魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

61 / 283
高評価ありがとうございます。



今回の話は少し長いです。


第60話 月へ行こう②

「へぇ~これが宇宙飛行機の中か。すっごいなぁ」

 

 初めて搭乗した妹紅は、若干声が上ずり、興奮気味にキョロキョロと見回していた。

 私はにとりがコックピットに向かっていく姿が見えたので、その後についていく。

 コックピットに入った彼女は操縦席に座り、椅子の下から取り出したヘッドセットを被って、コックピット内のボタンやスイッチをポチポチと押していく。

 すると巨大な重低音と共にエンジンが掛かり、機体が振動を始めた。

 

「うわっ、うるさいな~」

 

 この音は、例えるならドリルで掘削する時のような身体に響く爆音で、今呟いた言葉すら、多分誰にも聞き取れなかっただろう。

 眉間に皺を寄せながら耳を塞ぐ私に、にとりが無言でヘッドセットを差し出し、頭に被るようにジェスチャーをする。

 私はウィッチハットを脱いでにとりの後ろの座席に置き、それを装着する。

 すると、あれほどうるさかったエンジン音が一気に静かになり、騒音に対する不快感が和らいだ。

 

「なんだこれ! めっちゃ静かになったぞ!」

 

 少し興奮気味に話した言葉は、耳の中で独特なエコーが掛かりながら反響していった。

 

「機内はかなりうるさいから会話する時はこれを着けていてね。この宇宙船内ならどれだけ離れていても届くから」

「へぇ、便利な物だな」 

 

 口元に伸びたマイクに向かって喋るにとりの声が、両耳に取り付けれられたスピーカーから鮮明に、ちょうど良いボリュームで聞こえてきていた。

 

「ちなみにハウジング部分に付いているボタンを押せば、通信機能がなくなってただの耳栓になるよ」

「ハウジング? ああ、これか」

 

 聞きなれない言葉だったが、にとりがヘッドセットの耳を覆うカバーみたいな部分の横に付いているボタンを指さしていたのですぐに分かった。

 

「宇宙に出れば周りが真空状態だから、少しはマシになるんだけどね」

 

 そう言ってにとりは正面を向き、今度はコックピットに備え付けられているマイクに向かって発声した。

 

「エンジンを温めないといけないから、発進するのに10分くらいかかるよ。それまで自由に機内を歩き回って構わないけど、その時になったら一度コックピットに戻って来てね~」

 

 壁面に設置されたスピーカーから、エンジン音に負けないくらいの音量でにとりの声が響き渡るが、このヘッドセットからは適度な音量で聞こえてきていた。

 

「そうだ。なあにとり、過去の月へと行く方法についてちょっと良いか?」

「おっなんだいなんだい? 実はその辺、気になってたんだよ~」

「私がいつも時間移動をする時、タイムジャンプ魔法の対象を自分に設定しているんだ。だけど今回はこれを応用して、タイムジャンプ魔法が及ぼす範囲をこの宇宙飛行機全体に広げようと思うんだ」

「ふむふむ、するとどうなるんだい?」

「宇宙飛行機を跳ばすことで、この乗り物の中にいる人や物全てが過去や未来に跳べるようになる」

「わぁ! それは凄いね!」

 

 普段その範囲を狭くしているのは、誤って周囲にある物質や生き物を別の時間へと跳ばさない為で、原理的にはこのような事も可能だ。

 

「そのための下準備としてさ、この宇宙飛行機の床に魔法陣を描いておきたいんだ。10分もあれば終わると思うからさ、少し手を加えてもいいか?」

「オーケーオーケー! ズバッとやっちゃって! いや~この機体がタイムマシンになるのかぁ。一度は諦めた夢とはいえ、ワクワクしてきたよ」

 

 にとりが笑顔で快諾したちょうどその時、扉が開き妹紅がコックピットへとやってきた。

 

「         」≪へえ~ここがコックピットか≫

 

 感心したような表情で口をパクパクとしながら周囲を見回している妹紅だったが、その声は今も鳴り続けるエンジン音にかき消されてしまっているので、私達には届かない。

 そんな彼女に、にとりは近づきながらそっとヘッドセットを差し出し、私にしたのと同じジェスチャーをした。

 妹紅は私と彼女の頭を二度見した後、それを被る。

 

「あ~あ~、私の声聞こえてる?」

「うんうん、聞こえる聞こえる! すっごい高性能だねこれ」

「機内は結構うるさいから、会話する時はこれを着けていてね。この宇宙船内ならどれだけ離れていても届くから。それと耳に付いてるボタンを押せば通信が切れるようになってるんだ」

 

 にとりは、これまた私にした時と同じ説明をしていた。

 

「ところで座席が4つあるみたいだけど、私はどこに座ればいいんだ?」

「好きな席に座っていいよ。なんなら私の隣に座る?」

「おっ、いいのか? 特等席じゃんか!」

「そのかわり、副操縦士として少し操作を覚えてもらう事になるけど」

「……私は素人だぞ? こんな難しそうな乗り物を操れるとは思えないんだけど」

「簡単簡単! いい、まずはね――」

 

 そう言いながら、宇宙飛行機の操縦方法をにとりは身振り手振り交えながら説明していくが、傍から聞いてるだけでも専門性が高く、理解するのにはかなり頭を使いそうで、妹紅は若干頬を引きつらせながら話を聞いていた。

 

「頑張れよ、妹紅」

 

 苦笑しながら私はコックピットを出て、宇宙飛行機の中で一番広く、ハッチがある部屋に向かう。

 今から始めるのはタイムジャンプ魔法の応用、ハウジングに付いたボタンを切って未だに続いているにとりのレクチャーを遮断し、大きく深呼吸して気持ちを整えていく。

 

(ふうー……)

 

 遠くから静かに響き渡るエンジンの音が、適度に集中する環境を整えているような気がした。

 

(よし、やるか!)

 

 精神統一してから私は床に右手をつき、頭の中で魔法の算式を組み立てながら小声で詠唱を始める。

 

「――――――――――」

 

 指先から紋様が広がって行き、アンティーク時計のように緻密な歯車の形をした一つの大きな魔法陣となっていく。

 やがてそれが壁や天井に達したところで、魔法陣は機体に染み込むように徐々に消えていった。

 

「これでよし」

 

 今の工程を行うことで、にとりの言った通りこの機体がタイムマシンと化し、この中にある全ての物が時間移動出来るようになる。

 ただし、この機体の中で私がタイムジャンプ魔法を発動しないと移動出来ない制約があるが、それでも人や物を大量に輸送出来るのは大きな魅力となる。

 もちろん、妹紅の時のように重量制限で引っかかることのないようにちゃんと計算してあるので大丈夫だ。 

 そしてコックピット内へと戻ってくると、お互いに向かい合って口を動かしているにとりと妹紅がいたので、私はスイッチを入れた。

 

「――って訳なのさ」

「ああ……うん……」

 

 饒舌に語るにとりに対してげんなりとしている妹紅を見かねて、私はにとりに声を掛ける。

 

「あー私の方は終わったんだが、もうそろそろ10分経ったんじゃないか?」

「それもそうだね! それじゃ発進しよう!」

 

 にとりは正面に座り、発着に向けて準備を開始する。妹紅はどこかホッとした様子を見せていた。

 私はにとりの後ろにある座席に座ると、彼女はこう言った。

 

「発着陸する時はシートベルトをちゃんと着けておいてね」

 

 それに従い、私と妹紅は座席に備え付けられているベルトを腰に巻き付ける。

 

「なあ、今更なんだけどさ、普段着のまま宇宙に出ても平気なのか? 宇宙に出るときは宇宙服というものが必要だと聞いたぞ?」

 

 シートベルトを着け終わった妹紅がにとりに質問すると、彼女は機器のスイッチを入れながら答える。

 

「その点は心配ないさ。この宇宙飛行機は有害な宇宙線を防ぐハイライトバリア、常に地上と同じ一気圧を保つ与圧装置、万が一の時の為の生命維持装置、ついでに航行上にある障害物を探知・破壊も可能な防衛機構も兼ねている移動要塞なのさ。だから宇宙服なんていらないよ」

「なるほどね。その辺の対策もバッチリってわけか」

「そういう事! それじゃ発進するよ~」

 

 にとりが操縦桿を取ると、宇宙飛行機はゆっくりと前に進んでいく。

 

「今から発進しまーす! 巻き込まれないよう気を付けて~」

 

 外部にスピーカーで呼びかけると、話し込んでいた様子の慧音と輝夜は進路上から少し離れて遠くに移動していった。

 

「にとり、時間移動するタイミングなんだが、この宇宙飛行機が発射された直後でも良いか?」

 

 今この瞬間で過去に戻ると、その時代の私達にバレてしまう可能性があるので、余計な諍いを起こさない為にも幻想郷を飛び立ってからが望ましい。

 しかし、かといって月に到着してから時間移動すると、月人達の視点から考えてみれば何の前触れもなくロケットが出現することになり、彼らに怪しまれて交渉に失敗するかもしれない。

 なので地球から月に飛び立ったという事実が必要だ。

 それにもし万が一時間移動に失敗したとしても、この時代の地球内なら幻想郷に戻ることが出来るが、宇宙で失敗してしまった場合宇宙空間に放り出されてしまう可能性がある。そうなってしまったらもう終わりだ。

 ちなみに月や宇宙で時間移動が出来るかどうかについてだが、月でも普通に魔法が使えたことを踏まえると、タイムジャンプ魔法の原理的にも使用できると私は考えている。

 

「オッケー好きなタイミングでやっちゃって! あ、でも発着陸の瞬間は危ないからやめておいた方がいいかも」

 

 やがて薄暗い格納庫から完全に出て陽の光を浴びた頃、にとりはコックピットにあるボタンを押した。

 

「反重力装置起動!」

 

 すると周囲に透明な膜のようなものが発生。軽い歪みが生じて、地面と並行のまま風船のようにふわふわと浮かび上がっていく。それになんだか体中が軽くなり、なんというかふんわりとした感覚になっていた。

 

「この装置を起動させることで、発進する時に掛かる強烈な【G】(加速度)を打ち消すのさ。正直この装置を造るのが一番大変だったよ」

 

 にとりの誇らしげな言葉を聞き流しながら地上を見てみれば、私達に向かって手を振っている慧音と輝夜の姿があり、私も手を振り返した。 

 そして大体100mくらいまで浮かび上がった頃、機体が徐々に傾いて行き、完全に斜めになった所で静止。

 

「さあ、宇宙へ向かって発進!」

 

 にとりが思いっきりレバーを倒すと、ヘッドセットをしてても聞こえてくるくらい大きな、ドカンという爆発音と同時に空に向かって発進していった。

 その速度はとてつもなく速く、グングンと速度を上げていき、ものの数秒で雲の上を越えて行ってしまっており、にとりの背中から速度計を覗いてみると5000km/hと表示されていた。

 

「時速5000km!?」

「地球の衛星軌道上に出るには最低でも約7.9km/s、そこから地球の重力圏を脱出するには約11.2 km/s必要だからね。まだまだ速くなるよ?」

 

 え~と秒速ということは時速に換算すると……前者は約28,400km、後者は約40,300kmか。なんというか途方もなさすぎて現実味がない数字だな。

 

「というか魔理沙、後一分もしないで大気圏に出ちゃうけど時間移動しなくていいのかい?」

 

 その言葉通り、速度計には30000㎞/hと表示されていた。

 

「うわっ、ならもうこのタイミングしかないな。タイムジャンプ発動! 行先は西暦200X年7月30日午前8時!」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。