Joker in Phantom Land   作:10祁宮

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事実≠真実

『驚いたわ。まさか噂の怪盗さんに弾幕ごっこを挑まれるなんて思いもよらなかった』

『ルールはそちらが決めてくれて結構。一発被弾で敗北って基本ルールでも構わないが』

『うーん、そうね………………ねぇ、話は変わるんだけど、その刀は既にどこかから盗ってきたものなの?』

『いや、自分のものだな。最近使いはじめた。それがなにか?』

『…………決めた! 貴方と弾幕ごっこをやってみたい気持ちはあるけれど、それよりも面白い方法で決着をつけましょう』

『ほう。それは?』

『もうすぐおつかいに出したウチの庭師が帰ってくるわ。その子と試合をしてちょうだい。その内容次第で貴方に対する処遇を決める』

『……つまり、真剣試合で勝てと言うことか?』

『勝てなくてもいいけど、私を満足させられないような戦いなら不合格よ。その時は…………ふふ』

『…………なるほど。それでいこう。でも真剣試合と言っても、どう言いくるめるんだ? その相手はこんな話を聞いて真剣になれるのか?』

『そこは問題ないわ。いい? まずは貴方が私にその刀を————』

 

 

 

「————と、まあそんな流れだったのよ。わかった?」

「わかりましたよ! ええ、これ以上ないくらいに!」

 

幽々子の説明を聞いてバンバンと畳を叩きながら叫ぶ妖夢。

気絶していた彼女はジョーカーによって白玉楼の中に運ばれ、つい先ほど目覚めたばかり。

そして起きるやいなや近くにいた幽々子に説明を迫り、今に至る。

どうやらまんまと幽々子に遊ばれたことが不満らしい。

 

「いくらなんでもお戯れが過ぎます! 私がどれだけ心配したと思ってるんですか!」

「相変わらず妖夢は心配性ねぇ。そこがまた可愛いんだけど」

「幽、々、子、様!!」

 

そして、少し離れたところから二人を眺めるジョーカー。

 

(…………キャンキャン吠える仔犬と、それを面白がる飼い主……)

 

他にすることもない彼は主従のやりとりを見ながら心中でそう喩える。

ジョーカーがそうしてしばらく立ち尽くしていると、不意にこちらに向き直った妖夢と視線があった。

妖夢は主人に対する説教を中断し、居住まいを正す。

 

「…………えっと、あの……すいませんでした。幽々子様の戯れに巻き込んでしまって……あ! 勘違いで斬りかかってしまったこともです! 本当に、申し訳ございません!」

 

勢いよく頭を下げる妖夢。

ジョーカーは思いもよらぬ彼女の行動に固まるも、思い出したように返事をする。

 

「あ、うん……いや、謝る必要はない。勘違いしたのはこちらがそう仕組んだからだし…………そもそも、俺はこの白玉楼に盗みに入った賊だぞ」

「………………ハッ! そ、そうだった! おのれ賊め! よくも騙してくれたな! ここで成敗してくれる!」

(面白いなぁ、この子……)

 

言うなり“楼観剣”を抜刀して正眼に構える妖夢を仮面ごしに生暖かい目で見下ろすジョーカー。

幽々子が彼女をからかう理由が理解できたような気がする。

 

「覚悟!」と言いながらそのまま斬りかかってこようとした妖夢は「はいはい、落ち着きなさい」背後の幽々子に扇子ではたかれ「痛っ!?」“楼観剣”を持ったままつんのめる。

普通の刀に比べて長い“楼観剣”はそのまま勢いよく斜め上にむかって突き出され——

 

ブスリと天井に突き刺さった。それはもう、見事に。

 

そして“楼観剣”を握っていた妖夢は減速を通り越していきなり停止したため、慣性によって額を“楼観剣”の峰側に思いっきり打ちつける。

 

「ん゛っ!?」

(あちゃー…………)

 

天井に刺さりっぱなしの“楼観剣”から手を離してしゃがみこみ、額を両手で押さえながら涙目になって悶絶する妖夢。

綺麗なコンボを目の当たりにしたジョーカーは痛々しいその様子に気の毒そうな視線を送る。幽々子は必死に笑いを堪えているが肩が震えている。内心では爆笑しているのだろう。

 

「あー……その、大丈夫か?」

「…………うう、痛い……痛いぃ……」

(……どうすればいいんだ、コレ)

 

絞り出された小声を聞いたジョーカーは、立たせようと差し出した右手を所在なさげに彷徨わせる。

少しの間迷った後、その手をしゃがみこんだ妖夢の頭にポンと乗せる。

ピクリと身じろぎする妖夢が何かを言う前に口を開く。

 

「…………い、痛いの痛いの飛んでいけ……?」

「……………」

 

たどたどしくジョーカーの唇が零したその言葉に沈黙を返す妖夢。

ジョーカーもそれ以上言うのは憚られ、黙って妖夢の頭をワシワシと撫でる。

しばらく彼女の頭を撫でているうちにジョーカーは過去に何度かこうして仲間の一人を慰めたことがあったのを思い出していた。

……彼女は今どこにいるのだろうか。こちらに来てしばらく経つが自分以外の怪盗が現れたという情報はない。やはり幻想郷には来ていないのか……? だとすれば————

 

「…………もういいわよ。自分で立てる」

「………………っと、すまない」

 

そこで妖夢にやんわりと手を押し除けられたことで思考は中断される。

やや赤い仏頂面で立ち上がった妖夢はこちらと目を合わせずに“楼観剣”を両手で握り、下に引き抜く。

天井から抜いた“楼観剣”を鞘に収めた妖夢はそのまま幽々子に振り向き、深く頭を下げる。

 

「申し訳ございません幽々子様。天井を……」

「気にしないわよ。弾幕ごっこで壊れるのに比べたら無いに等しい傷じゃない」

「寛大なお言葉、ありがとうございます」

「それに妖夢の可愛い姿も見せてもらったことだし、ね?」

「……………………はぁ…………」

 

クスクスと笑う幽々子の言葉に全てを諦めたようにため息を漏らす妖夢。

妖夢は頭を振って気分を切り替え、再度こちらに向き直る。

依然として視線は床に落としたままだが、敵意は感じられない。

 

「……その、ありがとう。きっかけはともかく、手合わせしてくれたことは事実だから」

「あ、ああ。こちらこそ。なんというか、こちらにとっても有意義な時間だった」

「そ、そう…………」

「………………」

「……………………」

「…………あー、えっと」

「ね、ねぇ! もし、よかったら、なんだけど」

 

沈黙に耐えかねてこちらから何か言うべきかと口を開きかけるが、妖夢の方から言葉を続けた。

 

「…………また、手合わせしてくれない?」

「え?」

「何者かも知れない賊に頼むのもおかしいことだとは思う。けど…………私はまだ未熟で修業中の身。貴方が私の鍛錬の成果を確認する相手になってくれるなら、きっと私の剣を高める一助になるはず、だから…………」

 

妖夢は言いにくそうに口ごもりながらも最後まで言い切った。

思いもよらない申し出にジョーカーは目を瞬かせて一瞬硬直し、幽々子の方を一瞥する。

幽々子も妖夢の申し出に驚いた顔をしていたが、特に異論を挟む気は無いらしく、こちらに頷いてみせる。

視線を妖夢に戻す。

 

「こちらからお願いしたいくらいだ。“刀”についてはてんで素人だからな。……むしろ教えてもらうことになると思うが、それでいいのか?」

「は?」「え?」

 

そう口にした瞬間、妖夢と幽々子の声が重なった。

 

「し、素人ってどういうこと?」

「どういうこともなにも……そのままの意味だが。刀を振り始めてからまだ二週間弱だ。さすがにそれで玄人は名乗れないだろう」

「…………はぁ!? え、じゃあ貴方はほんの二週間でそこまで戦えるようになったって言うの!?」

「それは違う。刀を扱い始めたのは二週間前だけど戦い方を身につけたのは……もう一年前くらいになる、のか? …………まあとにかく、剣術に関してはズブの素人同然だよ」

 

淡々と告げられたジョーカーの言葉に絶句する妖夢。

代わりにおそるおそるといった様子で幽々子が口を開いた。

 

「今の話、本当なの?」

「……何を今さら。最近使いだしたと言ったはずだが?」

「さすがに謙遜か冗談かと思ってたわ……よくそれで真剣勝負なんて承諾したわね…………」

「まあ、こちらもあわよくば剣術の練習相手になってくれれば、っていう打算も込みでここに来たからな。ちょうどよかったというか」

「ちょうどよかった。そ、そう……」

 

ここまでずっとマイペースだった幽々子が若干動揺する。

妖夢もジョーカーにくってかかる。

 

「おかしいでしょ! 戦いだして一年? 刀は二週間? そんな短い修練で、どうして私と互角に戦えるのよ!」

「互角なわけないだろう。動きについていくだけで必死だったさ。剣術はおろか、刀の取り回しすら覚束ないんだから」

 

妖夢はジョーカーのその言葉でさっきの勝負の最中に感じた違和感が間違いでなかったことを知る。やはりこの男、剣についてはてんで素人だったのだ。

 

そして同時に、彼が本当のことを話していることも理解する。

いろいろと飲み込めきれずにいる妖夢はそれら全てをいったん脇に置き、他に聞きたいことを先に尋ねることにした。

 

「じ、じゃああの時のアレは!?」

「アレ?」

「ほら、あの! 私の“楼観剣”を素手で受け止めたでしょ! アレはどういう原理よ!」

「ああ。アレは単純に肉体強化で。説明しにくいが、その種の……術? みたいなものだと思ってくれれば」

「…………は?」

 

理解を越える情報が連続したところにさらなる意味不明な情報を追加され、ピシリと固まる妖夢。

 

「地底に住んでる鬼の一人に星熊勇儀ってのがいたんだが、彼女にまったく同じことをやられてな。俺も防御に徹すれば同じことができるんじゃないか……と見様見真似で。普段からあんなことはできない」

「……………いや、そこじゃなくて……えええ ぇ……?」

(星熊勇儀って……確か、鬼の四天王じゃない。しかも今の話からすると弾幕ごっこじゃなくて単なる決闘か殺し合い。……なんで生きてるのかしら、この人間。いや、本当に人間なの? でも気配は……)

 

困惑する二人を意に介さずジョーカーは幽々子のもとへ歩いていく。

考えこんでいた幽々子はそれに気づき、顔をあげた。

 

彼女の前で立ち止まり、真面目な表情をしたジョーカーは言う。

 

「とにかく、貴女の条件はクリアしただろう? 約束通り何か頂いていくが構わないか?」

「……ええ、そうね。問題無いわ。約束は約束だもの。好きなものを持っていきなさい」

「そうか。では……」

 

そう言って彼は腰をかがめて幽々子が持っていた扇子を無造作に抜き取る。

 

「コレにしよう」

「……それ、大して価値の無い安物の量産品よ? 骨董品とか値の張るものは仕舞ってあるし」

 

怪盗の選択に困惑する幽々子。

まさかとは思うが、この扇子の価値を見誤っているのだろうか。仮にも怪盗を名乗る者がこれしきの品も見定められないというのは、いささか落胆させられる。

——しかし。

 

「それは承知の上だ。だが、問題無い」

 

と、幽々子の疑念は真っ向から切り捨てられる。

平然としたまま扇子を懐にしまって踵を返す怪盗の背中を見ながら幽々子は眉をひそめる。

 

正面から乗り込んできてまで盗みにきたものがただの扇子一つ。しかも、それを手にするために真剣での決闘まで躊躇無く行う。

ここまでくるとさすがの幽々子も怪盗の思考が理解できない。頭がおかしいとしか思えない行動だ。

 

「————では、これにて」

 

そんな彼女の内心を知ってか知らずか、怪盗は背中ごしに別れの言葉を投げる。

怪盗の唇が残した残響が消えるとともに、その場から怪盗の姿は跡形もなく消え去っていた。

 

「…………妖夢」

「——はっ! な、なんでしょうか?」

「ひとまずご飯にしましょ。買ってきた食材、台所に持って行ってくれる?」

「わかりました」

 

呆気にとられていた妖夢も主人の声で現実に引き戻され、頭を下げる。

買い物袋を持った彼女が部屋を出ていくのを見つめていた幽々子はそのまま視線を動かすことなく口を開いた。

 

「さて、貴女もそろそろ出てきてくれないかしら?」

「………………」

 

幽々子がその言葉を吐いた直後、部屋の隅が陽炎のように揺らぐ。

そこから出てきたのは————

 

「月の兎さんがこんなところに何の用? それも、姿を隠してまで」

「…………ま、そりゃバレるわよね。薄々予想はしてたわ」

 

肩をすくめた鈴仙。

幽々子は表情も視線も動かすことなく唇だけを動かす。

 

「姿が見えなくても気配が“視え”てるもの。亡霊相手に隠れんぼをするつもりだった?」

「ふぅん。気配を視る、か。……じゃあさっきの怪盗の気配も視たってことかしら? 何が視えたの?」

「それは…………」

 

互いに質問の刃を投げかけあう二人。先に鈴仙の切り返しが幽々子に刺さり、彼女は口ごもる。

その反応に好奇心の色を目に宿らせた鈴仙だったが、返答を待たずに幽々子の問いに答える。

 

「…………ま、わかってると思うけど、あの怪盗を探ってるの。師匠から命じられてね」

「……永遠亭の薬師が天狗の新聞に載っていた怪盗と何の関係が?」

「そうね……師匠がどうこうと言うより、永遠亭自体の問題かしら」

「……………………」

 

はぐらかすように曖昧なことしか言わない鈴仙。ここで初めて幽々子は鈴仙に視線を移す。

幽々子の口元はいつの間にか新たな扇子で隠されていたが、目は笑っていない。

重圧すら放つその視線を受けて尚、鈴仙は顔色一つ変えなかった。

 

「そんな大層なことじゃないわよ。単に“怪盗が最初に姿を現したのは私達のところ(永遠亭)だった”ってだけ」

「!」

「そしてあの人里の一件。……自分達のことはひとまず伏せておいて今後の動向を伺う、という師匠の判断が下りるのはそこまで不思議なことでもないでしょう?」

 

鈴仙の語ったことを吟味する幽々子。

 

(人里での騒ぎの前に怪盗は永遠亭に盗みに入っていた…………? ……それが事実なら怪盗を監視するようにあの月人が命じてもおかしくはない。正体不明の怪盗の目的——私自身、知りたいもの)

 

筋は通る。が、違和感がある。

 

「……なら、どうやって怪盗の動きを掴んだの? ここに怪盗が現れることなんて予測できないはずでしょう? …………まさか、ただの偶然とでも言うつもり?」

「…………人里では既に有名な話なんだけど、『稗田の当主が外に出てる』っていう噂、知ってる?」

「………………稗田の当主が、外出? 今代の当主は歴代でもかなり体が弱い方に入っていた はずだけど……」

「——だけど現実として彼女は何度も外で目撃されている。私も実際に会って確かめたけど、普通の人間となんら変わらず元気そのものだった」

 

鈴仙が口にする意外な事実に驚きと新たな疑問の両方が浮かび上がってくる幽々子だったが、そちらは後回しにして先を促す。

 

「…………それで?」

「とにかく私達のところで検査してみることになった。その結果、何の異常も見当たらなかった。……異常が見当たらなかったのは以前検査した時も同じだったけどね。原因不明の持病が原因不明に完治した、としか言えないわ」

「…………不可解ね」

 

思わず呟く幽々子に同意を示すように鈴仙は深く頷き、話を先に進める。

 

「——とにかく、彼女は永遠亭にいる。だから怪盗について聞いてみたの。そしたらいくつか話してくれた中に『白玉楼について尋ねられた』……ってのがあってね」

「…………それで、ここに怪盗が来ると予想したってわけね」

「既に怪盗が来ているかも——と思って何か聞けないかと訪れたけど、まさか“現場”に鉢合わせるなんて……慮外の幸運だったわ。ま、日頃の行いかしら?」

 

そんな言葉を口にして、鈴仙も先ほどの怪盗と同じように縁側から外に踏み出す。

 

「————さて。こちらも最低限の説明義務は果たしたし、私もお暇させてもらうわ。今さら追いつけはしないでしょうけど、一応追うだけ追ってはみないと」

「………………そう。頑張ってね」

 

おざなりな幽々子の別れの言葉と同時に鈴仙は空へと浮き上がり、顕界との境界に向かって飛んでいった。

幽々子はそれを屋内から見送りながら思案に耽る。

 

(……今の話で完全に納得したわけでもないし他にも聞きたいことは山ほどある。けど、これ以上引き留める正当な理由は無い。ひとまずはここまでね……)

 

彼女はそう結論づけ、静かに嘆息した。

 




お 待 た せ (震え声

最近リアルの方が忙しかったのに加えてキャンペーン期間中ずっとグラブってたので全然こっちに手がつきませんでした。
少しずつ書いてはいたんですが、その度にどうにも気に入らないところが出て改稿する繰り返しで……やっぱり勢いで書かないとダメですね。誤字とかの恐れはありますが長引くのもよろしくない。
落としてしまったペースをなんとか取り戻していきたいと思います。

今回の話は……うん、特に何も進んでないですね……

今日はp4幻の更新日だし皆もこんな作品よりp4幻を観ようね! 何度も言うけどスッゲェ面白いよ!(定期

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