プレストン・ガービーは私の友人であり。
優れた兵士で、有能な人物であることは間違いない。
だが、それでも私が感じる失望は。
彼の視野が、本人も認めてはいるものの。確かに時に困惑と苛立ちを覚えるほどに鈍さとなって表れてくる。
私がケロッグやB.O.S.へ向かっている間。
ミニッツメン内部の改革は、彼自身が口にするほどたいした進展はないということがわかった。
新生ミニッツメンにあってガービーは重要な人材だ。
かつてのミニッツメンの良いところを引き継ぐという精神性があった。
それは確かに重要なことではあるが。だからといって過度にそれを持ち出すのは、結局のところかつての崩壊をまた繰り返す危険を今の組織にも植え付けるというだけの虚しい行為となる。
必要なものが何か。
残すものはしっかりと選ぶ必要がある。
我々にはそれをしっかりと見定めることが出来る冷静な目と、過去を切り捨てる冷徹な判断力がいる。彼はこの両方がないのだろうか――。
かつてのミニッツメンの輝きは、彼の中では精査されることなく完全な肯定しかありえないのかもしれない。
そこにある歪み、弱さ、現れるであろう問題は流れていく時間の中で、ただ失敗という展示物に収められた物語でしかない。
であるならば、私は将軍として。
この地位へと導いてくれた友人への信頼にこたえるために、大ナタを振るわねばならない。例えそれが、ガービーの背中についてくる兵士達の医師にそぐわなかったとしても、だ。
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かつてのミニッツメンは、組織の中にある派閥に問題があった。
とはいえ派閥は決して悪ではない。
ある程度、集団がまとまった意思を示すためには。そうした存在はきちんと使いこなせば便利なものなのだ。
だが、彼らは間違った使い方をした。
リーダー不在という組織の不安定な状態の中で、それぞれが勝手に判断を下し。
それが最終的には組織の崩壊、裏切り者たちによる市民への攻撃という結果につながってしまった。
新生ミニッツメンではそれは許さない。
初期から私はミニッツメンが主導して居住地の開拓業に携わらせたのは、細かな部隊単位で派閥を作り上げさせないためだった。
居住地自体にも防衛機能は持たせてはおくが、さらにそこにミニッツメンも入り込めるようにしてきた。
今の彼らは部隊同士のつながりではなく。それぞれの居住地につながれて活動するようになっている。派閥のようなものが生まれるとしても、かつてのようなものとは少し色合いも違っているはずだ。だが、本質は変わることはない。
だが、ガービーの運用によってそれが無意味化されようともしていた。彼は兵士達を、仲間との関係を重視させていた。私は容赦なくそれを叩き潰さねばならなかった。
それにはガービーを怒鳴りつけたり、なじったりする必要などない、当初に会った計画をただ次の段階へと進めるだけでいい。
この計画はいくつかのラインが同時に動き続けて、完成を見る。
アキラがコベナントで、ついに長く問題であった医師の問題を解決したことも、私のこの決断の助けとなってくれた。
かつてはロボットだったキュリーの中に刻まれた。過去の世界にあった純粋な医学的知識をコピーされた医療ロボットと、ハンコックの紹介で人間の意思がやってくる。
私はガービーに兵士に新たに傷や感染症、そういったものを応急処置できる衛生兵を育てるように指示を出す。
これによってミニッツメンの募集に緩みをもたせた。
兵士として足りないものがあったとしても、それを技術で補える頭があればいい。そういうことだ。
続いて私は傷痍兵の問題についても着手した。
これまでわずか半年もたっていない新生ミニッツメンではあるが。すでに多くの若者が命を落としていた。
そして少人数ではあったが、運と強い生命力のおかげで兵士ではいられなくなったものの。生き残った元ミニッツメン達がいた。
彼らはもはや戦うことが出来ない。
しかし、ミニッツメンから彼らは居住地へと入ったとしても。
傷ついた体では厳しい畑仕事は難しく。武器を持って警備が出来るか怪しければ、そこに居場所は全くないというのが現実であった。
そこで私は軍隊時代に学んだ過去の歴史からアイデアをひねり出す。
かつての敵国、中国の民間には。
古代に運送業や警備、保険などをまとめて商売とするヒョウ局なるものが存在した。
私はこれを連邦のミニッツメンに取り入れることにした。ミニッツメンは軍だけではなく、商売も始めるのだ。
かつては仮の本部とされたサンクチュアリのレッドロケット。そこにあった機能は2つに分けられてボストンの居住地へと移ったため。会議室や兵舎、ガレージなど。少し寂しくガランと空間がうまれている。
私はここに新たにミニッツメンの外部組織としての会社。つまりヒョウ局を彼らによって運営させることにしたのだ。
『メールマン.Co-op』と名付けたそれは、ここで雇われた腕に自信を持つ者たちに。
アキラから提供された装備が与えられ。それぞれの居住地間を結ぶ血管を流れる血液のように、情報や荷物を行き来させることになる。
そしてこれは当然の事ミニッツメンとの関係は深い。
メールマンを襲おうというレイダーがいたとしても、彼らの近くには常に巡回するミニッツメン達が見え隠れしているはずだ。
なにか騒ぎが起こればたちまちのうちに殺到してきて、脅威の排除が開始される。
さらにここで得た居住地間の物流から入る利益は、ミニッツメンの装備や給料にもあてることができる。
今は協力してくれている居住地からの支援で武器と制服しか配られていないが。これにできればアーマーやパワーアーマーまでをも加えることができれば、さらに頼もしい存在へと成長してくれるはずだ。
ガービーはこれらの全ての意味を理解はしていないようだったが。
それなりに納得をしたうえで、私に意見に異議を唱えることなく素直にすべてを実行にうつしてくれた。
一般の兵士達はさらに理解は期待できない様子を感じていたが、私が出来ることはなく。時間がきっとそれを解決してくれるだろうと今は期待するしかない――。
私はこれらにただ、「命令を下した」だけだった。
自分が監督し、現場で指示を出したりはしなかった。代わりにガービーの求めに応じて前線に立つとボストンの脅威を兵士達を鼓舞して叩く日々をすごしていた。
2カ月を過ぎて気がつく。
いつしか私は自分の体にまとわりつくような疲労感に悩まされるようになっていた。
ガービーを熱烈に支持する兵士達からの無理解が、戦場から勝利と共に兵士達を連れ帰る私の背中にむけられていた――。
軍隊時代でも学んでいたことだが、上官は友人ではない。尊敬と恐怖、規律と結果。これらを繋がっていることを理解させる存在であると理解させられればいい。
だが民兵である彼らにとってはガービーの掲げる正義の輝きを愛している。
私が求め、与えることに常に彼らの考える「ガービーの正義」という定規をつかって考えようとする。認めることを嫌う。
そうやって気がつくと、私はミニッツメンの制服をハンガーに置いていた。
上官の孤独とやらに耐える方法はすでに知っていたが。
兵士ではなくヒーローごっこをしたい連中なのだとここでようやく私は理解してしまった。そうなると私のできることなど――。
代わりに手に取ったのは、あの探偵から感謝の気持ちだと送られ、アキラによって不思議な改造がされた古ぼけたトレンチコートだった。
ダイアモンドシティの探偵の相棒は、そうやって誕生したのだ。
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探偵の仕事なんてのは一期一会ってやつでね。
知り合うことはあっても、触れ合うなんてことはほとんどないから。
別れたらそれっきり。再会しても、感謝されることもあるし。迷惑に思われることだって多いものさ。
残念ながら探偵は、ヒーローじゃない。
なにか悪いことがあれば、ハッピーエンドはやっぱりこない。
依頼人に持ち帰るものが悪い記憶しかないなら、確かに俺のこの姿は連邦に暮らす人々が見て気持ちのいいものじゃないだろうってことぐらいわかっている。
そう考えると今のこの瞬間は、案外と幸せなものなのかもしれない。
探偵の相棒はこれまでもいたが、彼らは俺にとって決して友人ってわけじゃなかったからな。
例えばあのマーティー・ブルフィンチなんかはそうだ。あいつは探偵の仕事に、夢と野心をかけていた。謎、女、スリル。そしてもちろん大量のキャップ。
それが彼の仕事に求めるほぼすべてだった。
レオがこのおいぼれ探偵を救出する前に会った時は、大量のキャップが必要だとあの野郎はのたまわったらしい。
いかにも彼らしいことだと思う。
だからその最後もまた、彼らしいものだったといえるだろう。
――ニック、俺の仕事にはデカイ夢が必要なんだ。
あいつは半人前の頃から、いつだってそうだった。
だから本物かもわからぬ宝の地図を手にし。心のままにスーパーミュータントのアジトに入り込んでいった。呆れるほどの行動力、見ものだったよ。
だが、感心することはなかったし。褒めようとだって思わないな。なぜならあそこで俺はレオと死体となったアイツそこで会えたのだから。
そして俺達は今、あのバカがやり残した宝探しの最後をやっている。
かつての相棒の無念を、てやつさ。馬鹿なことだって、自分でもわかっちゃいるんだがね。レオもよく、この老いぼれにつきあってくれたものさ。
ゴールにあった墓を掘り起こし、棺桶の中には一振りの剣といくつかのインゴット。これがあいつが求めた夢の正体だ――。
「歴史にロマンを求めるような奴じゃなかったが、見ればなかなか立派な剣じゃないか?」
「――ああ」
「バカなことはやめるんだと、野郎には何度も言って聞かせてやったが。最後まで聞かない奴だった」
「厳しいな、ニック。あんたの元相棒だろ?」
「ああ。あいつにもひとつ良いところがあった。俺の事務所を出ていくと言って、本当に実行したことさ。あの後、俺にその顔を見せにあらわれなかった」
「いい奴、ではないようだ」
「それは間違いじゃない。あんたも、あいつには会ったからわかるだろう?」
「仕事の依頼を断られただけだし。人となりを知るような機会はなかったよ」
「べつにそれでいいのさ。尊敬や好意とは、かけ離れたクソ野郎だった」
――BEEP!BEEP!
レオの左腕にあるピップボーイが音を立てて警告音を発する。
「驚いたな、ニック。この剣は、放射能を発しているようだ」
「なんだって?」
「ガイガー・カウンターが反応している。間違いないようだ」
「やれやれ。やっかいな宝物ということか」
そんなものを人間に持たせていいわけがない。
レオの手からそれを取り上げる。人造人間には効果はない、とは断言できないが。悪いものだとわかっているのに、それを持たせておくわけにはいかない。
「――あ」
「どうした、レオ?」
「アキラから連絡が来ていたようだ」
「ほう。あの若いの」
「どうやらテスト飛行は成功したらしい」
「そうか。ミニッツメンに帰ったら、あんたはまた忙しくなりそうだな」
「ああ、そうかもな」
気になる答えだった。
まるでどうでもいいというような、答え方に思えたからだ。
それにしても、この連邦で墓地に長居していい事はほとんどない。
宝の地図に従って、目指した墓荒らしも終わったので俺はすぐにそこを立ち去ろうとレオに持ち掛けた。
チャールズ川の河口に立ち、海と川のあいまいになる境目を黙って見守る。
この辺りはレイダーが活発に活動していることで知られているが、そういえば最近は妙に静かになっていると聞いた。
なら、この鼻の曲がるようなにおいを放つ水辺で、連邦を感傷的に眺めるくらいのわずかな時間は許されるかもしれない。
「レオ、あんた疲れているんじゃないか?」
「ニック?」
「エリーが何をあんたに言ったか知らないが。ちょっと、気になってな。
いや、迷惑だなんてちっとも思っちゃいないんだ。実際、この老いぼれはガタが来ているのは確かだし。若くて頼もしい、あんたみたいな相棒が居れば、どんな探偵だって心強いのは確かだ。
だけどな――」
エリーの奴が彼に渡したという、俺と同じトレンチコートにサングラスで目元を隠した彼を見る。
見事な体躯は、今も彼を少しも弱ったようには見ることはできない。
だがあの時、地下のVaultに現れた時の彼にはあった引力というか、重力にも似ている強く惹きつける物は失われているように思う。長い付き合いではないが、このわずかの間に彼が経験したことを思えばそれも当然だろう。
「改めてあんたにちゃんと聞いておきたいことがあるんだ、レオ」
「なんだい?」
「うん……その、あんたに起きたことだ。あんたの家族について」
「――ああ」
「あんた見た目がタフガイにしか見えないし。めったに弱音を口にするような性格とも思えない。
だから一度、正面からしっかりと聞いておかなくちゃならないと思ったんだ。
色々あっただろう?
あんたの奥さんや息子。そしてケロッグの事。
だから――あんたが大丈夫なのかを知りたいんだ」
レオの顔は見事に引きつっている。
それでも怒るわけではない。怒っても構わなかったのだが、彼はそうはしなかった。
「探偵にも聞きにくそうな話だね」
「ああ、確かにな。しかもアンタはその上、この連邦じゃミニッツメンまで背負っているじゃないか。
周りにアンタが気を使うことはあったとしても。反対にそいつらがあんたを心配することはないんじゃないかって思ったのさ」
「――さすが名探偵、その通りだよ。ニック」
そして俺は見た。
傷ついて、血を流し続ける男の姿を。
なにもできない、変わらぬ現実を受け入れることが出来ず。諦めがつかないことが、苦悩となって隠されていた表情がそこに浮かび上がってきた。
その何があろうとも揺るがない声は、苦痛と怒りによってか。低い絶望を伴うそれへと変化する。
「どうだろうな、ニック。
愛した家族はもう、ボロボロだよ。
過去の世界から、いきなり連邦に放り込まれてしまったんだ。
あきらめなければきっとなんとかなる、ただそれだけを希望に自分を騙し続けてきたんだ。なのに、今の俺は何も手にしていない。
こうやってあんたとまだ好き勝手にやっているけれど。そのせいでVault111の元居住者はたいした有名人になろうとしている。命だって狙われるだろうし、こんなはずはないって泣き言だって許されないんだ」
「……」
「ガービーは、ミニッツメンは、それでも私の力を必要としている。やらなくちゃならない、彼らのために。人々のために。
だけどそんな姿をもしかしたらアキラは――あの賢い若者は見抜いているのかもしれない。若い彼の目から見たら、私なんて老いた兵士くらいにしか見えていないんだろうね。無力なんだ、どうしようもなく。
わかるだろう?」
どうやら思った以上に重症だったらしい。
「途方に暮れて、怯え、ままならない現実に頭がおかしくなりそうってことか。
だが、あんたは理解するべきなんだ。ここまで戦い続きであったかもしれないが、簡単なことではなかったし。時間だってそれなりに多くのものを必要としてきたんだ。
当然だが疲れているんだろう。希望はない、そう絶望することもできなくて苦しんだんだろう」
「……」
「この老いぼれにもその経験はあるんだ、レオ。
あれは初めてダイアモンドシティを見つけてホッとした時だった。町には欠点は確かにあるが、連邦じゃやっぱり一番の場所だ。
当然だが、ついたばかりのこの人造人間に人々は優しくは接してくれなかったさ。人造人間はインスティチュートが関わっていて、そいつらは恐怖の対象なんだ。
今だってそうだが、当時のそれは。そりゃもう酷いものだった」
「そうなのか?」
「ああ――当時はみんな”壊れたマスク”が心配だって。あの町では夜も眠れない騒ぎが続いていた。
何かの理由で、そんな人々の生活を脅かすためにやってきたと思われていたんだ。食料を放射能で汚染させるとか、飲み水に毒でも入れるためにやって来たんじゃないかって話だ。
それを彼らは俺の目の前で、隠れることなく言い合っていたよ」
敵意と恐怖に染まる目の数々が全てであり。
理性と知性の言葉はひとつもかけられることはないだろうと、そんな予感はそれだけで十分に理解できるものだった。
「それであんたが無事に済んだとは思えない」
「理由があるんだ。彼らには俺を拒絶できない事情があったんだ」
「それは?」
「当時の市長の娘を助けた。
俺にとっちゃただ、それだけのことだったが。彼は――当時の市長はその行為を大いに称えてくれたんだよ。
それだけじゃない。俺にあの家を与えてもくれた。周囲の大勢は、そんな馬鹿なことはやめろと抗議の声をあげていたが。彼はそれをまったく気にする風ではなかった」
「ひどいな」
「自分から町に入ったら油断はできない、最初はそう考えていた。
だから正直でいようと決めたんだ。自分を偽ったり、隠そうとはしないようにした。自分を弁護できるのは自分しかいないと思ったから、何かの騒ぎに巻き込まれたとしても。自分に正義はあると、ちゃんと言い返せるようにしたかった。
考えてみれば、とんでもなく馬鹿なことだと今では思うこともあるが。当時はそれがよかったんだと思う」
「そうなのか?たったそれだけで、信頼を得ることが出来た?」
「いや、確かに楽なことじゃなかったよ。今でもあそこのマーケットじゃ、俺にモノを売ってくれない店があるんだから」
人造人間という存在へ、畏怖とあこがれを併せ持つ奇妙な店主の顔が思い浮かぶが。すぐに忘れることにする。
「自分の家って奴を持つと、次に俺は何かを始めなくちゃならないと思った。
誰もしたがらない仕事をかき集めるようになったのは、その時からだな。でもあれは探偵というより、なんでも屋って感じだった。
誰かの話を、俺にただ聞かせてくれるだけで解決する話が。このみなりのせいでそれが出来なくて途方に暮れることのほうが多かった。
それでも始めただけの価値はあったんだ。
市長と市長の娘の事を、彼らは忘れたわけじゃなかった。
そのうち、誰かが必ずニックの名前を口にするようになっていった。
トラブルだって?ならニックに話してみたらいい――そうやって助けを求めてくる人達が訪れるようになっていった」
「それが探偵、ニック・バレンタインの誕生か」
「良い方向へ転がり始めたのかどうかまだわからなかったが。それが自分にとって普通なのだと、そう思えたんだ。
後で思ったよ、その頃が自分の居場所って奴を作れたんだと気がついた。ある程度の時間と努力を費やせば、どこであったとしてもきっとほっとできる居場所は作り出すことが出来るんだってな」
「時間と、努力か――」
「俺は別にあんたに約束できる立場じゃないが。それでもあんたの話を聞いて、付き合いの中で思ったことがある。
あんたはやっぱりまだ道の途中でしかなくて、だからなにかに押しつぶされようとしているんじゃないかって。俺の話が、そんなアンタの役に立たないかと思って話したかった」
「ニック」
「いや、わかってるよ。あんたは確かに厳しい状況に立っている。
だが考えて欲しいんだ。Vaultから連邦に出てきたときから、状況は大きく変わってきたはずだ。時間はかかったが、確かにあんたは前に進んではいるはずだ」
この探偵と同じく。あのサンクチュアリには老いて幻想の中に未来を視る老婆も言っていた。
その先にあるのは決して良いものばかりではないのだ、と。そして私はそれでも歩みを止めることなく、今日まで来ている――。
「ありがとう、ニック。少し、元気が出てきたよ」
「そうか。なら、先を急ごうか?」
今のニックにとって、ボストンコモンは恐ろしい場所とは言わない。
少し前に、ここを引き裂こうとした元Vault居住者のひとりが今の相棒なのだから。
しかしそれでも、あえてその日はグッドネイバーで一泊することを選んだ。
ニックはレオと話して、それが必要なことだと思ったのだ。
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メモリー・デンにニックは訪れると、店主のイルマにDr.アマリとの面会を希望した。
彼がグッドネイバーへと訪れたのはこれで理由があったのだと判明したが、それがなんであるかはわからない。
そしてそれを知らないレオはひとり、サードレールで時間を潰していた。
その彼の元へ、静かにトラブルが近づいていく――。
「お兄さん、ここでは見ない顔ね?」
「――そうだね。ここを訪れたのはそういえばまだ2回目かな」
「本当に?ということは前回、この店には寄ってくれなかったってこと?」
あのダンスとパワーアーマーを着たままでここに乗り込んでしまったのだ。
彼の性格もあったし、酒場で一休みとはならなかっただろう。
「急いでいたから。それに、この町の噂も聞いていたってのもある」
「あ、悪い噂でしょ?わかるわ」
「でも、そればかりじゃないみたいだ。今回はそれを見つけることが出来た」
「そうなの?」
「ああ、例えば君の歌かな。とても良かったよ、オリジナル?」
「そうよ。私が作詞も作曲もしたの、気に入ってくれたのなら嬉しいな」
サードレールの歌姫、マグノリアは妖艶に微笑みを浮かべる。
ニックに本心をさらしたことで、なにか重いものを肩から降ろせたという感覚が久しぶりにレオの心を躍らせた。
「隣に座らないか?一杯おごらせてほしい」
「飲むだけ?」
「おしゃべりも。君の話は、とても楽しそうだ」
「ふふふ、ありがと。私もあなたに少し興味が出てきたわ」
赤いドレスに隠されたヒップが椅子の上に乗るだけで、目の端にチラつく。
思えばケロッグを殺してから昔の兵士に戻ったつもりになって、自分はただ冷酷な殺人機械のふりをしていただけのような気がする。
人間のレオは――もっと情熱を持った熱い血を持ってはいなかったか。
ワインを注文し、彼女はグラスを傾ける。
「フフッ、私。あなたから何か特別なものを感じる。何も言わないで、こういうの当てるのが私は好きなの」
「わかった。何も言わない、当ててみてくれ」
「激しく敏捷な、躍動する力強さを感じる。それだけじゃないのね、歌にも興味があるみたいなことを言っていた。
きっと私と同じパフォーマーなのかしら。口のほうも達者なんでしょ、どんな状況でも相手が聞きたい言葉を自信をもって口にできる強さを持っているの」
「ははは、そりゃ。悪い奴に聞こえるよ」
「悪い男って、それでも魅力的でしょ?悪くとらないで」
「わかった。そういう風に考えるよ」
「前は急いでいたって。それじゃ、今回はこの町に何をしに?」
「帰り道のひと時、強い酒と心に響く音楽を求めて――」
「つまりこのサードレールと、私に会いに来たって言いたいの?」
「下心はないけど、もしそう聞こえたのなら。下着の中にある後悔を隠せてないってことかな」
「なにそれ。なんだかあなたと仲良くなれそう」
「それはよかった」
ワイングラスはすぐに空になる。
彼女を放したくなくて、私は熱のこもった言葉で引き留めようと試みる。
「お酒に強いんだ?」
「そうね。そうなるともう、ここに座り続ける理由もなくなっちゃう」
「残念だな。もっとお互いを知りあいたいと思っていたんだけど」
「そう。そのために私。あなたになにをしてあげたらいいのかしら?」
遠い昔、妻のノーラを出会ってデートに誘った夜を思い出す。
まだ私は若造だった――。
「ロマンチックなスタイルがいいかな。そう例えば、2人で。街の明かりの下、夜の散歩とか」
「散歩だけ?ここはグッドネイバーよ」
「キミと話したいだけさ。君の音楽、歌の全てを」
彼女はコートをとってくるとだけ口にして、ついに席を立ってしまった。
だが、私はそれでも満足している――。
(設定・紹介)
・ピップボーイ
黄土色だった2人のそれを、アキラは染め直し。ついでにちょっとした短文でのメッセージ機能を送受信出来るようにした。
これは連邦内でのみ可能で、リアルタイムでもなく、時間に誤差が必ず生じるようになっている。
便利に過ぎる物とは思うものの、ハナシの都合上。いつまでも2人が直接コンタクトさせておかないのは色々とマズイので。
・マグノリア
グッドネイバー、サードレールの花とも呼ばれる歌姫である。
元は売春婦であったと思われる節があるが、原作を深くやるとわかるが正体は人造人間だったりする。
ただ、インスティチュートともレールロードとも関係ないらしく。なんでそんな人が歌姫やってるのか、謎。
主人公以外にもたびたび違う男性を伴ってホテルを使用している模様。