魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

269 / 283
投稿が遅れて申し訳ありませんでした。


第254話 (2) タイムホールの影響⑫ side 咲夜 咲夜の結末(中編)

「少し考える時間を貰えるかしら」

「構わないわよ」

 

 輝夜に一度断りを入れてから、私は考える。

 輝夜の懸念通り、もし本当に歴史が改変されているのなら、私達が昨日に行ったところで意味は無い。そして予定調和ではない過去の私への干渉は、歴史α⇒βに改変された時のように今の私が消える事になるでしょう。あの時は意識や人格が無くなるのではなく、経験のない記憶を思い出すような感覚だったから、自分自身の歴史が改変されることに恐怖心は無いわ。

 問題は予定にない歴史介入を起こすことへの不安。

 魔理沙の体験談を聞いた限り、歴史は些細な事から大きな変化が起きるようなので、もし目的から大きく逸脱した過去改変が発生した場合、一方通行のタイムトラベル中の私達には取り返しのつかない事態に陥ってしまうわ。

 それに、私には魔理沙が絶対に現れると確信している時刻に当てがあるから、昨日への時間遡航は〝ついで”なのよね。今日現れなかった理由は分からないけれど、魔理沙に会うことさえできれば、これまでの疑問も氷解することでしょう。輝夜の提案は悪くないのだけれど、リスクを考えたらやっぱり断るべきね。

 頭の中で整理をつけて否定の言葉を口にしかけた時、ふと妙案が浮かぶ。

 

(そうよ! この方法なら――)

 

 再び脳内で考えを纏めてから、改めて口を開く。

 

「――待たせたわね。貴女の提案のことだけど、タイムパラドックスを起こさずに確認する方法を思いついたわ」

「聞かせて?」

「単純明快な話よ。私ではなく、貴女がこの時代の〝蓬莱山輝夜”に成りすまして接触すればいいのよ」

 

 今の私自身の歴史改変については、つい先程この時間の私の跡を付けても何も起きなかった事から、〝十六夜咲夜”の認識そのものが私自身の歴史改変の引き金になっている可能性が高い。

 この時代はまだ人間だった私と違って、輝夜は150年前からずっと同じ容姿を保っている。ましてやこの時代の私と輝夜はそれほど深い親交も無い。偽っても看破される可能性は限りなく低いでしょう。

 

「……なるほどね。未来の痕跡を残さなければ、貴女にとっては日常の一幕でしかないから、歴史改変が発生しなくなるわけね。でも、今の私は時間が停まっている間でないと貴女と接触できないし、不自然に思われないかしら」

「そこは能力の応用とでも言って誤魔化せばいいわ。どうせ確認する術は無いのですし。過去の私から情報を引き出せるかは、全て貴女の話術に掛かっているわ」

「ふふ、任せなさい」

 

 輝夜は自信満々に微笑む。この点に関しては、彼女の歴史(竹取物語)を紐解けば全く不安要素は無いでしょう。言うだけ野暮だったわね。

 それから私達は、真夏のうだるような暑さに伸びている霊夢に別れを告げ、紅魔館の庭園を見渡せるバルコニーに戻る。

 

「作戦はいつ決行すればいいかしら?」

「私が一日の中で時を止める可能性が一番高い時間帯は朝ね。それはこの時代でも変わらない筈よ」

「朝は忙しそうだけれど、そんな時間帯に紅魔館を訪れたら不審に思われないかしら?」

「今から上手い言い訳を考えてちょうだい」

「あら、もう既に作戦は始まっているのね。咲夜、貴女が経験した昨日の出来事について、より詳しく教えて貰えるかしら?」

「ええ」

 

 私は西暦200X年9月1日に経験した出来事を語っていく。輝夜は真剣な表情で話を聞いた後、庭園を見下ろしながら考え始めた。私は彼女の邪魔をしないように気を遣いながら、じっと時の流れに身をまかせて変化を待つ。代り映えの無い風景、段々と沈んでいく太陽、その瞬間が訪れたのは、午前6時になった時だった。

 時間停止特有の神経が冴えわたるような感覚が去来し、雑多な世界は無音に包まれた。

 

「時間が止まったわ」

「そうみたいね」

 

 周囲を見渡した輝夜が呟く。

 空の雲は動きを止め、自在に飛んでいたツバメは標本のように羽を広げたまま停止。眼下の庭園には、蜜を求めて集まった蝶や虫がその瞬間のまま動きを止め、中央の噴水は、池から噴水器に向かって昇っていた水が空中で固まり、水の壁が出来上がる。

 最早私にとっては見慣れた光景なので、取り立てて言うほどでもないわね。

 

「今回の作戦は全て貴女に一任するわ。私は門の外で待っているから、終わったら来てちょうだい」

 

 本当は輝夜と過去の私の会話に興味をかきたてられるのだけれど、このバルコニーからは遠すぎて声が届かないし、庭園は見晴らしが良いから身を隠せそうな場所がないのよね。

 私は少し後ろ髪を引かれるような思いで、門の外へ向かって飛んで行った。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 未来の十六夜咲夜がバルコニーを離れ、門の外側に降りていくのを見届けた蓬莱山輝夜だったが、すぐに動き出す事は無く、じっとその場に佇んでいた。

 彼女は動かない時間の中で蓄積される体感時間を計り続けた後、頃合いを見計らってフェンスに向かって歩き出し、ふわりと浮かび上がるようにして1階のエントランスに飛び降りる。

 白鳥のように美しく着地した彼女は、僅かに乱れた着物を正した後、音もなく玄関扉に向かって歩いていき、そっと呼び鈴を鳴らす。

 響き渡る鐘の音は、時間が停止した世界においては山彦の如く反響しては、波紋のように消えていく。蓬莱山輝夜が気品ある佇まいでじっと扉を見つめながら反応を待っていると、幾ばくかの時が過ぎた頃、扉の向こう側に一つの気配を感じ取った。それはしばらくの間迷いを見せていたが、やがて留め具が外れる音と共に扉が僅かに開き、紺碧色の瞳と目が合った。

 

「ごきげんよう」

 

 蓬莱山輝夜が微笑を浮かべると、紺碧色の瞳が大きく見開き、扉が静かに開いていく。姿を現した少女、十六夜咲夜は驚きの色を浮かべながら訊ねた。

 

「貴女は永遠亭の……」

「急に訪ねてごめんなさいね。私は蓬莱山輝夜。貴女とは何度か会った事あるでしょう?」

「そうね、覚えているわ。それよりも」十六夜咲夜は蓬莱山輝夜の背後に広がる、停まった景色を再確認しつつ「どうして貴方がここに? それに私の世界でも平然と動けているなんて……」

 

 明らかな困惑と疑念を浮かべている十六夜咲夜に、蓬莱山輝夜は微笑を崩さずに答える。

 

「私の能力が永遠と須臾を操る程度の能力なのは知っているわよね?」

「ええ」

「きっかけは些細な思い付きだったわ。『永遠と須臾、相反する二つの能力を極限までかけ合わせたら一体どうなるのかしら?』 試しに実験を始めてみたら、私の身の回りの物全てが停まってしまってね、柄にもなく焦ったわ。すぐに能力を解除したのだけれど、動き出す気配も無くてね、永琳に助言を求めて部屋を出たら、永琳もイナバも、皆停まっていたのよ。その時に私は閃いたわ。『私の能力で停止したのではなく、元から停止していた時間に紛れ込んでしまったのではないかしら?』とね。仮説を実証する為に、貴女を訪ねて来たのだけれど、どうやら正解みたいね?」

「……驚いたわ。貴女の能力ってそんな芸当ができるのね」

「万に一つの確率が重なっただけよ。再現性は無いし、今後試す気も無いわ」

 

 苦笑する蓬莱山輝夜に、十六夜咲夜は警戒を解いて表情を崩した。

 

「貴女の話は理解したわ。そういう理由ならすぐに時間を動かすわね」

 

 十六夜咲夜が銀色の懐中時計をポケットから出し、竜頭に手を掛けた時。

 

「待って。折角ですし、少しお話しません?」

「私が、貴女と?」目を丸くする十六夜咲夜に、蓬莱山輝夜は笑みを浮かべながら。

「私、一度貴女とじっくり話してみたいと思っていたのよ。貴女の仕事については重々承知しているけれど、要件だけ済ませて帰るのは寂しいわ。いかがかしら?」

 

 十六夜咲夜は紅魔館の中を一瞥した後、「……ごめんなさい。いくら時間停止中と言えども、お嬢様方を放置して自分だけ休憩する訳にはいかないわ。またの機会にお願いするわね」

 

「そう……残念ね」

 

 言葉とは裏腹に、十六夜咲夜の性格上断られる確率が高いと判断していた蓬莱山輝夜は、動じることなくプランを切り替えた。

 

「最後に一つだけ訊ねたいことがあるのだけど、いいかしら?」

「手短にね」

「昨日のお昼過ぎ――確か午後1時くらいだったかしら。ここで貴女と魔理沙が神妙な顔で手紙を見ながら話し込んでいたけれど、何かあったの?」

 

 蓬莱山輝夜が探るように訊ねると、十六夜咲夜は僅かに視線を逸らして逡巡した後、睨みつける。

 

「……覗き見なんていい趣味しているわね?」

「この近くを飛んでいた時に偶々目に入ってしまったのよ。声を掛けようと思ったのだけれど、そんな空気では無かったじゃない? もしかして、どなたか亡くなられたのかしら?」

「随分と地獄耳ね」

「まあ、本当に訃報だったの?」

 

 心配気に語る蓬莱山輝夜に、十六夜咲夜は彼女の真意を測るようにじっと彼女を見つめた後「大したことでは無いわ。気にしないで」と返す。

 

「そう? ならいいのだけど。それでは私はお暇するわね」

 

 蓬莱山輝夜と共に十六夜咲夜は歩き出そうとしたが、「ああ、見送りは構わないわ。お仕事頑張ってね」と言い、門の外へと歩いていく。

 

「…………」 

 

 十六夜咲夜は彼女の姿が見えなくなるまで玄関先で見送った後、紅魔館の中に戻って行った。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 輝夜と一時別れた私は、太極拳を舞う最中の姿勢で固まっている美鈴の隣に移動し、門柱に背中を預けながらぼんやりと空を見上げていた。

 待つだけなのはもどかしいけれど、こればかりは輝夜を頼るしかないのよね。……それにしても嫌になるくらい清々しい天気だわ。この日のお嬢様も同じ事を考えていたのかしら。

 明日の献立や仕事の段取りを考えていると、一つの気配の接近を感じ取り、其方に意識を向ける。間もなく門扉が開き、輝夜が姿を見せた。

 

「お待たせ」

 

 輝夜が門扉を閉じた事を確認してから、私は門柱から離れて彼女に向かっていく。

 

「随分と早かったわね。どうだったの?」

「結果から言ってしまうと、貴女と過去の咲夜の話にずれは無かったわ。彼女は昨日、ここで魔理沙に会っているわ」

 

 輝夜は過去の私と交わしたやり取りを詳細に話す。過去の私がタイムトラベラーの存在を秘匿する事は事前に伝えていたので、輝夜は迂遠な言質を取った形になる。

 

「それは朗報ね」

 

 どうやらあの時刻に遡らずに済みそうね。手間が省けて良かったわ。

 

「貴女はどう? 〝今日”私と話したことを覚えている?」

「ちょっと待ってね」

 

 私は記憶の奥底を懸命に辿っていくけれど、魔理沙と話した記憶しかない。もちろん今ここに至る道程にも変化は無いわ。私は静かに首を振る。

 

「私の記憶はさっき話した時と何も変わらないわ」

「私も歴史の変化は感じ取らなかったわ。貴女の読みは的中したみたいね」

 

 その後過去の私が再び時間を動かす瞬間まで待機した後、私達は再び先程のバルコニーに戻る。

 

「時間を戻すわ。輝夜、今の時刻を見せて」

「どうぞ」

 

 鞄から取り出したタブレット端末を確認しながら、ゆっくりと時間を加速させていく。陽が沈んでは昇り、明るくなっていく。

 西暦200X年9月1日の午後1時20分になったところで加速を止めて、じっと庭園の様子を監視。10分後に過去の私が能力を使い、世界は停止した。

 

「魔理沙、早く現れなさい」

 

 期待を込めてじっとその時を待ち続ける。普段は気にしていなかったけれど、時間が動かないのは退屈で仕方ないわ。

 

「この時点の魔理沙って、未来の事を殆ど知らないのよね?」

「そうね。魔理沙にとっては2度目のタイムトラベルで、私がお嬢様の眷属になった事や、霊夢が仙人になる未来、31世紀の幻想郷の危機も知らない筈よ」

「今の私達は本人から聞いているのに、おかしな話ね」

「なるべく彼女自身が辿る未来には触れないようにしましょう」

「懸命だわ」

  

 輝夜と雑談を交わす間にも、眼下の庭園と背後に注意を払うのを忘れない。魔理沙はともかく、過去の私とばったり遭遇してしまったら、全てが水の泡になってしまうわ。

 

「魔理沙、来ないわねぇ」 

 

 庭園には依然として変化はなく、写真のように一瞬を切り取られた色とりどりの花壇と、停止した噴水があるのみ。確か私の記憶では、1階の廊下で時間を止めた後、それ程経たないうちに魔理沙が庭園に居るのを見かけて、其方に歩いていったのだけれど……。

 嫌な予感を抱き始めた次の瞬間、再び時間が動き出す。

 

「そんな!」

「多少時間がずれているかもしれないわ。もう少し待ちましょう」

 

 しかし結局この日、私達の前に魔理沙が姿を現すことは無かった――。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。