そして次の日。
「…………ふぁ〜あ……ねむ……ん? 暁?」
目をこすりながら寝室から出てきた輝夜。
彼女は廊下に出ると、壁にもたれて立っていた暁に声をかける。
暁はそれに応じて少し呆れた顔で挨拶した。
「おはようございます、輝夜さん。……おはようとは言いましたけど、もう昼も近い時間ですよ? いくらなんでも寝すぎでは?」
「ははっ。いーのよ。どーせ、
「…………」
「うん? 暁?」
「……いえ、なんでも」
…………ほんの一瞬、彼女の目の奥が見通せない闇に覆われた気がした。
しかしすぐにその闇は搔き消え、普段通りの輝夜に戻る。
…………今は触れないでおこう。
「…………弾幕ごっこの練習相手になってほしいんですが、お願いできますか?」
「え? いいけど。イナバはどうしたの?」
「彼女には何日も手伝いばかりさせてしまっているので、せめてこっちの面倒はかけたくないと思って……てゐは神出鬼没というか、気がつくといなくなってるので。残りは永琳か輝夜さんなので、とりあえず輝夜さんに頼もうかと」
「ふんふん。わかったわ。じゃ、食事の後に中庭でやりましょ」
「ありがとうございます。お手数おかけして申し訳——」
「ところで」
「——はい?」
先に歩き始めた彼女が突然振り向き、瞬きする暁。
「なんか、いつのまにか私だけ仲間はずれにされてない?」
「……………………はい?」
彼が発したのはさっきと同じ言葉だったが、より困惑の度合いが強まったものだった。
「イナバはわかるけど、いつのまにか永琳やらてゐやらも呼び捨てじゃない。なんで私だけいつまでもさんづけなのよ。距離を感じるんだけど」
「…………あ゛ー」
どこかで聞き覚えのある文句にげんなりとして呻く暁。
「なによその反応」
「…………永琳にも同じようなこと言われたの思い出しまして……」
「なんだ。永琳もそれで呼び捨てだったの。じゃあ私も敬語抜きで問題無いわよね?」
「勘弁してください……や、本当に……」
「なんでよ! なんで私だけそんな頑なに拒むのよ! 呼び捨てくらい簡単でしょ!」
「いや、永琳だってなんとか敬語を使うことだけは許してもらいましたし、できれば呼び捨ても全力で遠慮したいんですよ? 毎回永琳さ……永琳、って言い直さないように一言ずつ集中して言葉にしてるんですよ? この気苦労わかります? わからないですよね? わかってもらえません?」
「…………あ、あなた、時々そんな感じでやたら押しが強くなるわね。わ、悪かったわよ……」
勢いでごり押しすればなんだかんだ呼び捨てを認めるだろうと思っていた輝夜は想定外の暁の気迫にたじろぐ。
しかし、彼女もここで譲る気はない。
「じゃあ敬語はまだそのままでいいから! 呼び捨てなさい! それならいいでしょ!」
「え、無理ですって」
「なんでよー!」
憤慨したように両手をブンブンと振る輝夜。
最大限譲歩したのに、それでもなお断られるとは思ってもみなかったらしい。
「だって、『かぐや姫』ですよ? そうおいそれと馴れ馴れしくできませんよ」
「私がいいって言ってるんだからいいじゃないのー!」
「えぇ…………それはどうですかね…………」
詰め寄ってくる輝夜から目を逸らす暁。
その後ものらりくらりとしてなかなか承諾しない彼に業を煮やし、彼女は言い放つ。
「呼び捨てしてくれないなら、弾幕ごっこしてあげないわよ!」
「わかりました。じゃあやっぱり鈴仙に頼んできます。お邪魔しました」
「えっ」
ビシッと彼に指を伸ばして言い放った輝夜だったが、なんの痛痒も感じていない彼の返答に目をぱちくりとさせる。
その間にも踵を返して立ち去ろうとする暁の腕を慌てて掴む。
「ま、待ちなさいよ! 弾幕ごっこやりたいんでしょ!? なら私でいいじゃない!」
「いや、そこまでして輝夜さんの手を借りるより、気軽に鈴仙の相手をする方がいくらかマシかと思って」
「なんでよ! もっと引き留めなさいよ! 『かぐや姫』と遊ぶチャンスでしょ!」
「はは、お戯れを」
「ちょっとー!!」
……それからさらに一悶着あり、結局暁は永琳と同じ条件で輝夜を呼び捨てにすることを了承した。
暁は昼食——輝夜にとっては朝食になるが——を終えると、輝夜とともに中庭に出る。
「いやー、いい天気ね。弾幕日和だわ。暁、 準備はできてる?」
「できてます……けど、その前に聞いておきたいんですが、弾幕ごっこのルールって具体的にはどんなものなんですか? 大技を使う時はスペルカードを消費する、弾幕は避けるのが前提……ってくらいしかわかってないんですが」
「そういえばルール説明はまだしてなかったわね。そうね……今言った二つの他には弾幕は美しくなければならない、とか……少なくとも理論上は避けられるものでないといけない、とかがあるわね。相手がどうやっても絶対に当たる弾幕とかはルール違反」
「…………なるほど。フェアプレー精神ですね。他には?」
「えーと……スペルカードルールで決闘して負けたら素直に負けを認めること? 見苦しい真似はやめろってことね。あとスペルカードを使う時は宣言してから使うこと。別にいちいちカードを出す必要はないけど、今から何を使うかっていうのを相手に教えないといけない。…………このくらいかしら。いちいちルールの詳細とか考えて戦ってないから細かいところは覚えてないけど、まあそれは他のやつらも同じでしょ。だいたいこの六つのルールで弾幕ごっこは成立してるわ」
輝夜は首を捻って正確なルールを頭から引っ張り出し、暁はそれを聞いて数回頷く。
「ふむふむ…………了解しました。それじゃ、やりましょう」
言葉とともに変身。
輝夜から一定の距離を置いて向き合う。
「私からでいいの?」
「はい。俺は弾幕ごっこ自体初めてですし、とりあえず身をもって味わうことにします。ここに突っ立っているので、とりあえず撃ってきてください」
「うーん、大丈夫? 弾幕って基本的に当たらない前提だから、何発も当たり続けたら下手すりゃ死ぬわよ? ま、ココでどれだけ怪我しても永琳がいるから死にはしないけど」
「この状態ならある程度頑丈になってるので数発くらいなら大丈夫だと思います。一応手加減はお願いします」
「はーい。んじゃ、いくわよ」
輝夜は軽い調子でそう言って、数発の光弾を暁に飛ばす。
緩やかに飛ぶそれらは棒立ちのままでじっと待つ彼へと次々に着弾する。
それなりに大きな破裂音とともに、体に衝撃が走り、少しよろめく。
「…………っ、と」
「大丈夫? 怪我はない?」
「はい。この程度ならほとんどダメージもないです。衝撃まではさすがに消せませんが」
「ならよかった。じゃあ安全性も考えてこのくらいの威力の弾幕で練習しましょうか」
「そうですね。お願いします。今度は普通に戦う時みたいに撃ってきてくれますか? スペルカードは無しの通常弾幕で」
「はいはーい。じゃあいくわ……よっ」
掛け声とともに生み出される弾幕。
さきほどとは違ってスピードもあり、数も多い。
ジョーカーは多方向から飛来するその弾幕をひょいひょいと躱していく。
「いやー、やっぱり綺麗ですねー。つい見惚れそうになりますよ」
「余裕ねー。じゃあもうちょっと激しくいくわよー」
彼女の宣言通りに弾幕は量もスピードも増大する。
ジョーカーもさすがに真面目な顔になり、その全てを見切っていく。とはいえまだまだ余裕はある。
「おっと……はっ……よっと。……輝夜さーん」
「んー? なにー?」
「なんとなく感覚はわかってきました。次は空中を飛び回りながら撃ってきてもらえますか? 多分、地上とは違ってくる と思うのでー」
「はーい。ちょっと待ってね、っと…………よし。準備完了よー」
「お願いしまーす」
音も無く浮き上がり、数メートル上からこちらを見下ろす輝夜に合図を出す。
ゆっくりと動きだす彼女から色とりどりの弾幕が生まれ、降り注ぐ。
次第に速くなる動きとともに、降り注ぐ弾幕も多くなり、スピードも増していく。
これにはジョーカーも少し余裕がなくなってくる。
ステップを踏んでひらり、ひらりと葉が風に舞うように華麗に弾幕を躱していく。
「暁ー?」
「なん、でしょう、か? ちょっと、喋り、にくいので、できれば、手短に、頼みます」
「避けるのしんどいー?」
「いや、回避は、簡単、ですが、のんびり話すのは、なんというか、暇がない、感じです」
「そういう感じかー。息があがってるわけじゃないってことでいい?」
「はい。そうです、ね」
小刻みにあちらこちらへと跳ねているために言葉が途切れるジョーカーだが、心肺機能は充分に足りている。
輝夜は彼の言葉に頷き、いったん弾幕を止め、言った。
「じゃあそろそろスペルカードも試してみる? 簡単なやつだけど」
「……っと。そうですね。やっぱ通常とは密度とかも違うでしょうし、体験しておきたいです。お願いできますか?」
最後に降ってきた弾幕を避け、上から見下ろす輝夜の言葉に頷くジョーカー。
輝夜は彼にウインクを返し、おもむろに一枚のスペルカードを取り出す。
「それじゃ、これね。……『永夜返し −初月−』」
「っ!?」
輝夜がそう唱えた瞬間、彼女の体から全方位へと無数の光弾が放たれる。
光弾が綺麗に一直線になったものがいくつも列になって並んだもので、列と列の間には隙間がある。
ジョーカーは反射的に横に跳び、その隙間に入る。
光弾はそのまま列になった状態で彼には掠りもしないで広がっていく。
(…………確かに量も密度も桁違いだけど、これだけか? あまり大したことは……っ!)
あまりに単純すぎる軌道に拍子抜けした彼だったが、次の瞬間見えたものに気を引き締めなおす。
列になった光弾より大きいサイズの光弾が新たに数個発射され、左右に散らばったのだ。
一見無意味な弾幕に見えたそれは、途中で向きを変えてジョーカーへと飛んでくる。
すぐさま回避に移ろうとした彼だったが、そこで気がつく。
(……列に囲まれてうかつに動けない。下手に動けば弾幕につっこむことになる…………なるほど。これが『スペルカード』か。一筋縄ではいかないな)
列の光弾に当たらないようにするだけではこちらに誘導される中型弾幕は回避しきれない。かといって、中型弾幕を無理に避けようとすると列弾幕に当たる。
二つの位置関係を把握しながら、うまく列の隙間を縫って移動しなければならない。
————が、しかし…………
(…………あれ?)
首を傾げるジョーカー。
もう一度周囲を確認し、自分の頭の中で回避のシミュレーションを繰り返す。
数回それを行い、最終的な結論に達する。
(…………回避、できなくないか?)
この状態からでは、どう頑張っても弾幕を回避しきれない。
頭上から迫る弾幕を避けるため無数の列の間を移動するつもりだったが、様々な角度で降ってきている列状弾幕を避けるように動けば、中型の弾幕に当たってしまう。
いろんなパターンの避け方を想定するが、どうにも抜け道が無い。
回避不可能な弾幕はルール違反と聞いたのだが…………
とりあえず回避を試みる。
考えた回避パターンのうち一つ。
まずは右前方に跳び、そこから二歩前進。左に一歩、さらに三歩前進。
シミュレーションではここで——
(……やっぱ、くるよな)
————真上から迫る中型弾幕。
直撃する寸前のそれを目を細めて注視した彼は呟く。
「…………〈エイガオン〉」
刹那、虚空から吹き出た暗黒のエネルギーがその弾幕を打ち消す。
それに続いて二発、三発と降ってくる残りの中型弾幕も同じようにして迎撃した。
最後の中型弾幕を消し去るとほぼ同時、列になっていた弾幕も消える。おそらくスペルカードの効力自体が切れたのだろう。
他者から見れば、仮面で表情がよくわからないが、スペルカードを凌ぎきったジョーカーは難しい顔をしていた。
そんな彼のもとに、空中から動きを見守っていた輝夜がゆっくり降下してくる。
「どうしたの? なんか途中で立ち止まってわざわざ弾幕を迎撃してたけど」
「…………輝夜さん、一応聞きますけど、今のはルールを遵守したスペルカードですよね?」
「……はぁ? ちょっと暁、さすがに怒るわよ。なんでこんなことでルール違反しなきゃいけないのよ。私がそんな小さい器に見えるの?」
考え込んでいた暁は呼び捨てにすることも忘れ、さんづけで輝夜に問いかける。
輝夜も言われた内容の方に気を取られ、名前については気がつかない。
「……いえ、まったく。むしろ信頼してますよ…………それでも重要な確認だったので」
「…………どういうこと?」
彼の雰囲気から純粋に困惑していることを感じとった輝夜は、不機嫌そうになっていた表情を真顔に転じさせる。
「…………今の弾幕、回避は不可能でした」
「……………………何言ってんの? そんなわけないでしょ。今使ったスペルカード、私が使うなかでも最弱よ? 弾幕の速度も密度も、最低レベルの難易度なのに」
「いえ、本当です。少なくとも、俺には無理でした」
「…………」
一瞬だけ、暁が避けきれなかった言い訳をしているのかと思った輝夜。
しかし、彼がまだ何か言おうとしていることを見てとり、考え直す。
「…………多分」
「……多分、なに?」
「この『弾幕ごっこ』、そして『スペルカード』というシステムは……
「…………あっ」
「だから、飛べないからといって地上だけで回避しようとしても避けきれないみたいです。誤算でしたね」
困ったようにジョーカーはそう言った。
それからしばらく話し合う二人。
「完全に盲点だったわ。そっか。『弾幕ごっこができる』と『空を飛べる』は基本的にイコールだから、飛べない相手との弾幕ごっこは想定されてないのね……」
「ですね。ここで気がつけてよかったです。やはり練習は大事ですね」
「それはまあ、そうだけど。どうするの?」
「今みたいに弾幕を迎撃するのはルール違反ですか? ガードしたりとか」
「弾幕を弾幕で打ち消したりとかはよくあるわ。ガードは微妙なラインね。生身の体でガードするのは被弾とほぼ同義でしょ? 障壁とか何かでガードするのはだいたい許される……と、思う。多分」
ジョーカーはやや自信なさげに言う輝夜の言葉に頷く。
「それなら、今みたいに弾幕は迎撃していくことにします。そうすれば少なくとも敗北はしませんから」
「そうね。じゃあ、これからは回避より迎撃を主体にして練習していきましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
そうして改めて一礼し、ジョーカーは輝夜との弾幕ごっこを再開した。
ジャンル:× 弾幕シューティング ○ 3Dアクションゲーム
弾幕を相手の体にシュゥゥゥーッ!!!! 超!! エキサイティンッ!!