一応、混乱しないように配慮もしているので大丈夫とは思いますが。念のため。
フランク・J・パターソン・Jrが。レオがサンクチュアリを離れて3日が過ぎた。
約束を守り。プレストンはサンクチュアリに残ったが。正直、それは一番最悪の選択肢ではなかったのか?
ここは自分の居場所ではない。
それはレオに自らそう口にしたのは本人だった。この町に定住しない以上、彼にできることなど本当ならばそれほどないのだ。
たった一人の男が町から姿を消す、ただそれだけで。いきなりサンクチュアリに問題が浮かび上がる。
居住者のロン夫妻――いや、妻のほうのマーシーが。
アキラの考えるサンクチュアリの整備に全力で反対の声を上げたのがすべての始まりだった。
弁護するなら、若き東洋人の考える計画に問題はなかった。
とにかくしっかりとした町に集合住宅をまず用意し。連邦に広く居住者を求め、集落としての機能を徐々に高めていく。
まだ食料の確保には十分な目処は立ってはいないものの、人が集まればそれだけ注目がされるし。旅するキャラバンも訪れてくれるようになれば、どうにかなるかもしれない。
どうやらマーシーはこの計画を完全には理解しないまま手伝い、レオがいなくなるタイミングでそれを理解して瞬時に頭に血を上らせると騒ぎを起こした。
恐ろしいレイダー達からの逃亡中に自らの子供を失った彼女は、この場所に自分たち以外の人が近づくことを完全に拒否している。
それではいけないし。これからのためにもすぐに考えを改めるように説得しなくてはならないのだが――。
「プレストン!」
スタージェスの声に見回りをやめ、足を止める。
息せき切って駆けつけた彼は、簡潔に事態を伝えてくれた。
「まずいぞ、マーシーがついにアキラが作りかけの家を破壊している!」
「なんてことを――」
彼に続き、うめき声を上げたばかりのプレストンも走り出す。
レオがここにいた時は、マーシーは彼にひどく冷たい態度をとってはいたが。その時は若いアキラに対しては普通のそれだったのに。
ところが彼が視界から消え、自分たちの作業している内容に気がつくと。アーキテクトとして責任者となったアキラに対し、彼女はレオと同じような態度を若者にもするようになってしまった。
元は軍人で、度量と人生経験のあるレオと違い。まだまだ若い青年に、彼女のような存在を持て余し、どう扱えばいいのかわからないのも無理はなかった。
==========
あの女に目の前でやられたことを、僕は信じられないと目を丸くして突っ立っているだけだった。
10人前後が寝泊りする空間を生み出すためにと用意した木材を、あいつはレンチを振り上げて無謀にも破壊しようと試みている。
ヒステリーだ、見ればそれはわかる。
だが僕はそれを止めることも、横暴に振舞う彼女を止めようとする者もいない中。ガラガラと僕の計画だけが傷つけられ、殴られつづけている――。
住居を、それもコズワースのようなロボットの力を借りずに人の手だけで作るとなると簡単な話ではない。
十数日は作業に完全につぶされると考えなきゃいけないし、訪れる冬の到来は時間的にもそれほど余裕はないはずなのに。
この女は、自身の感情だけですべてを破壊しようとしていた。
「マーシー、マーシー」
頼りにならない彼女の旦那が、発狂している妻を背後から止めようとして、情けなくもぶっとばされている。
そして苦労してそろえたものがまた、破壊される。
もう十分だと思うと、僕の体が自然と動いた。腰のホルスターに手をやり、10ミリを抜いてぴたりと狂人の後頭部に狙いをつける。
あとは―ー。
「だめだっ!やめろー」
女房に振り回されていたはずのジュンが今度はこちらに体当たりをかけてきたが。これが思った以上に力強かった。
こちらの手首をつかみ、必死で邪魔をしてこようとする。
スタージェスがプレストンをつれてようやく駆けつけたのはこの時だった。思うとおりに暴れるだけ暴れたのに、なにが不満なのかまだ泣き叫んでいる女が夫とスタージェスに引きずられて立ち去る中。
僕はなにもできなかった現実を、荒らされた現場を前に立ち尽くすしかなかった。
それなのに、プレストンは僕に大してさらに多くを要求する――。
「アキラ、冷静でいてくれ。君ならそれが出来る人だ」
「……」
「頼む。ジュンとマーシーは、ここに来るまでにずいぶんと苦しんだんだ。だから――」
「ええ、わかってますよ」
皮膚の下に、冷却液が流れていくような不快さだった。
「あの女が冷静になるより。僕が冷静になるほうが、あんたには簡単で御しやすいってことでしょう」
「少年――」
「プレストン。僕はレオさんの家をやってますから。どうか”そっちも”やれることを好きにやったらいいじゃないですか」
平和なこの町の中を、張り詰めた顔で日がな一日、レーザーマスケットを抱えているだけの男に僕はうんざりしていた。
そして理解した。結局記憶のない僕にとって、この町につながれるものなど何一つないのだ、と。
これまでの時間すべてが無駄に終わり、僕の苦労と努力をここの住人たちは否定した。あれにかかわったせいで延期していた、自分のための計画に今こそ僕は取り掛かるべきなのだ。
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深夜、パターソンさんの寝室だった部屋にある寝袋から這いでると、僕は腰につるした10ミリピストルの確認をして家を出た。サンクチュアリは夜中で、ここの住人たちは全員寝入っているようだった。
Vault111へ、戻る。
レオさんがコンコードに向かった時。僕はそうするべきだと考え、ずっとその機会をうかがっていた。
サンクチュアリで不安定になりながら、僕はずっと自分という存在に疑問を持ち始めていた。
記憶がないのに、自分ができることがあまりにも多いのだ――。
元軍人だったレオさんよりもピップボーイの使い方を知っている。住居や家具にとどまらない、銃器や、多分装備までもどうにかする。どうにかできるという、妙な自信、確信だけがある。
実際にそれはいくつも証明してしまった。頭に思い浮かべ、手にとると自然に手が動き、空想が現実化してそこに誕生している。
そして故障していないはずのピップボーイが、自分の生態データを正しく読み込めずにエラーを出したこと。
それらの答えが、まだあの場所には残っているかもしれない。
この考えに取り付かれると、他の手段を考えることができなくなってしまっていた。
サンクチュアリを離れると深夜でもわかるあの小道を登って丘の上を目指す。
レオさんの話では最後の日、爆弾が落ちる中をVaultに降りていったことを今でもはっきりと思い出せるそうだ。だが、ぼくにそんなものはない。
(Vault-Tecは入居者の医療データを持っていたはず。僕の記録も、きっとそこに――)
エレベーターに近づくと、手早くスイッチを押して地下へ ―― Vault111へと降りていく。
居住者全員をVault-TECが選別したというなら、ここに入る人々の個人データもここにあるはずだ。病歴や、何かの際の治療の過程。これらからどれだけ僕の消えている過去がわかるのかは不明だが、今は何でも手がかりが必要だった。
あの日、レオさんと出会った監督官の部屋に直行すると、ターミナルに座る。
ここからなら、わずらわしい情報封鎖など気にせず。残されたデータを思う存分閲覧できるはずだった。
なぜそんなことがわかるのか、理由はないが。僕はその確信を持って、キーボードに指を乗せる。
情報の海の中では時間の感覚が消失した。
サンクチュアリから持ち出したきれいな水の入ったボトルの5本目のキャップをはずした後。僕は画面から目を離すと、声を上げて体を伸ばし、ようやくひと心地つくことができた。
レオさんが口にしていた肉体の能力低下。
やはりあれば冷凍からの蘇生の過程に起きた、なんらかのアクシデントであろうという確信を得た。
困ったことにちゃんとしたデータがわかるのはレオさんだけなので、失われた分の能力は今後どうなるのか?失われたままなのか、戻ってくるのか。
それは不明だが、どうやらVaultはこの結果は想定していたようで。Vaultがあのまま続いていたら、当時ここで生き残っていた入居者達は、この冷凍技術の完成まで。解凍作業と冷凍を繰り返される予定だったらしい。
非人道的すぎて呆れた話だが、ここでそれを怒っても仕方ないので今は気にしないでおこう。
倉庫の在庫状況を確認すると、やはり食料はなく。代わりに武器はまだまだ多くが残されているようで。警備が使う電磁警棒や火炎放射器。試作の冷凍銃の存在を確認することができた。
レオさんと同じく、自分用のピップボーイも欲しかったのだが。誰かが持ち出したらしく、壊れていて修理が必要なものがいくつか残されているだけだった。
だが、本当の問題はそこではない――。
(五十嵐、イガラシ、イガラシ アキラ……五十嵐 晃の、名前がない?)
東洋人の名前は数人あったが、どれも大陸の人間で日本人のそれではなかった。
なにより年齢もぜんぜん違うのだ。老人、中年女性、子供は幼児で10歳にも満たない。19歳なんていないのだ。
(どういうことだよ!?)
あの時、鳴り響く警告音の中で目覚め。這いずった先でレオさんと出会った。
見たことのない顔で、名前も知らなかったが。あの混乱の中だったから無理はないかもと、レオさんは言ってくれていたのに。
――記憶がないのは、おまえ自身が経験していないから。それが真実ではマズイのか?
恐ろしく冷酷な声が、脳内で自分にそれを告げ、僕は震えを押さえて立ち上がる。
――それはありえないことのはずだ、あってはならないことだ。
記録がないから記憶もない、それがあまりにもしっくりくるのが恐ろしい。ならば、僕はどうしてここにいた?
もう実際に自分の目で確かめるしかなかった。
==========
レオさんが眠っていた装置のあった部屋の一階下に、僕が目覚めた部屋があった。
そこにもほかと同じように、部屋の両脇に10台前後の冷凍装置が設置され、その中にはすでに目覚めることのない死者が収まっているはずだった。
それはつまり、僕の本当の家族がそこに眠っているということでもある。
そのはずだった。
だが、ここにも僕の名前はなかった。
それどころか、この部屋のすべての冷凍装置の中で死者が眠っていた。
僕が眠っていたと思われた冷凍装置がこの部屋にはない、どういうことなのだ!?
――このことから……
五十嵐 晃。この名前は何だ?
19歳。この年齢は本当なのか?
思い出せない、数少ない記憶。本当の記憶は、なにひとつないかもしれない?
――お前、冷凍装置じゃなくてどこで眠っていたんだ?本当に、”普通の人間”なのか?
絶望に飲み込まれてしまいそうで、歯を食いしばったが、腰の力が抜けるほうがそれよりも早かった。
死者たちの前で、僕は自分の存在にうなだれ、座り込み、震えているしかできない――。
しばらくここで動けなくなるだけではなく、頭も真っ白になって考えることを拒否していた。
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人の一生とは、幸福な一生とはなんだろうか?
僕は0才――世界を認識できない。横になったままの体、見上げるそこにあるものが全てだ。とても不自由で、何もできない無力さが波のように押し寄せては引いていく。
不安だ、どうしようもなく。
だから泣き叫ぶ。誰か、助けてくれと。声の限りに、感情を全て吐き出すまで。
それを続ける。
だが、その泣き声に反応した大人が「どうした」と心配して顔をのぞかせてくることはない――。
僕は5才――体が大きくなり、知能と骨格が発達して世界が広がった。
でもまだ不安定だ。体力はないし、自分のことを自分ですることはまだ無理だ。だから――は僕を部屋に閉じ込める。
6メートル四方の部屋の中にベット、机、椅子。これで、僕の一日には十分だ。
立ち上がり、歩き、限界が来ると倒れてまた泣き声をあげる。それがずっと、ずっと繰り返される。
僕は10才――部屋には新しく鏡を置く。
外見を気にするようになるが。自分の顔の美醜の基準があいまいなので、ただ”気にしている”風にしていると心が休まる。髪をいじる、頬に触れる、唇を噛み、顎に指を置く。意味がわからない。
思春期の訪れが、肉体の変貌にも影響しはじめる。背はますます伸びるが、オスとしての自我を徐々にもてあまし始める。
僕は15才――生まれてから過ごしたこの場所は、牢獄だ。孤独と、ますます激しく暴れようとするオスの本能によって、精神が荒み続け、不安定さを増していく。
気が狂いそうだ。だが、ここからさらなる外の世界に飛び出すことを――は許さない。許されない。
僕は、僕は――。
横になると、体が飛び出しそうになる窮屈なベット。
体重をかけて座れば、ギギッと悲鳴を上げ。苦痛の声を上げる椅子。
机の上には、この手で刻みつけた傷跡が無数にあって。もはやここでは平らであることは期待されない。
そして、目の前には同じ顔をした”俺”が立っていた。
”俺”は口を開いた。
――記憶などないな、どこにも。
”俺”は笑みを浮かべた。
――過去のないお前は、未来だってないさ。では、なぜ今を生きようと思う?
”俺”はすぐに退屈そうな、そして見下す目をこちらにむける。
――「自分は全てうまくいっている」そう口にしたいだけで、全てを取り戻したいのか?
――そんなことは簡単だ、だってそれはお前のすぐ隣にあるからな。言ってみろよ、さぁ。
――だが、なりゆきで手にするものなんて、大概退屈な物語さ。
――お前の世界の行く末だって?どうせ退屈なものに決まってる、お楽しみは少しさ。だから俺とさ……。
明かりが消え、部屋が消え、全てが消えると。
目の前に見たことのない奇妙な顔の自分があった。
――世界の聖書に、メッセージを書き込むのさ。全ては無茶苦茶になって、それでも最高になる
なんて返事をしたらいいのだろう?
だから僕は力なく笑うしかなく――。
==========
両脇に並び立つ死者の中で、僕は呆けた顔のまま腰を下ろしていた。動く力なんて、わずかにも残っているとは思えなかった。
すると、カサカサとなにか音がする。音がするほうを見て、すぐにひゃあと声を上げて無様にも僕は反対方向に体を投げ出した。
冷凍装置の隙間から、巨大なゴキブリが次々と這い出してきていた。
(ゴキブリ―ー奴らは雑食だ。肉だって食う――肉?死肉?)
装置の中に眠っているものを思い出し、体が震えた。
だが、その前に現実が追いついてくる。巨大ゴキブリ――ローチは触角を動かし、こちら側へと反応しているようだ。その意味することはひとつ、僕はこいつらに生きたまま狩られるのはごめんだった。
それまでの様子が嘘のように僕は瞬時に立ち上がると、転がるようにして部屋を飛び出した。
Vault111が安全だと、なぜか自分は考えてしまっていたようだ。
回収していたショックバトンを振りかぶる。振り下ろす手に殻のある木の実をつぶすような不快な感触が残っている。
だが、数は減らない。それどころか、どこからか自分を目指してさらにローチは次々とあらわれた。
なんてことだ。あんなにいつの間に……退治してやりたいが、数が多いし、こちらの装備も頼りない。
僕は監督官室に戻ると、壊れたピップボーイと試作冷凍銃を回収してここを脱出することにした。
扉はしっかりと閉じるように指示を出したのに、あいつらはまるでおかまいなしだ。部屋を移動するたびに一旦は逃げ切れたと思うが、すぐにどこからか進入してくる。
それでも出口に向かおうとする僕を追ってきたローチ達が、扉を抜けて列をなして部屋に侵入してくるのを見た時はさすがに喉の奥にクルものがあったが、なんとかその場で吐くのをこらえることができた。
警棒を振り上げ、10ミリを撃ちながら後退しつつ、僕は無事にVaultから地上へ出るエレベーターに乗り込むことができた。
(4.3.2……終わったか)
地下の世界がゆっくりと消えていくと、僕は上昇するエレーベーターの中央で中腰になって安堵した。
考えなくてはならないことが、たくさんあったが。とりあえず必要だった情報は、そこにはないという最悪の真実は手に出来た。とにかく今は無事にサンクチュアリまで帰ることを考えなくては。
エレベーターが音を立てて止まると、僕は立ち上がる。
まだ太陽はなく、夜のままだったが星空が明るくて地上が不思議とはっきりと見えた。
ここまで怪我ひとつせずに地下から脱出できたと思った僕の前に、複数の人影があったのは誤算であった。
「ガアッッ」
暗闇の中でもこちらを確認したのか。
そいつは声を上げると、手を振り回しながら猛然といきなりこちらに接近してこようとした。
グール。より正確にはフェラル・グールと呼ばれる連中だ。
だが、この時の僕はその正体を知らず。危険を察知して、とっさに握っていた銃を相手に向けた。思いもよらない遭遇であったが、よく反応したとこの時の自分をほめてもいいと思う。
(こいつ、1――って、ラストかよっ)
醜い顔の頭頂部に穴が開き、空中に赤い線が飛び散るのが見えた。
相手は突進をやめるとフラフラとたたらを踏むが、すぐにまた突撃を再開する。
空になった弾倉をふるい落として入れ替えようとしたが、相手の動きのほうがそれよりもすばやかった。振りかぶる右手が、僕の右肩をかする。ただそれだけで、僕の体は激痛と共に跳ね飛ばされてしまった。
飛び込んできた頭に穴を開けたやつは、勢いをつけすぎていたようで振り下ろす自分の腕にバランスを崩し、地面の上を転がりまわる。。
そして僕とレオさんがサンクチュアリを見下ろした崖の向こう側まで、間抜けにも転がり落ちていってしまった。
だが、まだ安心はできない。
闇の中を複数の存在が僕を感知して、殺到してくるような気配がした。
僕は痛みに耐え、必死にその場から離れようと走り出した。
このまま追われて夜のサンクチュアリには戻れない。あいつらを、まだ無防備なあの場所まで引っ張っていくわけにはいかない。ただその一心だけで、僕は下り道に背を向け、木々の茂る林の中へと駆け出していった。
==========
しばらくの間、夜の林の中を僕は走り続けた。
ありがたいことに、草や根っこに足をとられることもなかったので。気がつくと背後から感じていた追っ手のプレッシャーはいつのまにか綺麗に消えていることに気がついた。歩調を緩めて、一息つく。
とはいえ、問題がなくなったわけじゃない。
サンクチュアリとは反対方向にむかったせいで、今の自分のいる場所がわからなくなってしまった。
(呪われているのかな?問題は山積みになっていくばかりだ)
僕は息を整えながらそばにあった切り株に腰を下ろした。
記憶、過去。
それらを求めて、Vaultに残っていると思われた記録を探しに向かったのに。
何も残っていなかった。それどころか、さらに大きな不都合な真実を知る羽目になった。
自分は存在しないばかりか、あのVaultに受け入れられた入居者の一人ではなかった可能性が高まった。
では自分が入る冷凍装置のないあの場所で、僕はどうやって封印されていた200年以上を眠っていられたのかわからないのだ。
Vaultに運び込まれた?
誰に?レオさんの子供をさらい、奥さんを殺した連中が?
でもそれならば、記憶がないのはなぜだ?なぜ、置いていかれた?
「わけが……わかんないよ。頭、おかしくなりそう」
虫にかじられ、襲撃者に殴られた傷口がジンジン痛むし、落ち着いて考えてしまったら気力も萎えてしまう一方だ。
それに正直にいうと、もう地下墓地と成り果てたあそこには戻りたくはなかった。
(どうやってサンクチュアリに戻る?朝までは大丈夫か?)
頭を上げ、周囲を確認してみた。
視線の先になにかを見た気がした。
僕は立ち上がると、静かにそれに接近していく。
林の中に、ある方角にむかって置かれた椅子と机があった。
だが、僕が見たものはそれじゃない。そのそばにある木には、チョークで白の模様が書かれていた。
(なんだ?)
椅子の隣に立ち、周囲を見回す。
夜の連邦が見える、そして――ドクン――僕の心臓が音を立てて波打った。
椅子が座る先に、小さな明かりが見えた。あれは、サンクチュアリ?
(ここで見張ってたやつがいる!?)
ここに人の気配はない。
だが、このままあそこに素直に戻ることが、また出来なくなってしまった。
ああ、確かに僕は呪われているのかもしれない。
それでも気を取り直すと、僕は林の中を慎重に歩きはじめた。
方向はわからなかったが、なぜかこの時の勘がこっちだと告げていた。
そしてそれは、間違ってはいないようだった。
大地にそそり立つ鉄塔が夜の闇の中で浮かび上がり、その足元に確かに動く気配があるのを僕は感じていた。誰だ?ここまできたら顔とか、数くらいは調べておきたかった。
僕はゆっくりと、足音を立てないよう慎重に前進を続けた――。
(設定)
・マーシーとジュン
ゲームでは出会った瞬間から「あ、殺したい」と間違いなくすべてのプレイヤーに思わせる天才夫婦。
そのあまりにも強い憎悪を見かねたのか、ついに開発元もこのNPCにつけていた不死属性をとり除いてしまうという結果に。
この物語でも、はやくそうしてやりたいですねっ(ニッコリ)
・ゴキブリ
ゲームでは”食品”としても有能で、意外に脅威でもある存在。
とにかく生命力が凄まじい上に繁殖力も凄いらしい。あと、巨大なのは子供並の大きさを誇るので虫嫌いは間違いなく発狂できる。