Joker in Phantom Land   作:10祁宮

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The beautiful world

妹紅の家を訪れてから三日が経った。

 

その間、暁は離れの天井の梁を利用したぶら下がり腹筋をしたり、迷いの竹林をあてもなく走りまわり、時には妖怪に追いかけられ。そして日が沈みはじめると竹林の上空まで【アルセーヌ】に掴まって浮上し、上で待っていた鈴仙と合流して永遠亭に帰る、ということを繰り返していた。

 

早い話、筋トレである。

 

 

 

「あ、永琳。渡していたアレ、解析できました?」

「ええ。再現にも成功したわ。多少改良も加えておいたから、効率も上がるはず」

「さすが! もう受け取れますか?」

「大丈夫。私の机の上に置いてあるから、自由に持っていって。あと、服用の際に水は要らないから」

「了解しました。早速試してみます」

 

暁が永琳に頼んでいたのはプロテインの複製である。

外の世界で筋トレ用に購入したプロテインだったが、個数に限りがあったため、おいそれと使えるものではなかった。

そこで彼は『あらゆる薬を作る程度の能力』を持つという永琳にプロテインを渡してみた。

そして彼女は見事に期待に応え、プロテインの複製を達成してくれたのだ。

 

手を振る永琳に頭を下げてから、彼女の仕事部屋に入る。

部屋の中は薬やその材料が溢れんばかりに収まる棚が左右にズラリと並んでいる。その棚に惹かれるものはあるが、今はそれより大事なものがある。

 

視線を左右から前に戻し、正面に見えている机、そしてその上に置かれるいくつかのカプセルを確認する。

あれが永琳の再現したプロテインだろう。

 

歩いて近寄り、置かれているカプセルのうち一つだけ残し、他はポケットにしまう。

残したカプセルを親指で上に軽く弾き、放物線を描くそれを一息に飲み込む。

 

「んん…………よし。それじゃ今日も始めるか」

 

そう言って、暁はその日も厳しいトレーニングに一日を費やした。

 

 

————暁が幻想郷に来てから一週間と二日が経過し、彼はそろそろ最初の標的を探すことにした。

しかし彼は幻想郷にどんな場所があってどんな人々がいるかほとんど知らない。

知っているであろう鈴仙や永琳に聞こうかとも思ったが、あいにくと今日は忙しい様子で、朝からずっと部屋で薬の実験をしている。

輝夜は寝ている。

残るはてゐだが、彼女は朝食が終わった後、ふらりとどこかに行ってしまった。

 

(うーん…………あ、そうだ。霖之助さんを頼ろう)

 

この状況で唯一助けになる人物を思いつき、彼は永遠亭を出て香霖堂へむかった。

 

 

「やあ、いらっしゃい。調子はどうだい?」

「上々です。この数日はずっと体を鍛えてました。素の肉体でも動けるようにしないと、ってあの時実感しましたから……」

「なるほど。まあ、あの量を運ぶのは成人男性でも相当しんどかったと思うし、そこまで気にすることはないと思うが……体を鍛えるというのはいいことだね」

 

それからしばらく霖之助と挨拶代わりの雑談をし、本題に入る。

 

「ところで霖之助さん。俺にこの幻想郷の地理や住人について教えてくれませんか?」

「それでわざわざここに? 永遠亭の人達には聞かなかったのかい?」

「あいにくと都合が悪くて……最初の標的を選ぶためにもなんとか知りたいんですが」

「そうかい。じゃあ僕がわかる範囲で教えよう。そこまで詳しいわけじゃないが、最低限のことは伝えられるんじゃないかな」

「助かります」

 

霖之助はいったん店の奥にひっこみ、やがて古びた一枚の紙を持ってくる。

商品が雑多に並ぶ机の上にそれを広げ、暁を手招きした。

 

「とりあえずこれを見てくれ」

「これは……幻想郷の地図ですか」

「そうだ。僕達が今いるのはここだ」

 

地図の一点、『香霖堂』と書かれた場所を指で示しながら霖之助は説明をはじめる。

 

「君が居候している永遠亭から左の方角へとむかうと僕の店に着く。しかし右だと——ほら、ここだ」

 

地図をなぞりながら丁寧に教える霖之助。

彼が次に指し示したのは『人間の里』と書かれた場所。

 

「最初の標的というなら、ここがいいだろう。この幻想郷に住む人間は基本的にこの里に住んでいる。まずはここで肩慣らしをするべきだろうね」

「そうですね。強力な妖怪とかにいきなり挑むわけにもいきませんし、まずは人間相手じゃないと」

 

霖之助の助言に頷く暁。

 

「それでこの人里というのは、普通の人間だけが住んでいるんですか? 異常に強い何者かがいたりとかは」

「ないね。あ、いや……例外はいるか。寺子屋で子供達を教えている女性が一人いるんだが、彼女——上白沢 慧音(かみしらさわけいね)は純粋な人間ではなく、半獣人だ」

「ふむふむ……戦闘能力とかはどうですかね? 弾幕ごっことか」

「できるらしい。とはいえ、好戦的な性格でもなくて至って温厚な女性だ。君がわざわざ彼女に敵対するような行動をしない限り、特に問題は無いと思う」

「なるほど。つまり、その女性は標的にはできないわけですか。なら、逆に狙うべき相手みたいなのはわかりますか?」

「おあつらえ向きの相手がいるよ。人里を纏める有力者の家、『()()()』だ」

 

暁の問いにニヤリと笑った霖之助は眼鏡をくいっと押し上げる。

 

「そこの人間は飛び抜けた戦闘力を持つわけでもない、ただの人間だ。しかも人里で知らない者はいないほど有名な家。話題性は抜群になるだろう」

「……これ以上ないほど好条件ですね。わかりました。そこにします」

 

霖之助の言葉を聞いて、同じように悪役じみた笑みを浮かべる暁。

そして表情を真面目なものに戻し、再び地図に視線を落とす。

 

「最初の標的は決まりましたから、次は他の場所についてお願いします」

「他の場所についてはほとんどが行ったこともないし、伝聞でしか知らないから概要だけになるが……それでいいかい?」

「大丈夫です。前提だけ知っていれば、残りは永遠亭の人に教えてもらいますから」

「それなら、まずはここ、『魔法の森』。ここには妖怪が大量にいる上、様々な魔法のキノコがあちこちに生えている。胞子の対策もせずに普通の人間が踏み込むのは自殺行為だね。対策をしていても妖怪まではどうにもならないし、基本的に人間は住まない場所だが……この森に住んでいる者は二人いる。そのうち一人は僕の知り合いだ」

「知り合い、ですか?」

「霧雨魔理沙という少女でね。昔彼女のご両親にお世話になった縁があって、時々面倒を見ている。魔法を使えるが、()()()()()()人間だ」

 

霖之助の妙な言い回しに引っかかるものを覚えた暁は首を傾げて尋ねる。

 

「種族としては? どういう意味です?」

「この幻想郷には『魔法使い』という種族がいるんだ。生まれつき魔法を使える、純然たる魔女。それが『魔法使い』さ。この森に住むもう一人はまさしくその魔法使いだね。彼女の名前は、アリス・マーガトロイド。人形を操る魔法を使うと聞く。たまに人里で人形劇を披露しているそうだ」

「はー…………魔法使い、という種族ですか……外の人間の感覚としては妙な感じがしますね」

 

暁は霖之助の説明に納得する。

 

「僕が詳しく教えられるのはここくらいまでだね……他は本当に大雑把な情報しか知らないな。天狗や河童が住むと言う、『妖怪の山』と、その近くにあるという『守矢神社』。妖怪との共存を望んだという尼僧と妖怪が住む『命蓮寺』。『霧の湖』のほとりに建つ『紅魔館』は吸血鬼が主人だという」

 

「あとは…………強力な花の妖怪がいる『太陽の畑』、鬼や忌避される妖怪達が暮らす場所の『旧地獄』や、幽霊がたむろする『冥界』、不老不死の天人達が暮らすという『天界』……まあ、そのくらいかな。これでも全ては語りきれてはいないけどね」

 

言葉を結んだ霖之助。

暁は彼の語った内容に圧倒され、大きく息をついた。

 

「はぁー…………つくづく凄い場所ですね、幻想郷というのは。どこもかしこもなんというか、個性的で……冥界やら地獄やら天界やら。概念じゃなくて場所としてそんなものが存在してるってことだけでもうお腹いっぱいですよ…………」

「ははっ、君の挑むことがどれほど無謀なことかようやくわかったかい?」

「言わないでください…………口車に乗せられたことを絶賛後悔中です……」

 

幻想郷に名前を売る、ということが想像以上に難題だと把握した暁は頭を抱えて呻く。

 

「うう……だけどやるしかないんだよな……大丈夫かな…………今さら不安になってきた……」

「まあまあ。今からそんなことを言っていても始まらないだろう。まずは人里から、だろ?」

「はぁ…………そうですね。弱気になってる場合じゃないのも、わかってます」

 

ため息をつきながらも、気持ちを切り替えて霖之助を見る暁。

 

「とりあえず、永遠亭に帰って計画を練ることにします。今日はありがとうございました」

「協力者としてこれくらいのこと、お安い御用さ。何かあればまた来てくれ」

「はい。それでは、お邪魔しました」

「気をつけて帰りたまえよ」

 

 

霖之助に頭を下げ、帰路につく暁。

歩きながらこれからについてさまざまな思案を巡らせていたが、竹林に着いてしばらくして大事なことを思い出す。

 

(…………あれ、そういえば……鈴仙がいないのに、永遠亭にどう帰ればいいんだ?)

 

顔から血の気がスッと引くのを感じる。

迎えを期待するにしても、永遠亭の誰にも外出することを伝えてないので望み薄だ。そもそも彼がいないことをまだ知らない可能性すらある。

 

(…………じ、自力で探すしかないのか…………!)

 

諦めて竹林の中に足を踏み入れる暁。

なんとか日の高いうちに永遠亭にたどり着くことを願いながら、ただひたすら歩き出す。

 

——案の定永遠亭にはたどり着けず、偶然竹林で出会った妹紅に案内してもらうのはそれから数時間後のことである。

 

当然ながら、日はすっかり沈んでいた。

 

 

 

「…………まったく、せめて一言かけなさいよ。私はあなたの手伝いをするって言ったじゃない」

「ごめん……忙しそうだったし、声をかけるのに気が引けてさ……」

 

呆れかえった鈴仙にうなだれる暁。

それを見る永琳は苦笑し、輝夜はケラケラと笑う。

 

「あはは! 暁も案外間が抜けてるわねー!」

「無事に帰ってこれたのはよかったけど、うどんげの言うとおりよ。これからはちゃんと誰かを連れて行きなさい?」

「面目無いです……」

 

もっともな永琳の言葉にぐうの音も出ず、ますますうなだれる暁。

それを見る輝夜はますますおかしそうに笑う。

 

そこに戸が開き、ピョコっとてゐの顔が覗く。

 

「ごはんできましたよー」

「ふふっ……わかった、今から行くわ。今日の献立は?」

「適当にありあわせで作ったのと、昼間人里で買ってきた魚ですー」

 

笑いがおさまらないまま、輝夜はてゐとともに先にいく。

永琳と鈴仙は未だにうなだれたままの暁を見て、互いの顔を見合わせ、苦笑。

 

「ほら、いつまでも引きずってないで。冷めちゃう前に食べましょう」

「早くこないと私達であなたのぶんも食べちゃうわよ?」

「そ、それはやめてくれ! 数時間歩き通しで限界まで腹減ってるんだ……!」

 

永琳と鈴仙は彼に声をかける。

鈴仙の言葉に弾かれたように反応した暁は慌てて立ち上がる。

 

「それなら、なおさら食べないとダメじゃない。さ、行くわよ。もたもたしてると…………」

「待て、ちょ、マジでやめて! 食べないで! ぐっ…………は、腹減りすぎて、声出すのも、辛い…………」

 

スタスタと歩いていく鈴仙に追い縋ろうとする暁だったが、腹を押さえて壁に寄りかかる。

それに苦笑の度合いを深くし、永琳は彼の肩を支える。

 

「ほら。手伝ってあげるわよ」

「何から、何まで、本当に、すいません…………」

 

 

彼女に支えられ、食卓までなんとかたどり着いた彼は満腹になるまで夕食を詰め込み、そのあまりの食いっぷりに再び一同の笑いを誘うこととなった。

 




準備をとっとと終わらせて話を進めたい……!
話がなかなか進まなくて本当にすいません……

幻想郷の地理についてはニコニコ静画に「柊アザト」様がフリー素材として上げられていたものを参考にしております。
興味のある方は「幻想郷 地図」で検索していただければすぐヒットするかと思います。

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