半端に強くてニューゲーム
「怪盗仕事をやれと言われましても……ここはペルソナが使えてもパレスではないですし、どうしようも……」
「心の怪盗って、お洒落よね。素敵だと思うわ」
「はい?」
突然何を言い出すのだろうか。
「けどね。
「……………………」
つまるところ、それは————
「————単なる、窃盗をしろと?」
「言い方が悪いわね。まあ、間違いではないけど」
苦い顔をする少年に澄ました表情で永琳は頷く。
「良いじゃない。別にあなた自身はモノが欲しい訳ではないし、後日返しに行けば。盗みに入った犯人が正面からそれを返しにくるのよ? 絶対忘れられない体験じゃない」
「いや、そういう問題では……そこまでするくらいなら、やっぱり普通に挨拶回りした方が…………」
尻込みする少年。
永琳は彼の肩を掴む。
ビクリとたじろぐ少年に、彼女は力強く言う。
「それじゃダメ。あなた自身の実力を見せつけてやらないと、印象が薄い。ただの外来人としての認知が高まったところで意味が無いでしょう? あなたは『怪盗』なんだから」
「し、しかし…………」
「それに!」
ひときわ大きな声で弱気な反論を遮る。
「この作戦にはまだ利点があるわ」
「な、なんです?」
「知名度が上がれば、それに関連する情報が集まる。この幻想郷にはそういうことをするのが好きな天狗がいてね……」
「天狗? いえ、それよりも……情報? 情報って言っても、俺のことについてはもう…………」
戸惑う少年に首を振る。
「あなたの情報も、だけど。私が言ってるのはあなたに関連する情報よ。そう、例えば————
「それは…………!」
目の色を変える彼に、ニッコリと微笑む永琳。
はたから見ていた鈴仙にはそれがまるで悪魔の微笑みのように見えた。
「あなただけがこちらに来ているとは限らない。幻想郷にあなたの仲間がいるのなら、そちらの情報もどこかから集まるはずよ」
「…………」
「当然私達も協力はするけど、限界がある。だけど、幻想郷全体を巻き込んであなたに関わる情報を集めさせれば……」
(うわぁ……うわぁ…………)
甘い言葉で少年を唆す自分の師を、鈴仙は半眼で眺めていた。
「……ね? 悪くないと思わない?」
「……………………」
揺らぐ。
彼女の言葉に乗せられるか、意地でも突っ撥ねるか。
少年が苦悩と葛藤を続け、最後に出した結論は————
「——よろしく、お願いします……」
「……ええ、こちらこそ♪」
この上なく楽しそうな永琳とは対照的に、少年は最後まで自分の選択を信じきれていないように、難しい表情のままだった。
交渉が成立し、彼らは座り直す。
「それじゃあ、改めて自己紹介から始めましょう。私は
口火を切ったのは永琳。
他の面々もそれに続いて自己紹介する。
「
「……
少年は恐縮したように頭を下げる。
「これはどうもご丁寧に、ありがとうございます……あ、俺の名前は」
と、言いかける途中で輝夜が口を挟んだ。
「その前に。ねぇ、あなた……イナバの
「えっ!?」
「姫様…………」
鈴仙の頭の上にあるソレ——兎の耳を示して問うた輝夜に、図星を指された少年は動揺し、鈴仙自身は苦い顔をする。
「それね、本物よ」
「ほ、本物? ですか?」
ニヤニヤと笑いながら言う輝夜に聞き返す。
「姫様っ!」
「何よ。どうせいつかは話すことになるんだし、今話したところで変わらないでしょ?」
「そ、それは、そうかもしれませんが……」
抗議しようとしてあっさりとやりこめられた鈴仙。彼女は救いを求めてチラチラと永琳に視線を送る。
その視線を受けた永琳は少し考えこみ、頷く。
「そうですね。姫様の仰る通りかと」
「でしょ〜?」
「そ、そんな…………」
頼りにしようとした師が輝夜の側に回り、肩を落とす鈴仙。
輝夜はそれを面白そうに眺めながら少年に言う。
「この子はね。
「……………………はい?」
何を言っているかさっぱりわからない。
月の兎?
「そして私はあの竹取物語にて語られる、
「……………………」
沈黙。
少年は知恵の泉という称号を獲得するほどの頭脳を持つ。
その知性の全てを以ってして、この場に最適解を導き出す————
「……なるほど。そういう設定ですか」
「あ、案外失礼ね、あなた…………」
ことは、できなかった。
「————ということなのよ」
「そ、そうだったんですか……」
少年の素の対応にいじけた輝夜がそっぽをむいてしまったため、手っ取り早く永琳が全て説明した。
「じゃあ、鈴仙さんは本当に月の兎で、永琳さんは月の人間で……」
「そこでいじけているのが、御伽噺にもなっているあのかぐや姫ね」
「……………………」
絶句した少年は錆び付いたゼンマイのように、ゆっくりと首を回転させて輝夜に振り向く。
それに気がついた輝夜は不機嫌そうな顔のまま口を開いた。
「何よ。『そういう設定』の私に何の用よ」
「…………か、かぐや姫……?」
「そうよ。悪かったわね。こんな私がかぐや姫で。失望させちゃったかしらね……って、な、なに? どうしたの?」
不貞腐れながら自虐を続けようとした輝夜は、いきなり片膝をついて頭を垂れた少年に驚き、思わず手を差し出す。
次の瞬間、彼はその手をガシッと握る。
「えっ、ちょっ、な、え?」
「かぐや姫、かぐや姫だ……! 本物のかぐや姫、日本人の九割九分九厘が知っているであろうお姫様のかぐや姫だ……どんな絵本にも総じて美人だったと書かれているかぐや姫、だけど古代日本の基準の美人だから実際に見たらどんなものかと疑ってました、すいません本当に美人でしたかぐや姫は美人でした! 美人は美人でも美女というよりは美少女な感じだったけど全然問題無いですこんな体験ができる日がくるなんて思ってもみなかったですこの一年の間、ロクなことがねえよホント人生クソだなとか思ってたけどこの幸せは何よりも貴重ですホント無理、尊い、しんどすぎ、本当にありがとうございますもしよければサイン下さいお願いします…………!」
……興奮のあまり早口になりすぎてもはや何を言っているかわからない。
いきなり手を握られ面と向かって美人、美人と並べたてられた輝夜は視線をあちこちに彷徨わせ、次第に顔が紅潮してくる。
「わ、わかった、わかったから。だからとりあえず、ね? 手を離してもらえる?」
しかし今の彼は喜びのあまり自分の世界に没頭してしまい、気づいていない。
少年に跪かれ、手を握られ続ける輝夜。
助けを求めるように左右を見渡す。
鈴仙は素知らぬふりをしている。
先ほどの意趣返しというか、ささやかな反抗だろうか。
妹紅はニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。
コイツは助けてはくれないだろう。というより、助けてくれるとしてもこちらから願い下げだ。
となると、最後の望みは————
「え、えいりん〜!」
情けない声で助けを呼ぶ。
永琳はニッコリと笑って言う。
「ファンサービスって、大事ですよね」
「う、裏切り者…………!」
結局、少年が我に返るまで握られた手はそのままだった。
彼は慌てて謝りながら離れたが、真っ赤になった輝夜はボンヤリとしたままだった。
「さて、熱烈なファンの想いを受け止めきれなかった可愛らしいお姫様はそっとしておきましょうか」
「本当にすいませんでした……童心に戻ってしまったというか、御伽噺の存在に会えるなんて夢にも思わなかったので……」
衝動的な行動をとったことを猛烈に恥じ、少年は深く落ち込んでいた。
そんな少年と輝夜を同時にからかい、永琳はクツクツと笑う。
鈴仙はそれを見て戦々恐々としていた。
(師匠がここ何年もなかったくらい上機嫌だぁ…………絶対標的にはなりたくない……)
そんな時、ずっとおとなしくしていた妹紅がついに声を発する。
「なぁ、私はもうそいつに自己紹介してるし、帰ってもいいか? 認知とやらの点でも、そいつの実力はこの中で私が唯一実際に見て知ってるわけだし。わざわざここにいる必要はないだろ?」
その言葉で永琳は笑うのを止め、真面目な顔に戻る。
「そう……できればもう少しいて欲しいとは思うけど、確かにあなたの言うことも一理あるわね。……ええ、帰っても大丈夫よ。何かあれば使いを出すわ。…………無論、言うまでもないことだけど」
「誰にも喋るな、だろ。わかってるさ。それに、私がそんなことを話すような相手なんてそもそも全く…………
何かを思いとどまり、小さく付け足された言葉に永琳は優しく微笑み、しかし何も言わないままだった。
「そう。ならいいわ。彼の案内、ありがとう」
「別にいい。礼なら既に本人から受け取ってる。…………それじゃ」
壁から背を離し、障子を開いて妹紅はその場を後にする。
落ち込んでいた少年はそこで慌てて立ち上がり、彼女を追いかける。
廊下に出ると、既に彼女はかなり離れたところを歩いていた。
「あの、ちょっと、待って下さい!」
「ん? なんだ? 礼ならもう要らないぞ。お前はこれから忙しくなるんだし、ここのやつらと話し合った方が——」
「違います、名前です!」
「え?」
きょとんとして振り向いた妹紅と視線を合わせ、少年、いや————
「————
暁はそう言った。
妹紅は驚いたように一瞬目を丸くした。そしてフッと口元を緩ませ、踵を返す。
右手を軽く挙げ、ヒラヒラと振ることで返事の代わりとし、彼女はもう振り返ることなく永遠亭を立ち去った。
妹紅に名乗った後、部屋に戻った暁はそこでももう一度自分の名を告げる。
「そう、暁というのがあなたの名前なのね。それじゃあ、よろしくね、暁」
「……よろしく」
「はい、これからよろしくお願いします」
暁は永琳と鈴仙に頭を下げる。
友好的な永琳に比べると鈴仙はやや無愛想な対応だったが、冤罪を受けて以降接してきた大多数はこれより酷いものだったため、まったく気にすることはなかった。
わざとそっけない態度をとったのに余裕の対応をされ、なんとなく面白くない鈴仙。
暁を睨もうとするが、下げていた頭を上げた彼と目があいそうになり、慌てて視線を逸らす。
彼はそこで部屋の一角に視線をやる。
そこにはまだボンヤリしたままの輝夜がいた。
自分がしたことの手前、声をかけるにかけられず、口を開いてまた閉じることを繰り返す。
どうするべきか悩む彼の視界の端で動くものがあった。
永琳が輝夜の前まで移動し、しゃがみこむ。
次の瞬間。
————パァンッ!
「ひゃあっ!? な、なに!?」
「そろそろ戻ってきて下さい。何も男に言い寄られたのが初めてというわけでもないでしょう?」
永琳は勢いよく手をあわせ、大きな音を出す。その音に輝夜は飛び上がらんばかりに驚き、我に返った。
「言い寄られ……って違うわよ! ただちょっといきなりすぎてビックリしただけというか、私のことをこんなふうに知ってる人間は初めてだったから、ちょっと混乱しただけで」
「そうですね。姫様が今まで会った人間は、姫様の美貌に目が眩んで求婚してくる何人ものいい歳した男とか、その従者達でしたものね」
「そ、そう! そうよ! だから別に今のは照れてたとかそんなんじゃなくて、ただちょっと思考停止して」
言い訳がましく言葉を重ねる輝夜の顔から赤みが少しずつ引いていく。
しかし永琳はそれを許さない。
「自分がかぐや姫として知られていることを自覚していて。そのことでからかおうとして、逆にそれを流されたらいじけて。かと思えば本気で喜ばれたらどうすればいいかわからなくて。姫様は本当に可愛らしいですね」
「え、永琳!」
「あ、それとも若い異性に言われたのが一番ツボだったりするんですか? 見かけだけとれば、近寄ってくるのは人間の親子ほど歳の離れた男ばかりでしたものね。見た目同じくらいの年代の男に口説かれるのは初めてですか。そういえば彼の顔、良く見れば案外整っているし——」
「永琳!!」
立板に水を流すように次から次へ飛び出す永琳のからかいの言葉。
それを正面から受ける輝夜。一時戻ろうとしていた顔は、再び紅潮しはじめていた。
しかしそれを見ていた鈴仙は戦慄していた。
一見すると、輝夜をからかっているだけ。だが、傍らでそれを眺めていた鈴仙には永琳の本当の目的が理解できていた。
(姫様のことをからかうように見せかけて、実際のところはこの男のこともからかってる…………!)
彼女はチラリと暁の方を見る。
永琳に「言い寄った」「口説いた」などと言われた彼は、輝夜にも劣らないほど恥ずかしそうに体を震わせ、頭を抱えていた。
輝夜をあしらいながら、一瞬その様子を確認し、口元を緩める永琳。
師匠のその一挙一動を見逃さなかった鈴仙は深く慄き、万が一にも自分が標的にならぬよう、全力で気配を絶った。
数分後、満足した永琳がからかうのを止めた時には輝夜は息も絶え絶えになり、永琳に意図的に誘爆を続けられた暁は声もなく身悶えしていた。
八意さんは裏表のない素敵な人です! ……このネタ通じるのかな。
主人公の名前はコミカライズ準拠。この作品の永遠亭のメンバーの分類としては、
輝夜:からかうことは好きだが受け身になると弱い
永琳:ちょっぴりお茶目
鈴仙:ことなかれ主義
てゐ:未だ登場せず
となっております。
輝夜が赤面したのは①不意打ちで、②いったん落としてから上げられて、③主人公の魅力パラメータが「魔性の男」だったから、です。
このうちどれか一つでも欠ければ、ああはなりませんでした。(少なくとも一目惚れとか恋愛感情とかは)ないです。別に輝夜がやたらチョロすぎるわけでは……
そう見えたら作者の実力不足ですね、申し訳ない。精進します。
早口パートはつい最近見たオカルティックナインの影響を受けた気がします。面白かったなぁ……やっぱ千代丸さんって天才よ。
あと主人公は一週目の全パラMAX、全コープMAXということでお願いします。
6割のジョーカーと2割の屋根ゴミ、2割のアローハ! 要素が含まれます。今回はアローハ! 的なその場のノリで行動しちゃう感じでした。