この話の時系列は『第234話 (2) タイムホールの影響⑫ 紫の断片的な回想(後編)』の後です。
視点が霊夢に切り替わります。
この話を含めて、今後数話続く予定のサブタイトルに『(2)タイムホールの影響⑫ side 霊夢』と書かれている話は、
『第240話 (2) タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(前編)』
『第241話 (2) タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(中編)』と同じ時系列で起きており、
『(2)タイムホールの影響⑭ 試練のタイムトラベル(後編)』に繋がる話になります。
この話に至るまでの簡単なあらすじ。
西暦2008年4月5日、博麗神社に突如開いた時間の境界を調べる為に、霊夢とマリサは時の回廊に向かうが、西暦2021年2月21日の博麗神社に飛ばされてしまう。
そこで紫と咲夜から事情を聞いた霊夢とマリサは、タイムトラベラーの魔理沙と時の女神の咲夜を見つける為に、咲夜から時の力が込められた懐中時計を受け取って再び時の回廊へ向かう。
上記のあらすじの詳細は『第232話 (2) タイムホールの影響⑪ 紫の断片的な回想(前編)』『第234話 (2) タイムホールの影響⑫ 紫の断片的な回想(後編)』にて描写しています。
――side 霊夢――
時間の境界を抜けて再び時の回廊に侵入した私とマリサは、ゆっくりと回廊の上に降り立った。
幻想郷は凍えるような寒さだったけど、ここはポカポカしていて過ごしやすい感じ。
「……よし、ちゃんと身体が動かせるな。咲夜の読みは当たってたって訳だ」
左手を握ったり開いたりして感覚を確かめていたマリサが、「霊夢はどうだ?」と聞いてきたので、私もマリサに習って右手を握ったり開いたりしてみる。
「ええ、大丈夫。いつもと何も変わらないわ」
さっきは殆ど何も出来ずに時間の境界に呑み込まれちゃったし、今度こそ魔理沙と咲夜を見つけないとね。
「さて、どこから捜すかな」
「そうねぇ……」
時の回廊は途方もなく広い上に、今の私達は一心同体だ。闇雲に探し回るようなことはできない。
私は改めてぐるりと周りを見渡して、先程と変化が無いか確認する。
抜けるような青空の下、今私達が立っている石畳の道路は、桜、砂漠、紅葉、積雪地帯を突っ切るように地平線の果てまで続いていて、その果ては見えない。
だけど後ろを振り返ってみると、道路と四季の景観がずうっと先で綺麗に途切れていて、地上から空まで空間全体が真っ暗な壁? みたいなもので覆われていてかなり不気味。
未来の魔理沙の話では、時の回廊にある長い一本道は時間軸を実体化したものらしいから、多分途切れている部分は時間の終点で、咲夜が言っていた時間軸の逆行が始まる時間なんだと思う。
そう考えると、私が今見ている方角が未来なのかな? 149年という年月は人間の私にとっては途方もない時間だけど、時間軸上だと近いような遠いような不思議な距離感ね。
あと、道路の上を漂っていた超高層ビルや宇宙船の残骸が今は綺麗さっぱり無くなっている。もしかしたら私達と同じように、時間の境界が開いて知らない時間に落ちたのかもしれない。
(う~ん。景色は綺麗だけど何か違和感があるのよねぇ)
例えるなら魚の骨が喉に刺さったような感じ。これは多分私の勘が働いている証だと思うけど、いまいち要領を得なくてモヤモヤする。
ちなみにマリサは、私に事前に断りを入れた上で、アリスと魔理沙と咲夜の名前を何度も叫んでいるけれど、反応は無く、こだまだけが響いている。
「やっぱり地道に捜し回るしかなさそうだな」
マリサは私の袖を引っ張り「なあ霊夢、まずはあの辺りを捜してみないか?」と桜地帯を指差した。
「いいわよ」
私達は歩調を合わせながら道路を横切り、端っこまで歩いた所で立ち止まる。
私が勝手に桜地帯と呼んでいる場所は、満開の桜の森が何処までも広がっていて、舞い落ちる花びらが地面に薄桃色の絨毯を作ってとっても綺麗!
白玉楼の桜も美しかったけど、ここも負けず劣らず壮観ね。
「いい眺めだなぁ。一昨日のお花見を思い出すぜ」
「ふふ、この異変を解決したら盛大に宴会を開きましょうか」
「そうだな! よ~し、行こうぜ!」
マリサが意気揚々と右足を大きく上げて、薄桃色の絨毯に向かって下しかけたその時、嫌な予感がした私は無意識のうちに叫んでいた。
「マリサ! そこ踏んじゃダメ!」
「え!? うわわっ!」
下した足が薄桃色の絨毯を踏む寸前に後ろに引っ込めたマリサはバランスを崩しそうになり、私は咄嗟に彼女の身体に抱き着いて支える。
やがてバランスを取り戻した所で私が離れると、マリサは怪訝そうな顔で「急にどうしたんだ? ここを調べるんじゃないのか?」
「少し確かめたい事があるのよ」
私はその場にしゃがみ込む。上手く言葉にすることはできないけど、私の第六感が働いている。ここには何かがあるって。
道路の上から薄桃色の絨毯が敷かれた地面にそっと右手を伸ばし、指先が触れた時だった。突然見えない何かによって引っ張られて、身体が大きく前につんのめる。
(! しまった――!)
抵抗する間もなく、私の右腕と頭は薄桃色の絨毯が敷かれた地面をすり抜ける。
そこは真っ暗闇の中に煌めく無数の星々と、気が遠くなりそうな密度の時間と粒子。それはまさしく、一つの宇宙だった。
(ああ、なんてことなの……)
私の意識は真夏に放置されたアイスクリームのように溶けていく。残った意識を振り絞って何とか浮かび上がろうと思っても、身体が全く言う事を聞かなくて、感覚さえも失われて……。
そのまま消えて無くなりそうな私を呼び戻したのはマリサだった。
「霊夢!」
世界全体に響き渡るような切迫したマリサの声がしたと思ったら、思いっきりグイっと引っ張られて、意識と身体が時の回廊に戻ってきた。その勢いで道路に尻もちをついちゃって、ちょっと痛い。
「おい、大丈夫か!?」
私はマリサの手を支えに立ち上がり、スカートをはたきながら「助かったわ。ありがとう、マリサ」と率直にお礼を伝える。マリサがいなかったら危なかったわ。
「これくらい大したことないぜ。にしても何があったんだ? 上半身が地面に埋まってたぞ?」
「右手が地面に触れた瞬間急に引きずり込まれたのよ。地面の下には宇宙が広がっていたわ」
「なんだそりゃ?」
マリサは困った顔をしているけど、本当にそうとしか言えないのよね。
「でも一つだけ分かった事があるわ」
私が道路の端から桜地帯に向かって手を伸ばすと、舞い散る桜の花びらが手の平の上に落ちてくる。だけどそれを掴もうとしたら、霧のように消えちゃって、空気を掴んでいる様な感触だった。
「花びらが消えたぜ!?」
更によくよく観察してみると、風が吹いていないのに舞い落ちる桜の花びらの量が多く、それでいて道路の上には一枚も落ちていない。こっちに落ちてきた花びらはみんな消えちゃっている。
「きっと私達が見ているこの桜は幻ね」
「幻だって? だが魔力の類は一切感じないぜ?」
「時の回廊を私達の常識で考えてはダメよ。この調子だと他の場所も同じかもしれない」
「ってことは、もう1人の“私”か咲夜はこの道の何処かに居るのか?」
果てしなく続く道路を見渡しながら呟いたマリサは、どことなくうんざりしているように思える。確かにこの道全部を捜すとなると、いくら一本道とはいえ辛いものがあるわね。
「何か……何か手掛かりはないかしら?」
さっき感じた違和感はまだ完全には消えていないし、何か見落としている事がある筈。
キョロキョロと辺りを見渡していると、砂漠地帯の果てに天高く聳え立つ時計塔に目が留まる。
(あれは……)
人を惹き付ける程紅く、洋風なデザインは紅魔館の時計塔によく似ていて、周りとは明らかに雰囲気が違っていた。
文字盤の針はⅫを指したまま微動だにしていなくて、この距離からでも時間が読み取れるくらいだから相当大きいんだと思う。
(時計、時間――そうよ。これだわ!)
天啓とも言えばいいのか、頭の中にストンと降りてきた私は、自信満々に時計塔を指差しながら宣言する。
「マリサ。私の勘ではあそこに何かあるわ!」
次の話は11月17日に投稿します。