Joker in Phantom Land   作:10祁宮

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It's show time !

輝夜と弾幕ごっこの練習をひたすら続ける。

 

「『永夜返し -三日月-』!」

「〈エイガオン〉ッ!」

 

このわずかな期間で弾幕ごっこの要領をつかみはじめたジョーカーは、一気に走って地面を力強く蹴り、彼を地上へと縛る重力に負けじと上にむかって跳ぶ。

一瞬だけ現れた【アルセーヌ】が放つ漆黒の奔流が、正面から迫る弾幕を強引に打ち消し、彼は輝夜へと手を伸ばす。

しかし————

 

「ざ〜んねん。そんなんじゃ届かないわよー!」

「くっ……! やはり足りないか!」

 

少し高度を上げただけの輝夜に触ることすらできず、やがて勢いを失い落下しはじめる。

そこをめがけて殺到する弾幕を身をよじって躱し、あるいは打ち消す。そして接地の瞬間は転がって衝撃を地面に散らす。

 

即座に立ち上がり、油断なく上を見上げると、こちらに豪雨のように降り注ぐ弾幕の数々が。

これはさすがに躱しきれない。だが、さっきまでと同じように打ち消しきれる量でもない。

ならば。

こちらも物量で対応すれば————

 

「〈マハエイガオン〉ッ! …………!? なっ——ぐっ!!」

 

————しかし、その目論見は失敗に終わる。

目を見開き、驚愕の声を漏らそうとした彼に何発もの弾幕が殺到し、命中。

苦悶の声をあげ、倒れるジョーカー。

それを見た輝夜は慌てて彼のもとへと下りる。

 

「あ、暁? ……大丈夫? モロに直撃してたけど」

「……今のは、かなりキツかったですね……なんというか……加減を知らない子供に、じゃれつくつもりで何度も腹を殴られる感じというか…………」

「…………なんだろう。経験はないけど、想像はできるわ……」

 

ジョーカーは顔をしかめて腹部をさする。

そこまで酷い痛みではないのだが、なんとなく後を引く重苦しさが残る。

 

「どうしたの? なんだかビックリしてたように見えたけど」

「いえ、それが……発動しようと思った技が不発に終わりまして……あれ、なんでだ……?」

「不発? それって、あなたのペルソナとかいうのが変更できないっていう話のこと?」

「……いえ、それとはまた違うんです。えーと…………俺のペルソナは、術者を入れ替えてるようなものなんです。変な説明になりますが、例えば輝夜として戦っている途中に、鈴仙に変わる……みたいな」

 

首を捻りながら、なんとか説明しようとするジョーカー。輝夜も彼の説明を理解し、頷く。

 

「ほうほう、面白いわね。それで? どう違うの?」

「以前言ったのは、その術者の変更ができないということなんですが、今回は術者はそのままで特定のスペルカードだけが使えなくなってる……と言えばわかりますか?」

「はー、なるほどー。よくわかったわ。説明ご苦労様。で、原因は?」

 

彼は首を傾げる輝夜に笑顔で返答する。

 

「不明」

「ダメじゃん」

「だから困ってるんですよ」

 

会話しながら差し出された彼女の手を遠慮なく掴み、立ち上がるのを手伝ってもらう。

パンパンと全身をはらうジョーカーに輝夜は問うた。

 

「今のが避けきれないなら、また難易度下げて練習する?」

「それでは意味がないでしょう。これから戦う相手が手加減してくれるわけでもないんですから」

「じゃあどうするのよ」

「…………原因は不明ですが……一応、仮説は立ててます。まずはその仮説を確かめます」

「へえ。何をするの?」

「行ってきます」

「どこに?」

 

 

「————()()

 

 

 

数時間後。

人里ではだんだんと家々の灯りが消え、夜の帳が下りる。

宵闇が忍び寄ってくる中、前回訪れた時と同じ場所に二人はいた。

 

「鈴仙、準備はいいか?」

「…………ええ。うぅ、緊張してきた……」

「大丈夫。もし俺が万が一失敗したとしても鈴仙は無事に逃げられるさ。捕まるのは俺だけだ」

「そんな! だ、ダメよ! もしそんなことになるのなら、私が能力を使って」

「ダメだ。もし鈴仙が俺に手を貸したことが露見したらどうなる。鈴仙だけじゃない、永遠亭そのものの信頼が地に堕ちるぞ。無用なリスクは避けるべきだ」

「そんなこと言ったって——むぐっ!」

 

それに

 

血相を変える鈴仙の口を右手で塞ぎ、ジョーカーは笑う。

 

「こんなイージーゲームで俺が失敗するはずないだろ? まあ見てろ。『心の怪盗』は伊達じゃないってのを教えてやる」

「…………!」

 

口を塞がれたことに抵抗し、暴れ出そうとしていた鈴仙はその言葉ではたと動きを止め、彼の顔を見上げる。

その様子を見て、もう大丈夫だと判断したジョーカーは手を離す。

そして踵を返し、両手をズボンのポケットにつっこむ。

 

「じゃ、行ってくる。お前は特等席からショーを楽しむ気分でいればいい」

「…………暁……」

「……ああ、それと一つ言い忘れてた」

「え?」

 

ふと振り返った彼の言葉に目を瞬かせる。

彼はきょとんとする鈴仙を見て悪戯っぽく笑い、手を胸に当てて芝居掛かった様子でわざとらしく一礼する。

 

「——自己紹介が遅れましたことをここにお詫びします。私は心の怪盗団『ザ・ファントム』のリーダーを務める男。名を()()()()()と申します。以後、お見知りおきを」

 

 

 

タン、タン、とリズムよく屋根から屋根に飛び移るジョーカー。

宵闇に紛れるその服装を見咎める者はおらず、かなりの速さで稗田家へとむかう。

 

やがて、彼は前回と同じように稗田家の塀の上に降り立った。

ポケットに手をつっこんだまま、悠然と家の中を見下ろす。

 

(……ほとんど灯りは無い。当主のものらしきあの部屋も暗いまま、か。はてさて。いないのか、それとも寝てるのか。……当たって砕けろ、だな)

 

わずかに足を撓めて跳び、数メートル先の縁側へ。

音もなく着地し、辺りを見渡す。

誰の気配もなく、物音もない。

 

確認を終え、彼は目当ての部屋の戸に手をかける。

万が一中に誰かいたとしても反応できるように心構えだけは済ませる。

そして、躊躇なく一気に開く。

 

——ガラッ。

 

戸を開いた時の小さな物音に体を少し緊張させる。

…………だが。

 

(……誰もいないな。やれやれ、ひとまず好都合だ)

 

中には人の姿はなく、整然とした部屋の様子が彼の目に映る。

部屋の角に置かれた机に目をつけたジョーカーはそちらに近寄っていく。

どうやらこの部屋の主はなかなか書き物をする機会が多いらしく、机の上にはたくさんの紙と筆が散乱している。

ここだけが整った部屋の中で唯一雑然としており、異彩を放つ。

 

(…………何を書いてるかは気になるが、さすがにそこまで悪趣味な真似はしたくない。さて、何かないか……おっ)

 

視線をあちこちに動かしていた彼は机の引き出しに目をとめた。そこだけ重厚な南京錠でしっかりと施錠されていたのだ。

ニヤリと笑った彼はどこからともなくとある道具を取り出し、南京錠にそれをあてがう。

カチャカチャと音がすること数秒。カチリ、と南京錠はあっけなく開いた。

彼は南京錠を外し、机の上に置く。

そして引き出しを慎重に開ける。

 

(さーて、中身は…………ん? これは…………桐箱か)

 

引き出しの中にあったのは流麗な細工が施された桐箱だった。

首を傾げ、蓋をとる。

そこにあったのは——

 

「——紙?」

 

意外なものに思わず独り言を漏らす。

ここまで厳重に管理するからには相当重要な品か、あるいは財宝の類かと思ったのだが、実際はビッシリと文字で埋め尽くされた紙の束だった。

桐箱がいっぱいになるまで詰められたその紙束に困惑するジョーカー。

 

(…………いや、ここまでしているなら実際大切にしているもののはず。別にこれでも構わないか……)

 

そう考えて気を取り直し、箱の蓋を戻して小脇にかかえる。

いちいち中身だけ抜き取るのも面倒だ。まるごと持っていこう。

 

そうして彼は部屋を後にし、縁側に出る。

塀へと跳び上がるために一瞬力を溜め、そして跳躍しようとしたまさにその瞬間。

 

「…………だ、誰……?」

「!?」

 

背後から聞こえた声にバッと振り向く。

そこには、呆然としてこちらを見る一人の小柄な少女がいた。

事態を把握できていないようで、彼が出てきた部屋と彼へと視線を往復させる少女。

 

「…………え、え? …………え?」

(このタイミングで見つかったか……いや、これも好都合か? ……よし)

 

口をパクパクと開閉させる少女に体ごと向き直る。

 

「…………こんばんは」

「ひっ!?」

 

いきなり声をかけられ、怯えた声を漏らす少女。

だが、ジョーカーが向き直ったことによって、彼女は得体の知れない眼前の男がわきにかかえたものを目にすることとなる。

 

「…………それはっ!?」

「いただいていきます。私は怪盗。僭越ながら、この家を標的とさせてもらいました」

「か、返しなさい! それは——!」

 

暁が持つものを知っているのか、先ほどまでとはうってかわって声を荒げる少女。

しかしそれを気にとめず、暁は今度こそ大きく跳躍して塀の上へと着地する。

 

「ま、待ちなさい! だ、誰か! 賊です! 賊が出ました!」

(そう、それでいい。是非とも騒いでくれ)

 

彼はこっそりとほくそ笑み、こちらを睨む彼女を見下ろす。

 

「あ、阿求(あきゅう)様!? どうなさいました!?」

「阿求様の叫び声!? おい、人を集めろ!」

 

次第に家の中に騒ぎが伝わっていき、やがてバタバタと何人もの大人たちが走ってくる。

 

「ご無事ですか、阿求様!」

「どうなさいました!?」

「あ、あれを! 賊です! 賊が出ました! 捕まえてください!」

 

阿求と呼ばれた少女は大人達に自分を指し示す。

その指の先を追って視線を動かした大人達は自分の存在に気がつき、表情を一変させる。

 

「なっ……! おい、誰か! あいつを捕まえるぞ! ハシゴを持ってこい!」

「は、はいっ!!」

「…………ふっ」

 

途端に慌ただしくなる眼下の光景を眺めて口元を緩めるジョーカー。

彼は塀から屋敷の屋根の上へと跳ぶ。

 

「!? おい、逃げるぞ! 早くしろ!」

「もっと人を呼んでこい!」

 

この角度なら、誰からも見えない。

屋根の上に降り立った彼はいったん桐箱を置き、その代わりにどこからともなく道具を二つ取り出す。

 

「…………【アルセーヌ】」

 

一言呟きペルソナを呼び出すと、取り出した道具のうち片方を持たせる。道具をしっかり掴んだ【アルセーヌ】は闇の中、上空へと消えていく。

 

彼自身はもう片方の道具を手で弄びながら辺りを見回し、屋敷の周囲に人がどこにもいないことを確認する。

そして次の瞬間。

 

「…………よっ」

 

手に持っていたものを軽く放り投げる。

それは回転しながら放物線を描き……爆発する。

 

 

————バァァァンッッッ!!

 

 

轟音が静かな人里に響き渡る。

その音に反応するように、あちこちで家の灯りがつき、中から住人達が駆け出てくる。

 

(もう少し……もう少し……よし、そろそろ)

 

闇の中をサードアイで見通し、集まってきた人々を数えるジョーカー。

充分に人が集まったと判断すると同時、心の中で【アルセーヌ】に合図を送る。

 

すると、突如上空から伸びた一条の光芒が彼を煌々と照らし出した。

 

ざわめきだす群衆。

眩しそうに目を細めながら、全員がジョーカーのことを見上げている。

彼は集まった人々をぐるりと見渡し、両手を大きく広げて息を吸う。

 

「すぅぅ…………」

 

そして、目一杯声を張る。

 

「夜分に騒ぎ立てて大変申し訳ない! 私は怪盗だ! 今宵はこの稗田家を標的とさせてもらった!」

「「「!?」」」

 

途端にざわめきが一気に大きくなる。

想定通りの反応に口元を緩め、彼はさらに言葉を紡ぐ。

 

「私はこれからいくつかの場所を狙い、そこにある宝を盗み出す! ここでの犯行はその第一歩だ! 私が披露する、一世一代のスペシャルショー! 刮目して照覧あれ!!」

 

あえて仰々しい言葉をつかい、その場にいる全員の注目を集めるジョーカー。

広げていた両手を下ろし、今度は右手だけをゆっくりと上げる。

 

「……申し遅れたが、私の名は『ファントム』という! ここにいる諸君は是非とも覚えて帰ってくれたまえ!」

 

その言葉とともに、右手を水平に振る。

次の瞬間、虚空から伸びていた閃光が搔き消える。

辺りは一転して闇に閉ざされ、群衆のざわめきがますます大きくなっていく。

 

稗田家から松明を持った人間が数人走り出てくる。彼らはすぐにそれを掲げ、辺りを照らす。

すると離れたところで見ていた群衆の中から声が聞こえてきた。

 

「見ろ、あそこだ! 飛んだぞ!?」

 

男が指差す先には宙を舞う黒い影の姿が松明のぼんやりとした光に照らされていた。影は高い塀を超えて地面に着地し、そのまま駆け出して薄暗い闇の中へと消える。

 

「追え! 捕まえろ!」

「逃すな! なんとしてもあの賊を見つけだせ!」

 

稗田家の人間達はそれを追って走る。

当事者達が消えた現場には、今起きた見世物に興奮しきった群衆だけが残され、口々に近くの人間と話をしていた。

 

 

 

「……そこそこ地上を走って逃げる姿は見せたな。そろそろいいだろ……来い、【アルセーヌ】」

 

追っ手をまいたジョーカーは近くの民家の屋根に跳び、上空に待機させていた【アルセーヌ】を呼ぶ。

少しすると下りてくる【アルセーヌ】は未だにジョーカーが持たせた道具——スポットハイライトを掴んでいた。

 

さきほど彼を照らしたのはこれによる光である。

闇に紛れる色をした【アルセーヌ】 にこれを持たせて空中で使わせれば、第三者視点ではどこからともなく現れる謎の光となる。

それでも、もしかしたら視力のいい人間なら逆光ごしに【アルセーヌ】の姿を見ることができるかもしれない。

 

——だから、サポートを頼んだ。

 

 

「…………なによあれ。キザすぎ」

「そう言うな。印象というのは大事だろ? こういうのは大袈裟すぎるくらいでいいんだよ。初仕事だしな」

 

彼は上からかけられた呆れ声に肩をすくめ、【アルセーヌ】の背中に乗り、ふわりと浮き上がる。

 

「そういう問題? というか、なによ、ファントムって。さっきはジョーカーとか名乗ってたくせに。どっちなのよ」

「『ジョーカー』はあくまで『ザ ・ファントム』という怪盗団の中でのコードネームだ。大衆に知られるのは仲間内の呼び名より、怪盗としての呼び名であるべきだと思ったからああ言ったまでだ。仲間を差し置いて俺の名前だけを売るというのは気がひける」

「……律儀なのね。きっと、あなたの仲間もそんなこと気にしないわよ」

「だろうな。全員文句は言わないだろう。だがそれでも、だ」

 

彼の言葉にそれ以上反論することもなく鈴仙は納得する。

彼女はジョーカーが屋根の上で群衆に語る時、光の波長をいじって【アルセーヌ】を透明にしていた。

そしてジョーカーが逃走している間は上空で待機し、たった今、彼と合流した。

 

「走ったりしなくても、最初から飛んで逃げればよかったのに。なんでわざわざ?」

「空を飛ぶとこを見られると普通の人間じゃないことは確実だろ? あえて地上を走ることで、あくまで人間であることをアピールしようかと」

「……それ、意味ある? むしろ人間じゃないと思わせた方が撹乱できない?」

「そっちも考えたんだが……ここで怪盗が人間だと思わせてから、到底人間が行きそうにない場所に怪盗が現れたら混乱するだろ? 容疑者の人数も多くなる。どっちにするか悩んだ結果、こっちの方法をとった」

「なるほどね。……そろそろ行こっか」

「だな」

 

彼は頷いて桐箱をしっかりと持ち、落とさないようにする。

そして二人は誰かに見つかる前に飛び立ち、人里を離れた。

 

 

 

「——ところで、他に感想は無いのか? キザってこと以外で」

「……………………ちょっとだけ」

「ちょっとだけ?」

「本当に、ほんのちょっとだけ…………よかった」

「…………そうか。それはなにより」

 




今回のジョーカーはやたらキザになってしまいました。人によっては無理かもしれないな……すいません。

怪盗『ジョーカー』としなかった理由は文中で述べましたが、メタ的な理由もあります。
怪盗ジョーカーって聞くと、まんま同じタイトルの漫画とか、はやみねかおる氏の「怪盗クイーン」シリーズがどうしても思い浮かぶんですよね。
それがなんとなく嫌だったので……

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