「なっ……! これはどういうことなんだ?」
「やっぱりね。マリサ、もう止めていいわよ」
「あ、あぁ」
マリサは八卦炉への魔力供給を断ってポケットの中にしまい込む。だけどマスタースパークは依然として空中に留まっていて、消える気配が無かった。
「おかしいな。どうして消えないんだ?」
彼女の代名詞とも言えるマスタースパークは、八卦炉に呪文をかけることで放たれるスペルカードで、マリサが魔力を送り続けることで虹色の光線が発射される。
引っくり返して言えば、魔力が供給されなくなると自然に消滅してしまう技なのだ。
「この魔法は一定の時間を永遠に繰り返しているのよ。さっきまでの私達のようにね」
「どういうことだ?」
「理屈は分からないけれど、この辺りには時間が歪められているポイントがあって、そこを通り過ぎると少し前の時間に戻されてしまうのよ。傍から見ると、止まっているように見えるってわけ」
「うーん、何となく理解できるような……できないような……」
「んーまあ言葉で説明するよりも、実際に体験した方が早いわね」
私はマリサの前に咲夜の懐中時計を示す。
「今の時間は1時58分ぴったりでしょ?」
「そうだな」
それから私は、時計の針が5秒進んだ所で、マスタースパークの左隣に博麗のお札を一枚貼り付ける。
「このお札の位置を覚えておいてね。マリサ、マスタースパークが途切れた場所までゆっくり進んでくれる?」
「分かったぜ」
マリサは再び箒を動かして、マスタースパークに沿って接近していく。こうして近くで見ると凄まじい魔力ね。
「う~む、全然魔力の構成が崩れていないな。それにこれは、止まっているんじゃなくて、動き続けているのか?」
マリサは興味深そうに観察しつつ、目的の場所まで移動した所で静止する。
辺りは何もない広大な空が続いているのに、マスタースパークは私達のすぐ右隣りの空間で不自然に途切れている。
「この辺りが時間が戻るポイントね。この先に進もうとすると、私達の時間が戻されるわ」
私は懐から陰陽玉を出すと、マスタースパークが途切れているポイントに浮かべる。今の時間は2時ぴったりね。
私はマリサの目の前に咲夜の懐中時計を提示しながら言った。
「マリサ、今の私達が居る場所と時間をよーく覚えておいて」
「おう」
私達の目の前には陰陽玉が浮かんでいて、遥か前方には時計塔が見える。右隣には途切れたマスタースパーク、後方にはさっき貼り付けた博麗のお札と、果てしなく続く道路が見える。
周囲の状況をじっくりと観察したマリサは「OKだぜ」と頷く。現在時刻は2時1分で、彼女も確認済みだ。
「それじゃ、陰陽玉がある地点を越えた後に止まって」
「ああ」
マリサが再び箒を発進し、亀のような速度で陰陽玉が浮かんでいる地点を越えた瞬間、時計の針が一瞬で3分前に移動する。
「ん!? 時計が戻ったぜ!? それにこれは――」
マリサは何が起こったのか分からないって感じの顔で、周囲を見回している。
というのも、先程は右隣の空間にあったマスタースパークが正面に出現していて、私が目印として左隣に張り付けた博麗の札と、空中に浮かべた陰陽玉が跡形もなくなっていたからだ。
もちろん、遥か前方に時計塔が建っていて、遥か後方に道路があるという位置関係は変わっていない。
「これが時間の歪みよ。どれだけ進んでも、進んだという事実が無くなっちゃうんだから、いつまで経っても辿り着けない訳」
「つまり、私がマスタースパークを撃った直後の時間と場所に戻ったと言う訳か。ってことは、博麗の札と陰陽玉が消えたのも?」
「ええ。時間が遡った事で、1時58分1秒~2時1分の間に起きた出来事が“無かった事”になって、1時58分の状態に戻ってしまったの。ちなみにさっきまでの私達は、ずっと1時55分~1時55分30秒の間を延々と繰り返していたわ」
「むう、もう一人の“私”が使うタイムジャンプとは法則が違うみたいだな。どうするんだ? 別の場所から回り道するのか?」
「そんな単純な抜け道でどうにかなるとは思えない。あの時計塔に行く為には、時間の歪みを修復する必要があるわ」
「……そんな事が出来るのか?」
確かにマリサの言う通り、単純な空間の歪みなら自力で何とかなったけれど、時間が絡んでいるとなると私の手に負えない。あの紫でさえも、時間の境界は操れないみたいだし。
でも今の私には咲夜から預かった懐中時計がある。私の力と組み合わせればなんとかなるかもしれない。
私は咲夜の懐中時計を掲げて「マリサ、もう1回マスタースパークが途切れた場所まで進んでくれない?」とお願いする。
「――なるほどな。任せたぜ」
どうやら私の意図は伝わったみたいで、マリサは即座にマスタースパークの先端地点まで移動してくれた。
「マリサ、一回降りるから手を繋いで」
「おう」
もう一度手を結び直してから箒から降りて、マリサの隣に並び立つ。
(咲夜、貴女の力を貸して)
縋るような気持ちで私は懐中時計を右手に掴み、それを持ったまま前に――時計塔が見える方角に向かって伸ばし、霊力を込める。
そんな私の願いが通じたのか、ガラスが割れるような音がしたかと思ったら、次の瞬間には目の前の空間の一部に穴が空いていた。
「おぉ、やった!」
マリサが歓喜するのも束の間、一定の時間を循環していたマスタースパークがその穴を抜けて時計塔に向かって直進していく。
時の回廊の影響なのか、勢いが全く落ちることなく突き進んでいき、文字盤に直撃した瞬間に閃光が発生。光が収まった頃には幻のようにかき消えていた。
「ねえ、今のって……!」
「ああ! やっぱりお前の勘は当たっていたようだな!」
確信を得た私は、マリサの後ろに乗った後、空間に開けた穴を通り抜けて時計塔目掛けて飛んで行く。
すると先程までとは違い、時計塔がどんどんと大きくなっていって、逆に後ろの道路は小さくなっている。咲夜の懐中時計を見ても、正しく時を刻んでいるし、これはもしかしたら行けるかも!
マリサも同じ感触を得たのか、「全速力でかっ飛ばすぜ!」と言って更に加速していく。もしかしたら文より速いかも。
期待を胸に待ち続け、咲夜の懐中時計で数えて15分後、ようやく時計塔が目前まで迫ってきた。
近くまで来て分かった事だけど、この時計塔は一言で表すならとにかく大きくて高い。
どれくらい大きいかと言うと、文字盤に刻まれたローマ数字ですら私の何十倍もあるのに、これさえも全体で見たらほんの一部に過ぎないところ。まるで大きな壁のような圧迫感を覚える。
地上はもう遥か下にあって、どのくらい高いんだろう。少なくとも天界よりも高いのは確かね。
「もうすぐ到着だぜ!」
巨大な時計を越えて、勢いそのままに時計塔の頂上に飛び出すと、そこは開けた屋上になっていて、とても静かだった。
そして私は中心に佇む一人の少女を見つけ、目が合った。
(あれはまさか――!)
銀色のボブカットにリボンの付いた三つ編みを結い、純白のドレスを身に纏う瀟洒な少女。
彼女こそ、私達が捜し求めていた時の女神、十六夜咲夜だった。
次回投稿日は12月4日です