ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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輝きはまだ遠くに (LEO)

 私とコズワースは、”連邦のグリーンジュエル”ことダイアモンドシティを目指して南にむかっていた。

 

 レイダー達との戦闘を経て、私の様子も変わってきた。

 アキラにもらった銃以外にも、新たにハンティング・ライフルを手に入れ――とはいってもストックがはずされ、スコープもないので、このままでは満足に使えない代物であったが。とにかく武器がまた増えた。

 

 防具では着ているVaultスーツには対弾性能はないので不安だったが、襲ったレイダーの中に皮製のアーマーでなかなかよいものを使っているのがいたので頂いてきた。

 今の私の姿なら、この連邦を旅する傭兵くらいには思ってもらえるかもしれない。

 

 しばらくは静かになっていればと願っていたが、残念ながらそれは儚い願いでしかなかったようだ。

 前方から人の争う声が聞こえてきた。

 私は自然、引き寄せられるように騒ぎの元に向かって確かめようとする。

 

 ドラムリン・ダイナー。

 

 頭上に輝く太陽の下で、ダイナーの内と外で銃を構えて男女が怒鳴りあっていた。

 

「旦那様、どうされますか?」

「気になるな、見てみよう。コズワース」

「そうですね、そうしましょう」

 

 ダイナーの中にいるのは老けた女性で、外にいる男女はアウトローのようだった。

 レオたちが歩いて近づくと、一瞬おびえた表情を見せ外にいた男女は銃を向ける方向を変えてきた。

 

「おいおいおい、なんだよ。お前には関係ない――」

「今すぐそいつを下ろせ。さもないと関係ない、ではすまなくなるな」

 

 軍隊時代、戦場では希望がないばかりに味方に喧嘩を吹っかけたがる馬鹿共が、たびたび騒ぎを起こしたが。仲裁に入るレオは一歩も引くことなく、殴りあうこともなく収めた経験が何度もある。

 

 今回は見ず知らずの相手ではあったが、レオの毅然とした態度と装備を見てなにか勝手に勘違いしたのかもしれない。「わかった、わかったよ」と口にすると、銃をすぐに下ろしてきた。

 後ろでコズワースが「お見事です、旦那様」と喜ぶのを頷いて返し。レオはこのアウトローたちに事情を聞くことにする。

 

「なにがあったんだ?」

「話してもいいが――なぁ、よかったら俺達の味方になってくれないか?それで……」

「話がさきだ。それで?」

「わかった、わかったよ。おれたちはウルフギャングさ。あっちがトゥルーディだ」

「ああ」

「実は――」

 

 ウルフギャングの話をまとめるとこうだ。

 それまで”仲良くやってきた”両者だが、ウルフギャングがトルーディの息子にジェットを売り。立派な中毒者にしても、さらに薬を売ってやっていたらしい。

 そしていい頃合だと支払いを要求。当然だが、母親は激怒すると銃に手を伸ばし――。

 

 そこまで聞いて、私はあきれて声を上げた。

 

「そりゃそうだろう」

「なんだよ、あっちの肩を持つのか?」

「いいや。だが、話を聞くとあんたはジェットを売るべきでなかったし。こんなことになる前に息子のことを母親に教えるべきだったと思うね。つまらないトラブルを起こしたな」

「そんなこと。いまさら言われても。むかつくだけだぜ」

 

 想像以上にしょうもない話であった。

 だが私自身、首を突っ込んだ以上は、なんらかの決着が必要だとは思う。とはいえ、一方の話を聞いただけですべてを知ったと考えるのは公正とはいえないだろう。

 

「おい、どこへいく?」

「中にいる彼女にも話を聞く。終わるまでは、落ちついてここで待っていろ」

「ああ……おい、トルーディ!あいつを説得してくれたらキャップを出すぜ!あんたにとっちゃ、簡単な仕事だろう!?」

 

 背を向けたまま、私は舌打ちする。

 狡猾な男だ。私を味方にするために、わざとここであんなことを口に出したのだ。足を止めずに店の中に入ると、当然のように母親は不審の目をこちらにむけてきた。

 

「なんだよ、あんた」

「あっちの言い分は聞いたんでね。今度はあんたの話を聞こうと思ったから来た」

「フン、雇われたとは言わないんだね。あのクズから、いくらもらったんだい?」

(これは駄目だな)

 

 彼女は戦闘態勢を崩すつもりがないのは明らかだ。それもこれも、あの男が余計なことを口にして、悪化させたせいだ。できることなら強引に説得して、両者が争わないよう事を収めたかったが――。

 願いはかなわないと悟り、私は方針を変更することにした。

 

「トルーディ、私を雇わないか?」

「意地汚い傭兵風情に、値段を吊り上げる役に立ってやるつもりはないね」

「私は、あんたの味方をしたいと思っているんだ。もちろんあんたと、あんたの息子が助けがほしいなら」

「――それならあいつらを、ちゃっちゃとやっちゃっておくれよ」

「もっと素直に助けを求めて、いいと思うんだがね」

 

 そう苦笑ながら私は出口から外に顔を出す。

 

「おい、あんた!彼女と話したぞ」

「ああ――それで?」

「これで解決だ」

 

 私はすばやくホルスターから10ミリを抜くと、2発。

 つまらないことに頭が回る男らしく、頭に新しい穴を作ると、ウルフギャングは手足を突っ張るようにピーンと伸ばし、驚いた表情を凍らせて後ろにはねる様に倒れていった。

 

「っ!?」

 

 女のほうは、まさかいきなり殺されるとは思っていなかったのか。

 死んだ相棒とレオを交互に一瞥すると、くるりと回れ右をして逃げようとした。

 

 だがそれを許すつもりはなかった。

 可愛そうだが、逃げた先に仲間がいるか、もしくは復讐しにここへ戻ってこないよう。私はしっかりと止めを刺さなくてはならない。

 

 背中のパイプライフルを取り出し、イメージ通りに狙いをつけると引き金を引く。気持ちのよい、カタカタという連射音に続いて足元に38口径の薬莢が零れ落ちていった。

 走っている女の太ももを数発の弾が撃ちぬき。倒れてもまだ動こうともがくその背中に、さらに容赦なく複数の穴を開けて血しぶきが吹き上がる。

 そうなってついに動かなくなった。

 

 私は殺人鬼では決してないが、困ったことに冷酷な人物であるらしい。軍にいた時も、相棒もそうだったが敵であっても女子供は殺したくないと多くの兵士がそう口にしていた。

 私もそれには同じ思いがあったが、それでも違うのだ。

 繰り返すが決して自分は殺人鬼などではなかったが。戦場に出ると、自分の前に武器を持って立つならば、それがたとえ女子供であっても、私は敵に向かって銃を構えることを気にすることはなかった。

 

 思い返すと私を認めた上官や、ボスたちは。皆、私のそういった冷静さ――いや、殺人機械のような冷酷さを褒めていたような気がする――。

 

 

 ウルフギャング達への私のやり方にコズワースは不満そうだったが、トルーディは心の底から喜ぶと、一転して歓迎してくれるようになった。

 私はギャングたちからすべてを剥ぎ取ると、彼女にすべてキャップと交換してくれと告げた。

 

 ここからレキシントンは――レイダーの占拠したという工場のある町は近い。

 

 

==========

 

 

 レキシントン、かつてこの町は3万人を越える住人がくらす場所だった。

 だが、あの居住地で聞いた言葉――地獄――は決してオーバーな表現ではないのだと、実際に自分で目にしてそれがわかる。

 

 町の外側にある建物の屋上にコズワースとのぼった私の前で、町は最初。一見静かであるかのように見せかけていた。

 

 だが、そうではなかったのだ。

 しばらくすると、どこからともなく悲鳴や叫び声が上がり、レイダーらしき男女がナニカをまとわせながら裏通りから勢いよく大通りへと飛び出してくる。

 

――グールさ。あいつらがどこからか町に移動してきている。

 

 居留地で聞いた話は本当だったようだ。

 体毛が抜け落ち、服も着ていないかつて人間だったそれらは。

 全力で走り、腕を振り上げ、逃げようとする人間たちに殺到していた。道のなかばにたどり着く前に、集団の半分が引き裂かれ、アスファルトの上で転がされ。そこで馬乗りになられると、動かなくなるまでバラバラにされていた。

 それでも蠢くグールたちは、逃げようとする人間を追うことをあきらめない。

 

 動かなくなり、引き裂くのをやめるとまた立ち上がり、再び駆け出して追いかけようとする。

 

「旦那様、このような場所に本当に入るのですか?」

「……」

「あれでは命がいくつあっても、足りませんよ」

 

 同じ思いであったが、だからといって知らないふりをするわけにはいかない。すくなくとも、プレストンから受けた依頼が無理なら無理できちんと情報を集めてから決めたかった。

 ついに最後の一人が絶望の中で、まだいるらしい仲間に援護を求めるもかなわず、悲鳴を上げて集まってくる白い肉塊のなかに沈むと私は背中を向けた。

 

 騒ぎはそうやって終わったのだと、そう考えていた。あの戦場でも、こちらが圧倒的な力で敵兵をすりつぶす際にもしばしば目にする光景だ。これ以上見るものはない……。

 

 だが、その考えは間違っていた。

 突然だった、自分の背後に、昼間にしても不穏な光量と共に熱を感じると。続いて衝撃が襲ってきて、あわててレオはその場に伏せる。

 

「だ、旦那様。これはいったい――」

「コズワース黙れっ!」

 

 インパクトの瞬間は見逃したが、それでも振り返れば何が起きたのかはすぐに理解した。

 先ほどまで哀れにも八つ裂きにされるために追われていた連中のそばに不快なキノコ雲が、出現していた。

 

 ヌカ・ランチャー。

 もはや狂気としか思えない、携帯する核兵器。アメリカ軍の用意した最終戦争のための武器。

 

 想像するに、仲間が襲われていることを知ったレイダー達は。彼らを救出するではなく、彼らに集まってきたグールごと焼却することを決めて、即座に実行したらしい。

 そして私もそれでわかったことがある。

 

 ここのレイダーとは戦えない。

 彼らをどうにかするための武器が、今の私には圧倒的に足りないのだ。

 

 

 

 その日も、町から戻ってきた私を見てトルーディはあきれた声を上げた。

 

「またあんたかい。今日もあの町を?」

「ああ」

「もう何日目だい?よく飽きないね」

「5日目だな。悪いね、トルーディ」

「別にこっちはかまわないけどね。忠告しておくよ、馬鹿なこと。考えないほうがいいよ」

「わかってる。あんたに売りつけられたサングラスも重宝させてもらってるよ」

「いい男だから、似合うと思って売ってやったんだよ?しかも20%も安くして」

「感謝してる」

「ああ、感謝してもらいたいね」

 

 言いながらも、今日の成果としてあの場所から拾ってきたガラクタを彼女に見てもらい、買ってもらうことにした。粘り強く、レキシントンを探ったおかげで段々と状況がわかってきた。

 

 町には確かにグールが入り込んできている。

 どうやらその大部分は地下鉄を移動していると思われるが、数日おきに地上をグールの集団がフラフラと体を揺らして出てくるようだった。

 

 一方、レイダーだが。

 例の工場に本体があるようで、町を徐々に侵食されているにもかかわらず。たいした対抗手段を用意しているようには見えなかった。やっているのは、見回りに小集団を送り出すだけ。

 とはいえ、内部の様子を探ろうにも工場周辺はさすがに警備も厳しく。遠めに見ても、あちこちに歩哨がたっていて。誰もそこには近寄せまいとしていた。

 

 そろそろ結論を出さねばならない、私はそう思った。

 

 

 ダイナーの外で星を見上げながら、寝袋にもぐりこんだ私はコズワースに声をかける。

 

「なぁ、今いいか?」

「もちろんです、旦那様」

「プレストンには安請け合いをしてしまったが。どう考えても、あそこのレイダーに私ができることはなさそうな気がする」

「そうですね。あれは危険な場所です」

「そうなるとこのまま町を眺めていてもしょうがないし。トルーディの話じゃ、明日あたりから天気も崩れるんじゃないかといっていた。

 ここでこうして野宿するのも、これ以上はできれば避けたい」

「はい」

「コズワース、考えたんだが。この件は置いておいて、私たちは再び南に向かおうと思うんだ」

「と、いいますと?」

「グリーンジュエル。そこに向かう」

「なるほどダイアモンドシティ。それはいいかもしれませんね」

 

 当初は200年以上を稼動したために、調子が悪くなっているように感じていたコズワースだったが。面白いことに旅に出て以来、まるで水を得た魚のように。機械の癖に、あの日のまだピカピカだった頃の彼の姿に、急速に戻っていっている気がした。

 当初のおかしな会話が減ると、こうして相談するのもちゃんと受け答えしてくる。

 

「とすると、明日も早そうです。もう、お休みになってください」

「ああ――お休み、コズワース」

「はい、お休みなさい。旦那様」

 

 私が眠っても、コズワースは眠らない。朝日が昇る頃まで、周囲を伺い。朝日を確認すると、そっと私を揺さぶり起こそうとする。

 この危険なはずの連邦の旅の中で、私は奇妙なほど夜だけは心穏やかに眠ることができた。

 わずかな幸せではあるが、それでも”それがある”ということを素直に喜ぶべきことだろう。それがたとえ、あのすべてを奪われた装置の中で動けぬ悪夢に苦しめられるときがあったとしても。

 

 

 

 翌朝、太陽が地平線から顔をのぞかせると起きだしてゴソゴソと準備をしていた私に。「こんな朝っぱらから――」と、迷惑顔のトルーディに私はついに南に向かうことを伝えると、さすがにむこうも眠気がすっ飛んでしまったらしい。

 

「そうかい。ま、そのほうがいいだろうね」

「なにか情報はあるか?」

「そうだね――ボストンに入るならケンブリッジになるだろうけど、あそこもここと同じ。グールであふれかえっているはずだよ」

「そうか」

「ああ、それとボストンに入るなら。あそこはスーパーミュータントがいる。正直、あれには出くわさないのが一番」

「スーパー……なに?」

「ミュータントさ。見ればすぐにわかる。緑の大きいやつ、ここでも見ることはあるけれどね。ボストンじゃ、どこにいても見ないことはないってくらい。沢山いるらしいよ」

「――そいつは、ほかにどんな特徴がある?」

「知性はあるらしいけど、好戦的だというから話し合いなんて期待しないほうがいい。あとはそうだね、覚えておくといい。あいつら、食うんだよ」

「食う?」

「ああ、あたしら人間を食うのさ。捕まっても餌になるだけ。どうだい、会いたくはないだろう?」

 

 行商していたカーラは簡単そうに言っていたが、それは彼女のような旅慣れた人間だからこその意見のようだ。自分にそれは期待できない。

 

「こっちに戻ってくるのかい?」

「ああ、向こうでなにもないなら。そのつもりだ」

「そうかい。なら、例のうわさはどうする?犬を売る商人の話」

「そうだなぁ」

「ここ数日、顔を出した知り合いなんかにも聞いたけど。最近じゃ見ないらしいってね。あんたの話が正しいなら、もう南に下りていっちゃったのかもしれないが」

「――気に留めておいてもらえれば助かる。あと、出来れば本人に合うことがあったら。サンクチュアリに顔を出すよう、言ってもらいたいんだ。番犬を探しているとかなんとか」

「いいよ、それくらいならね。あんたのおかげで、あのウルフギャング共が腐っていく”いい匂い”が嗅げて、最近こっちは気分がいいからね」

 

 そういうとやり手の店主はニヤリと笑う。

 

 

=============

 

 

 ダイナーに別れを告げ、レキシントンを後に2日。

 私とコズワースは、崩れている高架端の上に立ち、遠くを見た。

 

「旦那様。あれが、ボストンですね」

「ああー―ケンブリッジだ。遠くだと、この光景にもいくぶんか見覚えがある」

 

 見る影もないと聞く、その内情を知っているからだろうか。妙に心が揺り動かされ、涙が私の目の端に浮かんできた。

 

 

 ボストン、いやマサチューセッツ州を選んだのは妻のノーラだった。

 アンカレッジ解放の物語は、軍に都合が悪いものだったこともあり。政府主導でその筋書きは塗り替えられ、精強なるT-51パワーアーマー部隊によるものだと発表された。

 

 そうなったのも確かに無理からぬ話ではあった。

 自殺作戦と皮肉った我々の言葉は正しく。作戦後、我が部隊の死者は7割を超えてしまい。そしてその生き残りも、さらに半分が精神を病み。その病人の大半は、半年の平穏な社会での生活に耐えられずに銃口を口の中に押し込んでから、引き金を引いた。

 

 そんな調子だから、なんとか正気を保てた連中も部隊は解散となり。バラバラに軍の中で栄転の名目の元で移動をくりかえし、その引き換えに真実の記録はこの地上から抹消されてしまった。

 だが私だけはそれを受け入れることを拒否した。

 

 私は軍にはとどまらなかった。

 部下を、友を犬死にさせた場所になど未練などなかった。愛国心とやらにも、義理は果たせたと感じていた。自分の中の冷酷な戦闘機械と決別したかったのだ。

 

 アンカレッジからの帰還後、軍の兵器開発局へ協力の名目で拘束された私に、連日のこと名前しか知らないような将軍たちが訪れ、私の軍への慰留を試みた。

 もう無駄だというのに。

 

 私はようやく許された妻と面会するなり、己の意思を告げ、協力を求めた。

 可能な限り、速やかに除隊できるよう。

 そして軍に法律で拘束されないよう、確実な手を打ってほしいと。

 

 私と家族が、新しい生活のためにボストンに来て。サンクチュアリで生活を始めたのは、もう春も終わるころであった。

 軍は物語の完全なる封じ込めをあきらめたのか、退役する私を部隊を率いた英雄として公式に発表し直していた。

 そして私もまた、その勲章を手土産に数年以内に終戦を訴える野党の議員として選挙に立候補する計画を立て始めようとしていた。

 

 高い性能を誇るロボットのコズワースをここで購入したのも。

 そうなった時、ショーンのナニー(母親の代わりに子育てする存在)となるようにと考えてのことであった。

 

「あそこでやるはずだった……」

「旦那様?」

「あの朝だよ、コズワース。私は、あそこにある在郷軍人会館のパーティでスピーチをするはずだった」

「――はい」

「まだ私は退役軍人で、政府からの協力要請はノーラと私にとっても都合がよかった。

 スピーチは夕方からの予定だったから、泊まりで帰宅は翌日になる。あの日はショーンを放り出していくようで、ノーラはずっとそれを気にしていた」

「ショーン坊ちゃんも、あの朝はなぜか機嫌がよくはありませんでした」

「そうだったな、そうだった――彼女は出かけるまで時間はあるから、散歩に行かないかと言っていた」

 

 そして今、私の未来はまるで狂気の世界に落ちてしまった。

 妻は、ノーラは訳のわからないまま殺されてしまった。息子のショーンは、そいつらに連れ去られてしまった。そして私は―― 何の手がかりも持たず、怪しげな老婆の言葉を頼りに放浪者となっている。

 

「旦那様、そろそろ出発いたしましょう」

「そうだな、コズワース」

 

 私は力強く、一歩を踏み出していく。

 

 

 

 予定では、この数日以内にボストンに入っていくことが出来たはずだった。

 だが、ここで困った事態が起こる。私の腕のピップボーイが、突然弱々しい電波を受信したからだ。

 それはケンブリッジの警察かららしく、どうも深刻な状況に陥っているらしい。

 

――ケンブリッジにはグールが流入したって聞いている

 

 トルーディの聞いた噂が本当ならば、そこを攻撃しているのはあの不気味な集団が待ち構えていることになる――。

 救援の求めに応じる理由はなかった。だが、私はそれでも彼らのために進路を帰ることにした。

 

 助けを求める声に、私の心が反応してしまった。

 その声には、あの日。敵の銃火にさらされて倒れていった味方を守ることができなかった私の思いに近いと感じてしまったから。

 

 そうして私は、予定より早く。ついにボストンへと足を踏み入れる。


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