ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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誰が想像したであろうか。この作品が平成の間に終了しなかったという事実に。
あと一回、せめてあと一回だけ先に進みたい(白目)

絶不調につき次回の予定も未定。


交錯 Ⅱ

 会議室に進行役があらわれると顔をわずかにしかめた。小さくないその部屋にはたばこの煙が充満していたからだ。

 しかしそれも無理はない。

 ここにいるのは陸、海、空。世界に誇る最強の3軍を指揮する将軍たちばかり。これから与えられた時間の中で、彼らの興味をひかせることが出来なければ――文字通り自分と自分たちの会社。ようするにプロジェクトは失敗ということになる。

 

「ええと、それでは……それでは始めさせてもらいます」

 

 白い毛の混じったいくつかの頭が陰だけだが「許してやる」とばかりに大仰にうなずくのを見逃さなかった。

 

「使徒パウロのエフェソの信徒への手紙において、このような一節があります」

 

――最後に言う。主に依り頼み、その偉大な力によって強くなりなさい。

――悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身につけなさい

 

「この言葉はまさに我々の国の現状に対しての至言と言えるでしょう。

 人間の世界はなお暗闇の世界にあり。自由を嫌う支配者たちは我々の前になお兵士を送りこむことをやめようとしない。

 

 そう、だからこそ我々は強くあらねばならないし。対抗するための武具が必要になります。

 国を守るための武器!国民を守るための武器を!それはいくらあっても、足りるということはありません。

 

 私どもは今日、皆さんにそんな武器となるものをご紹介したい。未だ研究段階、まだ完成には至っていませんが。その力が十分に発揮されたとき。わが軍の力がどれほど強いものとなるのか。それをこれから皆さんに納得させることができると、自信を持ってこの場に立っております」

 

 並んだ椅子のどこからか、失笑のような含み笑いも混ざったものが漏れ聞こえてきたが。司会の男は聞こえないふりをした。

 彼らにとっては金を出してもらうためのセールストークにしか聞こえていないのだろう。

 

「話は変わりますが、我が国の電化製品の歴史に核エネルギーは切っても切り離せない存在であることは皆さんの常識でしょう。今では一家に必要なのはゼネラル・アトミックスのロボット1台。ラジオと一体型のテレビ、そして最新の草刈り機だと言われています。

 

 しかしそれでもなお、それぞれの家庭。すべての問題が解決されたということはありません」

 

 遠隔操作のスイッチを押し、映写機に最初の映像を流させる。

 そこには最新の医療技術を記録した映像がはじまる。そのほとんどが欠損したからだに義手をつける、というものだ。

 

「例えばこれは最新の義手に関する映像。

 御覧の通り、最新のロボットに使われているのと変わらない義手は今も広く研究されていますが。どれひとつとして完成したものはありません。

 機械の体に機械の腕を取り付けるのと違い、生身の体に機械の腕は――残念ながらあうことはありませんでした。いくつもの新しい方法が口にされましたが、それで変化は生まれなかった。

 ですが技術は進歩します。きっといつか素晴らしい成果が示されることもあるのでしょう」

 

 少なくともその予定はないがな、心の中で悪態をつく。大体そんなことをされてはこちらが困る。

 

「とはいえそれを待ち続けるのは、戦場で傷ついた兵士にとっては酷な話です。彼らには今すぐ、失ったものの代わりとなるものが必要なのです。

 そして私どもは機械に代わる新しい回答を見つけました。それを皆様に提案したい。まずは映像をご覧ください」

 

 再び操作すると映像が切り替わる。

 今度のは先ほどとは違って……かなりキツイ映像がうつしだされる。

 

 悲鳴を上げる被験者の腹から延びていく新しい手。ゆっくりと崩れていく顔にできる新しい口腔。ギーグを思わせるひょろひょろな若者の、しかし恐ろしく膨れ上がった右腕から繰り出される力を計測する場面……。

 

「これは現在、軍で開発中の超人兵士計画で示されたサンプル映像ですが。

 わが社はまさにこの映像に現れた奇妙な現象、症状にこそ注目していました。ここにいる皆さんになら説明の必要はないでしょう。そう、FEV――強制進化ウイルスを使用することで、我々は医療に奇跡を起こそうと考えています」

 

 映像を切り替える。

 手足を失って試験に参加する前の患者は、次の瞬間には手足がなぜか生えていて涙を流して歓喜していた。

 次に足首が皮一枚でつながっているだけの患者や映るが。次の瞬間、元気にその場でタップを始める。レーザー銃に撃たれても笑みを浮かべて棒立ちの青年……。

 

「ご紹介します、我々は今開発中のこの強制進化ウイルスを利用することで変異治療の開発もまた始まった、と――」

「もういい。やめたまえ、冗談じゃない」

 

 どこからか不機嫌な声が静寂の中で鋭くあがると、すぐさま映像を止め。口も閉じる。

 

「FEVはまだ開発段階の技術。それに合わせて君らはそれを利用した新しい技術を開発すると言いたいわけだな?」

「はい、おっしゃる通りです」

 

 手にペーパーを持ち。パラパラとそこに書かれているリストに初めて目が通される。

 男は興奮を感じる。勝負に勝ったか?いや、少なくともそこに向かいつつあるのは間違いない。興味を引けた!

 

「――君の会社には、どこかで見た記憶のある技術者の名前があるようだな」

「だが問題は本当にそんなものが可能なのか、ということだ。FEVによる因子の進化プロセスは未だ制御の方法にめどはたっていないと聞いているが」

「ならばこそ、より多く。より広く知恵を絞るべきなのかもしれないな。実際に失った兵士たちにそれを取り戻してやれるのなら、それは大きな力となるのは間違いない」

 

――結論は出たようだ

 

 誰かがぼそりと口にする。

 

「やってみるといい。変異技術、それを使っての治療の新技術開発が果たして可能であるのかどうかもな」

 

 感謝します、そう答える男の心の中で勝利のガッツポーズがとられていた。

 狂気の種がまかれる。

 

――――――――――

 

 

 無言の時が過ぎた――。

 

 止まることのない機械、そして小さな電子音はカプセルの中に収められた命の鼓動だ。

 混乱に私は体が固まってしまっている。

 

 あの時……状況はまるで正反対だったはずだ。

 彼は私をどのようにも出来たし。私は苦痛の波の中に放り込まれ、そこから逃れようともがくことに必死だった。

 そして結局は負けた。意識を失った、死んだのだ。

 

 だが今はどうだろう?

 私はひどい目にあったと訴える体の痛みと、自らが破壊したはずの腕が治療され。なんとか歩くことも出来ている。

 ところが彼は。

 コンドウを名乗る襲撃者は、一転してカプセルの中に収められ。おそらくだが機械の力を借りねば生きられない――そんな状態になっている。

 

(混乱しているか)

「襲われた際、勝負は私の負けだった。そう記憶しているんだけど……どういうことだ?」

(それはある意味で正しい。お前を殺すことができた。お前は動けなくなり、ふたりの勝負はついていた。

 だが――わかるだろう、兵士。お前の敵はしくじった)

「なにがあった?」

(お前が連れていたロボットたちに捕まった。ハッ、あの犬にもしてやられたな)

「それで手足を失った?目も?」

(んん、それはまた別だな。アサルトロンは対人戦に特化した殺人ロボット。本性は冷酷で非情だが、それでも付け入る隙がないかとあがいた……この姿はその結果でしかない)

「コズワースやエイダが?君をそんな姿にしたっていうのかい?」

(アレラに容赦はなかった。お前を生かすためなら何でもすると言った。そうして実際にやり遂げた。お前は――そう、またしても死から逃れ。私はわずかに希望を残し、ここに移されたのさ)

 

 カプセルの中から漏れ出る苦い笑い声交じりの言葉には引っかかるものがあった。

 

「今、私のことを”またしても”といったな?」

(ああ)

「どういう意味だ?」

(インスティチュート・エージェント、ケロッグと戦ったな。お前は勝った、噂は聞いていたが。実際に追ってみるとお前が成し遂げたいくつかの中で、あれには一番驚かされた。お前に勝てる要素はほとんどなかったはずなのに)

「……」

(その不自然さを思った時、Vault111から出てきた孤独な放浪者よ。お前とアキラについて話がしたい、最初はそう考えた。結果的には真逆な行動をとらざるを得なかったが)

「――アキラ、か」

 

 コンドウが入っているカプセルそれに近づき、私はその表面に無傷の手のひらでふれた。わずかに生暖かい――そのあとに熱さを感じてすぐに手を放す。

 専門家ではないからはっきりとはわからないが。なんとなく理解した。

 彼はもうここから出てくることはないのだ、と。

 

「私の若い友人の話は、簡単には口にできないな。彼は先日、この連邦で何者かに捕らえられた。さらに意思を奪われ、望まないことを実行し、そして苦しんでいる――きっと今もね」

(そうか)

「一方で君はどうやら私だけではなく、彼についても色々な情報に通じているようだ。きっとアキラが知りたがっていることも含めてね。どうだい?」

(君は――君はその若い友人とやらのために。彼の情報を私に話せと、そういうつもりなのか?)

「そうだ、そう言っている。間違ってないよ」

(驚いたな。こんな間抜けが――いや失礼、この時代に善人が危険を払いのけてまだ生き続けていられるとは。弱者必滅の連邦とはどこにいってしまったのやら)

「笑っても構わないさ。でも、私の考えは変わらない」

(いいや、ミニッツメンの将軍よ。変えるべきだ、君のためにね。そう、はっきり言った方が分かりやすいだろうな。

 君が地上に出てから求め続けているものが何かは知っている。そしてこちらはそれについて、力になれると断言しよう)

「っ!?」

 

 私の家族……思わず、息をのんで動揺してしまった。

 私の弱点、私が唯一すがりついている希望、まだ正気でいられるだけの理由。ショーン――。

 

(インスティチュートの多くの謎。そして彼らへのアクセス方法。なんなら君の息子の情報すら……)

「嘘だ、嘘だ!そんなのは嘘だっ!!」

(この情報には価値があるぞ?すでに君自身がそう理解している)

「――っ!!」

 

 ギリギリと歯ぎしりする自分に気が付いた。

 唇か、口の中のどちらかを切ったのか。血と鉄の味が広がっていく。

 怒りが吹き上げると、視界が真っ赤に染まり。続いてグルグルと回りだし、足元から力が抜けていく。

 

(続きは冷静になって今の結論が出てからでいいだろう。まだしばらくはここにはいられると思うのでね)

 

 暗闇が下りてくる。

 カプセルの若者は遠くから余裕の言葉をこちらに送ってきた。私は、もう何も考えられないまま崩れていった。

 

 

―――――――――――

 

 

 グッドネイバーは夕刻を迎えていた。

 ガ―ビーはこの男にしてはしょぼくれた顔でメモリー・デンから出てくると。

 火をおこし、買い求めてきた青魚を鉄網を使って焼き始めた。

 

 レオを運び込んできてから3日が過ぎていた――。

 

 結局、アマリは患者との面会謝絶を怒りを称えながら主張し。ディーコンは「やることがいろいろ残ってる」などと言ってどこかに消えてしまった。

 そしてイルマはなにかとガ―ビーに口を出し。彼を伝説のミニッツメンから、青いハンチング帽をかぶったどこにでもいる男にして。彼の誇りでもある愛用のマスケットも取り上げられ、パイプ銃を持たされた。

 妙にうれしそうな彼女は「目立たないことが必要なのよ」といいながら、途方に暮れているガ―ビーになにかとまとわりつき、彼を一層困惑させている。

 

 

 町は夜を目前に、にわかに活気だっているようだ。

 いや、そうではないのだろう。これが本来のこの町の顔。悪徳の町、グッドネイバーはハンコックの意思の元。秩序ある混乱と堕落を楽しむことを許されている。「――そして俺は、何者でもない」自虐が口から飛び出す。

 

 ミニッツメンでは憧れの目に囲まれる中、望んでいた組織改革と失った力を急速に感じていられた。

 だがその一方で、発生してくる問題――政治的なものを嫌い、自由でいたいと思う勝手な気持ちも生まれつつあった。

 今回の誘いに嬉々として飛びついたのは自分のためだった。彼と危険なボストンを歩き、危険を切り裂いて突き進むあの力強い瞬間。それを再び味わえないかと思ってのことだ。

 

 願いはかなった。

 ボストンは再び牙をむいてきた。レオは――将軍はやはりひるみもせず突き進み。

 そして彼の背中を守るべき仲間たちが気を緩めたところで、ついに暗殺者が彼を叩き潰そうとした。なんてことだ、伝説のミニッツメンが聞いて呆れる。その時そいつは、良く知らない男とグッドネイバーの酒場で日の高いうちから飲んだくれていたんだぞ!?

 

「今夜も彼が料理担当、なんて聞かされたら心配になってね」

「っ、しょう――!」

 

 背後からかけられた声に思わず反射的に声を上げそうになり。肘を強い力で捕まれ、彼の意思を感じた。

 

「じゃないよな。レオ、起きていたのか」

「――ずっとベットに縛り付けられていたんだ、文字通りね」

「なんだって?ドクターが?」

「まぁ、しょうがない。なにせ患者は彼女の目を盗んで、勝手に歩き回った先で倒れてたんだ。怒らせてしまったんだよ」

「それはわかる。こっちもなぜか怒られてばっかりさ。新人時代に戻されたみたいだ、相手は女性だけどな」

「へぇ」

「笑い事じゃないぞ、しょ――レオ。

 ドクターはあんたの治療費と、殺し屋の装置の稼働にかかるキャップをまとめて請求するって顔を見るたびに言うのさ。どんな金額が請求されるのか、恐ろしくて聞けない」

「ああ、それは私はまだ聞いていない。確かに聞きたくない話だな」

 

 つっかけにヨレヨレのパジャマを着たレオが隣に座りこんだ。

 

「聞きたくない話と言えば――あんたの腕のことだ」

 

 レオには両腕があった。包帯はとれている。

 まるでなにもなかったかのようにしているが、ガ―ビーは確かに見たのだ。アルミ板の上に投げ出された汚物にまみれた人の残骸の一部を。レオの片腕だった、肩からバッサリ切り落とされたものを。あれは悪夢ではあったが、現実だった。

 

「都市伝説の奇跡を見たと、Dr.アマリは言っていた」

「変異治療って奴らしい。戦前の軍でも研究がなされていたという噂を聞いたことはあったけど。まさかそれを自分が体験することになるとは思わなかった」

「ドクターはなにをしたのかは話してくれたが――俺も、いやディーコンやその場にいた連中みんながさっぱり理解できなかったよ。ただ馬鹿げてる、としか」

「高い数値の放射能にさらされた状態で治療することで、欠損した部分を”新たに生やす”……確かに正気とは思えない。あまり覚えてはいないんだけどね」

 

 運び込まれたレオを見るなり、アマリは即断して彼の傷ついた腕を肩口から切り落とした。

 それだけでも大変だったというのに。エイダらはその間にも同じく連れ込んだ若者を――コンドウと名乗る暗殺者を文字通り”切り刻み”ながら治療法を聞き出し、アマリにその通りに実行するよう要求した。

 

 奇跡が始まると、アマリはすぐに他の”些細な問題”について忘れることができた。

 ロボットたちの蛮行も、そのせいで若者が悲鳴を上げて切り刻まれることも許せた。なぜならば目の前にいる患者の失った腕がみるみるうちに傷口の肉が隆起し、骨が成長し。薄皮が破れかける限界の中、その下でうごめく筋組織の活動!

 

 彼女にとってのそんな夢の時間はしばらくは続いてくれた――肘から上腕へと復元が始まる中、突然の異変が始まる前は。

 活動する筋肉の中から指が、生えてきた。それも何本も、時には同じものがいくつも。

 

 彼女の悪夢の始まりはそれだった。

 捻じれた筋肉、変形した骨、そこにはないはずの爪、指。生命のほとばしる清流のような活動は、その時からすべてを洗い、飲み込んでは暴れ続ける濁流のようにおぞましいものを見せ始めた。

 悲鳴を上げてアマリは再び鋸を、ペンチを、ハンマー、メスを手に苦しむ肉体の破壊活動に入らねばならなくなった。

 

 人のあるべき腕、手首、手のひらに続いて伸びている5本の指が揃うまで……。

 

 Dr.アマリはロボットに脅される形で訳の分からないくだらない作業を進め。

 その先で医療の確信を行く奇跡を目にし。それがとんでもない悪夢を伴うものだと思い知らされたことになる。

 

「あのロボットたちが!?」

「どう考えてもやりすぎだった。でもそのおかげで私は片腕にならずにすんだのだけれどね。怒れる立場ではないさ」

「なんてことだ。まるであのアキラみたいなものじゃないか」

「ガ―ビー」

「治療法を聞き出すために拷問するなんて、それもロボットが人間を」

 

 話題を変えたほうがよさそうだ――。

 

「この後の予定について話したいんだ、ガ―ビー」

「あ、ああ。どうする?」

「あのディーコンを待つ。ここを出るのはそれからになる」

「彼は戻るのか?特に何も言わずに出ていったが」

「もちろん戻るよ。彼は面白い奴だけど、信頼できるよ」

「あんたがそういうならいいさ」

「それから――そう、まずはアキラと話さないと」

「アキラか」

「それと君もだ、ガ―ビー」

「それは例の探偵をおいてきたっていう島の話か?」

 

 ファー・ハーバーだ。私は頷いた。

 

「あの島は短い間だったけど、おかしな場所で。そしてなにより状況はこの連邦よりもさらに深刻だった。

 島に残っている人々の多くは希望を失い、あそこで死ぬのを半ばあきらめているようにも見える。彼らは頑固で誰かに助けを求めるつもりはないらしいが、彼らを助けるなら今しかないように思う」

「やれやれ、レオ。あんたはどこまで人助けをしたいっていうんだ。それをミニッツメンが?」

「そこが……まだ決めかねているんだよ。だが何をするにしても、あそこにいる人々を奮い立たせられるのは私が知る限り君しかいない、ガ―ビー」

「褒められても俺にできることは多くないぞ――将軍」

 

 出来る事は多くない、確かにそうだ。

 私がひとりであの島でできることなどそう多くはないだろう。ただ、一方でニックと私はアカディアを、ディーマになにがしかの嘘くささを感じてもいる。

 それを暴くというなら、全力で。私の友人たちの力を借りられればそれも可能なはずだ。

 

 だがその前に、決断しなくてはいけないことがある――。

 

「そういえばイルマに聞いた。これが君の腕によりをかけた魚料理だって?火であぶってるだけじゃないか、ガ―ビー」

「これはそういう料理なんだよ」

「味は?塩も使わないと、とても――」

「塩は食う前にやるさ。大丈夫、ちゃんと食えるから」

「はァ」

「香草だって使うぞ、本格的だ」

「期待しないでおくよ、相棒」

 

 2人のミニッツメンはようやく笑顔になった。

 夜の騒ぎが始まるこの時間、そんな2人を(グッドネイバー)町はまったく気にしていなかった。

 

 

――――――――――

 

 

 それから2日が過ぎたが、ディーコンは現れなかった。かわりにその使いを称する女性から「もう数日かかりそうだ」との連絡を受けた。私はガ―ビーを連れ、改めてメモリー・デンの主たちとの話し合いに臨んだ。

 

 私はまず彼女たちに礼を改めて述べると、彼女たちが請求するキャップはなんであれきちんと払う意思があることを伝えておいた。ガ―ビーも続いてミニッツメンとして~と礼を述べたことで、だいぶ彼女たちの緊張を取り除くことができたと思った。だが問題はここからだ――。

 

「それじゃ他の問題も片づけてしまいましょうよ。まずはあのカプセルの少年よ」

「彼は――」

「そう、彼の生死をどうするのか。どうしたいの?」

 

 一番答えにくい問題だった。

 

「アマリ、彼はもう外には出せない?」

「ええ、その通りよ。あの子は……あのアサルトロンが文字通り回復が見込めないように半殺しにしてしまったから。もうどうにもならない。カプセルを出ては生きてはいられないわ。何よりも本人がそれを望んでいない」

「望んでいない?本当か?」

「本人には確認してあるわ。あの子は不思議だけど、自分の生死にはもう興味がないみたい。ただ、終わる前に何か理由があってあなた達。つまりミニッツメンの将軍様との面会を望んでいるわ。答えが欲しいそうよ」

「将軍、なんのことだ?」

 

 私はガ―ビーの問いを無視した。

 

「こちらが彼の死を望むと言ったら?」

「仕方ないわね。慈善事業ではないし、あのカプセルは他にも使う人が出るはず」

「今すぐ、といえば?」

「すぐに下に行ってさっさとやってくるけど、あなたのお見送りは期待しないで頂戴」

「わかった――申し訳ないが、もうしばらくは待ってほしい」

「それは構わないわ」

 

 思わずため息が漏れる。

 ショーンか、アキラか。私は決断しなくてはいけないのだろう。迷いはわずかだ、私が自分の家族を。ショーンを求める心は騙せない。

 今はただ感情的な嫌悪を収める時間が必要なだけ。やはり私とて人が言うほど完全な善人ではいられないのだ。

 

「ああ、そうだ!アマリ、どうせだからあの話もしてしまったら」

「えっ」

「ほらっ、ニックから頼まれていたヤツよ。あなたがもしかしたらって、そう言ってた」

「???」

 

 アマリはイルマが何を言っているのか最初はわからなかったようだが「ああ」とうなづくと。

 

「あのね、実はちょっと別に個人的に相談したいことがあったのよ」

「俺達に?」

「というより、将軍様の方ね。あなた、ニックのお友達でしょ?助手もやってるって」

「助手、ということにしてもらってるのが正しいかな。ははっ」

「実はニックはうちのお客様でもあるんだけれど、彼から以前。あなたのために協力したいと言って持ち込まれたものがあるのよ。知ってる?」

「いや、何も聞いていない」

 

 本当に初耳だった。

 するとイルマはやはり、という顔で何度もうなづく。

 

「そうかもしれないと思ってた。アマリが希望は持てない、難しいって言ってたから。きっとニックはがっかりさせたくないと結果が出るまで黙っていたんでしょうね」

「何の話なんだ?」

「ケロッグ……覚えているでしょ?実はニックが彼の遺体から回収してきたものをうちで解析してくれと依頼されていたのよ。アナタには内緒でってことでね」

 

 ガ―ビーはハッとし、私は――呆然とした。

 一体なんのことだ?

 

「ニックはそれをインスティチュートの装置だと。ほら、彼自身がそうだったから。勘だって」

「それで何が分かったんだ!?」

「まだ何も――でも、調べていていくつかちょっとした方法を考えついたわ。見込みはある」

「それじゃ」

「確実に保証できるものはないけど。希望は出てきたわ、それは間違いないわね」

 

 私は天井を見上げ、椅子の背にもたれかかって大きく息を吐き出した。

 ガ―ビーが隣で何かを言っているようだったが、耳に入ってこなかった。

 

 

 B.O.S.はインスティチュートとの対決を望んでいる。

 それは近い未来、確実におこる。少なくともそう確信しなければ、あのアーサー・マクソンはあれほどの部隊を引き連れてはこの連邦には来なかったはずだ。だが――まだその予兆は感じられない。

 

 私にある希望とはつまりその程度のものなのだ。

 誰かがインスティチュートの謎を解くのが先か、それとも時間が切れて戦争が始まるのが先か――その不安がずっと私にとりついて離れない。

 

 でもそんな弱い私を友人たちがこうして支えてくれる。私はまだ、希望を胸に戦うことができる。

 私には私ができることをすればいい。

 

 

――――――――――

 

 

 レールロードの本部では、ディーコンは珍しいことに彼のために用意された机で作業をちょうど終えたところであった。

 不思議なことに今日はここにいても何も面倒が飛び込んでこない。

 

 デズもキャリントンもいつものように忙しくしているが。いきなり見回してこちらに鋭い目を向ける、ことが今日はない。

 何か成果があったかのように吹聴しに来る何でも屋のトムも、今日はなにやら作業に集中している。

 つまりこのまま席を立てば、平和にここから出ていけるというわけだ。最高だな。

 

「ディーコン」

「おおっと、P.A.M.じゃないか。どうした?」

 

 データ分析、未来予測担当のロボットがディーコンに話しかけてくるのは本当に珍しい。

 

「エージェント・フィクサーを最近見ていません」

「彼は――今はちょっと留守にしているな。しばらくは戻らないかもしれない」

「数値に変動がみられ、不確定な要素が入り込んできている。誤差の修正にかかる時間は――」

「パム、俺はもう行くよ。それにフィクサーの奴には、君がヨロシクと言っていたと伝えておくさ」

「了解。計算を終了、次の問題へと移行します」

 

 ロボットをいなし、さっさと本部を出る。すると途端に不安が襲い始める。

 なぜいきなりパムはフィクサーを見ていないなどと言い出した?それもこの自分に対して。デズやキャリントンが、俺が奴とまだつながりがあると知っているということか?もしくは疑ってる?

 

 グッドネイバーの門をくぐり、レオに合流する前に少しばかり景気づけにと一杯を求めてサードレールへ。

 そこで彼は不安の答えを手に入れ――苦いアルコールを喉に流し込むことになる。

 

 

 

 力強い足音が近づいてくるのを察し、コンドウは意識を取り戻す。

 自分に残された時間はさらに短くなっているのが分かる。自分が滅する前にこの不快な状況への答えの欠片を手に入ることができるだろうか?集中が必要だろう。

 

 部屋の照明が付けられたようだ、もはや役に立たない視覚でもそれくらいはわかる。

 男がひとり、ミニッツメンの将軍だ。どうやらようやく判断を下してくれたらしい。

 

(おはよう、今はいつかな?時間の感覚が――)

「インスティチュートの情報、それにアキラの情報も」

(ふん、これは予想された中で最もつまらない展開だ)

「腹の探り合いは必要ない。君の旅はもうすぐここで終わる、君から出る情報の真偽の判断は難しい。ここにエイダを連れてきて、拷問の続きをしてもらうことも考えたが――もういいだろう」

(暗殺者に対しても慈悲深くありたいと?正気か?)

「そんなんじゃない。だが状況が変わってね、すぐにここを離れる必要が出てきた」

(状況が、かわった?)

「ここを離れる前に君の電源は落とす。君は死ぬ、だからこれが最後だ、申し訳ないね」

(なるほど……では何が起きたのかは教えてほしい。それほど慌てている理由とは?」

「居住地だ。ミニッツメンがレイダーに攻撃された」

 

 レオは間髪入れず、若者の問いに答える。

 カプセルの中で浮かぶ若者の表情は変わらない。疑っているのかどうかわからないが、自分に迫る死の瞬間から目をそらそうと答えにくい質問をしたかっただけなのかもしれない。

 

「こんどはこっちの番だ。インスティチュートの本拠地はどこだ?」

(連邦だ。ここにある)

「――ふざけているのかな?冗談だとしても笑えないのだが」

(不満があるのもわからないわけではないが。この質問の答えはこれしかないのだ)

「どうやったらそこにいける?」

(彼らの方から招き入れない限りは無理だ。そうして彼らは安全を図っている)

「どうやったら招かれる?」

(彼らをその気にさせるしかないだろうな)

 

 よくわからない。思わず舌打ちする。

 

「チッチッ、煙に巻く言い方でごまかそうという事かい。会話に意味を見出せなくしたいのかな?」

(インスティチュート……彼らは旧世界ではC.I.Tと呼ばれる政府の研究機関の一部でしかなかった。しかし世界が壊れると、彼らは自分たちの活動の再定義を必要とし、組織へと作り変えた。

 組織は存続のために見捨てた地上から広く智者を集めている。彼らには安全と安心、そして知識の貪欲な探求が可能であると約束している。ゆえに彼らの用いる警備は鉄壁だ、隙はない。

 我らがひとつ皆と違いがあるとするなら、そんな彼らと多少なりともつながりがあるということだけだ)

「だけど潜入方法は不明?」

(フランク、何度問い返しても答えは変わらない)

 

 脳みそを取り出して記憶をこね繰り出すしかないということだろうか。

 

(今度はこちらの番だ。アキラとの関係は?出会いは?いつ、どこで?)

「友人だ。この世界で目を覚ました後、Vault111の中で知り合った」

 

 どうやら質問したら答える交代方式がお望みらしい。別に応じなくてはいけない理由はなかったが――私もそれに乗っかることにする。

 だが、コンドウには今の答えは意外なものだったらしい。眉間に明らかな皴がよった。

 

(Vaultの中?彼は何をしていた?)

「何って――私と似たような状況だった。お互い何もわからず、それで一緒に外に出た」

(お前は確かダイアモンドシティの新聞では、アキラの話はしていないな?あの記事にはなかった)

「当然だ。彼には記憶がなかったし、あの取材は私に対してのものだった。”眠りにつく前の彼に出会った”わけでもないし」

(……)

「いいかな?それじゃ今度はなぜ君は私を殺そうとしたのか教えてもらおう」

(アキラだ。アキラが原因だ)

「それだけ?」

(彼にこのまま好きに行動を続けられては問題が大きくなることがわかっている。その力を抑制するため。彼とのつながりがある中で、ハンコックとお前が特に危険だと判断した)

「まさか――ハンコック市長にも暗殺者を?」

(成功していればいいが、難しいだろう。奴は今、アキラと共に行動している。成功は薄い)

「なるほど。だから私には君が来たんだな。必ず殺すつもりで」

(その賢さもお前が危険である証拠のひとつだった)

 

 そろそろこちらも核心に迫っていきたい。

 

「君は自分の仲間、組織について語りたがらないようだ。なぜだ?」

(説明しにくいからだ。あえてそのようにされた。

 仲間はいるが、家族でもあるといえる。組織ではあるが、名前はない)

「インスティチュートと君の組織の関係は?」

(2つは別物だ。お互い似ている部分はある。だがインスティチュートのように大きくはないし、彼らのように新しい人を求めたりはしない。だがどちらも自分の存在を秘密として誰かに知られることを嫌っている)

「君と仲間は自分の組織をなんて呼んでいるんだ?なにかあるんだろう?」

(君が勝手に呼べばいい。別に気にしないし、組織はその呼び方を否定するだけだ)

「では君の組織とアキラの関係は!?なぜ、彼を敵視する?」

(”アキラ”だからだ。それだけだ)

「わからないな。さっぱりだ」

(これは言葉で説明できるものではない。無理に表現は出来る、だがそれは陳腐になるし正確でもない)

「それでもいいと言ったら?」

(アキラは可能性だった。家族に戻れず、失望と共に廃棄されようとして。再び消えた。そしてはっきりと脅威になった)

「彼を誘拐したことだな?君はアキラの家族だと?彼のなにに失望した?廃棄とは?」

(君の疑問への答えはない。そのすべてがすでに正確ではないから、これ以上は意味をなさない)

「君たちはアキラをどうしたいんだ?」

(”今の彼”についてはまだ結論は出ていない。同僚の誰もが思惑を持っているようだ)

「君のアキラへの考えを聞かせてくれ」

(今回はしつこいな――いいだろう。

 この体はアキラを組織へ再度召還することを考えていた。その方法として彼の協力者のなかでやっかいなお前とハンコックの排除を計画した。第一目標はもちろんお前だった)

「その後は?」

(アキラとミニッツメンを分断し、ハンコックと接触して彼を取り込むつもりだった)

「ハンコック市長を?彼に暗殺者を送ったのに?」

(メッセージのようなものだ。ハンコックは暗殺者から逃げ伸びれば、誰かが自分とアキラが共に行動することに不快に思っている奴がいると考える。その後、彼にこちらから提供できるものを申し込めば手を汲めるはずだった)

「自信があるようだな」

(ハンコックはお前とは違う。彼は自分の町を守ることが重要だと考えている。

 インスティチュート、B.O.S.それにミニッツメン、レイダーに傭兵、スーパーミュータント。敵は多いが、安全と安心は彼の興味を引くのに十分だ。それを提供する、といえばいい)

「なるほど」

 

 インスティチュートに関しては新しいものは期待できそうになかったが。どうもこの若者はアキラにとって重要な人物には違いないように思えた。このまま処分するくらいなら――。

 

「どうかな、私が君とアキラを対面させると申し出たら?」

(……)

「彼は記憶を取り戻したいと思っている。同時に怒りを抱えている、でもいまなら――」

 

 カプセルの中の若者が笑い始めた。

 私は黙る。彼が落ち着くのを待つことにする。

 

(アキラと会ったらどうなるか?考えるまでもない、文字通りアキラはこの体からまだ何が絞り出せるか限界までやるだろう。

 耐えられない苦痛を与えるついでにな)

「彼には君の知識と記憶が必要だと思うんだが?」

(彼に私を嬲り殺しにさせたいならそうすればいい。アキラは他のことなど気にしやしないさ)

「君たちを憎んでいる?怒りにとりつかれていると?」

(ロボットがこの体にしたことよりもさらにおぞましいことが始まるだろうな。お前もそれを眺めて共に楽しむか?)

 

 私には彼に答えられない。

 

(今度はこちらだ――お前は誰が接触している?)

「?」

(誰だ?誰がお前を”そんなにしてしまったんだ”。それとも――)

「ちょっと待て、私は君など知らないし。君の仲間など知らない」

(――あの毒を受け、お前の肉体は変異を示した。細胞は死ぬのではなく活性化することで生きようとした。

 そしてこの口から伝わった治療でお前の腕は元に戻った。つまり――)

「私は君の組織の誰かに会っていると?」

(それは誰か知りたい。それを知らなくては死ねない、裏切り者の名を!)

「……記憶にない」

(よく考えろ)

「本当だ。心当たりはない」

 

 しばし沈黙する。

 カプセルの中の若者はまだ疑っているようだが、こっちは答えようがない質問だ。これまでいろいろな人々に会ってきたが、名前のないインスティチュートのように秘密の組織なんて――。

 

 部屋の外からガ―ビーが顔をのぞかせ「将軍」と小声で呼びかけてきた。

 どうやら長話をしてしまったようだ。

 

(――そういえば詳しく聞いてはいなかった。その襲われた居住地というのはどこだ、ミニッツメンの将軍よ)

「コペナント」

(なに!?)

「再びあそこが攻撃を受けた。……今度はレイダーの攻撃だったけどね」

(これは、これは……)

 

 カプセルの中の若者は笑い出した。

 なにかわかったのだろうか?しかしそれを私は理解できない。結局は何も理解できないでいる――。


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