで39億年前に戻るつもりなんだ?」
「私達が最初に地球から宇宙に出て来た辺りでいいだろ。過去と今とで大幅に地形も変わってるだろうし、地球の中でタイムジャンプするのはなんとなく危ない気がする」
あくまで直感でしかないけれど。
「わあっすごい! グングンスピードが出るよ」
「どうしたにとり?」
「月の人達は燃料も補給していってくれたみたいでね、質のいいオイルを使っているから、かなり伸びがいいんだよ」
「ってことは他にも何かあるのかもしれないな」
「見て来るか」
そうして宇宙飛行機内を探索したところ、3着分の宇宙服が入った荷物と、穢れから隔離する特殊な箱がキッチンの隅に置かれているのを発見した。
さらに冷凍庫には来るときに見なかった食材――特に宇宙食が多く積まれており、この量なら多分10日は過ごせるのではないだろうか。
早速月の都製の宇宙食を食べてみた所、これまたとても美味しく、地上の食事とほぼ変わらない味付けがなされていた。
その後も適当に遊んだり、仮眠を取るにとりに変わってコックピットで待機したり、取り留めのないことをしながら、時間を潰して行く。
そして特にアクシデントもなく、私達はおよそ12時間掛けて再び地球へと戻って来た。
「や~っと辿り着いたな」
コックピットに座る妹紅は、地球を見ながら呟いた。
現在時刻は協定世界時200X年7月31日22時10分。周囲には特に目立つシンボルもなく、往路にあった宇宙ステーションもこの場所からは見えない。
「よし、それじゃ早速跳ぶぞ。準備はいいか?」
「オッケー!」
「いつでもいいぞ!」
にとりと妹紅の元気の良い返事を聞き、私は高らかに宣言した。
「タイムジャンプ発動! 行先は紀元前39億年の7月31日正午!」
その直後、宇宙飛行機が一瞬だけ縦に大きく揺れた。
「な、なんだ!?」
「あ、あれ!」
座席についたままキョロキョロと見回していると、にとりが大声で正面を指さした。
そこに視線を移すと、すぐ目の前にあの時見た黒い渦が発生しており、まるで私達を手招きしているかのような雰囲気を感じる。
「……誘っているのか。にとり、あれに飛び込んでくれ」
「了解!」
にとりはグッとレバーを下げ、背中に推進力を感じながら、黒い渦の中へと飛び込んでいった。