魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第232話 (2) タイムホールの影響⑪ 紫の断片的な回想(前編)

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 ――西暦2008年4月5日午前11時――

 

 

 

 ――幻想郷、博麗神社――

 

 

 

 うららかな陽ざしが幻想郷を照らし、春告精が活発に活動している春の日のこと。

 満開の桜が咲き誇り、優しい風に吹かれて花弁が舞う博麗神社には、見る者全ての心を打つ風光明媚な景色が広がっていた。

 神社の縁側には、霊夢を中心にマリサと栗毛の少女――博麗美咲が座り、茶菓子に手を伸ばしながら会話に花を咲かせていたが、その平穏は突如として破られる。

 時刻は午前11時、神社の上空に果てすら見通せない漆黒の穴――時間の境界が開き、不気味な雰囲気を醸し出していた。

 

「何……あれ……!」

 

 お茶をすすりながら空を見上げた霊夢と美咲は唖然としていたが、マリサは不敵な笑みを浮かべながら立ち上がる。

 

「異変か。面白い事になってきたぜ……!」

 

 壁に立てかけていた箒を手に取り、跨ろうとしたところで、彼女の正面にスキマが開き、伸びた手が衿を掴む。

 

「魔理沙! 貴女、とんでもないことをしてくれたわね!」

 

 スキマから身を乗り出しながら問い詰める紫の鬼気迫る表情に、マリサは一瞬怖気づいた様子で答える。

 

「い、いきなりなんだよ!?」

「とぼけないで! 時間の境界を開けたのは貴女でしょ! 一刻も早く閉じなさい!」

「はぁ!? 何を言ってんだよ!」

 

 売り言葉に買い言葉、互いにヒートアップしつつあったその時、霊夢が立ち上がる。

 

「紫、ちょっと落ち着きなさい」

 

 霊夢が二人の間に割って入ると、紫は手を放す。

 

「あーあーもう」

 

 マリサが愚痴りながら乱れた服を整えている間に、紫はスキマから完全に姿を現し境内に降り立った。

 

「霊夢、邪魔する気?」

「まずは事情を説明してちょうだい。あんたはあれの正体を知ってるの?」

 

 空を指しながら問いかける霊夢に、紫は頷きながら口を開く。

 

「あれは時間の境界。過去か未来か、今日じゃない別の時間に繋がる扉のようなものよ」

「時間の境界……」

「時間という概念は私ですら干渉できない絶対的な法則。そして咲夜と輝夜には別の時空に接続できるほどの能力はない。よって犯人は、あらゆる時間を自由に移動する能力を持つ魔理沙――貴女以外にないわ」

「事情は分かったわ。でもね紫、あんたは一つ大きな勘違いをしている。彼女はタイムトラベラーじゃないのよ」

「なんですって?」

「幻想郷には、私と、別の歴史から来たもう一人の〝私″がいるんだ。お前が言っているのは、彼女のことだろう」

「ええ。未来から来たタイムトラベラーの魔理沙と、隣にいるマリサは同じだけど違うのよ」

「……並行世界ってこと?」

「いいや、違う。もう1人の〝私″曰く、タイムトラベルとは歴史の上書きで、彼女は書き換える前の歴史の霧雨魔理沙なんだ。考えてもみろよ。もし私と彼女が同一人物だったら、霧雨魔理沙が時間移動を行う因果が消えて、深刻なタイムパラドックスが発生するだろ?」

 

 真剣な表情で語る霊夢とマリサが虚言を吐いているように思えなかった紫は、大きく息を吐く。

 

「……釈然としないけど、理解は出来たわ。それならタイムトラベラーの魔理沙はどこにいるのよ?」

「215X年の9月22日に帰ったよ」

「そんな……あと149年も待たないといけないの……?」 

「そもそも、もう一人の〝私″が犯人かどうかすらも疑わしいがな。彼女のタイムジャンプは、時間理論に基づいて緻密に計算された完璧な魔法だったし、こんな素人みたいな失敗をするとは思えん」

「いずれにしても、このまま放っておくわけにはいかないわね」

 

 霊夢は神社に上がり込むと、奥からお祓い棒と陰陽玉を持って戻って来た。

 

「美咲、留守をお願いね」

「かしこまりました! 霊夢様、マリサさん、気をつけてくださいね」

「おう!」

 

 見送りに来た美咲に霊夢とマリサが頷き、飛び立とうしたところで紫が呼び止める。

 

「待ちなさい。まさかあの中に行くつもりなの?」

「当然よ。私の勘ではあの先に異変の元凶がいる。異変の解決に博麗の巫女が出なくてどうするのよ?」

「それにもう一人の〝私″が関わっているかもしれないってんなら、見過ごすわけにはいかないしな」

「私は反対よ。まだ実態が全て解明されていないのに、いくらなんでも無謀すぎるわ。事によっては帰れなくなるかもしれないのよ?」

 

 身を案じる紫に対し、霊夢は目を逸らさずに答える。

 

「ねえ紫。私が博麗の巫女を辞める前の日に時間に関わる異変が発生したのも、きっと巡り合わせだと思うのよ。この手できっちり解決してから新しい人生を歩むわ」

「霊夢……」

 

――どうやら決意は固いようね。それなら私も貴女に託しましょうか。

 

「なあに、心配すんなって。ちゃちゃっと終わらせて帰って来るからさ! 行こうぜ、霊夢!」

「ええ!」

 

 マリサは箒を飛ばし、その後に続いて霊夢も飛び立っていき、時間の境界の中に消えていった。

 

「頑張ってくださーい!」

 

 笑顔で手を振る美咲とは対照的に、紫は不安な面持ちで時間の境界を見上げていた。

 

――――なんだか嫌な予感がするわ。二人とも、どうか無事に帰って来て……!

 

 心の中でそう願いながら。

 

 

 ――西暦2008年4月10日正午――

 

 

 

 ――幻想郷、博麗神社―― 

 

 

 

 五日後。桜が散りはじめ、寂しくなってしまった桜の木の元、花弁のカーテンに覆われた博麗神社の境内には、天を仰ぐ紫と美咲の姿があった。

 上空に開いた時間の境界は収縮が進み、人が通れるほどの規模にまで縮小していたが、彼女達の表情は悲壮に満ちていた。

 

「……もう五日目ね。最悪の事態になってしまったわ」

「霊夢様……」

 

――やっぱりあの時無理にでも止めていれば……なんて、過去の事を悔いても仕方ないわよね。それこそ魔理沙でもない限り……。

 

 心の中で愚痴た紫は、不安げな表情で祈りながら天を仰ぐ美咲に視線を移す。

 

――またこの時が来てしまったわ。何度経験しても慣れそうにないわね。

 

「美咲。そろそろ覚悟を決めなさい」

 

 ポーカーフェイスで言い放った紫に、美咲は目を見開き「お待ちください紫様! もう少し、もう少しだけ時間をください!」と食ってかかる。

 

「貴女は霊夢から充分に博麗の巫女としての心得を教わっているわ。継承の儀式に前任者が立ち会う必要はないのよ」

「そんな――霊夢様を見捨てるおつもりですか!?」

「残念だけどこれが現実よ。過去にも不運な事故や、妖怪の討伐失敗で命を落とした博麗の巫女がいたわ。それに比べると、万全の備えが出来ている分貴女は幸運よ」

「ですが――!」

「紫、美咲」

 

 論争になっていた時、アリスが彼女達の近くに降り立つ。

 

「アリスさん!」

「何かご用かしら?」

 

 アリスは一度周囲を見回した後、「霊夢とマリサはまだ帰ってきていないの?」と訊ねる。

 

「はい……」

「そうなの……二人とも無事ならいいんだけど……」

「生憎だけど、その可能性は限りなく低いわ」

「!」

「もう霊夢とマリサはこの世に居ないでしょう。これから彼女を次代の博麗の巫女に任命するわ」

 

 淡々と答えた紫に、アリスの表情は一変する。

 

「なんで諦めているのよ! 待ち続けていればいずれ帰って来るかもしれないじゃない!」

「いいえ。彼女達はもう遠い時間の彼方に行ってしまった。どれだけ好意的に解釈しても、こっちに戻って来るのは10年後か100年後か……はたまた私達が関知しえない時間かもしれない。そんな希望的観測に幻想郷の命運を託すことはできないわ」

 

 紫は流麗に語っていく。

 

「幸いにも私達には美咲がいる。4日前に引退する予定だった霊夢にわざわざ拘る必要もないでしょう」

「……随分と薄情なのね。貴女は霊夢と親しかったんじゃないの? それとも私は貴女のことを見誤っていたのかしら」

 

 アリスに非難の視線を浴びた紫は、目を伏せながら答える。

 

「……理解してちょうだい。幻想郷を存続させるためにはどうしても博麗の巫女が必要なの。一時の感情に囚われて、選択を誤る訳にはいかないわ」

 

 紫の哀切この上ない雰囲気を悟った様子のアリスは、少しの逡巡の後、口を開く。

 

「――! もういいわ。こうなったら私が二人を連れ戻してみせる!」

「っ! 待ちなさいアリス! 時間の境界はもうすぐ閉じてしまうわ。ミイラ取りがミイラになるわよ!」

 

 彼女の覚悟を決めた顔が5日前の霊夢と重なり、説得を試みたが。

 

「私の大切な友達が居なくなってしまったのに、じっとなんてしていられないわ! 止めないで!」

「アリス!」

「アリスさん!!」

 

 アリスは紫と美咲の制止を振り切り、捨て台詞を吐き捨てながら時間の境界に向かって飛び込んでいく。

 その直後、収縮が進行していた時間の境界は完全に閉じられ、まるで最初からそうであったかのように澄清(ちょうせい)な空へと戻っていた。




ここまで読んでくださりありがとうございました。

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