魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第228話 (2) タイムホールの影響⑦ 紅魔館の場合②

 ――西暦215X年10月1日午前8時35分――

 

 

 

 ――幻想郷、紅魔館――

 

 

 

 人里で十六夜咲夜が再び世界の時を動かした頃、紅魔館上空の超高層ビルは4棟に増えていた。

 

「ウフフ、今日は久しぶりに暴れられそうね」

 

 不敵な笑みを浮かべたフランドール・スカーレットは、スペルカード、禁忌「フォーオブアカインド」を使用。

 

 4人に分身した彼女達は、秩序だった動きで超高層ビルに向かって右手を掲げ、対象の〝目″を手の平の中で握りつぶす。

 

 瞬間、木端微塵に粉砕されたが、爆発四散した粉塵の中から新たな超高層ビルが出現する。

 

〝目″を探り当てる余裕が無いと判断したフランドール・スカーレットは、分身を解き宝石の翼を広げて飛翔。片手で軽々と受け止めると、くるりと方向転換して霧の湖の反対側へぶん投げる。レーザーのように一直線に飛んでいった超高層ビルは、紅美鈴が放り投げていた超高層ビルに衝突。激しい衝撃と轟音を立てながら崩れ落ちた。

 

「アハハッ、もっと来なさい! 壊し尽くしてあげるわ!」

 

 フランドール・スカーレットは生き生きとした表情で吸血鬼の力を存分に振るい、次々と落下する超高層ビルを砕き、壊し、潰していく。

 

 かつて彼女は、その身に宿した狂気と、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力という性質故に、紅魔館の地下室に495年間幽閉されていた。

 

 ところが2003年夏の紅霧異変をきっかけに彼女の運命は変わり始めた。

 

 霧雨魔理沙(マリサ)を筆頭にした他所の人妖との交流や、永遠亭の精神療法を受けた事で、発狂気味で情緒不安定だった気質はすっかり影を潜め、彼女の本質である無邪気で素直な性格に戻っていた。

 しかしここ最近は身に余る強大な力を発散する機会が無く、今回の事件は日々の些細なストレスの欝憤晴らしにはちょうど良い機会であった。もちろん紅魔館を守りたいという気持ちが前提にあるが。

 

 彼女を見守っていたレミリア・スカーレットは、超高層ビルの落下が一段落したタイミングで妹に呼びかける。

 

「ねえフランー! 空の大穴を壊せるかしらー?」

「やってみるわ!」

 

 フランドール・スカーレットは右腕を伸ばし、タイムホールに狙いを定める。

 

 それからしばらくタイムホールの弱点を探っていたが、やがてすっと右腕を降ろし、レミリア・スカーレットの隣に降り立った。

 

「ん~駄目みたい。全然〝目″が見えないの。私が壊せないものがあるなんて驚きだわ」

「やっぱり咲夜の話通り、時間に関連した事象なのかしら。貴女はどう思う?」

 

 レミリア・スカーレットが誰も居ない場所に向かって問いかけると、彼女の隣にスキマが開き、八雲藍が現れる。

 

「あっ! 狐さんだ!」

 

 興味深そうに彼女を見つめるフランドール・スカーレットに対し、二人の表情は硬い。

 

「気づいていたのか」

「私達がここに来た時からずっと隠れていたでしょう? 八雲の使いが紅魔館に何の用かしら?」

「紫様の命でタイムトラベラーの霧雨魔理沙を探している。ここに来ていないか?」

「魔理沙?」

「今日は見てないわね」

 

 レミリア・スカーレットは通信用の魔符を出し「パチェ、そっちにいる?」と訊ねると、『いいえ。今日は来てないわよ』と、返事が響く。

 

「そうか……。邪魔したな」

 

 再びスキマを開いて別の場所へ移動しかけていた八雲藍の背中に、レミリア・スカーレットは問いかける。

 

「八雲紫がわざわざ動くなんて、さしづめあの大穴が原因かしら?」

 

 八雲藍はスキマを閉じて、レミリア・スカーレットに向き直る。

 

「お察しの通り。紫様の見立てでは今ではない別の時空間に繋がっているそうで、時間の境界と名付けられました。それ故に、今回の騒動の重要参考人であるタイムトラベラーの霧雨魔理沙の捜索を私に命じられました」

「へぇ……! 随分と面白いことになってるのね」

「ねえ狐さん。もしかして時間の境界はここ以外にも開いているの?」

「私と紫様の知る限りでは魔法の森上空だけだったんだが……」

「魔法の森って、魔理沙(マリサ)が住んでる土地よね。なるほど、だから妹の魔理沙を探しているんだ」

 

 フランドール・スカーレットが感心している一方、レミリア・スカーレットは不服な態度で問い詰める。

 

「そうは言っても、今ここに開いているじゃない。他の場所は確認しなかったのかしら?」

「魔法の森上空に時間の境界が開いた時刻は午前7時40分だ。私と紫様は幻想郷の隅々まで調査したのだが、その時は異常なかったんだ」

「あら、そうなの」

「現在の時間の境界の発生状況については調査中だが、橙(チェン)の経過報告によるとここ以外にも人里、永遠亭、命蓮寺、神霊廟、守矢神社、妖怪の山、太陽の畑で確認されている」

 

 午前8時25分に紅魔館に到着していた八雲藍は、新たなタイムホールを見て不穏な予感を覚え、スキマの中で八雲(チェン)に幻想郷の調査を命じていた。

 

 ちなみにこの時代の橙は、妖力と知性が格段に上昇して一人前の式神となっており、正式に八雲の名を与えられている。

 

「咲夜大丈夫かな……」

「どうして急に増えたのかしら。何か思い当たる節はないの?」

「そうだな。考えられる原因としては――」

 

 八雲藍が午前8時25分に魔法の森で起きていた現象を述べていた時だった。

 タイムホールからエメラルドグリーンの海水が滝のように溢れ出し、レミリア・スカーレット達を襲う。

 

「「!」」

 

 吸血鬼にとって流水は致命的な弱点の一つであり、表情が強張るスカーレット姉妹。

 

『レミィ!』

 

 大図書館のパチュリー・ノーレッジは咄嗟に水流操作の魔法を使用。紅魔館に降り注ぐ予定だった水の塊は、重力に逆らいUの字を描いてタイムホールの中に戻っていった。

 

「……助かったわ。ありがとうパチェ」

 

 しかし水流から漏れた虹色の珊瑚の欠片が紅魔館一帯に降り注ぎ、外気に触れたことで発光を始めた珊瑚が空中に虹を描きだす。

 

「わぁ~綺麗ー!」

 

 幻想的な光景に目を輝かせるフランドール・スカーレットは、近くに落ちた虹色の珊瑚の欠片を拾い上げる。

 

「お姉様、私これ知ってるわ! 綺麗な海の底に生えている珊瑚という生き物でしょ?」

「ええ、そうだけど……。こんなものが落ちてくるなんて、あの向こう側は海に繋がっているのかしら?」

「ふむ……見た事のない色彩だな。私の知識の限りでは、このような色の珊瑚は地球上に存在しない。ひょっとしたら地球の海ではないのかもしれん」

 

 虹色の珊瑚を自ら手に取って覗き込む八雲藍の推察は的中していた。

 

 今も尚紅魔館に降り注いでいるエメラルドグリーンの海水は、マグラス海から流出している。

 

 メインコントロールタワーを失い、制御不能になった空中都市ニツイトスがタイムホールに呑み込まれたことで、時空の相転移現象の対象がマグラス海に移ったことが原因だ。

 

 そして虹色に光る珊瑚の正体は、マグラス海底都市最大の観光名所である虹の珊瑚礁の一部であり、海水と一緒に巻き上げられていた。余談だが現地では珊瑚を食べる食文化があり、虹色の珊瑚は生食すると綿あめのような味と食感がする。

 

『レミィ、これからどうするの? 私は問題を先送りにしただけ。根本的な点を解決しなければ意味がないわ』

 

 タイムホールから流れ出る海水の勢いはとどまることを知らず、既に100tを越えている。屋上は虹色の珊瑚と水流からはじき出された様々な魚で埋め尽くされており、小さな水族館と化していた。

 

 だがレミリア・スカーレットは、妹が見せびらかしている虹色の珊瑚を凝視したまま思索に耽る。

 

「お姉様?」

 

 フランドール・スカーレットは心配そうにレミリア・スカーレットの顔を覗き込んでいた。 

 

 彼女の脳裏に浮かんでいたのは、朝食時に垣間見た未来の紅魔館と世界の有様。

 

 コマ送りの写真のように断片的に見えた光景の一つに、どこからともなく現れた大量の水に全てが押し流されていく幻想郷と、巨大な街によって押し潰された紅魔館が映っていた。

 

 そしてその先の未来も――。

 

「――ふっ、そういうことか」

 

 自らの運命を操る程度の能力が見せたおぼろげな未来を理解し、バラバラに思えた運命が一本の線になって結びつく。

 一人呟きながら顔を上げた彼女は不敵な笑みを浮かべていた。

 

「八雲の使いよ、八雲紫に伝えなさい。『世界はもう間もなく終焉を迎える運命にある。唯一の希望は魔理沙よ』とね」

「……どういう意味だ?」

「言葉通りに受け取ってくれて構わないわ。貴女も薄々気づいているでしょうけど、時間の境界がもたらす世界への影響は甚大よ。今起こっている現象は序章に過ぎないわ」

「――それが貴女の見た運命ですか」

「ええ、そうよ。今の私達は、希望と絶望という名の運命の分かれ道をとっくに通り過ぎて絶望の運命に入ってしまったわ。最早何もかもが手遅れなのよ」

 

 悲観的な言葉とは裏腹に、レミリア・スカーレットは心底愉快な笑顔を見せた。

 その言行不一致さに疑念を抱いた八雲藍は自然と疑問を口にする。

 

「何故そんな顔ができるのです? まさか貴女は破滅主義者なのですか?」

「そうではないわ。私は魔理沙が閉ざされた運命を挽回してくれると信じているからよ」

 

 この時彼女の脳裏に蘇っていたのは、今から150年前の9月9日、十六夜咲夜が眷属になった日の出来事だった。

 自らが予見できなかった運命への変化による感情は、レミリア・スカーレットにとって生涯忘れることのない記憶として刻まれている。

 

「……そうですか。貴女の言葉、確かに伝えましょう。それでは私はこれで」

 

 八雲藍はスキマを開き、紅魔館を後にした。

 

「ねえお姉様、もしかしてフラン達死んじゃうの?」

「安心なさい。私がついている限り、絶対にそんな結末にさせないわ」

 

 レミリア・スカーレットは、頭をポンと撫でた。

 

「もうひと踏ん張り頑張るわよ!」

「――うん!」

 

 フランドール・スカーレットはにっこりと微笑んだ。

 

「パチェ、敷地全体の結界の強度を上げて!」

『分かったわ!』

 

 パチュリー・ノーレッジが詠唱すると、紅魔館を基点に展開されていた透明なドーム型の結界が厚くなった。

 

「フラン、もうすぐ巨大な街が落ちて来るわ! 心の準備をしておきなさい!」

「まっかせてー!」

 

 フランドール・スカーレットは素敵な笑顔で頷きながらタイムホールに注意を向ける。

 

 レミリア・スカーレットは、スペルカード、神槍「スピア・ザ・グングニル」を使用。紅色の槍を右手に顕現して待ち構えた。

 

 やがてその予見通り、タイムホールに異変が発生。紅魔館上空で循環する水流を破るように、空中都市ニツイトスと呼ばれる一隻の円盤型宇宙船が徐々に全貌を現していく。

 

 機体の大きさは紅魔館の約300倍。タイムホールの直径を遥かに超えていた為、収まりきらない部分は粒子状に分解されて、通過後に再度元の形に構成された。

 

 機体の天面の透明なドーム内には大小様々な超高層ビル群が乱立している。一見するとありふれた近代都市だが、仮想化技術を用いることで、来場者のニーズに合わせた様々な世界像に千変万化するシステムとなっている。

 

 平時ならば大勢の来場客で賑わっているこの都市だが、タイムホールの発生とほぼ同時に、常駐していたパイロットを含む全ての人間が宇宙ネットワーク内に強制移動させられていた為、現在はゴーストタウンと化していた。

 

 加えて重力制御装置が組み込まれていたメインコントロールタワーの喪失により、自重に耐え切れずに崩壊しつつあった。

 

『なによあれ……! あんな大きさでたらめじゃない!』

「へぇ……随分と壊しがいがありそうね」

「来るわよ!」

 

 やがて時空の相転移現象が完了し、空中都市ニツイトスは重力に従って落下を始めた。

 レミリア・スカーレットは足を大きく開き、地を強く踏みしめて投擲体勢に入る。

  

「神槍「スピア・ザ・グングニル」!」

 

 渾身の力を込めて投擲した槍は弾丸よりも速く飛翔し、円盤型宇宙船と超高層ビル群を真っ二つに砕きながらタイムホールへと吸い込まれていく。

 間髪入れずにフランドール・スカーレットは対象の〝目″を見つけ出し、右手の平の中へ移動させる。

 

「きゅっとしてドカーン!」

 

〝目″を握りつぶした瞬間、激しい轟音と同時に空中都市ニツイトスは木端微塵に粉砕。パチュリー・ノーレッジの風魔法で粉塵が晴れた時には、既に跡形もなくなっていた。

 

『流石ね』

「よくやったわねフラン。これで当面の危機は去ったわ」

「えへへ」

 

 フランドール・スカーレットは、満面の笑みを浮かべていた。

 

『ねえレミィ。私はいつまで水流を操作すればいいのかしら?』

「魔理沙が時間の境界を閉じるまでよ。幻想郷が水没するかどうかはパチェの双肩にかかっているわ」

『やれやれ、随分と重要な役回りを任されちゃったわね』

 

 パチュリー・ノーレッジは満更でもない表情をしていた。

 

「~♪」

 

 フランドール・スカーレットは、怪我をした紅美鈴や紅魔館の皆にプレゼントするため、鼻歌交じりに虹色の珊瑚の欠片を拾い集めていた。

 

「……私達はもう大丈夫。あとはこの世界を頼んだわよ。魔理沙、〝咲夜″」

 

 レミリア・スカーレットは、タイムホールを見上げて静かに呟いていた。




↓に『タイムホールの影響』と書かれた話の時系列を載せます
興味ある方は目を通してみてください。





(2)紀元前38億9999万9999年8月19日午前0時⇒時の壁が破壊されて巨大なタイムホールが開く。リュンガルト兵と主力艦隊は時空の相転移現象に捕らわれ、タイムホールに吸い込まれていった。
   そして全員が吸い込まれたのち、今度はタイムホールから元の時代のアリス、文、紫、杏子が現れる。
 
  ↑タイムホールの影響とタイトルについた話は、この時間に繋がる話です。

タイムホールの影響①~⑦までの話の時系列は以下の通りです。


  西暦215X年10月1日午前7時40分⇒魔法の森上空にタイムホールが発生。リュンガルトの旗艦エクシズが時を越えて幻想郷に到来する。博麗神社で異変に気付いた博麗杏子が魔法の森に向かう。
  

  同日午前7時45分⇒エクシズが幻想郷の調査を行う。
  

  同日午前7時50分⇒エクシズが現れたことで人里が騒ぎになり、興味を持った文が魔法の森上空に向かう。
  

  同日午前8時00分~20分⇒杏子と文がエクシズと話し合い、エクシズの艦長レオンが魔理沙のいる時間、幻想郷に辿り着いた事を知り、敵対する。少しの戦闘の後、エクシズ最大の攻撃が紫のスキマに跳ね返され、太平洋にスキマ送りされて沈没した。
  
  同日午前8時20分~27分⇒文と杏子と紫がタイムホールを見ながら今後の事を話し合っていると、午前8時25分に時空の相転移現象が再開し、タイムホールが活性化する。時空の相転移現象により、アプト星のハイメノエス地区(アンナのマンションがある地区、魔理沙達がいる場所)が転移しつつある状況になり、アリスも加えて、落ちてくる都市に立ち向かう。

  同日午前8時25~35分⇒紅魔館上空に空いたタイムホールに気づいた美鈴が、落下した超高層ビルを受け止めて大怪我をする。フランの命令により、咲夜は美鈴を抱えて永遠亭へと向かう。
  
  同日午前8時35分⇒時間を止めて移動中の咲夜は、魔法の森と人里に空いたタイムホールに驚く。咲夜は他の妖怪と共に人里で超高層ビルの対処をしていた妹紅に永遠亭への道案内を依頼した。
  
  同日午前8時35分⇒レミリア、フラン、パチュリーは紅魔館のタイムホールから落下する超高層ビル群と、空中都市ニツイトス、マグラス海の水の対処を行う。
  その時魔理沙を探しに来た藍に、レミリアは未来の予見を伝える。

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