魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

115 / 283
この話から第4章に入り、視点が魔理沙に戻ります。

時系列は第107話 『第3章エピローグ第2話 魔理沙の行方』の続きとなっております。

※追記 第113話がないのは前の話で年表を挟んだ話数の都合上であって、伏線や投稿忘れではありません。誤解を招く表現で申し訳ありませんでした。


第四章 霧雨魔理沙
第114話 魔理沙の迷い


 ――西暦215X年 9月21日――

 

 

 

 ――side 魔理沙――             

 

 

 

 未来の幻想郷を救うという大業を成し遂げた私は、達成感とでも言うべきか、はたまた燃え尽きてしまったとでも表現するべきか、日の出と共に目が覚めたにも関わらず、ベッドの上から動けずにいた。

 窓の外にはうろこ雲が広がる澄んだ空。太陽は既に高くなっていて、時々舞い上がる秋めいた色の枯れ葉は、季節が変わり始めている証だ。

 

「……そろそろ動き出さないとまずいな。休むのはもう止めよう」

 

 このままでは腐り果ててしまうと危機感を抱いた私は、気怠い体に鞭を入れてのっそりと起き上がる。二階の寝室から一階に移動し、身嗜みを整えてからリビングのソファに移動する。

 

 現在時刻は午前11時04分。綺麗に整理整頓されたリビングの窓からは陽の光が差し込み、木目の床を照らしている。まだ気持ちの面では気怠いが、半日以上もベッドに横たわっていたので、肉体はこれ以上ないくらい良く動く。

 

(さて、これから何しようかな)

 

 まず最初に思い浮かんだのはアンナの星へ遊びに行く約束だが。

 

(ここのところ宇宙と地球を行ったり来たりしてたしな。今はあまり気が乗らないし、出掛けるのはもっと後にするか)

 

 もしこの思考が誰かに聞かれていたならば、凄く後ろ向きな発言と思われるかもしれない。

 しかし魔法関係のことならいざ知らず、見たことも聞いたこともない土地に行き、未知の現象について理解するのは非常に大変なのだ。まあタイムトラベラーにとって約束の時間などあってないようなもの、後回しでも構わないだろう。

 

「――ふっ、それにしても、まさか未来があんなことになっていたとはなあ」

 

 今日の予定を考えていくうちに、自然と未来で体験した出来事について思考が移っていった。

 

(幻想郷が崩壊する未来があった――なんて、今の紫に言ったらどんな反応をするのだろうか。ははっ、絶対に信じないだろうな)

 

 どの時代においても、紫は幻想郷を心から愛し、幻想郷を守るためにひたむきに行動していた。私も幻想郷を愛しているが、紫には到底敵わないだろう。

 

(幻想郷の存続を目指していたのが、いつの間にか外の世界も救う事になっちゃったな。今思い返してみれば突拍子もない話だぜ)

 

 今回の歴史改変では、幻想郷と外の世界、地球人と宇宙人、どれか一つでも力の均衡が崩れてしまうだけで誰も得しない不幸な結末になってしまっていた。無事に解決できて本当に良かったと改めて思う。

 

(てか、そもそも未来に跳ぶことになった原因はこの時代の博麗の巫女のせいなんだよな。確か博麗杏子だっけか? 問答無用で襲い掛かってくるとか信じられん。いつだっけかアリスと話した時、彼女についてあまり話したがらなかったのも頷けるな)

 

 博麗杏子の行動は決して褒められたものではないが、結果として未来の危機を知り、円満に解決することができたので、彼女に対して恨みは特にない。

 

(しかしそれに比べると、麗華は素直で人懐っこくてとても可愛かったなあ。最初に会った時は霊夢そっくりで驚いたぜ。…………)

 

 霊夢、その名前を思い浮かべた所でまた胸がチクリと痛くなる。

 

『せっかく時間移動できるんだしさ、もっと色んな時代を旅して回ればいいじゃん? 歴史上の出来事を見に行く、ってのも、時間移動の醍醐味だと思うけど』

 

 考えをめぐらしていくうちに、昨日のにとりの言葉を何気なく思い出した私は、続けてこのテーマのもとに考え始める。

 

(歴史上の出来事ねぇ。幻想郷にそんなのあったっけ?)

 

 ぱっと思いつく限りでは、霊夢と解決してきた様々な異変だけど、それら全てに当事者として関わっている訳だし、今更過去に戻ったとしても結末を知っているのでなんの面白味もない。

 

 もしくは私が参加しなかっただけで、この150年間に多くの異変が起こっていたのかもしれないが……あいにく、その辺りの事は何も分からない。

 

(外の世界の歴史だと何がある? 邪馬台国……平安京……戦国時代……江戸時代……幻想郷誕生……)

 

 幻想郷内に留まらず、外の世界の歴史についても数々の候補地が思い浮かぶが、やはりどれもしっくり来ない。

 

「あーもう考えが纏まらん!」

 

 思わずソファーの上で叫んでしまった。

 私の頭の中はまさに支離滅裂。普段のように理論立てて考えることすら出来ていない。というか、昔の私は一体どんな毎日を過ごしていたんだろうか。

 

「いったいどうしたいんだろうな私は」

 

 うじうじと悩むのは私らしくないと分かってはいるのだが、何かが欠けている――そんな気がしてならないのだ。この満たされない気持ちはどうすればいいのだろう。

 

「いっそのこと未来の自分が来て、答えを出してくれたりしないかな」

 

 午前11時40分をさす時計を見つつ、淡い期待感を抱きながら待ってみたものの、どれだけ経っても現れる気配はなかった。

 

「ま、そうだよな。そう都合よくは行かないよな。ここで一人悩んでてもしょうがないし、思い切って誰かに相談してみるか」

 

(誰がいいかな。信頼できそうな人は……)

 

 ここで私が真っ先に思いついたのが、アリスとパチュリーだった。彼女達にはタイムジャンプの研究の際に大いに助けられた恩もある。前回会った時の好意的な反応から見るに、相談に乗ってくれそうだ。

 

(いっそのこと、さとりに話を聞いてもらうのもいいかもな。アイツ心読めるし、私のモヤモヤ感もズバっと言い当ててくるだろ)

 

 しかしそれはつまり、私の知りたくなかった心の闇や、教えたくない知識も表に曝け出してしまうことになるわけで、あまり親しい仲でもない彼女に相談するのは一長一短でもある。

 

 それを考えると神子が適任ではないかと一瞬思ったりもするが、それはそれで有難いお説教をもらったり、道教に勧誘されたりしそうなので、やっぱりやめておこう。

 

 ちなみに、未来でそれなりに長い時間を過ごした妹紅とにとりについて言えば、前者はこの時代では私と顔見知り程度の浅い関係っていうのと、後者は研究に忙しそうという理由で、自然と選択肢から除外している。

 

 あれこれ長ったらしく理由を付けながら悩み抜いた末に。

 

「いいや。別に一人に限定する必要はないんだ。アリスとパチュリーに相談してみよう」

 

 そう決断した私は立ち上がって、いつもの帽子を被り家を飛び出した。

 

 

 

 

 外は日差しが強いが、秋の訪れを感じさせる涼しげな風が吹いているため、過ごしやすい気候になっていた。絶好の行楽日和と言ってもいいだろう。

 

 自宅を飛び出した私がまず最初に向かったのは、アリスの自宅だった。何故アリスが先なのかと問われると、答えは単純。ただ単に私の家から近いからだ。

 

「よし、アリスの家はあっちだな」

 

 魔法の森上空に飛び出した私は、方角を確認してから飛行する。

 

 ここは太陽の光も碌に届かず、森というよりジャングルと名乗った方がいいくらい草木が鬱蒼と生い茂っている森だ。ジメジメしてて視界が悪く、化物茸の胞子が宙を舞っている為、普通の人間は呼吸することもままならず、体の弱い者が入ればすぐに呼吸器系の病気に罹ってしまうだろう。

 

 そんな特性もあってこの土地は菌類の天国となっており、幻覚を見せたり、足が生えて勝手に歩き回ったりする摩訶不思議なキノコが生えているため、魔法の研究をするのにはうってつけの場所だった。霊夢の自殺のこともあって既に研究はやめてしまったが、この森の茸の知識だけは今でも誰にも負けないと自負している。

 

 さて、こんな人も妖怪も滅多に寄り付かない辺鄙な場所に住みつく物好きは私の他に三人いて、その内の一人が、これから向かうアリス・マーガトロイドという名の少女が住む家だ。

 

 アリス・マーガトロイド。金髪青目の人形のように美しい容姿の彼女は〝七色の人形使い″という異名がある。主に魔法を扱う程度の能力、人形を操る程度の能力を持ち、その能力と二つ名の通り人形を操る事に長けており、見えない糸を張り巡らして何体もの人形を同時に操り、家事や雑用もさることながら、戦いのときには三桁に近い数の人形を操って、多彩な技を繰り出すことも。

 

 アリスの人形や、人形が着てる服なども全て自作らしく、多分幻想郷で一番手先が器用な人間なんじゃないかと思う。初めて会った時は、人を寄せ付けないとてもクールな印象を受けたが、仲良くなっていく内に、ただ一人で静かに過ごす事が好きなだけで、意外と面倒見が良い性格なのを知った。

 

 そんな彼女の目標は、完全な自立人形――すなわち、自分の意思を持ち、自分の意思で動く人形を作ることらしい。そんなの、好きな人と結婚して子供を産んで育てればいいんじゃないのかと思ったのだが、アリスはあくまで人形に拘っているらしく、その方法は考えていないとのこと。

 

 この歴史のアリスは覚えていないだろうが、かつての歴史では、もはや150年以上も付き合いのある古い友人だった。時間移動の研究の時には、知識面や精神面で大いに援助してもらったので、今でも彼女には感謝している。

 

(……そういえば、香霖や成美とはもう数十年以上会ってなかったな。今度顔を出しに行かないとな)

 

 とまあ、移動中の退屈しのぎに思いを巡らしてるうちに、鬱蒼と生い茂る木々の中で不自然に開けた空間に建つ青色の屋根を発見し、その場所へとゆっくり下降する。

 

 アリスの家は、平屋に八角塔屋が併設されたごく普通の一軒家だ。私の自宅もそうだが、こんな辺鄙な場所に住んでるからと言って、魔女っぽいおどろおどろしい建物に住んでいるわけではないのだ。

 

 玄関の手前に降り立った私は、扉をリズムよくノックしながら「お~いアリス。いるかー?」と呼びかけてみたが、少し待っても返事はなかった。

 

「アリスー! いないのかー?」

 

 声を張り上げつつ、今度は強めにノックしてみるものの、やはり反応がない。

 

「まいったなぁ出かけてるのか。仕方ない、紅魔館へいこう」

 

 私はアリスに会うのを諦め、紅魔館に向けて飛び出していった。

 

 

 

 魔法の森を抜け、平原をなだらかな速度で飛び続けていく内に、一面霧がかかった地帯が見えて来たので、そのまま突入する。

 

 ここは霧の湖と呼ばれ、その名の通り、昼間は常に霧がかかっているために、辺りは視界不良となっている。妖精たちの遊び場でもあり、湖底がくっきり映る程の透明に澄んだ水面の上で、氷の妖精が周りの妖精たちと遊んでいたりもする。

 

 視界不良の湖上を飛んでいく最中、知り合いを何人か見かけたものの、彼女達に用はないので何もちょっかいを出さずにそのまま突っ切る。やがて視界が晴れ、幻想郷では珍しい赤い洋館が見えて来た所で湖畔に降り立ち、門に向かって歩いていく。

 

 閉ざされた門には、紅魔館の門番こと紅美鈴が仁王立ちしている。実は霧の湖を抜けた辺りから、体の中を探られているような気味悪さを感じていた。多分彼女が気を使う程度の能力を用いて、私の姿を遠くから捕捉していたんだろうと思う。

 

「よう美鈴」

 

 しかしそれをおくびに出さず、私は努めて普通に挨拶する。

 

「こんにちは魔理沙さん。今日は紅魔館に何の御用で?」

「ちょっとパチュリーに相談したいことがあってな。通してもらえるか?」

「どうぞどうぞ。お嬢様に許されている魔理沙さんなら、いつでも歓迎ですよ!」

「それは有難い」

 

 美鈴が門の前から退いたので、私はそのまま中へ入ろうとした時、ポツリと呟く美鈴の声が聞こえた。

 

「それにしても今日は良くお客様が来る日ですねぇ」

「ん? 私以外に誰か来てるのか?」

「つい先ほどアリスさんがいらっしゃいましてね。きっと大図書館へ向かったのではないでしょうか」

 

(そうか。アリスは紅魔館にいたのか。ならちょうどいいな)

 

「サンキュな。お前も門番頑張れよ」

「ええ、もちろんです! ――とは言っても、正直な話ここ数十年間は紅魔館への襲撃もないので至って平和なものです。霊夢さんや咲夜さんが生きていた頃は、しょっちゅう魔理沙さんが門破りしてきましたからねぇ。それでよく咲夜さんに怒られたっけ」

「それは別の〝私″であって私じゃないぞ?」

 

 とは言え、人間だった頃も全く同じことをやっていたので、全てを否定できるわけではないのだが。

 

「すみません。こうして魔理沙さんと話していたら、つい懐かしい思い出が甦っちゃいまして。えへへ」

 

 口元は緩んでいるが、彼女の瞳には薄らと涙が見えていた。

 

「アハハ、ごめんなさいしんみりした空気にしちゃって。引き留めちゃいましたね、どうぞ中に入ってください」

「お、おう」

「よ~し、今日も一日頑張るぞー! おーっ!」

 

 拳を突き上げ、自らに言い聞かせるように気合を入れている美鈴に少し思う所はあるが、私は門を潜り抜け、紅魔館の中に入って行った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。