魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第222話 (2) タイムホールの影響①

  ――side out――

 

 

――????年??月??日――

 

 

 

 時の回廊。

 この空間には四季折々の季節――桜・砂漠・紅葉・雪――を象徴した景色が広がり、砂漠の奥にはゴシック様式の時計塔が天高く聳え立つ。

 四季の中心には、ドーリス式の石柱が建ち並ぶ一本の道が地平線の彼方まで伸びている。

 時の流れの象徴たるこの道こそ、時の回廊と呼ばれる所以であり、宇宙の誕生から終焉まで繋がっている。

 普段は女神咲夜、時間旅行者霧雨魔理沙くらいしか利用者がいないのだが、この瞬間においては異常が生じていた。

 果てなく続く回廊の途中。

 三次元世界の協定世界時刻にして、紀元前38億9999万9999年8月19日に繋がる座標点にタイムホールが発生し、リュンガルトの宇宙艦隊が次々と侵入してきたのだ。

 その数は200。

 原因は同時刻のアプト星で、時間旅行者霧雨魔理沙がタイムジャンプの暴走を引き起こしたことによるものだった。

 程なくして、彼らの宇宙艦隊の旗艦【エクシズ】がタイムホールから飛び出し、回廊を見下ろせる高さに滞空した。

 

 

 

 ――リュンガルト旗艦【エクシズ】艦橋――

 

 

 全長5㎞、重さ9000ktを超える重量級の旗艦エクシズ。

 小型の宇宙船や人口衛星、ひいては原始的な火薬兵器から最新鋭の光学兵器まで、小惑星なら簡単に破壊できるほどの兵装を搭載している。

 艦内は居住区、食料生産区域、運動区域、娯楽区域等様々なエリアに区切られ、2000人の乗組員が搭乗している。

 エクシズの中央部には、ビルの形をした8階建ての艦橋構造物が建つ。

 その7階~8階は吹き抜け構造となっており、7階はエクシズの操作を担っている。

 100㎡の艦橋内には、操船の為の様々な計器類とエクシズ中枢に繋がる量子コンピューターがズラリと並ぶ。

 そこには宇宙ネットワーク内の宇宙地図に加え、惑星探査員が調査した銀河データも記録されており、宇宙航海には欠かせない。

 そして艦橋の端の操縦席には、黒いスーツを着た12人の操縦士が着き、備え付けられたモニターから浮き上がる情報を睨みつける。

 彼らはタイムホールを通過して高次元領域に侵入したことによる影響確認を行っていた。

 8階は戦闘指揮所となっている。

 70㎡の部屋にはレーダー、ソナー、エネルギーシールド生成装置、ミサイル・超高密度粒子砲発射装置、高性能AI搭載のハッキングシステム等の軍事機器が揃う。

 艦長・副艦長と20名の乗組員が常駐し、軍事機器に表示される情報を常に監視していた。

 戦闘指揮所にはエクシズ内の全てのデータが集まり、現実・仮想世界問わず、外敵との戦闘の際にはこの場所から指揮をとる。

 時間旅行者霧雨魔理沙と対峙する際に、アンチマジックフィールドを展開したのも、副艦長の発令によるものだった。

 

「クソッ! もう少しで上手くいくはずだったのに!」

 

 戦闘指揮所の入り口手前の広いスペースから、艦長レオンの怒鳴り声が艦橋内に響き渡り、副艦長以下乗組員は委縮した。

 彼のすぐ隣には『未来のレオン』の姿があったが、一切表情を変えず直立不動の姿勢を維持していた。

 時間旅行者霧雨魔理沙が起こしたタイムホールにより、無作為な時空へ飛ばされそうになったレオンは、咄嗟の判断でエクシズ直通の機密回線を開き、CRF(次元変換装置)経由で『未来のレオン』を連れてブリッジに帰還。

 その後操縦士達に時の回廊への突入を命令していた。

 

「あんな小娘如きにこの私がしてやられるとは、何たるザマだ! クソッ、クソックソッ!」

 

 尚も苛立ちが収まらないレオンは、激情に駆られたまま『未来のレオン』を蹴り飛ばす。

 ‟それ”はサッカーボールのように軽く飛んでいき、激しい音を立てながら艦橋内の階段を転がり落ちていく。

 強い衝撃が与えられたことでコピーが解け、止まった頃には真っ新な人形へと戻っていた。

 そう。時間旅行者霧雨魔理沙が抱いた疑念は見事に的中しており、リュンガルトはタイムジャンプを手中に収めていなかった。

 彼らの計画はこうだ。

 まず時間旅行者霧雨魔理沙の目の前で『未来のレオン』を登場させる。

 続いて偽りの未来を語ることで彼女の気力を奪い、レオンが二人の霧雨魔理沙にマイクロマシンを撃ち込んで仮死状態にする。

 それから本拠地のサイペール星へ拉致して、タイムジャンプの研究をじっくりと行う予定だった。

 この『未来のレオン』の正体とは、レオンの姿形をコピーし、言動を忠実に真似るようにプログラムされたアンドロイドだ。

 そしてタイムジャンプ魔法陣は、協定世界時午後6時15分に、メイト通りでフィーネが送ったタイムトラベルの映像を元に再現した立体映像だ。

 これをCRF(次元変換装置)を用いた瞬間移動の座標に被せることで、あたかも未来から時間遡航してきたように演出していたのだ。

 実際その計画は成功し、時間旅行者霧雨魔理沙は途中まで完全に騙されていた。

 しかし彼女は博麗霊夢の激励によって立ち直った。

 更にタイムジャンプ魔法陣の時刻まで完璧にコピーした事が仇となって、彼女に時間移動への疑念を与えてしまい、墓穴を掘る結果となったのだが、彼らがそんな事実を知る由もない。

 

「……だが、時の回廊に侵入できたのは不幸中の幸いと言えよう」

 

 物に当たったことで溜飲が下がったレオンは前へと歩き、七階を見渡せる位置から操縦士達に指示を出す。

 

「おい! 外の映像を映せ!」

「はっ!」

 

 艦橋内の壁全体が透過していき、360度のスクリーンに回廊内の景色が映し出される。

 

「おぉ!」

「ここが時の回廊、全ての時間に繋がる場所なのか……!」

「不思議な色彩だな。こんな景色は見た事が無いぞ」

 

 操縦士達はこの絶景に少なからず感嘆の息を漏らしていたが、レオンは眉一つ動かさずに指示を飛ばす。

 

「船体の状態を報告しろ!」

「エクシズに異常はありません! 時間保護障壁、時間検知装置共に万全です!」

「よし、早速時の回廊の分析を開始しろ!」

 

 レオンが命じたその時だった。

 突如として、エクシズと周囲を取り巻く宇宙艦隊を強烈な時間震が襲う。

 

「なんだ!?」

 

 立つこともままならない強い揺れに、咄嗟に目の前の柵を掴み、身体を支えるレオン。

 時間震は協定世界時にして5秒で収まったが、僅かな時間でも彼らの宇宙船が受けた影響は大きかった。

 整列飛行していた宇宙艦隊の隊列は乱れ、ある宇宙船は明後日の方角にどこまでも空高く飛んでいった。

 別の宇宙船は飛行能力を失い、回廊へ真っ逆さまに墜落して大爆発を起こす。

 更に他の宇宙船は回廊の外の〝春の季節″に不時着。桜の森をなぎ倒しながら地表面を滑り、ある程度進んだ先で爆発炎上した。

 中には空中分解して、宇宙船を構成していたパーツと乗組員が自由落下する機体もあった。

 動かなくなったこれらの機体は、時の回廊内に留まることなく、地面へ沈むように消えていく。

 桜の森では眩い光が発生。なぎ倒された桜の木々は瞬時に再構築され、元の景色に戻っていた。

 そうして全体の3割が墜落したところで、残った7割の宇宙艦隊とエクシズは、示し合わせるようにゆっくりと未来方向へ進行していった。

 

「おい、一体何が起きている!?」

 

 7階に駆け下りたレオンは、操縦士達に詰め寄った。

 

「そ、それが、急にエクシズが此方側の操作を一切受け付けなくなってしまいまして。恐らく他の機体にも同現象が起きているものかと」

「なんだと!?」

「緊急回線を繋げ!」

「駄目だ! 全ての通信機能が故障している!」

「電脳認証も駄目です!」

 

 その間にも、エクシズを取り巻く宇宙艦隊は次々と航行能力を失い、四季の景色に落ちて時の回廊の外に消えていく。

 彼らの宇宙船に起きている現象は、時の回廊という既存の物理法則が通用しない特殊な場所に起因する。

 彼らは正規の手段で時の回廊に入らず、時間旅行者霧雨魔理沙が操るタイムジャンプ魔法のように、高次元空間内での時間の流れを制御する手段を持ち合わせていない為、このような現象が起きている。

 かつて彼女が語った言葉を借りるならば、不規則に流れる時間の海を、安全かつ自由に進むための〝羅針盤″が無いのだ。

 

「バックアップはどうした!?」

「やはりだめです! コントロールできません!」

 操縦士達はあらゆる手段を試していたが、時間の奔流に逆らうことは敵わず、悲鳴を上げる。

 時の回廊に突入した当初は200隻編成だった宇宙艦隊は、既に一隻残らず無作為な時空に飛ばされている。

 最後に残ったのは時間保護障壁を展開しているエクシズのみとなっていた。

 しかしエクシズの挙動も怪しくなっており、徐々に高度が下がっている。

 エクシズの宇宙艦隊と同じ結末を辿るのも、もはや時間の問題だった。

 

「前方にタイムホール発見! このままいけば突入は避けられません!」

「ちっ、もはや軌道修正は無理か。総員、時間移動の衝撃に備えろ! 別の時空に飛び出すぞ!」

 

 操縦士達は着陸体勢をとり、エクシズは時の回廊を塞ぐように開いたタイムホールへ突き進んでいく。

 最中、レオンは時の回廊の真ん中でソファーにゆったりと腰かける女神咲夜の姿を見つけ、顔を上げた彼女と目が合った。

 

「あの女はまさか――!」

 

 厳しい視線を送る女神咲夜の目の前で、エクシズはタイムホールに吸い込まれていった。

 

 

 

 

 ――西暦215X年10月1日午前7時40分(日本標準時刻)――

 

 

 

 ――幻想郷、博麗神社――

 

 

 

 太陽が昇り、夜の寒気が抜けて暖まり始め、近くの森から朝を告げる鳥の鳴き声が聞こえる頃。

 博麗神社の境内には竹箒で掃く音が響いていた。

 音の主はこの神社の巫女、博麗杏子。

 少し前に朝食を済ませた彼女は、毎朝の日課となる境内の掃除を行っており、今はほのかに色付いた落ち葉や土埃を一か所に集めているところだった。

 黙々と掃き掃除を続け、集まったゴミを片付けた所で彼女は大きく息を吐く。

 

「うん、こんなところかな」

 

 神社に戻ろうとした彼女が、何気なく魔法の森方面の空を見上げた時だった。

 

「えっ!?」

 

 自らの目を疑うような光景に、思わず足を止めた。

 抜けるような青空をざっくり割るように空くタイムホール。その規模は遥か下の魔法の森すら呑み込む程だった。

 ほどなくして、タイムホールからエクシズが出現し、真下に滞空する。

 

「なんだかよくわからないけど、きっとこれは異変ね。霊夢様なら間違いなくそう仰る筈」

 

 気持ちのスイッチを切り替えた博麗杏子は、竹箒を速やかに片付けると、神社の中に戻り、タンスにしまっていたお祓い棒と陰陽玉を装備する。

 そんな彼女の慌ただしい気配を察し、奥の部屋から少女が静かに現れる。

 

「お出かけですか?」

 

 朗らかに訊ねる少女の名は高麗野(こまの)あうん。

 容姿は腰の下まで伸びるカールした緑髪に、額から生えた一本の角、狛犬と同じ形をした耳。赤色のアロハシャツに短パンを身に着けている。

 彼女は元は狛犬の石像だったが、2008年の四季異変で受肉して以降、幻想郷中の寺社仏閣を渡り歩きながら守護して回っている。

 その愛らしい容姿と性質から居候先では歓迎され、大いに可愛がられている。

 

「ええ。異変の気配がするから」

「神社の留守はお任せください!」

「お願いするわね」

 

 短いやり取りを交わして神社の外に出た博麗杏子は、霊力を駆使して宙に浮かび上がると、タイムホールに向かって飛んでいった。

 

 

 

 ――西暦215X年10月1日午前7時50分――

 

 

 

 ――幻想郷、人里――

 

 

 

「おい、なんだありゃ!?」

「空にでっかい穴が開いてるぞ!」

「穴の下に浮かぶ鉄の塊はなんだ? あんなの見た事がないぞ」

「なんだか不気味ねぇ」

 

 博麗神社から博麗杏子が飛び立つ少し前、人里でもちょっとした騒ぎが起きていた。

 彼らの関心の的は、魔法の森上空に空いたタイムホールと、真下に浮かぶエクシズ。道行く大多数の人々が足を止め、こぞって空を見上げていた。

 そんな彼らに交じって、射命丸文は興味深そうに空を見上げていた。

 

「あややや、これはこれは……」

 

 彼女はちょうど自作の新聞の配達を終え、ネタ探しに人里の中を練り歩いている所だった。

 2020年製の古いデジタルカメラで写真を撮る彼女の耳に、輪を作った四人の里人達の会話が聞こえてきた。

 

「あの方角は確か魔法の森だったよな? もしかして魔女の仕業なのか?」

「けど、アリスさんがあんな大それたことするとは思えないけどなあ」

「成美さんもそういう性格じゃないしな」

「それじゃあ、マリサちゃんの仕業か?」

「う~ん、どうなんだろうな。こんな時は霊夢様の見解をお伺いしたいところだが……」

「そういえば今朝はお姿を見てないわね」

「今健太が呼びにいってるところだ。……と、噂をすれば」

 

 通りの奥から、空を見上げて立ち止まる人々の間を縫うように駆け抜けてきた青年は、膝に手を付き、息を切らしながら報告する。

 

「はあっ、はあっ、た、大変です! 霊夢様が居ません!」

「なんだと? よし、手分けして探そう。健太、お前は慧音先生に知らせに行ってこい!」

「はい!」

「俺、博麗の巫女様にも伝えてきます!」

 

 年長の男の指示で、輪を作っていた里人達は散り散りになった。

 里人達の会話をメモしていた射命丸文は手帳を閉じる。

 

「ふむふむ、これは事件の匂いがしますねぇ。思い切って近づいてみますか!」

 

 射命丸文は翼を大きく広げて空に飛び上がると、弾丸のような速さでエクシズへ飛んでいった。


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