魔法少女リリカルなのは×銀魂~侍と魔法少女~   作:黒龍

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時間設定で平日でも朝投稿に変えてみました。


第三十六話:勘違いと教育もほどほどに

 フェイトの拠点であるマンション。

 

「ふ~……結構の鬱憤が出たもんだぜ」

 

 トイレで鬱憤と言う名の吐しゃ物を思う存分吐き出した銀時はまた祝いの席に戻ろうとする。

 

「まぁ、俺もはしゃぎ過ぎていきなりリバースしちまったが、まだまだ宵の口だ。ガンガン飲んで食おうじゃねぇか」

 

 どうやらこの銀髪には吐くまで飲んだら充分だという考えはないらしい。それにこのままガンガンいったら明日は頭がガンガンすることも頭の片隅にもないようだ。

 椅子に座り直した時、銀時は違和感に気づく。

 

「ん? どうしたよ、フェイト。黙りこくって」

 

 何故だか、フェイトが俯き、一言も喋らなくなっている。しかもほんのり顔が赤いように見えるのは気のせいだろうか。

 

 ――まさか……。

 

 銀時は嫌な予感を覚えてフェイトに声を掛けようとする。

 

「ちょっ、お前どうし――」

「銀時……」

 

 すると銀時の横にはいつの間にかアルフが立っていた。ゆらりと幽鬼のように俯く彼女の頬は赤く染まっている。

 反射的に呼ばれた方に振り向く銀時。すると突如としてガシッと両肩を捕まれ押し倒された。

 

「うおッ!?」

 

 と驚き、そのまま椅子を倒しながら背中を床にぶつけた銀時はうめき声を上げる。

 

「いってェ……!! てっめ、なにしやがる!!」

 

 いきなりのアルフの行動に銀時は露骨に怒った。

 だが、怒鳴られた当のアルフは銀時の両肩を抑えつけたままボーっとした顔で彼の顔を見続ける。

 さすがに様子がおかしいこと気づき始めた。あれ? これって酔ってね? といった具合に。

 

 ――そう言えば、俺があいつらに勧めた飲みモンってノンアルコールだっけ?

 

 もしかして結構酔っていた自分も間違えて彼女たちのコップに酒入れたんじゃないか? と、思い始めた。

 彼女たちの様子がおかしい原因を思い出そうとしていた銀時の頬を、アルフの舌がツーっと舐める。

 

「うおッ!?」

 

 銀時は背筋にぞわっとしたものを感じて声を漏らし、思考は停止してしまう。

 すると次にアルフはすんすんと銀時の匂いを嗅ぎ始めて焦点の定まらない瞳で口を開く。

 

「銀時、あんた……ちょっと臭いね」

「いや、この流れでそれ言う!?」

「なんつうか――オス臭い」

「あ、あぁ……」

「つうわけで、子作りするか♪」

 

 とアルフはニッコリ笑顔。銀時ビックリ仰天。

 

「どういうワケで!? 脈絡もなしになに言いだしてんのこの犬!」

「強いオスとガキつくんのは動物の本能って奴さ。だから交尾しよ♪」

「いや、銀さんもお前みたいな別嬪さんに求められるのはやぶさかではないよ? でも、お前は酔ってるわけだから。これ、酔い覚めたらとんでもねェ後悔するから。つうか、俺は犬にガキ腹ます趣味なんざさすがに持ち合わせてねェから」

「大丈夫大丈夫。天井のシミ数えてる間は痛いはずだから」

「セリフ間違ってる上にどこでそんな言葉覚えたお前!!」

「ぐちぐちうるさい奴だねェ。男ならバシッと決める時に決めないとダメだよ」

「いや、そもそも年端もいかないお前のご主人様の目の前でおっぱじめる気か!? 大人の階段なん段飛ばしさせる気だよおめェ!!」

「ならフェイトも混じっちまえばいいんだよ。フェイトとあたしは一心同体。ならフェイトも合体すれば問題無し」

 

 アルフは胸を張って自信満々の顔。

 

「俺を犯罪者にするつもりかァァァァァァァァッ!!」

 

 銀時はシャウトするがアルフはまったく聞く耳持たない。

 

「そんじゃ、手始めに……」

 

 銀時の叫びも虚しく馬乗りになったアルフは彼の両の頬に手を添えると、顔を近づける。

 まさか異世界に来て犬(狼)とシてしまうと思わなんだ。

 アルフの口があと数センチで銀時の口に届く……

 

「ぐぼろしゃあーッ!!」

 

 前にアルフの口からゲロが大量に発射。銀時の顔は大惨事とあいなった。

 

 

「ん、ん~……」

 

 銀時はゆっくりと瞼を開く。

 体が重い、瞼が重い、頭はづきづき。気分はまさに最悪の一言。これは酒を多量に飲んでから常に思うことの一つ。

 

「いててて……飲み過ぎたなこりゃ……」

 

 銀時は頭抑える。

 何回味わったとしてもこの感覚だけはどうやっても慣れない。それどころか、もう酒なんて飲みたくないとすら思えるほどの後悔の念が生まれる。

 まあ、また飲んじゃうんだけど、とダメな思考をよぎらせた銀時は昨日の酒の席を思い出す。

 

「たく、酷い目にあったぜ……」

 

 犬耳女からの交尾要求からの顔面ゲロアタック。

 一番記憶に残ってしまったモノだが、一番記憶に残したくない思い出の一つとなってしまった。

 

「――ええっと、ゲロぶっかけられてから……どうしたっけ俺……」

 

 銀時は顎に手を当ててなんとか昨日の出来事を思い出そうとする。

 美女のゲロでもゲロはゲロ。とんでもない不快感を感じながら洗面所に直行し、ついでに自分も貰いゲロ(直接的に)。必死に顔を洗浄し、そのまま寝てしまったような気がする……。

 ぼんやりと昨日の思い出を思い出している時に、自分の横でごそっと何かが動くような気配。

 

「ん?」

 

 銀時が横に顔を向ければ、盛り上がった白い掛け布団。

 

「あり?」

 

 銀時は首を傾げる。

 普段自分は和式がいいと言うことで、フェイトに勧められたベットではなくリビングに布団を敷いて寝ている。だが、今自分がいるのはベットの上。

 とはいえ、そんなことは今はどうでもいい。

 問題なのは目の前にある人一人分盛り上がった掛け布団。それを見て目元を覆う銀時。これを見て考えられることは一つ。

 

 ――もしかして、ヤっちゃった? マジで交尾しちゃった? あのままゲロ犬と?

 

 正直自分の予想が正しかったら、これからあの初心(うぶ)な犬耳女とどう接していいか分からなくなる。

 だがヤっちゃったもんは仕方ない。

 もしかしたらあっちは覚えてないかもしれないし、などと淡い身勝手な希望を抱いてしまう銀時。覚悟を決めて掛け布団を少し捲ると、そこには金髪ツインテールの少女の頭が出てくる。

 

「………………」

 

 銀時から大量の冷や汗がドっと出てくる。

 だがそこで、すぐに悪い予想を否定。

 

 ――き、きっと……人肌が恋しくて、自分と一緒に寝て欲しいとかなんとか頼んだに違いない。そうだ、そういうことにしてください!

 

「う、う~ん……」

 

 とフェイトは目を擦りながら、上半身を起こす。掛け布団がずり落ち、彼女の上半身が全裸で登場。

 銀時の顔が絶望一色に変貌。

 

「ぁぁ…………………」

 

 口から声が出たかも定かではない。

 もう完全に希望は砕け散り、社会的絶望が出迎える。

 全裸の女が男の隣で寝ているなんて、どう考えても一発ぶちかました後でしかない。いや、もしかしたら二発か? などとバカなこと考えている場合ではない。

 酔っているからってここまで見境なしだとは思わなかった。とりあえず、昨日の自分を半殺しにしたくなってくる。

 

「ふわぁ~……」

 

 すると左側から欠伸が。

 

 ――えッ!? まだ誰かいんの!?

 

 っというか、この状況で残っている奴なんてあのオレンジ犬しかいないのだが。

 思わず左を振り向くと、欠伸をしながら背筋を伸ばす、四足歩行の動物がいた。

 

 ――最早人間ですらねェェェェェェェッ!!

 

 確かにこっちも全裸だけど!! 毛皮に覆われているけど間違いなく全裸でいいんだろうけども!! せめてあのナイスバディの姿で一夜を過ごさせてくんなかったのォ!?

 まさかのマニアックなプレイ×2を自分がやらかしてしまったことにさらなる後悔が生まれてしまう。

 社会人失格どころ、人間失格になっていようとは。

 

「くッ、くハハハハハ……」

 

 呆れた銀時は手で目を覆い、乾いた笑いしか出ない。

 ここまで自分の業が深いとは。

 情けなさすぎて乾いた笑いを口から漏らし続ける銀時だった。

 

 

 

「「…………」」

 

 朝食の席でフェイトとアルフは絶句していた。

 それは昨日の夕食の席で間違って飲んでしまった酒のせいではなく、

 

「なにしてんだ? 早く食べねェと飯が冷めんぞ」

 

 紋付羽織袴(もんつきはおりはかま)――つまり、結婚式用に男性が着る和式の礼服を着た銀髪天然パーマ男に呆然としていたからである。

 朝、目を覚ましたらフェイトは自身が全裸のことにももちろん驚いた。だが、それ以上に驚いたのが銀時の格好。どこから出したのか、妙に分厚そうな服で朝食の席に座っていたのだ。

 

「あんた、なんでそんなの着てるんだい?」

 

 当然の疑問をアルフが開口一番に聞くと、銀時は深刻そうな顔で口を開く。

 

「まァ、ヤッちまったもんはもうどうしようもねェ。だが、自分で招いたことの責任くらいは取るつもりだ」

「いや……えッ?」

 

 分けわからん回答にアルフは怪訝な顔をする。

 

「銀時、どうしたの?」

 

 続けてフェイトが質問すると、銀時は深刻そうな顔のまま。

 

「おれァ、普段はかなりテキトーな男だけどよ、投げ出しちゃいけねェもんの分別もわきまえていたつもりだった。だがどうやら、俺は自分で思っていたよりも、相当な愚かもんだったらしい」

「うん、ごめん。よくわからない」

 

 とさすがのフェイトも困惑気味。

 

「はぁー……。酒に頭でもヤラレちまったんかい?」

 

 席に座って頬杖をつくアルフは呆れ気味にため息を吐く。そのまま用意してあった牛乳を一飲みした時、「うッ!?」と口を押えて洗面所に向かった。

 

「アルフ!? ……まさか!」

 

 アルフの様子を見て銀時は焦った表情になり、すぐさま彼女の後を追う。

 

「おェッ! げほッ! げほッ! げほッ!」

 

 アルフは口から牛乳を吐き出し、せき込み涙目になる。

 

「おい!! 大丈夫か!?」

 

 と言って銀時は優しくアルフの背中を摩る。

 

「まさかこんなに早く『つわり』が起こるなんて思わなかったぜ」

「げほッ! げほッ! げほッ! はァ!? げほッ! つわりィ!?」

 

 アルフは咳き込みながら銀時の発言に驚愕の表情を浮かべた。

 銀時はアルフの背を撫でながら真剣な表情で言う。

 

「犬ってこんなに身ごもるの早かったんだな。恐れ入ったぜ」

「あんたさっきからなに言ってんの!? つうかあたし狼!!」

 

 なぜか一人真剣な表情で自分を気遣う天パ男に困惑するアルフ。

 

(気管に牛乳が入ってむせただけなのに……)

 

 とアルフが思っていると、

 

「アルフ、大丈夫?」

 

 銀時に続いて心配そうにフェイトも様子を見にくる。アルフは片手を出す。

 

「大丈夫だよ。別に大したことないし……」

「バカヤロォー!!」

 

 となぜかいきなり銀時に怒鳴られアルフは驚く。

 銀時はアルフの両肩を掴みながら鬼気迫る顔で。

 

「〝赤ん坊ができた〟ってのに、なにが『大したことない』だ! 大問題じゃねェか!!」

「えええええええええッ!?」

 

 アルフは超ビックリ。無論フェイトも「アルフ赤ちゃんできちゃったの!?」と驚愕する。

 銀時はしゃがみ、アルフの腹を優しく撫で始めた。

 

「こん中には新しい命が宿ってんだ、大したことだろうが」

「人の腹触りながらなに言っちゃってんのコイツ!?」

 

 アルフドン引き。

 腹を触られるくすぐったさなんか気にならないくらい今の銀時の発言は意味不明だ。

 普段は死んだ魚のような目をした彼の瞳には確かに、慈しみの感情が宿っていた。

 ぶっちゃけ、赤ん坊など身籠っていない自分としては驚き通り越して、不気味さすら今の銀髪には感じる。

 一通りアルフの腹を撫でた後、銀時は立ち上がり腕を組む。

 

「大事な体だ。今後のジュエルシード探しは俺一人でやらせてもらうぜ」

「なに一人で決めてんの!? つうか妊娠してねぇし!!」

 

 とアルフはツッコム。

 

「そうだよアルフ。今は大事な時期なんだから、体を大切にしなきゃ!」

 

 挙句フェイトもアルフの手を握って説得するもんだから使い魔は驚いて汗を流す。

 

「フェイトまでなに言ってんの!? このアホの話真に受けないでおくれよ!」

 

 まさかの主まで信じてしまう始末。この空間に自分の味方はいないのか? と若干悲しくなる使い魔。

 銀時は腕を組んで頷く。

 

「俺みてェな奴のガキを生むのはさすがに心苦しいってオメェの気持ち分かる」

「どこが!? お前はあたしの気持ち一ミリたりとも理解してないからね!?」

 

 とアルフがツッコムが、銀時は止まらない。

 

「だが、できちまった命だ。俺はそれを最後まで育てていくのが作っちまったもん定めって奴だと思ってる。たとえそれが犬でも」

「狼だから! 妊娠してないけど、あたしから生まれるとしたら狼以外ありえないから!」

「安心しろ。俺は定春っていうサラブレットを世話したことのある経験者だ。散歩だってうんこ処理だってちゃんとやってやる。こう見えて愛情は注ぐ男だ」

「いや、既にペット扱いじゃん! 親としての愛情の欠片も感じられないんだけど!? つうか妊娠してねぇって!!」

「安心してアルフ! 私も一生懸命アルフの赤ちゃん育てるよ!!」

 

 と意気込むフェイト。

 

「フェイトォ!? あんたいつからそんな天然なっちまったんだい!?」

 

 驚くアルフをよそに、銀時はフェイトの両肩に手を置く。

 

「――フェイト。実はな……」

 

 真剣みのある銀時の表情にフェイトは不安な表情を作り、銀時は目を瞑って静かに口を開く。

 

「アルフだけでなくおめェの腹の中にも……新しい命が宿っているかもしれねェんだ」

「ッ!?」

 

 雷に打たれたような衝撃が、フェイトに走る。

 

「そ、そうなの?」

 

 動揺し、尋ねるフェイトに銀時は真剣な顔で頷く。

 

「あぁ。まだ、確証はねぇがそうなる可能性はたけぇ」

「……そっか。私もお母さんになるかもしれないんだね……」

 

 フェイトは複雑そうな表情で自分のお腹を触り、銀時は優しい笑みを浮かべる。

 

「安心しな。俺が支えてやるから」

「銀時…………」

 

 うるうるとフェイトは瞳を揺らす。

 そんな天然アホコントしながらいい雰囲気作る二人を眺めていたアルフは天井に向かって、

 

「誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 涙を流しながら叫ぶのであった。

 

 

 

 場所は変わり『時の庭園』。

 

「――たくよぉ、焦って損したぜ」

 

 長い廊下歩く銀時は気だるげな雰囲気を出す。彼の服装はいつもの和服を半分はだけた私服に戻っていた。

 

「なんであんたが被害者みたいなツラしてんだよ……」

 

 アルフは横の銀時にジト目を向ける。

 

 あの後、アルフの説明により銀時の早とちりはすぐに解決した。

 簡単に説明すると、間違えて銀時の酒を飲んでしまったアルフとフェイト。

 吐いたことで少し酔いが覚めてきたアルフはとりあず一夜の過ちを犯さずに済んだのだが、問題はフェイトだった。

 アルコールにまったくの耐性のない酔った少女の言動はとにかく凄まじいものであった。

 まず、

 

「暑い……」とか言い出して素っ裸になろうとするは、

「うん、私も最近頑張っているけど結果が出ないんだ……」とバラエティ番組の司会者に延々と愚痴をぶつぶつ言うは、

 挙句の果てには「は~る~か~そら……!」と水樹〇々ばりの声量で歌うなど、とにかく彼女を落ち着けるのに一晩てんやわんやだった。

 

 そしてやっと布団に寝かせたはいいが、銀時とアルフも酔ってるやら疲れたやらでギブアップ。そのままフェイトを寝かせたベットに潜り込んでしまったのが、事の顛末だったワケである。

 ちなみに寝かせる時、フェイトに服を着せたはいいが、まだ酔いが冷め切ってなかった彼女は寝ている途中でまた脱いでしまったようである。

 

 そして今現在。頭に軽い痛みを覚えながらも、プレシア・テスタロッサにジュエルシード回収の途中経過の報告をしに『時の庭園』へとやって来た次第だ。

 

「まァ、何事もなくてなによりじゃねェか」

 

 とりあえず自分が犬&十に満たない少女と一夜の過ちをせずにすんで安堵の表情の銀時。

 対して、ジト目のアルフは納得いかいない様子。

 

「いや、そもそもあんたの記憶が忘却の彼方に行ってなきゃ、朝からあんな茶番せずに済んだんだよ」

「そもそも、ガキが出来たのなんだのでお前ら取り乱し過ぎなんだよ……」

 

 と腕を組んで文句言う銀時にアルフは「いや、取り乱してたのあんた」とツッコミを入れる。

 

「いててて……」

 

 銀時はまた痛みを感じて頭抑える。痛みを忘れるくらいの責任感と不安が取り除けたことにより、彼の二日酔いがまた牙を向く。

 ずきんずきん鬱陶しく鳴る頭を押さえながら歩く銀時。その前を歩くのは、『時の庭園(ここ)』に来てから一言も言葉を発さなくなったフェイト。

 

「…………」

 

 心なしか、彼女の小さく儚げな背中が一回り小さくなったように見えた銀時。

 

「つうか、この廊下長げェよな。娘一人、母親一人、犬一匹住むには広すぎんだろ。せめて1LDKくらいの広さで十分だろうに」

 

 銀時の軽口に、「いや、あたし狼」とアルフは相変わらずの訂正を入れてくる。が、一方の金髪の少女の反応はなく、左右に結んだ金色の髪は前に垂れたまま。

 ただ、『プレシア』と銀時がその名を口にする度にフェイトの肩がピクッと震え、ケーキが入った箱の持ち手を握る手に力が入っているのが目に映った。

 銀時の隣を歩くアルフも浮かない表情を作る。

 

(こりゃ、親子の溝が深けェとかそんなレベルじゃねェかもな)

 

 銀時は薄々感じ始めていた。

 フェイトという心根の優しい小さな娘と、プレシアという得体の知れない雰囲気を醸し出す母。

 

 この母と娘の間には何かある……。

 

 漠然とした、だが確実に感じる嫌な予感に対し、銀時の表情は自然と険しくなる。

 

 少し重い空気のまま、無言で玉座の間の扉の前まで到着。

 フェイトは後ろから付いて来る二人に浮かない微笑みを向ける。

 

「じゃあ、銀時とアルフは扉の前で待ってて。母さんへの報告は私だけで大丈夫だから」

 

 そう言ってフェイトが扉を開けようと取っ手に手を掛けようとした時、

 

「おいフェイト」

 

 銀時が声をかけた。

 

「なに?」

 

 フェイトは少し弱々しい返事をする。

 

「なにかあったら、迷わず呼びな」

 

 銀時の言葉を聞いて、フェイトは小さな笑みを浮かべた後に「うん」と頷き、玉座の間へと入って行った。

 

 

「待っていたわよ、フェイト」

 

 『玉座の間』では、玉座に座ったプレシアが杖を片手に頬杖をつく。その鋭い眼光は今までロストロギア回収の任を命じていた娘へと注がれる。

 母からの視線に、フェイトの小さな体は少なからず縮こまってしまう。だが、プレシアの顔はすっと柔らかい物へと変わりだす。

 

「フフフ……そんなに緊張しなくても大丈夫よ?」

 

 と微笑を浮かべるプレシアを見て、ふとフェイトは不思議そうに目を何度かパチクリさせた。

 プレシアは微笑を携えたまま玉座から立ち上がる。

 

「――ちょっとあなたに、やってもらいたいことがあるの」

 

 すると、フェイトの表情が徐々に驚きのモノへと変わっていた。

 

 

 

 

「なァ、随分遅くねェか?」

 

 壁に寄り掛かった銀時がボソリと呟くと、腕を組むアルフは世話しなく指と尻尾を動かしながら言う。

 

「今までのあたしたちがしてきたことを細かに説明するんだ。そりゃ、さらっと言って終りってわけにいかないだろ」

「にしても遅いな。数時間は待たされてんぞ。あんまりにも遅いんで、鼻毛抜きまくったり、廊下で昼寝しちゃったじゃねェか」

「なら、部屋で待てば良かっただろ?」

 

 アルフが少々苛立ち気味に素っ気なく返すと、銀時は小指で耳をほじりながら言う。

 

「……つうか、書類とか情報がまとまったもんを見せればいいだけの話だろうに」

「フェイトにとってこの時間は――!」

 

 言葉を荒げようとしたアルフだが、視線を逸らして言葉を途切れさせ、口ごもりながら。

 

「……フェイトにしてみれば、数少ない母親と話せる時間なんだ……。例え、情もへったくれもない事務的なものでもね……」

 

 それを聞いた銀時は、耳から小指を引き抜く。

 

「……あいつらの関係がまともな親子関係ってヤツじゃねェってのは、お前も自覚してんだろ?」

 

 銀時から出た言葉を聞いて、アルフは苦虫を嚙み締めたような表情を作る。

 

「頭のよくないあたしだってそんくらいのこと分かってるよ。だけど、フェイトが『大丈夫』って言う以上、あたしがあの二人のことに口出しはできない……」

 

 と言うアルフの拳はギリィと音が出そうなほどに強く握りしめられていた。

 

「おめぇがダメなら、赤の他人の俺はもっとダメだな」

 

 そう言った銀時は頭を掻くが、やがてチラリと扉に目を向けた。

 

「だけどな……フェイト(あいつ)が苦しんでたり、悲しんでんの目の前で見るようなことがあれば、俺ァは部外者や他人なんて言葉は無視して動かしてもらうぜ。誰になんと言われようとな」

 

 銀時の言葉を聞いたアルフは瞳を潤ませる。

 

「――あたしも、あんたくらい図々しかったら、少しはあの子の助けになったのかね……」

「犬なんざ、頭からっぽにして人様に全速力で突っ込むくらいが丁度いいだろ」

「あたしは狼だ」

 

 と言うアルフの声音は少なからず安堵が宿っているようだった。

 その時、

 

「――母さん! わたし、嫌だよ……!」

「いいえ、フェイト。これはあなたにとって必要なことなのよ」

「「っ!?」」

 

 扉越しからフェイト絞り出したかのような苦渋の声と、プレシアの冷徹な声。それを聴いた銀時はアルフは咄嗟に扉に顔を向けた。

 

「でも、母さん。わたし――」

「フェイト。私はあなたの情けない答えは求めないのよ」

 

 フェイトの救援を求めるかのような声を聴いた二人は悪い予感を覚える。そして顔を見合わせ、同時に頷く。

 銀時がすかさず玉座の間の扉を開けた。

 

「どうしたァー! フェイトォ!」

 

 叫ぶ銀時の目に移った光景は……、

 

「母さん……やっぱりわたし、できない……!」

 

 涙目で懇願する娘と、

 

「あらフェイト。私はあなたをそんな情けない子に育てた覚えはないわよ」

 

 我が子を冷徹な視線で見つめる母親と、

 

「フゴォーッ! フゴォーッ!」

 

 猿轡(さるぐつわ)で口を塞がれ、魔法の拘束糸で亀甲縛りされ、地に伏している女忍者(メスブタ)だった。

 鞭を握るフェイトが足でケツを踏みつけているのは女忍者――というか始末屋さっちゃんこと猿飛あやめだった。

 

「「…………」」

 

 予想の斜め上、というか下の光景に銀時とアルフは白目向いて絶句。

 ちなみに、フェイトの黒いスク水のような『バリアジャケット』と鞭持って誰か踏みつけている姿。それがなぜかマッチしているように感じるのは気のせいではないだろう。

 

「さぁフェイト。さっさとそこに這いつくばっている豚をその鞭で滅多打ちにしなさい」

 

 銀時たちが飛び込んで来たのにも構わず、プレシアに指示を飛ばされたフェイトは首を横に振る。

 

「できません……! わたしには、無抵抗な人を鞭で攻撃するなんて……」

 

 できない言ってる割にちゃっかり尻をぐりぐり踏んづけている金髪少女。

 

「フゴォーッ!!」

 

 そして雌豚(くノ一)は喜悦のような声を漏らす。

 プレシアはいつまでも渋り続けるフェイトの頬に手を添える。

 

「いい? フェイト。これはあなたの為に必要なことなの。言わばこれはあなたにとって必要な教育なの。わかる?」

(いや、わかんねぇよ)

 

 とアルフは内心ツッコミ入れる。

 

「すみ、ません……わたしには、母さんの意図が分かりません……」

 

 娘は涙目になりながら答えるが、プレシアは構わない。

 

「フェイト。これはあなたの魔導師としての精神を養うためのものなのよ」

(精神てなに? SM嬢の?)

 

 と銀時が内心でツッコム。

 

「せいしん?」

 

 フェイトは首を傾げ、プレシアは「ええそうよ」と頷く。

 

「あなたがその鞭を振るうことで、敵を容赦なく倒す為の心を鍛え上げることができるわ」

(いや、それで鍛えられるのはSの心だけだから)

 

 内心銀時はまたツッコム。

 フェイトは首を横に振る。

 

「でもやっぱり、わたしにはできません。だけど、母さんの思いは理解できます」

((理解しちゃうのかよ))

 

 今度は二人でツッコム銀髪&犬耳ペア。

 

「無抵抗な人間、しかも魔法ではなく鞭で相手を傷つけるなんてこと――」

 

 と俯くフェイト。

 

「フェイト、あなたにはがっかりだわ。あなたがそんな腰抜けだとは思わなかった」

 

 プレシアはワザとらしくかぶりを振る。

 

「あなたがそんな態度でいるからほら――」

 

 プレシアは地に伏したまま猿飛あやめの猿轡を外す。

 

「この捕虜も好戦的なままよ」

「もっとぶちなさいよォーッ!!」

 

 と目を血走らせ、鼻息が荒く、頬が真っ赤なさっちゃん。

 

「あなたのSはそんなモノなの!? そんな様じゃこの私を堕とすことなんてできないわよォォォォォォッ!!」

((いや、もう堕ちてんじゃねぇか))

 

 外野は冷めた視線を猿飛に向け、猿飛(メスブタ)は怒鳴る。

 

「つうかあなたの責めはなに? カマトトぶってんじゃないわよ!! もっと自分を解放しなさいよ!!」

((いや、お前より自分を解放できる人間なんてそうそういねぇよ))

 

 ツッコムのは以下略。

 猿飛は捲し立てる。

 

「あんたみたいに幸薄そうで、金髪で、露出度高い服着てクールキャラ気取って実は優しい心持ってます、的な!! 設定盛りに盛り込んで人気取ったガキと違ってわたしは全てさらけ出してるの!! 人間臭いの! 綺麗な部分も汚い部分も全部さらけ出してるの!! あんたみたいに綺麗な部分だけで人気取ってきた女とは違うの!! 恋でも仕事でもわたしは全力で自分を解放するの!! なのにあんたはなに!? さっきから聞いてればできないできないって!! なに自分は良い女ですアピールしてるの! 反吐が出るわ!!」

 

 なに言ってんのコイツ? 的な目線を猿飛に向ける銀時とアルフ。

 あらかたまくし立てた後、猿飛は一呼吸置いて、

 

「愛する人の愛に答えたいのなら、汚いことでもしたくないことでもする、それが愛!! さァ! 銀さん!! あなたの股間に生えた熱く熱した鉄棒をわたしに叩きつけ――」

 

 と言い切る前――かなり手遅れな気もするが、猿飛の脳天に銀時の踵落としが炸裂し、さっちゃんは昇天。

 そのまま銀時は猿飛の襟首を掴んで玉座の間を後にし、扉がガシャンと閉まる。

 その様をフェイトとプレシアは黙って見つめていた。

 

 

「てめぇ、あんなとこでなにやってんだ? つうかなんでここにいんだおい?」

 

 銀時はグググと猿飛の頭を鷲掴みながら青筋浮かべる。

 一方の猿飛は「やっぱり銀さんの責めは一味違うわ……」と頬を赤らめる始末。

 その様をアルフは冷めた視線で見つめていた。

 

「……銀時、なにこの変なの? あんたの知り合い?」

「ああん?」

 

 と猿飛はアルフを睨む。

 

「あんたこそ銀さんのなんなの? 犬の耳と尻尾生やしたくらいで調子乗ってんじゃないわよこのめすい――!」

 

 すかさずアルフに突っかかる変態くノ一の首を、銀時は百八十度ぐるりと回して自分の方に向かせる。

 

「とりあえず、簡潔に明確に答えろ変態忍者。てめェは『どうやって』ここまで来たんだ? つうかお前はここがどこだか知ってんのか?」

 

 女忍者は真面目モード(首が百八十度回転)で答えた。

 

「ええもちろんよ銀さん。ここは『時の庭園』、そしてこの世界は私たちが居た世界とは別世界であることも全て把握済みよ」

「つうことはなにか? お前まさか、俺たちの世界に帰る方法とか知ってたりするのか?」

「ええもちろんよ。だけどその方法を今あなたに話すワケには――」

「つうか銀時。ホントにこいつなんなんだ? あたしはまったく状況が飲み込めないんだけど?」

 

 困惑気味のアルフが口を挟むと、

 

「気安く銀さんに話しかえるな雌犬がァァァァァァァッ!!」

 

 さっちゃんは更に首を百八十度曲げてアルフを威嚇。

 

「あんま気にすんな。そいつは見ての通りの変態だ」

 

 と銀時はサラっと答える。

 

「いや、ただの化け物にしか見えないんだけど……?」

 

 アルフは人間が到底できない芸当をし出す猿飛にドン引き。

 そして銀時はまた猿飛の首を百八十度曲げて自分の方に顔を向けさせた。

 

「とりあえずごちゃごちゃ言ってねぇで、とっとと元の世界に帰る方法教えやがれ」

「相変わらず強引ね……。でも、そこが素敵だからズルい人だわ」

 

 猿飛は首を一回転半させながら頬を赤らめる。

 

「いや、もう強引てレベルの状況じゃないよ……」

 

 なにこの化け物? とアルフは更に引く。

 

「たく、めんどくせぇな。これ以上聞いても無駄そうだ。今はフェイトのことが先決か」

 

 頭を掻く銀時はアルフに顔を向ける。

 

「まさか、お前の言っていたプレシアの親としての『問題』って『ああいうこと』だったんだな」

 

 同情を含んだ眼差しを向ける銀時の言葉を聞いて、アルフは戸惑いだす。

 

「えッ!? い、いやいやいや! あたしが言ってる『プレシアの問題』って別にあんなのじゃ――!!」

 

 違う違うと両手を振りながら否定を口にするアルフに銀時は腕を組んで言う。

 

「まさか娘にSM調教を教えるようなクレイジーな母親だったとは思わなかったぜ。さすがにお前のご主人がそんな奴の娘だったらああ言う顔にもなるわな」

 

 勝手に自己完結する銀時だがアルフは尚も否定する。

 

「いやいやいや! ホントに!! プレシアの『おかしい』はああ言うベクトルじゃないんだってば!!」

 

 あれはきっとなんか間違いだって!! つうか信じたくないし!! と必死に説明するアルフの言葉を聞いても銀時は信じない。

 

「じゃあなにか? 娘に教育とか言い出して虐待染みた折檻するような母親だってか?」

「なんでつまんなそうな顔すんのさ!? つうかあたしがプレシアに抱いてるイメージはそういう感じなんだよ!!」

「なんかありきたりだなおい。そんな母親や父親がDVでしたー、とか使い古しもいい所じゃねェか。むしろSM調教無理強いする母親の方が斬新じゃね?」

「別に斬新さ求めてねぇし!! DVでいいんだよ! DVで!! いや、良くもないけど!!」

 

 自分で自分の言葉にツッコミ入れてしまうアルフ。

 

「――母さんやめて!!」

 

 すると突如として玉座の間からフェイトの叫び声が聞こえてきた。

 

「母さん!! そんなことしないで!!」

 

 その悲痛なフェイトの叫び声を聞いてアルフは必死に語り掛ける。

 

「ほらッ!! 今だよ!! 今の声!! きっとプレシアのやつ、今度こそフェイトに酷いことしているに違いないよ!! 間違いない!!」

「どうやら、今度はマジらしいな」

 

 と銀時も眼光を鋭くした。

 さっちゃんが後ろで「あの~、わたしの(これ)はこのままなの?」と言っているが、とりあえず無視。

 

 

 ドンッ! と銀時が勢いよく扉を蹴破る。

 

「おらァ!! プレシアァ!! テメェなにやってんだァ!!」

「現行犯だプレシアァァァァァァァッ!!」

 

 続いてアルフが叫び、二人はまた玉座の間に突撃。

 二人の目に映ったのは……。 

 

「母さん!! そんなことしちゃダメだよ!!」

 

 母を言葉で説得する娘と、

 

「いいえフェイト。これはあなたの為に必要なことなの」

 

 娘の言葉を無視する母親と、

 

「ぐォォ……ヤメロォー……」

 

 ケツにロウソクぶち込まれそうになっているイボ痔忍者の服部全蔵だった。

 お庭番衆筆頭である服部は地に伏し、その尻の穴には今まさに太いロウソクが差し込まれようしていた。

 

「か、母さん! そんなことしないで! いくらなんでも汚いよ!」

 

 フェイトが必死に母を止めようとすると、プレシアは語りだす。

 

「私はねフェイト。あなたを立派な魔導師するためならどんな汚れ役も買ってでるつもりよ」

 

 言葉の最後に何故かドヤ顔披露するプレシア。そして服部は叫ぶ。

 

「ヤメロォォォォォォォッ!! せめて入れるならポラ〇ノール(注入タイプ)にして――!!」

 

 するといつの間にか冷たい眼差しの銀時は服部の後ろにおり、手にロウソクを持って構えていた。

 そして銀時が腕を振り下ろしたと同時にグサッという音が鳴り、

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 服部の悲痛な叫び声が時の庭園に鳴り響いた。

 

 

 


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