魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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高評価ありがとうございます。
いつも誤字報告してくださってる方にも感謝です。



今回の話の時系列は、間章第112話 タイトル『魔理沙の忘れ物⑥ 霊夢の未来(前編)』と直接話が繋がっています。




第116話 魔理沙の忘れ物⑦ 霊夢の未来(後編)

――西暦200X年7月25日 午後2時――

 

 

 

 side ――霊夢―― 

 

 

 

 

「!?」

 

 諦めそうになったその時、ぼやけていた視界が急にくっきりして、飛びかけた意識が戻ってきた。

 私はすぐさま周囲の状況を確認する。

 陽の光とは無縁なかび臭さに、見上げてみれば天高くそびえ立つように並ぶ本の山。お尻からはひんやりとした感覚が伝わってくる。私は大図書館の床にへたり込んでいたみたい。

 

「大丈夫、霊夢? 私のこと分かる?」

 

 いつの間にか隣に立っていた咲夜に手を差し伸べられ、「ちょっと眩暈を感じただけよ。なんともないわ」と答えつつ手を取って立ち上がる。どうやら気絶しそうになる前と時間が続いてるみたいで、時間が戻った訳じゃなさそう。

 

「……ふむ、たった今時の神は霊夢の精神を巻き戻したのよね。だとするなら、そこにいる霊夢は一体いつの時間の霊夢なのかしら。見た所意識もはっきりしてるみたいだし、人格が抜け落ちて抜け殻になった訳じゃないのよね。……いえ、それとも時間が巻き戻ったのかしら? なら、今ここにいる私達の意識が残っているのはおかしいし、もし私の主観がここに取り残されたのなら、他の時間にもこうして考えている私がいることになるのかしら」

 

 こちらもいつの間にか大机の前に移動していたパチュリーが、変なことを呟きだしたけれど。

 

「何を勘違いしてるのか知らないけど、私は時間を巻き戻されていないわよ。あんたの良く知る博麗霊夢」

「あら、そうなの?」

「なんか時間を戻されそうになったところで、急に中断された感じなのよ。まあそのおかげで助かったんだけどね」

「…………」

「どうしたの咲夜? 難しい顔しちゃって」

「さっき時の神が時間を巻き戻そうとした時、咄嗟に時を止めようとしたんだけど……。その時にシンパシーを感じたのよね」

「なによそれ?」

「分からないわ。能力も使えなかったし、何がどうなってるのか」

 

『これは……! そう、そういうことなのね魔理沙。結局あなたは、過去の未練を捨てきれなかったのね』

 

 会話を遮るように、ノイズ越しでも心底驚いてると分かる声色の、時の神の言葉が響き渡る。含みを持たせるような言い方が気になるけど、それよりも聞き逃せない言葉が。

 

「魔理沙がどうしたの!?」

 

 私の一番の親友で、幼馴染の名前を、時の神は確かに口にした。

 

『未来の状況が変わり始めたわ』

「どういうことよ?」

『この時間から見てそう遠くない将来、〝未来の魔理沙″がこの時代に再びやってきて、貴女に接触を図ろうとするわ。そのチャンスを逃さなければ、貴女が望む情報すべてを知ることになる』

「私にその時まで待てと言うの? そこまで明かすのなら、なんで今全部話してくれないのよ」

『さっきも話したけれど、私の干渉によって貴女の行動を変えるのは避けたいのよ。あくまで霊夢自身の意思決定によって、歩む道を決めて欲しいの。今の助言が私からの最大限の譲歩だと思って欲しいわ』

 

 何だかよく分からないけど、神様といえども自由じゃないのね。ま、守矢の神様とかも、幻想郷に来るまで結構苦しい状況だったらしいし、神様といってもあんま万能じゃないのかも。

 

『ほら、レミリアお嬢様も話してたでしょう? 『近い将来、貴女の人生最大のターニングポイントがやってくる』って。あの予言とはまさにこのことよ』

「ふ~ん、あれってそういう意味だったんだ」

 

 まさかこんな形で事実を知らしめる事になるなんて、レミリアも予想できなかったでしょうね。ま、私としては考える手間が省けたから良かったけど……って、あれ?

 

「ちょっと待ちなさい。なんであんたがその言葉を知ってんのよ?」

 

 あの場にいたのは、私とレミリアと咲夜の3人だけだし、この話はまだ他の誰にも言ってない。

 ……ひょっとして。

 

「ねえ、あんた――もしかして咲夜じゃないの?」

 

『私の行動を覗き見してた』とか『元々こうなるような未来を知っていた』とかってのもありえるけど、この時の神は喋り方や能力が咲夜に似てて、幻想郷の事もかなり詳しく知っているし、おまけにやけに馴れ馴れしい口調で私やパチュリーのことを呼んでいた。

 ちょっと考えてみれば色々と一致するのよね。

 

「え、そうなの霊夢? でも私は今ここにいるし、違うんじゃない?」

「時間を巻き戻す能力を持つくらいだし、過去や未来に移動することだって余裕でしょ。こういうのはね、常識に囚われないで柔軟な発想をすべきなのよ」

「どこぞの巫女と似たようなことを言うのね」

「あの子ほど大胆にはなれないけどね。――さあ、答えて時の神! あんたは【十六夜咲夜】なのかしら?」」

『……ふう。失言を聞き逃さないなんてさすがの洞察力ね、霊夢』

 

 誰かも分からないノイズ混じりの声がクリアになり、ついさっきまで話していた人物とよく似た声が響く。

 

「この声は……!」

 

 咲夜が驚くと同時に、大図書館全体に超常的な力が駆け巡り、下から突き上げるような大きな揺れが生じる。

 

「な、なに?」

「これは自然のものではないわね。何か大きな力を持った存在が顕現する時のような……」

 

 意外と大きな揺れにも関わらず、冷静に分析するパチュリー。幸いにも大きな揺れはすぐに収まり、辺りを見渡してみても、特に落ちた物はないみたい。

 しかし安堵するのも束の間。一瞬閃光のような眩い光と共に人影が現れ。

 

『霊夢の予想は見事正解。おめでとう……と賛辞の言葉を送るわ』

 

 多少エコーがかかった声と共に、咲夜と瓜二つの姿をした女性が目の前に。本当に何から何までそっくりで、ただ一つ違うのは、純白の綺麗なロングワンピースを着ているところくらい。

 

「噓……! わ、私がいる……! そんな、どうして。なんで?」

 

 メイドの方の咲夜は、普段の瀟洒な姿は何処へ行ってしまったのやら、明らかに動揺した様子で自分そっくりの女性を指さしていた。

 

「……これは驚きね」

「わぁっ! 咲夜さんが二人います! 凄い光景ですよこれ! そう思いませんかパチュリー様!」

 

 パチュリーは呆気にとられ、小悪魔は二人の咲夜を指さしながらはしゃいでいた。

 

「あんたがさっきまで私と話していた時の神?」

 

 未だに動揺が収まらない咲夜に代わり訊ねると。

 

『その通り。貴女達が良く知る、身元不明で名前すらも知らない記憶喪失の少女、十六夜咲夜の正体は時の神様だった。メイドとしてレミリアお嬢様に仕える十六夜咲夜は、私から離れた分身のようなもの。幻想郷に来るときに記憶を無くしてしまったけれど、元を辿れば、時の神としての私も、人間としての咲夜も同じなのよ』

 

 時の神様と名乗る咲夜は、私の良く知る咲夜の声と非常にそっくりで、聞いてもいないことまでつらつらと語り始めた。……っていうか、メイドの方の咲夜ってそんな過去があったんだ。まったくそんな素振りを見せなかったし結構ビックリ。

 

「……レミィがどこかから拾ってきた時から、只の人間じゃないとは思っていたけど、まさかその予想をはるかに上回るなんてねぇ。今日だけで1年分くらい驚いたかもしれないわ」

「ほぇ~咲夜さんは神様だったんですかぁ。あんまり実感湧きませんけど、なんだかすごいですねえ」

「え、え、えぇっ!? 私が神様って、信じられないわ……!」

 

 衝撃のカミングアウトに、三者三様思い思いの反応をしていたけど、私は『ああ、やっぱり』みたいな感じで、特に驚きもせずに納得できた。

 だって咲夜って、元々何でもできる完璧超人だし、『実は神様でした~』なんて種明かしをされても全然不思議じゃない。

 

「それにしても、ずっと渋ってた割には、あっさりと本当の姿を見せるのね?」

『言ったでしょう? 未来が変わったって。私が正体を隠す必要が無くなったのよ。それにどうせ時間を戻すのは規定事項ですし』

 

 神様の咲夜は清々しい笑顔でリセット発言をした。まあ、薄々とは感じていたけど。

 

「ねえ咲夜、どうしても時間を戻すつもりなのかしら? せっかく貴女の事について知れたのに、戻されちゃったら意味がないじゃない。誰にも話さないと約束するから戻さないで頂戴よ」

 

『申し訳ございませんパチュリー様。詳しい事は話せませんが、今私自身がこうして顕現する事がイレギュラーそのものなのです。世界の為にもどうかご理解ください』

「はぁ……貴女って一々大袈裟な事を言うのね」

 

 驚きを通り越して呆れ果ててしまっているパチュリー。よく分からないけど、パチュリーと神様咲夜の表情からかなり深刻なんだと分かる。

 

「幻想郷は大丈夫なんでしょうね?」

『時間を戻せば全て無かった事になるから心配は無用よ。そもそも貴女が姿を現せとしつこく迫るから、わざわざ要求に答えてあげたのに』

 

 白い歯を見せながら自信たっぷりに答える神様の咲夜。ああ、この嫌味っぽい言い方は間違いなく咲夜だ。

 そして、一転して真面目な表情になり。

 

『霊夢、貴女が知りたがっていた事を知る機会は必ずやってくるわ。未来の魔理沙の正体や、時を遡って来た動機、彼女によって修正される前の歴史についてもね』

 

「え!?」

 

 その言葉に心拍数が上がる。まさか私の知らない事実があったというの……?

 

「だから今は私のことを信じて機会が訪れるのを待って。お願い』

 

 深々と頭を下げる神様の咲夜に、少し考えてから。

 

「……分かったわ。あんたの言葉、信じることにする」

 

 もしかしたら〝私が了承の返事をする″ことすら、彼女は事前に知っていたことかもしれないけど、別に私は利用されたとは思わない。

 何も分からないまま諦めるのだけはどうしても嫌だったし、未来の風向きが変わったのならば、例え何かの思惑があったとしても、それを利用する手はない。

 

『感謝しますわ、霊夢』

 

 再度頭を下げた神様咲夜は、続いてずっと様子を窺っていたメイドの咲夜に近づいていく。ここまで慎重になっている彼女を見るのは初めてかも。

 

「な、なによ?」

『そんなに怯えないで、何もしないわ』

「お、怯えてなんかないわよ」

 

 手を伸ばせば届く距離まで近づき、身構えている自分の姿を見ながら不敵な笑みを浮かべる神様咲夜。咲夜って背も高くてスラッとしてるから、どんな仕草をしても絵になるのよね。これも美人の特権なのかしら。

 

『こうして間近でみると本当に人間なのね。命の輝きを感じるわ』

「私からしてみたら当たり前なんだけどね。何が言いたいの?」

『生まれてこの方空っぽだった私を満たしてくれたのは、あなたのおかげ。私が言えた義理じゃないかもしれないけれど、命尽きるその時まで精いっぱい生きて、幸せになって頂戴』

「……あなたに言われるまでもなくそのつもりよ。私はお嬢様に生涯忠誠を誓ったのだから」

『ええ。そうね』

 

 メイド咲夜からは終始睨まれ続けているにも関わらず、神様咲夜は子供に深い愛を注ぐ母親のような柔らかい表情で頷いていた。

 そして神様咲夜はこの場にいる面々を見渡した後。

 

『皆さんお騒がせ致しました。私の用件は済んだので、これより本日午前10時まで時間を巻き戻させていただきます。申し訳ありませんが、その時間以降に体験した記憶は、霊夢を除いて全て無かった事にさせていただきます』

 

 そう言って神様咲夜は右腕を掲げて指を弾く。直後、またさっきみたく、視界がグニャグニャとねじ曲がり始めていく。

 

「うぅ、気持ち悪い……」

 

 泥酔した時みたいな、吐き気を伴う眩暈に酔ってしまった私は、床に座り込んでしまう。

 

「パチュリー様! なんだかフラフラします~!」

「なるほど、これが時間が巻き戻る感覚なのね。……こんな貴重な体験を忘れてしまうなんて残念で仕方ないわ」

 

 小悪魔とパチュリーも、私と同じく苦しんでいるみたいだったけど。

 

「これが私の真の姿、なのね」

 

 メイドの咲夜はそれも意に介さず、強い意志を持って神様の咲夜を見据えていた。果たして彼女の瞳にはどのように映っているのだろう。

 

『機会があればまたいつか会いましょう、さよなら皆さん。さよなら、人間の私』

 

 直後に視界は真っ白になっていき――時間は巻き戻されていった。

 

 

 

 

 ――【西暦200X年7月25日午前10時】――

 

 

 

「ん……」

 

 焼けるような暑さと、けたたましい蝉の鳴き声に叩き起こされた私は、すぐに今置かれている状況を確認する。いつかのように縁側に座り、靴を履いてさあ出かけようという体勢。巫女服もまだサラサラとしてて、仄かに香る石鹸の匂いがした。

 

「ここは私の家ね。ってことはまた時間が戻ったんだ」

 

 振り子時計を見れば、神様の咲夜が話した通り午前10時になっていた。懐には未来の魔理沙が忘れて行ったルーズリーフ。ほんの少し前まで、私はこの謎を調べに行こうと思っていた。

 

 だけど、今の私はもうどこにも出かけるつもりはなかった。例え今から紅魔館に向かったとしても、タイムリープ前の出来事について、私以外の誰も覚えていないだろうし、神様の咲夜やレミリアが、全てを知る機会が来るって言ってたから。

 

 きっと今の時点で、私が調べられる限界はここまでなんだと思うし。

 

「ふっふっふ、未来の魔理沙、早く私の元へ来なさい! 素巻きにしてでも捕まえて必ず色々と聞き出してやるわ! 覚悟しておきなさいよ!」

 

 ギラギラと輝く太陽を睨みつけながら、まだ見ぬ未来の魔理沙に向けて私は誓いを立てた。

 




ここまで読んでくれてありがとうございました。
間章はこの話で今度こそ終了です。

第四章第115話サブタイトル『魔理沙の本心』にて、西暦215X年9月21日の魔理沙が西暦200X年9月2日午前8時に戻る事を決断したことで、

間章第112話 タイトル『魔理沙の忘れ物⑥ 霊夢の未来(前編)』の後書きで書いた歴史及び、これから霊夢が歩む歴史とは違う未来が訪れる可能性が生まれました。

次回からは魔理沙の視点に戻ります。

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