Joker in Phantom Land   作:10祁宮

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Day after yesterday

「幽々子様」

「ん? あら妖夢、どうしたの?」

「言いつけ通り庭掃除を終えてきたのですが」

「まあ、もう終わったの? 早いわねぇ、お疲れ様」

「はい。ありがとうございます……いえ、それは今どうでもいいんです」

「そうなの? ……そうそう、あなたたちも蜜柑食べる? 甘くて美味しいわよ?」

「あ、いただきます」

「食べる食べるー!」

「幽々子様」

「なあに?」

「────そこの二人はいったいなんなのですか?」

 

幽々子様と同じ炬燵に入ってくつろぐ謎の二人組を見ながら私は努めて無感情に尋ねた。

 

私の記憶が正しければ、怪盗とやらと一戦交えたせいで少々荒れてしまった庭の掃除を始めようと母屋を出たついさっきまで、こんな二人はいなかったはずなのだが。というかそもそも誰なんだ。眼鏡を掛けたあまりパッとしない雰囲気の人間の若い男。帽子を被った妖怪と思われる少女。どちらも見覚えのない顔だ。というか今日は次から次に色々起こりすぎだ。ひょっとしてこれはいわゆる厄日というやつ?

 

謎の二人に蜜柑を手渡し自分も蜜柑の皮を剥き始めた幽々子様は「ああ、そういえばあなたはこの姿じゃわからないわね」とよくわからないことを言って視線を男に送る。その視線を受けた男は眼鏡の向こうで目を瞬かせた。

 

「えっと…………」

「自己紹介をお願いしてもいいかしら? 昨日の今日でやりにくいのもわかるけれど」

「……あー、はい、わかりました」

 

気まずそうに頰を指で掻いた男はすっくと立ち上がり、私と目を合わせた。そして右手で顔をすっと撫でるように動かす。するとそこには、

 

「…………昨日ぶり、とでも言えばいいのかな?」

 

─────あの怪盗が立っていた。

 

「……………………は?」

 

絶句する私の視界の端で今度はぴょこんと元気よく立ち上がった少女が高らかに名乗った。

 

「私は地底の妖怪、古明地こいし! よろしく!」

 

名乗るだけ名乗ると彼女はそのまま勢いよく座り、こちらへの興味も失せたようで蜜柑の皮剥きにいそしみ始める。

……私は意味不明な展開に対する衝撃と、もうどうにでもなれという諦観を同時に噛み締めていた。

 

 

 

「…………それで、結局なんでここにいるの?」

 

ひとまず落ち着きなさい、と幽々子に招かれて炬燵に入ってからしばしの時間が経ち、ようやく冷静さを取り戻した妖夢は話を切り出した。元の姿に戻って蜜柑を食べていた暁はその言葉に苦笑いを返す。

 

「いやその……なんというか、色々あって」

「私はその“色々”を聞いてるんだけど」

「まあ待ってくれ。ちゃんと説明するから」

 

暁は昨日の出来事を一つずつ思い返しながら口を開いた。

 

「冥界を出てから後、俺はひとまず追っ手から身を隠すために香霖堂という場所に向かったんだ」

「香霖堂は私も知ってる場所だけど…………追っ手? 追われてたの? 誰に?」

「あ、いやそれは、その…………まあ今は関係ない話だからいったん置いておくとして」

 

不思議そうな顔をした妖夢の問いに何故だか気まずそうな苦笑いを浮かべた暁は誤魔化して話を続ける。

 

「俺は逃げながらもなんとか香霖堂までたどり着いた────」

 

 

 

──怒り心頭に発した鈴仙からなんとか逃げきり、ジョーカーは香霖堂の近くまでやってきていた。

 

(か……体のあちこちが悲鳴をあげている……)

 

執拗に追いながら攻撃してくる鈴仙の弾幕が掠めた箇所はまるで硬いボールをぶつけられたかのような鈍痛がした。殺傷能力はないあたり一応手加減はしてくれていたようだが、やはり痛いものは痛い。

 

(とりあえず霖之助さんに匿ってもらおう……掠めたところもしばらくすれば【オンギョウキ】の回復力で治るはずだし……鈴仙は少し時間をおいて落ち着いた頃合いを見計らって謝りに行こう……)

 

ジョーカーはすぐそこに見えている香霖堂まで歩いていく。……が、なにやら騒々しい。物静かな霖之助が一人で騒ぐとも考えにくいが、来客でもあったのだろうか……などとジョーカーが首を傾げた直後。「じゃあな香霖! そういうことだから戸締りには気をつけろよ!」という大声とともに勢いよく店の戸が開いた。

 

さすがに見ず知らずの人間に姿を見られるわけにもいかないので慌てて道から飛び退いて身を隠すジョーカー。視線の先では店から出てきた金髪の少女が外に立て掛けてあった箒を手に持つ。そのまま少女は箒に跨るようにして地面を蹴る。重力を無視してふわりと浮き上がった少女はこちらに気づく様子もなく、かなりのスピードで飛び去っていった。

 

ジョーカーが呆気にとられていると、遅れて店から霖之助が出てきた。その表情は苦々しいとも困りはてているとも判別しがたいものであったが、しかし少なくとも愉快な表情ではないことは確実であった。

 

ひとまず他にも誰かいることを考え、変身を解いてから暁は霖之助のもとに歩いていき、少女が飛び去っていった方角の空を見上げたままの彼に声をかけた。

 

「あの、霖之助さん」

「!」

 

表情を驚愕のそれに一変させた霖之助は視線を暁に向ける。

 

「君か! いや、まったく恐ろしいタイミングで来たもんだね。驚きすぎて危うく心臓が止まるかと思ったよ」

「す、すみません。どうしたんですか? 尋常じゃない様子でしたけど……」

「ああそうだ! その話をしないといけないんだった! まさに君についての話だ、予想外ではあったがむしろ好都合と言える」

「は、はあ…………」

 

暁はらしくもなく興奮した様子の霖之助にただ困惑するばかりだった。そして彼に招かれるまま店に入り、あれよあれよと言う間に奥の座敷に通された。

困惑しきったままの暁を尻目に霖之助は急須から湯呑みに注いだお茶を口にし、その苦味で少し肩の力を抜いた。

 

「…………ふう。いやすまない。僕としたことが少しばかり焦りすぎていたよ」

「いえ、気にしていないので大丈夫ですが……本当にどうしたんですか? 俺についての話とのことですが、さっきの少女とも何か関係が?」

「ああ、実はその通りなんだ。これがなんとも厄介なことになってね…………」

 

お茶のものとは違う苦味を感じたように霖之助は表情を曇らせ、ため息をついた。彼は暁のぶんのお茶を注いで差し出しながら「魔理沙の奴……」と愚痴めいた独白を零し、暁は会釈してそれを受け取りながら「魔理沙、というとあの“霧雨魔理沙”ですか?」と鈴仙や輝夜たちから聞いて知った名前に反応を見せる。

 

「そう、霧雨魔理沙。なんだ、知っていたのかい?」

「いえまあ名前くらいは。“博麗の巫女”同様に異変を解決してきた人間と聞いています」

「そうかい。その認識でおおよそ間違いはないよ」

 

暁の返答に頷き、「さて」と霖之助は居住まいを正して口を開いた。

 

 

「単刀直入に言おう。魔理沙が動いた」

「動いた……と言うと、この場合」

「そう。()()()()だ」

 

重々しく言葉にした霖之助。だが暁は霖之助の言うことの重大さが未だ掴めずにいた。

 

「異変解決、ですか…………」

「そうだ。驚きもしないのかい? 相当肝が据わっているらしいね」

「いえ、その、それの何が問題なのかと思いまして……そもそも異変とは? 最近幻想郷で何か起きたんですか?」

「……おいおい、こともあろうに君が忘れたのかい? 幻想郷に限った話じゃない。()()()()()()()()()()んだろう?」

「………………!!」

 

ようやく霖之助の言うことに思い至り、暁は目を見開いた。

 

「時間が止まっている……そこまでは知らずとも『季節が変わらない』。これだけで立派な異変だ。……奇しくも、かの白玉楼の亡霊が巻き起こしたものと似ているね」

「……そうか、なるほど。俺がこの幻想郷に来てもう三ヶ月は経っている。本当ならもう春の兆しが見えていてもおかしくない頃合い…………」

「だというのに、外は依然として寒いまま。雪は降るし風も強い。怪しむ者が出てくるのも自然なことだと言えるね」

 

暁は霖之助の補足に頷き、そしてふと首を傾げる。

 

「……いや、でも無理ですよね? 原因もわかっていない異変の解決なんて。まして原因は幻想郷(ここ)にはない。どうするつもりなんです?」

「………………まさにそこが問題なんだよ」

 

霖之助は暁の問いに頭痛を覚えたかのようにこめかみに手をやる。

 

「霧雨魔理沙と、そして博麗霊夢。彼女たちが今までどうやって異変を解決してきたと思う?」

「どう、と言われても……原因となる相手と弾幕ごっこをする、ですよね? そう聞いていますが……」

「それは間違いじゃない。が、それだけでもない。永遠亭の人たちに聞かなかったかい?」

「いえ、それは…………」

 

 

聞いていなかった。いや、正確に言うと何故だか揃って微妙な表情をした彼女たちが言葉を濁していたのでそこまで聞けなかったのである。

 

 

「……いいかい、彼女たちは異変の原因をわかって異変の解決に臨むんじゃないんだよ」

「………………はい?」

 

霖之助のセリフに思わず聞き返す暁。そんな暁に霖之助はとんでもないことを口にした。

 

「異変の原因を知ってから弾幕ごっこを挑むのではなく、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』んだよ」

「は」

 

冗談としか思えない霖之助の言葉に吐息のような一言だけを漏らし、絶句した暁はまじまじと霖之助の顔を見つめる。そしてその表情に冗談の色の欠片もないことを見てとった。

 

「…………え、いや、え?」

「……信じがたいだろうがね。正真正銘、事実そのものだよ」

「あの、それ、世間一般では通り魔って言いませんか………………?」

「…………」

 

唖然としながらもおそるおそる尋ねる暁に、沈鬱の表情を浮かべてそっと視線を逸らす霖之助。

 

「う、嘘だろ…………」

 

信じたくない気持ちから思わず漏れた暁の一言。頭では霖之助の言葉に嘘偽りは無いとわかっている。わかっているが、受け入れたくない。

 

「……わかるかい、この重大さが」

 

長いため息を吐いた霖之助は視線を床に落とす。

 

「異変の原因にたどり着くまで怪しいと思った相手に弾幕ごっこを仕掛ける。今まではそのやり方でよかった。博麗霊夢は持ち合わせた超常的なまでに冴えた“勘”で、霧雨魔理沙は異変に対する独自の嗅覚と思考によって最後には必ず異変の原因に行き着いていたんだ」

「……しかし今回に限ってはそうもいかない。なにせ、元凶は君の話によるととんでもなく厄介で強大な相手だ。それに、そもそも幻想郷の外にいる。異変を解決するどころか彼女たちがたどり着くこともないだろう」

 

 

「────つまるところ。彼女たちはただ目についた怪しそうな相手に片っ端から喧嘩を売り続けることになる…………ということだ」

 

 

 

「最悪じゃないですか」

「だね」

 

ポツリと零した暁の言葉に霖之助は深く頷いた。




前回あまりにも待たせた挙句あまりにもアホなやらかしまでしていたのでせめて今回はできるだけ早く投稿しようと思いましてちょっと頑張りました。割とリアルでアレな時期なんですがまあいいやもう!(自棄

そういやP5Aの主人公の名前、「雨宮 蓮」でしたね。やっぱり漫画版と違うじゃないか! どうしてくれんのこれ(憤り
……というのはさておき、この名前にどうも聞き覚えがあると思ったらGEB(ゴッドイーターバースト)に出てくる「雨宮 リンドウ」の息子の「雨宮 レン」でした。ツイッター見たらどうやら同じ感想を持った人もそこそこいて嬉しかったです。

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