励みになります。
やがて妖怪の山近辺に到着した私と輝夜は、昔の記憶を引っ張り出しながら、玄武の沢にあった筈のにとりの家を上空から探していた。
「確かここら辺だった筈だけど……」
「本当にこんな辺鄙な場所にいるのかしら? 周りに川と森しかないじゃないの」
「お前ん家だって周りは竹藪しかないだろうが……おっと、あれだ」
そんなやり取りをしてる間に、ほとりに昔の記憶と合致したにとりの住宅を見つけ、家の前に降りていく。
隣にはにとりの自宅よりも数倍、いや、数十倍の大きさのレンガ造りの巨大な格納庫が二棟建っていて、多分これは彼女が発明品を製造する時に使う作業場なのだろう。
私は玄関の扉の前に立って、ノックをする。
「お~い、にとりいるか~?」
「はいは~い!」
元気のよい返事と共に扉が開き、快活な笑顔のにとりが現れた。
「遂に来てくれたんだね魔理沙! およ? そちらの人は誰だい?」
「初めまして、私は蓬莱山輝夜よ。よろしくね河童さん」
「私は河城にとり! よろしくね!」
単純ながらも育ちの良さを感じさせる自己紹介に、にとりもフランクに返していた。
「それで、『来るべき時が来たら私のもとにおいで』ってのはどういう意味なんだ?」
「ふふん、それじゃ二人ともちょっとついてきて! 見せたいものがあるんだ!」
玄関を出たにとりの言われるがままについていき、1分もしないで格納庫の前に到着する。
「シャッターオープン!」
そう言って、にとりがいつの間にか手に持っていたリモコンを押すと、シャッターで覆われていた入り口が自動で上がっていく。
やがて完全に格納庫が開かれ、照明が点灯すると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「!」
天井からは無数のコードがぶら下がり、壁や床には用途不明の機械が数多く埋め込まれており、幻想郷とは思えないくらいに機械的で、何でも出来そうな印象を与える施設。
そのど真ん中に鎮座していたのは、巨大な翼が生えた黒と白に塗りつぶされた鉄の塊――外の世界では【飛行機】と呼ばれる乗り物――だ。
「これぞ【宇宙飛行機】! なんと、これさえあれば月にだって行けちゃうよ!」
「おいおい、これは凄いな!」
「へぇ……!」
その全長や幅は私の何十倍、目算だが30m以上はあるのではないだろうか。後ろにはこれまた自分の何倍もの大きさの巨大な三つの噴出口が束ねられており、力強さを感じさせるものだった。
思わず胸が高鳴ってしまうのも不思議ではないだろう。輝夜も目を見開きながら静かに驚いているようだった。
「ふふ、驚いたろう? この宇宙飛行機には反重力形成装置が導入されていてね、機体の周囲に反重力フィールドを展開することで滑走路が無くても重力に逆らって垂直に飛ぶことが出来るし、従来のロケットのように大気圏外に出る為に莫大な燃料を使用する必要もなく、燃料タンクを切り離す必要性がないんだ。さらに機体には改良型カーボンナノチューブを使っているから軽くて丈夫、しかも特殊樹脂を用いた断熱材により摂氏1000℃の熱にも耐えられるくらいの耐熱性があるのさ。さらにさらに! エンジンには従来のロケットエンジンとジェットエンジンの良い所を融合した新世代型のエンジンを搭載していて――」
「いやそういう技術的な話はいいから、この宇宙飛行機の中を見せてくれよ」
ペラペラと得意げに技術論を語って行くにとりだったが、あいにく私にはさっぱり分からないしあまり興味もない。
このまま黙っていれば延々と話が続くのは間違いないだろう。
「むう……しょうがないなあ。それじゃついて来て」
にとりは少し不満そうにしながらも、宇宙飛行機の胴体に設置された高さ数m程度の扉を開いて中に入って行き、私達も宙に浮かびながらその後について行った。
機内は結構広く、目算でおおよそ8畳以上はあるのではないだろうか。壁や天井にはいくつかのボタンやコード、チューブのようなものが張り巡らされており、一枚だけ、丸型で何層ものガラスが嵌め込まれている頑丈そうな窓が取り付けられていた。
入って左側の先端部分に続く扉を開けるとそこはコックピットとなっていて、沢山のメモリやおびただしい数のボタンが四方に配置され、二列ある座席の前側には操縦かんが付いていた。
「へぇ~、これはまた凄いなあ」
再び前の部屋に戻って、今度は入って右側の扉を開けてみると、そこは壁際に二段ベッドが固定された睡眠スペースとなっており奥には三つの扉が付いていた。
一番左の扉の先は小さな更衣室とシャワールーム、真ん中の扉はキッチンと食料を貯蔵できる場所、右側の扉にはホースのようなモノが設置されたトイレに繋がっていて、この中でしばらく住めそうなくらいに設備が整っていた。
「こっちも凄いなあ。いや、本当に凄いとしか言いようがないぞこれ」
別に馬鹿にするつもりは全くないが、こんな高度な技術が詰まった乗り物をにとりが造ったとは思えないくらいによく出来ている。ひょっとしたら外の世界でも知られていないような最先端の技術が使われているのではないか。
輝夜は感触を確かめるように壁や天井を軽く叩いたり、設備を触ったりしながら感心した様子で言う。
「へぇ~結構本格的なのねぇ。これなら本当に月まで行けそうじゃない?」
「当たり前さ! これを完成させるのに20年も掛かったんだ。その出来栄えは保証するよ!」
「たった20年で造ったの!? よくやるわねぇ……」
感心するように呟く輝夜だったが、私はそんなことよりも気になることが一つ。
「なあ、もう一度聞くけどさ。本当にこれを造るように私が頼んだのか?」
幾ら記憶の底を探ってみても、思い当たる節がないのだ。疑ってしまうのも不自然ではないだろう。
「もちろんさ。20年前の4月11日、魔理沙が私の家に来て宇宙飛行機を造ってくれるように頼んだんじゃないか。今、魔理沙は滅亡した未来の幻想郷を救うために奔走してて、月に行くのもその一環なんでしょ?」
「……そうなのか」
図ったようなタイミングで私の元に現れたチャンス、そしてにとりの『これさえあれば月にだって行けちゃうよ!』というセリフ。
間違いない、これは〝未来の私″が予め仕組んだ出来事だ。だとするならば、この宇宙飛行機で月に行くことに必ず意味がある。
もしかしたら月の民を説得することが、幻想郷を救うなにかのきっかけになるのかもしれない。
「にとりさん、材料はどうやって手に入れたの? こんなロケットを造る部品なんて幻想郷にはないでしょう?」
「全部自前で造ったんだよ。幸い魔理沙にこの宇宙飛行機の設計図と一緒に材料の練成図も貰ったし、地底、天界、冥界など幻想郷中のあらゆるところを探し回って材料を集めてね、隣の建物で加工・製造したのさ。」
「ふーん、なるほどねえ」
「まあ、それでもどうしても手に入らないものがあってさ、八雲紫さんに頼み込んで外の世界から取って来てもらったのもあるんだけどね」
(なるほど、博麗ビルの上で紫が言っていたのはこの事だったのか)
合点がいった私は、続いてこんな質問をする。
「ところでこれはどうやって操縦するんだ? なんだか難しそうなんだけど」
「何を言ってるんだい? これは私が操縦するんだから」
「えっ、本当に大丈夫か?」
まさかの回答に不安になった私が聞き返すと、にとりは眉をひそめる。
「む、ちゃんと試運転もしているし大丈夫だよ。制作者の私が操縦するんだから、ちゃんと私を信じてちょうだい!」
「分かったよ。それならお願いするぜ」
自信満々に断言するにとりを断る事も出来ないので、了承することにした。
まあこの複雑そうな宇宙飛行機を操縦しろと言われても、覚えるのに大分時間が掛かりそうだし、にとりに任せた方が良い。
「私も月の技術に興味があったんだよねぇ。幻想郷よりも大分発展してるそうじゃないか。上手く持ち帰る事が出来れば、ムフフフフ」
あくどい笑みを浮かべているにとりに、輝夜がポツリと言葉を漏らした。
「そう上手く行くと良いけどね」
「む、あんたは私の最高傑作を馬鹿にするのかい?」
「違うわよ。月の都には博麗大結界に似た不可視の結界が張り巡らされているのよ。この宇宙飛行機で行けるのは精々月の表側まで。裏側に辿り着けるとは思えないわ」
「ええっそうなの!? そんな話聞いてないよ~……」
「んじゃこの方法では駄目なのか」
「まあ待ちなさい。早とちりするのは良くないわよ」
「え? どういう意味だ?」
露骨にガッカリとしているにとりに代わって私が輝夜に訊ねると、得意げに「月の羽衣を取りにいきましょう。確かあれは月の裏側へ自動的にナビゲートしてくれる機能が付いていたし、この宇宙飛行機に組み込めば確実に行けるはずよ」と話した。
「ほぉ~それはまた便利なもんだな」
課題が見つかったかと思えば、すぐにまた新たな道が開けてくる。
こうもとんとん拍子に話が進むのも、未来の私のシナリオ通りなのかもしれない。
「にとり、私は一度永遠亭に行くから、また後で戻ってくるよ」
「んじゃその間、私は準備して待ってるね~」
それから私と輝夜は、当初の予定であった永遠亭に向けて出発した。