Joker in Phantom Land   作:10祁宮

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「真剣」勝負

ふぅ。

 

重い荷物を抱えた私は溜息をついた。

両手には食材で膨れ上がった買い物袋。背中と腰にはそれぞれ刀が一本ずつ。

“楼観剣”に“白楼剣”。

大切なこの二本の剣は肌身離さず持ち歩いている。

買い物袋を持っているのは人里に買い出しに行ってきた帰りだから。この食材達も、一人で私の何倍も食べる幽々子様の胃袋に数日足らずで消えていってしまう。

今までと同じように。きっとこれからもそうだろう。

 

空を飛びながらぼんやりとそう考えていた私は結界を抜けて冥界へと到着する。

変わり映えのしない無機質な風景を見ることもなく白玉楼に飛んでいく。

冬の冥界の景色はこんなものだ。春になれば満開の桜が一面に咲き誇り、それはそれは綺麗なものだが。

 

閑話休題。

 

いつものように荷物を持った私は空から庭に降りて、屋敷の中にいるはずの幽々子様に声をかけようと振り向きながら口を開く。

 

「幽々子様、ただ今帰り————ッ!!!?」

 

だが、その光景を前にした私の全身は驚愕のあまり私の意思とは無関係に硬直する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そんな光景を受け入れるのに一秒の半分ほど必要とした。

理解すると同時に、私は地面を蹴って前に飛び出す。

間に合うか、なんてことは考えない。間に合わせるだけだ。

刹那の間に彼我の距離を消し飛ばし、こちらに背中をむける相手に“楼観剣”による一閃を浴びせかける。

 

(どういう状況かは知らないけど、斬る!)

 

背後からの不意打ち、そして助走によって加速した一閃。

断末魔をあげる暇も無く両断されるはずだったその何者かは電撃のような速度で“楼観剣”に反応し、幽々子様にむけていた刀を背中側に回して私の必殺の一撃を防御した。

しかし片手では剣を止めることはできても衝撃を殺すことはできなかったのか、体勢が横に流れる。私はすかさず相手の足を刈りにいく。相手はその行動を読んでいたのか片足で跳ね、側転するようにして私の蹴りを回避。バックステップで庭へ逃げる。

私は深追いせず幽々子様を庇うように前に出て、背中ごしに声をかける。

 

「幽々子様、ご無事ですか!?」

「大丈夫よー。おかえり妖夢ー」

「そ、そうですか……今からあの賊を斬ります。幽々子様はお下がりください」

「あらあら。頑張ってねー」

「…………はい」

 

余裕があるというか、呑気すぎる主の声に気勢を削がれる。

緩みかける気を引き締めて眼前の『敵』を睨む。正面から見ると仮面をつけた男であることがわかる。

黒いコート、赤い手袋、仮面……

チリッと何かが脳裏をよぎる。既視感のような、それでいて見た覚えのない姿。

その正体は背後からかけられた幽々子様の言葉で判明する。

 

「噂の怪盗さんよ。ほら、前に新聞の記事にもなってた」

「怪盗? …………怪盗!? この男が、ですか!?」

 

思わず振り返りそうになるが、残った理性がギリギリのところで働いて首は動かさなかった。戦いの最中に敵から目を離すなど言語道断だ。

私の驚いた声を聞いた男は口元を曲げて笑みを作る。

男は八相の構えをとって私と正対する。驚いていた私も余計な思考を捨てて怪盗と向き合い、“楼観剣”を構える。

どんな些細な挙動であろうと見逃さまいとする私だったが、相手は動く前に口を開いた。

 

「怪盗ファントム。……よしなに頼むよ」

 

意表を突かれ、一瞬何を言われたかわからなかった。

自己紹介をしているのだとわかった私は主に剣をむけた男——怪盗への怒りをいったん抑え、自己紹介を返す。

 

「魂魄妖夢。……覚える必要は無いわ。もう二度と会うことはないから」

「…………いざ尋常に。勝負」

 

遠回しの死の宣告にもなんら動揺せず、怪盗は刀を持つ手に力を込めた。

私も“楼観剣”をしっかりと握り——次の瞬間、既に相手の懐に飛び込んでいた。

私の速さに驚いたのか仮面の奥の目が見開かれるのが見えた。そんなことはお構いなしに“楼観剣”を持った私は飛燕となって心臓を狙う。

“楼観剣”の突きが心臓を貫く直前、怪盗は立っていた足を一気に脱力させて崩れ落ちるように体を畳む。

心臓の代わりに頭蓋を貫こうとした“楼観剣”を頭を振って躱し、全身で跳ね上がるようにして下から“楼観剣”を刀でカチ上げる。

突きによって腕が伸びていた私は“楼観剣”を上に弾かれたことによって胸元がガラ空きになる。怪盗は私を蹴り飛ばし、その反動で自分も後ろへ下がる。

身をよじらせることによって鳩尾に入りかけた蹴りは私の脇腹に刺さる。衝撃が体に走り、吹き飛ばされる。

飛ばされながらも空中で姿勢を制御し、着地と同時に“楼観剣”を構え直す。

蹴りについても、この程度の痛みならばなんの支障も無い。弾幕ごっこでイイのを貰った時の方がよほど痛い。

 

相手の評価を脳内で修正していく。

反応速度と身のこなしを上方に、筋力をやや下方に。

 

私が評価をつけ終わると同時に今度は相手の方から斬りかかってきた。

低い体勢からの斬り上げを金属音とともに弾き、横薙ぎの一閃を受ける。剣の峰をなぞるようにして受け流し、返礼とばかりにこちらも一閃を返す。

怪盗は跳躍して回避、足首を私の首に引っ掛けるようにして引き倒す。

倒れこむ私は片手で地面を支え、倒れる勢いをそのまま縦回転に利用して背面に宙返り。怪盗の背後に着地して柄を撃ち込む。命中。相手の体が僅かに傾いだ。

すかさず追撃を加えようとするも失敗。体を回転させることで急激に加速した左手での掌底が私の右肩を捉える。弾かれたように私は後ずさり、横に飛び退く。

掌底から連続して放たれた刀の突きは空を切る。

 

一進一退の攻防。一瞬たりとも気が抜けない。

産毛が逆立つような緊張感を味わいながらも、私はどこか昂揚しはじめていた。

鍛えてきた己が剣を発揮する機会というのはそうそう無い。普段の弾幕ごっこではこんな金属音と火花が飛び散るような剣戟の応酬は存在しない。

昔つけてもらっていた稽古とも違う、混じり気無しの実戦だ。

主人に対する無礼に対する怒りの熱とはまた違う、闘争への純粋な熱が胸の中で沸々と煮え立つ。

私は体を火照らせる熱を感じながらも、冬の冷えた空気を吸い込み、頭をその冷たさで満たしていく。

 

(……落ち着け。剣以外の万象はただの不純物。この思考ですら無駄でしかない。雑念は全て切り捨てる…………)

 

引き絞られた弓のように感覚が研ぎ澄まされていく。

刀を構える相手だけが視界の中央に在る。

 

その姿がブレる。瞬きする間もなく距離を詰めてきた。右から刀。弾く。弾いた刀が閃き、垂直の半月となる。横に一歩動いて避ける。超至近距離、斜め下から顔にむけて“楼観剣”を押し出す。首を振って回避される。薄皮一枚を切ったのみにとどまる。

何故かは知らないが、怪盗の動きが鈍る瞬間が何度かあった。が、その都度すぐに元の動きに戻る。

付かず離れず、密着した状態での読み合いが続く。

 

加速した思考が半ば無意識に体を動かして迎撃と攻撃を繰り返す中、その思考とは切り離された脳のどこかが漠然とした違和感を捉えていた。

右手から左手に“楼観剣”を持ち替えて、斬り払いながら考える。相手の膝蹴りを踏み台にして宙に浮き、逆に顎を蹴り抜きながら考える。その足を掴まれ、力任せに投げ飛ばされながら考える。着地の隙に追撃され、その剣尖をいなしながら考える。

動く。考える。動く。考える。動く。考える。

 

そして、気がつく。

 

相手の反応速度と身のこなしは文句のつけようの無い素晴らしさだが、()()()()()()()()()()()()

動きの良さで私と渡り合ってはいるものの、単純な剣の腕なら比べるまでもなく私の圧勝だろう。

現に、私は一度も刀を喰らっていない。全て見切っている。今まで受けたのは蹴りや掌底といった体術だけだ。

剣術というよりも体術に刀を添えている、といった動きだ。

 

この奇妙な齟齬はどういうことなのか。

フェイントを挟んで突き、その動作を旋回に変換させながら私は新たなる疑問が浮かんでくるのを感じていた。

視線や動作のフェイント、鍔迫り合いになってからの駆け引き。全部が面白いぐらいに成功する。けれど、当たらない。

躱す。跳ぶ。避ける。屈む。

一つ一つの動きが緻密に噛み合って、私の剣は怪盗を捉えることができない。

 

互いに決め手が無く、千日手になる。

何度も交錯しつつ打開策を練っていた私は「妖夢ー!」幽々子様の「————使()()()()()()()」というその声を耳で拾った。

 

何を、とは尋ねない。

本当にいいのか、とも尋ねない。

ただ黙って頷き————

 

——右手の“楼観剣”の一閃を受け止めて一瞬動きが止まった相手に対して“()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「グッ!?」

 

斬られた幽霊が成仏するという性質上、無闇に使うと地獄の閻魔が五月蝿い。そのため普段は使うことを避けている“白楼剣”による奇襲。

これには相手も苦鳴を漏らし、ガクリと膝をつく。

隙だらけだ。

 

「もらった!」

 

裂帛の気合いを発しながら“楼観剣”を振り下ろす。袈裟斬りになる角度だ。

膝を屈したまま防御しようと反射的に左手を掲げる怪盗。しかし、なんら意味を成さない。腕ごと斬り飛ばされるだけ。

私は白刃が斜めにすいこまれていくのを冷静に見下ろす。こちらを見上げる相手の視線とぶつかる。

苦痛の光を宿したその目には——諦めの色は欠片として存在しなかった。

 

 

次の瞬間。

 

 

鈍い音を立てて、私の“楼観剣”は()()()()()()()()()()()

 

「なぁっ!?」

 

驚愕が私の口から零れる。

今のは胴体を両断する一閃だった。掌どころか腕一本を挟んだところで止められるはずがない。

けれど、事実として私の剣は怪盗の掌と拮抗している。

驚きながらもそのまま押し込もうとする。が、剣は前に進もうとしない。片手では筋力が足りないのか。

そう考えた私は“白楼剣”から手を離して両手で“楼観剣”を押し込む。それでも怪盗の掌に刃は通らず、微動だにしない。先ほどまでとはまるで別人のような剛力が剣を通じて伝わってくる。

片手を掲げた怪盗は膝を地面から離し、ゆっくり立ち上がっていく。予想以上の力に“楼観剣”を押し返される。

“白楼剣”の刺さった足から血を流しながらも怪盗は完全に立ち上がり、刀を持つ右手に僅かな緊張が走るのを感じた。

背筋に氷柱を突っ込まれたような悪寒。

“楼観剣”を持っていた手を離して咄嗟に屈んだ私の髪を掠め、刀が通り過ぎる。

宙に浮いた“楼観剣”が落下する前に右手で、足に刺さったままの“白楼剣”を左手で掴み、地面を蹴って急速離脱。

 

飛び退った私は両手の剣を構え直しながら、信じられないものを見る眼差しを怪盗にむける。

人間が素手で刀剣を止めるなど悪い冗談としか思えない。

 

瞬きしながら怪盗を見据えた私の眼前にはさらなる冗談のような光景があった。

流れ出る血が足元を浸す怪盗。その原因となっていた深い傷がみるみるうちに塞がっていく。

あっという間に傷は跡形も無く消え失せ、服の破れた箇所からいきなり噴出した蒼炎によって見えなくなる。蒼炎はすぐに消えるが、破れていた服は元通りになっている。

その一連の流れに魔力や妖力、霊力の類は一切感知できなかった。

…………意味がわからない。理解不能だ。

 

怪盗はこちらを見もせずに“楼観剣”を受け止めた掌の感覚を確かめるように何度か開け閉めし、最後にぐっと握る。

そこでようやく視線がこちらにむけられる。

来ないのか? という疑問をその目から読み取った。しかし自分から攻めようとは思わなかった。

警戒心を強め、様子見に徹しようとする私の思惑を理解したのか、怪盗は自分の刀を構える————と、思いきや。

 

()()()()()()()()

 

その状態で無抵抗を示すように両手を広げてみせる。

怪盗の言いたいことはすぐにわかった。

 

「どこからでもかかってこい」ということだろう。

 

あからさまな挑発に血が上る。

剣を捨てても勝てるとでも言いたげなその態度は許容できなかった。

確かに私の一閃は完全に防がれた。どういう理屈かは未だにわからないが、何の変哲も無いただの掌を斬ることも叶わなかった。

…………だが。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……すぅぅぅぅぅ…………」

 

“白楼剣”と“楼観剣”を納刀。

“楼観剣”の鞘を動かして居合の姿勢をとる。体を沈め、息を深々と吸い込む。

足、腰、背中、肩、腕。

連動する筋肉をバネのように収縮させ、限界まで力を蓄えていく。

 

こちらが本気になったのを感じ取った怪盗も目を細め、顔につけた仮面に手をかける。

意図は理解できないが、余計なことをさせる前に、私にできる最高速の抜刀で仕留める——!

 

蓄積された力が頂点に達した刹那、その全てを一息に解放し、前に飛び出した私はそのまま怪盗を斬————

 

 

「はい、そこまで」

「————ッ!?」

 

 

——ろうとして、無理やり立ち止まる。勢いがついた体はつんのめりながらも、なんとか倒れずにすんだ。

目の前を矢のように通り過ぎた扇子はギリギリのところで当たらなかった。

制止の声に対する反応がもう少し遅れていたら頭に命中していただろう。

 

私はその扇子を投げた人物であり、制止の声をあげた人物——()()()()の方を見る。

何故このタイミングで私を止めたのか。

まったく理解できていない私のポカンとした表情を見た幽々子様はクスクスと笑い、いつの間にか取り出していた新たな扇子を開いて私に見せる。

 

そこに書かれていた文字、それは————

 

 

『ドッキリ大・成・功!』

 

 

…………私の中で張り詰めていた緊張感とか、その他諸々が、全部まとめてぷつりと断ち切られた。

 

 

「ファントム、お疲れ様。合格よ」

「…………そうですか。やれやれ、緊張しましたよ……」

「あら、それにしてはなかなか良い動きだったわよ。妖夢もお疲れ様。修行の成果が出てたわねー……って、ちょっと。もしもし? 妖夢? 聞こえてるー?」

 

なにやら打ち解けた様子で話す幽々子様と怪盗の姿。

それが、私の視界が暗転する直前に見えた光景だった。

 




ようむは めのまえが まっくらに なった!

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