魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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あらすじ

マリサの説得に失敗し、マリサから逃げて来た魔理沙。こいしに誘われ、地霊殿で一泊する。


第142話 地霊殿の朝

 ――西暦200X年9月5日 午前6時10分――

 

 

 

「………………暑い!」

 

 サウナのような蒸し暑さに意識を無理矢理覚醒させられ、寝起きの悪さに不快感を覚えながらベッドから這い上がる。現在時刻は午前6時10分。もう9月になるというのに地底の朝はこれほどまでに暑いのか。

 私の一張羅は汗びっしょりになってしまい、おまけに喉が渇いてしょうがない。ひとまず洗面所に向かって、ぬるま湯になりつつある水で顔を洗い、ついでに喉の渇きも癒す。危うく干物になるところだった。

 

(ふう、生き返った~。んー思ったより早く起きちゃったし、シャワーでも浴びてこようかな。さすがに匂うし)

 

 少しくったりとしている帽子を被って部屋の外に出た私は、しんと静まり返る廊下を右往左往しながら館の中を歩き回り、1階の右端の方で、大浴場とプレートが取り付けられた扉を発見し、中に入っていく。

 一度に10人は入れそうな清潔感ある脱衣所には、朝早い時間ともあって人影はなく、ラックに並べられた脱衣籠の殆どは空っぽだったが、ただ一つだけ中身が入っていた。

 緑色のミニスカートに白いブラウスとマント、黒い靴下と緑色のリボンが折り畳まれて置かれ、籠の隣には、私の片腕くらい細長い六角形の筒状の物体と、ブローチのような形をした赤色の瞳が置かれており、前には右足だけ鉄靴となった革靴が揃えられていた。

 

(この服装はアイツか。右腕に着けてるあれって取り外し出来たんだな)

 

 そんなことを考えつつ、彼女の隣の脱衣籠に身に着けている物全てを脱ぎ捨て、風呂場へと繋がるすりガラスを引いて中へと入っていく。

 天井に取り付けられた電灯によって煌々と照らされ、湯気と硫黄の匂いが充満する広々とした大浴場は、壁、天井、床に至るまで木の板が敷き詰められており、つっかえ棒によって開かれた木枠の窓からは、微弱な風が吹き抜けていた。

 左右には何本ものシャワーノズルが伸びた洗い場があり、人数分の風呂椅子と風呂桶が置かれ、脇にはプラスチックの容器に入った石鹸とシャンプーが置かれている。

 正面に目を向ければ、泳ぎ回れそうなくらいでっかい檜風呂。真ん中辺りから温泉がこんこんと湧き出ており、入り口から一番近い場所には、体をすっぽりと覆い尽くせるくらい大きな黒い羽を広げ、文字通り羽を伸ばしている黒髪ロングの少女の姿があった。

 

(やっぱりか)

 

 その少女――もとい霊烏路空(れいうじうつほ)はさとりのペットで、愛称はお(くう)。子供のように純粋で素直な性格で、普段は【核融合を操る程度の能力】を用いて灼熱地獄跡の温度管理をしている、と記憶しているのだが、まさかこんな場所で出くわすとは思わなかった。

 

(なんか気持ち良さそうにしてるし、放っておこう)

 

 私は洗い場へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 数十分後、体を洗い流し終えたので湯舟に入ろうとしたのだが、ふと空のことが気になった。

 

(そういえばこいつ、私が入って来た時から微動だにしていないな。大丈夫か?)

 

 一度は放っておくと決めたのだが、もしかしたらのぼせているのかもしれないと思い、傍へと近づいていく。彼女は天を仰いだまま目を閉じ、私よりも一回り近く、膨らみの大きな胸が上下にゆっくりと動いていて、耳を済ましてみると微かな寝息が聞こえて来た。

 

「おーい起きろ~」

「んん……」

 

 肩を揺すりながら呼びかけると僅かに反応があったので、彼女の顔にお湯をかけてみる。するとパッチリと目を開け、瞼をこすりながら起き上がった。

 

「あれ……私寝てた?」

「ぐっすりとな」

「いけないいけない。お風呂で寝たら駄目だって、さとり様に注意されてたのに」

 

 しゅんとしていた空は、続けて私を見上げながらこう言った。

 

「ところで貴女は誰? 見た事のない顔だけど、最近さとり様が飼い始めたペットかな?」

「……私はペットじゃないぜ。魔理沙だ、魔理沙。ほら、前に異変でお前と弾幕ごっこでやり合ったんだけど、覚えてないか?」

 

 この年は先の異変から1年も経ってない筈なのだが、なにぶん地獄鴉という種族のせいか、記憶力が弱く物忘れが激しい。

 

「ま、り、さ……?」

 

 ちょこんと可愛らしく首を傾げていたが、やがて「……あぁ~思い出した! 確か私が暴走した時に巫女さんと一緒に来てた人だよね。もしかして、私また何かしちゃったのかな」

 

「い、いやそんなことはないぞ? 昨日たまたま会ったこいしに誘われてな、ここに泊まってたんだ」

「こいし様が? へぇ~、そうだったのね」

「お前はいつもこんな朝早いのか?」

「うん。朝は仕事前にこうしてゆっくりお風呂に入ることにしてるんだ。ここのお湯は気持ちいいからさ」

「へぇ、どれどれ」

 

 私は近くに置かれていた風呂桶を手に取ってから戻り、掛け湯をしてからそっと入り、肩まで浸かって行く。体感的に40度以上ありそうな熱めのお湯は、肌にピリピリと纏わりつき、体の芯から熱くなっていくのを感じる。

 

「あ~本当だ。気持ちいいなぁ」

「でしょでしょ! さとり様もここの温泉気に入ってるんだよ!」

「そうなのか」

「あとね――」

 

 さとりのあれこれについて嬉しそうに話していき、飼い主のことが好きなんだなあと思いながら、聞き手に回っていた。

 やがて話にひと段落付いたところで、私は気になったことを質問する。

 

「そういえばさ、今朝は蒸し風呂みたいな暑さで驚いたんだけど、地底の朝っていつもこんな感じなのか?」

 

 温度計がないので正確な気温は分からないけれど、体感では真夏の炎天下よりも蒸し暑かった。地下は涼しいというイメージがあるんだけど、この土地には当てはまらないのかもしれない。

 

「暑い…………? あぁー!!」

 

 しばらく固まっていた空は、唐突に立ち上がり大声を上げた。その勢いで翼から飛び散った水飛沫にも一瞬ビクッとしつつ、「き、急に大声を出すなよ。びっくりするじゃないか」

 

「灼熱地獄の温度調節をすっかり忘れてた! す、すぐに行かなきゃ!」

 

 空は風呂から上がり、一秒も惜しいといった感じに脱衣所へと駆けて行き、備え付けのバスタオルで素早く体を拭った後、腰まで伸びた髪を整える間もなくささっと着替え、廊下に文字通りの意味で飛び出して行った。

 

「……あいつも大変なんだな」

 

 彼女のことは放っておくことにして、開け放たれたままの脱衣所の扉を閉めてから浴槽へと戻り、一人で入浴を楽しむことにした。

 

 

 

 

 風呂から上がって身も心もさっぱりした私は、こいしを見習った訳ではないが、気の向くままに誰も居ない廊下を歩いていく。本当はこの汗臭い服も着替えたい所だが、それは元の時代に帰るまで我慢することにする。

 空の温度調節が上手くいったのか、屋敷内は入浴前に比べるとかなり涼しくなっており、火照った体をいい感じに冷やしてくれる。ごく普通のアーチ窓からは、何の変哲もない塀と生け垣が見え、途中途中にある扉からは、微かに動物の鳴き声が聞こえてくる。この動物達の餌はどうしてるんだろうなあ。とか、そもそも何匹ペットを飼っているんだろう。みたいなことを歩きながら考えていると、突き当たりの角から、尻尾が二つに別れた黒い猫が現れた。

 

(ん? あの猫はもしや……)

 

 その猫は私に気づくや否や、此方へ一直線に向かっていき、ぶつかりそうになる寸前で急停止。人型に化けてから「おやおや、こんな朝っぱらから不法侵入してたのかな~?」と、猫っぽい仕草をしながら問いかけて来た。

 

「お前までそれを言うのか」

「あはは、冗談だって。そう怒らないでよ」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべる目の前の猫耳少女。彼女の名前は火焔猫燐(かえんびょうりん)。お(りん)という愛称で呼ばれており、さとりが飼うペットの一匹だ。陽気で人懐っこく面倒見の良い性格で、少し前に風呂場で出会った空とは旧知の仲らしい。

 彼女の背丈は私と大体同じくらい、容姿はおさげを伸ばした赤髪赤目で、所々に黒いリボンが付いた黒っぽいゴスロリファッションに身を包み、同じくリボンが付いた黒い靴下とハイヒールを履いている。

 種族は火車。その名の通り、常に布が敷かれた猫車を持ち、埋葬される前の鮮度の良い死体を運び去っているらしいのだが、今は手ぶらで立っている。

 

「お姉さんのことはこいし様から聞いてるよ。150年後から来たんだって~? その頃のあたいは何してるんだい?」

 

 私は自分の記憶を探ってから「……いや、お前には会ってないな。今こうして話すのも実は150年ぶりかも知れん」

 

「おや、そうなのかい? まあ、お姉さんとあたいは、あんまし接点ないからねぇ。しょうがないっちゃあしょうがないのかもね」

 

 特に残念がる様子はなく、ケラケラと笑うお燐に、ふと、風呂場での出来事が思い浮かぶ。

 

「さっき大浴場で空に会ってさ、温度調節がどうのこうのって言って、慌てて出て行ったんだけど、あれはなんだったんだ?」

「あれはお空の単なるミスだよ。仕事を始める前に30分だけお風呂に入って来るって言ってたのに、1時間以上経っても帰ってこなかったのさ。あたいだけだとあの火炎地獄は制御できないからねえ」

「だからあんな暑かったのか」

「さとり様にも怒られちゃったし、朝から散々な目にあっちゃったよ。次は忘れないようにってお空に言っておいたから安心して頂戴ね」

「ふ~ん」

「そんじゃ、あたいは行くよ。これから朝御飯を作らなきゃいけないからさ」

「え、いつもお前が飯作ってんの?」

「人型に化けて言葉を話せるのはあたいとお空くらいだし、そのお空に刃物持たせるのはちょっと怖いからねぇ」

「……ああ、なるほどな」

 

 立ち去ろうとしたお燐に、「ちょっと待ってくれ。さとりとこいしがどこに居るか知ってるか?」。

 

「今の時間なら3階の私室にいるんじゃないかな。扉にネームプレートが貼ってあるから、すぐわかると思うよ」

「サンキューな」

 

 お燐は振り返り様にそう答え、私が来た方向へと去って行った。

 

「紅魔館もそうだったけど、偉い奴は高い所に自分の部屋を持ちたがるもんなのかねぇ」

 

 早足で歩いていくお燐を見送りながら下らないことを呟き、私は再び歩き始めた。

 


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