Joker in Phantom Land   作:10祁宮

28 / 49
のしかかり、押し倒し

一人の少女がいた。

帽子を被った彼女は中空を見つめ、目を丸くしている。

 

「…………すごい。こんなの、初めて見る」

 

彼女にしか見えない何かをまじまじと観察し、感嘆する少女。

しばらくそれを眺めていた彼女は不意に振り返り、何事かを独白する。その内容の意味は彼女にしか理解できない。

 

そして、少女はニッコリと笑う。

次の瞬間、彼女の姿は搔き消える。まるで最初からそこには誰もいなかったかの ように——

 

 

ほぼ同時刻。

少し前の暁と同じように人里から出てくる者がいた。

 

「…………どこ行ったのよ……こっちはもう人里じゃないわよ……?」

 

鈴仙だ。

彼女はいつまで経っても帰ってこない暁に業を煮やし、自分で探しに出た。

甘味屋の近くにいた何人かの人間に暁が歩いていった方向を尋ね、そちらへと歩き続けている。

 

しかし歩けど歩けど、彼は見つからない。

ついには人里からも出てしまい、彼女はうんざりした顔になる。

もしかしてどこかですれ違ったのかと思い、踵を返そうとした、その時。

暁が木々の間からふらりと出てきた。

 

「…………あ! 暁! ちょっと、どこ行ってたのよ!?」

「……………………」

「まったく、こっちは心配したんだからね!? 帰ってくる気配もないし、わざわざ探しに来てあげたんだから! 感謝してよね…………」

「……………………」

「…………へ、返事くらいしなさいよ」

 

文句を捲したてる彼女に一歩ずつ近寄ってくる暁。

俯いたまま沈黙し、ふらふらと体の軸が揺れている。

その姿になにやら不気味さを感じた鈴仙。

気勢を削がれ、瞬きする。

 

————そして、ようやく気がつく。

ふらふらと歩く彼が、何本もの鎖を垂らして引きずっていることに。

 

「ちょ、ちょっと、どうしたの? なにか…………ひっ!?」

 

尋常ではない様子に心配する言葉をかけようとした彼女はしかし、怯えたように彼から一歩後ずさる。

暁は俯いていた顔をあげただけ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな顔を。

 

 

異形に変わり果てた彼の顔は彼女が見つめる間にもぐにゃりと歪み、また今の状態に戻ることを繰り返す。

少し離れたうちに、いったい彼の身に何が起きたというのか。

 

「ど、どうしたの!?」

「…………、……」

 

彼女の声に反応し、何かを口にしようとした暁。

だがその口が言葉を紡ぐことはなく、ドサリと音を立てて力無く倒れる。

倒れたことによって、鈴仙は彼の背中が見えた。

 

——黒い羽に覆われた翼がでたらめに突き出していた。

 

子供が粘土にカラスの羽を何本も突き立てたら、こんな風に見えるのだろうか。

翼だけではない。垂らしているように見えた鎖も、彼の体のあちこちから()()()いた。

 

鈴仙はすぐさま駆け寄って彼の体を抱き起こす。

彼の反応はない。意識を失ったようだ。

 

(な、何が起きたのか全然わかんないけど、このままほっといたら絶対危険だ! どうしよう……!? と、とにかく、師匠のところに……!)

 

永琳に助言を仰ぐためにも竹林まで運ぼうと、暁を抱えたまま浮き上がる。

 

……ただでさえ重い上に、彼が目立たないよう能力を使って透明にしなければならない。

さらに言えば、その状態で一刻も早く竹林まで飛んでいく必要がある。

 

(……ああ、もう! 本当に世話が焼けるんだから!)

 

内心毒づきながら現状出せる最高速度で鈴仙は飛びはじめる。

彼が無事に目覚めることを願いながら。

 

 

 

「師匠、姫様! 暁が大変なんです! 来てください!」

 

中庭に降り立つやいなや、屋内にいるはずの二人を大声で呼ぶ鈴仙。

担いでいた暁を地面に慎重に寝かせ、心配そうに彼の顔を見つめる。

燃える顔や翼に鎖。依然として異常なまま、治る気配もない。

こんな状態の彼から目を離すわけにもいかず、もどかしく思いながら二人が来るのを待つ。

 

「……そんなに慌ててどうしたの」

「イナバ、呼んだ? ……あら? 暁? どうしたのよ。弾幕ごっこでもしてたの?」

「し、師匠! 姫様! 大変なんです! 暁が、暁が……!!」

 

やがて現れた二人。

状況を把握しておらず、怪訝そうにこちらを見ている彼女らに必死に訴える鈴仙。

その剣幕からただごとではないと理解した二人は顔を見合わせ、鈴仙のもとへ駆け寄り——暁の様子を見て、絶句する。

 

「なっ…………!?」

「あ、暁!? ……イナバ! どういうこと!?」

「わ、私にもわかりません! なかなか帰ってこない暁を探して、見つけた時には既にこんな状態で……! 師匠! なんとかできませんか!?」

 

鈴仙は泣きそうになりながら永琳に縋る。

 

「…………()()! 暁を除いて私達の時間だけを速めることはできる!?」

「任せて! …………っ!!」

 

永琳の指示に従い、能力を発動させる輝夜。

本気の全力を出し、従来なら多少手間取る「時間の加速」を強引に短縮して発動する。

普段は「姫様」と呼ぶ相手を呼び捨てにしたことは、永琳も相当切羽詰まっているというのを如実に表していた。

 

————世界が静止する。

 

とりあえず、暁の容態がこれ以上悪化しないようにその場しのぎの手段を選んだ永琳。

険しい表情で暁の様子を確認していく。

 

「………………ダメ。何が原因で何が起きているのか、見当もつかない。下手に薬を飲ませたりしても、それがどうなるかわからないし……第一、これが薬でどうこうなる類のものとは到底思えない」

「そ、そんな…………!!」

 

誰よりも信頼する師の言葉に絶望する鈴仙。

彼女が匙を投げるなら、もはやどうしようも————

 

「……ただ、この様子から察するに…………彼のペルソナという能力に異常が発生して、それが原因でこんな風に『混じった』感じになっている……のかしら?」

 

それでも見た目から彼の異常を判断し、目星をつける永琳。

確証も何もない、推察と呼ぶにも烏滸がましいあてずっぽうだが、少なくともそこから考えることはできる。

 

「仮にそうだとすれば、彼とペルソナを分離させることができれば……」

「治せるんですか!?」

 

一筋の光明を見出した鈴仙は顔を明るくさせる。

しかし永琳の顔は依然として険しいまま。

 

「私の仮説が正解だという保証は無いわ。合っていたとしても、それで本当に元に戻るかもわからない。そもそも、ペルソナの分離なんてどうすればいいのか……」

「それは………………」

 

解決策が見えたと思った矢先、また違う問題にぶつかる。

俯いてしまう鈴仙。

輝夜と永琳も心配そうに暁の顔を見つめながら、事態を打開するアイデアをなんとか出そうとする。

 

——そこに、声がかけられる。

 

「正解だよ。そこの人間さん、無意識と混ざっちゃってる」

「「「!?」」」

 

三人はバッと背後を振り向く。

 

そこにはにこやかな笑顔を浮かべた少女がいた。その目はどこか虚ろで、焦点があっていないようにも見える。

 

結界が張られた永遠亭の敷地内、それに加えて輝夜が加速させた世界の中。

いるはずのない第三者の存在。

動揺すると同時に警戒する彼女達に、その少女は首を傾げる。

 

「ん? どうしたの?」

「…………あなた、誰よ」

 

時間を加速させ、一時的に周囲の空間を掌握している当人である輝夜は、この場にいる誰よりも理解していた。

誰にも気づかれず、自分達の背後に立っていた少女の異常性を。

 

「自己紹介するの? 別にいいけど……その人、ほっといていいの? このままじゃ()()()()()()?」

「……溶ける、ですって?」

 

聞き捨てならない言葉に聞き返す輝夜。

その後ろでは警戒心を最大にした永琳と鈴仙が、鋭い目で少女を見据えている。

それを気にもせず、少女は輝夜に頷く。

 

「うん。どういうわけかは知らないけど、意識と無意識がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、一つになってるみたい。それもただの無意識じゃなくて、どこかに繋がってるの」

「それは——」

 

暁が言っていた、人々の無意識の集合体という話か。

 

「当然、そんな状態で放置してたら人間の自我なんて壊れちゃう。防衛本能からか、今は意識も無意識もまとめて深ーいところに沈めて、なんとか抑えてるみたいだけど……それでも、ゆっくりと解体されていくことにはかわらないよ。最後には、()()()()()()()()()()()()()()()()。残されるのは空っぽの体だけ」

「「「————!!」」」

 

少女の宣告に全員が息を呑む。

血相を変えた鈴仙が少女に詰め寄る。

 

「そこまでわかるならなんとかできないの!?」

()()()()

「…………え?」

 

鈴仙は即答する少女に目を見開き、絶句。

その反応に少女は肩をすくめる。

 

「ただ、私だけじゃどうにもできないよ。手伝ってくれないと無理かなぁ」

「…………言って。私達は何をすればいい?」

 

黙っていた永琳は鋭い眼差しのまま少女に尋ねる。

打開策が何一つ無い以上、彼女に頼るしかないと判断したのだ。

ようやく話を聞いてくれるようになった相手に嬉しそうにしながら、少女は口を開いた。

 

 

「まずは————」

 

 

 

…………。

……………………。

 

…………白い。

 

何もかもが、白い。

視界は純白に塗り潰され、それ以外の感覚は一切働かない。

……いや、視覚も働いていないのかもしれない。純白に思えたコレは実際には漆黒なのかもしれない。

自分が何かを認識しているのか、していないのか。

 

全てが曖昧であやふや。

 

 

——だから、自分がいつからそれに気づいていたのかはわからない。

 

 

全てが純白だった世界に色が戻り、その他の感覚が戻ってきていた。

 

ノイズを吐き続けていたラジオが、何かの拍子にどこかの波長(チャンネル)に繋がったかのように。

 

いつのまにかそこにあった、こちらに来てから見慣れた光景。

今は自室となったその場所の天井。

 

(…………まるで蜃気楼みたいだ)

 

ぼんやりとしたままの自分はその非現実感に浸る。

 

背中にはいつも寝ている布団の感触。

深く考えず、体を起こそうとする。失敗。再び倒れる。

何かがのしかかり、その重みで起きあがることができない。

 

「んぅ…………」

「…………」

 

自分のものではない声。自分にのしかかっている何かが出したようだ。

聞き覚えがない声に首だけを動かし、その正体を確かめる。

 

——帽子を被った少女が布団の上から自分にのっかり、すやすやと眠っている。

 

「…………えへへ……」

「…………」

 

……まるで状況は把握できていないままだが、幸せな夢を見ていそうな彼女を起こしたくないな、とは思った。

急な動きを避け、ゆっくりと体を起こす。

必然的に布団からずり落ちそうになる少女をそっと手で支え、抜け出た後の自分の布団に寝かせる。

 

静かな寝息を立てて眠る少女の顔をもう一度確認してみるが、やはり覚えはない。

 

ぼんやりしていた頭が次第に回りはじめるとともに、困惑の度合いが強まっていく。

ここで寝ていた前のことがどうにも思い出せないことに加え、知らない少女が隣にいたこと。

どちらにせよ、さっぱり状況がわからない。

 

(…………誰かいるかな)

 

いくら考えていても答えを出せないことを悟り、諦めて誰かに聞くことにした。

ふわふわと雲を歩くような浮遊感の中、おぼつかない足取りで母屋にむかう。

 

 

夢の中にいるかのような漠然とした感覚は次第に薄れてきたが、まだ残る。

頭を振って意識をはっきりさせながら、戸を開く。

 

「っと……誰か……」

 

開けた部屋の中では、この場所に住む全員が揃っていた。

そして信じられないものを見たかのように、こちらの顔を穴が開くほど見つめてくる。

 

「…………どうかしたか?」

 

反射的に顔に手をやる。ペタペタと自分で触ってみるが、特に異常はない。

首を傾げてみるが、彼女らの視線がこちらから離れることはない。

……誰も何も言わず、圧迫感と緊張感が高まるのを感じる。

 

「………………えと、失礼しました……」

 

だんだんと居た堪れなくなり、ゆっくりと戸を閉めて踵を返す。

 

——スパァンッ!

 

ひとまず自室に戻ろうとした彼は、次の瞬間勢いよく開いた背後の扉の音に心臓が跳ねる思いをする。

 

慌てて振り返ろうとすると、ものすごい勢いで誰かに飛びつかれる。

なんとか受け止めたはいいものの、一緒になって倒れ、背中を強打することとなった。

 

「痛ッ…………な、なんだ?」

 

奇しくも、寝床で目覚めた先ほどと同じような体勢になり、自分を押し倒した相手を見る。

 

「えっと………………れ、()()……?」

「……………………」

 

咄嗟に名前が出てこず、口ごもりそうになるが、こわごわと呼びかける。

返事はない。

顔を伏せたまま、ただこちらの服をぎゅっと握る。

どうすればいいかわからない。

とにかく落ち着かせようとおそるおそる両手を彼女の背中に回し、ぽんぽんと叩く。

 

「ッ……!! …………、……!!」

 

それが何かきっかけになったのか、ますます強くこちらを掴んでくる鈴仙。

対応をしくじったかと一瞬硬直するが、それ以上何もしてこない彼女に意を決し、ゆっくり背中をさする。

 

そうしてお互いにしばらく何も言わず、ようやく落ち着いた彼女が離れるまで、その状態が続くこととなった。

 




今回はちょっと思いついたこととか、地味な伏線のために表現や書き方に細工がしてあります。
そのせいで今回の展開に拍子抜けしたり、描写が妙に曖昧だと感じた方もいらっしゃるかもしれませんね。

もしかすると回収しないままに終わるかもしれませんが、どこが伏線なのか、そしてどんな伏線か、を予想して楽しんでいただけると幸いです。
…………回収するかはわからない伏線ですが(念押し

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。