魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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大変長らくお待たせいたしました。

この話の時系列は『第236話 (2) タイムホールの影響⑫ 紫の断片的な回想 (終編)(2/2)紫と咲夜の決意』中の
西暦215X年10月1日午前7時40分の魔法の森跡地上空で、咲夜が紫と別れた直後となっています。

視点が咲夜に切り替わります。

この話を含めて タイトルに『タイムホールの影響⑫ side 咲夜』と続く話は
『第256話(2)タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(後編)』に繋がる話となっています。

この話に至るまでの簡単なあらすじ



西暦2008年4月12日、咲夜はタイムホールによって消滅した魔法の森を調査中に未来から来た自分と輝夜と邂逅する。
そこで未来の情報を聞いた咲夜は、紫と協力してタイムトラベラーの魔理沙を捜す事を決め、次に彼女が現れる西暦215X年9月22日に集まる事に。
しかし当日になっても彼女は姿を見せず、西暦215X年10月1日にタイムホールが開く。
全てが未来の情報通りに進んでいる事を悟った咲夜は、時間遡航を決意し、永遠亭へと向かった。


上記のあらすじの詳細は

『第232話 (2) タイムホールの影響⑪ 紫の断片的な回想(前編)』~『第234話 (2) タイムホールの影響⑫ 紫の断片的な回想(後編)』
『第236話 (2) タイムホールの影響⑫ 紫の断片的な回想 (終編)(2/2)紫と咲夜の決意』にて描写しています。


第251話 (2) タイムホールの影響⑫ side 咲夜 永琳の懸念

 ――西暦215X年10月1日午前7時42分――

 

 

 

 ――幻想郷、人里――

 

 

 

 ――side 十六夜咲夜――

 

 

 

 魔法の森跡地上空で八雲紫と別れた私は、時間を止めたまま人里に移動していた。

 目的は藤原妹紅。深い霧に包まれ、訪れる者を惑わす迷いの竹林を抜けて永遠亭に向かうには、案内人が必要だから。永遠亭には何度か訪れているし、私一人でも行けなくはないけれど、確実に辿り着くには彼女の力が必要なのよね。

 魔法の森跡地上空に開いた時間の境界は人里からもはっきりと見えていて、朝の早い時間にもかかわらず大勢の里人が往来に出て、好奇の視線を向けている。今の所大きな混乱が起きていなさそうなのが幸いだわ。

 そうして探し回っていると、人里で一番大きな川沿いのベンチに足を組み、往来を眺めながら煙草を吹かせる妹紅を発見する。予想よりも早く見つかった事に安堵しつつ、私は時を動かす。

 世界に活気が戻り、遠くの空を見ながらざわめく里人達や静かに流れる川音を耳にしつつ、妹紅に近づいて声を掛ける。

 

「おはよう妹紅。ちょっといいかしら?」

「ん? 咲夜じゃないか。こんな時間に会うなんて珍しいな」

 

 彼女は驚きの色で私を見た後、咥え煙草を灰まで燃やしつくす。妹紅とは人里で偶然会った時や、永遠亭に用事がある時に世間話をする程度の関係でしかないけれど、それが150年も続けば友人と言ってもいいのかもしれないわね。

 

「永遠亭に案内して欲しいのだけれど、お願いできるかしら?」

「構わないが、こんな朝から何の用だ? 見たところ急患がいる訳でもなさそうだが……」

 

 輝夜との並々ならぬ因縁を知っている私は、一瞬躊躇いながらも正直に答えることにした。

 

「輝夜に用があるのよ」

 

 妹紅は眉をピクリとさせながらも、表情を変えず「……そうか。まあ何はともあれ、案内するよ」と立ち上がる。

 

「ついてきな」

 

 ぶっきらぼうに言い捨てながらふわりと飛び始めた妹紅の後に続き、人里の空を横切っていく。地上では時間の境界に気付く人が増えて、さらに騒ぎが大きくなっているようで、ざわめきが収まる気配は無い。

 

「なあ、空に開いた大穴あんたも見たか? 一体何が起きているんだろうな?」

「さてね。一つ言える事は、これは異変よ」

「だよなあ。博麗の巫女が動くべき事態なんだろうが、あいつはあまり信用できないからな」

 

 今代の博麗の巫女――博麗杏子は人間側に寄りすぎていて、妖怪達からの評判が非常に悪く、私に対してもかなり風当りが強い。

 私が買い物等で人里を訪れる時は、無闇に威圧感を与えないように、背中の羽を仕舞って極力人間と同じ姿をするようにしている。しかし彼女は、妖怪が人間の姿を真似ることさえも嫌悪しているようで、うっかり里中で出会ってしまった日にはネチネチと嫌味を言われ、人里を離れるまで監視してくるのよね。

 その点で言えば、霊夢は人間と妖怪のバランス調整が上手で、誰からも愛される素敵な巫女だったわね。

 

「八雲紫の見立てでは、あれは異なる時空に繋がっている時間の境界よ」

「へぇ?」

「149年前の2008年4月12日にも、魔法の森の空に開いて魔法の森を消滅させたわ」

「――思い出したぞ。確かその一週間前に、霊夢とマリサが博麗神社に開いた時間の境界の調査に行って、行方不明になったよな」

「貴女が覚えているなんて意外ね」

「当時かなり騒ぎになっていたし、私個人の印象として、彼女達ほど鮮烈な人間は他にいなかった。本当に惜しい人間を亡くしたものだ」

 

 妹紅は時間の境界を遠目に、過去を惜しむようにしみじみと話している。私達は迷いの竹林の入り口に差し掛かり、密集する竹林の間を迷いなく奥へと飛んでいく。

 

「まだ亡くなったと決めつけるのは早いわ。私達の世界と時間の流れが異なるだけで、彼女達は今も時間の境界の先で異変の解決に動いているのよ」

「それって、漫画とかによくあるタイムトラベルってやつか? 俄かには信じられんな」

「あら、タイムトラベラーは実在するわよ? 現に私は直接会っていますもの」

「ははっ、お前がそんな冗談を言う妖怪だったとはな」

 

 妹紅は一笑して、私の言葉を信じていないようだった。

 やがて前方に光が差し込み、開けた場所に到着する。正面には立派な長屋門が出迎えて、なまこ堀に囲まれた敷地内には伝統的な武家屋敷が建っている。

 紅魔館とは完全に正反対ね。

 

「私はここで待ってるからさ、用事が済んだら声を掛けてくれ」

「ありがとう」

 

 門柱に背中を預け、ポケットから取り出した煙草を咥えて火をつける妹紅に会釈し、私は長屋門をくぐっていく。隅々まで整備された枯山水の庭園を横目に奥へと進み、玄関の戸を軽くノックする。

 

「はーい!」と鈴仙の声が奥から聞こえ、騒がしい足音が此方に近づいてくる。

 引き戸が開き、私を見上げて「あなたは……!」と目を丸くする鈴仙に「おはよう。朝早くにごめんなさいね」と答えると、彼女は慌てた様子で言った。

 

「い、いえ! どうされましたか?」

「輝夜に大至急伝えたいことがあるの。お目通り願えるかしら」

「分かりました。すぐに呼んできます!」

 

 鈴仙は靴を脱ぎ捨て、廊下の奥に向かって走っていく。ウサギの彫り物や、竹をふんだんに使用した凝った意匠の玄関を眺めながら待っていると、輝夜を連れ立って戻ってきた。

 彼女は私の顔を見ると、朗らかな笑みを浮かべながら近づいてきた。

 

「ごきげんよう咲夜。貴女が今日この時間にここに来たということは、遂に“始まった”のね」

「ええ。例の場所には既に八雲紫がいるわ」

「そう――これも予告通りね」

「あの、お二人は一体何の話を……?」

 

 主語を省いた会話に、鈴仙は困惑した様子で私達の顔を見比べている。

 輝夜には、魔法の森が消滅した翌日の2008年4月13日と、先月23日に、未来の出来事とタイムトラベラーの魔理沙について話している。

 あまりに突拍子もない話にも拘わらず、彼女はかなり興味を示していて、もし私の予告が的中していた場合、時間遡航に対して協力する旨を表明していた。

 ちなみに、互いに下の名前で呼び合うようになったのもこの日がきっかけだったりする。

 

「鈴仙、永琳を呼んできてちょうだい。咲夜がお見えになったわ」

「はぁ」

 

 鈴仙は釈然としない様子で、奥に引っ込んでいく。

 

「私がどうかしたの?」

「8日前に貴女から聞いた話を永琳に伝えたらとても驚いてね、今日貴女が来訪したら報せて欲しいとお願いされたのよ」

「そうなのね」

 

 八意永琳が私に何の用事かしら? まるで見当がつかないわね。

 やがて鈴仙は八意永琳を連れて戻って来る。硬い顔をした彼女の手には、竹の模様が描かれたショルダーバッグがあった。

 

「呼んできました~」

「ご苦労様」

「いえいえ。では私はこれで失礼しますね」

 

 鈴仙は私達に一礼した後、屋敷の奥に戻って行った。

 

「姫様……」

 

 八意永琳は物憂げな表情で彼女をじっと見つめている。

 

「どうしたの永琳? 私の顔に何かついてる?」

 

 輝夜は困った様子で訊ねるが、彼女は答えず、その目には珍しく迷いが見える。まるで何かを躊躇っているかのような、そんな印象。

 彼女は何度か私達を交互に見た後、決心が付いたのか、重い口を開いた。

 

「……姫様。時間の境界についてどうしても確認したい事がございます。ここに開く時まで、出発を待ってもらえませんか?」

「構わないけど、確認したい事ってなに?」

「……いえ。恐らく私の杞憂である可能性が高いので、明言は差し控えさせていただきます」

「そうなの? 咲夜もそれでいい?」

「ええ」

 

 時間軸の逆行現象が始まるまでは時間の余裕があるし、八意永琳の懸案事項というのも気に掛かる。未来の“私”からの情報に無い出来事ということもあり、私の中で断る選択肢は無かった。

 

「ありがとうございます」

「咲夜。それまで家の中で休んでいきなさいな」

 

 彼女の言葉に甘えて、家に上がり込む。

 途中で今日の診療の準備をすると言う八意永琳と診察室前で別れ、私達は果てしなく続く廊下を進んでいく。紅魔館は私の能力で拡張しているけれど、永遠亭も外観以上に広いわね。

 やがて輝夜は廊下の中頃で立ち止まり、右手の黒い竹があしらわれた襖を開く。

 中は木目の座卓が置かれた薄暗い和室で、床の間には竹を用いた挿花と、永遠亭を描いた水墨画の掛け軸が飾られている。天井と鴨居の間には格子模様の欄間が取り付けられているが、庭に面する障子は完全に締め切られ、僅かに光が漏れるのみとなっていた。

 私が輝夜と向かい合うように座ると、少しして鈴仙が日本茶を持って来た。それにお礼を述べつつ、私は目の前で上品な所作でお茶を服する輝夜に訊ねる。

 

「八意永琳が確認したい事って何かしらね」

「私にもよく分からないわ。8日前に貴女の話を伝えた時からずっとあの調子なのよ」

 

 輝夜はふうと息を吐く。

 

「月の都にも隠密に何度か赴いているみたいだし、昨日は依姫と豊姫がこっちに来ていたわ」

「……幻想郷と月の都ってそんな簡単に行き来できるものなの?」

 

 私が150年前に行った時は、パチュリー様が建造されたロケットを使ったけど、それでもかなり苦労した記憶があるわ。

 

「実はね、永遠亭には月の裏側に繋がる秘密の道があるのよ。けれど永琳は余程のことが無い限り、月の都とは関わらないと言ってたんだけどねぇ」

「つまり、今回の異変は“余程のこと”なのね」

 

 八意永琳の思惑にも気に掛けつつ、とりとめもない話をしているうちに時間が近づいて来たので、私達は席を立つ。

 玄関に向かう途中でショルダーバッグを肩に掛けた八意永琳と合流し、外に出た私は懐中時計を見ながらその時を待ち続ける。

 

「――時間だわ」

 

 懐中時計の長針がⅤを指した瞬間、晴れ渡る空を切り裂くように時間の境界が開き、深淵の穴が私達を見下ろす。

 

「時間の境界が開いたわね」

「見事に的中ね」

 

 日傘越しに空を見上げながら、未来の“私”の予告が当たってしまった事に憂いていると。

 

「これは――! まさかそんな……有り得ないわ――!」

 

 隣から響く突然の声に驚きながら振り向くと、永琳は空を見上げたまま目を大きく見開いていて、心なしか慄いているように見える。

 常に冷静沈着な彼女が珍しく動揺していることに二の句が継げないでいると、八意永琳は目を丸くしている輝夜の肩を掴み、「姫様。あれに関わってはいけません! 時間遡航は即刻中止してすぐに避難するべきです!」と切実に訴える。

 その鬼気迫る勢いに輝夜はたじろぎながらも、優しく訊ねた。

 

「ど、どうしたの永琳? 何か知ってるの?」

「そ、それは……!」

 

 優しく訊ねる輝夜に八意永琳がバツが悪そうに顔を背けると、長屋門の方から妹紅が駆けてくる。

 

「お、おい。なんか空がヤバいことになってるぞ!?」

「あら、妹紅。いたの?」

「輝夜! まさか、お前の仕業なのか!?」

 

 輝夜の姿を捉えた瞬間、妹紅は目の色が変わり臨戦態勢に入る。彼女の両拳からは不死鳥の炎が漏れだしていた。

 

「違うわよ。あれは時間の境界。ここではないどこかに繋がっているわ」

「なに――?」

「恐らく幻想郷のあちこちに開いているわ。私と咲夜はこれから調査に行くから、あんたと遊んでいる時間は無いのよ」

 

 輝夜に軽くあしらわれたことに妹紅は更に怒りを膨らませたが、人里の方角に開いた時間の境界を見て焦りに変わる。

 

「まさか輝夜への用事って?」

「ええ、そういうことなのよ」

「――クソッ、魔法の森跡地といい、一体何がどうなってるんだ」

 

 妹紅は小さく舌打ちすると、「咲夜! 私は人里の様子を見てくる! 帰りは輝夜に頼め!」と踵を返して人里に駆け戻っていった。

 私はそれを見送った後、未だに沈黙を続ける八意永琳に訊ねた。

 

「ねえ、貴女は何を知っているの? 良ければ教えて貰えないかしら」

「私からもお願い」

 

 八意永琳は私達の顔を交互に見ると、「……そうですね。こんな事態になってしまった以上、私には真実を話す責務があるのでしょう」

 

「今から1億年以上も昔――西暦換算で紀元前1億1520年3月18日。“私達”がまだ地上に住んでいた頃の話になります」

 

 彼女の言う“私達”とは、恐らく月人のことね。

 私の聞いた話では、当時の彼らは幻想郷は勿論の事、現代の外の世界よりも高度な文明を築いていた。しかし彼らは生命に寿命を与える“穢れ”を嫌い、賢者月夜見(ツクヨミ)の立案で、自分の親族で信頼の置ける者と共に“穢れ”の無い極楽浄土の月へ移住したとのこと。

 確か八意永琳は、月への移住計画や月の都の建造にも深く関与している元賢者だったわね。

 

「その日“私達”の居住区上空に突如として”大穴”が開きました。それは約1時間で消えてしまいましたが、分析の結果、“大穴”の正体は、高次元世界に繋がる“次元扉(ディメンジョンゲート)”――だと判明しました」

「高次元世界って?」

「私達が住む世界は、縦・横・高さを表す三次元空間と、未来方向にのみ進む時間によって形成されています。高次元世界とは、空間に加えて“時間”も自由に移動できる世界の事です」

 

(もしかして、時の回廊のことを言っているのかしら?)

 

「ほどなく“私達”は、“次元扉”を人為的に開くことが出来ないか研究を始めました」

「それって、もしかしてタイムトラベルの研究かしら?」

「平たく言えばそうなるわ」

 

 私の疑問に八意永琳は頷く。

 

「当時の人類の平均寿命は1000年を越えていたのだけれど、医療による寿命の延長には限界が来ていたのよ。その時に“次元扉”が出現した事で、ある賢者が提案したの。『私達よりも遥か未来の科学技術を知ることができれば、寿命から逃れられる術を得られるのではないか――』と」

「私は研究チームのリーダーとして、“次元扉”の研究を指揮したわ。元々時間という概念の研究が進んでいたこともあって、僅か半年ほどで“次元扉”を開く装置の開発に成功したのよ」

「……凄いわね」

 

 薬学の分野に造詣が深いことは知っていたけれど、科学の分野にも理解が深いなんて。彼女はどこまで天才なのかしら。

 

「そして“次元扉”を開こうとした時、事件は起きました。研究所内で謎の爆発が発生して、研究員は全員意識不明。唯一意識があった私の前に、“時の女神”を名乗る影が現れて警告したのです。『何者であろうと、時の秩序を破る者は許されない。これ以上研究を続けるようであれば、貴方達の文明は終わりを迎える事になるわ』と」

「!」

 

 八意永琳は口に手を当てる輝夜に続けて語っていく。

 

「あらゆる計器を用いても分析不能な大いなる存在に本能的な危険を察した私は、他の賢者達を説得し、すぐに研究チームを解散しました。ですが一部の研究者は私の意向に反して“次元扉”の研究を続けていたようで、ある日忽然と姿を消しました。彼らのあらゆる個人情報や、近しい人間達からの記憶が抜け落ちていましたから、蓋し存在自体を抹消されたのでしょう」

「――以来、次元扉の研究は永久凍結となり、時間移動に纏わるあらゆる研究は禁忌とされました」

「――そんなことがあったのね」

「姫様、どうかお考え直しください。空に開いた時間の境界は間違いなく“次元扉”です。あれに関わってしまえば、永遠の生よりも不幸な結末が待っているに違いありません」

 

 輝夜の手を取って懇願する八意永琳だったけど、彼女の意思は変わらなかった。

 

「心配しなくても大丈夫よ永琳。私達は次元扉の先に向かうつもりはないし、あくまで過去の魔理沙に会いに行くだけよ」

「マリサ……あの魔法使いですか」

「正確には改変前の歴史から来たタイムトラベラーの魔理沙よ。咲夜の話では、西暦200X年9月1日と2日に現れたらしいの」

「私が聞いた所によると、タイムトラベラーの魔理沙の歴史では霊夢が自殺したらしくてね、彼女の死を否定する為にタイムトラベラーになったみたいよ」

「あの霊夢が自殺なんて……そんな可能性世界が過去にあったのね」

 

 八意永琳は目を見開いていた。

 

「それにね、永琳。時間の境界を実際にこの目で見て私には感じたのよ。この世界にはもう未来が無いって。全ての事物が進歩も退歩も無く、等しく“永遠”になってしまうなんて私には耐えられないわ。生に飽いた人生だけれど、こんな形で終わるのは不本意なのよね」

 

 輝夜の決意表明に、八意永琳は観念したように手を放す。

 

「どうやら決意は固いようですね。ではせめて此方をお持ちください」 

 

 八意永琳はショルダーバッグを肩から外して彼女に手渡す。輝夜が開けると、片手に収まる程度の小さな機械板が入っていた。

 

「これは?」

「かつて私が次元扉の研究に用いていたタブレット端末です。月の都の電波を介した現在時刻の同期や次元波動感知機能の他、時間の揺らぎや歪みまで正確に計測できます。詳細は電子説明書を読んでください」

「そんな物が良く残ってたわね?」

「他の賢者達の強い反対で全てを処分できなかったのです。今回必要になりそうな予感がしたので、月の都の中枢に保管されていたものを引き取ってきました。――どうかご無事で」

「ありがとう永琳。必ず帰って来るわ」

「それでは行きましょうか」

「咲夜。姫様のこと、くれぐれもよろしくね」

「ええ」

 

 八意永琳に見送られながら、私達は永遠亭を飛び立っていった。

 

 

 

 永遠亭を発った私達は、魔法の森跡地上空を目指して、迷いの竹林を飛んでいた。

 輝夜はタブレット端末の電源を入れて、空中に投影される文字に目を通している。私の位置からも読めるけれど、文章に外来語が多くて理解が追い付かない。同じ日本語とは思えないわね。

 

「ふーん。そうなのねぇ」

「分かるの?」 

「機能については大体理解できたわ。これから次元扉についての情報を読み進めるわね」

 

 そう言って輝夜はページを切り替える。表示された文章は全体の一部のようだけど、おぼろげながらも私にも理解できる内容だった。

 

(へぇ、魔理沙の話と共通点が多いわね)

 

 次元扉の先に存在するあらゆる時間へ移動できる空間。並行世界説の否定、実用的な時間移動の欠点など。でも情報が不足している今、結論を出すにはまだ早いように思える。

 迷いの竹林を抜けて人里に出た頃、懐中時計を見た私はポツリと呟いた。

 

「……そろそろ時間ね」

 

 現在時刻は午前8時44分。私は空中で静止し、隣を飛ぶ輝夜に告げる。

 

「輝夜」

「何?」

 

 熟読していた輝夜は顔を上げる。

 

「1分後に“改変前の歴史の私”と融合するわ。多少混乱するでしょうから、その時にフォローお願いね」

「もうそんな時間なのね。咲夜、貴女は怖くないの?」

「大丈夫よ。どちらも同じ“私”ですもの」

「そう――分かったわ」

 

 私にあるのは未来への希望と真実の探求だけ。“改変前の歴史の私”も同じ気持ちを抱いている筈。

 輝夜が見守る中、私はその時を待ち続け、時計の針はⅨを指した――。




次の話に登場する咲夜は、彼女の主観から見て『第229話 (2) タイムホールの影響⑧ 永遠亭の場合』直後の時系列になります。

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