魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第202話 それぞれの時間② 妹紅編

 陳列棚の間を抜けて声のした方へ進むと、霊夢とアンナが私達を待っていた。

 

「ねえねえ、これアリスのお土産にぴったりだと思わない?」

 

 霊夢が指さした木製のラックには一体の人形がちょこんと座っていた。

 抱きかかえるにはちょうどいい大きさで、おかっぱ頭の赤い髪と瞳に白いリボンを結び、青色のエプロンドレスに黒のドールシューズを履いている。チャーミングな目がポイントだ。

 

「あら可愛い」

「へぇ、よく出来てるじゃないか」

「しかもこれね、人形の大きさから素材まで、好きなデザインにアレンジできるみたいなのよ」

 

 霊夢が人形の髪部分を触ると、黒から白まであらゆる色が網羅された色彩パレットが出現し、水色のパレットをタッチすると水色に、紫色をタッチするとその色へと変化した。

 

「おお、リアルタイムに変化するのか」

「面白いわね。どうせならアリスそっくりに作ってあげましょうよ」

「ナイスアイデアだぜ咲夜」

「早速やりましょう!」

 

 霊夢と咲夜が乗り気になって人形を弄りはじめ、私も参加しようとしたところでアンナが尋ねて来た。

 

「あの、『アリス』さんというのは?」

「昔からの友人だよ。私と同じ魔法使いで、人形遣いと呼ばれるくらいに人形の扱いに長けてるんだ」

「そうなんですか、手先が器用な方なんですねぇ」

 

 とその時、視界の片隅に『ゲストナンバー005 着信中』の文字が表示され、音もなくブルブルと震えている。

 

「あれ? ゲストナンバー5番から電話が来てるな」

「妹紅さんですね。マリー、早くこめかみに指を当てて」

「分かった」

 

 人形弄りに夢中になっている霊夢達からある程度離れた後、アンナの指示通りのポーズを取る。着信中の表記が通話中に変わり、妹紅の声が聞こえて来た。

 

『もしもし魔理沙か? 今少し話せるか?』

『ああ、大丈夫だぜ』

『実はな、折り入ってお願いがあるんだ』

 

 妹紅はいつになく真剣な声色だ。この切り出し方に既視感を覚えつつも、それを気取らせないように私は聞き返す。

 

『改まってどうした?』                                   

『私は今シャロンの萬屋でお土産を選んでいる最中なんだけどさ、どうしても渡したい女性(ひと)がいるんだ。もし決まったら協力してくれないか?』

『別に構わないけどさ、私でいいのか? 霊夢や咲夜の方がもっといいアドバイスをしてくれると思うぜ?』

『いいや、他でもない魔理沙じゃなきゃだめなんだ』

『ふぅん? で、一体どんな人なんだ? 私の知り合いか?』

『……』

 

 少しの間が生じた後、重い口から絞り出された言葉。

 

『……慧音だよ』

『!』

 

(確か妹紅の時代にはもう……)

 

 全てを察した私は。

 

『……分かった。渡す時刻は215X年10月1日でいいか?』

『充分だ。その言葉が聞けて良かったよ。ありがとう』

 

 それを皮切りに妹紅との電話は切れた。

 

(咲夜の件といい、考える事は同じか)

 

 ついさっき咲夜の語っていた言葉の意味がつかめて来たような気がする。タイムトラベルの重要性、そして歴史に干渉する事の意味……。

 それにしても妹紅は大丈夫だろうか。

 

(……少し様子を見てこようかな)

 

「霊夢、咲夜、アンナ、悪いが私は妹紅の所に行ってくる。三人でやっててくれ」

「え? うん。いってらっしゃい」

 

 私は霊夢に人形分の代金を渡して店を出た。

 

 

 

 地図に表示された銀色のマーカーを追って歩いていくうちに、シャロンの萬屋へ到着した。

 早速扉を開けて中に入り、相も変わらずガラガラの店内を練り歩いていると、文具コーナーの前で顎に手を当てて考え込む妹紅を発見した。脇には別の店名が記された紙袋が四袋置かれていて、恐らく観光土産なのだと思われる。

 

「よう、妹紅」

 

 肩をポンと叩きながら声を掛けると、一瞬驚いた表情を見せつつ此方に振り向いた。

 

「おぉ魔理沙か」妹紅は私を頭からつま先まで眺めた後「一瞬誰だか分からなかったよ。その恰好、良く似合ってるぜ」

「霊夢と咲夜とアンナが選んでくれたんだ」

「へぇ~中々見る目あるじゃないか」

 

 妹紅はキョロキョロと辺りを見まわし「あれ、魔理沙は一人なのか?」と訊ねる。

 

「少し抜けて来たんだ。あんな電話をされたら心配になるだろ?」

「そっか、余計な心配をかけてしまったな。別に慧音の事を引きずっている訳じゃないんだ。彼女の最期をこの手で看取ることもできたし、後悔はない。もう心の整理は付いている」

 

 彼女は少し申し訳なさそうにしながら、切々と語っていく。

 

「ただ私は、お供え物よりお土産の方が良い。――そう思っただけさ」

「妹紅……」

 

 彼女の真意を聞いた私は、より一層手助けしたい気持ちが深まっていた。

 

「私も手伝うよ。どんなプレゼントを探してるんだ?」

「色々と考えたんだけどさ、普段使うような実用的なものがいいかなと思って」

「なるほど、いいんじゃないか?」

「どれにしようかな……」

 

 妹紅はワゴンに陳列された文房具の説明文を読みながら一つ一つ吟味していく。私も探していると、ある商品に目が留まった。

 

「なあこいつなんかどうだ? 空ペンだって」

「なんだそれ?」

「空に直接文字を書けるんだってさ」

 

 試供品の空ペンを取ってノックボタンを押し続けると軸が光りだし、顔の高さで『ペン』となぞると5㎜サイズの文字が浮かび上がった。

 

「中々面白いけど、その手の電気製品は定期的なメンテナンスが必要だと相場は決まっているからな。その商品に何か書いてないか?」

「えっと……あ~なんか1日10分の充電と空間入力専用のインクが必要だって書いてあるな」

「じゃあ駄目だな。電気はともかく幻想郷にはそんなインクがないし使えなくなっちゃう」

「そっか。その辺りも考えないと駄目なんだな」

「ねえねえ、二人で何話してんの?」

 

 会話に割って入るようにシャロンが後ろから声をかけてきた。

 

「うわっ、いつの間に!」

「友達へのプレゼントを考えていたんだ」

「そういうことなら私が相談に乗るよっ!」

「それは助かる。お願いするよ」

「任せてっ! じゃあ早速だけど幾つか質問させてもらうね」

 

 それから妹紅はシャロンの巧みな商売トークに乗っかり、あれよあれよという間に候補が絞られていき、最終的には慧音の名前が刻まれた書筆セットと筆記帳の束を購入した。

 宇宙ネットワークと連動し、銀河中の気になる情報を自動で収集してくれるネットワーク家電や、喋った声を文字に変換して空中に投影する音声認識機能のついた電化製品等、科学技術の高さを感じさせる商品は沢山あったけど、幻想郷ではどれも無用の長物なのでこれがベストな選択だ。

 とはいえシャロンのセールスポイントによれば、毛筆は女性でも握りやすく、特殊な形状記憶繊維を使っている為お手入れ無しでも100年持ち、筆記帳は劣化しにくく湿気に強い合成紙で作られているので、派手さはないけど実用性が高い一品になっている。

 

「ありがとね~!」

 

 屈託のない笑みを浮かべながら手を振るシャロンに見送られ、私と妹紅は店を出た。

 

「いや~決まって良かったよ。慧音喜んでくれるといいなぁ」

 

 満足そうにシャロンの萬屋の紙袋を見下ろす妹紅。中の商品は贈答用にギフト包装がされている。

 

「次はどうするんだ?」

「そうだな。まだ集合の時間まで余裕があるし、輝夜にもお土産を買ってやるとするかな。じゃ、私はこれで」

 

 そういって別れようとする妹紅を「待ってくれ。まだ聞きたい事があるんだ」と呼び止める。

 

「どうした? 私に答えられることならなんでもいいぞ」

「300X年の私について教えてくれないか?」

 

 単刀直入に質問をぶつけると、妹紅は途端に困った顔になった。

 

「それは……悪いけど無理な相談だな」

「何故だ?」

「出発前にも話したけどさ、当の本人――今の魔理沙から見て850年後の魔理沙に固く口止めされてるんだ。『過去の〝私″に今を教えるな』ってね」

「じゃあせめてその魔理沙はタイムトラベルをしてるかどうか、それだけでも教えてくれないか?」

「なあ魔理沙、何故そんなに未来を知りたいんだ? 出発前は全く気にしていなかったじゃないか」

「……」

 

 咲夜から聞いた話をそのまま伝えてもいいのか迷いが生じ黙り込んでいると、妹紅はぽつぽつと語り始めた。

 

「……率直な話、魔理沙がタイムトラベルをしてるかどうかは分からない。仮にタイムトラベルしてたとしても、私に関する過去でもない限り歴史改変を関知できないしな」

「そうか」

「悪いな、力になれなくて」

 

 ここで会話は途切れたものの、少し逡巡する素振りを見せた後再度口を開いた。

 

「……そうだな。まあこれくらいなら言っても大丈夫か。私の時代だと魔理沙には『時の賢者』の二つ名が付いていたよ」

「時の賢者? それは誰が言い出したんだ?」

「他ならない八雲紫さ。摩多羅隠岐奈やその他賢者達も認めているらしいぞ」

 

 未来の私は幻想郷の重鎮的なポジションに就いているのか? だとするとタイムトラベルは捨てていないのか? 謎は深まるばかりだ。

 

「それじゃあ私は今度こそ行くね。また後でな」

 

 妹紅はマセイト通りを南へ下っていった。




後書き

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