Joker in Phantom Land   作:10祁宮

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二つ目の異能、『第三の目』

「今日は人里に行こうと思う」

「……この構図、昨日もやったよね?」

 

さらに翌日。暁は朝のトレーニングを途中で切り上げ、外で洗濯物を干していた鈴仙に話しかけた。

縁側にいるこちらを見ることもなく、背中ごしに呆れ声を出す彼女に説明する。

 

「気にするな。それで、どうだ? 付き合ってくれるか?」

「別にいいけど……なんで?」

「下見だよ、下見。そろそろ最初の仕事に取り掛かってもいい頃合いだろ」

「ふぅん。じゃあ洗濯物を干し終わったら一緒に行きましょ」

「そう言ってくれると思ってたよ」

 

寝転んで目を閉じたまま話す暁と、洗濯物を干しながら気の抜けた返事をする鈴仙。

昨日と同じく、だらけきった雰囲気が流れる。

 

「…………手伝ってよ」

「えー、やだよ。俺のぶんは自分で干してるし」

「手伝ってくれたらそのぶん早く人里に行けるでしょ?」

「そもそもその洗濯物はどれもここの人(女性)のものだろ? ()が触るのはよろしくないんじゃないか?」

「今さら気にしないわよ。そんなつもりも無いくせしてよく言うわ」

「ははっ、鈴仙も言うようになったじゃないか」

 

からかうように投げかけた問いにアッサリと切り返され、小さく笑う。

 

「誰かさんのおかげでね」

「なるほど。じゃ、その誰かには感謝しないといけないな?」

「まったくね。今度()を込めた弾幕でもプレゼントしようかしら」

「きっと喜ぶんじゃないか? 冬の花火というのも風情がある」

 

素知らぬ顔で掛け合いをする二人。

そうして愚にもつかない言葉を投げかけあっているうちに、鈴仙も洗濯物を干し終わる。

 

「ほら、終わったわよ」

「おつかれー」

 

戻ってきた鈴仙に寝転んだまま片手を上げる。

 

「私は着替えてくるわ。あなたも着替えなさい」

「え? なんでだ?」

「人里の文化水準の話、忘れた? こんな服じゃ人目を集めるわよ。目立ちたくないでしょ?」

「ああ、なるほど。了解。一着だけ霖之助さんのとこで買った着物があったから、それを着てくるよ。……知識でしか知らないからちゃんと着られるかはわからないが、まあなんとかなるだろ」

 

勢いをつけて起き上がり、離れへと戻る暁。

その背中を見送る鈴仙は彼の言葉に不安を抱く。

 

「…………大丈夫かしら…………まあ、着ることができてたら、あとは直してあげればいいか」

 

最低限着てさえいれば、間違った箇所を指摘してやればいいと判断し、彼女も自室へと戻る。

 

そして数分後。

玄関で暁と合流した鈴仙は彼の服をチェックしたが、特に問題はなく、彼女の心配は杞憂に終わった。

 

 

 

人里に着いた二人。

暁は予想以上に大きな人里に感嘆していた。

 

「里なんて聞いてたから小さな集落かと思いきや、かなり大きいんだな」

「まあ仮にもこの幻想郷の人間が暮らす唯一の場所だしね。それなりの大きさは必要よ」

 

不自然になりすぎない程度に周囲をキョロキョロと見回しながら鈴仙と会話する。

彼女は特徴的なウサ耳を隠すために笠を被っている。

 

「うーん…………このあたりは結構人通りも多いな。できるだけ人通りの少ない道とかも知っておきたい」

「…………改めて実感したけど、紛れもなく不審者よね、私達。目的を考えれば当然なんだけど」

「…………それは言わないでくれ…………」

 

暁は真面目に計画について思案していたが、鈴仙の言葉で後ろめたさを覚える。

あえて考えないようにしていたことを再認識させられ、微妙な表情になった。

鈴仙自身も微妙な表情をしている。

 

「…………ごめん」

「…………とにかく、稗田家ってのを一度見てみないとな」

「…………案内するわ」

 

一気にテンションが下がった二人は沈鬱な顔をして黙々と歩きはじめた。

通りすがる人々は二人が放つ重苦しい空気を感じ、「身内でも死んだのか」と勘違いすることとなった。

 

 

「……ここが」

「稗田家ね。大きい屋敷だからわかりやすいでしょ?」

「そうだな。他の民家はどれも低いし、遠目からでも識別できそうだ」

 

稗田家の近くで立ち止まり、周囲を観察する暁。

 

(……あちらの道は人通りが少なく、こっちは比較的多い。なら、あちらから……? …………いや、待てよ。何も素直に道を通らずとも、この町並みなら——)

 

考えこむ彼が何かを思いついた瞬間、鈴仙が口を開く。

 

「暁、人に見られてるわ。いったんここを離れましょう」

「! ……わかった。そうしよう。できれば、屋敷の中の間取りとかも知りたかったけど……まあ、さすがにそれはどのみち無理か。人もいるだろうし」

「そうね。じゃ、行くわよ。…………せっかくだし、茶屋にでも行かない? 美味しいお団子出してくれる店があるんだけど」

「おっ、いいなそれ! 行こう!」

「ふふ、わかった。ついてきて」

 

そうして二人は茶屋で団子を堪能し、しばしの休息をとった。

 

 

「さて、次はどうする?」

「そうだな……いったん帰ろう。そして夜中にもう一度来る」

「え? なんで?」

「電気も無いんじゃ、夜は相当暗くなるだろ? 一応の対策はあるんだけど、逃走経路をちゃんと使えるかどうか確認しようと思って」

「……もう目星はつけたのね。どの道筋にするの?」

「まあ待て。なにも素直に道を通る義理はないだろ? これでも()()だしな」

「……? …………あ、そういうこと。それなら確かに人目にもつかないし、決まった道も必要ないわね」

 

人差し指を伸ばし、近くの民家をなぞるように幾つか指し示す暁。それで鈴仙も彼の言いたいことを把握し、頷く。

 

「じゃあ夜中にもう一回来ますか。夜なら人目につかないし、普通に着込んできましょう。冬は冷え込むしね」

「そうだな…………ん?」

 

暁は彼女の言葉をきっかけに、何かを閃く。

 

「どうしたの?」

「……いや、ふと思ったんだけどさ。俺は今和服を着ているわけだ」

「そうね。で? それが?」

「この状態でペルソナを使えば、いつもと変わらずにあの怪盗姿になる」

「ええ、そうね」

「何を着ていようと、結局外見はあの姿になる。ただ、暖かさはどうなのかと思って。暖かい格好で変身すれば暖かいままなのか?」

 

彼女は考えこむ暁に肩をすくめる。

 

「それを私に聞かれても困るわね。わからないなら、実験するしかなくない?」

「…………うん、そうしよう。とりあえず人里から離れた場所じゃないとな」

「ん。それじゃ、行きましょう」

 

その場に長居する気も無く、スタスタと歩く二人はすぐに人里を抜けて迷いの竹林の方へと移動する。

 

あたりに人影がいないことを確認し、変身する暁。

 

「…………まずはこの感覚」

 

服を着た状態での自分の感覚を頭に入れ、変身を一度解除する。

そして自分の服に手をかけ——はたと気がついたように鈴仙の方を見る。

 

「……あー。その、鈴仙?」

「ん? なあに?」

 

黙って見守るつもりだった彼女はいきなり声をかけられ首を傾げる。

 

「いや、その。今から脱ぐからな?」

「いや、それくらいわかるわよ。なんでいちいち報告してくんの」

「え、だって後から文句言われたくないだろ? いきなり脱ぐな、とか」

「別に上半身裸くらいで騒いだりしないわよ。下半身まで脱ぐようなら……相応の償いはしてもらうけどね」

「お、おう…………」

 

具体的には命を貰う、とはっきり告げている彼女の目力に気圧されるが、なんとか首を上下に振る。

そして帯を緩め、上の服を脱ぐ。

 

「…………さ、さっむ……!」

「…………とっとと変身しなさいよ」

「あ、ああ……ペルソナッ!」

 

気合いを入れるために声に出して変身する暁。

蒼炎に包まれる彼をぼんやりと眺める鈴仙は「あの炎で焚き火とかできないかな」などと益体もないことを考えていた。

 

「…………どう? 暖かくなった?」

「……一応。けど、まだ寒い…………この見た目相応の防寒性しかないみたいだ」

「さっきはどうだったの?」

「特になんともなかった。暖かくしてればこの格好も相応に暖かくなる、ってことでいいみたいだな」

「じゃあ暖かい格好をすることに意味はあるのね。よかったじゃない。少なくとも、誰かに見られる時、凍えながら必死に寒くないような演技をする必要はなくなったわ」

 

パチパチとやる気のない拍手をする鈴仙の言葉にたじろぐ暁。

 

「嫌な可能性をつきつけてくるのはやめてくれよ……」

「まあまあ、その可能性がなくなったって話じゃない。喜びなさいよ」

「それはまあ、そうだが……」

「実験の結果も出たし、行きましょ。早く帰ってあったかいお茶でも飲みたいわ……」

 

白い息を吐きながら鈴仙はそう言う。

暁も歩きだした彼女に遅れないよう、変身を解いて急いで服を着直し、ついていく。

 

「あー、飛んでいけたら楽なのになー」

「悪いな。俺につきあわせて」

「本当よ。あなた自身が飛べるようになれない? そしたら少しは目立たなくなるでしょ」

「うーん……あくまでペルソナは俺であって俺じゃないからなー。その力をそのまま利用できるならまた違うんだろうけど」

「融通の利かない能力ねー」

「そういう鈴仙の能力は『狂気を操る程度の能力』だったか。応用力はありそうだな」

「もっと正確に言うなら『波長を操る程度の能力』なんだけどね。いろんなものの波長をいじることができる。その代表として狂気を操るってことにしてるけど」

「…………その能力で光の波長をいじって俺を透明にしてくれたら永遠亭まで飛んでいけるのでは?」

「ずっと能力発動しながら飛び続けるなんて嫌よ。波長を操る、ってのはあなたの想像以上に繊細な微調整を要求されるのよ? 結構疲れるんだから」

「そうかぁ……いいアイデアかと思ったんだけどなー」

 

落胆しながら諦めて歩く暁。

彼は鈴仙と永遠亭に帰るまでの時間をしりとりをすることで潰した。

ら行だけで返してくる暁に途中から鈴仙がキレ気味になってきたころ、二人は永遠亭に到着した。

 

そして昨日と同じように普通の和食を食べ、食器を片付ける。

 

「よし……師匠、行ってきます」

「できるだけ早く帰ってきます」

「二人とも気をつけてね。お風呂は沸かしておくから、帰ったらすぐに入りなさい」

「「はーい」」

 

暁と鈴仙は玄関まで見送りにきた永琳に頭を下げて出発する。

夜中なので誰かに見咎められる心配もなく、暁は【アルセーヌ】に乗って飛び立つ。鈴仙もふわりと浮遊し、彼に続く。

 

凍てつく向かい風に震えながら二人は人里へと急ぐ。

 

しばらくすると、人里の門番が持つ松明の灯りが見える。

二人は門番に見つかることのないよう、上空から人里へと入る。

 

家々の灯りもほとんど無く、真っ暗な中でも目立たないように物陰に降り立つ二人。

 

「鈴仙はここで待っててくれ。俺はこれから稗田家までひとっ走りしてくるよ。数分くらいで戻る」

「わかった。……へましないでよ? 波長が見える私はこの暗闇でも周りがわかるから大丈夫だけど……対策ってのは本当にできてるの?」

「なんなら今確認してみるか? ……そうだな。ちょっと待て」

 

暁はそう言って彼女から数メートルほど離れる。

 

「何本か指を立ててくれ」

「はい? …………これでいい?」

 

突然何を言い出すのかと思いながらも、素直に指を三本伸ばす鈴仙。

その瞬間、暁は口を開く。

 

「三本だな」

「!? …………なら、これは」

「二本」

「…………」

「五本」

 

次々と即答し、そのどれもが正解だった。

何か特別なことをしている様子もない暁を見て、混乱する鈴仙。

 

「…………なんで?」

「……俺は良い()を持っていてね。さて、実証も済んだしさっさと行ってくるよ」

「あっ、ちょ…………」

 

言うなり、彼は常人には不可能な跳躍力を発揮し、近くの民家の屋根に飛び上がる。

そのまま音もなく次から次へと民家の屋根を飛び移っていき、あっという間に鈴仙の視界からも消えてしまう。

 

残された鈴仙は暁の「対策」とやらの正体に頭を悩まされることとなった。

 

 

(研ぎ澄ませ…………っと)

 

内心でそう呟きながら、能力を発動させ続ける暁。ペースを崩さぬまま、稗田家の方へとどんどん近づいていく。

 

(…………便利だよな、()()

 

そう思いながら、仮面に覆われた自分の顔をさする。

ペルソナとは違う、彼自身が持つもう一つの能力————サードアイ。

通常見えない特殊なオーラや、何かの痕跡もくっきりと見えるようになる『目』だ。

闇の中でもその能力を使えば視界を確保できる特殊な能力。彼はそれをフルに活用していた。

 

(…………お、見えた。ざっとここまで来るのに……二分くらいか)

 

少し離れたところに稗田家が見える。

屋根から屋根へと素早く飛び移り続け、一気に距離を縮める。

 

(屋敷の周りには数人の見回りがいるが……上から侵入されることまでは想定してないな。とりあえず塀の上に行ってみるか)

 

近くの民家の屋根で体を屈め、筋肉のバネを使って跳躍する。

数メートルどころではない。十メートル以上はある距離を一足飛びする。

 

着地の音を消し、静かに塀の上に立つ。

そこから見える屋敷の中の構造を大雑把に頭に入れる。

 

(……あちらが玄関。こちらに倉庫……倉庫から何か持ち出すか? おそらく南京錠だろうし、簡単に開けられるが……ん?)

 

彼は一室から光が漏れていることに気がついた。

その部屋にお盆に何かを乗せた女中と思しき女性が近づいていき、部屋へと入る。少しして出てきた女性は部屋の中へ一礼し、戸を閉めて立ち去っていく。

 

(…………あの部屋にいるのがこの屋敷の主人、か?)

 

女性の態度から推測する暁。

期せずして手に入った情報にニヤリと笑い、踵を返す。

 

そして来た時と同じように、一瞬でその場から姿を消した。

 




ようやく準備完了。

サードアイってくっそ便利ですよね。欲しい。

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