Joker in Phantom Land   作:10祁宮

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怪盗←兎←鴉←蓬莱人

鈴仙は自らの口元をさすりながら、平然と幽々子を欺いてみせた自分自身に驚いていた。

欺いた、と言っても大部分は事実を伝えたに過ぎない。恣意的に組み合わせた事実とほんの少しの嘘で真実を別のものに見せかけていただけだ。

 

——正直なところ、あそこで幽々子に見つかるのは完全なる想定外だった。

 

 

(気配を視ることができる? ……いや、ズルくない? 『死に誘う程度の能力』なんて反則級の能力に加えて亡霊独自の知覚とか卑怯でしょ! おかげでメチャクチャ冷や汗かいたわよ! …………必死で取り繕ってなんとか事無きをえたけど、場当たり的過ぎて自分でもボロが出てないかわかんないわ…………だ、大丈夫……よね?)

 

余裕そうに見えて、実は相当焦っていた鈴仙。

あの時幽々子の問いに表情一つ変えなかったのは、単にあっさりと姿の隠蔽(ステルス)を看破されたことへ動揺するあまり表情筋が完全に固まっていただけで、内心は荒れ狂う海の様相を呈していた。

 

緊張が緩んで我に返った途端に不安に襲われる。……そもそも、口八丁を働かせて相手を謀るような真似は自分ではなくてゐの専売特許だ。むしろ自分にしては上出来と言ってもいいだろう。

 

 

————とはいえ。

少し前までの自分にはこんな腹芸は出来なかったであろうことも間違いない。

 

(…………もしかして、いつの間にか毒されてる……? ……いや、そんなまさか……)

 

仮面をつけたアイツの不敵さ、大胆さ……というかふてぶてしさが感染してしまったような気がしてならない。

もしくは普段の馬鹿馬鹿しいやりとりとツッコミの中で次第に感覚が麻痺していたのか…………!?

 

と、鈴仙が戦慄しているところに。

 

 

「——なかなか愉快な百面相だな。見てて飽きな……」

 

横から声をかけられた。

その声を認識した鈴仙は最後まで聞くことなく反射的に、

 

(フン)ッッッ!!」

「いッ!?」

 

渾身の肘をそちらに見舞う。

綺麗に鳩尾に入った感覚が伝わると同時、苦しげな呻き声を耳が拾い上げた。

半ば無意識に行ったその動作をきっかけに、自己に埋没していた意識が周囲に向く。

 

——いつの間にか冥界から顕界へ戻ってきていた。考えこんでいる間に境界を通り抜けていたようだ。

その事実を確認した鈴仙は自分の肘を突き刺した相手————ジョーカーを見下ろす。

 

「い、いきなりなにするんだ…………? 」

「あ、喋る元気は残ってるのね。もう一発、いっとく?」

 

次は眉間かしら、とにこやかに笑う鈴仙。その瞳の奥底に渦巻く絶対零度の殺意を鋭敏に感じ取ったジョーカーはブンブンと首を左右に振って彼女から少し距離をとる。

どうしてかはわからないが彼女は非常にご立腹らしい。愉快な百面相と言ったのがよほど気に入らなかったのだろうか。

 

「愉快な百面相? ……誰のせいでそんな顔をすることになったと思ってるのかしらね…………?」

 

地獄から響く亡者の怨嗟のように響く鈴仙の言葉で咄嗟に目を逸らすジョーカー。一瞬で彼女の怒りの原因を察した。

そんな彼の顔を下から覗き込むようにしながら鈴仙は煮え滾る怒りを口にする。

 

「正面から堂々と浸入していった挙句、真剣勝負? バカなの? 実はバカなの?? 知らないなら教えてあげるけど、怪盗っていうのはね、泥棒なの。泥棒はコソコソ隠れて物を盗むの。正面から突っ込むなんてのは泥棒じゃなくて強盗がすることでしょ? もしかして本当は強盗だったの? ねぇ、どうなの??」

「ち、違います…………」

「それで私があの亡霊にどれだけ必死に言い訳したと思ってるの? アンタが余計なことするから私もあの亡霊の目の届く範囲に移動せざるを得なかったんだけど? ん? なにか弁解はあるかしら?」

「大変申し訳ございませんでした」

 

間髪いれずに頭を下げるジョーカー。

彼女の怒りの炎が延焼する前に、可及的速やかに鎮火しなければ危ない。主に自分の命が。

頭を下げたジョーカーを見た鈴仙はしばし黙り、やがて比較的穏やかな声色でこう言った。

 

「…………まあいいわ。言い逃れは多分できたし、結果的にはうまくいったしね」

「そ、そうか…………」と安堵したジョーカーは顔を上げ、鈴仙の表情を見た途端に硬直。

 

————慈母のような穏やかな微笑み。

ジョーカーはその背後に修羅の姿を幻視した。

 

「…………そんなことより気になるのはね」

 

不自然なほど平坦な声で鈴仙はジョーカーに問う。

 

「『地底に住んでる鬼の一人に星熊勇儀ってのがいたんだが、彼女にまったく同じことをやられてな』だっけ? …………どういう意味か、教えてくれる?」

「………………………………あ」

 

致命的なミスを犯したことを認識したジョーカーは背筋と首筋から汗がドッと噴き出す。

顔色を悪くするジョーカーに鈴仙は能面のように無機質な微笑みを浮かべ続ける。

 

「いやー、よくわかんないのよ。だって私の知る限りでは? 暁が地底に行ったのはこいしちゃんと一緒だったあの時しかないし? その時は『普通に古明地さとりに挨拶をして許可を得た』としか言ってなかったもんね? ——仮にその時じゃなくて最近行ってたんだとしても、どっちみち『鬼』なんて単語を暁から聞いた覚えがないことには変わりないわよね?」

「……………………いや、その………………」

「『同じことをやられて』? 同じことっていうのは、つまり、鬼に刃物をむけて受け止められたってことよね?」

「……………………………………」

 

最早目を合わせることもなく冷や汗をダラダラと流し続けるジョーカー。

 

「…………怪盗さん。納得いく説明、してくれるよね?」

 

そんな彼の襟をギリギリと締め上げながら鈴仙はにこやかに()()()する。

ジョーカーも観念したように「…………それは…………」と口を開き。

 

 

 

——————次の瞬間。

いきなり変身を解除した。

 

「————ッ!?」

 

突拍子もない行動に意表を突かれる鈴仙。

変身が解けたことによった彼女が握っていた襟も消失し、暁は重力に引かれて落下しはじめる。

次第に加速しながら落下していく暁を呆気にとられて見下ろす。

そうして状況を呑み込めない鈴仙が固まっている間に暁の距離がかなり離れ。

 

噴き上がる蒼炎に包まれた暁は怪盗姿に再度変身し、落下の勢いをそのまま利用して凄まじい速度で滑空するように飛行を開始。

それを見て鈴仙もようやく気がつく。

 

 

————あ。逃げた。

 

 

「………………………って、逃がすかぁっ!!!!」

 

即座に彼を追って飛び立つ鈴仙は懐からスペルカードを取り出した。射程内に入った瞬間に撃墜させるつもりだ。

 

そうしてにわかに始まった逃走劇。

それを目撃していた者がいたことを、二人はまだ知らない。

 

「——————あやややや。これはまた面白そうな……」

 

 

 

————迷いの竹林。

その片隅で対峙する二人がいた。

 

「お前が喧嘩売ってくんのも久しぶりだな。どういう風の吹きまわしだ?」

「べっつにー? ただの暇潰しだけどー?」

 

妹紅と輝夜。

彼女らは些細なことをきっかけに、今まさに()()()()()()()

平時となんら変わらぬトーンの声を投げかけあいながら殺意に満ちた攻撃の応酬が繰り広げられる。その余波を受けた周囲の竹林は既に見るも無残な姿に成り果てていた。

 

妹紅は業火で形作った鳳凰を輝夜へ放ちながら疑問を口にする。燃え盛る灼熱の鳥は一直線に輝夜へと突き進む。

 

「いや、それはいつもと同じだろ。そうじゃなくて、むしろ今日まで絡んでこなかった理由はなんだ? そしてなんで今日は絡んできた?」

 

対する輝夜は鳳凰の頭を自らの手が焼け爛れることも無視して掴み、流麗な眉をやや顰めながら握り潰し、その問いに答える。

 

「だから言ったじゃない。ただの暇潰しよ」

 

そして能力によって加速し、音速を突破した蹴りを妹紅に浴びせる。

空気の壁をも撃ち壊すその威力は蹴りを放つ足そのものを自壊させながら妹紅の腹に突き立ち、土手っ腹を盛大に貫く。

少し顔をしかめる妹紅。それでも、妹紅と輝夜は双方ともに顔色一つ変えない。

輝夜の手は既に元通りに“治って”おり、妹紅の体に空いた大穴もみるみるうちに再生していく。

 

 

————『蓬莱人』。

死なず、老いず、衰えず。ただ、生き続ける。

人どころか生物の枠すらも逸脱した存在の異常性がその場にあった。

 

 

「答えになってないだろ。暇潰しだっていうなら何度か機会はあった。なのに何もしてこなかった。そして、お前は我慢なんてする奴じゃない」

「…………何が言いたいのよ」

「わからないか?」

「わからないわね」

 

言葉の隙間を縫うように血飛沫が舞い、爆ぜる炎が跡形もなく焼き尽くす。

踊るように交錯する輝夜と妹紅。

 

「暇潰しなんて必要なかった、ってことだろ。少なくとも今日までは。お前の倦怠を晴らしていたものが何かは知らんが、飽きっぽいお前がここしばらく大人しくなるくらいには面白いナニカなんだろうな」

「……………………」

「違うか?」

「…………半分正解、半分間違い。悪くはない推測ね」

 

妹紅の推測がある程度正しいことを素直に認める輝夜。数歩分の距離をとって妹紅に向き直る。

対する妹紅も手を下ろし、殺し合いより会話を優先する。

 

「回りくどいな。とっとと説明しろよ」

「せっかちねぇ。…………ここ最近退屈してなかったのは事実よ。そこは正しい。だから半分は正解」

「じゃあ残りの半分はなんだよ」

「うーん。そうね……まず前提として、あなたはあの外来人のこと、覚えてる?」

「外来人って…………お前らのとこにいるアイツの話か? 忘れるわけないだろ。私がどれだけ忘れっぽいと思ってるんだ」

 

妹紅の言葉に輝夜は微笑み、それを見た妹紅は薄気味悪そうな表情をする。

 

「なんだその顔。気持ち悪いな」

「いや、別に。あなたでも“覚えざるをえない”のね、暁は。…………それとも、覚えることが当たり前になってた?」

「…………………」

「『どうせ自分より先に死んでいく連中のことなんていちいち覚えるだけ無駄だろ』……いつ聞いた、誰の言葉だったかしら」

 

独白のように唇から言葉を零す輝夜。スッと表情を消した妹紅の顔から彼女の内心を推し量ることはできない。

 

 

「……ま、わかるけどね。あれだけ強烈な背景を持った人間、私だって忘れないわよ。本人は『自分は至って普通です』なんて顔してるけど、個性の塊みたいな存在だもの。話してて飽きないわ」と肩をすくめる輝夜。

 

「————けど、それだけじゃない。暁には“何か”がある。限られた人間だけが持つ、特別な素質が。あなたも薄々感じたことはあるんじゃない?」

「……………まぁ、な」

「永遠不変の肉体を持つ『蓬莱人』。けれど、その精神までは永遠の枷を嵌められていない。博麗の巫女が訪れたことで永遠亭の止まっていた歴史が動きだしたように、私達もまた変わりうる。——あなただってそうでしょう?」

 

 

暗に自分が変わったことを指摘する輝夜の言葉に黙って目を逸らす妹紅。

とりとめのないことをつらつらと口にしているだけのようにも聞こえるが、輝夜が言いたいことを妹紅は理解していた。

自分にとって友人と呼べる唯一の存在を思い浮かべながら、続く輝夜の言葉に耳を傾ける。

 

 

「暁はそういう“変える”類の人間。関わった者に否応なく変化を(もたら)す。……それがどういうものかはわからないけどね。ここ最近の関わりで私自身も大なり小なり、変えられた部分はあるはず」

「………………」

「…………けど、わからないのよ。私のどこがどう変わっているのか。それが良いことなのか、悪いことなのか」

 

「だから」

 

自分の言葉を噛み締めるようにしながら話を進めていた輝夜の視線が真っ直ぐに妹紅を射抜く。

 

「————こうすることで、自分の中で変わった何かを見つけられないかと思って。私もあなたも変わらない者同士、だけど変えられた者同士。以前と同じことを以前と違う状態で行えば、そこから何かが見えてくるんじゃないか、って」

「お前…………」

 

熱に浮かされたように、いつになく饒舌に語る輝夜に妹紅は驚く。ここまで自分をさらけ出すような真似をするとは予想だにしなかった。

妹紅の驚いた目を見た輝夜は我に返り、肩を落とす。

 

「…………らしくもなく語っちゃったわね。……とにかく、そんな感じよ。結局何もわからないままだったけど」

「…………お前は———」

 

妹紅が思わず輝夜に一歩踏み出し、何かを言おうとしたその瞬間。

 

————バァァァンッッ!

 

激しい轟音とともに地面が揺れた。

音の発生源はすぐ近くだ。

 

 

「「!?」」

 

音が聞こえてきた背後を揃って振り返る二人。

そこには、

 

「…………ゲホッ、ゲホッ……し、死ぬかと、思った…………」

 

よろめきながら体を起こすジョーカーの姿があった。

ジョーカーは頭を振って意識をはっきりさせながら立ち上がり、そこでようやく自分を見る二人の存在に気づいた。

 

「あれ、輝夜に妹紅さんじゃないですか。こんなところでいったい……何、を………………」

 

発せられた疑問の声が尻すぼみに小さくなっていき、最後には黙ってしまうジョーカーに首を傾げる二人。

まじまじと凝視してくるジョーカーの視線を辿り、自分達の姿を確認する。

 

「「…………あ」」

 

 

——『蓬莱人』の肉体は変化を許さない。

『蓬莱の薬』を飲んだその時の体に時間は固定され、何があろうと復元される。焼かれようと、貫かれようと、その全ては跡形も無く消え失せる。

 

…………ただし。

 

その効力が適用されるのはあくまで()()()()()()()()()()————

 

 

ボロボロになった自分達の衣服を見る輝夜と妹紅。互いに防御もせずに殺し合った結果、再生することのない服はほとんど原形を留めておらず、肌がもろに見えていた。

見えてはいけない部分を隠す部分は奇跡的にまだ残っていたが、上半身はほとんど下着一枚を着ているのと変わりないくらいの露出度だ。

 

「………………」

「………………」

 

自分達の現状を再認識して頰が次第に紅潮しはじめた二人は錆びついた人形のようにぎこちなく首を動かしてジョーカーを見る。

ジョーカーも沈黙を守ったままそんな二人を見つめる。

 

「「「………………」」」

 

——にわかに訪れた静寂。

 

全員が硬直してから数瞬の間を挟み、ふと我に返ったように上を見上げたジョーカー。

その後両手を合わせ、輝夜と妹紅に頭を下げて口早に言う。

 

「とりあえず、ごちそうさまでした」

 

——そして、脱兎の如く踵を返して走り去り、それを見ていた二人が何かを言う暇もなく、竹林の奥へと姿を消す。

 

さらにその直後。

 

「待てコラァッ!! 赤眼『望見円月(ルナティックブラスト)』ォォォオォォッッッ!!!!」

 

隕石のように上空から勢いよく降りてきた鈴仙が目から赤い光条を撃ち出し、ジョーカーが逃げた方向を薙ぎ払った。

荒々しい口調に悪鬼のような形相の彼女は輝夜達を一瞥すらせずにそのままジョーカーのむかった先へと飛び立つ。

 

 

「「………………」」

 

 

後に残された二人は顔を見合わせる。

変わり続ける状況に完全に置いてきぼりにされていた。

 

そこに。

 

 

「うーん、この私がまだ追いつけないとは……いったい鈴仙さんが追いかけているのは何者なのか————ん?」

 

 

一人の鴉天狗が地上に降りてくる。

 

————射命丸 文。

 

日光を遮るように手を目の上に当てながら竹林の奥をすかして見ようとする彼女は、視線を感じて振り返る。

そして、輝夜と妹紅の二人を目の当たりにする。

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

「「「………………」」」

 

状況を呑み込めずにいる三人は三様に固まり、その場に再びの沈黙が訪れた。

————しかし、その均衡はすぐに破られる。

 

非常に肌色成分の多い二人の姿を認識した文。彼女は状況を理解することはいったん放棄し、西部劇に登場するガンマンもかくやとばかりに素早く取り出したカメラを二人にむけてシャッターを切る。

 

パシャッ! という音を二人の耳が拾った時には既に文は背中から生えた翼を大きく広げ、飛び立とうとしていた。

 

「これは素晴らしい! ネタになりそうなものを追いかけてきた先でさらに美味しいネタを見つけられるとは! 見出しは……『竹林の姫君と案内人のキャットファイト! 原因は痴情のもつれ!?』…………よし! いける!」

「「————ちょ、待っ…………!」」

 

二人にとって不穏極まりない言葉を興奮気味に吐き散らかした文は一目散に空へ飛んでいく。

ここに至って文に遅れをとった二人も今更ながらもようやく事態を認識する。

 

 

 

————あの鴉を今すぐ捕まえなければいけない。

 

 

 

「おいコラ鴉! 焼き鳥にされたくなければ今すぐ止まれ! 『パゼストバイフェニックス』!」

「今なら子守唄で眠らせてあげるわよ? 永遠にね…………! 神宝『ブリリアントバレッタ』!」

「あやややや! 記者たる者、脅しには屈しませんよ! 逃げるが勝ちです!」

 

 

————こうして、ジョーカーの逃走劇が引き起こしたもう一つの逃走劇によって、怪盗の正体が露見することは避けられた。

 

…………が、彼が怒り狂った鈴仙から逃げきったかどうかはまた別の話である……




色々悩んで書き直しながら形にしましたが、いかがでしょう。それなりにシリアスとギャグを入れつつまとめられたような気はしているんですが……

次回は番外編? にする予定です。

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