「ふっ」
前方から熊谷が弧月を振るってくる。対して俺はスコーピオンをトンファーの様な形にして出して弧月にぶつける。
それと同時に右肘からスコーピオンを伸ばす。枝刃によって肘から生えたスコーピオンの狙いは熊谷の首だ。
「くっ!」
熊谷は弧月を引いて肘からのスコーピオンを防ぐ。まあ防がないと負けだからな。
そう思うと同時に俺はトンファー状のスコーピオンを振るう。それを弧月にぶつけることで熊谷の体勢を崩そうとするも既に俺の枝刃を何度も経験している熊谷は焦らずに2つに枝分かれしているスコーピオンを防ぐ。やっぱり何度も繰り返すと効きにくくなるな。
だったら更に増やすだけだ。
俺は更に左肩からスコーピオンを生やして熊谷の腕を狙う。既に2つのスコーピオンを防いでいる熊谷には対処出来ないだろう。
案の定簡単に右腕を落とす事が出来た。
「しまった!」
熊谷はそう叫ぶ。まあ片手落ちた時点で俺が有利だからな。
しかし叫ぶのは悪手だぞ?
俺は右肘と左肩にあるスコーピオンを消してトンファー状のスコーピオンで左手を集中して狙う。熊谷の基本スタイルは両手弧月だから片手になると脆くなる。
よって俺の剣速に追いつけず左手も落とされる。これで勝ちは決まったな。
そう思いながら俺は熊谷の首を刎ねた。
熊谷は悔しそうな表情をしたまま光に包まれ空に飛んでいった。
『10本勝負終了 8対2 勝者 比企谷八幡』
そんなアナウンスが耳に入り俺も光に包まれた。
「あんた、最後の枝刃はやってくれたわね。3方向から来るのなんて防げないわよ」
「痛い、痛いから止めろ!」
個人ランク戦10本勝負を終えた俺は熊谷にヘッドロックをくらっている。てかマジで首痛いし背中にはマウント富士が当たってるんですけど!!マジで柔らかくてヤバイですからね?!
俺は半ば無理やり引き離す。
「それは俺やお前がC級だから全部防げないんだよ。Bに上がったらシールドが使えるようになるから大分勝率は変わると思うぞ?」
「ふーん。まあ確かにシールドは早く使ってみたいわね。正直言ってシールド無しだと弾丸トリガーの使い手に勝つのは厳しいしね」
そう、C級同士だとシールドが使えないから変幻自在なスコーピオンや中距離から攻撃できる弾丸トリガーを持ってる奴が有利だと思う。まあそれでもポイントが低い奴はいると思うけど。
真面目な話、Bになったら俺は熊谷に対する勝率は下がると思う。
「ところであんた今個人ポイントはどのくらいなの?」
「今日の勝負でジャスト3600」
「じゃあ後一歩じゃん。今期の3番手はあんたか文香で決まりね」
まあそうだろう。仮入隊の歌川と菊地原は先週Bに上がり風間さんって人の部隊に入った。この前会って話したが中々興味深い事も聞けて満足した。俺も早く昇格したい。
「照屋って今何点だっけ?」
「今は3529ですよ」
いきなり後ろから話しかけられたので振り向くと照屋がいた。
「こんにちは比企谷先輩、熊谷先輩」
そう言って頭を下げてくる。毎回毎回礼儀正しい奴だな。
「よう」
「こんにちは文香。一時期は比企谷と差があったけど大分追いついたわね」
「それは比企谷先輩が受験生で色々と準備もあるからですよ。受験生でなければ比企谷先輩はB級に上がっていると思いますよ」
そう、一応俺は受験生だ。本当なら1日3時間、休日は1日中ランク戦をやりたいが志望校が総武校という県内有数の進学校なので勉強を重視しなくてはいけない。
試験まで1ヶ月を切っているので平日には1時間、休日はランク戦が出来ないと中々厳しい。
三門市立第一高校ならそこまで勉強しないで済むがあの学校には中学の奴らが割と志望しているので受験したくない。
「まあ否定はしない。そういや熊谷はどこ受験するんだ?」
「私?私は第一高校だよ?あんたは総武だっけ?」
「まあな」
「でも総武ってボーダー提携校だけどかなり難しいけど大丈夫なの?」
熊谷は割と心配そうに聞いてくるが多分大丈夫だと思う。
「まあ模試ではB以下はないから大丈夫だろ。照屋は高校はやっぱり星輪の高等部を考えてるのか?」
「はい。私は自分の学校を気に入っていますので」
いいねぇ、自分の学校が好きなんて。俺なんて大嫌いだし。
そう思っているとメールが来たので見ると小町からで今日は日浦と飯を食うらしくて夕食はいらないとの事だった。お袋は泊まりの出張だから飯を作らなくていいのか?
だったら今日は外食にするか。時間は6時だし帰り際に食べるか。
「悪いが俺はそろそろ帰るがお前らはどうすんだ?帰るなら途中まで送るぞ」
流石に冬の夜に送らないのはアレだし。
「じゃあお願いしてもいいですか?」
「私もお願い」
「へいへい」
適当に返事をしながら俺達は基地の外に向かって歩き出した。
「うー、寒っ」
外に出ると風が吹いていて寒かった。やっぱり1月は寒過ぎる。
「今日は夜から雪が降るらしいですから」
「マジか?明日は学校ないし炬燵で勉強だな」
「何か比企谷に炬燵って似合う気がする」
「おい。それは俺が炬燵に依存しているダメ人間って言いたいのか?」
ダメ人間なのは否定出来ないがはっきりと言われるのは割とキツい。
「ダメ人間とは思ってないよ。ただ炬燵でグデーって突っ伏してるイメージが浮かんじゃって」
「あ、確かにイメージできます」
まあ実際にグデーってしてるからな。でもそんなイメージがあるとは……
「もう直ぐ中学も終わりか……」
熊谷はしみじみ、しかし寂しそうにそう呟く。
「熊谷先輩は中学校生活は楽しかったんですか?」
「結構楽しかったね。でも高校は違う場所に行く友達もいるし、勉強も付いていけるか不安だよ」
前者は友達がいないのでどうでもいいが後者については俺も不安がある。特に数学についてはガチで不安だ。
「まあ高校になったら更に勉強は難しくなるだろうな。てか熊谷と照屋、俺に数学を教えてくれよ」
「いや、文香は学年違うでしょうが……」
「いや多分数学においては照屋の方が上だと思う。星輪は偏差値高いし、俺数学は学年最下位取ってるし」
「最下位ですか?!」
「どんだけ数学苦手なのよ?!」
メチャクチャ苦手だ。元々苦手だったがそれを克服しないでいたらいつの間にか学年最下位まで落ちていた。
「マジで苦手だ」
「あんたねぇ……試験まで1ヶ月を切ってるのにそれは…」
「だから何とか頑張る。いざとなったらB級に上がってボーダー推薦を使う」
調べてみたらボーダー提携校に推薦制度があるらしい。
「でも数学が苦手でも模擬試験でB判定を取れているんですよね?」
「ん?ああ」
数学が無かったらAだと思う。
「でしたら少しでも数学を伸ばせば合格出来ると思います。いつもやっているランク戦みたいに最後まで諦めないでください」
「そうそう。あんたいつもランク戦だと負けが決定するまで粘ってるじゃん。数学もその調子でやれば今からでも伸びるって」
そうは言われてもなぁ……ランク戦と数学じゃモチベーションが違い過ぎる。まあ落ちたくないならやるけど。
「そうだな。頑張るわ」
「はい。頑張ってください」
照屋は笑顔でそう言ってくる。仕方ない、帰ったら勉強するか……
そう思っている時だった。
「あ、お兄ちゃん」
後ろから声をかけられた。俺をお兄ちゃんと呼ぶのは1人しかいない。
「小町」
名前を呼んで振り返ると妹の小町が友人の日浦茜といた。
「八幡さんこんばんは!」
日浦が挨拶をしてくる。相変わらず元気な奴だ。見ていて癒やされる。
「あれ?茜じゃん」
横から声がしたので見ると熊谷が驚いた表情で日浦を見ていた。
「あ、熊谷先輩。こんばんは」
「あ、うん。こんばんは。ところで茜は比企谷の知り合いなの?」
「はい!友達の小町ちゃんのお兄さんです!」
日浦がそんな事を言ってピンときた。そういや以前に小町が言ってたな。
「日浦、俺の同期でお前の兄貴の友人って熊谷か?」
「そうですよ!」
そう言われて納得した。まさか熊谷がそうとはな……
「ほーん。既にお兄ちゃんとは知り合ってたんだ。ところでそちらは……」
そう言って照屋をチラリと見てくる。照屋は一歩前に出て挨拶をする。
「初めまして。比企谷先輩の同期の照屋文香です。よろしくお願いします」
「比企谷の妹さんとは初めて会うわね。私は熊谷友子。よろしく」
「あ、これはご丁寧にどうも〜。お兄ちゃんの妹の比企谷小町です。兄がお世話になっています」
「初めまして!日浦茜です!よろしくお願いします!」
とりあえず初顔同士挨拶を交わしている。そんな中、俺は小町に話しかける。
「てか小町は外で飯か?」
「うん。そうだよ。お兄ちゃんは?」
「あ?帰りがてら2人を送っている。飯はどっか適当な場所で食べる」
そう返すと小町がガタガタ震えている。どうしたんだ?
「お、お兄ちゃんが女子を送る……あの面倒くさがりのお兄ちゃんが……」
何でそんな信じられない表情をしてんだよ?流石に冬の夜だしな。
「小町、嬉しいよ……。けど、あれ、変だな。お兄ちゃんが遠くに行っちゃったみたいでちょっと複雑」
そのよくわからない親目線止めろ。割と恥ずかしいし、他の連中呆れたり苦笑いしてるからね?
「お前が俺をどう思っているかはよく分かったがそれは置いておく。お前らは飯食べたのか?」
「ううん。小町達はまだ……はっ!!」
小町はいきなり何かを思いついた表情を浮かべる。なんか知らんが嫌な予感しかしないんですけど。
そしてその予感は当たった。
「あのー、熊谷さんに照屋さんでしたっけ?お2人もご飯を食べてないなら一緒に行きませんか?ボーダーの話も聞きたいですし」
小町はそう言って誘ってくる。うん、何かやるとは思っていたけどね。
熊谷と照屋は顔を見合わせてから小町を見る。
「私はいいわよ。文香は?」
「私も大丈夫です」
すると小町は笑顔を見せてくる。
「本当ですか?!ありがとうございます!」
小町が礼を言うと2人も笑顔を見せてくる。うん、早速仲良くなったみたいで良かった良かった。
「じゃ小町、俺は帰るがあんまし遅くなるなよ」
後は俺が帰るだけだ。さーて、飯はコンビニで惣菜でも買うか。
そう思って歩き出すと肩を掴まれる。痛い痛い。何すんだこら?
「いやいやいや!!お兄ちゃんは何帰ろうとしてんの?!」
振り向くと小町が信じられないといった表情で詰め寄ってくる。
「いやだって2人って言ったじゃん」
「お兄ちゃんが来るのは決定事項です!」
小町は胸を張りながらそう言ってくるが……
「いやいいよ。女子4人の中に俺がいても空気悪くなるだけだし」
小町や日浦は偶に飯食ってるからともかく照屋や熊谷はそうとは限らない。モテる男ならともかく俺なんかがいても嫌だろうし。
「むぅ……じゃあ聞いてみよっと」
「……は?」
俺が疑問符を浮かべていると小町が後ろを向く。
「友子さんに文香さーん。お兄ちゃんも一緒にご飯食べていいですか?」
直接聞きやがった!しかももう名前呼びかよ?!俺とは違ってコミュ力高いな!
「私はいいわよ」
「はい。比企谷先輩ともお話したいですから」
「ありがとうございます!……だってよお兄ちゃん」
小町はそう言って良い笑顔を見せてくる。しかし目は逃さないとばかりにギラギラ鈍い輝きを放っている。怖ぇ……
「いや、でもだな…….」
「もし行かないなら今後小町はお兄ちゃんをお兄ちゃんって呼ばないよ」
「何してる小町。寒いからさっさと行くぞ」
「うわ、即答……」
何かドン引きしてるが知らん。小町にお兄ちゃんって呼ばれなくなるのは嫌だ。
そう思いながら俺は照屋達のいる場所に戻る。
「じゃあ悪いが俺も行くことになったが……その、よろしく頼む」
一応挨拶はする。
「こっちこそよろしくね」
「悪くないですよ。こちらこそよろしくお願いします」
「八幡さんとご飯なんて久しぶりですから楽しみです!」
良かった。もしも拒絶されたら立ち直れなかったかもしれん。
「お兄ちゃんは心配性だなぁ……その程度で拒絶される訳ないじゃん」
「待て、心を読むな」
「お兄ちゃんの考えている事はわかりやすいからねー。それじゃあ行きましょう!」
小町はそう言って歩き出したので俺もそれに続いた。
(家族や日浦以外の女子と飯を食いに行くのは初めて緊張はするが……そんなに嫌な気分じゃないな)
その事に少し驚きながらも小町に付いて歩き出した。