次回更新は安定の未定となっております。
遠くに見覚えのある――それよりもやや伸びた楚辺発つ堅固な壁が見えてくると、同道したバンカーヒルの商人マーカスは私達に「あれだよ」と指をさして呟いた。
彼の上司によるとバンカーヒルにコベナントの変事を最初に伝えたのこの彼だったそうだ。
「将軍、ここから見る限り襲撃の混乱は外壁には見えないな」
「どうだろう。それにしちゃ静かすぎる、大丈夫か?」
ガ―ビーとディーコンはそれぞれの感想を口にするが。私は沈黙を守っている。
悩む理由はない、あそこではなにか悪い事があったのだ。それを確かめなくては。
マーカスの商団はこのまま一緒に行ってもいいと申し出てくれたが、やはりミニッツメンとしてそれはできない。
彼には近くのタフィントン・ボートハウスへ向かうことで彼自身の生活に戻ってもらった方がいいだろう、ガ―ビーと相談してそう結論を出した。
マーカスは黙ってこちらの話を最後まで聞き終えると、うなづくことで理解を示し。それぞれと固い握手を交わすと傭兵たちと共に別の道へと去っていった。寡黙な男は短い付き合いであったが、本当によくしてくれた。これからの彼の商いが無事に終わることを祈った。
ガ―ビーはしつこく自身が斥候として前に立つことを主張して譲らなかったが、そうこうしているとどこからともなく暗い顔のマクレディがあらわれ「なにやってる、さっさと来いよ」とだけ言い捨てると背中を向けてまた戻っていこうとする。
どうやらこちらの様子はむこうは最初から確認していて焦れたらしい。
「それで、大丈夫なのか?アキラ、それに皆は?」
「――ああ、俺達はな。ここを離れてた」
「何があった?被害は?どうしてこんなことに?」
「……」
「マクレディ?」
「ああ、そういうの全部。実際に自分たちの目で見てくれよ。とにかく……こっちは皆、すっかり参ってたんだ」
この若者は珍しいことに落ち込んでいるようだ。そしてそれはどうも彼だけではないらしい。
コベナントの門の前では、椅子を持ち出してまたぐように座っていたジョン・ハンコックが。これまた疲れ切ったように重そうに立ち上がると近づいてくる。
「また大勢でゾロゾロと、それでもよくきてくれた。ああ、それとあんたらが一番最後に到着した」
「すまない、ハンコック市長。あんたのバカンスも大変みたいだ」
「ああ、それは間違っちゃいない。そっちの若い奴の不景気なツラを見たろ?ここにはもうトラブルだらけでまったくどうしようもなくなっちまった。お手上げだよ、アンタの助けがいる」
このグールも本当に珍しいことに大仰に両手を振り回して嘆いて見せたことに驚いた。
どうやらなこちらが思う以上に、大きな問題とやらがあるようだ。
――――――――――
コベナントの外、少し離れた場所に新しい墓が並んでいる。
無残にもレイダー共の私刑によって命を落とした医者や患者、その家族たちのものらしい。
「わざわざ殺したのか、全員を」
「ああ、おそらくだがミニッツメンに向けたメッセージのつもりだったんだろう。ここにあるものは頂いた、自分たちを追ってくるな、ってな」
「むごいことをする……」
「調べたが――襲撃自体はごく短時間で終わってる。略奪の方が長かったくらいだ。
おそらく壁の中からの手引きであっさりと侵入することができたんで、連中も気持ちが大きくなってたのかもしれない。それにしても、やりすぎではあった」
「そいつらに心当たりは、ハンコック市長?」
「……」
「市長?」
「ああ――そのことはもういいんだ」
「いい?どういう意味だ?」
「部下に確認させているからまだ断言はできないが……」
さっそく襲撃からの説明を聞いていると、どこからともなく騒がしい女性たちの声が次第に大きくなってくる。
次に近くの家の扉が乱暴に蹴り開けられると、そこには2人の女性が互いに何やら言い争う姿があった。
「パイパー?ケイトか――」
私は相手を確認して思わず小さな声でつぶやいてしまったが、どうもそれがこの距離でも本人たちの耳に届いてしまったらしい。
最初に疑いの目がこちらに向けられ、次に驚きに代わると。なぜか2人は怒りの形相を浮かべて無言でこちらへ――私に向かって突き進み始めた。
――あ、ヤバい
男たちの間に本能的な危険信号がともる。私とハンコックを除くすべてが、爆心地から退避しようとして一歩下がる。
マクレディは鼻で笑い、ハンコックはやれやれと呟くと。突進してくる女性たちの前に立ちふさがった。
「よーし、そこまでだお嬢さん方。見りゃわかるだろうが、お客人は到着したばかりなんだよ」
「そこをどきなさい、ハンコック!」「そうよ、邪魔よ!」
「そうかい?なら、もうちょっと落ち着けって。後ろにいる男どもを見てみろ、全員が逃げ出しちまう」
「だから、そんなのどうでもいいのよ!今はそいつにあいつをあそこから引きずり出す――」
「はぁ!?何言ってんのよ、ダメよ。そんなこと許さない。彼はあそこに入れて――」
ハンコックに2人で食って掛かったかと思えば、今度はまた互いに「出す」だの「入れる」だので言い争いを始めて私は目を白黒させることしかできない。
代わりに背後でディーコンが呟くのが聞こえた。
「彼女たちが言うアイツってのは?」
「――アキラのことさ」
「ふん、女性にモテルんだな。それでその、出すだの入れるだのってのは?」
今度はマクレディが答えるのに時間がかかった。
言いにくそうに何度か口を開くと。「牢屋だ、自分で入ってる」と答え、さすがに思ってもいない回答に私やガ―ビーから驚いて後ろにいる彼の顔を確認してしまった。
「牢屋?なぜだ?」
「――知らねーよ。本人に聞けって」
「腐ってんのよ!ガキなんだから、ふざけやがって!」
「ちょっと!?そんなことでこっちはごまかされるわけじゃないんだからね!」
マクレディの言葉に女性たちが反応する。
「よし、もういい……アキラは牢に入っているんだね?
それはわかった。それじゃ、なんで彼はそんなことをしているんだ?その理由は?」
――――――――――
かつてコベナントはカルトが生み出したまやかしの場所だった。
アキラは彼らへの個人的な怒りから対決し、それを蹂躙してすべてを奪いつくした。今度のレイダーのように――。
その後、彼はカルトの秘密のエリアとして使っていた地下道を自分が使うために改装し。彼が生み出したロボットや手にした知識などをそこに収めていたことは、私達も知らされていた。
だがそれだけではなかったのだ。
そこに迷い込んでいた人造人間は、アキラの端末をハッキング。
誰にも明かしていなかった秘密の部屋を暴いてしまったのだ。
私達もそこへと案内される。そして同じようなショックを受けることになった。
小さくない部屋は暗かったが、大量の電力を使って零下で気温が設定されていた。
自然と吐く息は白く、だが体がわずかに震えるのは刺すようなこの凍えのせいなのだろうか?
駆動するその装置は、大型のウォーターサーバーを思わせ。そこに透明な小さなボトルが列をなして設置されている。
ボトルのそばには中の様子が確認できるように、小さな電球それぞれ用意され。顔を近づけなくとも中身の様子が確かめられるようになっていた。
「――これは?これは、なんだ?なんなんだ、ハンコック!?」
「落ち着けよ、ミニッツメン。見ての通りさ」
「見ての通りって。それはつまり……」
人だ、ガ―ビーの言葉に私が続ける。自然と声も低くなった。
ああ、これは見覚えがあるものだ。最近、傷ついて動けなかったグッドネイバーでも身近にあった。
”生体を死なせないための技術”だ、あの鮮やかな旧世界にも存在したもの。
ボトルの中には剃り上げられた髪のない、生首がひとつひとつに収められていた。生前の最後の瞬間に残した感情はそこには残されてない。また、男性、女性。年齢はまばらだが、子供がいないことも多少だが救われた。
「そう、人だ。正確には人の残骸だな」
「……誰なんだ?」
「実はいくつか見覚えのある顔がある。以前のコベナントにいた住人じゃないかと思ってる」
「なっ!?」
「ま、ちょっと怪しいとは思ってたさ。
事件の後、あのあたりに転がってた死体はアキラのロボットが全部片づけてたが、別に墓を作ってやった様子はなかったからな。それでも、さすがにこれは、想像していなかったがね」
私は何も考えられない。パイパーが言っていたのはコレの事だろう。
ディーコンは真っ青な顔で沈黙していた。ガ―ビーは嫌悪の表情を浮かべ、声を荒げた。
「あいつはなぜこんことをする!?何を考えている?」
「――答える前にまずはここを出ようか。なにせ寒いからな、震えちまう」
「ちょっと待て!これはどうする?このままにするのか!?」
「そりゃどういう意味だ、ミスター・ガ―ビー?」
「これは破壊するべきだろう!なんでなにもしようとしない!?」
フン、ガ―ビーの言葉にケイトが鼻で笑う。
ハンコックは仕方ない奴だという表情を――恐らくだが浮かんでいると思うが、優しくこのままなにもしないで外に出るようにガ―ビーに再度伝えた。
アキラの工房へ戻る。ガ―ビーは怒りに震え、ディーコンは青白いが無表情のまま。
そして私は――困惑している。とにかく何も考えられない。
彼の性格が一変した?そうは思わない。そうじゃないはずだが……。
そこにキュリーがあらわれ、「彼の全てを理解しているとは思えないが」としながらも。
あの装置についての説明をしてくれた。
「結論から言いますと、あれは人間の脳を部品として可能とした超規模の計算処理装置だと考えます。
コベナントを掌握後、アキラはベルチバードの復活にすべてを賭けていました。ですが、そこには越えなくてはいけない技術的な問題も多くあったはずです。そのひとつがパイロットなのは誰の目にも明らかでした。
軍事組織であるB.O.S.と違い、アキラには最初から空を飛ぶ機械のパイロットを他人に頼むことを考えていたとはどうしても思えません。
ですがだからと言って単純にパイロットをロボットにすれば、この問題が解決されるというわけでもないのです。現在、2機のベルチバードは5台のアイボットタイプのパイロットで運用されていますよね。
彼らにはそれぞれ個性が与えられ、経験などの情報は共有化されていますが。実はそれ以外にも、飛んでいないときは膨大なシミュレーションを実行するよう要求されています。そのすべてを処理するのは、普通の電子回路では不可能でした」
「つまり彼は――あの若者は我々がここにいた時からすでにあの装置をくみ上げていた、そういうことか?」
はっきりと嫌悪の表情を浮かべて確認するガ―ビーに対し、キュリーは少しムキになる。
「そうです。でもそれで彼を責めるのは間違っています。
彼はそうしたパイロットの処理を含めた計算はこの場所で行っていることをはっきりと私たちに告げていました。問題はそれが実際にどのようにして実現されたのか、誰も確認していなかった。ただそれだけのことです」
「悪いが――とても納得のいく説明とは言えないと思う。皆もそうだろう?」
ガ―ビーはそう言って周囲を見回すが、同意をはっきりと示しているのはパイパーだけだった。
「おい!本気なのか!?」
「……」
「彼は、アキラはあんな恐ろしい行為を平然とやっていたんだぞ。あんたたちはそれを気にもしていないっていうのか」
「――熱くなっているところをすまないけどな、有名人さんよ。そこはキュリーが言う通り、俺達はみんなが知らなかったのは間違っちゃいないだろ」
マクレディがそういうと、ガ―ビーやパイパーは「しかしっ」「だって!?」と抵抗しようとする。
「なら、あんたらはなんで聞かなかった?
アキラに、直接本人にあんなに大量のロボットを作ってどうするつもりだ、とか。そいつをどうやって管理しているんだ、とか。壊れたらどうするとかな。
お望み通り説明してくれたと思うぜ、あいつはさ。俺達がよくわからない言葉をいろいろ並べてな、得意になるわけでもなく。普通に話しただろうし、あの不気味な装置だって見せたと本当に思わないのか?」
「……」
「だいたいあんたらミニッツメンがアキラをどうこう非難できる立場じゃないだろう?
レオとあいつは共にミニッツメン立ち上げから協力してきた。ベルチバードだって、アンタらは普通に使っている。まるでそれが当然のようにな。本人が見返りを求めなかったにしたって図々しすぎるってもんじゃないか。
そのおかげで北部じゃ、ミニッツメンはいまやレイダーを相手にも引けを取らないまでになってきていると思われ始めているよな。違うか?」
マクレディに続きハンコックの言葉はガ―ビーの耳には痛く、遂に彼の表情は険しいままだったが。もう口を開く元気はなくなっていった。ここで貴重な見方を失いつつあることにあせってパイパーが声を上げる。
「だからってあんなことが許されていいの?それが正しい事?
ガ―ビー!それがミニッツメンの誇りだとでも?レオもそういうの!?」
「……将軍」
全員の視線が私に向けられた。
私は答えを出さなくてはならないようだ。頭を切り替えようと、深呼吸する。
「――わかった、もう茶番は終わりにしよう。
それでアキラはどこだい?ここにいるんだろう?」
「ああ」
「彼と話すよ」
「ああ、そうしてくれ」
私が相手にしないという態度を示すとそれに失望したのだろう。ガ―ビーとパイパーはショックを受けた表情を浮かべて「レオ」「将軍」と食い下がってきたが、そんなことで私の考えは変わるはずもなかった。
逆に私から鋭い視線を2人に向ける。
「ガ―ビー、彼らの話は聞いただろ?ミニッツメンは、我々はアキラを非難できる立場じゃない。
それに君が心の底から彼が危険だと本当に考えていたなら。あの装置について知る機会はもっと前にあったはずだ」
「しかし将軍!」
「冷静になれ、ガ―ビー。ミニッツメンを率いる君がそんな調子でどうする。
それとも君はモラルの話がしたいのか?ならば”君のミニッツメン”にもそれを求めるべきじゃないのかい」
「何が言いたいんだ、将軍」
「モラル、だよ。ミニッツメンは敵――つまりレイダーとの交戦後に投降してきた捕虜の扱いについてはどうなっている?」
「……それは」
「ああ、そうだ。そんなものはない。
元々ミニッツメンはレイダーに対抗するための存在だ。奪いに来た連中をわざわざ許す理由はない。形ばかりの即決裁判の後で私刑が執行される。その後の遺体の扱いについても同様だ」
ガ―ビーの顔に歪みが加わる。
「それとこれと、関係があるのか?」
「ガ―ビー、それこそ私が君に聞きたい。ミニッツメンはすでに以前ここにいたカルトの事件への扱いは”知らぬ、存ぜぬ”と決定した。私と君とで相談して、そうしたんだ。
それは同時にアキラの行いについても不問にするということだ。その約束を今になって反故にするつもりなのか?」
「――いや、そうじゃない」
十分だろう。ハンコックの言う通り、それがたとえ本人が望んだこととはいえ。彼によってミニッツメンにもたらされた恩恵は少なくないのだ。そしてわかっている――アキラがそれを受け取りたがらないのは、様々な理由があるが。そのひとつがミニッツメンの理想へ、共感するものがないからだということも理解しなければならないのだ。
愉快な話ではないからと、これまでの態度を一転させるだけの理由はそこにはない。
次にパイパーに顔を向ける。
「パイパー」「レオ、あたしを言いくるめられると思ったら大間違いだからね」
「その通りだ――」
私が彼女に同意すると、徹底抗戦の構えを見せていた彼女の表情が変わる。そこに私は踏み込んでいく。
「君は記者だ。必要だと思うなら、この一件の全てを記事にする権利が君にはある」
「そ、そうだよ」
「私が君に求めることは何もない。君は君で好きにしてくれていい。だがミニッツメンの将軍として、コメントは出すことはない。それだけは覚えておいてくれ」
それだけを言い残し、私は彼女に背を向けると私の若き友人の元へと向かった。
パイパーは地上へとひとり戻ってきた。
息苦しくて思わず青空が見たかったのだが、見上げてみると居住地を覆うそびえたつ壁が随分とあの空を小さく見せている気がした。だがあの壁に、中の住人たちは守られているとの安心感を覚えるのだとか。
――君の好きにしていい
同じ反抗をしただけなのに、レオはガ―ビーと違い、自分にだけはそう言った。聞かれても答えないと、これ以上話すことはないとまで態度で示されてしまい。自分だけ投げ出されたような――おかしな話だが、彼は以前のあの時のように理解を求めてくることを自分は期待していたのかもしれない。
普段ではできないくらい2人の距離は近づいて、そしてきっと対等よりもわずかに有利な位置から話ができると。
すると大騒ぎしていた自分が、なんだか恥ずかしく思えてきた。
なんで自分はあの装置を見て取り乱し、そのついでのようにアキラという少年をことさら危険だと主張していたのだろう?
「ミス・パイパー。これはこれは。もう、お話はよろしいのですか?」
「ああ、コズワース……」
「はい私ですよ、どうしましたか?」
「――なんだろうね。多分、しくじったんじゃないかな。よくわかんないけど、そんな気がする」
「ふむ、落ち込んでいらっしゃるようですね」
「そうね。多分、そうかも」
初めのころとはまるで別物となって巨大化している今のコズワースを改めて眺めてみる。
「こうして改めてみると、やっぱり君は違うね。なんか別のロボットみたいだよ」
「もちろんですとも。それだけの力を手に入れたのですから」
「うん。でも、不満とかはない?」
「大きくなって身動きがとりにくくはなってしまいましたが。それだけ私は変化したということです。できなくなった不満を並べるよりも、新しくご主人様の手伝いができるようになったことを喜びにしています」
「そっか――」
「それはそうと、あなたには元気が必要のように思われます。何か私にできることがありますでしょうか?」
「どうかな。とりあえずあたしのおしゃべりにつきあってくれたらいいかも」
「わかりました。それではさっそくチャレンジしてみましょう――で、どうされたんです。パイパー?」
どうやら主人と同じく、このロボットもパイパーのトークに挑戦してくれるらしい。
「ああ、そうだね。それが最近はとにかく運が悪くってね。
ちょっと前なんだけど、特ダネをおうつもりでさ。別に仲は良くなかったけど昔からの知り合いに――」
まだ調子は戻ってきたように感じないが、とりあえず今日もパイパーのおしゃべりは健在であった。
――――――――――
アキラの工房は私でも数回は訪れていたけれど、考えてみたらこの秘密のエリアとかいうものの全てを案内、紹介された記憶はないことに気が付いた。
笑えない話だった。ガ―ビーらに言うまでもなく、私自身。アキラのやていることに本当に気にしていたわけではなかったという証明だ。ひどい年上の友人だ。こんな私を、まだ彼は友人と思ってくれるだろうか?
そこは以前、コベナントを訪れたことで攫われた人々が囚われていたと聞いていた。
並べられた牢の前――そのひとつで私は足を止めた。
――アキラ
彼は確かにそこに入っていた。
ケイトの言う通り、外の情報を遮断しようとでもしているのか。パイパーの口から飛び出した弾劾が、彼をここまで打ちのめしたわけではないだろう。彼は、この若者はすでに多く傷ついていたに違いない。
「やぁ、アキラ。来たよ、ついさっき到着した」
「……レオさん」
「なんてところにいるんだい」
今はそこまで幼くは見えないが、あの時は。そうだ、Vaultから出たばかりで。サンクチュアリに彼を置き去った時に、今と似た姿を私は見ていた。
「話したいことがたくさんあってね。それに、君の話にも興味があるんだ」
「……」
「中に入ってもいいかな?」
「ここ、牢屋ですよ。本気ですか?」
「ん、なんだ。鍵が壊れているんだね、それじゃ失礼して――そういえば話したことがなかったね。
昔の話だけれど、軍をやめる時に上司らからかなり強引に引き留めをされたことがあった。あれは不愉快な経験だったけど、私には必要な事でもあったと……おかしな話だけれど、なぜか今はそう思えるよ」
扉を開いて中に滑り込み。扉を閉じると奥にいる彼と向き合えるように格子側に私は座り込む。
体を横にしていたアキラはようやく体を起こし、いつもは見せてくれていた明るさが消えた表情が見えてきた。
何を話せばいいのだろう。私はとにかく会話しようと「大変だったね」とねぎらいの言葉をかけるところはから始めた。そんなものは彼は必要とはしていないのに――。
奇妙な、本当に奇妙な話だと思う。
私の記憶にある旧世界には見覚えのないこの少年は、目覚めてからこっち。会うたびに自分を見ているような気がしてならない。こんな感情を持つことは勘違いであればいいのにと思っているはずなのに、今回も又だ。
まったくの赤の他人で、似たところなどないというのに。
私は息子を、家族を求めた。彼は記憶を、自分を求めた。
なのにお互いが歩く道は奇妙な捻じれを見せ、離れることも立場が変わることもなく。こうしてお互いまだ連邦という巨獣に翻弄され続けている。
私の言葉をさえぎるとアキラは口を開いた。もういいのだ、と。嫌になったのだ、と。
「レオさん、僕はずっと負け続けてるんです。あなたとこの地上に出て、連邦でなにかをなしとげてきたとか言われるけどそうじゃないんです。負けてから、ようやく何かを成し遂げようともがいていただけなんです」
「そんなことはないさ」
「いいえ、いいえ!
Vault111で自分の証拠を手に入れた時もそうだった。ひとりでやろうとして、そこをレイダーに襲われた。本当に自分は死んだと思ったんです。
変な連中に攫われた時もそうでした。友人たちが近くにいるから何も起こらないと気を抜いて、そしたら攻撃された。抵抗なんてできなくて、その後はもう――」
「……」
「だから今回はそんなことにはしないぞって、間違いを正すんだって。
自分のことも、仲間のことも考えた。完璧だってそう思った、ようやくちゃんと勝負って奴ができるようになったって。負けなくてもちゃんとやれるって、だけどそれも……」
「危険な場所だと聞いているよ。でも君はちゃんと無事に危険な場所から全員を戻した」
「でもここをやられました!」
「襲撃されたことが、くやしかったのかい?」
「そうじゃない。そういうことじゃないんです」
アキラが口にすることはわかる。若い時には必ず経験するちょっとしたつまずきみたいなものだ。
だが、彼は多くを知り、感じ、考え、実行できることが余計につらく思えてしまっているのかもしれない。
「このコベナントは絶対に良くしようって、そう決めていたんです。でもそれだとわざわざ危険な場所にするようなものだってことは、ちゃんとわかってもいた。
だからここに残りました。ベルチバードとかああいうのはホント、別にやらなくてもよかったし。ロボットだの、技術だの適当に倉庫みたいにここに放り込んでおけばよかったんです」
「わかってるよ。君は優しい男さ、報いようとするミニッツメンからは何も受け取ろうとせず。それでもちゃんと働いてくれていた、ガ―ビーだって理解しているさ」
「でもそのせいで、ここを襲ったレイダーを刺激してしまった。
武器だの食料だの、奪われるだけなら耐えられた。あいつらに殺された人たち――あの人たちがあんな目に合わなくてもよかった。僕は彼らも守らなきゃならなかった。だって彼らをここに招いたのはこの僕が決めたことが原因なんです」
「アキラ――君だけの責任じゃないさ。誰もこうなるとは考えてなかったんだ」
「いいえ、僕はきっとわかってました。
ヌカ・ワールド――あんな場所を気にしなければ何も起きていたはずがなかったんです。ミニッツメンの北部制圧に力を貸して、おかしなレイダーの対処だってケイトやマクレディに任せるつもりでした。でも……」
唇をかみしめて飲み込むのがわかる。
そうだ、彼は”自分”を優先した――失っている情報を手にいれられる可能性を追った。追わない理由がなかったのだ。
その結果が彼を苦しめている。
「どうせ僕は復讐者なんです。まともなことなんて、そんなものっ。
パイパーの言っていることは正しい。僕は――呪われてるし、頭だってオカシイ危険な奴なんです」
私は――彼よりも多く年を重ね、経験してきたはずの大人の私はこの瞬間。湧き上がる勘定から涙を流した。
どうしようもない。本当にどうしようもなかった。
この壊れ切った世界の中。彼も、私も、共にどこまでも希望にすがろうとして翻弄される哀れな放浪者でしかないことを連邦を思い知らせ続けていた。
若者は私だった。
私は、彼だった。
連邦の人々は私たちを見て善き人だの、悪いものを感じるだの勝手なことを口にしているが。
結局のところ我々はともにわずかばかりの希望だけで必死に正気を保とうともがき続けている。「こんなことをいつまで続ければいいんだ?」そんな問いを自分に投げかけないように、必死で目をそらしながら――。
まさか目の前でレオが肩を震わせて鳴き声を殺すさまを見せられ、アキラはあっけにとられた。
そして理解する――。
自分がどれほど自暴自棄に、愚かなふるまいを見せているのかを。その滑稽さを。
その姿をさらしてせいで、彼の目にはいつだって強かったレオ自身が傷ついていたことを。自分たちは共にただ失っている物をあきらめられないだけの矮小な人間でしかないということを――。
すると自然、彼の目にも同じものが浮かんでくる。
それは長い時間ではなかったと思うが、同じ悲しみに沈み。そこから気が付くとともに乗り越えて落ち着きを取り戻すと、2人には重い虚脱感めいたものにとらわれる。
恐らくこの場所、牢屋の中というのがいけないのかもしれない。
「なんだろうかねぇ。アキラ、不思議だけど今は何となく君の気持がわかる気がするよ。
わかってると言いながら。それでも続けてきたことだけれど――やっぱり疲れたな」
「はい、僕も本当にイヤだし。動きたくないです」
「ママ・マーフィを思い出したよ。信じなければ――」
「別の可能性が生まれるはず、でしたっけ」
「ああ、どうだったかな。そんな感じだった気がする」
レオ、アキラ――2人は放浪者とならない道もあった。
信じれば道があると力強く歩き続けたことで、本当はどうでもいい事のはずなのに――連邦など関係ないのに。多くの人々を勘違いさせ、巻き込んでここまで来てしまっている。
お互いに希望は依然と変わらないままなのに、自分たちの存在だけがこの連邦の中で大きくなってしまった。
「アキラ、今からでも違うことは出来るぞ。ただ、信じなければいい」
「――レオさんはそれが出来るんですか?」
「私は……私には無理だ。どうしても、どうしたって。ショーンが、あの子はまだ生きてインスティチュートで暮らしている。
それを知って、私たち家族を引き裂いた奴らの元で幸せだからなんて。そんなこと納得できないさ」
「僕も、僕も似たようなものです。
自分の事だけを知りたかったのに。僕のことを好きだって言ってくれた人を――。他にも多く死なせてしまった。
なのに僕を知っている奴らは確かにこの連邦にはいるんです」
「懲りないんだな、我々は」
「上にいる人達、今なら全員を失望させることができますよ。きっと」
はははは、と自然な笑い声が上がる。
私もまた、復讐者だった。
ケロッグを討ち果たし、いつか開始するであろうB.O.Sとインスティチュートの戦争でショーンを取り戻せることだけにすべてを賭けていた。そんなもの、賭けでもなんでもない。実現する現実性なんて全く無視している。
それでも、その程度でも希望は残されていた。
探偵のニックがケロッグの遺体からインスティチュートの装置を見つけだし。私のためにそこになにか手掛かりがないか、調べてくれていた。それがどんな結果になるにせよ、まだしばらくは私を慰め。正気でいるための力となってくれるだろう。
そして私は私で役目がある。
アキラが知りたがっていること。あのグッドネイバーで話したコンドウを名乗る不思議な若者の情報。
私が伝えることからアキラは何かを探し出し。それがまた私のようにわずか慰めと、力になってくれるに違いない。
「アキラ、実はまずこれを見てほしいんだ」
私はそういうと上半身をはだけさせた。そう、本来であれば失われたはずの腕の部分。その付け根から見えるように。
だが彼は気が付かない。つまりそれだけ、あの近藤という若者が私に行った変異治療なるものは完璧に戻して見せたということなのだろう。
「どうかな、わかるかな?」
「???」
「先日まで私はボストンで過去のニックの事件について調べていた。で、うっかりひとりになったところで暗殺者に襲われた」
「!?」
「片腕を……そうだ、この腕一本をまるまる失ったよ。恐ろしく手ごわい敵で、それに運がよかったんだ」
まだ輝きはだいぶ鈍いが、好奇心のあるそれを浮かべ。アキラが私の腕をとって調べ始める。
「コズワース達にグッドネイバーに運び込まれたんだ。メモリー・デンのドクター・アマリは使い物にならないと切り落とした」
「でも――これは生身の腕です。機械じゃない」
私はうなずく。
「ああ、そうだ。それには理由があるんだ。
失った腕を取り戻せたのは、その暗殺者のおかげだ」
「へ?」
「暗殺者は自分はコンドウだと、それだけ名乗った。
私に施したのはFEVを用いた変異治療というものだとも」
「変異?」
「そして私を襲った理由も話したよ。アキラ、そいつは君から私を奪いたかったのだそうだ」
「え、えっ!?」
彼の目が期待に揺れている。
これでまた彼は歩き出すことができるのだろう。
そしてまた我々は放浪者となるのだ、アキラ。
だけど我々は決して。そうだ、決して”孤独”ではない。