「「「「「ばれんたいん?」」」」」
「そう。バレンタイン。外の世界の時間が動いていれば、本来なら今日は2月14日になっているはず。バレンタインデーっていう祝祭日だ」
大きく頷き、腕組みをした暁は説明する。
暁に突然集められた五人は疑問符を浮かべながらも彼の話を聞く。
「チョコレートという菓子を作り、それを意中の異性や家族、お世話になっている人に贈り合うのが主な内容だ。……というわけで、今から作る」
首を傾げていた一同は「意中の異性」という部分に反応し、目を見開く。
「え! お兄ちゃんはこの中の誰が好きなの!? も、もしかして私!? ダメだよお兄ちゃん、私達は兄妹なんだから! ……でもお兄ちゃんなら、私…………」
「はいそこ。余計なこと言わない。全員に渡すから。そもそも俺とお前は本当の兄妹じゃないし恋愛どうこうもないっていうかそのあたり全部わかってて言ってるだろこいし」
「えへへー」
しなを作ってふざけるこいしの冗談を適当にあしらい、ため息をつく暁。
そのやりとりを聞いていた他の面々もつられて笑う。
その場にいる全員が「意中の異性」の直後、「お世話になっている人」というところで既に察していた。
「チョコレートはカカオという豆から作るんですが、さすがにそこまでは無理です。なので、既製品に手を加えて作り直そうかと」
「そもそも、その菓子ってのはどんなやつなの? 豆から作るとか作り直すとか聞いてもいまいち想像できないよ。餡子とも違いそうだし」
場の空気に頓着せず事務的に説明する暁にてゐが質問する。
それに対し腕組みを解いた暁はうまくチョコレートとは何かを表現できる言葉を探す。
「チョコレートは…………基本的には茶色だな。白いこともある。固体の時もあれば液体の時もある。そして甘くて苦い。甘さと苦さのバランスはものによりけりだ。中に何かを入れることもあれば、何かの中に入っていることもある」
「…………ますますわからなくなったんだけど」
が、その試みはあえなく失敗する。
端的な事実を列挙してみたのだが、さすがにそれだけでどんなものかまでは想像できなかったようだ。
百聞は一見に如かず。
言葉で語ってみせるより、実物を見せてやった方が早いだろうと持ってきていたバッグから適当に取り出したチョコを全員に配り、受け取った者はチョコを手に乗せて、
「それがチョコレートだ。熱に弱いからずっと触ってると体温で溶けるぞ。早く食べた方がいい」
「そういうのは先に言ってよ」
てゐは文句をつけながら暁の言う通りに口にチョコを入れ、他の皆も同じようにする。
そして一様に目を丸くする。
もぐもぐと口を動かしチョコを口の中で転がしている彼女達。
「それがチョコレートだ。味や食感はわかってもらえたと思うからこれ以上説明はしない。じゃあ早速作って……ん、なんですか?」
「私にもやらせなさい!」
「……今から作るのでおとなしく待っててください」
早くもチョコを食べ終えた輝夜は暁の腕を掴んでグイグイ引っ張り、暁は困り顔になる。
「それなりの量のチョコは持ってますが、失敗した時の予備として残しておき たいんですよ。それに輝夜に渡しても……その、無駄になりそうですし」
「どういう意味よそれ。私ってそんなに不器用に見える?」
「不器用かどうか以前に、そもそも輝夜が料理どころか、家事をしてるところを見たことないんですが。そんな相手に限りある資源を安心して渡せませんよ」
「それは私が偉いからよ! あのね、暁。私が一応お姫様だってこと忘れてない?」
ビシッと伸ばした指を突きつけてくる輝夜にデコピンを返し「あいたっ!」呆れ顔になる暁。
「じゃあなおさら駄目じゃないですか。要は料理なんてやったことないってことでしょう、それ」
「うぅ……ち、違うわよ! 普段はやらないだけでちゃんと料理くらいやれるわよ! 花嫁修行の一環としてやらされたわよ!」
「何年前の話ですか。とっくに錆び付いてるでしょう……それに」
暁はそこで半笑いを作り、そっと輝夜の肩に手を置く。
「そもそも結婚したくなくて無理難題出しまくった人が花嫁修行とか(笑)冗談も大概にしてくださいよ(笑)」
「なぁっ!? い、言わせておけばっ!!」
瞬間的に沸点に達した輝夜は暁の胸元を掴みガクガクと揺さぶる。
自分より体格の大きい暁を揺さぶろうとすると、必然的に掴んでいる彼女自身も一緒に動くことになるが、気にもしないで揺さぶり続ける。
「こ、このっ! このぉっ!」
「あっはっは。どうしましたお姫様。お顔が真っ赤でいらっしゃる」
完全に面白がっている暁と激怒している輝夜。二人の姿をチョコを口に含んだままの永琳は眺めていた。
そして何事かを思いついた彼女は溶けきっていなかったチョコを噛み砕き、密かに口角を吊り上げる。
「この、このっ、このぉっ……!」
「ねぇ、暁」
「ん? どうかしましたか? 永琳」
揺さぶられ続ける暁が自分の方へ視線をむけたのを確認し、永琳は口角が緩んだままのその口から言葉を押し出す。
「
「…………はい? あの、え?」
「姫様だけじゃなく、
嫣然と微笑む永琳が吐く言葉が耳へ入り込んでくると、覚えのある感覚が背筋を撫でる。この悪寒、間違いない————
「……何が目的ですか」
「あら? 意中の異性にはチョコレートを贈ると言ったのはあなたじゃない?」
「師匠!?」「お師匠様!?」「キャー、だいたーん!」
警戒心を一気に高めた暁に笑みを崩さず、永琳はそう問いかける。
その言葉に驚愕する鈴仙とてゐの横で、興奮した顔で両手をブンブンと振るこいし。
「今回の趣旨はそちらではないとも言いましたが」
「ふふ、冗談よ。だけど悪い話じゃないでしょう? あなたはチョコを貰える。姫様は自分の腕前を証明できる。私達も未知の菓子作りを体験できる。ほら、丸く収まった」
「…………」
黙って永琳の提案を吟味する暁を尻目に、永琳は輝夜に視線をやる。
「姫様もそれで構いませんか? 彼に姫様の実力を見せつける良い機会ですよ」
「え」輝夜はようやく掴んでいた暁を放し「それはいいけど、なんであなた達と競う必要があるのよ」と疑問を発する。
「あら、負けるのが怖いですか? もしそうならやめても」
「オッケー、やってやろうじゃない。暁もあなたも叩き潰してあげる」
(叩き潰すのはやめてくれ)
心の中で呟いた暁がふと視線をあげると、こちらを一瞥した永琳と目が合った。どう? と尋ねるような彼女の目。
暁は悩む。
確かに彼女の言葉には一理ある。あるのだが——
(………………どうにも嫌な予感が拭えないんだよな…………)
理性ではなく感性が危険を告げている。
こういう時の勘というのは当たりやすい。すぐに断るべきだ。
…………しかし。
「……わ、かりました。では、皆のぶんの材料も用意します」
「ええ、ありがとう。……ふふっ。期待しててね。
「ははは……」
筋の通った理屈を感情論で却下することは彼自身の良識が許さない。
吐き出す言葉の一つ一つが自分を苦しめるような思いをしながらも、それでも暁は言い切った。
「な、なんだか私の意思とは無関係に決まっちゃったんだけど。……ま、まあ、確かにやったことのない菓子作りってのも楽しそうかな」
「お師匠様、作った菓子は暁に食べさせるんですよね?」
「お兄ちゃんを仕留めるのはこの私だー!」
無邪気な笑顔の鈴仙、ニヤリとほくそ笑むてゐ、元気よくガッツポーズするこいし。
永琳と輝夜、そして三人の様子を見ていた暁は理解せざるを得なかった。
鈴仙の良識だけが救いであると。
暁はおおまかな手順を説明し、必要となりそうな道具を渡して女性陣とは違う部屋へ移動する。
お互いに作っているものが見えないようにするためだ。
湯煎して溶かしたチョコを入れたボウルを持った暁は、円柱状の容器にチョコを流し込んでいく。
六本の容器にそれぞれチョコを流し込むと、おもむろにスプレーを取り出し、容器の周りへ噴射。
スプレーから放出される冷気でみるみるうちに冷やされた容器には霜が付着する。
冷蔵庫も冷凍庫も、女性陣の使っている方の部屋にしか置いていないため、止むを得ずスプレーでチョコを冷却したのである。
チョコが完全に固まるまでしばらく冷やし、容器から一本ずつチョコを抜き出していく。
(よし、すっかり固まってるな)
コンコン、と叩いた感触と音から確認した暁は先日香霖堂で購入した彫刻刀を持ち、作業へと取り掛かる。
器用な手つきで円柱形のチョコを削り、目的のものを作り上げていく。
ざっくりと全体像をイメージして削った後、細部を彫って形を整える。
「ん……こんなもんかな」
作品が満足いく完成度になるまでにおよそ四十分かかった。
(これは長くなりそうだ)と長期戦の覚悟を決めて、彼は次の円柱チョコを手に取り、作業を続行した。
————どれほど時間が経っただろうか。
やっとの思いで六本目のチョコレートを加工し終えた暁は時計を確認する。
作業に没頭するあまり時間の感覚が希薄になっていた。
(あれ、思ったよりも早く終わったな。もっとかかるかと予想してたが)
最初の作業に四十分かかったことから、最低でも四時間は必要になると思っていたが、時計を見る限りではまだ二時間半ほどしか経っていない。
作り続けていく途中で作業に慣れたのだろうか。
予想を上回ったことを自画自賛しながら完成したチョコを一個ずつ並べ、じっくり眺める。
そしていくつか気になった箇所を修正し、満足げに頷く。
(なかなかいい出来栄えじゃないか。悪くない)
自分のチョコレートは完成した。
他の皆はどうだろうか。何を作っているかはわからないが、もうそろそろあちらも出来上がっていてもおかしくない頃合いだが……
暁がそんなことを考えた、まさにその時。
突然の爆発音とともに永遠亭が大きく揺れた。
「!?」
目を見開いて立ち上がる暁の耳に遠くから微かながらに永琳や鈴仙達の叫び声が聞こえてくる。
何を言っているかはわからないが、驚きや焦りが色濃く滲む声だ。
(……とにかく、急いで皆のところへ向かわないと!!)
すぐさま部屋を飛び出した暁は永琳達がいた部屋の方へと駆け出そうとし——
廊下の角を曲がった瞬間、その目に飛び込んできた光景に足と思考を完全に停止させられる。
「し、師匠! ヤバいです! コイツ、いくら攻撃してもすぐ再生します!」
「ああ、もう! 輝夜! アレあなたの能力でしょ! なんとかできないの!?」
「それを言うなら、あんなのが出来上がったのはそもそも永琳が持ってきたナノマシン! どう考えてもあれのせいじゃない!!」
「お師匠様、姫様、言い争ってる場合じゃ……うわっ!? ちょ、鈴仙! ヘルプ! コイツ、私を取り込もうと……!」
「あ、お兄ちゃん! そっちは作り終わったのー?」
——なんだこれは。
「暁! ちょうどいいところに! 早く手伝って! コイツ強い!」
「よ、よそ見してる場合か! とにかく鈴仙は私の足からコイツを剥がして! この体勢だと弾幕が当てられない!」
「だいたい輝夜が料理ができるなんて見栄を張るから————!」
「こんなアイデアを出したのは私じゃなくて永琳じゃない————!」
「おーい、お兄ちゃーん?」
絶句する暁の耳を通り抜けていく言葉の数々。
その意味を頭で理解する前に、眼前の光景を認識することを彼の脳は拒んでいた。
内側から吹き飛んであろう扉は縁側から中庭に落下したまま。
そしてその扉を吹き飛ばした直接的な原因と思われるのが————
————てゐと鈴仙に襲い掛かっている真っ最中の、
長くなったのでいったん途中までを分割して投稿しようとしたら間違えて後半が消えたぁぁぁ…………!!!!
ヤバい。超ヤバい。バレンタインスペシャルなのに今日中に投稿できるか危うい。頑張ります。