第17話 パチュリーとの再会
翌朝、すっかり気持ちが切り替わった私は紅魔館を訪れていた。
何もする事がなくなった身ではあるが、せっかくだからこの世界のパチュリーに会って話をしたくなったわけで。
「それにしても全然変わってないなぁ」
最後に訪れたのは私の認識で10年前だったが、その時と外観はなんも変わらない。
「門番も相変わらず寝てるし……」
壁に寄っかかったまま気持ちよさそうに寝ている門番をスルーして門の中に入り、中庭を突っ切って紅魔館の扉を開く。
「うわぁ……」
綺麗な外観や整備された中庭とは裏腹に、紅魔館の内部は非常に汚かった。
煉瓦造りの壁や天井にはところどころヒビが入り、大理石の床に敷かれたレッドカーペットには、汚れやくすみ、皺やほつれが目立っていた。
廊下に飾られている彫刻や絵画、天井から吊り下げられたシャンデリアはどこか埃っぽく、遠くでは妖精メイド達が箒やはたき等の掃除道具を持ったまま、掃除せずに好き放題に遊びまわっていた。
「これも咲夜がいなくなった影響か……」
私が元いた世界の咲夜も人間のまま亡くなったので、恐らくこの世界でもそうなのだろう。
彼女ほど優秀なメイドは存在しなかったし、数少ない人間の友人だったので、改めて惜しい人を亡くしたなと痛感する。
(……)
私は立ち止まって心の中で咲夜に黙祷を捧げた後、図書館へ歩を進めていった。
やがてすぐに図書館へ到着すると、勢いよくドアを開け放つ。
「お~っすパチュリー! 元気かー!」
「……えっ!?」
奥に向かって平然と歩く私の姿を見たパチュリーは、読んでいた本をその場に落とし、唖然としたまま固まっていた。
(お~お~、あのパチュリーがこんなに驚いてるなんて、面白いな)
笑いを堪えながらも更に近づいていく。
「相変わらずここに引き篭もってるのか? ちゃんと外に出てるか?」
「貴女もしかして――魔理沙!?」
パチュリーは急に立ちあがって此方に駆け寄ってくると、その手でペタペタと私の体を触り始めた。
「ちょっ! 何するんだ!」
私はすぐにパチュリーの手をひっぺ返すも「これは幻じゃないのね……!」と彼女は未だに愕然としているようだった。
「失礼な奴だな。私は現に今、ここにこうして居るんだぜ?」
「死んだ筈の人間がどうして現世に居るのかしら? しかも10代の頃の姿にまで若返っちゃって。閻魔様に追い出されたのかしら?」
「お前なあ……」
パチュリーの毒舌に呆れながらも、私はこれまでの経緯を話す。
説明を聞き終えたパチュリーは少しガッカリした表情で、いつものソファーに着席した。
「……そう、あなたは私の知ってる魔理沙ではないのね。残念だわ」
その言葉に私は少し苛立つ。
「過去の私も、今ここにいる私も霧雨魔理沙だ。その言い方はないんじゃないか?」
「でも貴女は、この時間軸の私との思い出や経験を共有してないでしょ? 姿形は同じ霧雨魔理沙でも、私から見れば別人なのよ」
「……あーそうかい。なんだよなんだよ、せっかくお前の顔を見に来てやったのに」
私はパチュリーの対面に椅子を持ってきて座り、テーブルに肘を付きながらそっぽを向いた。
「あら、別に貴女を否定している訳じゃないのよ? そんな拗ねないでちょうだい」
「ふーんだ」
「全く、子供っぽいんだから……」
呆れたような声が聞こえたが、ふと逆の立場になって考えてみる。
(でもよく考えてみたら、パチュリーも私と同じ気持ちなのかもな)
パチュリーの反応を見る限り、この世界の〝私″も彼女とは良き友人だったのだろう。それが全くの別人になっていたのだとしたら……。
「……ところで、さっき貴女が話していたタイムジャンプってかなり興味深いわね。時間移動という大魔術を成功する魔法使いが現れるなんて思いもしなかったわ」
空気を変えるようにパチュリーが話しかけてきたので、前を向いて会話をすることにする。
「この魔法が完成できたのもお前のおかげだよ。ここに保管されていた魔導書を参考にしたんだ」
私が正当に借りた魔導書の名前を挙げると、パチュリーは目を輝かせながら言う。
「あら、そうだったの! ここの本が役に立ったのなら、私としても誇らしいわ」
「ただ時間移動は完璧にマスターしたんだが、世界の仕組みについては未だに全容を解明できてないんだよなあ。さっき霊夢を過去に戻って助けたって話したろ? それで現在に戻ってみたら私が死んでる事になってるしさ。よく分からないんだよな」
「……過去が変わったことを認識しているのは貴女だけだと思うわ。私の記憶では霊夢が自殺したという事実はなくて、人間として天寿を全うしたという事実しかないからね」
「同じような事をアリスにも言われたぜ。この事象をぜひ実験してみたいとは思うんだが、さすがに気軽にやるわけにもいかないよなあ」
「そうね。今のあなたは時間移動という神にも等しい力を持っているもの。あまり言いふらさないほうがいいと思うわよ? 絶対あなたの力を狙って襲ってくる輩がいるだろうし」
「ああ、分かってる。忠告ありがとさん」
なんだかんだ言いつつ、パチュリーは世界が違っても変わっていないようで安心した。
「ところで話は変わるけどさ、ここに来る途中妙に屋敷の中が荒れてたんだが、やっぱり咲夜はもう居ないのか?」
咲夜の話題を出した途端、パチュリーは感傷的な表情になった。
「咲夜……懐かしい名前ね。彼女はとても優秀なメイドだった。本当に惜しい人を亡くしたわ」
「そうか……。私の記憶では140年前に亡くなってしまったんだが、この世界はどうなんだ?」
「あら、あなたの時間軸でもそうだったのね。……彼女はあまりにも早く亡くなってしまったわ。時間停止という能力の関係上、早逝してしまうのは明白だったのにね」
(ううむ、並行世界と言っても霊夢の死以外はほとんど変わってないのか?)
やはりよく分からない。
「葬式の時、レミリアは滅茶苦茶号泣してたんだよな?」
「レミィは彼女の事を特に気に入っていたからねぇ。亡くなってしばらくは生気が失われた状態が続いていたから、見てる私もつらかったわね……」
(やっぱりそうなのか)
「今は大丈夫なのか?」
「あの頃よりひどくはないけれど、今でも彼女の死を引きずっているみたいね。この館が荒れ放題なのもそのせいよ」
「そうか……」
どうやら此方の世界のレミリアは、未だに立ち直りきれていないらしい。
最後に会った時の彼女は気丈に振舞っていたが、やはり死別の悲しみはそう癒えるものではないのだろう。
「――こうして昔話で盛り上がるのもいいわね。最近はもう、この図書館に来る来客なんてアリスくらいしかいないから……」
「私も体感時間的にはここに来るのは10年振りなんだよ」
「……そうだったの。ついでに聞くけどそれまで来なかったのはどうして?」
「タイムジャンプ魔法の研究が大詰めを迎えていたからな。集中してやっていたら、いつのまにかそんだけ時間が経ってたんだ」
「……凄い集中力ね。私には真似できそうにないわ」
「霊夢を助けたいという一心だったからな。同じ事が二度出来るとは思えないぜ」
私は肩を竦めた。
「魔理沙はこれからどうするつもりなの?」
「まだな~んも決めちゃいないぜ。目的を果たした後の事は考えてなかったからな」
150年前のあの夏の日に犯した過ちを正し、霊夢を救うことさえ出来れば良いと思っていた。
「――でも、そうだな。たぶん魔法の森でひっそりと生きていくだろうな」
目的を果たした今、時間移動を使う機会はもう訪れないだろう。
「……そう。それならたまには図書館へと遊びに来てちょうだい。歓迎するわ」
「おお? お前からそんな言葉が聞けるなんて思わなかったぜ。珍しいな」
「咲夜に続いて魔理沙まで亡くなった時、友人がいなくなる辛さを痛感した……ただそれだけのことよ」
「そうか」
そうして話している最中、突然図書館の扉が開け放たれ、レミリアの声が響き渡る。