魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

270 / 283
第254話 (2) タイムホールの影響⑫ side 咲夜 咲夜の結末(後編)(1/2)

 日付が戻って西暦200X年8月31日午後11時59分。月明かりが照らす美しい夜、私達は噴水の縁に腰かけていた。

 

「……魔理沙、来なかったわね」

 

 バルコニーからずっと見張っていたけれど、庭園を出入りしたのは美鈴と過去の私だけ。庭園の手入れをしている美鈴に、過去の私が食事を届けていたわ。

 

「結果的には、〝明日”――いえ、日付が変わったから〝明後日”の十六夜咲夜が嘘を吐いていたことになるわね。うふふ、人を見る目はあるつもりだったけれど、まんまと過去の貴女に騙されてしまったわ」

「……はぁ」

 

 そんな言葉とは裏腹に少し声色が弾んでいる輝夜だけど、私は溜息を吐いてしまう。

 過去の私が嘘を吐いた意図は理解できなくもないけれど、巡り巡って未来の自分自身に返ってくるなんて、過去の私は思いもしなかったでしょう。文句を付けたくなるところだけど、今の時間の私は何も知らないから意味が無いのよね。参ったわ。

 

「これで真相は闇の中ね。結局今の歴史はどうなっているのかしら」

 

 この調子だと、未来の魔理沙と出会った場所もここでは無い可能性があるわね。これ以上〝私”に固執しても、得るものはないでしょう。

 

「……考えるのは後にしましょう。もうこの時間に用は無いわ」

「当てはあるの?」

「ええ。魔理沙が絶対に現れると確信している時刻に心当たりはあるの。貴女も魔理沙から聞いている筈よ」

「?」 私の言葉に僅かばかり思いを巡らせた輝夜は、目を見開いた。

 

「――! もしかして……!」

 

 どうやら気づいたみたいね。

 

「博麗神社に行きましょう」

「ええ」

 

 私達は立ち上がり、再び博麗神社の上空に移動する。深夜の博麗神社は不気味な程に静まり返っていた。

 

「早速だけど時間を加速させるわよ。準備はいい?」

「西暦200X年7月21日に行くのよね?」

「そうよ」

 

 西暦200X年7月21日。この日は霊夢が自殺した日で、魔理沙が時間移動に執着するきっかけになった原点であり、今後の彼女が辿る幾多の歴史改変の出発点。

 

「時刻は朝の……そうね、少しゆとりを持って午前9時くらいにしましょうか。魔理沙が霊夢の死を防いだ後、元の時代に帰ろうとする瞬間を狙って接触を図るわ」

 

 魔理沙の話では、7月20日の夕方に遡って霊夢と付きっきりで過ごし、21日の未明に悪夢にうなされていた霊夢を起こして、彼女と共に悪夢を見せていた無名の獏妖怪を退治したそう。

 ちなみにこれは余談だけど、2008年に起きた紺珠異変の際、霊夢はこの件についてドレミーを問い詰めたけど、彼女はきっぱりと関与を否定したらしいわ。

 

「大丈夫かしらね。その時点での魔理沙って、初めてタイムトラベルしたばかりで、未来の歴史について何も知らないのでしょう?」

「幸いにも時間はあるのですし、根気強く説明するしか無いわ」

 

 本当はこの日にだけは遡りたくなかった。現在に繋がる複雑多岐な歴史の礎かつ、今後の歴史を左右する非常に繊細な時間という理由もあるけれど、魔理沙当人が干渉されるのを嫌がるでしょうから。

 でも当てが外れてしまった今、この時間に賭けるしかないわ。何故なら魔理沙にとってこの日は特別で、どんな理由があっても、そしてどんな手を使ってでも〝霊夢の自殺を回避する”歴史に改変すると断言できる日だから。

 

「行くわね」

 

 私は輝夜の手を握り、時間を加速する。夜と昼が交互に姿を現しながら、過去へ遡っていく。

 博麗神社には人間、妖怪、魔法使い、妖精、半人半霊、幽霊、吸血鬼(お嬢様)、天狗、神、鬼、天人、河童、蓬莱人、仙人……過去の私を含めて、この時代の幻想郷に住まう多種多様な種族が訪れていた。昔、霊夢が人里の人々から妖怪神社と呼ばれて参拝客が来ない事に愚痴っていたけれど、こうして観察すると理由が分かるわね。ふふ、それも霊夢の人徳なのでしょうけど。

 時折催される宴会や、弾幕ごっこ――相手は主にマリサ――を眺めつつ、時間を進めていき、目的の時刻が近づいていく。輝夜のタブレット端末を見ながらタイミングを計っていき、頃合いを見計らって時間の加速を終了する。

 

「ここね」

 

 現在時刻は西暦200X年7月21日午前9時。蝉の合唱が鳴り止まない朝の境内では、霊夢が竹箒で履く姿が見られる。彼女自身は真っ当に掃除しているのでしょうけど、時の流れが反対の私達から見ると、落ち葉や土埃を境内にまき散らしているように見えるから、不思議な気分。

 

「いずれ魔理沙が神社の中から出て来るわ。それまで待ちましょう」

「構わないけれど、今日は待機時間が多いわね。退屈で仕方ないわ」

「それなら何かお話でもしましょうか」

「まあ、いいわね!」

 

 私達は魔理沙を待ちがてら雑談に興じる。もちろん周囲の様子に気を配ることも忘れてないわ。

 午前8時50分、千鳥足の萃香が神社を訪れる。彼女は酒瓶片手に清掃中の霊夢と一言二言話していたけれど、霊夢が首を振った後何処かへ去って行った。

 午前8時30分、すっかり落ち葉や土埃が散乱した境内にて、霊夢は箒片手に神社の中に後ろ歩きで戻っていき、境内には私達以外誰も居なくなる。魔理沙はまだ来ていないようね。

 午前8時。特筆すべき点は何もなく、無人の境内が広がっている。そろそろ魔理沙が来るかしら?

 午前7時30分。同上。神社のキッチンから食欲を促す匂いが漂ってきているし、霊夢は朝食を作っているのね。

 午前7時。寝巻姿の霊夢が雨戸を開けて顔を出す。そこに魔理沙の姿はない。

 午前6時。神社は静かな朝に包まれている。この時間帯の過去の私は朝の支度に追われているようで、時間が止まることが頻繁に起こり、体感時間的には1時間以上は経過している。その間も魔理沙の影は見えなかった。

 午前5時、日の出の時刻が近くなり、空は薄暗くなってきている。魔理沙は依然として姿を見せない。……なんだか嫌な予感がしてきたわ。

 午前4時……。遂に魔理沙が現れないまま日が沈んでしまった。

 

「どうして魔理沙が来ないのよ!?」

「……」

 

 思わず声を上げた私に対し、輝夜は博麗神社をじっと見つめている。彼女は客観的な時間で3時間ほど前から口数が少なくなり、思い耽ることが多くなっていた。

 

「……確認する必要があるわね」

「どうするの?」

「霊夢の寝室を見に行くわ」

 

 私が神社に向かって歩いて行くと、輝夜も後からついてくる。

 

「ごめんなさい、霊夢。失礼するわね」

 

 泥棒みたいな真似に心苦しさを感じつつ、私は雨戸を開けて神社の中に上がり込む。

 博麗神社にはお嬢様の侍者としても、プライベートでも頻繁に訪れているから、彼女の寝室に迷いなく辿り着く。そっと襖を開けて忍び込み、灯りが消えた暗い部屋の中を夜目を利かして隅々まで見渡す。生活感ある畳部屋の中央には敷布団が1組敷かれていて、純白の寝巻姿で薄掛布団を被って目を閉じる霊夢を確認する。そして魔理沙は……あら?

 

「魔理沙がいない……?」

 

 おかしいわね。魔理沙から聞いた話だと、今の時間帯は霊夢の近くに座って見守っている筈なのに。

 

「……私には何も見えないのだけれど、どうやら想定外の事態が起きてしまっているようね。咲夜、霊夢の様子はどう?」

「穏やかな表情で眠っているわ」

「そう……。確か霊夢が夢を操る妖怪に殺される時間は近かった筈よね。咲夜、霊夢をしばらく観察してもらえるかしら。私は外を見てくるから、何かあったら呼んで頂戴」

「ええ」

 

 輝夜の提案を飲み、タブレット端末を預かった私は寝室に残り、霊夢の枕元に腰を下ろしてじっと寝顔を見下ろす。

 安らかな寝息を立てて深く眠る彼女は年相応の幼さが残り、とても博麗の巫女には思えない。

 

(よく眠っているわね。ふふ、こんな少女が、幻想郷中の妖怪が一目置く存在なんてね)

 

 霊夢と過ごした数々の思い出に頭を巡らせながら、彼女の観察に入る。

 午前3時。霊夢は静かに眠り続けている。

 午前2時。霊夢に変化はない。輝夜からの連絡もなく、静かな夜が続いている。

 午前1時になっても、霊夢は悪夢に魘された様子は無い。……それにしても退屈ね。私にとっては今の時間帯が一番滾るのに、なんだか眠くなってきそうだわ。

 日付が変わって午前0時前。霊夢は時々寝返りを打ちながらも熟睡していて、はだけた寝巻からは白くて細い首筋が見える。吸血鬼としての本能か、自然と視線が釘付けになった。

 ……霊夢って、どんな血の味がするのかしら。お嬢様でさえも飲んだことがないのよね。無防備な今は絶好の吸血機会とも言えるけれど、私には他の吸血鬼にあるような吸血衝動は無い。人間の血も、普通の食事も、私にとっては等しく同じに過ぎないし、何よりも大切な友達を襲うような真似はしないわ。

 ……そういえば、〝永遠”になってから結構な時間が経ったけど、全然空腹にもならないし、眠くならないわね。〝永遠”にはこんな効果もあるのかしら?

 

(集中しましょう)

 

 私は余計な雑念を振り払いながら時間を止めて霊夢の襟を直し、薄掛け布団を身体に被せた後、時間を動かして霊夢の観察に集中を続ける。

 午後11時。この時間帯まで遡ったことで、私は霊夢が悪夢に殺されることは無いと確信していた。

 午後10時に到達した所で彼女は目を覚まし、ゆっくりと布団から起き上がる。大きな欠伸をしながら寝巻を脱いでいつもの巫女服に着替えようという所で、私は時間を止め、タブレット端末を持ってそっと部屋を後にした。

 神社を出て時間停止を解除した後、鳥居に背中を預ける輝夜を見つけ、其方に向かって歩いて行く。

 

「どうだったの?」

 

 私はタブレット端末を返しながら「霊夢はぐっすり眠っていたわ。貴女は?」と訊ねる。

 

「収穫無しよ。逆再生に聞こえる虫の合唱を楽しんでいたわ」

 

 呆気らかんと答える輝夜は、退屈な時間さえも楽しんでいたように思える。蓬莱人は時間の感覚が違うのかしら?

 

「結局魔理沙は現れなかったのね」

「決めつけるのは早いわ。夕方まで時間を戻しましょう」

 

 私と輝夜は博麗神社の縁側の目前まで移動した後、能力を使って時間を加速させる。東の空から夕陽が昇り、段々と明るくなり始める。霊夢は陽が昇った頃から縁側に座り、ぼんやりとした時間を過ごしていた。

 変化が訪れたのは午後3時10分。魔法の森の方角から箒に乗った魔理沙が後ろ向きで此方に飛んできて、器用に境内に着地すると、そのまま後ろ歩きで霊夢の隣に移動して着席する。二人の近くには空になった急須と湯飲みが置かれていた。

 

「魔理沙……!」

 

 私は藁にもすがる思いで時間を止めるも、淡い希望はすぐに打ち砕かれる。

 目の前の霊夢と魔理沙は談笑中のまま完全に停止していて、私達に気付く様子もない。これが意味することは即ち、目の前のマリサは私達の捜しているタイムトラベラー霧雨魔理沙では無い現実。

  

「どうなってるの……?」

 

 魔理沙の話と実際に起きた結果の食い違い。明確なタイムパラドックスの発生に、私は混乱していた。

 

「……魔理沙が嘘を吐いた可能性があるわね」

「どういう事?」

 

 私は時を動かしながら輝夜の顔を見る。

 

「私達のような第二第三のタイムトラベラーを警戒して、実際に歴史改変した日付を偽ったか、そもそも霊夢の自殺という歴史が本人と口裏合わせして作った噓なのか……。極論だけど、魔理沙の時間移動に関する話が全て狂言だった――なんてこともあり得るわ」

「……貴女は魔理沙の歴史改変を察知したんでしょ?」

「私が察知した瞬間は215X年9月16日だったわ。恐らく魔理沙が過去の歴史改変を終えて、元の時代に帰ってきた日なのでしょうね。私が分かったのはそれだけで、魔理沙が〝いつ”〝どのように”歴史改変を行使したのかは定かでは無いのよ」

「参ったわね……どうしたらいいのかしら」

 

 この時間なら絶対に会えると確信していたのに、完全に手詰まりだわ。魔理沙、貴女はいつにいるの……?

 

「……やっぱり、未来の私達は失敗する運命だったのね」

「え?」

「出発する前に言った事覚えているかしら? 『貴女が2008年4月12日に出会った未来の“私達”はどうなったのかしら。彼女達が歴史の修正に成功したなら、私達が時間遡航する必要性は無くなるでしょう? もし“2008年4月12日の十六夜咲夜が、215X年10月1日午前9時から遡って来た私達と出会う”出来事がβにおける予定調和だとしたら、因果は閉じてしまっている。私達の行動は徒労に終わる可能性が高いわ』と」

「それは――!」

「恐らく、未来の〝私達”もここまで今の私達と同じ行動を取った筈よ。さて、未来の〝私達”はこの後どうなったのかしらね?」

 

 深刻な表情で問いかける輝夜に私は答えられなかった。

 未来を変えるつもりで考えた末に取った行動が、実は既に未来の私達が通った道をなぞっていただけだったなんて、信じたくない。

 

「これからどうしましょうか?」

「……」

 

 私達が取り得る選択肢は二つ。更に時間を遡って魔理沙を捜索するか、この時代の私に直接干渉して別の選択肢を取り得るように仕向けるか。

 前者はかなり根気のいる作業になるけれど、1日ずつ小刻みに時間の加速を繰り返しながら博麗神社の様子を伺っていれば、霊夢の歴史改変を行おうとする魔理沙に遭遇するかもしれない。……最も、今よりも未来の時間に霊夢の歴史改変を行っていたのなら、成すすべもないのだけれど。

 後者は、現在の結果を踏まえて、次の歴史の〝私”に望みを託す行為。さっきの輝夜と違って、私が直接この時代の私に事情を話せば、素直に協力する……はず。私の事は私が一番わかっている筈なのに、断言できないのがもどかしいわね。

 もちろん、〝永遠”を解除して逆転する時の流れから抜け出す選択は有り得ない。魔理沙の捜索を完全に諦めることになるし、誰にも見つからないように元の時代まで隠れ潜まなければいけないのは辛いわ。

 

(どうしたらいいのかしら……)

 

 輝夜が先述したように、もしも〝歴史改変が失敗する”結末が確定しているのなら、何をしても無意味に終わりかねない。この運命を変えるには、未来の〝私”の選択を読んだ上で、時間の境界の異変が解決する方向に歴史を誘導しなければいけない。

 ……動けない。情報が圧倒的に足りてない上に、どの選択肢も不確定要素が強すぎて最善に思えないわ。何か重大な見落としをしている気がするのだけれど、それが何なのか分からなくて気味が悪いの。そう、今の私は〝運命”という名の〝未来”に雁字搦めに縛られている。

 

(それでも私は――)

 

 原因不明の歴史改変、幻想郷の危機、未来が閉ざされて〝明日”が訪れない異常事態。

 

『咲夜、貴女には期待しているわ。貴女なら必ず未来を変えられる――』

 

 出発時に私を快く送り出してくださったお嬢様の為にも、立ち止まっていられないわ。決心した私は輝夜の顔を見据える。

 

「まだ諦めないわ。とにかく時間を遡って、ここで魔理沙を待ち構えることにしましょう」

「咲夜。〝本当にその選択で良いのね?”」

「今の私達が取れるベターな選択でしょう。輝夜もそれで良い?」

「異論は無いわ」

「決まりね」

 

 輝夜の持つタブレット端末には【A.D.200X 07/20 13:52】と表示されている。私は時間を加速させるべく、懐中時計に手を掛けた――。




霊夢の自殺に関する歴史改変については第1章1話、10~12話にて詳しく描写しています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。