魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第119話 魔理沙の成り代わり②

 人里に再び戻って来た私はそのまま先程の食料雑貨店へ直行する。

 おばちゃんは目の前からいきなり消えたことにかなり驚いていたけど、適当に言いくるめて瓶入りサイダーを購入。割らないように細心の注意を払いながら博麗神社に戻った。

 

「おかえり~遅かったじゃないの魔理沙。って、どうしたの? なんか妙に疲れてるみたいだけど」

「……いや、気にするな。大した事じゃない。それよりほれ」

 

 やる気無さげにちゃぶ台に肘をつく霊夢の正面に座りつつ、たった今買ってきたばかりの瓶入りサイダーを手渡す。

 

「待ってたわー! さあ飲みましょう!」

 

 事前に用意しておいたのであろう栓抜きで、見てるこちらも気持ちよくなるような勢いで王冠を飛ばし、一気に呷る(あおる)。

 

「ぷは~っ、おいしー! 生き返る~!」

 

 たかだかワンコインで買えるジュースに至福の表情をする霊夢を見て、私も自然と頬が綻ぶ。

 

「暑い日に飲む冷たいジュースは最高ね! 魔理沙もそう思うでしょ!?」

「そうだな」

 

 かなりハイテンションになっている霊夢にたじろぎながらも、私も王冠を開けて静かに口へ運ぶ。爽やかな味が喉を通り抜け、この青空のような清々しい気分になっていた。

 

「うふふ、うふふふふ」

「……どうした霊夢?」

 

 前言撤回。例えるなら、根暗な少女が暗い部屋で悪巧みするようなおかしな笑い方をしていて、かなり不気味だ。

 

「実はね~、仕送りが今月から増えたのよ! ウフフ、ダメもとでも紫に頼んでみるものね」

「……昔から謎だったんだが、お前紫の資金源に頼って生活してたのか。納得いった」

「当たり前よ。じゃなかったら、こんな僻地の参拝客も碌に来ない寂れた神社でなんか食べていけないわ」

「……自分で言ってて悲しくなってこないか?」

「……そうね。この話は止めましょう」

 

 湿っぽい空気になってしまったので、話題を切り替えることにする。

 

「そういえばさ、さっき人里で買い物に来た早苗に偶然会ったんだよ」

「あらそうなの。帰るのが遅かったのはそういう理由だったのね」

「そこでさ自然とダイエットの話になったんだけど、お前は何かそういうの努力してるのか?」

「特に意識したことないわね。毎日規則正しい生活を送ってれば自然と痩せるし」

「だよな。早苗にも同じことを言ったらショックを受けちゃってたぞ」

「あの子って外の世界で育ったんでしょ? 外の世界ってここと違って色んな食べ物に溢れてるらしいし、こっちでは貴重なステーキだって毎日食べれるらしいじゃない。いいなぁ」

「おいおい頬が緩んでるぞ。お前ってそんな食いしん坊キャラだっけか?」

「少し前に紅魔館でステーキをご馳走になってね、あの味は今でも思い出すのよ」

「紅魔館といえば、聞くところによると咲夜に会うために通い詰めてるそうじゃないか」

「別に通い詰めてるって程でもないけどね、週に2、3回くらいよ。というかどこ情報よそれ」

「本人から聞いた」

「むむむ咲夜め。魔理沙には内緒にしておいてって言ったのに。言っておくけどね、魔理沙が考えているような深い意味はないからね?」

「まだ何も言ってないんだが。なんだ? お前なにか企んでるのか?」

「え! 別にそんなことないわよ」

「本当か?」

「ええ」

 

 至って普通に答える霊夢。おっかしいな~。咲夜も早苗も霊夢が怪しいって言ってたんだけどな。

 

「咲夜に何を言われたのか知らないけどね、本当になんにもないからね!」

「分かった、分かったよ」

 

 そこまで必死に否定されると益々怪しいんだが、本人がそう頑なに主張してる以上、追及は無理だろう。

 その後もとりとめのない話を続けていくうちに、気づけば正午過ぎの時間になり、ふと時計を見た霊夢がこう言った。

 

「あら、そろそろお昼の時間ね。どうする? 食べてく?」

「いいのか?」

「今日は気分が良いのよ♪ 待ってて!」

 

 ジュース1本でこんなに機嫌が良くなるとはかなり意外だった。

 私が人間だった頃も、もう少し喜ばせてあげればよかったのだろうか――。スキップしながら台所へ向かう霊夢の後ろ姿を見ながら、そんなことを思う私だった。

 

 

 

 霊夢お手製のお昼ご飯を食べた後、食後の運動も兼ねて再び弾幕ごっこに興じ――結局私は一度も勝てなかったが――、今は縁側に座って霊夢の話を聞いている。

 

「――ってことがあってね、もう楽しかったわ」

「ははっ、妖夢も大変だったんだな」

「ねえ、なんか私ばかり話してない? 魔理沙の話も聞かせてよ」

「そうだな……」

 

 私はマリサではないので、迂闊なことを喋ればボロが出るかもしれないと思って聞き役に回っていたのだが、霊夢に催促されては仕方ない。

 

 ほんの少し考えた後、不運な事故で亡くなってしまった親友レイを助ける為に、タイムマシンを作る決意をするマリという名の少女達の物語をすることにした。

 

 レイの死を大いに悲しんだマリは研究に研究を重ね、おばあちゃんになる頃にようやくタイムマシンを完成させて過去にレイを助けに戻る。そしてレイが事故に合わないように過去を改変し、生き残ったレイを見届けて安心したマリは元の時代に帰って行く――そんなあらすじだ。 

 

 もちろん、そんな本を実際に読んだことなどない。私の実体験を登場人物の名前をもじっただけの噓話だ。予めフィクションだと前提の上に話したので感づかれることもないだろう。

 

「――という訳で、主人公のマリは親友のレイを事故から救って元の時代に帰って行ったのさ」

「へぇ……」

 

 霊夢はSFにあまり興味がないかと思っていたが、意外にも興味深そうに話を聞いていた。

 

「それでそのマリって女の子は、最後どうなったのよ?」

「さあな、ここで話が終わってるから分からん」

「そこから先が肝心じゃないの。だって自分の人生全てを捧げてもいいくらい大切な友達なんでしょ? 元の時代に戻ってレイと再会した時どうなるのか気になるじゃない。全く著者は分かってないわね」

「……」

「それにマリも報われないわよね。せっかくレイのことを助けたのに、当の本人は何も知らずに別の人生を送ってるんだから。マリの失われた時間は二度と戻らないのに」

「霊夢……」

 

 珍しく熱く語り続ける霊夢に、私は内心では驚いていた。まさかこんなに真面目な答えが返ってくるなんて思いもしなかったし。

 だから私は葛藤の末に、禁断とも言うべき質問をしてしまった。

 

「……例えばの話なんだけどさ、霊夢がもしレイと同じ立場だったなら、全てを知った時マリについてどう思う?」

「!」

 

 沈み消えゆくような暗い声色に驚いたのか、はたまた私の真剣さが伝わったのか、先程までのムードから一転して重い空気になってしまった。

 

 せっかく和やかな雰囲気だったのに水を差してしまったか、と内心で思ったが、霊夢は私を推し量るような眼差しを向けながら考え込み、沈黙が辛くなってきた頃に重い口を開く。

 

「……そうね。もし私がレイだったとしたら、そこまで私の事を大切にしてくれている友達を嬉しく思うけど、同じくらいにマリの気持ちを重く感じると思う」

「重い?」

「例えばさ、助けたい相手が恋人だったら恋愛感情、配偶者や家族なら家族愛という密接な絆があるじゃない? だけどレイとマリのケースだとあくまで友達でしょ? 普通友情だけでそこまで動くかなって思っちゃうのよね。だってほら、恋愛と家族愛に比べると友情って脆いイメージあるし」

「……そうか」

 

 重い……か。確かにそうだよな。あくまで霊夢と私は友達でしかないんだ。私にとっては大切な友達だとしても、きっと霊夢にとっては数ある友人の一人でしかないんだろう。

 

「でもね、マリはとても友達想いの子だってことは良く分かる。だから、もしまたマリが目の前に現れてくれたら、レイには彼女の気持ちを受け入れる覚悟はある。――これが私の答えよ」

 

 霊夢は私の眼を見ながらきっぱりと断言した。

 これはもしかして……! いや、待て。焦っちゃだめだ。これはあくまで物語の中での話。いくら霊夢でも、いきなりこれが本当の話だ、なんて言って信じてもらえるとは到底思えない。

 

「……そういえば聞いてなかったけど、魔理沙の読んだ本ってどんなタイトルなの? もっと詳しく読んでみたいわ」

「え? あーなんてタイトルだっけな。スマン、忘れた」

「なによもー! 内容はスラスラと言えるのにタイトルは忘れたってあり得ない! 普通逆でしょー!?」

「はは、悪かったって」

 

 結局もう一歩踏み出す勇気がなかった私は、適当に言い繕って誤魔化してしまった。

 

 

 

 

「もう夕方なのね」

「そうだな」

 

 外は茜色に輝き、かっこつけた言い方をすれば黄昏時になっていた。そこかしこからカラスの鳴き声が聞こえ、夜の訪れに合わせて辺りは静かになっていく。 

 

(はあ、夢のような時間はもう終わりなのか。別れたくないなあ。ったく過去の私がうらやましいぜ。こんな日がいつまでも続けばいいのに……)

 

 楽しい時間が永遠に続いて欲しいと願うのは、私だけでなく万国共通誰もが抱く気持ちの筈。

 

(ちょっと待てよ? いっそのこと本気で入れ替わってしまおうか。私とマリサはそっくりだとアリスや咲夜にお墨付きを貰ってるし、アイツをどこか別の時間に飛ばしてしまえば絶対にばれないんじゃないか? 私が150年掛かったタイムジャンプ魔法をアイツがそれ以下の期間で開発できるわけないし)

 

 そんな悪魔の囁きのような計画が思い浮かんだところで、すぐに首を横に振る。

 

(って何を考えているんだ私は! この歴史のマリサこそが、私が願ってやまない理想の自分じゃないか! ……そんなこと出来るわけない!)

 

「どうしたの魔理沙? 一人で勝手に百面相なんかしちゃって」

「……何でもない、気にしないでくれ」

「そう?」

 

 善と悪の葛藤が顔に出てしまっていたのか、霊夢を心配させてしまった。

 

(ひとまず今日の所は帰ろう。……そしてもう二度とここには来ないようにしよう。これ以上霊夢といたら、人としての一線を越えてしまいそうだ)

 

「霊夢、もうすぐ夜になるからさ、そろそろ私は帰るよ」

「そう……」

「じゃあな」

 

 何かを思案している様子の霊夢を背に、外へと歩き出していったが。

 

「待って」

「?」

 

 振り返ると、いつの間にか霊夢が後ろに立っていた。

 

「ねえ魔理沙……」

 

 笑っているような、悲しんでいいような、どちらとも取れる形容しがたい表情の霊夢は手を伸ばし、私の背中に手を回す。

 

「れ、霊夢?」

「さっき話してくれたレイとマリの話、あれ実話なんでしょ? 不運な事故に遭った少女レイは私で、助けてくれたマリは魔理沙。さしずめ本のタイトルは魔理沙のタイムトラベルってところかしら」

「!!」

「気づかなくてごめんね。本当は最初に家に来た時から未来の魔理沙なんじゃないかって薄々感じてたんだけど、もし間違ってたらどうしようって迷っちゃって中々踏み出せなかった。でも今の話でようやく確信が持てた」 

「な、なんのことだ? 私は霧雨魔理沙。それ以上でもそれ以下でもないぜ」

「噓。だって今日の魔理沙、いつもと様子が全然違うわ。普段はもっと威勢がよくて煩いくらいなのに、妙にしおらしいし、暗いし」

 

 そして霊夢は手を放して後ろに一歩下がり。

 

「――決定的に違うと思うところはね、今の魔理沙の顔よ。また遊びに来ればいいのに、どうしてそんな悲しそうな顔をするの? まるで二度と会えないみたいじゃない」

「えっ?」

 

 霊夢が差し出した手鏡に映っていたのは、今にも泣き出してしまいそうな顔をしている私だった。

 

「本当のことを教えて魔理沙。あの時なにがあったの? 私は真実を知りたいの」

「……分かった、全部話すよ」

 

 心の底から心配してくれている霊夢を無下にする事は出来ない。

 本当のことを伝えることで、例えどんな結果になったとしても目を逸らさず現実を受け止めよう――。私は腹を括った。


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