大海原の小さな島 ~アルダブラ島奮戦記~   作:VSBR

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四話  爆発事件

 連合基地の片隅に建つボロ兵舎は、朝から不機嫌だった。多くの人間が出入りを繰り返し、扉も廊下も軋み音をたて続け、建て付けの悪い窓ガラスはカタカタと落ち着く事無く揺れ続けている。司令官用の執務室は、ドアを開けっ放しにしてあった。

 続けざまに入ってくる報告を頭の中で仕分けし、処理の優先順位を決めていく。件数の割には、優先度の高くない案件が多かった。ニッシム・サーカーは、胸ポケットの代用タバコを探す。

「室内は禁煙です」

「全員分のアリバイ、確保しました」

「事故じゃなくて事件扱いにするって電話が・・・・・・」

「会合の開始時間を30分延ばしてくれって連絡ありました」

「同時にしゃべんなぁ!!」

 ニッシムの怒鳴り声が兵舎全体に響く。少しだけ静かになった執務室で、一つ一つ報告がなされる。とりあえず、会合時間に関しては了解の旨を先方に伝えるよう指示した。

 その他、部隊内部の細かな仕事は部下に適当に割り振り、面倒な話に取り掛かる。その一つが、ザフトが使用している別荘の警備についてだ。昨日、島のコーディネーター互助会の世話役から、ザフトから警備会社の紹介を頼まれたとの話は耳に挟んでいた。正式の場では全く出されなかった話題なので特に気に止めなかったが、アイシャとナレインが持って来た情報で合点がいった。

 こちらへの警戒を隠そうとしないヤルミラ・ジーノの顔を思い出しながら、ニッシムは頭を掻く。島の引渡しが終わるまで、ザフトの安全確保は連合の責任なのだ。

「とりあえず、隊員のアリバイは確認してます。ここに犯人はいません」

「いたら戦争になるわよ」

 相変わらず他人事のような声のナワンに、アイシャがため息を堪えて言う。警備局と連携して別荘地全体に対する巡回を行いたいのだが、役所の方からは注文を付けられていた。装備、特に自動小銃は絶対に人目につかないようにしろというのだ。治安の悪化イメージは資産価値の下落を招く恐れがあるという、こちらにしてみれば噴飯ものの注文だった。

 リタイアした富裕層の移住者や長期滞在者が島の経済を支えている事を考えれば、納得せざるを得ないのかもしれないが、治安が守られているアピールだって必要だろうと思う。アイシャが資料をめくっていた。拳銃などの武器や、巡回時の制服などの数量を確認している。

「警備局の方、しばらくは動きにくいと思いますよ」

 部屋の隅に目立たず立っていた女性、リンタン・フェがそう言った。部隊では通信などを担当する部門にいるが、普段は電話番と呼ばれ島の役所や海洋警備局との連絡を受け持っている。

 彼女が言うには、警備局は今朝起きた事件の処理で手一杯なのだそうだ。島の警察機構は海洋警備局が担っているのだが、陸の上の人員に余裕があるわけもない。大きな事件が起きれば、その捜査に人手が割かれてしまうのだ。

 今朝、町外れの自動車充電スタンドで爆発が起こった。第一報は事故として報道されていたが、警備局は事件として扱うかもしれないそうだ。

 

 

 

 アルダブラ島には放送局がある。朝夕に一時間のニュースをテレビ放送し、後は音声のみの番組を流す小さな放送局だ。海底ケーブルを通じて世界中の情報には簡単にアクセスできるが、島の情報にはこの放送局を通してしかアクセスできない。人の噂という人的ネットワークをザフトは持っていないのだから。

 ノンナは、クレトについてきてくれるように言う。朝報道された事故の続報が入らないのだ。直接出向いた方が、何か分かるかもしれない。

「そっちの方が面白そうだな、クレト代わってよ」

「仕事だぞ」

「いいじゃん、予備パイロットの肩書きも使いなよ」

 クレトはMSの操縦も出来、エルシェに何かあった場合はドゥルに乗る事になっている。まだ何か言っているエルシェは、首根っこをキャロラに掴かまれて哨戒飛行へと向かった。

 苦笑するクレトに、ノンナは肩をすくめる。ヤルミラの物言いは問題だが、エルシェ達の緊張感のなさも問題だろう。どうもこの任務は、話に聞いていたほど楽な任務ではないようなのだ。国際的な交渉ですべてが片付くほど、現地は単純ではない。

 宿舎の戸締りをして、カーペンタリアとの通信に使用している専用端末を取り外すと、それを持って出掛ける。これさえ外しておけば、あとは取られて困るものなどない。

「あいつら、スクーター持って行きやがった」

 庭の片隅の倉庫に残されていたのは自転車だった。車は、ヤルミラ達が会合に向かうために使っている。自転車を引き出しながら、クレトはノンナを見つめた。

「の、乗れるわ・・・・・・」

 とりあえずサドルをギリギリまで下げて、ハンドルの位置も持ちやすいように変える。自転車のサイズが大きすぎるため少々不恰好だが、何とか乗る事はできた。芝生の上を、少し頼りなく走るノンナの姿に、スピードは出せないなとクレトは思った。帽子や水筒を用意し、時間がかかっても問題ないようにする。

 報道された事故現場は、町を挟んで別荘のある場所とは反対側の町外れ。街の外側を一回りする道路を使えばほぼ一本道だが距離が長くなる、クレトはそう言って町を突っ切る道を選んだ。地図を見ながらだが、大通りを選ぶ分には迷いようのない道だ。ついでに寄っておきたいところもあった。

 後ろのノンナにあわせるよう、ゆっくりと自転車を漕ぐ。サイクリングには悪くない陽気だ。赤信号に自転車を止め、クレトが聞いた。

「ただの事故じゃないのか?」

「事故発生直後の動画、流れてたでしょ?」

 通りがかった人が撮影したという動画が、朝のニュースで流されていた。バラバラになった車と、爆風で激しく損傷した充電スタンドの機械が映っていた。ノンナは、その映像に引っかかりを覚えたのだ。

 単なる自動車の事故で、充電スタンドの機械に無数の穴が開くような爆発が起こるだろうか。車の損傷も電池部分のみではなく、ほぼ全面的に壊れていた。

 珍しい事故ならそれでいいと、ノンナは爪先立ちで自転車を止める。赤信号を待つ間、彼女の膝はプルプルと震えていた。

 

 

 

 マイクが外の音を拾い、モニターのカーソルがその発生源をマークする。画面をズームすると、空を横切る黒っぽい航空機の姿が見えた。こちらに気付くだろうかと、ナレインをダガーに手を振らせる。

 気付いた合図なのか、それとも旋回時の挙動に過ぎないのか、航空機形態のドゥルはわずかに機体を揺すって飛び去っていった。急に妙な動きを見せたダガーに、周囲の兵士が怪訝な顔を見せている。機体の姿勢を元に戻して、ナレインは任務に戻る。港に停泊中の大型船の監視だ。

 別に敵というわけではないが、色々と折り合いの悪い海軍部隊が、一部で撤収を開始するらしい。朝も早くから、コンテナの積み込みを行っていた。

「この程度の数なのに、ずいぶんと慌しい事で」

 ナレインはコクピットのシートを傾け、水筒のストローを咥える。島に駐留する海軍部隊は500名弱、そのうちの50名ほどが船に乗り込んでいた。車両や武器等の搬入もわずかで、既に港は静かになっている。出航は今日の正午だ。

 もともとこの島は、戦略上の重要地点にはない。駐留している海軍も基地防衛のための歩兵部隊だ。比較的治安の良い島であるため、軍が必要とされる場面も少なかった。速やかに撤収し連合に権限を渡しても良さそうなものだが、そうもいかないのが浮世の定めと、ニッシムが言っていた。

「メンツね・・・・・・」

 水筒がズルズルと音を立てる。空になったそれをラックに押し込み、ナレインはモニターのチェックを行う。接触回線用のケーブルを確認して、スイッチを入れた。島の放送局が流している音声番組が入る。

 アルダブラ島とダマル島の交換条約、これはザフトとの交渉以上に、赤道連合内部での調整が困難だった。カーペンタリアの潜水艦隊をより効率的に封じ込めるためにダマル島は必要な場所であり、戦略的価値のないアルダブラ島との交換は決して悪い話ではない。

 だが、領土というのはそう簡単に損得勘定の出来るものではないのだ。プラントとの戦争も辞さないという強硬論すら当たり前のように出ていた。結局は、連合本部や加盟各国からの圧力や懐柔によって条約は締結されたのだが、強硬論の一大派閥だった海軍には未だに不満がくすぶっている。

 島の駐留部隊が、色々と理由をつけて撤退を先延ばしにしているのも、そういった不満の表明だと考えられていた。嫌がらせ以外の何物でもないが、人が動かす組織とは往々としてそういう物だと、これもニッシムが言っていた。

「・・・・・・それらの点につきまして、区役所生活環境課のケンボイさんから、詳しい話をしていただきます」

 音声番組では、島の住民からの投書コーナーを流していた。島がザフトに引き渡されプラントの統治になる事について、不安を覚える住民は当然いる。役所では、放送局などを通じた住民への広報活動を積極的に行っていた。

 投書の内容は、プラントがナチュラル住民に対して不当な扱いをするのではないかというものであった。生活環境課の職員は、よくある質問だと前置きした上で、そのような事はありえないと断言する。

 

 

 

 コズミック・イラに入って宇宙開発が進むと、貴重な酸素を無駄に二酸化炭素へと変えるタバコは、嗜好品としての地位を失った。宇宙において、それは害悪でしかないとされたのだ。ナチュラルが生み出した最大の悪徳と呼ぶプラントのコーディネーターすらいる。

 もっとも地球であっても、健康への悪影響から旧世紀の終わり頃には既に歓迎されざる嗜好品であった。いまや喫煙者など絶滅危惧種である。

 ニッシムの吸っている代用タバコは、そんな絶滅危惧種の最後の抵抗とも言うべきもので、その副流煙に含まれる有害物質はほぼゼロに抑えられている。その分、味や香りを大幅に犠牲にしているのだが、あいにくと本物のタバコは税金の塊となっており、めったに手に入らない超高級品なのだ。

「あ、ども」

 喫煙ブースの先客に会釈をして、ニッシムは代用タバコを取り出す。絶滅危惧種には独自のネットワークがあり、その先客は顔見知りだった。この島でも数少ない喫煙者同士、顔を合わせる機会は多い。吸える場所が限られているからだ。

「この件、いいんですか? うちの社長も気にしてましたけど」

「ザフトの本隊が来るまであと少しでしょ、銀髪ちゃんの好きにやらせてやってよ」

 連合本部に報告するような事案じゃないといって、ニッシムは煙を吐き出す。喫煙ブースの先客は、町の警備会社に勤めるボディーガードだった。ザフト先遣隊の依頼という形で、今日からヤルミラ達の警護を請け負っていた。

 結構な額を提示したのだろう、その警備会社が持つ一番立派な車両に五人ものボティーガードを乗せて、会合場所に来ていた。資産家の住民が多いためこの手の需要は多く、それなりに儲かっているようで、ヘルメットもボディアーマーも軍用のちゃんとしたものだった。

 兵士の巡回に際して、装備だけでも民間からリースする事が可能かどうか、アイシャに調べさせておこうと思う。装備増強のための正式な申請書類など作っていたら、物が揃うまで何日掛かるか分かったものではない。

「軍の方では、何か動き掴んでるんです?」

「動き?」

 海軍の部隊が、海岸部分の警備強化を行うという話が出ているのだそうだ。海洋警備局は自分達の頭越しに動き出した海軍に抗議しているらしいが、海軍は自分達の管轄だと警備局の抗議をはねつけているらしい。さっき会合で、警備局の担当者が頻繁に呼び出されていたのを思い出す。

 どちらも町の噂らしいが、少なくともニッシムの部隊はその情報をキャッチしていない。兵士の夜遊びの解禁が急がれるなと思う。

「イタズラらしい手紙は、何通か来ているけど。それに海軍さんは、今日から撤収を始めてるよ」

「あのでっかい船ですか?」

 その船で撤収するのは部隊の一割ほどだが、そこまでは言わなくてもいいだろう。ニッシムはタバコの灰を灰皿に落としながら考える。何か、話がキナ臭い方向に転がっていないだろうか。

 それで、誰が得をするというのだろう。南の海に浮かぶ辺鄙な島で、権謀術数のごっこ遊びに興じる物好きなどいるのだろうか。代用タバコをもみ消すと、ニッシムは会釈をして喫煙ブースを出る。とりあえずリンタンには、電話番ではなく本職の仕事を頼んでおこうと思った。

 

 

 

 立ち入り禁止の札を下げたロープが張り巡らされている。警官らしき人が所在無さげに、木陰の下にいた。野次馬も既におらず、手前の道を行く車も速度を落とす事無く通り過ぎていく。

 しかし、爆発したという車も、壊れた充電スタンドもそのままになっているので、事故の調査はまだ途中なのだろう。ノンナは自転車のブレーキをかけ、サドルから降りた。木陰にいた警官が、面倒くさそうな顔をして手を振っている。あっちに行けというジェスチャーだ。

 クレトに自転車を任せると、ノンナはその背格好からすると不釣合いなアタッシェケースを下げて木陰の警官に近付く。警官の面倒くさそうな顔が、怪訝なものに変った。

「プラントより派遣された行政官のノンナ・ルルーと申します。アルダブラ島引渡条約第七章第三項・・・・・・」

 彼女はスラスラと条文を読み上げ、警官にその写しを手渡す。目を白黒させている警官を尻目に、彼女はロープの内側に入った。クレトが、襟元をパタパタさせながら寄って来る。

「俺までスーツの必要なかったんじゃねぇの」

「大事よ、格好って」

 本当はザフトの制服を着てくれば良かったのだが、あの格好で南の島をサイクリングするのは流石に滑稽この上ない。クレトはラフな私服で行きたがったのだが、ノンナはそれを許さなかった。

 プラントの難関試験を通ったとはいえ、ノンナはまだ13歳である。プラントでもレクイエム戦役前までは成人ではなかった歳だ。人口減少に伴い、成人として認められる年齢が特別な要件を満たす場合に限り引き下げられたのだが、プラントでも反対の声は根強い。

 歳相応の顔付きに、少し低い背と相まって、普通の人が見ればノンナは子供であった。せめて大人のような格好をしなければ、相手も困るだろうというのが彼女の考えである。もっとも、そのような自分の姿がコスプレめいている事は、彼女自身自覚している。

 ノンナは、原型を留めないほどに壊れた車に近付く。その周りを一周して、彼女はクレトに尋ねた。

「臭い、分かったりする?」

 唐突な問いに、彼はその質問の意味が分からないようだった。おそらくこの車は、爆発物によって破壊されたものだろう。火薬の臭いが残っていればより確信が持てるので、クレトに聞いてみたのだ。

 内燃機関でない車が爆発する事は珍しく、この手の自動車に搭載されている電池は爆発というより発火する可能性の方が高い。それが爆発したのであれば、爆破を疑うのが普通であろう。ノンナは車の横の充電機に目を向ける。

 爆風で根元から大きく傾いているが、目を引くのが全体に付いた傷である。大小様々な穴が無数に開いているのだ。殺傷能力を高めるために金属片を封入した爆発物、手製爆弾としては常識ともいえる古典的方法だ。この件に関する続報が無いのは、捜査当局がこの件を事故ではなく事件として扱い、報道を制限しているからだろう。クレトが声をひそめて聞いた。

「・・・・・・テロ、ってことか?」

「だとしたら間抜けだけどね」

 爆発が起きたのは夜明け前、誰もいない町外れのセルフ充電スタンドでの爆弾テロを起こしたのだろうか。近所の人の安眠を妨害するにしては、ずいぶんと大掛かりである。

 これをどう報告したものかと、ノンナは腕を組む。ヤルミラの危惧が当たっている可能性は高い。だが彼女がそれを連合の陰謀として、即座に対決姿勢に持ち込む危険性も高いのだ。

 後ろで車のブレーキ音がして振り向く。大型のトラックが二台、現場の正面に停まった。

「プラントの方ですね」

 木陰の警官と話していた男性が近づいてくる。連合の制服をピシッと着込んだ男性が、制帽を取って丁寧な挨拶をした。

「連合軍のナワン・ケーターです。ノンナ・ルルー行政官と、クレト・スタイナー護衛官ですね」

 どちらも、会合の場で二三度会っているのだが、ナワンは改めて握手を求める。そして大型トラックに乗っていた兵士に、作業を開始するよう指示を出した。爆発した自動車と破壊された充電スタンドを回収し、基地で詳しい分析作業を行うのだという。

 警察が扱う事件よりもさらに大きな事件の可能性があると、連合軍が考えているというのだろうか。ノンナのその指摘に、ナワンは断言は出来ないと答えた。

 

 

 

 入り口ゲートの警備兵に軽く投げキッスをして、キャロラはスクーターを基地内に乗り入れた。ドゥルの整備のために、MS用格納庫を貸してもらうのだ。連合の規格とザフトの規格とでは色々と異なる点も多く、それほど使いやすいわけではないのだが、露天で高所作業車に乗るよりよほど楽だ。

 島の大きさに見合った小さな基地で、MS等の大型兵器の運用はあまり考えられていないのだろう。もともといた海軍の部隊は歩兵が主で、戦車の配備もないそうだ。本隊が到着した後、この基地をそのまま使う予定になっているのだが、結構な改修が必要になりそうだ。

 腕時計をチラリと見る。そろそろドゥルが来てもいい時間なのだがと、キャロラは手をかざして空を見上げた。

「何者か! 停まれ!!」

 慌てて掛けたブレーキに、スクーターのタイヤが盛大な音を立てる。銃を構えた兵士達が数人、緊張感を湛えたまま近寄ってきた。キャロラは努めて冷静な声で名乗る。

「ザフトのキャロラ・シマです。基地施設を貸していただく約束で・・・・・・」

「スクーターから降りて、両手を頭の後ろで組め!!」

 彼女とてザフトの人間であり、軍人がいかなるものであるかは理解しているつもりだ。だが、自分自身を敵と認識する者から、明白な殺意をもって銃口を向けられたのはこれが初めてだった。恐怖で身がすくむのを体験する。

 声も出ず、体も動かない。何かを考えているはずなのだが、頭には何も浮かばない。再び兵士の怒声が飛び、キャロラはようやく恐怖を恐怖として認識した。今度は体が震え出し、動かしているはずの体が上手く動かない。

 スクーターのスタンドを上手くだせずに、道の上に横倒しにしてしまう。

「お前ら! 何してやがるんだよ!」

 別の方から声がして、また数名の兵士が駆けて来る。彼らは銃を持っていなかったが、キャロラを庇うようにその周りを囲む。銃を構えていた兵士達は流石に銃口を下に向けるが、それでもキャロラに対する警戒は解いていなかった。

「侵入者に対する正当な・・・・・・」

「ザフトの整備員さんだろ! 見て分かんねぇかよ!」

「分かるか! 何でザフトが基地に入り込む!」

「手前らが持ち腐れてるMS倉庫を有効活用してくれるんだよ!」

「貴様ぁ!」

 言い争いの声はだんだんと大きくなり、集まってくる兵士の数も増えてきた。二組の兵士の集団が一触即発の事態となったその時、飛び交う怒号を切り裂くような鋭い声が響く。

 その声の主の階級が高いのだろう事は、集まっている兵士達の様子で分かる。静かになった兵士達が道を開けた。未だ動揺の収まらないキャロラの前に、背の高い男性が立っている。

「アルダブラ島基地防衛隊のソモ・ラマ大尉だ。部下がご迷惑をお掛けした」

 その言葉に不満げな海軍の兵士達を解散させ、キャロラを庇うために集まった連合の兵士達も解散させる。キャロラが辛うじて搾り出したお礼の言葉を、ソモ・ラマは厳しい顔で受ける。

「こちらは迷惑を掛けた側だが、そちらももう少し慎重な行動を心がけて欲しい」

「すみません・・・・・・」

「町ではテロも起きている、あなた方は狙われる側の人間なのだから」

 うつむくキャロラに、ソモ・ラマはため息をつく。そして格納庫まで案内すると、先に立って歩き出した。

 

 

 

 会合に使われている部屋の隣に控え室をもらい、休憩時はそこで資料の整理などをする。バルナバは持ち込んだパソコンとプリンターで、文書を作っていた。用意されていた茶菓子の甘さを噛み締めながら、ヘルミはソファの背もたれに体重を預ける。

 別に体が疲れる仕事ではないのだが、気疲れが溜まっていた。警備会社から派遣されたボディーガードの指揮を行うように言われているのだが、具体的に何をやればいいか全く分からない。襲撃予告があったわけでも、実際に事件が起きたわけでもないのだ。

 派遣されてきた人達は、自分達の仕事はクライアントに安心と満足を与える事だ、などと言っていた。ヤルミラは何をしたいのだろうか。

「ジーノ隊長は、何があると考えているんですか?」

 島の行政職員も、連合軍の関係者も、極めて友好的な態度を見せてくれている。町の様子は平和そのもので、悪い雰囲気は感じない。ザフトに入隊してから十年あまり、警備畑一筋のヘルミとしては、警戒心を喚起するような相手はいないと感じている。

 ヤルミラが有能である事は確かだろうし、この任務に対する真摯さも間違いはない。しかしその方向性は、少しずれているのではないだろうか。

「何かあってからでは遅いでしょう」

 ほとんど牛乳色になったコーヒーを口にしながら、ヤルミラは言う。警備局に提出させた資料を見れば、コーディネーターを標的にしたテロが発生している事は明らかである。犯人が検挙された事件も、その背後関係は不明なままであり、抜本的な対策には程遠いといえた。

 プラントからコーディネーターがやって来たというのは、テロリストにとっては絶好の機会だと考えるのが普通だ。しかもザフト本隊がやってくれば、テロを実行する機会は減る。少人数しかいない自分達が狙われると考えるべきであろう。

「だったらなおの事、連合の部隊との連携を図るべきでしょう」

 プリンターの配線を確かめながらバルナバが口を挟んだ。わずか七人しかいない自分達に出来る事など限られている。引渡完了まで、島の治安維持その他は連合が責任を持つ事になっているのだ。

 この島にやって来た日から、連合の部隊がこちらに協力的だという事は分かっていた。わざわざ警備会社からボディーガードを雇う必要があるのだろうか。向こうも口には出さないが、良い気分ではないはずだ。

 警戒心そのものを悪いとは言わないが、プラントと連合、コーディネーターとナチュラルという枠組みにこだわりすぎではないだろうか。バルナバは、プリントアウトされた文書の枚数を数える。

「ナチュ・・・・・・連合を信用しすぎるべきでは」

 ない、ヤルミラがそう言う前にドアがノックされた。ヘルミが立ち上がりドアを開ける。ボディーガードの一人が、ヤルミラを呼んでいた。警備会社の方から、電話がかかってきたという。

 彼女が控え室を出て行くと、バルナバはそっと息を吐き出す。ヘルミと視線を合わせると、互いに苦笑いを浮かべた。

「実際、ありうるのかブルコスのテロとか」

「絶対を口にするほど無責任ではないわ」

 それでも、連合とブルーコスモスが結託して何かを仕掛けるとは考えられない。その組織が地下に潜りながらも命脈を保ち、反コーディネーターの活動を行っているのは確かだが、それは連合にとっても取締りの対象だ。連合=ブルーコスモスなどという図式は、とうの昔に終わっている。

 連合をも標的としたテロであれば可能性もあるが、それこそ自分達があれこれ考える問題ではない。連合がきちんと対処すべき問題に、ザフトが下手な手出しをすれば余計に混乱が生じる。

 本来であれば連合との情報交換を密に行い、何かが起こった場合は迅速に連合が自分達を保護できるような体制を整えておくべきであろう。向こうの司令官も、そういう話題に入りたがっていると思うのだがと、バルナバはつぶやく。

 それに、今朝ノンナが話していたのは、組織的なテロではなく、極めて突発的な個人によるテロの可能性だった。町中での手製爆弾攻撃や、人ごみでの銃の乱射など、やり方はいくらでも考えられた。

 

 

 

 連合の部隊が自動車と充電スタンドの回収を終える。回収用のトラックしか回してこなかったため、ノンナ達二人を宿舎まで送る事はできなかった。ナワンは心配してくれたが、あまり大事にもしたくなかった。プラントが、連合とこの島の人達を信頼していると、堂々と示さなくてはならないのだ。

 走り去るトラックに手を振っていたノンナを促し、クレトは自転車に跨る。昼は過ぎてしまったが、宿舎まで我慢だ。昼食は、朝のうちに準備してしまっている。食べてしまわなくてはもったいない。

「いい人だったね、ケーターさん」

「そうか?」

「そうだよ、それに連合の司令官さんより頭も良さそう」

 先ほどから、ノンナはしきりに連合のナワン・ケーターの事を話していた。爆発事故の状況について双方の見解を交換していたようだが、踏み込んだ部分についてはクレトにも良く分からない話だった。

 ただどちらも、これが事故ではありえないという結論で一致しているようで、事件であるならばどのような事件なのかを考えているようだ。当初の報道以上の事は、連合や警備局の内部でも一部の者にしか知らされていないようで、この件に関しては秘密裏に捜査を進める方針らしい。

 だがノンナが言っているのは、そういう話題についてではないのだろう。クレトは話の内容以上に、ナワンの態度の方に注目していた。

 彼は折り目正しく、ノンナに接していた。名前を呼ぶときはきちんと苗字に役職を付けて呼び、決して敬語を崩す事無く、連合軍の軍人としてプラント行政官に接するという態度を保っていたのだ。彼女を侮ったり嘲ったりする様子は微塵もなく、逆に溢れんばかりの敬意すら感じる態度だった。

 ノンナがプラントの行政官として社会に出て働いている以上、そのような態度で他人から接される事は、本来であれば当然の事である。だがそのプラントであっても、彼女は年の若さや背の低さで人知れず悔しい思いをしてきたのだ。だから彼女が、ナワンの態度に感激するのも当然であった。

 こういうのを目がハートって言うんだろうな、そんな事を思いながらクレトは自転車のブレーキをかけた。

「ちょっと、寄っていいか?」

 町中にある雑貨店、足りない生活用品を買うにしては少しファンシーな店だ。ノンナも慌てて自転車を止める。

「何買うの?」

「ほら、エルシェが髪まとめるのに使ってるパチッて留めるやつ」

 持っていたのが壊れたので、外に出るついでに買っておいてと頼まれたのだと、クレトは店内を見回す。入り慣れない店は、何がどこにあるか全く見当がつかない。ノンナがヘアアクセサリーのコーナーを探し出してくれた。

 ついでにしてはずいぶんと時間をかけて、クレトはバレッタを選ぶ。色とりどりの小さな貝殻をいくつもあしらったそれを、レジに持っていく。プレゼント用のラッピングを断ったクレトは、領収書をもらわずに店を出た。

 

 

 

 ダガーの誘導に従って、MS格納庫からドゥルを移動させる。通信を開いてナレインに礼を言うと、通信用のワイヤーを回収する。サブシートに身を沈めているキャロラを横目で確認すると、エルシェはドゥルを変形させて離陸する。

 キャロラが乗ってきたスクーターは、武器格納庫に載せてワイヤーで固定していた。乗って帰れとは言えない雰囲気だったのだ。普段うるさいくらいのキャロラがしおれていると、何となく調子が出ない。

「いや、うちらも軽率って言われれば、その通り・・・・・・」

「だからって私悪くなくない?」

 MS格納庫の使用許可をもらい、手続きを踏んで基地に入った。銃を突きつけられる理由があるとすれば、それは彼女がコーディネーターだからであり、ザフトだからに他ならない。そしてそれは理不尽でしかない。

 しばらくの間、基地で受けた仕打ちをまくし立て続けるキャロラの声に閉口しながら、エルシェは機体を着陸態勢にする。サブシートから身を乗り出しているキャロラにちゃんと座るように言うと、細かく逆噴射を繰り返して機体のスピードを落とす。

「あれじゃ、ヤルミラの肩も持ちたくなるわ」

「キャロラに絡んだのって海軍の部隊でしょ? あれ、連合と違うらしいよ」

 島に来る前に一応のレクチャーを受けたはずだが、連合の内部政治に関する話題なので気にも留めていなかった。しかしナレインの話によると、どうも連合の部隊と赤道連合海軍の部隊には確執というか軋轢があるらしい。

 そのとばっちりを受けたのではないかとキャロラに言うと、なおの事理不尽だと怒る。それはもっともな話なので、エルシェもそれ以上は言わなかった。軽い衝撃と共にドゥルが着地し、腹部にあるコクピットハッチの前にマニュピレーターが差し出される。まだ言い足りないという感じのキャロラに、今日の報告書の文面を考えておけと言った。

「せっかく仲良くなれそうだったのにな・・・・・・」

 ナレインにお礼という形でデートのお誘いを、などと考えていたエルシェは一人ぼやく。何にせよテロが発生したとなれば、自分達の行動も大きく制限される事になるだろう。本隊到着まで、宿舎から出られなくなってもおかしくはない。

 ドゥルの起動システムを生体認証方式に変更し、ハッチのロックを前線仕様にする。関節部のセンサーはオートに設定し、爆発物などの取り付けを自動で感知するようにしておいた。何か異常が生じれば、モノアイが点灯する。

 スクーターを下ろし終えたキャロラが、早くしろと手を振っていた。航空機形態のドゥルから下りると、エルシェはヘルメットを脱いだ。大きく広がるくせっ毛を手で押さえ、バレッタで留める。




 次回は、六日に掲載する予定です。

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