魔法少女リリカルなのは×銀魂~侍と魔法少女~   作:黒龍

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第二十四話:散歩

「おい早くしろ」

 

 銀時が急かせば、

 

「ちょッ、ちょっと待っておくれよ……」

 

 アルフは戸惑った声を出す。

 狼姿の使い魔は、今現在ピンチに陥っていた。

 

「こっちだってお前に付き合ってる暇ねーんだよ。するならさっさとしろ」

 

 なおも急かす銀時だが、アルフの足は止まったまま。

 

「だから、その……」

 

 このまま生物の本能に任せて事を済ませてはいけないと言う、理性と羞恥心がアルフを引き止めていた。

 だが、銀時の催促は止まらない。

 

「おいおい、いくら辛抱強い銀さんだって、これ以上待つのは無理だからね? ほら、気合入れて早くしろって」

「うぅぅ……」

 

 アルフは羞恥心のせいで、自身の赤みのかかったオレンジの毛並みより顔を真っ赤にする。

 彼女は最早我慢の限界だった……。

 

「だから、早くウンコしろって言ってんだろうがァー!」

 

 もう我慢ならんとばかりに銀時が怒鳴り散らせば、

 

「できるかァァァァァァァッ!!」

 

 さらにデカい声でアルフは怒鳴り返す。

 外で野糞するのはいくらなんでも恥ずかし過ぎる!、とアルフは思うのだった。

 

 

「やっぱさー、犬飼ってる以上散歩は必要じゃね?」

 

 と言う銀時の言葉を皮切りに、地球に着てからアルフの散歩が始まったのである。

 

 海鳴市内をほんの二、三十分程度歩く散歩だ。

 定春というヒグマ並に巨大な犬を飼っている銀時(チャイナ娘のペットだが世話しているのは天パ)。彼としては、アルフを散歩させた方がいいのではないかとフェイトに提案したのだ。

 

 「なぜ散歩が必要なの?」と疑問を口にしたフェイトに、銀時が「犬を飼う以上、散歩は飼い主としての必須事項なんだよ」と説明し、アルフが「あたしは狼だ! しかもペットじゃないし!!」と怒鳴ったのは記憶に新しい。

 ジュエルシード探索も兼ねてということで、結局アルフを狼状態で散歩させることになった。(狼状態のアルフを見た近隣住民の中には、ギョッとする人間もちらほら。ただ、狼似の大型犬と勘違いしてくれたようだが)

 

 そして皆さんはご存じであろうか? ペットになぜ散歩させるのか。

 もちろん普段運動のできない狭い空間に拘束されているペットを、外で運動させるという目的もあるが、もう一つ大事な目的がある。

 それは、

 

「だからウンコしろって言ってんだろ! もう一時間も歩いてるだろうが!! 便秘なのかテメェは!!」

 

 糞をさせるためだ。

 銀時に怒鳴られたアルフは、

 

「だから無理だって何べん言ったら分かるんだい!!」

 

 オレンジの顔をタコのように真っ赤にさせて、道端で野糞をするのを拒否。

 屋内犬は定期的に散歩させないと家の中で糞をするため、そうならいために外で糞をさせるのがベターなのである。

 

「お前なー、犬の癖して散歩でウンコもできねェとは犬失格じゃねェか」

 

 と銀時が言えば、

 

「だからあたし狼!!」

 

 アルフとしてはジュエルシード探しついでの運動かと思っていた。

 だが、途中で銀時が「お前いつになったらウンコすんだよ?」なんて聞くもんだからビックリ。ようやく今頃になって、この散歩の意図に気付いた。

 理性も羞恥心もないただの犬や狼ならいいかもしれないが、狼から使い魔となり理性も羞恥心も持っている上、人間の姿になれる彼女としては野糞、しかも男に見られながらなど堪ったものではない。

 

 銀時は訝し気に片眉を上げる。

 

「つうかお前、小便もしてねェじゃねェか。足上げて豪快マーキングしねェ犬なんて俺は見たことねェぞ」

「おう。お前は人間並みに話せるあたしが、今まで道端にションベン巻き散らしてたと思ってたのか? あとあたしは犬じゃなくて狼だし(メス)だボケ!」

「いや、犬も狼もオスもメスも関係なく、ションベンの仕方は違わなくね?」

 

 ちなみに、基本的に片足上げて小便するのがオス。メスはしない場合が多い。(※ちなみに、メスでも片足を上げる犬も割といる上に、マーキング目的の場合は足を上げる事もある)

 

「ホント勘弁してくれよ銀時ぃ……」

 

 涙声でアルフは言う。

 適度に運動した上に、散歩する前にご飯食べた。お陰ですっかり便意はくるもんだから、正直言って我慢が辛い。小便だってしていない。もう小便くらいなら……、とか思ってしまっている始末。

 

「あたしもう、我慢の限界なんだよぉ……」

 

 アルフは嗚咽を漏らしながら言う。このままで本当に理性も羞恥も捨てて道端を簡易トイレにしなきゃならなくなる。

 銀時は頭を掻く。

 

「わかったわかった。俺が悪かった。いくらなんでも無神経過ぎたな」

 

 銀時の言葉を聞いて、アルフの顔がパーッと明るくなる。

 やっと自分の気持ちに彼が気付いてくれたのだ。そしてトイレがある場所まで一緒に歩いて行く。

 

 

 

「ほれ、砂場(ここ)でしな」

「あたしは猫でもねェ!!」

 

 公園の砂場を勧めてくる銀時(バカ)。さすがにブチ切れたであろうアルフは、思いっきり銀時の頭に噛み付く。

 

「いだだだだだだだッ!!」

 

 と、悲鳴を上げる銀時。

 

「わ、わかった! わかった!! ゴメンてば!! ほ、ほら!! あそこ!!」

 

 銀時が指を差した先を見ると、大きな公園に大抵は設置してあるであろう公衆トイレが目に入った。

 それを見たアルフは慌ててトイレに直行。ちなみにアルフはリードをしているので、

 

「ぬォォォォォッ!!」

 

 それを握っている銀時は、そのまま地面に体を擦りつけながらトイレに向かう形に。

 アルフがトイレに入ったところで、ようやく銀時は引きずりから解放された。

 

「いてて……」

 

 銀時はいたるところに擦り傷作りながら、体の埃を払う。

 すると、トイレからアルフの声が。

 

「おい、リード放しな。それのせいでドアが閉められないんだから」

「安心しろ、見ててやるから。銀さんこう見えても犬の糞はちゃんと持って帰るマナーのある飼い主だから。お前の一本グソはちゃんと持ち帰って――」

「こ ろ す ぞ?」

「…………はい」

 

 銀時は顔面蒼白にして、パッとリードを手から離す。即座に、リードはまるでドアの隙間に吸い込まれるように個室の中へと入っていった。

 

「……さーて、ベンチに座って待つとしますかね」

 

 ぼりぼりと頭を掻く銀時。さすがに女子トイレで待ったまま、他の女性が来て通報なんてアホな展開にするつもりはない。

 すぐさま女子トイレを出ようとした時、

 

「銀時、こんなところにいたの?」

「ッ!?」

 

 まさかの女性が!? と思って声の主を見れば、そこにはバリアジャケット姿のフェイトが立っていた。

 銀時は安堵の息を吐く。

 

「……脅かすんじゃねェよ」

「? ご、ごめん……」

 

 フェイトはなんのことだが分からない顔をしたが、律儀に謝る。

 

「そんで、な~んで俺たちの居場所が分かったんだ? お前」

 

 訝し気な顔をする銀時の質問に、フェイトは素直に答えた。

 

「アルフと私は魔力で出来たリンク――つまり繋がりのようなモノがあるから、相手がどこにいても大体の居場所は分かるの」

「なるほどねェ。相変わらず便利だなァ、魔法ってやつは」

 

 銀時は感心したように顎を撫でる。すると、フェイトは首を左右に動かして辺りを見回す。

 

「アルフは?」

「まあ、ちょっとした野暮用をな。――っと、こんなとこで立ち話してる場合じゃねェ」

 

 自分がどこにいるのか再認識した銀時は、フェイトの手を取る。

 

「ほれ行くぞ。こんなとこで『そんな格好』のお前と一緒にいるとこ見つかったら、警察の厄介に――」

 

 銀時がそう言った時、カタンと何か硬いものが落ちる音がした。

 いやぁ~な予感がして、音のした方を見てみれば、出口の前でケータイを落とした女性が青ざめた顔で自分たちを見ている。

 

「………………」

 

 今の自分たちの状況を頭の中で整理する銀髪。

 

 スクール水着やレオタードのような際どい衣装を着た幼女の手を、いい歳した大人が握っている→しかも女子トイレで。

 

 バッ!! と銀時は、マラソン選手もかくやのロケットダッシュ。もちろん、状況が何一つ分かってない金髪幼女の手は離さず。

 

 状況が状況だけにヤバイなんてモンじゃない。事案確定。お縄頂戴で人生終了。

 言い訳とかそんなんしている暇は微塵もない。取るべき行動は一つ。全力ダッシュでこの場を去ることただ一つ。

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!!」

 

 マンションに着いて息を荒くさせる銀時は、ソファーに腰を下ろす。ずっと全力ダッシュで帰ってきたのだから仕方ない。

 

「大丈夫? 銀時」

 

 心配そうな顔で見つめるフェイトに、言葉の一つでもかけいたところではある。

 銀時はなんとか息を整え、声を出す。

 

「だ、大丈夫だコノヤロー……ゼェ、ゼェ……!」

 

 とりあえず疲れて喉も渇いたので、冷蔵庫にあるコーヒー牛乳を取り出し、コップに入れるてグイっと飲む銀時。大分息が整った。

 銀時は額の汗を拭う。

 

「ふぅ……。たく、さすがに焦ったぜ」

 

 その時だった――玄関を勢いよく開ける音がし、次にドタドタと誰かが廊下を走る音。

 

 バタン!

 

 ドアが開き、怒った顔のアルフが現れる。

 

「おい!! なんで勝手に帰ってるんだい!! あたし一人を置いて帰るなんてさすがに酷いじゃないか!!」

「緊急事態だ。少しは察しろ」

 

 銀時はめんどくさそうに半眼をアルフに向けた。対して、眉間に皺を寄せる使い魔。

 

「まったく。緊急事態ってんなら、あたしを頼ればいいだろうに」

「そう言えば、アルフはあの時なにをしてたの?」

 

 フェイトの問いに、銀時が代わりに答える。

 

「あん? コイツはあの時うん――」

 

 言い終わる前に、銀髪の顔面に、顔を真っ赤にした使い魔の拳が炸裂。

 目の前の光景の意味がわからないであろうフェイトは、首を傾げた。

 

 

「んで、ジュエルミートはいくつ集まったんだよ?」

「ジュエルシードな、ジュエルシード」

 

 アルフは名前を間違える銀髪の言葉を訂正して、台布巾でテーブルを拭く。

 取り皿や箸を机に置くフェイトが、疑問に答える。

 

「今あるジュエルシードは全部で四つ。あの白い魔導師の子とその仲間たちが持っているジュエルシードはおそらく全部で三つ。となると、残りは全部で十四」

「まだまだあんな。しかも競争相手もいんのかよ」

 

 銀時はコロッケやから揚げなど、色々な揚げ物が乗った皿やサラダが入ったボールをテーブルの上に乗せていく。

 フェイトは皿を並べながら言う。

 

「ロストロギアの回収である以上、敵対勢力が出てくる可能性は少なからずあるから」

「まー、古代の超スゲェ遺産てヤツなら、インディジョーンズしかり、欲しがる野郎なんざごまんといるわな」

 

 銀時は箸とフォークを出して言うと、アルフは半眼を向ける。

 

「あんたのそのテキトーな表現だと、ロストロギアの凄さが伝わらないけどね。あんたロストロギアの重要性を理解してる?」

 

 アルフがジト目のまま席に座れば、続いて銀時とフェイトも椅子を引いて席に着く。

 

「アレだろ?」

 

 と銀時は指を立てる。

 

「ドラゴンボールくらいの価値があるって思っとけばいいんだろ? 俺たちの狙ってるブツも丁度同じようなモンだし」

「そういう、あたしらが理解できない単語で自己完結するの止めてくれないかい? あんたがなに言いたいのか分からなくなるから」

 

 アルフが呆れ気味に言うが、銀時は飄々と返す。

 

「へいへい。ま~、ジュエルシード回収はちゃ~んと手伝ってやるって。オメーらは、そこら辺だけ頭いれとけばいいから」

「大丈夫かねぇ、ホント……」

 

 アルフはため息を吐く。

 

「そんじゃま、食うとしますか」

 

 銀時の言葉を皮切りに、アルフとフェイトは目の前の銀髪に教わった食事のあいさつをするために、両手を合わせる。

 

「「いただきます」」

 

 そして、三人の夕食の時間が始まった。

 

「てっめアルフ!」

 

 銀時は口に食べ物を突っ込みながら突っかかる。

 

「なにいきなりから揚げバクバク食ってんだ!! 野菜食え! 野菜! 糖尿病になっても知らねェぞ」

「甘党のあんただけには言われたくないよ! つうかサラダとご飯にかけてるその黒いのなんだよ!?」

「宇治金時だバカヤロー。甘味だ。スイーツだ。覚えとけコノヤロー」

「いや、サラダとご飯に甘いモノ掛けるとかあんたはアホか?」

「いいんだよ、俺はこれで。これで美味くねェ野菜もちったァマシになるんだからな」

「いや、そんなことしないと野菜食えないあんたの方が問題じゃないかい!!」

 

 とまぁ、食事が始まれば、銀時とアルフが言い合いながら箸やらフォークを動かし、フェイトがそれをニコやかに眺める――これが、最近の彼らの食卓の風景だ。

 

「ゴクゴクゴク…………プハァーッ!」

 

 食べるだけ食べたアルフは、牛乳を一気に飲みして軽快に喉を鳴らした後、満足げな顔になる。

 

「ん~……やっぱり飯ってのはこ~、ガッツリ食うのがイイねぇ」

「私たちだけじゃ、大したご飯は作れなかったもんね」

 

 アルフの言葉に賛同するようにフェイトは笑みを浮かべ、それを聞いた銀時はどことなく嬉しそうな顔。

 

「ま、せいぜい感謝するこったな。この俺が人様のために飯作るなんざ、中々ねェんだからよ」

 

 すると、アルフは呆れ気味の眼差し向けた。

 

「偉そうに言うけどさ、あんた今んとこ飯くらいしか役に立ってないじゃないのさ」

「あん?」

 

 銀時は片眉を上げる。

 

「そんなこと言っちゃダメだよアルフ。地球に着てから家事は銀時がやってくれてるんだよ?」

 

 フェイトは申し訳なさそうな顔でアルフを注意すれば、銀時は腕を組む。

 

「そうだぞコラ。テメェは朝昼晩、毎日ご飯作ってくれるお母さんの気持ちを知りやがれコノヤロー」

 

 言われたアルフは頭を掻く。

 

「確かにあたしも地球に来てから毎日飯を用意してくれて、服を洗濯してくれるあんたにはもちろん感謝してるよ? でもさ、ジュエルシードに関しちゃ銀時(あんた)、まったくと言っていいほど活躍してないじゃないか。一応、プレシアにはジュエルシード探しも込みで雇われてる身なんだろ?」

 

 アルフに痛いところ疲れた銀時は、バツが悪そうに頬杖を付いて顔を少し背ける。

 

「チッ……しょうがねェだろうが……」

 

 なにせジュエルシード関連に関して銀時がやった事と言えば、アルフを散歩させながらの周辺探索だけ。

 

「まさかあたしたちが『今居る地球』が『銀時の居た地球』と違うなんてねぇ……」

 

 と言う、アルフのジトーとした眼差しが銀時に向く。

 

「これじゃーあんた、ホントなんであたし達と一緒にやって来たのかわからないね」

「しょうがねぇだろうがァァァァァ!!」

 

 いたたまれなくなった銀時は叫び、汗を流しながら自棄になったように捲し立てる。

 

「一体どうすればこれから行く地球は『俺の住んでいた地球じゃありません』なんて分かんだバカヤロー!! 地球つったら俺の地球だと思うだろ普通? 地球が複数あるとか思わねェだろ普通! ソレがなに? やって来てよく見てみたら俺の知ってる地球とは違うって、こしあんかと思ったら実はつぶあんでした、ってか!! わかるかバカヤロー!!」

 

 銀時はクセッ毛だらけの髪をワシャワシャと掻き乱して、より髪のクセを強くしながら、泣き言のように溜め込んでいた愚痴を吐き出す。

 

 そう。ジュエルシード回収のためにやって来たこの星――地球。外見は銀時の住んでいる地球と同じでも、まったくの別物。土地は一緒でも、中身がまるで違うのだ。

 町も人も文化も建物も、銀時の知っている地球とはなにもかも違う。

 

 数日前、フェイトとアルフと共にやって来た銀時は、散歩で地域を観察し、テレビの内容に違和感を覚え、やがて自分の知っている地球ではないのか? という疑いを持ち始めた。

 そして、フェイトに自分が暮らしていた地球とはまるで違うと話したところ、魔法世界関係者であるフェイトから、

 

『これは私の予想なんだけど、たぶんこの世界――地球は、銀時の住んでいた世界の地球とは違う世界の地球なんじゃないかな? だから銀時の言っていた、サムライもエドもアマントって言う存在もいない。次元世界は数え切れないほどあるから、同種の星が複数あったとしてもおかしくないと思う』

 

 という推論を聞いて、希望の光から絶望の闇に一気に叩き落された気分になる銀時。

 結局、自分は世界レベルの迷子のままだと言うことだ。つうかホントに帰れるの? と凄いヘコんだ。

 

 現状を思い出し、銀時は頭抱える。

 

「何これ!? ドラえもんの性別が逆転した別の地球ってことか!? のび太くんは男の大事なシンボル失った代わりにバカから天才になってるから、こっちの地球の俺もチ○コ無くした代わりにサラサラヘアーになってるって言うことか!?」

 

 まだまだ泣き言が止まらない。そんな銀髪を見て、さすがに罪悪感を感じたのであろうアルフが申し訳なさそうな顔をする。

 

「お、落ち着きなよ。あたしも意地が悪かったから」

 

 アルフの言葉を聞いて、やっと我に返った銀時は席に座り直す。さんざん愚痴を吐き出しことで疲れた彼は、息を荒くしていた。

 すると、申し訳なさそうにフェイトが言う。

 

「私としては、銀時を元いた世界に返してあげたいけど、広い次元の中にある星の一つを特定するのはとても困難なことだから、たぶん私たちの力だけじゃ、銀時を帰してあげることは……できないと思う」

「別に構わねェよ。下手に希望与えらえるより、事実教えられた方がこっちとしてはいくらかマシだ」

 

 銀時は手をぶらぶらと振って、なんでもないと言う風に返す。

 

「銀時…………」

 

 フェイトは表情を曇らせる。

 そんな少女を見て銀時は、どっちが気を使っているのか分かんねェな、と思った。

 悲しげなフェイトの表情を見たアルフが、すかさず言葉を挟む。

 

「で、でもさ! 管理局に保護してもらえれば、遠からずあんたの元いた世界に帰れると思うよ!」

「管理局って、確か俺らで言う警察みたいなもんだろ?」

 

 銀時の言葉にフェイトは首を傾げる。

 

「けいさつ?」

 

 前にフェイトから聞いた、管理局という組織。それを自分なりに解釈して言ったつもりだった。が、首を傾げる金髪少女と同じように首を傾げる使い魔。

 二人の様子から考えて、彼女たちは警察という組織を知らないようだ。こういうとこで、また地味に世界の違いというものが感じられる。

 

「あ~、警察知らないのか……」

 

 銀時は頭を指でポリポリと掻く。

 

「つまり、法律っつうか、基本的には一般市民の平和と安全守る組織ってことだ。お前らの言う管理局と同じだろ?」

 

 銀時がなにを伝えようとしているのか分かったであろう二人は、うんうんと首を縦に振る。

 そこまで話して、ため息を吐く銀時。

 

「ま~俺としちゃ、そういうお堅い連中の世話になんのは気が進まないんだけどな……」

「じゃ、じゃあ! 管理局に銀時のことを連絡する必要はないってことだね!?」

 

 何を勘違いしたのか、身を乗り出すアルフ。彼女の言葉に眉をひそめる銀時。

 

「いや、なんでそうなんの?」

「だ、だって……銀時は管理局の世話になりたくないんだろ?」

 

 弱々しく言うアルフに銀時は告げる。

 

「いや、だからって、このままだと俺は一生地球に帰れないままじゃねーか」

「そ、そりゃ、そうだけど……」

「ちゃんと報酬分の仕事はきっちりこなしてやるから(魔法使えないけど)。とりあえず、管理局に俺の世界を探すように言えば、ジュエルシード集め終わった頃には、うまくいけば俺も元に世界に帰れるかもしれねェだろ」

「つまり、今すぐにでも連絡を入れたいと?」

「だからそう言ってんだろうが。お前ちゃんと人の話し聞いてた?」

 

 銀時が少々イラつきながら言えば、

 

「うぅぅ…………」

 

 とアルフは口ごもり始めた。

 彼女の消極的な態度に首を傾げる銀時。管理局と言う組織に、関わり合いになりたくないのだろうか? 遠まわしに接触を避けようとする節が伺える。

 メンドクサさを感じて、銀時は頭をポリポリと掻く。

 

「なー……お前らもしかして、管理局に『関わりたくない理由』でもあんのか?」

「なッ!? な、なに言ってんだい!?」

 

 アルフは汗をダラダラ流しながら、明後日の方角に顔を背ける。

 

「そ、そんわけないだろ! そ、それだとあたしたちが、何かやましいことしているみたいじゃないか!!」

「おーい。そう言う割に目が泳ぎまくってんぞ? こっちに見ろコラ」

 

 ジト目向ける銀時

 あげくの果てに、使い魔はできない口笛まで吹いているのだから、なにか隠しているのは明白だ。

 

 すると、フェイトが口を開く。

 

「もういいよアルフ。銀時には正直に話そう」

「でもフェイト! もし本当のことを話したら銀時は手伝ってくれないよ! それに、下手をしたらフェイトは管理局の連中に――!!」

 

 悲痛な声で訴えるアルフが言い切る前に、フェイトが首を横に振ることで、使い魔は主張を止めてしまう。

 

「フェイト……」

 

 と、主の名を呟くアルフに、フェイトは真剣な表情で言う。

 

「正直、ここまできたら、たぶん銀時には誤魔化しきれないと思う。なら本当の事を言って分かってもらうしかない」

 

 銀時はワケが分からず、?ばかりが頭の上に浮かぶ。なにせ、二人がなんの会話をしているのかまったく掴めないからだ。

 アルフは諦めたように席に腰を下ろし、フェイトが意を決したように銀時に顔を向ける。

 

「銀時。私たちが今集めているジュエルシードは、ロストロギアだって覚えてるよね?」

「なんだよあらたまって。んなもん、テメェとテメェの母ちゃんに散々説明されたっての。よくわかんねェけど、古代のスゲーお宝でいいんだろ?」

 

 頬杖を付いて、今さらなに言ってんだコイツ? みたいな顔を作る銀時。

 だが、銀時の解釈を聞いたアルフは「いや、その理解の仕方はアバウト過ぎるだろ」と言って、微妙な顔をしていた。

 

「厳密には、古代の失われた超技術の結晶みたいなモノなんだけど、それを私たちは集めている」

 

 フェイトの説明を聞いて、銀時は相槌を打つ。

 

「あァ。そんで、依頼を受けた俺も回収を手伝ってる。今んとこ俺たちの現状はこうだろ? んで、つまりお前はなにが言いたいんだよ?」

 

 フェイトの遠まわしげな会話に対し、銀時は徐々に業を煮やしだす。

 すると、アルフが呆れたような表情で、

 

「あんた、感とか鋭いくせにちょっと察しが悪いよね」

「あん?」

 

 銀時は少々失礼なこと言う狼女に睨みをきかせる。すると、フェイトがさらに説明を入れた。

 

「そう言うロストロギアには、次元そのものを危機に追いやってしまうような、危険な物も存在する。だから、管理局は次元世界の安全のためにロストロギアの管理と保管も行っているの」

「そんで、個人がそんな危険な物を保持、または使役するのはもちろん禁止されている」

 

 続いて、説明を補足したアルフ。

 

「へ? するってーと……」

 

 二人の話しを聞いて、銀時はやっと彼女たちがなにを言いたいのか察し始めた。

 頬杖をつくアルフはため息混じりに言う。

 

「管理局員でもなく、許可すら取らずにロストロギアを回収しているあたしたちは、犯罪者ってことだよ」

「あー、なるほどー」

 

 銀時はポンと手の平を拳で叩いて納得。そして彼は二人を指さす。

 

「つまりお前達は犯罪者ってことだな?」

「そうだよ」

 

 とアルフが答え、銀時がさらに追及。

 

「そんで、お前たちに協力している俺も犯罪者の片棒を担いでるってワケだな?」

「そうだよ」

「つまり俺は泥に片足突っ込んじまってるワケだな?」

「そうだよ」

 

 アルフは律儀に銀時の問いかけに相槌を打ってくれる。

 ようやく理解できた。つまり……、

 

「俺犯罪者じゃねェかァァァァァッ!!」

 

 (せき)を切ったように大声出した銀時に対し、フェイトとアルフは耳を指で塞ぐ。

 ようやく自身の現状に気付いた銀時は頭抱えた。

 

「ふざけんじゃねェよ!! えッ? なに? つまり俺は既に前科持ちってこと!? いつまにか別世界でも犯罪の片棒を担がされちまったのか!?」

「ま、まー、落ち着きなよ銀時」

 

 アルフは両手を出しながら言う。

 

「銀時はこっちの世界の事情について詳しくなかったんだから、やることやったとしても、何も知らない協力者ってことで情状酌量の余地はあるはずさ」

「いや、お前なに最後まで俺を犯罪者のお仲間に加えようとしてんの!? 図々しいにもほどがあんだろ!!」

 

 声を荒げる銀時。

 フォローするかと思ったら、目の前の犬耳女は最後まで協力させようとするし、法律の抜け目を通させようとさへさせる。犬のくせして、蛇みたいに狡猾なことを考える恐ろしい奴だ。

 

「あ、アルフ。銀時を困らせちゃダメだよ」

 

 主がやんわり注意すれば、バツが悪そうにぽりぽりと頭を掻く使い魔。

 フェイトは銀時に向き直る。

 

「私としては、銀時の協力なしでもこのままジュエルシードを回収していくつもり。私だって良い事しているとは自分でも思ってない……。でも、母さんのためにも、ジュエルシードはなんとしても手に入れないといけないの」

 

 ゆっくりと自分の気持ちと意思を伝えるフェイト。

 

「銀時にはできればだけど、管理局に私たちのことを言わないでくれれば助かる。ジュエルシードが全部揃えば、なんとか私から銀時に報酬をあげるつもりだから」

 

 黙って耳を傾けていた銀時は、一通りの話しが終わったところで片眉を上げた。

 

「するってーとなにか? 俺はここで戦線離脱ってやつか?」

「えッ? う、うん。そうなるね」

 

 不服そうに言う銀時に、フェイトは意外そうに頷く。

 銀髪は背もたれに体重を掛け、天井を見上げた。

 

「なるほど。つまり俺ァ、お払い箱ってやつか」

「ち、違うよ銀時!」

 

 フェイトが否定し、アルフは食ってかかる。

 

「銀時! あんた、フェイトの気持ちが分からないのかい!? フェイトはあんたにこれ以上迷惑かけたくなくて――!!」

「なら――」

 

 と、銀時が鋭い視線を送り、静かに言い放つ。

 

「最初っから、俺抜きでジュエルシード集めやれば良かっただろ?」

「「ッ…………」」

 

 フェイトとアルフは言葉を詰まらせた。彼の言うとおりだと思ったのだろう。

 押し黙る二人に向けて、銀時はさらに言葉をかける。

 

「まー、あのおっかねェ母ちゃんの命令には逆らえないってのも分かるぜ? 俺を管理局に預けちまったら、あの鬼ババが何しでかすのか分からないもんな」

 

 おおこわ、と言って銀時は腕を摩った。彼の言葉を聞いて俯いていたフェイトは、

 

「違うよ」

「……フェイト?」

 

 少々普段の雰囲気と違うフェイトに、アルフが不安そうに顔を向けた。

 フェイトは俯き、スカートの袖をぎゅぅと両手で握りながら、ぽつりぽつりと呟く。

 

「……確かに、母さんの指示に従わなきゃって、思うところはあるよ? ……でもね……私はもっと……銀時と一緒に居たいって、心のどこで思ってた……」

「…………」

 

 何も答えない銀時。だがフェイトは続ける。

 

「――短い間だったけど……銀時やアルフと過ごす時間は本当に楽しかった。昔、母さんと味わった楽しい時間が……また戻ってきたみたいだった……。とっても温かくて、騒がしいけど、楽しい時間……」

「フェイト……」

 

 アルフは悲しそうな表情でフェイトを見つめる。一方の銀時は、黙って少女の小さな言葉に耳を傾け続けた。

 フェイトの目には少しづつではあるが、水滴が溜まりつつある。

 

「……だから、手放したく、なかったんだと……思う。こうやって、銀時やアルフと過ごす楽しい時間を……。銀時がこのまま一緒にいてくれれば……なんて、勝手なこと思ってた……」

「そうか」

 

 素っ気なく返す銀時。そのまま、フェイトは気持ちを吐露し続ける。

 

「ダメ、だよね? わたし……つい、銀時に甘えてた……」

 

 いつ間にか目の端に溜まっていた涙の雫を袖でふき取り、フェイトは言う。

 

「でも、もう大丈夫。銀時はちゃんと管理局に行って、元の世界に帰ることだけに専念して。私はなんとか、母さんに銀時の協力がなくなったことを納得してもらうから」

 

 と、無理に笑みを浮かべて安心させようとするフェイト。

 主の意思を汲み取ってか、アルフはアルフで何も言えず、悲しそうな表情でギリィっと奥歯を噛み締めていた。

 そんな痛々しい姿の金髪少女と、狼娘の姿に――銀時は諦めたように、ボリボリ頭を描きながらため息を吐く。

 

「……わかった。わかりました。最後まで付き合ってやるよ、お前達に」

「えッ……!? でも――」

「あ~、とにかく気にすんな。俺は俺の勝手でテメェらに付き合うんだ」

 

 片手をぶらぶらと軽く振りながら銀時が言えば、今度はアルフが口を開く。

 

「でも、これ以上あたしらに付き合ったらあんた犯罪者に――」

「俺は元いた世界でも、片足泥に漬かってんだか、全身泥に漬かってんだか分からないような奴だ。今さら、別世界で泥まみれになろうが問題ねェよ」

 

 ため息交じりに言う銀時の言葉を聞いて、フェイトは瞳を潤ます。

 

「銀時……」

 

 それに、と言って銀時はチラリとフェイトに視線を向けた。

 

「オメーみてェな、すぐに無茶しそうなガキに世界どうこうするようなモン任せる方が、大人として問題だろうが。とにかく、俺はこれからも協力してやるから、もうとやかく言うな」

 

 はい、これでしゅーりょー、と最後に言ってから、銀時は自分が食べた分の食器を持って行く。

 照れ隠しするように食器洗いを始める銀時を見て、フェイトは、

 

「ありがとう」

 

 と、笑顔で答えた。

 

 

 朝のワイドショーで、ある事件が取り上げられていた。

 

『昨日夕方未明。白髪の中年男性が女子児童を女子トイレに連れ込み、水着に似た衣装を着せた上で、性的暴行を加えるという事案が発生しました』

 

 画面が切り替わり、顔にモザイクが掛かった女性が取材陣のインタビューを受けていた。

 

『本当に驚きました。……えぇ。まさか比較的平和なこの町で、あんなモノを見てしまうなんて。ホントにショックでした』

 

 ボイスチェンジャー越しからでも伝わる女性の嫌悪と侮蔑の声。

 レポーターが質問を投げかけた。

 

『容疑者を見た印象はどうでした?』

『ええっと……そうですね……。なんと言うか、不潔そうで、とにかく目が怖かったです。なんて言うか、世の中すべてを憎んでいるような、まるで世捨て人のような濁った瞳でしたね、はい。私まで何かされるんじゃないかって、ゾッとしましたよ……』

 

 女性は二の腕をまさぐって嫌悪をあらわにしている。

 

「どこの世界にもこういう人っているんですね」

 

 テレビを見ていた山崎は犯人の情報を聞いて、俺も警察としてしっかりしないとな、と心の中で意気込む。

 テレビを見ていた桃子も箸を止め、

 

「なのはも気をつけなさい。どんなとこにも変質者って怖い人たちがいるんだから」

 

 なのはに真剣な表情で注意。なのはの父も腕を組んでうんと頷く。

 

「あぁ、なのはは特にかわいいからな。連中のいいターゲットだ。十分気をつけるんだぞ?」

「う、うん……」

 

 両親の言葉に怯えた表情を作るなのは。

 

「安心しろなのは!」

 

 と、兄である恭也は握り拳を作って力強く言い放つ。

 

「もしそんな連中が現れたとしても、俺が血祭りに上げてやるからな!!」

「……あの、恭也くん? 目が怖いよ……。パッと見、今の恭也くんの方が犯罪者に見えるんだけど……」

 

 恭也の顔を見て、頬を引き攣らせる山崎。

 今の恭也は『恭也』というより、『凶也』という名前の方がピッタリだと思う、真選組密偵であった。

 

 

 そして、

 

「ぶへっくしょん!!」

「うわッ!? きたなッ!! あっち向いてしなよ!!」

 

 アルフの顔に思いっきりくしゃみぶっかける銀時であった。

 


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