魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第224話 (2) タイムホールの影響③

『当艦の正面を飛行中の人間の少女と鳥人族の少女よ。私の声が聞こえるか?』

 

 彼がスクリーンに映る博麗杏子と射命丸文に呼びかけると、二人は驚きの表情でエクシズを見つめる。

 

「わっ! 宇宙船が喋った!?」

「中に乗っている人の声でしょうね。それにしても、鳥人族の少女とは私のことでしょうか?」

 

 戸惑っている二人に、レオンはさらに語りかける。

 

『私の名はレオン。我々はプロッツェン銀河のネロン星系に所属するアプト星から来た』

「えっ! もしかして宇宙人なの?」

「――これは驚きですね」

『我々に敵意はない。不慮の事故でこの星に漂着してしまい、右も左も分からず困っている。諸君に幾つか訊ねてもいいだろうか』

「……ですって。どうする?」

「まあ困ってるみたいですし、助けてあげましょうか」

 

 射命丸文はエクシズに向かって「いいですよー!」と返事する。

 

『協力に感謝する』

「ただし! 私達からの要求にも答えて貰いますからね~」

『可能な範囲内であれば構わんぞ』

「それでは早速ですが、貴方達のお姿を見せてください!」

『ふむ、いいだろう』

 

 マイクを戻したレオンが「おい、ここを外に映せ」と操縦士に指示を出すと、エクシズの船首上部の空中に戦闘指揮所の立体映像が投影される。

 彼女達の視点から見ると、計器類と通信装置が並ぶ部屋に立つレオンが映し出されていた。

 

「おお! てっきりグレイみたいな姿を想像していましたが、私達と全く変わらないんですねぇ」

 

 目を輝かせながら遠慮なく写真を撮りまくる射命丸文に、レオンは不愉快な思いをしていたが、顔に出さずに愛想笑いを浮かべていた。

 続いて不安な表情の博麗杏子が、恐る恐る問いかける。

 

「私からも質問。空の大穴は貴方達の仕業なの?」

『いいや、違う。我々もアプト星上空に空いた大穴に呑み込まれてこの星に来てしまったのだよ』

「ふむふむ、不慮の事故ってことでしょうか?」

 

 射命丸文がメモを取る横で、博麗杏子は「あれの正体は分かる?」と更に質問する。

 

『目下調査中だ。――おっと、先に忠告しておくが、くれぐれもあの大穴には近づかないことだ。我々が呑み込まれた時にはもっとたくさんの仲間がいたのだが、無事に脱出できたのはこの艦だけだからな。生きて帰れる保証はないぞ』

「そんなことがあったのね……。気を付けるわ」

『そろそろ私の質問にも答えてくれ』

「あ、はい。なんでもどうぞ」

『この星の名前はなんだ? もし分かるのならば、銀河団と星系も併せて教えてくれ』

「銀河団と星系……射命丸さん分かる?」

 

 疑問符を浮かべた博麗杏子が話を振ると、射命丸文は胸をポンと叩きながら「もちろんです。ならここは私が答えますよ」と答えた後、レオンに向かって「ここは天の川銀河の太陽系にある地球という名前の星ですよ!」と返事をした。

 

『……なに? 地球だと?』

 

 ほんの数時間前にやり玉に挙げたばかりの星の名前に、思わず耳を疑うレオン。

 その時、天体観測システムを稼働していた操縦士から報告が入る。

 

「艦長! 天体観測の結果が出ました。彼女の言葉通り、この星は天の川銀河の太陽系第三惑星地球で間違いありません」

「確か地球はアプト星とかなりの距離があった筈だが」

「宇宙図によりますと約1億光年離れていますね。もっとも、このデータでは文明カテゴリー0となっておりますが」

 

 操縦士は惑星探査員――アンナが残した記録を、スクリーンの一部に映し出していた。

 

「ふむ……。現在のアプト星は観測したか?」

「星全体が砂漠となっておりまして、生命の気配が全くありません。我々の知る文明の痕跡が跡形もなくなっていること、そして現在の地球の環境を考えるに、恐らく億単位の時間が経過しているものかと」

「……まさかとは思うが、一応訊ねてみるか」

 

 確信めいた予感を抱いたレオンは、再度マイクを手に取り、二人の少女に問いかける。

 

『一つ訊きたい。諸君は霧雨魔理沙を知っているか?』

「「えっ?」」

 

 思いがけない名前が飛び出した事に二人は顔を見合わせる。

 

「霧雨魔理沙って、魔法の森に住んでるあの魔法使いのことですよね?」

魔理沙(マリサ)さんとは懇意にさせてもらってますよ。貴方がたはどんな関係で?」

 

 彼女らの返事を聞いたレオンの脳内に電撃が走る。

 

『……ク、クク、ハハハハハハッッ! なんということだ! 運命というものは本当にあるんだな! ハハハハハッ!』

 

 態度が豹変したレオンに、博麗杏子と射命丸文は嫌悪感を抱いていたが、彼の口は止まらない。

 

『クククッ。鳥人族の少女よ、情報提供に感謝する。そして先程の発言を撤回させてもらおう』

 

 笑いを堪え切れないまま仰々しく一礼すると、続けて。

 

『この時空が霧雨魔理沙の居住地ならば容赦はせん! 根こそぎ滅ぼし尽くす!』

「なっ!?」

「!」

 

 レオンは傍らに控えた副艦長に命令を下す。

 

「これより戦闘態勢に入る! アンチマジックフィールドの有効化、並びに超高密度粒子砲の準備をしろ!」

 

 それに対し、口髭を蓄えた副艦長は落ち着き払った態度で進言する。

 

「お待ちください艦長。文明カテゴリー2の星への攻撃は中止すべきです。未開惑星保護条約を破る事になりますし、もしこの事が知られたらアプト軍が本気で我々を滅ぼしにかかりますよ」

「天体観測の結果を聞いていなかったのか? 正確な時間こそ不明だが、我々のいた時代より少なくとも億単位の年月が経っているのだぞ? 我々を縛る国家も条約もないのだ!」

「しかし艦長。霧雨魔理沙の捕獲に失敗した以上、今は時の回廊の分析を優先すべきです。幸いにもここは彼女の故郷ですし、現地調査を行えば新たな発見があるかもしれません」

「もちろんそれらも並行して行う予定だが、一朝一夕では終わらないだろう。その間に軽く殲滅するだけだ。我々の戦力なら何も問題はないだろう?」

「ですが艦長、博麗霊夢や藤原妹紅を鑑みるに、地球人は魔法以外の超能力も扱います。情報と補給がままならない状況で、もし先程の霧雨魔理沙のような不測の事態が起きてしまったら――」

「あの時は我々も決して本気では無かったではないか! 副艦長よ、貴様は一体何を恐れている? 文明カテゴリー2の原始人共に我々が負ける訳がないだろう?」

「冷静になってください艦長! お気持ちは痛いほど分かりますが、今は優先順位を考えるべきです!」

「この艦の最高指揮官は私だ!! 貴様、私の命令に従えないのか!?」

「……承知致しました」

 

 観念した副艦長が頭を下げた後、通信装置の傍に移動し『アンチマジックフィールドと超高密度粒子砲の用意! 対象はコロニーだ!』と艦内に指令を出す。

 すると艦橋から伸びた白い柱の赤色灯に光が灯り、マナの吸収分解が開始された。

 魔法の森の瘴気は上空に吸い寄せられて消滅し、草木や茸は急速に枯れていく。

 その影響は魔法の森の住人にもすぐに現れた。

 自室のテーブルに着いて、紅茶を飲みながら魔導書を読んでいたアリス・マーガトロイドは体調が急変し、テーブルの上に倒れ込む。

 その衝撃でティーカップは転がり落ちて割れてしまい、紅茶が入ったティーポットも倒れる。

 こぼれた紅茶は彼女が手放した読みかけの魔導書を濡らし、テーブルクロスから滴り落ちて床に水溜まりを作っていた。

 普段なら慌てて掃除を行う彼女も、全身の力が抜けて意識が朦朧としている状態では、起き上がることも、人形を操作することもできなかった。

 そして自宅のリビングから自室に戻る最中だった矢田寺成美も意識が遠のき、自身の能力――魔力による生命操作――を使用する間もなく、その場に倒れて意識を失っていた。

 

「森が……!」

「これは一体――とりあえず写真撮らないと」

 

 射命丸文は目の前で起きている現象を収めるべく、デジタルカメラを手に取り連写する。

 その間にもエクシズの船首のゲートがゆっくりと開いていき、中から長さ400m、直径1㎞の大砲がせり出していった。

 

「なによあれ……!」

「大砲でしょうか? いやはや、宇宙人にここまで恨まれるなんて、魔理沙(マリサ)さんたら一体何をやらかしたんでしょうか」

「関心してる場合じゃないでしょ! あんなので攻撃されたらたまったものじゃないわ! 写真なんか撮ってないで手伝って!」

「確かにそうですね。私も助太刀します!」

 

 デジタルカメラを放した射命丸文は葉団扇を取り出す。

  

「よっと」

 

 軽く振るうと天まで伸びる二本の巨大な竜巻が発生。エクシズに向かって突撃していったが、周囲を覆うエネルギーシールドに弾かれて霧散した。

 

『はっはっは! この艦はブラックホール付近でも活動可能なのだ。その程度のそよ風は効かんよ』

「ううむ、なんということでしょうか。結構本気だったのに……」

「それならこれはどう!?」

 

 博麗杏子は博麗の巫女に伝わる秘術や、オリジナルのスペルカードを用いた弾幕攻撃を行っていく。

 弾幕ごっこならば少なからず目を引く美しい弾幕だったが、エネルギーシールドを破る程の火力は無く、全ての霊力弾は防がれていた。

 時同じくして射命丸文は接近を試みたが、エネルギーシールドに弾かれ、機体に触れる事すらできずにいた。

 

「そんな……! 攻撃が効かないなんて」

「あのバリアは厄介ですねぇ」

 

 彼女達が攻めあぐむ間にも超高密度粒子砲の発射準備を終えたエクシズは、その場で転換していく。

 やがて船首が南を向いた所で静止すると、超高密度粒子砲の照準を下げて人里に狙いを定めた。

 

「あの方角は……まさか!」

 

 最悪の未来を予想し青ざめる博麗杏子。

 同じ頃、人里ではパニックが起きており、上白沢慧音と稗田阿音が里の外の比較的安全な地帯に避難誘導を行っていた。

 そして一番高い民家の屋根の上には、成長した魂魄妖夢の姿。背負った楼観剣に手を掛け、決然とした表情でエクシズを睨んでいる。

 たまたま人里を訪れてこの騒動に巻き込まれた彼女は、博麗の巫女が事態解決に動いているのを遠目に見て、上白沢慧音に協力していた。

 しかしエクシズの不穏な動きを察した事で、迎撃態勢についていた。

 

「やらせるわけにはいきません!」

 

 博麗杏子はエクシズの射線上に割り込むと、結界の壁を展開する。

 その距離は1㎞にも渡り、持ち合わせていた全ての博麗の札を貼り付けて補強を行っていく。

 しかし彼女の霊力ではこの規模の結界の維持は難しく、既に至る所で綻びが生じていた。

 

「射命丸さん、大至急霊夢様を呼んできてください! 私の力だけでは人里が……!」

 

 涙目で必死に懇願する博麗杏子に対し、彼女に近づいた射命丸文は顔を曇らせる。

 

「……それがですね、ここに来る前に人里で聞いた話なんですが、霊夢さん朝早くからどこかに出掛けているみたいで、行方が分からないんです」

「そんな……!」

 

 博麗杏子が絶望の表情を浮かべる一方で、戦闘指揮室から事の推移を見守っていたレオンは優越感に浸っていた。

 

『ほう? 貴様は博麗霊夢の関係者か』

「! 何故お前が霊夢様の名を!」

 

 射るような視線で叫ぶ博麗杏子に、レオンは『ふん、此方も本気では無かったとはいえ、あの女には手を焼かされたからな』と苦虫を嚙み潰したような顔で答える。

「……まさかとは思いますが、霊夢さんや魔理沙(マリサ)さんはあの穴の向こう側に?」

『答える義理はないな。何故なら貴様らはここで死ぬからだ! 撃て!』

 

 レオンが命令を下した直後、砲身から超高密度粒子砲が放出された。

 あらゆる物質を素粒子分解する真っ白の光線は、博麗杏子と射命丸文を襲う。

 持ち前のスピードを生かして射程外に逃げた射命丸文は、その場に留まり続けている博麗杏子に呼びかける。

 

「杏子さん、逃げてください! 死んでしまいますよ!」

「私が逃げだすわけにはいかないわ……!」 

 

 彼女は恐怖心を必死に抑え、博麗の巫女としての強い使命感を持って立ち向かっていた。

 しかし同時に、自分の霊力だけでは防ぎきれない攻撃であることも悟っていた。

 間もなく超高密度粒子砲が目前に迫り、心の中で辞世の句を唱えて目をつぶったその時だった。

 彼女を守るように長さ1㎞のスキマが開き、超高密度粒子砲を呑み込んだ。

 

『なに!?』

 

 レオンが驚愕すると同時に、エクシズ全体を激しい衝撃が襲う。

 エクシズの真上に開いたスキマから超高密度粒子砲が吐き出され、エネルギーシールドを突き破って機体の中央を貫通。1㎞四方の大穴が開く。

 航行機能を失ったエクシズは徐々に高度を下げていき、警報がけたたましく鳴る艦内では至る所で爆発火災が発生。生き残った乗組員達は消火活動に追われていた。

 

『此方整備班! メインエンジンをやられました! 自動修復機能も間に合いません!』

『重力制御装置にも不具合が発生しています! このままでは墜落も時間の問題です!』

『艦内A~G地区で火災発生! 現在消火活動中です!』

『か、火薬庫に誘爆しました! ここも危――ぎゃああああ!』

『此方衛生班! 先程の攻撃で戦力の3割を失いました!』 

 

 戦闘指揮所に次々と届く乗組員からの報告に、レオンは狼狽を隠せない。

 

「馬鹿な! 一体何が起きた!」

「我々の放った超高密度粒子砲が機体の中央に直撃したようです! 恐らく空間座標のシフトが行われたものかと!」

「空間操作だと……? 馬鹿な、そんな高等技術がある訳がない!」

 

 その時レオンの前にスキマが開き、八雲紫が姿を現した。

 

「なっ――!?」

 

 驚愕するレオンと副艦長を見渡した八雲紫は、冷徹な表情で言い渡す。

 

「話は全て聞いたわ。幻想郷は全てを受け入れる――けれど、貴方達のように害をなす存在は相応しくないわ。消えなさい」

「このっ――」

 

 レオンは咄嗟にレーザー銃を抜いたが、レーザー光線が当たる寸前で彼女はスキマの中に消え、天井が焼け焦げる。

 そして博麗杏子の前に開いたスキマに瞬間移動した八雲紫は、縁に腰かけて指を弾く。

 直後、全長5㎞の巨大なスキマがエクシズの正面に開き、丸々呑み込んだ。

 

「なんだこれは!?」

 

 無数の眼が覗く異空間を通り抜けた先に広がっていたのは一面の海。

 スキマの出口は太平洋の真ん中、海路も空路もない空白水域だった。

 

「おのれええええぇぇぇぇ!」

 

 レオンの怨嗟の声と共に、エクシズは海の底へと沈んでいった。


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