Joker in Phantom Land   作:10祁宮

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話が……ッ! 進まない……ッ!
圧倒的停滞……ッ!
「なんやかんやありました」「そーなのかー」で終われば楽なのに……ッ!
ところがどっこい……夢じゃありません…………!
現実です……! これが現実…………!


He's journey

「今からだいたい一年くらい前のことでしょうか。俺は家に帰る途中、女性の声を聞きました。助けを求める声です——」

 

彼はその声のもとへ駆けつけた。

そこには泥酔した一人の男と、その男に絡まれる女性がいた。

執拗に言い寄る男を振りほどこうとする女性は心底困っているように見えた。

 

だから、助けた。

 

二人の間に割って入り、無理やり女性の腕を掴んでいた男の手を剥がした。

酔った男はその勢いで二歩、三歩とたたらを踏んで……転倒した。

双方にとって不幸なことに、そこにはガードレールがあり、男はそれに頭をぶつけた。

 

紛れもない事故。

いや、むしろきっかけとなったのは酔って女性に絡んでいた男自身なのだから自業自得といえる。

だが。

少年にとって不幸なことに。

その男は権力というものを持ちあわせていた。

 

 

『よくもやってくれたなぁ、クソガキ……! 訴えてやる!』

 

 

逆恨みも甚だしい物言いだった。

男は自ら警察を呼び、到着するまでの間に「少年が男に突然殴りかかった」という嘘の証言を女性に強要した。

当然のことながら、女性は拒否した。

しかし、男は続けてこう脅した。

 

『警察は自分の手駒だ』

『お前も逆らうならどうなるかわかっているんだろうな』

 

……結局、女性は脅しに屈した。

到着した警察に嘘の証言をし、少年はなす術もなく連行され、ろくに取り調べを受けることもなく——有罪となった。

 

 

「これが、全ての始まりでした」

「…………それは……」

「……災難だったわねぇ」

 

気分の悪くなるような話に、聞いていた皆が眉を顰める。

鈴仙の師匠と輝夜は相槌をうち、鈴仙は黙ったまま少年を見つめる。

妹紅は何も言わず、怒りを堪えるように歯をギリ、と鳴らした。

 

「その男は勿論だけど……助けられておいて我が身可愛さであなたを売った女の方もちょっとどうかと思うわね」

「いえ……確かに彼女の行動に対して、納得できないと思ったことは何度もありますが……それでも、脅しに屈したことを責めるつもりにはなれないです」

 

輝夜の言葉をそっと否定する。

 

「…………どうして?」

「結局のところ、彼女だって被害者ですから。最初は俺のことも庇おうとしてくれました。彼女が悪い訳じゃない。全てはその男によるものです」

「……それは、そうだけど」

 

————だからといって許せるの?

 

彼女はその質問を口にはできなかった。

少年の目がハッキリと本気でそう言っていることを示していたから。

 

彼は深呼吸をして再び話を再開する。

 

「……話が脱線しましたね。とにかく有罪となった俺は転居、転校することを裁判所に命じられました。そこで俺の面倒をみてくれるという人物——とある喫茶店のマスターのもとで居候することになりました」

 

その人物に連れられて行った学校、『秀尽学園』。

そこが彼の一年を決定づける場所となった。

 

転校初日。

彼は見知らぬ街の中、複雑な駅の構造に戸惑いながらもなんとか学校の最寄り駅まで辿りついた。

しかしそこで雨が降りはじめた。

あいにくとその時の彼は傘を持っていなかった。慌てて近くの店の軒下へ避難する。

そこには既に一人先客がいた。

 

金髪で、外国人のような顔立ちの女の子。

彼女が着ている服は少年と同じ学校の制服だった。

つかの間、一緒に雨宿りをしていた。

だが彼女は偶然道を通りがかった車に乗っていた男性に声をかけられ、その車で先に学校へ行ってしまう。

 

それほど激しくもない雨。その中を歩く覚悟を決めようとしていた時、彼もまた誰かに話しかけられた。

それは一人の少年だった。

彼もさっきの少女と同様に、金髪で同じ制服だった。

その少年は語りかけてくる。

 

『やっぱ鴨志田(かもしだ)の野郎、女ばっか狙ってやがるな。あのクズ教師』

『あ、今の話、鴨志田の奴にチクんなよ

 

話が見えなかったが、彼が転校生であることを理解した少年の説明によると、さきほど車に乗っていた男性は鴨志田という教師らしく、そしてこの少年は鴨志田を酷く嫌っているらしい。

 

その話の最中、金髪の少年は時計を見て焦りだす。どうやらこのままでは遅刻するらしい。

小雨の中を歩きはじめる少年に追従し、学校へと急ぐ。

なんの変哲も無い普通の通学路を通り抜け、二人が到着したのは————()だった。

 

 

 

「…………城ぉ?」

 

あまりの突拍子もない話に思わず間の抜けた声を漏らす鈴仙。

ハッとして慌てて口を塞ぎ、周りを申し訳なさそうに見渡したが、彼女を咎める者は誰一人いなかった。

むしろ全員が彼女と同じような訝しげな視線を少年に向けていた。

 

「……そう、城です。学校へ向かっていた彼と、それについていった俺は立派な城に辿りつきました」

「……冗談にしては笑えないわね。その少年が道を間違えたってことかしら? というか今の外界で街中に城なんて建ってるの?」

「まさか。遺産として残る城はいくつかありますが、街中にポンと建っているようなものは一つもありませんよ。そもそものことながらその城は日本のものではなく、外国の様式で建築されていました。……どう考えてもおかしいですよね? 俺達も思いました。これはどういうことか、と」

 

 

 

二人はとりあえず中に入った。

そこは豪華な内装が施された巨大なホールだった。

誰もいないその場所でここはどこなのか、夢じゃないのか、などと話をしていると物音が聞こえた。

音がした方向を見ると全身甲冑姿の何者かが近づいてきていた。

彼自身は警戒してあまり近寄らなかったのだが、もう一人の少年はドッキリか何かだと判断したらしく、その甲冑二体に話しかけた。

 

結果から言えばそれは失敗だった。

謎の甲冑達は突然襲いかかってきて、金髪の少年は組み伏せられた。

思わず硬直した彼に、少年は組み伏せられたまま逃げるよう叫んだ。

自らを顧みないその勇敢な行為も残念ながら無駄だった。

直後の後ろからの強烈な一撃で彼も気絶してしまったからだ。

 

 

目が覚めた彼がいたのは牢屋だった。

そこにはもう一人の少年もいた。少年は「坂本 竜司(さかもとりゅうじ)」と名乗った。

竜司と一緒になんとか抜け出せないかとあちこちを調べたが抜け道になりそうなものは何も無かった。

途方に暮れる彼らの前に、さきほどの甲冑達を引き連れて現れたのはパンツ一枚にマントを羽織り、王冠を被った男——鴨志田だった。

 

到底教師のする格好とは思えず、意味不明の事態の連続で混乱する彼らを嘲笑い王の姿をした鴨志田は言い放つ。

 

『貴様らは、死刑だ』

 

そして彼は甲冑達に壁に押さえつけられ、竜司が鴨志田に嬲られるさまを見せつけられる。

なんとか拘束をふりほどこうとするが、その間にも竜司は鴨志田に暴行を受け続ける。

そのうちに少年を甚振ることにも飽きたのか、鴨志田は近くの甲冑が持つ槍を手にとり、竜司の襟元を片手で掴み、引きずりあげる。

 

ニタニタと笑う鴨志田。

竜司は必死の形相で、荒い息の合間に声を絞りだすように言った。

 

 

『死にたく、ない……!』

 

 

——刹那。

ドクン、と大きく彼の心臓は脈打つ。

 

問いかける声が聞こえる。

 

どうした……? 見ているだけか? 我が身大事に見殺しか?

このままでは本当に死ぬぞ?

 

それとも(、 、 、 、)あれは間違っていたの(、 、 、 、 、 、 、 、 、 、)()

 

フラッシュバックするあの時の光景。

人を助け、その当人に背を向けられた、あの光景。

自分のした選択は間違いだったのか?

 

 

 

…………違う!!

 

 

 

心の中でそう叫んだ。

声は続く。

 

よかろう……覚悟、聞き届けたり。

契約だ。

我は汝、汝は我。

己が信じた正義のため、あまねく冒涜を省みぬ者よ!

たとえ地獄に繋がれようと、全てを己で見定める、強き意思の力を!

 

 

 

「———その瞬間、俺はこの能力……『ペルソナ』に目覚めました」

「ペルソナ、とは? …………っ!?」

 

話を聞いていた彼女達はそれぞれが反射的に構える。

突如、少年から蒼い炎が吹き上がったからだ。

だがその次の瞬間、呆気にとられることとなる。

 

「……ご覧の通りです。この姿になること、そしてこの存在を呼び出すこと。それが俺の目覚めた『ペルソナ』という能力です」

 

少年自身の姿は変貌し、傍らには謎めいた存在が浮遊していた。

既に一度見ていた妹紅は平静を保ったままだったが、初めて見たその他の面々は目を瞬いていた。

 

「……驚いた。ねえ永琳、あなたはこんな魔法知ってる?」

「いいえ、寡聞にして存じ上げません。そもそも魔法と言っても、魔力も何も感じとれませんでしたが……」

 

目を丸くした輝夜は鈴仙の師匠——永琳——に尋ねる。

その問いに否定を返した永琳は、じっくり少年とその傍らの存在を眺める。

 

「魔法……ですか。まさしく幻想そのものですね。この世界にはそんなものまであるんですか」

「…………そうね、でもあなたのそれは魔法なんかよりよほど珍しいわよ。少なくとも私達の知る限りでは、だけど。いったいどういう仕組みなのかしら……」

 

この世界には魔法と呼ばれるものがある、と知った少年は場違いながら、わずかばかり高揚する気持ちを覚えた。

 

「…………ねえ。あなたのその能力……ペルソナ、だっけ? 具体的にはどういうモノなの?」と目を輝かせた輝夜。

「そうですね……具体的、になっているかはわかりませんが、概要なら……」と少年。

 

「それでいいわ。教えてくれる?」

「ええと……『ペルソナとは己自身の反逆心の顕れである』……だったかな?」

「『反逆の顕れ』? どういうことよ。というかなんで疑問形なのよ」

 

呆れ顔になる輝夜に慌てて弁解する。

 

「いえ、俺もこの言葉は教えてもらったものなので……一言一句正確には覚えていないといいますか、その……」

 

しどろもどろになる彼を遮る。

 

「教えてもらった、って、誰に?」

「モルガナ、というやつです」

「そいつは何者?」

「えっと、猫です」

「馬鹿にしてる?」

「何故ですか!?」

 

コントのようなやりとりを微妙な顔をして妹紅と鈴仙は眺めていた。

二人の会話に頭痛を堪えるようにしながら永琳が割って入る。

 

「…………なんだか要領が掴めないから、もう少し簡潔に、要点を絞って説明できるかしら? その、猫? のこととかも」

「あ、はい。わかりました」

 

申し訳なさそうに頼んでくる永琳の言葉に頷き、再び元の姿に戻った少年は更に語り口をザックリとしたものに変える。

 

 

 

曰く。

能力(ペルソナ)に目覚めた彼は竜司を助け、逆に鴨志田を牢に閉じ込めて逃走。その途中で別の牢屋に捕らえられていた喋る猫、モルガナを助けて一緒に逃げる。

モルガナは少年が目覚めたペルソナというものを知っているらしく、『反逆する心の顕れ』だと説明した。出口に到着した少年達はモルガナと別れ、城の外へ飛び出す。そこは少年達が最初に出会った店先だった。

 

彼らは混乱しながらも、もう一度学校へ向かう。今度は普通に学校へ到着し、狐に化かされたかのような心情になる。

転校初日から大遅刻した彼は早々に担任に叱責を受け、クラスメイトからも遠巻きにされることとなった。

 

少年は更に端的に説明していく。

 

自分達が迷い込んだ城は認知の異世界、『パレス』という場所だったこと。

『パレス』とは個人の欲望が肥大化した核を根幹としたものであること。

『パレス』はそれを生み出した個人の認識、『認知』がそのまま具現化されること。

その認知の異世界の核(オタカラ)を盗めば『パレス』は崩壊、『パレス』を生み出した人間もまるで人が変わったかのようになること。

自分達はそのオタカラを盗む『心の怪盗団』として活動しはじめたということ。

それを繰り返す度に仲間が増え、大衆にも知られ支持されるようになったこと。

 

しかしあるターゲットのオタカラを盗んだ直後、その人物が変死したこと。

それをきっかけにして世間の評価が反転し、『心の怪盗団』は殺人集団扱いされるようになったこと。

それら全てが巧妙に仕組まれた罠だったこと。

汚名返上のため、なんとかしようとしているところにやって来た、今まで対立する存在だった新しい味方のこと。

その彼と協力し、事件の捜査をする検事を改心させ、真実を見つけださせるように挑んだこと。

 

その検事の心を盗むことに成功したが、突然認知の異世界に現れた警察に少年自身が逮捕されてしまったこと。

逮捕された後、拷問に近い聴取を受けたこと。

その後訪れた改心させた検事と話をし、一つの約束をとりつけたこと。

検事が立ち去った後にやって来た存在……新しく味方になったはずの『二代目探偵王子』の肩書きを持つ少年、「明智 吾郎(あけちごろう)」がその場にいた警官を射殺し、そのまま少年も殺したことも。

 

 

 

怒涛の勢いで説明する少年。

その口から次から次に飛び出す信じがたい情報の濁流をなんとか全員が呑み込んでいく。

少年の語りはまだ続く。

 

 

 

実は明智吾郎は『心の怪盗団』と同様に認知の異世界を使い、しかし『心の怪盗団』とは正反対に殺人や数々の事件を引き起こしていた真犯人だったこと。

明智が裏切り者だと先に察知していた怪盗団の面々はそれを逆手にとり、認知の異世界を利用したトリックを使って少年が死んだように見せかけたこと。

このトリックを成功させるために、尋問を受ける僅かな時間の中で検事から約束をとりつけたこと。

 

明智が漏らした「獅童」という名前から真の黒幕、「獅童 正義(しどうまさよし)」の存在が判明したこと。

獅童は政治家で、怪盗団を批判し、民衆から熱狂的に支持されるようになっていたこと。

更にその獅童は、昨年少年を冤罪に追い込んだ張本人であったこと。

怪盗団は最後の標的として巨悪、「獅童 正義」を選んだこと。

 

 

 

「————と、ここまで話をしましたが……大丈夫ですか? 相当省略しながら話しているのでところどころ飛び飛びになっていますが…………」

 

少年が一息ついて周囲を見渡すと、誰もが難しい顔をしていた。

 

「なん、とか追いつけているけれど……鈴仙、あなたはどう?」と永琳が尋ねる。

「えっと、私も……多分、追いつけてます? 自信は無いですけど……」と鈴仙。

「私も一応大丈夫だが……すさまじいな」と妹紅が呟き。

「ええ。どれだけ波乱万丈なのよ……」と輝夜が頷く。

 

「はは……恐縮です……」

 

そう言って、 彼は頭をかきながら苦笑いした。

 


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