ただ乱用するとすっごいチープな作品になりそうだ、とも感じました。
ここぞというところでのみ使ってみようと思います。
時は遡り、鈴仙と暁が永遠亭を出発した数分後のこと。
どこからか現れた一つの影が空を滑るように移動し、永遠亭の中庭に降り立った。
かなり小柄なその影は、自分の背丈と同じくらい大きな荷物を背負っていた。
影は息をついて、その荷物を下ろす。そして大きな声で建物の中へと呼びかける。
「ただいま帰りましたー」
少しすると、中から永琳が出てくる。
彼女は中庭の影に微笑みかける。
「おかえり、
「まったくですよ……やれやれ、下っ端は辛いね」
皮肉げな笑みを浮かべるその影——
「ご飯は用意してあるから、食べたら私のところに来てくれる?」
「はいはい、わかりましたー」
まったく敬意というものが感じられない適当な返事をして、さっさと中庭から縁側へと上がるてゐ。
彼女のその対応にも永琳は特に気にした様子はなく、置かれたままの荷物を拾い上げて永琳自身も中へと戻っていった。
しばらくして、薬の調合や在庫の確認をしている永琳のもとにてゐがやってくる。
「お師匠様ー。来ましたよー」
「あら、思ってたより早かったわね」
「いやもう、お話をとっとと終わらせて休みたいからさー。それで、何の用です? ここ数日はお説教されるようなことしたつもり無いんだけど」
ふてぶてしい態度のてゐに苦笑する永琳。
「そうね。お説教は無いわよ」
「じゃあいったい」
「お使いよろし」
「おっと、そういや食器を片付けてなかった! ちょっと行ってきまグェッ」
永琳が最後まで言い切る前にくるりと振り向き、まさしく脱兎の如く駆け出そうとするてゐ。
しかしそれを予測していた永琳に首元を後ろから掴まれて引き戻されてしまう。
「まあまあ。ちょっと話を聞くくらい良いでしょう?」
「は、離せ! お師匠様の話を聞いたら絶対お使いすることになる! わざわざ話をしてやったのにまさか断るなんてしないわよね? ……とかなんとか言って最終的にはやらされることになるんだ!」
「そんなゴロツキまがいのことしないわよ、失礼ね。……というかそこまでわかってるなら抵抗するのも諦めなさいよ」
呆れたように言う永琳。
だがてゐは忘れていない。まさにそんな言い草で、昨日の朝、自分は人里までのお使いをさせられたということを。
しかもやることも大量にあったため一晩で帰ることもできなかった。
「なんで私なんだよ! 鈴仙にやらせればいいじゃないか! どうせココで雑用ばっかしてるんだし!」
「残念でした。今のあの子もお使い中よ。というわけで、あなたしかいないわ」
「なんでこんな時に限って! いや、勘弁して下さいよお師匠様! 疲れてるんですって、本当に!」
「ふむ……そうね…………」
本気で嫌そうなてゐに何事かを考える永琳。無論、その間も掴んだ手の力を緩めることはない。
そして何かを閃いたかのように指を鳴らす。
「そうだ、ならこうしましょう。このお使いをやってくれたら、数日お休みなさい」
「…………どういうこと?」
永琳の譲歩に話を聞く気になったのか、てゐは暴れるのを止めて永琳に向き直る。
「そのままの意味よ。ちょっとした休暇をあげるわ」
「…………嘘だー」
「本当。それとも要らない? 欲しくない?」
欲しい。欲しいに決まっている。
だが、お師匠様がこんな風に譲歩してまでやらせるお使いとは何だ?
そこまで面倒なお使いなのか?
リスクに対するリターンが釣り合っているか、まだわからない以上軽率に返事はできない。
「……お使いの内容次第かな」
「博霊神社まで行って、あの巫女に結界の様子を聞いてきて」
「へ?それだけですか?」
「ええ。正真正銘、それだけ。聞いたらすぐに帰ってきていいわ」
警戒しながら尋ねた質問に、予想を超えて簡単で楽そうな内容が返ってくる。
何か裏があるのではと疑り深く永琳の表情を伺うが、どうやら本気で言っているらしい。
「……どうしてです?」
「…………昨日、ちょっと妖怪がこの近くで暴れてね。このあたりの結界を点検しなおしてたんだけど、なんだか妙な手応えがあったのよ。この永遠亭の結界は特に問題なかったんだけど、空間……というか、幻想郷の結界自体がなんだかおかしいような気がして。ちょっと気になってるの」
「…………」
外見は幼く見えるてゐは、その実、遥かな時間を生きてきた兎である。その経験、そして嘘やイタズラが好きな彼女自身の感覚が告げている。
(今度のは、嘘か)
永琳の説明に何か違和感を覚えたてゐはそう断じた。
(……ただ、お師匠様は無意味にそんな嘘はつかない。ここで嘘をつくなら、それはつまり私がここで知らない方が良い情報だということ。下手に尋ねるのは下策か)
永琳の思惑も読んで、最善の対応を考えるてゐ。
それを見る永琳もてゐの思考のおおよそを予測していた。
(てゐのことだから、私が嘘をついてることくらいはわかるでしょうね。……けど同時にその嘘を指摘することが悪い結果に繋がることもなんとなくわかるはず。だからこそ、次に聞いてくるのは……)
「……数日、というのは具体的に?」
(……ほら、やっぱり)
予想通りの問いに口元を緩める永琳。
「そうね、特に決めてなかったけど……」
「じゃあ五日で」
考える素振りを見せる永琳に即座に希望の日数を要求するてゐ。
「長い。二日で充分よ」
「それだと短すぎる。四日で」
「最大限譲歩して、三日ね」
「…………わかった、それで手をうとう」
互いの要求を擦り合わせ、妥当なラインに落ち着く。とはいえ、この三日というのは双方が最初から予想していた日数である。
(くっそー、なんとか三日より増やしたかったけどなー。……まあ、あの巫女に会いに行くのは気が進まないけど、それでもこんな楽なお使いで三日の休みはかなり美味しい。充分か。)
(結局三日になったか。一応二日とは言ったけど三日でも構わないのよね。今の状況としては、永遠亭に人手を集めておきたいし)
——などと内心考えている二人。
双方のメリットが噛み合い、交渉は成立した。
「それじゃ、早速行ってくるね」
「しっかりお願いね」
それだけのやりとりでさっさと永琳の前から立ち去り、永遠亭の外に出るてゐ。
特に力んだ様子も無くふわりと浮き上がり、そのまま竹の間を縫って上へと飛ぶ。
竹林の上まで浮かんだ彼女は体の向きを変え、ある方向に向かって真っ直ぐ飛んでいった。
それを見送ることなく、一人で永琳は思案していた。
(……あの異常な勘の良さの巫女のことだ。既に
彼女は博霊神社の巫女——
霊夢はこの幻想郷で起きるさまざまな異変を解決し、幻想郷のバランスを保つ存在である。だがそのやり口はかなり大雑把であり、持ち前の勘で犯人っぽいと判断した相手をとりあえず倒していくというものだ。
仮にも巫女と呼ばれる者のする所業ではないが、最終的にはそれで何度も異変を解決しているために黙認されている。
さらに厄介なのが、その
(…………その点、彼の存在自体をまだ知らないてゐは好都合だ。何も知らないのだから、知らないと言えば嘘にならない。事実しか言わない相手に対しては勘も働かないだろう)
あえて暁の存在を知らせず、結界についても本当のことを教えなかったのはそのためだ。
ちょうど暁が鈴仙とともに香霖堂に出発した後に帰ってきたのはまさしく幸運だった。それがてゐ自身の能力によってもたらされたものかはわからないが、この状況を利用しない手は無い。
(何がどう転ぶかわからない現状で、博霊の巫女や第三者に彼の素性を明かすのはまずい……慎重に事を進めなければ)
渦巻く思考にひとまずそう結論づけ、永琳は一人で今後についての考え事にふける。
……なお、その数分後に帰ってきた暁と鈴仙から霖之助に素性を教えてしまったことを聞いて頭を抱えることとなるのだが。
「…………いやー、怖かったなー」
「怖かったなー……じゃないわよ! 結局私まで怒られたじゃん!」
「ごめんごめん。許してくれって」
「誠意がこれっぽっちも感じられない謝罪をされるとむしろ余計にムカつくわよ!」
部屋から出てくる暁と鈴仙。
二人は霖之助に勝手に素性を明かしたことで案の定永琳に怒られていた。
若干強張った笑みを浮かべる暁に掴みかかる鈴仙。
その手を華麗に払いのけながら今度は爽やかなスマイルを鈴仙に向けるが、むしろ彼女の勢いが増しただけだった。
意外と身体能力の良いらしい鈴仙の動きに合わせて迎撃するが、予想以上に速い反応で次の手が伸びてくる。
次第に半ば組手の様相を呈してくるが、そこに一人やってくる。
「おかえりなさい。大掃除お疲れ様……って、何やってるのよ」
輝夜だった。
労いの言葉をかけながら近寄ってきた彼女は、二人の素早い攻防に呆れ顔になる。
……この二人に対する表情と言葉は誰しも共通になってしまうのだろうか。
「あ、ただいま戻りました、姫様」
「すいません、輝夜さん。今ちょっと手を離せなくて……」
「いや、見ればわかるわよ…………」
輝夜の方を見て頭を下げながらも手を緩めない二人を半眼で眺める。
というか手元を見ていないのになんで攻防が成立しているのか。
「というか、暁」
「はい? なんです?」
「あなた、弾幕ごっこというものについてまだ詳しく知らないでしょ?」
「あー、そういやまだ聞いてないですね。名前からして興味はあるんですが」
「そうよね。じゃあ私が教えてあげるわよ」
「本、当ですか? それ、は、ありがたい、です」
輝夜と話している今が好機と見てとった鈴仙の攻撃が激しくなる。それをなんとか見ないままで受け流す暁だが、だんだん余裕が無くなってくる。
そんな彼の状態でますますじっとりとした目になった輝夜は鈴仙に声をかける。
「……なんでそうなったかとか、そもそも何してるのかもよくわかんないけど。とりあえず私の前でじゃれつくのやめなさいよ。というかイナバはいつの間に暁とそんなに仲良くなったのよ」
「な、なっ、何言ってるんですか! な、仲良くなんてなってませんよ! 」
その言葉に動揺した鈴仙は一瞬手を止めて輝夜の方を見る。
その隙を見逃さずに暁はバックステップで距離をとって輝夜の後ろに下がる。
虎の威を借る狐、女性を盾にする男。
一見してただのゴミ。二度見しようとゴミである。
しまったと歯噛みする鈴仙をニヤリと見ながら後ろから輝夜に囁く暁。
「いや、それがですね。彼女に友達と認めてもらいまして」
「…………へえ?」
「ちょっ!? な、あんた、何言って!」
その耳打ちに面白そうに口角を吊り上げる輝夜。それを聞いている鈴仙は焦りながら暁を止めようとするが、輝夜の後ろにいるため手が出せない。
「その後、二人で話してたらいきなり抱きつかれそうになったんですよ」
「あら! それはまた大胆ねー」
「は、は、はぁっ!? 抱きっ……はあ!? 違っ、姫様! 違いますよ!? それは全部嘘で」
真っ赤になって暁の言葉を否定しようとする鈴仙だが、暁も輝夜も聞いていない。
「さすがにびっくりして思わず反射的に迎撃したらむくれてしまいまして……何度もやってきたので俺もそのまま相手をしていたというわけです」
「なるほどー。それはそれは、ずいぶんと…………」
「違いますってば! 全部事実無根です!!」
ニヤニヤと自分を見る輝夜に必死で抗議する。
「いいのよ。イナバもそういうお年頃になったのね。私は応援するわよ?」
「だから違います! 今の話は最初から最後まで全部デタラメで!」
「友達って言ってくれたのは事実だろ?」
「そっ、れは…………!」
途中で差し込まれた暁の言葉に詰まる鈴仙。
もし彼女が冷静であれば、それ以外はデタラメだと暗に認めている言葉だ、と気づけたかもしれない。しかし動揺している今はそこまで思考が回らずにただ口ごもってしまう。
たとえそこを指摘したとしても、わかって乗っかっている輝夜の反応は変わらなかっただろうが。
そしてこの場において、その一瞬の沈黙は悪手だった。
「あら? あらあら? やっぱり本当だったの? これは驚いたわー」
「違っ……いや、その、そう言ったのは事実…………ですけど! それ以外は全部嘘ですから!」
「暁、うちのイナバをこれからもよろしく頼むわね」
「いえいえ、こちらこそ鈴仙さんに良くしてもらってますから」
まるで聞いちゃいない。
それからもしばらく暁と輝夜は息の合った連携で鈴仙をからかい、最後には追いかけまわされることになった。
屋根裏のゴミ100%。うまくギャグで締めれたかな?
今回はてゐの下りが終わったところで区切るつもりが、予想外に文字数が少なくなりまして。
なんとか増やせないかと愚考した結果、鈴仙を使うことにしました。
鈴仙関連だと何故かスラスラ書ける。作者にすら便利に扱われる彼女の明日はどっちだ。