砂浜をしばらく歩き続け、ようやく都の入り口に辿り着いた時だった。
何もない空間から私達を取り囲むように10人の玉兎が忽然と現れ、一斉に銃剣を構える。
「!」
「な、なんだ!?」
私達が驚いていると、都の中から二人の少女が此方にゆっくりと歩いてきて、玉兎が道を開ける。
「あら、久しぶりね~元気だった?」
帽子を被った長い金髪の少女が、旧知の友人に会った時のようにフレンドリーに話しかけて来たのに対し。
「侵入者は貴女達でしたか。見ない顔もいるようですが」
その隣に立つポニーテールの少女は、険しい目つきで私を睨みつけている。
「久しぶりだな豊姫、依姫」
歓迎されていない事をひしひしと感じながらも、それを受け流すように挨拶をした。
「今回は随分と立派なロケットで来たのね? 幻想郷にあんな乗り物があるとは思わなかったわ」
「貴女が造ったのですか?」
「いや、違う。優秀な技術者が経済的な支援を受けた結果誕生した努力の賜物だ」
「ふうん……」
豊かな海の浜辺に着陸した宇宙飛行機は、ここからでも分かる程存在感がある。
「魔理沙、こいつらと知り合いなのか?」
「前回月に来た時にちょっと、な」
「私は綿月依姫です。主に月の都の防衛、地上の監視の任に就いています」
「同じく綿月豊姫よ」
「藤原妹紅だ。よろしくな」
そう言って妹紅は手を差し出すが、彼女達はその手を握り返さず、厳しい視線を向けていた。
「ふーん。あなたが八意様の話にでてきた蓬莱人ね。地上に持ち出された禁忌の薬を飲んだとか」
「益々捨て置けませんね。月の都において蓬莱の薬を服用した者は大罪人として扱われます。何故ここに来たのですか」
「うっ、どうやら歓迎されていないようだな……」
静かな怒りが込められた依姫の言葉に、伸ばされた手は自然と降ろされていき、気まずそうに俯いた。
さらにその怒りの矛先は私の方にまで向けられる。
「魔理沙、貴女もです。以前あれほど痛めつけられたのにも関わらず懲りない人ですね。ここに何の用ですか? あの時の復讐に来たというのなら受けて立ちますよ」
そう言って腰に下げた刀の柄に手を掛ける依姫に、私は「ま、待て。別に復讐しに来たわけじゃないんだ。武器は仕舞ってくれ」と慌てて止める。
何せ彼女には普通の実力勝負はもちろん、弾幕ごっこすらまるで敵わなかったので、戦う展開になってしまうと非常にまずい。
咲夜の時間を操る程度の能力でさえも打ち破られてしまったのだ、戦闘に向かないタイムジャンプ魔法では太刀打ちできないだろう。
「私はお前たちと話をしたくてここに来たんだ。少しでいいからさ、話を聞いてくれないか? な? な?」
「……ふむ、まあいいでしょう」
両手を上げて戦意のないアピールをしながら訴えたのが効いたのか、依姫は態度を軟化させた。
「それで話とは何です?」
「単刀直入に言うとな、私と妹紅は今から1000年後、西暦300X年の未来から来たんだ」
「あらあら、随分と愉快なジョークね。幻想郷の流行りなのかしら」
「……気でも触れましたか? 宜しければ腕利きの医者を紹介しますが」
「私を可哀想な人扱いするんじゃない!」
先程までの厳しい視線から一転して痛ましい人扱いされたことに、声を荒げてしまうのも仕方のないことだろう。
「その未来では幻想郷が滅びてしまってな、私はそれを変えるために月に来たんだ。決して嘘なんかじゃない、本当の話だ」
そう話すと、彼女達は困り顔で顔を見合わせ、そしてこう言った。
「……仮にそれが真実だとして何故月に来たのです? 私達と地上の問題は一切関係ないでしょう」
「これまでの経緯を話すと長くなるぜ? 聞いてくれるか?」
私が依姫の目をじっと見つめ返すと、心意気が伝わったのか大きく息を吐き。
「……良いでしょう。私の自宅に案内します」
そして依姫は周囲の玉兎達に「玉兎部隊は引き続き防衛の任に付きなさい」と指示を出すと、彼らは構えを解き、三々五々それぞれの仕事に戻っていった。
「それでは付いてきてください」
その言葉に従い、私達は後をついていった。
月の都は人里のような純和風建築とは異なり、中華風のオリエンタルな建築様式の建物が建ち並び、その文化、風習共に幻想郷とはかなり違っていて、まるで外国に来たような気分だ。
表通りは活気に溢れ、街路を往来する玉兎達や、道端で立ち止まりながら会話を楽しむ玉兎の姿があちこちに見られ、中には綿月姉妹の姿をみて一礼する玉兎もいた。
通り沿いの飲食店らしき建物からは食欲をそそる八角の匂いが漂い、室内からは談笑する声が耳に入り、町としての雰囲気も良さそうに思える。
そして遠くには一際目立つ丸屋根が二つ付いた宮殿が建っており、先導する綿月姉妹の進行方向的に、私達はあの建物へと向かっているようだ。
「意外と地上と変わらないんだなぁ~。私のイメージ的にはもっと辛気臭い場所かと思っていたよ」
キョロキョロしながら感心したように呟く妹紅に、先導している依姫が反応する。
「私達も元を辿れば地上から月へと渡った身。地上と文化様式が似るのも必然と言えましょう」
「もしかしたら地上の文化も、私達が遺して行った文明の名残なのかもしれないしね~」
「それは……どうなんだろうか」
冗談とも、本気とも取れる豊姫の言葉に首を傾げるばかりだ。
「まあお姉さまの冗談は置いておくとして、ここは物資的、技術的な豊さが満たされた理想的な場所です。地上のような穢れた土地とは違うのですよ」
「ふ~ん」
そんなこんなで口数も少ないまま到着した場所は、予想通り、都の入り口からも見えていたあの宮殿だった。
100平米以上はありそうな広大な土地に威風堂々と建つその宮殿は、一言で言えば〝荘厳な″という形容詞がピッタリ似合う建物だ。
規則正しく敷き詰められた石畳は、正面の宮殿に繋がる石段へと続き、雑草一本生えず隅々まで管理が行き届いていた。
屋根は竹を割ったような形の緑瓦が敷き詰められ、所々にシーサーに似た魔除けの像が置かれており、その姿は今にも動き出しそうな躍動感を持っている。更に建物の柱や外壁、手すりや天井までが深紅と緑を基調にした華麗な色合いとなり、どの部分を切り取ってみても意匠が凝らされており、感心してしまうものだった。
窓には格子状の障子が嵌め込まれ、和を感じさせるものだが、外回廊の壁に施されている竜を象った彫刻が、この宮殿を訪れる者を威嚇するように睨みつけ、強烈なインパクトを与えていた。
本殿から独立した離れからは、玉兎達の声出しや怒声などが聞こえ、時々竹刀打ちの音も聞こえてくる事から、恐らくあそこが玉兎たちの訓練場になっているのだろう。
宮殿の門をくぐって中に入った私は「すっごい立派な建物だな~」と圧倒されていた。
「客間に案内します。むやみやたらに歩き回らないように」
「はいはい」
そうして正面の石段を昇り、宮殿の中へと入って行く。
宮殿内部も外観に負けず至る所に豪華絢爛なデザインが施されており、異国情緒溢れる雰囲気の中、多くの玉兎達がせわしなく働いていた。
廊下を渡り、いくつもの部屋を通り抜け、ようやく案内されたのはこじんまりとした客室だった。
とはいっても、この宮殿基準での小さめの部屋なので、目算だが20畳以上はあるのだと思う。
部屋に備えつけられたインテリアや絨毯、テーブル、椅子などの家具も全て中華風の意匠が凝らされていて、私とは住む世界が違う天上人の住いのように思えた。
そしてメイド服を着た2人の玉兎が人数分の紅茶と一口サイズのお茶菓子を持って来た後、私達に一礼してから退室して行った。
「さて、それでは詳しく聞かせてもらいましょうか。もし狂言であれば、容赦しませんからね」
「怖い事言うなよ。実はな――」
そう前置きして私はこれまでのあらすじを話していった。