大海原の小さな島 ~アルダブラ島奮戦記~   作:VSBR

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十三話 長い夜

 うねる水面が波を生み、池の水が砂浜を一気に駆け上がってきた。アンシェラが驚いて身を起こすと、ずぶ濡れになったナレインも跳ね起きて激しく咳き込む。鼻で水を吸い込んで、頭の奥まで痛い。彼は思い切り鼻を鳴らすと、悪態の一つでもついてやろうかと思う。

 しかし、アンシェラの表情の先に視線を向けると、ナレインのそんな考えは簡単に吹き飛んでしまった。砂浜が造られている場所の向かい側、池の一番深いあたりから、巨大な人影が浮かび上がってきたのだ。

 その巨体から降り落ちる水は水面を叩き、滝のような音が暗闇に響いた。薄暗いシルエットの中で両の目が光る。MSがセンサーを起動させたのだ。

「っ・・・・・・かはっ」

 喉の奥の驚愕を無理矢理に吐き出し、ナレインは自分の見ている物を正確に認識しようとする。それがMSである事、あんな場所にMSを置いてはいない事、それが正体不明機であり敵である可能性が極めて高いという事、そして自分達が安全な場所にいないという事をようやく把握する。

 おそらくナレインより早く衝撃から立ち直ったであろうアンシェラは、それでも彼が腕を取るまでその場を動こうとはしなかった。彼女が何を思っているかは分からずじまいだが、この夜の諸々の出来事はこれで綺麗に吹き飛んでしまうだろう、彼は彼女の手を引いて走りながらそう思う。

 今は彼女を連れて無事に基地までたどり着く方法だけを考えればいい。ナレインは、砂浜に近付いてくる人達に高台の避難場所に向かうよう指示しながら走った。

「MSのカメラは、良く見えるものなのだな」

 コクピットの中のソモ・ラマは、夜陰に紛れての襲撃などMSには無駄だったのだと実感する。センサーの死角は存在するが、近づいてくる人間を見逃すようなものではない。メインモニターに映るのは、突如現れたMSに驚く人々の姿だ。それほど多くはないが、大きな音に気付いて見に来た人達がいるようだ。

 その人達が、ゆっくりと高台への道に流れていく様子が見えた。軍人である彼に、非戦闘員を標的にする理由はない。ソモはセンサーを基地の方に向ける。もっとも、ここからでは状況の確認は出来ない。時計だけが、計画の開始を告げていた。

 ブルーコスモスの計画ではまず、市街地でテロを起こし連合の兵士を基地から引き離す事になっていた。同時に基地に潜入した部隊がザフトの目を引きつけ、その上で宿舎から出撃した部隊が基地に突入し敵MSを排除。さらに沖合いで待機していた潜水艦からの攻撃で港のザフト艦を沈め、MSで基地の破壊とザフトの掃討を行う。

 その全てが上手く行くとは、ソモも思ってはいなかった。だが、計画の要であるMSの起動に成功した時点で、計画の半分は成功したと考えていいだろう。

「港の方は上手くいっているのか?」

 音響センサーが捉えた爆発音は、港の方角とは異なる場所からのものであった。ザフトの潜水艦が港を出ていた場合、このMSで水中戦を行わなくてはならない。スペック上は可能だという話だが、パイロットの技量なども勘案すれば期待は出来そうにない。

 ソモは小さく舌打ちをして、ペダルを踏む。MSがゆっくりと前進をはじめ、逃げずに見物していた野次馬たちが、一斉に高台へと走っていく姿がモニターに映った。

 

 

 

 アルダブラ島で発生した同時多発テロ、それに最も早く気付き対応したのは海洋警備局であった。海洋警備局ではザフト本隊が到着する直前から、船籍不明の潜水艦が周辺海域に出没している可能性が取り沙汰されており、海底にソナーを増設するなどの対応を進めていたのだ。

 そのため、港への攻撃のために移動を始めたブルーコスモスの潜水艦は攻撃の直前にその姿を捕捉された。海洋警備局の巡視船とMS駆逐艇が急行し、戦闘が開始される。

 しかし海洋警備局の装備に本格的な対潜水艦用の兵器はなく、MS駆逐艇のミサイルもごく浅い海中にしか進まない仕様となっている。そのため戦闘といっても、潜水艦の位置を捕捉し続け、その浮上を阻止するように船を動かしていくという地味なものであった。

「海底のソナーからピンガー打ちまくってんだ、絶対に逃げらんねぇよ」

「でも確保するにしても沈めるにしても、ザフトの協力は必要です」

 港にある海洋警備局の本部では敵潜水艦の位置を把握し、それをレーザー通信で艦艇へと伝え続けていた。ザフトの出撃を求めるかどうかで、詰めの協議を行っているようだが、そんな事は事前に決めておいて欲しいものだというのが現場の一致した意見である。

 その上、ザフトの基地との連絡がつかないのだ。電話は通じているのだが対応が遅く、その上ちくはぐであった。潜水艦には直接連絡員を送ったのだが、艦長は基地の方で会議を行っているらしい。

「・・・・・・!? 何か、聞こえた」

 ソナーを聞いていた職員が、周りの話し声を制して耳を澄ます。しかし、その音が何か判明するより早く、その音の正体が海面に姿を現す。本部施設の窓から、打ち上げられたミサイルが見える。

 対地ミサイルを海中から発射できるように、輸送潜水艦を改造していたのだ。移動する潜水艦から、標的が見えない状態で発射される、水中発射の無誘導ミサイル。命中を云々できる代物ではない。

 だが市街地に着弾すれば、その被害は計り知れない。巡視船とMS駆逐艇に搭載された機関砲が、大慌てで火を噴き出していく。

 ミサイルは次々と打ち上げられていった。あるものは水面からの離脱に失敗して爆発し、またあるものは陸とは逆方向に飛んでいく。巡視船の機関砲がミサイルを撃ち落した。しかし、ミサイルの精度の悪さを笑う余裕はない。ラッキーパンチの一発も、許されない立場なのだから。

 裏を返せば、ブルーコスモスの側は搭載されているミサイルの内、一つでも島に打撃を与えられれば良いのだ。そしてブルーコスモスは、ミサイルの精度の悪さを上回る、運の良さを持っていた。

 一発のミサイルは港の突堤に命中し、ガレキで出入り口を封鎖する事が出来た。もう一発のミサイルは機関砲によって方向舵を失いながらも、基地の滑走路に着弾した。

 

 

 

 市街地で発生した爆弾テロ及び、テロリストによる立て篭もり事件の混乱が住民のパニックを引き起こさなかったのは、連合の兵士が展開していた事に因るところが大きい。しかし、二度三度と街の外から聞こえてくる爆発音は、住民の動揺を大きくするものであった。

 ナワンの元には、各部隊からの連絡員が次々と情報を持ってくるのだが、完全に情報が錯綜している。基地にテロリストが侵入したとの情報や、謎のMSが出現したという住民の通報など、何が正しくてどれが優先すべき情報かが全く分からない。

 その上、島全体で電話が通じにくくなっていた。テロリストが現在立てこもっているのは、電話局の建物なのだ。

「中佐は基地に急行・・・・・・こっちは、何とかなるのか」

 テロリストの全容が分からない以上、立てこもり現場にだけ兵士を張り付かせるわけには行かない。時限爆弾の爆発現場では警備局と消防隊による検証作業が続けられており、そこの警備も必要になる。海からのミサイル攻撃が行われているという情報が確かなら、住民を市街地から避難させる必要もあるだろう。

「街の人への避難勧告を先に出しましょう」

 額を押さえるナワンの隣で、ノンナが言った。彼女の顔は蒼白だが、声はしっかりしている。基地から迎えの車が回されてきたものの、彼女はナワンのいる詰め所に留まり一緒に情報の整理を行っていたのだ。

 彼女は迎えの車に、市街地に来ていたザフトの隊員を集めさせてもいた。外出には申請が必要であるため、提出された申請書の内容を覚えていれば、誰がどこにいるかの目星はつく。

 そうやって集めたザフトの隊員を、住民の避難誘導に協力させたいとノンナは提案する。状況が不明な以上、基地に戻る事も危険だと考えたからだ。

「遊びに来ていただけで装備もないですけど、頭数くらいにならなります」

 ナワンは、その申し出を了承した。役場に連絡員を回し、津波災害に準じた避難警報を出すよう要請する。池を迂回して、北側の高台にある避難場所へ向かうのだ。ノンナは避難警報の文章に一文を追加するよう、役場の職員への伝言を頼んだ。

「電話が使えないのは大きいな」

 ナワンが再びぼやく。しかし電話局に立てこもるというのは、ブルーコスモスの当初計画にはなかったのだ。彼らは連合の兵士が市街地に展開している事を予想してはおらず、あくまでも自分達のタイミングでテロを起こす計画であった。

 連合の兵士が市街地の各所でパトロールを開始したため、人の多い繁華街での銃乱射や自爆テロが実行できなかった。そのまま追い詰められるように、週末の夜は人通りの少なくなるオフィス街で、爆弾テロと立てこもり事件を起こす事となったのだ。電話局に立てこもっているのは、まったくの偶然である。

「畜生が! 何で、連合の兵士が出張ってやがったんだ!」

「基地のザフト兵は全く釣り出せていないだろうな」

「いいさ、あとはMSが何とかしてくれる」

 外壁の一部が大きく崩れた電話局の建物の中で、テロリスト達が外の様子を窺いながら話す。表の道には、装甲車両と完全武装の兵士達が集まっており、近くのビルには狙撃銃を持った兵士がこれ見よがしに待機している。

 不意に、防災スピーカーからの放送が始まった。住民への避難勧告だ。

『こちらはアルダブラ島防災放送です。現在、島の各地でブルーコスモスによる、無差別テロ攻撃が発生しています。島民の皆さん、津波避難マニュアルに従って、速やかに高台に避難して下さい。訓練を思い出し、警備局や連合軍、青い腕章を付けたザフトの隊員の指示に従って、速やかに避難して下さい。繰り返します・・・・・・』

 

 

 

 シティ・ハルティナが先導する基地潜入隊の役割は、海軍部隊本隊の基地突入を側面支援する事であった。ザフトの兵舎に入り込み、警備等の目を引き付けるのが役割である。十名足らずの人数で本隊が到着するまで時間を稼がなくてはならないのだ。

 街の方でテロを起こし連合の兵士をそちらに向かわせる作戦も遂行されているはずなのだが、基地に大きな動きは見えない。多勢に無勢の状況が変わらないのならば、早期により有利な体勢を築かなくてはならなかった。

「プランCだ! 敵はもう動いてるぞ!」

 潜入隊のリーダーが声を上げる。ザフトの兵舎では、ベルやサイレンが鳴り響いていた。連合とザフトの敷地境界のゲートで歩哨の目をごまかし損ねたが、その速やかな排除には成功したはずである。それにもかかわらず、ザフトの対応は早かった。

 シティの確保に失敗した連合が次の対応を準備していた事、排除したはずの歩哨から連合の兵舎に速やかに連絡が届いた事が、ザフトの素早い対応に繋がっていた。連合とザフトの間の連絡体制はきちんと構築されているのだ。

 潜入隊が、兵舎のドアを蹴破って中に入った。機関拳銃の軽い連射音とガラスの割れる音が響き、悲鳴と怒声が交錯する。反撃の自動小銃が、兵舎の壁を削りながら潜入隊の行く手を阻む。

 しかし、ザフトにはいくつかの不幸が重なった。ザフトの隊を実質的に指揮していたアンシェラが非番で基地にいなかった事、対テロの選抜部隊が別作戦に従事していた事、そして基地の滑走路にミサイルが着弾した事だ。

 基地全体を震わせるような爆発音はミサイル、少し遅れて二度目の爆発音はその破片が直撃したスカイグラスパーの爆発音だ。ザフトの兵士達に大きな動揺が走った。全体の指揮をとる者がおらず、個々人が場当たり的な対応に終始するため、その動揺は容易に消えない。慌てて滑走路に向かう者や、逆に急いで兵舎へと向かう者、各人がバラバラに動く事によって、逆に各個撃破の隙を潜入隊に与えてしまっていた。

「何がどうなってんだよ!」

「分かんないわよ!」

 ディンのコクピットの中でクレトが怒鳴るように言う。接触回線のケーブルの先には、人型に変形したドゥルが立っていた。サブモニターには、不安げな顔のエルシェがいる。

 兵舎にサイレンが鳴ると同時に、二人は緊急時のマニュアルに従ってMSに乗り込み格納庫から機体を出した。しかし状況が全く掴めず、また出撃命令が出ていない以上、MSを基地から動かすわけにもいかなかった。

 せめてミサイルの迎撃ができれば良かったのだが、ミサイルは推進部分の噴射を使い切り真上から弾頭のみが落下してくる形であったため、熱紋センサーが感知した時には迎撃できる状態ではなかったのだ。ミサイルに気付いた時には、退避行動を取るしかなかった。機体を屈ませ、まだ滑走路に残っていた兵士に爆風や破片が当たらないようにしたくらいだ。

 クレトはコクピットのスイッチを操作し、機体のセンサーを色々と切り替えていく。機体に乗り込むとき、兵舎に侵入者があったという話だけは聞いた。それが今どのようになっているのか、少しでも状況を確認したい。

「お姉ちゃん、今日は昼から非番なんだよなぁ・・・・・・」

「基地の外に行ってる奴らも、いるのか」

 少し考えて、クレトはサブモニターにマニュアルを呼び出す。そしてディンから信号弾が打ち出された。母艦が攻撃を受けている事を示す信号と、MS全機の帰投を命じる信号だ。ザフトの者になら、その意味するところは十分に伝わるはずだ。

 

 

 

 Nジャマーは今日も濃く、MSの無線機から聞こえてくるのも雑音ばかりだ。ソモ・ラマは周囲を警戒しながら、機体を歩かせている。この時間帯であれば、港への道を使う者も少ない。

 港の方で爆発音が聞こえたという事は、潜水艦からの攻撃が行われている事を示しているが、それが一回しか聞こえなかったという事は、計画が十分に遂行できていないという事だろう。基地から打ち上げられた信号弾は読み取れなかった。そのためザフトが打ち上げた事だけは分かるが、自分にとって良い情報なのか悪い情報なのかまでは分からない。

 MSでの戦闘とは孤独なものなのだなと、ソモは一言つぶやいて手足に力を込めた。彼の操るMSが、スラスターを吹かせてジャンプする。港の倉庫を飛び越え、敵艦の位置を確認した。機体は、その特徴的な両肩を広げると、内蔵されたビームを発射する。海面にぶつかったビームは派手に爆発し、大量の水が巻き上がった。

 彼の乗る機体は、ザフトが開発しブルーコスモスが強奪したセカンドステージシリーズのうちの一機・アビスのデッドコピーである。この機体を島に運び込んだ技術者は、デプスと呼んでいた。

 両肩のシールド内側に三連装ビーム砲、シールドの両脇には80mm機関砲が二門、背部に可動式連装リニアガンを装備している。変形して水中での活動も可能というふれこみであるが、ソモ自身にそこまでこなす自信はない。そのため、敵を海中に逃がすつもりもなかった。

 ミサイルが突堤に着弾した事により、港に停泊していたザフトの潜水輸送艦は海への出入り口を塞がれている。そのため潜水艦に搭載されていた二機のジンワスプは、ガレキの撤去作業を行っていた。突如現れたMSの姿に、ジンワスプが無表情のまま驚愕している。

 デプスは再度ビームを発射するが、水飛沫と水蒸気の中でビームは簡単に減衰してしまう。ソモは舌打ちをした。リニアガンと機関砲を前方に向けた瞬間、足元が爆発する。

「慣れん!!」

 ソモはそう叫んで、機体を後ろに飛び退かせた。

 ガレキの撤去作業を中断したジンワスプが一機、銃を構えながら突進してくる。銛撃ち銃から発射される炸薬付きの銛が、デプスの脇を掠めるように飛び、背後の倉庫に突き刺さって爆発した。敵潜水艦は港の中ほどまで進んで可能な限り艦体を水中に隠し、大量の海水を噴水のように振りまきながらビーム避けの幕にしている。

 MSによる奇襲のはずが、敵も体勢を立て直すのが早い。港へのミサイル攻撃があった時点で、このような可能性を考慮していたという事だろう。ソモはレバーを押し込む。潜水艦を狙うには、まずMSを排除しなければならない。

 ジンワスプの左腕から、収納されていた爪が展開される。接近戦用の特殊装備だ。繰り出された綺麗な左ストレートを、デプスは肩のシールドで受け流した。その勢いを殺さず当て身を仕掛けきたジンワスプを、デプスは足元のアスファルトを抉りながら受け止める。

 左のシールドを展開し内蔵ビームをジンワスプに向けるが、腹部をしたたかに蹴られて距離を離される。激しく揺れるコクピットの中で、ソモは機体の大きさをようやく把握する。

「こいつの間合いは・・・・・・こうか」

 デプスはスラスターを吹かして、一気に距離を詰める。武装を考えれば近距離で戦うべき機体ではないのかもしれない。だが、ソモが敵に攻撃を当てられると確信の持てる距離は、もっと近いのだ。

 機体をわずかに屈めて銛をかわす。ジンワスプが爪を振りかぶってデプスの突進に備えた瞬間、ソモはペダルを踏み込んでデプスに急制動をかけた。猛烈な慣性重力を全身に感じながら、ジンワスプの間合いより一歩外側にいる事を確認する。

 ジンワスプがその一歩を踏み込んできた時には、デプスの四門の機関砲が砲口をそろえて火を吹いていた。全身を痙攣させるように跳ね上がったジンワスプは、派手な音を立てて地面に倒れる。

 

 

 

 ザフトの対テロ選抜隊が基地に戻って来られたのは、信号弾のおかげだった。住宅街を走っている時に防災放送が聞こえたのだが、ヤルミラはそれを島の役所の避難訓練だとして無視しようとした。信号弾に対しても、その不自然さを言い募っていたのだが、運用マニュアルを盾に黙らせた。代わりにハンドルを握ったヘルミが急ブレーキをかけると、車は車体を横滑りさせて停車する。

 しかし、そうやって基地に戻ってきた車に対して、何らかの反応を見せる隊員は少ない。ザフトの兵舎にいたほとんどの隊員は、建物を取り囲むようにして中の様子を窺っている。

 ヘルミはディンとドゥルに懐中電灯を振った。マイクで音が拾えるよう、大きな声でゆっくりと話す。

「状況を知りたいんだけど、ルシエンテス副長は!?」

「基地の外です、運悪く外出中でした」

「隊長は? 今、指揮を執ってるのは誰?」

「隊長は、人質になっています。私達も、指示を出すのが誰か分からなくて何も出来ないんです!」

 MSのスピーカーから聞こえてきた答えに、ヘルミは頭を抱える。階級や役職にとらわれない柔軟な組織運営。能動的に何かを仕掛ける場合にはメリットもあるが、受身に回るとこの有様だ。彼女はMSのスピーカーで、ヤルミラが戻ってきた事と全ての指揮を彼女が執る事を伝えるように頼む。

 選抜隊のメンバー、特にカーペンタリアからの補充要員としてやって来た者は、このような状況にも慣れているのだろう。率先して情報の収集と、統制の取れていない隊員達の取りまとめに回ってくれる。ヘルミはヤルミラを伴って、格納庫に隣の建物に向かった。

 どうやら、兵舎最上階がテロリストに占拠され、ラケル隊長と数人の隊員が人質になっているらしい。最上階に通じる階段の一つは完全に潰され、もう一方の階段での睨み合いになっているらしい。ひとまず、テロリストと睨み合っている隊員達は後退させた。

 建物の一室に臨時の司令部を作り、情報伝達や指揮命令の系統を構築する。隊員のプロフィールを顔写真ごと丸暗記しているヤルミラは個人単位で役割を割り振り、バラバラだった部隊をなんとか組織に纏め上げた。生き生きしているヤルミラの表情を不謹慎だと感じつつ、今は彼女の能力が頼りだとヘルミは思う。

 用意されたホワイトボードに次々と情報が書き込まれていく中、隊員の一人が来訪者の名を告げた。

「連合のニッシム・サーカー中佐がお見えです」

「挨拶も前置きもなしにすまない、状況を説明して欲しい」

 若いザフトの兵士に囲まれる居心地の悪さを感じていたニッシムは、見知った顔がいる事にほっとする。ヤルミラが見せた不機嫌そうな顔に、苦笑いで返す。

「説明は、連合の側からしていただきたい!」

「・・・・・・銀髪ちゃん、こっちの質問に答えてくれ。俺も部下が殺されてるんだ」

 普段の会議で聞く間延びしたような話し方とは全く違うニッシムの様子に、ヤルミラは怯む。ヘルミが代わりに、現時点での掴んでいる情報を説明した。ニッシムは火を点けていない代用タバコを咥え、せめて大きく息を吸う。

「テロリストは女性一名を含む九名。人質は五人です。テロリスト側から、何らかの要求や声明が連合に宛てられたりはしていますか?」

「いや。俺も今、こっちに戻ってきたところでね。何はともあれ、その人質の安全が最優先だな」

「人質が生かされていれば、ね」

 ヤルミラは棘を隠さずに言った。ブルーコスモスはコーディネーターの人質など取らないだろうと。そのため彼女としては、速やかに制圧作戦に移りたいのだが、テロリストの自爆や立てこもり場所の爆破などの危険性が高く、二の足を踏んでいるのだ。

 火が点いているかのように代用タバコを吸うニッシムは、ヤルミラの棘を聞き流しながら考える。彼らはテロリストでなく兵士だ、死ぬ覚悟の作戦であったとしても、死ななくてはならない作戦などではないはずだ。自爆などするはずがない。

 何より、ソモ・ラマ本人がそこにいれば説得の余地は十分にある。ザフトが何らかの行動に移る場合は事前に必ず了解を取って欲しいとニッシムが言おうとした時、臨時の司令部に人が駆け込んできた。

 私服姿のアンシェラが肩で息をしながら言う。敵がMSを使用していると。

 

 

 

 基地の入り口でアンシェラと別れ、ナレインは木造兵舎の方に向かう。ほとんどの兵士は島内でそれぞれの作戦に従事しているため、こちらに残っている者は多くないはずだ。しかし、簡易ハンガーにダガーが立てられたままになっているのは、流石に不自然だろう。

 当番のパイロットの顔を思い浮かべながら、彼は兵舎の中に入る。思った以上に人でごった返しているが、多くはザフトの制服を着ていた。まごつくナレインの姿を、親しい整備員が見つけてくれる。

「無事だったのかよ!」

「外にいた。それより、ダガー動かさなくていいのか?」

 パイロットがいなかったんだよと吐き捨てるように言った整備員は、ナレインにパイロットスーツを着るように言う。

 ダガーのコクピットの収まったナレインは、機体のチェックを行いながら状況を聞く。海軍部隊の一部が基地に潜入し、現在ザフトの兵舎に人質を取って立てこもっているという話だった。

 ダガーが動いていなかったのは、当番のパイロット三人が薬物を飲まされていたからだそうだ。胃の洗浄と解毒剤の投与が間に合い一命は取り留めたようだが、当然MSを動かせる状態ではない。

 また、潜入部隊との交戦で怪我をしたザフトの隊員も多数運ばれてきているため、木造の兵舎は野戦病院の様相を呈していた。既に二階の廊下はスペースがなくなりそうである。

「迂回回線がありました、病院に繋がります!」

 リンタンの声に、ヴィヴィアンは作業を中断して電話に向かう。ここでは手に負えない重傷者の搬入を、島の病院に依頼するのだ。

 設備が整い患者の受け入れが可能なのは、市街地にある公立病院と山の手にある私立の診療所の二ヶ所。公立病院は、市街地に出された避難勧告に伴う入院患者の移送作業で、今は患者を受け入れられる状態ではないと返事が来た。診療所からは了解の返事をもらったが、受け入れ可能人数はそれほど多くない。

「入院患者の移送はどれくらいかかります?」

 その作業が終わり次第、公立病院の施設を借りられるよう頼む。ヴィヴィアンはそれに関する手続きをリンタンに任せ、重傷者を移送させるための車両を集めさせる。ザフトの制服を着た隊員が、兵舎を駆け出していった。いつの間にか、ヴィヴィアンがこの場の総責任者になっている。

 ザフトにも当然、医療スタッフは存在するのだが、いかんせん経験が足りなかった。血の臭いとうめき声の中で、その傷の具合を判断し適切な治療を施すには、知識だけでは無理なのだ。事前に修羅場に慣れておく事など出来ない。

 ヴィヴィアンには、ブレイク・ザ・ワールドの被災地支援や、その最中に頻発したテロや襲撃事件への遭遇など、実際の現場に携わった経験がある。車両の準備が整い次第、トリアージのタグに従って重傷者を運び出す準備をするよう指示を出す。

「・・・・・・今さら考えても仕方ない」

 他には聞こえないようにヴィヴィアンがつぶやく。コーディネーターのトリアージについては、彼女も自信があるわけではない。コーディネーターは一般的に、ナチュラルに比べて頑健だとされているが、遺伝子調整の種類によって外傷への耐性には著しい差があるとも言われていた。

 新しい怪我人が運ばれてきた事が知らされ、ヴィヴィアンはそちらに足を向ける。丁度、移送用の車両が兵舎の前に横付けされたところだった。一番最初に運ばれてきた歩哨が、担架に乗せられて兵舎から出てきた。傍らには、両腕を血で固めた女性が付き添っている。

「ラーマンさん、大丈夫だから、病院に行くからね」

 キャロラはずっと、彼への呼びかけを続けていた。

 

 

 

 管制塔からのレーザー通信を受け、モニターを切り替える。管制官から状況を聞きながら、機体各部の最終確認を行う。管制官も十分な情報を持っているわけではないが、ブルーコスモスがMSを使用している事、そのMSが港で交戦している事は確からしい。海洋警備局の本部からも、同様の情報が入っている。

 敵潜水艦からのミサイル攻撃は止まったようだが、潜水艦自体の確保や撃沈は出来ておらず、攻撃が再開される可能性もあった。クレトはエルシェに通信を繋げる。

「ドゥルでの対潜攻撃は出来るか?」

「武器が無いわ。輸送艦にはあるから、着艦できればいいんだけど」

 ザフトの潜水輸送艦は、敵MSの攻撃を避ける体勢になっているだろう。そこに着艦するのは、不可能だと考えていい。とにかく、敵MSを排除しない事には話にならないようだ。

 ディンのセンサーカバーが移動し頭部を覆う。クレトは小さく息を吐くと、気合を入れるように発進を告げた。スラスターが起こした突風に、植樹帯が大きくざわめく。

 変形したドゥルに、ダガーが足を乗せる。接触回線が開かれ、ナレインの声が、コクピットに聞こえた。

「お願いします」

「脚部の固定を確認。エルシェ・ルシエンテス、ドゥル発進!」

 ナレインの乗ったダガーを載せて、ドゥルが滑走路から浮上する。そして、ディンよりも激しい突風を残して、基地を飛び立っていった。

 港まで一飛び。前方のディンが体勢を変えて、エアブレーキを掛けたのが見える。同時に、六条の光が地上から伸びてきた。ディンは両手の銃を地上に向け、ドゥルのウェポンコンテナからはロケット弾が顔を出す。

 その一斉射撃に合わせるように、ダガーがドゥルの背中から飛び出した。シールドを構え、敵MSの動きを見極めるようにしてビームライフルを撃つ。余裕を持った動きでかわされたビームは、岸壁を穿って爆発した。着地したダガーに機関砲がばら撒かれ、シールドが激しい音をたてる。

 岸壁には動かなくなったジンワスプが一機倒れており、突堤にも頭部と右腕部を破壊されたジンワスプの姿が見える。敵MSは、侮れない性能を有しているのだろう。

「潜水艦は港の外に出られたのか・・・・・・?」

 クレトはセンサーの種類を切り替えながら港の様子を窺う。だが、敵MSがリニアガンの砲口を上空に向けたのを見て、頭を切り替える。コクピットでライブラリーに照会しても敵MSの正体は分からないが、その火力がこちらを上回っている事は確実だ。

 リニアガンの弾丸がはるか上空に消えていくのを無視し、クレトはディンを急降下させた。マシンガンの連射音に、ショットガンの鈍い音が混ざる。銃撃を回避する軽快なバックステップを見せた敵MSの足元を、ドゥルのロケット弾が襲った。頭上を抑えるディンとドゥルに、敵の注意が向く。

 その隙を狙って、ダガーがシールドを構えて突進した。ビームライフルの銃口で敵の動きを牽制し、距離を詰めて敵MSにとって有利な間合いの内側に入り込む。シールドの裏側でビームサーベルを握り、そのままシールドごと左腕を振るってサーベルを伸ばした。

 激しい閃光がモニターを満たす。

「内蔵式か!」

 ナレインは叫ぶと同時にスラスターを吹かした。ばら撒かれた機関砲を寸でのところで回避し、大きく息をつく。敵MSの特徴的に肩部シールドの先端からは、短いビームサーベルが発振されていた。




 次回は、19日に掲載します。

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