魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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 ――紀元前38億9999万9999年8月18日午後11時52分(協定世界時)――



第217話 (2) 魔理沙の記憶③ 絶体絶命

「なんだと?」

 

 私達の正面にいた四人のリュンガルト兵が道を開けると、レオンは此方に向かってゆっくりと歩き、私達の前で立ち止まる。

 

「元々我々は純粋な科学に限らず、神話・オカルト・スピリチュアルといった非科学的な観点からもタイムトラベルの可能性を模索してきた。中でも魔法(マホウ)は非常に信憑性が高くてね。科学に次いで有力な手段だと位置づけ、宇宙ネットワークアーカイブ機構のデータを元に研究を重ねていたのだよ」

「まさか! リュンガルトが閲覧できる筈が……!」

「私の立場を利用すれば、この程度の情報操作は容易い」

「貴様にはサイバーポリスとしての誇りはないのか!」

 

 治安維持組織に所属する者としての正義感からか、フィーネは憎悪の表情で声を荒げた。

 

「愚問だなフィーネ捜査官。我々にとっては時間移動の実現が全てだ。その為なら手段は選ばんよ」

 

 レオンが眉一つ動かさずに淡々と答えると、彼女は一転して悲嘆な面持ちになり。

 

「――貴方は誰からも信頼される警察官の鑑のような人だった。それすらも偽りだったというのか!」

「組織内で勤勉に働いて信用を勝ち取り、より重要なポストに就く。スパイの鉄則だ」

「くっ……! こんな卑劣な男が上層部に入り込んでいたなんて……」

 

 失望の色を浮かべて、黙り込んでしまった。

 私にはあまりピンと来ないけど、どうやらこの男の離反は彼女やサイバーポリスにとっては衝撃的な事件なのだろう。

 けれど今の私には、そんなことよりも問いただしたい事があった。

 

「魔法の信憑性が高いってどういうことだ? そもそも何故私が魔法使いだと分かった? ロストテクノロジーなのと何か関係があるのか?」

 矢継ぎ早に質問をぶつけると、レオンは「ふっ――折角だ。宇宙ネットワークアーカイブ機構に残る魔法(マホウ)に纏わる歴史を簡単に説明してやろう」と、尊大な態度を崩さずに語り始めた。

 

「それは今から1万3年前の旧宇宙暦2203年のことだ」

 

 旧宇宙暦という耳慣れない単語に一瞬疑問符を浮かべたが、すぐに頭の中に情報が降りて来た。

 どうやら宇宙暦0年――この星がテラフォーミングされた年――以前の時間を旧宇宙暦と呼んでいるらしく、暦の法則そのものは宇宙暦と全く同じようだ。

 西暦でいう紀元前に該当する表現だと瞬時に理解した私は、レオンの話に意識を戻す。

 

「プロッツェン銀河を支配していた当時の覇権国家ピュレスは、900光年離れた惑星フォレトに侵略戦争――フォレト戦争――を仕掛けた」

「彼らの狙いはフォレトに眠る莫大な地下資源。この時代にはまだ宇宙ネットワークが構築されておらず、有機資源が何よりも価値を持っていた為、文明水準の低い惑星への侵略が横行していた」

「ところが、フォレトは科学ではなく魔法(マホウ)が大きく発展した文明だった。宇宙進出こそしていなかったものの、その技術水準は当時の最先端科学技術と同等だったと記録に残っている」

 

(魔法文明! 興味をそそられる響きだな)

 

「更にフォレト人はマナとの親和性が高く、国民全員が大なり小なり魔法(マホウ)を操る魔法(マホウ)使いだった。現代の常識では信じられない事だが、彼らにとって魔法(マホウ)は生活の一部であり、生命そのものだった」

「そして彼らの中には、七賢者と呼ばれ崇められた魔法(マホウ)使いが存在した。彼らは自然界の事象を自由に操る程の莫大な魔力を持ち、呪文を唱えるだけで大地と海を真っ二つに割り、宇宙から天体を落としたという。記録には、たった七人で100万のピュレス軍と対等に渡り合ったと残されている」

 

(……凄いな。パチュリー並の実力を持つ魔法使いが7人もいたとは)

 

「科学では到底説明できない不可思議な現象に翻弄され続け、終始ピュレスは劣勢続きだったが、3年後の旧暦2200年。当時の科学者達は戦況を覆す画期的な発明をしたのだよ」

 

 流暢に語り続けていたレオンが再び指を弾くと、頭上に滞空し続けていたリュンガルトの旗艦が静かに後退しはじめ、全体を見渡せる位置で停止する。

 機体は全体的に黒で統一されており、甲板にはズラリと砲台が並べられていて、艦尾には細長いタワーが建っている。あれは恐らく司令塔だろう。

 甲板には箱型や細長い物体がごちゃごちゃとくっついているが、私は軍事知識に疎いので固有名詞までは分からなかった。

 

「司令塔から伸びるアンテナが見えるかね?」

 

 彼の指さす先に注目すると、司令塔の天井から白色に赤いラインが入った細長い柱が伸びていた。

 頂点部分には赤色灯が煌々と輝いており、旗艦本体の色と相まっていかにも後から付け足したような印象を受ける。

 

「あれは【アンチマジックフィールド生成装置】。フィールド内に含まれるマナを吸収して分解する究極の対魔法使い兵器だ。領域内に入ったが最後、体内からどんどんとマナが失われていき、やがて死に至る」

「なっ!?」

「この発明によりマナを失った七賢者は為すすべなく倒れ、フォレト人達も魔力欠乏症により軒並み全滅。魔法(マホウ)文明と魔法(マホウ)技術は滅亡に至り、フォレト戦争はピュレス軍の勝利に終わった。――これが魔法(マホウ)の顛末だよ」

「まさか――信じられん……!」

魔法(マホウ)にそんな悲しい歴史があったんですね……」

 

 話を聞いて胸を痛めるアンナ。

 かく言う私も、薄々リュンガルトの仕業ではないかと予測していたとはいえ、想像の斜め上を行く話に驚きを隠せなかった。

 科学の力が魔法という概念を壊すなんてにわかには信じがたいことだけど、自然界のマナが人為的に奪われているのなら、マナカプセルの消滅やマリサの魔力欠乏症に説明がつく。

 

「そして霧雨魔理沙、先程の質問に対する答えは『数ある超自然的な現象の中でも、魔法(マホウ)の研究には国家予算並の額が費やされ、膨大な研究データと豊富なエビデンスが残されていた』からだ」

 さらに続けて「元々、フォレトのような魔法(マホウ)文明を築き上げた未知の惑星を発見した時の為に研究していたのだが、まさか遥か未来の魔法(マホウ)使いが引っかかるとは、此方としても嬉しい誤算だよ」と不遜な態度で話す。

 

「そんなふざけたことが――ぐっ!」

「マリサっ!」

 

 マリサは突然胸を抑えながら倒れ、霊夢は寄りそいながら声を掛けた。

 彼女には充分な量の魔力を渡した筈なのに、まさかもう尽きかけているのか!?

 

「マリサさん、大丈夫ですか?」

「しっかりして、マリサ!」

「ハアッ……ハアッ……」

 

 息が荒いマリサに、アンナとにとりもしゃがみ込んで気遣いの言葉を掛けているが、彼女は自力で起き上がれないほど衰弱している様子。

 

「ほう? 『霧雨魔理沙(マリサ)』の技量がどれほどのものかは知らんが、もう一人の霧雨マリサには効果てきめんのようだな。クククッ」

 

 レオンは苦しんでいるマリサを見下しながら嘲笑していたが、今はそれどころではない。

 

(このままではマリサが危ない! だけど……)

 

 今の私にはタイムジャンプ1回分の魔力しか残っておらず、この魔力を渡してしまうと別の時間に跳べなくなってしまう。

 しかし目の前で苦しむ彼女を放っておくことはできない。彼女は〝私″でもあるからだ。

 そんな私の葛藤を見透かすように、マリサは顔だけ此方に向けて口を開く。

 

「へ、へへっ。妹よ、私の、ことは……気にしなくて……いい、ぜ。姉の私が、お前に、頼ってばかりじゃ、いられない……から、な」

 

 マリサなりに目いっぱい笑っているみたいだけど、表情に力は無く、強がりなのは一目瞭然だった。

 

「あれさえ壊せれば――!」

 

 マリサの容態を見て、妹紅は足を開いて踏ん張るような体勢で腕に炎を纏い、声高々に宣言する。

 

「不死《火の鳥-鳳翼天翔-》!」

 

 妹紅から不死鳥を連想させる巨大な火の鳥が飛翔。空中浮揚している無数の宇宙船の間を、縫うように加速しながら、アンチマジックフィールド目掛けて進んでいく。

 そのまま目標に命中するかと思われたその時、機体付近で突如爆発が生じ、炎は霧散してしまった。

 

「!」

 

 目を見開き、静かに驚く妹紅。

 どうやら、リュンガルトの旗艦全体を包み込むように不可視のエネルギーシールドが展開されていたようで、妹紅の攻撃で全体像が一瞬だけ露わになったが、すぐに消えてしまった。

 

「残念だったな。あの船には太陽フレアにも耐えうるエネルギーシールドが展開されている。その程度の炎はかすり傷にもならんよ」

「ちっ!」

「――さて、お喋りはここまでだ」

 

 レオンは懐から棒スイッチを取り出すと、それを掴んだまま親指でボタンを押す。

 次の瞬間、私達の背後で爆発が起こり、振り返るとエレベーターホールと非常階段の出入口が瓦礫の山に埋もれていた。

 

「道が……!」

「『霧雨魔理沙』よ、貴様達にはもう逃げ道はどこにも無い。我々と共に来てもらおうか!」

 

 その号令で宇宙船の側面から一斉に銃口が現れ、此方に照準を合わせる。

 

「ううう……!」

「これはまずいよ……!」

 

 フィーネに縋りつきながら怯えた様子のアンナ、キョロキョロと落ち着き無くうろたえるにとり。

 

「クソッ、完全に奴らの掌の上で踊らされているな。何か手は無いのか?」

「……」

「応援はまだ来ないのか……」

 

 苦々しい表情で彼らを睨みつける妹紅、無言で周囲に厳しい視線を送る霊夢、辺りの空をしきりに気にするフィーネ。

 そして私はかつてない程までに焦っていた。

 

(ヤバいぞこれは……! どうする? どうしたらいい? このままでは――)

 

 ――いや、落ち着け。こんな時こそ冷静に現状を整理しよう。

 私達は地上51階の超高層マンション屋上で、レーザー銃とパワードスーツで武装した二十名のリュンガルト兵に取り囲まれている。

 下層に繋がる二つの出入口は塞がれてしまい、頭上の空にはリュンガルトの旗艦と無数の主力艦隊。

 更にリュンガルトの策略で魔法が封じ込められており、マリサは屋上に倒れたまま動く事ができず、脱出に使う予定だった宇宙飛行機も破壊されてしまった。

 あらゆる逃げ道を塞がれ、後には引けない状況だが、かといって正面突破するには明らかに戦力が足りない。

 私やマリサは言わずもがな、霊夢とにとりはスペルカードを再現できない程能力が落ちてしまっているし、フィーネの拳銃も火力不足だ。

 頼れるのは妹紅だけだが、いくら不老不死と言えども一人では限界はある。彼女が戦っている間に私達が集中砲火を受けて全滅しかねない。

 

(……考え得る限り最悪な状況だな。せめて魔法さえ使えれば可能性が広がるのに)

 

 けれど諦める訳にはいかない。

 妹紅の時代に私が生きている訳だし、必ずどこかに突破口がある筈。

 ジリジリとリュンガルト兵達が近づく中、必死に頭を巡らせながら活路を探していたその時、私とレオンの間に眩い光が発生した。

 

「なんだとっ!?」

「この光は――!」

 

 光の中から魔法文字が浮かび上がったかと思えば、模様が書き記されていき、歯車を模した魔法陣へと形を変える。

 

(タイムジャンプ魔法陣! 未来の私が来たんだ!)

 

「ねえあの魔法陣って――!」

「魔理沙だ! 魔理沙だよ!」

「助けに来てくれたんですね!」

「何ともまあ、狙い澄ましたようなタイミングだな」

 

 にとり達が歓喜に湧き、私も安堵の念を抱く反面、得も言われぬ違和感を覚えていた。

 

(まさかこの瞬間に時間遡航してくるとは、未来の私はどうやって現状を打破するつもりなんだ?)

 

 ついさっき、リュンガルトに発見されない歴史へ改変すると決めたばかりなので、率直な所この方針転換には意表を突かれた気分だ。

 それに別の時間から来るのなら、アンチマジックフィールドの影響を受けないんだな。

 そんなことを思っている間にもタイムジャンプ魔法陣は完成し、中空に浮かぶローマ数字盤の短針はⅥ、長針はⅢを指す。

 私を含めた全員の注目が集まる中、やがて光は収束しこの場に現れたのは――。

 

「なっ――!?」

「クックックッ」

 

 (霧雨魔理沙)ではなく、得意げな表情で私達を見下ろすレオンだった。




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