次回投稿はいまのところ未定です。
グッドネイバーではハンコック市長が困惑していた。
彼の前には3人の年齢がばらばらのトリガーマンが同じく困惑顔で並んで立っている。そして室内は――ようするに、この中にいる全てが困惑していた。
「おい、客人は――マクレディ達はもう解放したんだよな?」
「そうです。そういう指示でしたから」
「町も出たのか?」
「ええ、だいぶ前に」
「そうか。そりゃ……参ったな。
なぁ、今から『仕事があるから町まで戻ってきてくれないか』とやったら、まずいと思うか?」
「どうでしょうか。トラブルにしかならないように思いますが」
「だよな――俺もそう思ってはいたんだ」
背後のトリガーマンと会話を終えると、ハンコックは再び目の前の3人に向きあうことにした。
「よし、もう一度最初からやるぞ?」
3人は揃って市長の言葉に頷いてみせた。
「俺はあの時、お前達3人を呼び出して命令した。
俺と取引をした、あの野郎。あいつがちゃんとボッビを始末したかどうかを確かめてこい――本当はもっと細々あったが、とにかくそういうのはあとにして。お前達は任務をはたすべくこの町を出た、そうだな?」
『はい、ボス』
「……だからわからない。なぜ、お前たちは3人がそろってここに帰ってきちまったんだ?まずはお前だ」
一番左端の中年にさしかかったトリガーマンを指さした。
「貴様はボッビが死んだのを確認したら戻れ、と伝えていた。つまり、ここにいるのは正しい」
続いて中央の顔の中央が傷だらけのトリガーマンを指さし。
「貴様には、ボッビを始末した後のアイツを――アキラの野郎の後をつけろと命じていたよな」
続いて右側のまだ若いトリガーマンを指さす。
「そして貴様には、それをサポートするように。そのつもりで行けと、そう命じたはずだ」
『はい、ボス』
トリガーマンたちは一斉にそれを繰り返した。
コメディ番組のシーンのように、仲良くハモってみせる3人の態度にハンコックは思わず宙を仰いだ。
「何だってんだ、こいつらは!?俺はコメディの舞台でバカな観客の役をやらされている気分だぞ。
お前達、いつからそんな楽しい会話ができるようになったんだ」
「市長……」
「ああ、大丈夫だ。まだキレちゃいない。
腹は立っているがな。まだ大丈夫だ。まったく――」
久しぶりの高純度のキツイやつを欲しくなった。もちろん、そう思っただけだが。
「ボッビは死んだんだな?」
『はい、ボス』
「アイツが。アキラがそれをやったんだな?それを見たんだな?」
『はい、ボス』
「それで?奴はどこに向かった?どの方角を目指した?」
『……さァ?』
「ってことは、お前たちは任務に失敗したんだな?」
『いいえ』
「なら、アキラはどこだ?ボッビを始末したアイツは、次にどこに行くとか話していなかったのか?」
『多分、そうです』
(コイツら――冗談じゃなくこんな愉快な不愉快をやっているのか?俺をナメているのか?)
不機嫌になって黙る市長の後ろから、仲間のトリガーマンたちが3人に色々と問いを投げかけることで少しでも違う答えを引き出そうとするが。目の前の3人の反応は、まるで石のように同じ答えを繰り返すばかりだ。
報復はおこなわれた、罪はあがなわれた。
そして男は消えた。
このままでは埒が明かないと、ハンコックは別の手段を求めることにする――。
市長の部屋に、グッドネイバーの住人のひとりが入ってくる。
「おお、メモリー・デンから来てもらってすまないな」
「別に。なにか?ハンコック市長」
ドクター・アマリは緊張した面持ちだったが。
ハンコックは肩の力を抜いてくれ、といって席に座るように勧めると。目の前の3人を顎で示した。
「状況を説明する。俺はこの3人に偵察のようなことを命令した。
なのにこいつらは仲良く3人で帰ってきて、自分たちは任務に成功しましたと言うんだが。話す内容のすべてが、まったくもっておかしくて困っている。
この連邦が狂っていて、こいつらがその狂気にあてられてここにいるという考えも悪くはないが。そんなやけっぱちな結論に俺が飛びつく前に、あんたの医学的な意見ってやつを聞かせてほしい」
「わかった。でも、何が問題なのかがわからないと」
「こいつらは自分たちの仕事をちゃんと終えて戻ってきたと主張するが。そんなわけがないと俺が言っても、こいつらは納得してくれない。わかるか?納得しない、だ。
馬鹿の一つ覚えのように、任務は完了して戻ったのだと仲良く不気味に合唱する。こっちが正気を失う前に、あんたがこれをなんとかしてくれ」
「どこまで力になれるかわからないけれど――その、お仕事のことは聞いてもいいのかしら?」
「構わないさ。今はこのカオスをなんとかしてくれ、いい加減こいつらの頭を吹き飛ばしちまった方が楽になれる気がしてきた」
「それは――努力してみるわ」
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しばらく3人と話をしたドクター・アマリは結論を市長に告げる前に。この3人をメモリー・デンに送ってくれないかと申し出た。ハンコックはそれを了承し「お前たちはしばらく入院しろ」とだけ告げて、自分の部屋から追い出した。
正直、それだけでも随分とせいせいした気分が味わえた。
「それで?なにかわかったのか?」
「――どうしたらいいのかしら。これは、難しいわ」
「おいおい、アンタもそれを始めるのか?今日はどうなっている?グッドネイバーはカオスのブラックホールにいつの間に飲み込まれていたんだ?」
そう言いながらも、ハンコックはとにかく話してみろと告げる。
ドクター・アマリは考えながら、慎重に言葉を選びながら口を開く。
「結論から先に言うとね、市長。彼らに何が起きているのか、私にはわからないわ」
「そうか」
「言いたいことはわかるわ。そんなことはないだろうっていうのね?それはその通りなんだけど――」
「あいつらの答える態度を見たんだろ?あんなに愉快にズレもなく同時に受け答えをしやがって。じゃ、わかっていることはあるのか?」
「それはあるわ」
「なんだ?」
「市長、彼らの記憶は改竄されているかもしれない」
「――ほう、面白くなってきたぞ」
ハンコックは体を起こすと、その口ぶりは楽しそうである。
「彼らの話は、言ってみれば『誰かが彼らに与えた結論』を元にして話しているように思ったわ」
「与えられた結論だって?ボッビの死を確認することが?」
「いいえ、違うと思う。この場合はもうひとつの方ね」
「――アキラを追え?」
「そうよ。あなたも言ったように彼らの言動はおかしいし、反応も変わっている。
これは可能性の話になるのだけれど、あれはきっと3人とも同じ処置を施された影響のようね」
「それを証明できるのか?」
「戻って調べてみるつもりだけれど、期待はしないで頂戴。
記憶は消されているかもしれないし、残っていても封印くらいはされているでしょう。これをどうにかできるかわかるまでは時間が必要よ」
「ということは、記憶は戻るということか?戻せる可能性がある?」
「しつこく聞かれているから答えるけれど。改竄される前の記憶を復活させる方法はあったとしても、私はそれをしないほうがいいと思う」
「なぜだ?」
アマリは少し黙り込む、考えをまとめようとしているのか。
「例えば、あなたの部下がスーパーミュータントと戦って記憶を失ったとしましょう」
「わかった」
「その彼は戦闘中、一瞬だけ海を見るの。とても美しい地平線を思い描いてみて、そのイメージは強烈に脳に刻み込まれることになる」
「んん、そういう情緒は大切だ。殺し合いをしている隣でも、美しいものはあったりするものだからな」
「そしてあなたは彼の記憶を呼び覚まそうとして、そのイメージだけを思い出させたとしましょう。どうなると思う?」
「何か悪いことでもあるのか?不都合があるとか?」
「そうね、不都合というよりも。より混乱するといった方がいいかしら。
思い出したイメージだけを頼りに、なにかを思い出そうとした結果。徐々に正しい記憶の部分にまでも歪みを呼び込む可能性があるの。
なんで戦闘していたのに海?戦闘後に海を見ていた?それとも全く関係のない海を、思い出していた?こんな風に」
「なるほどな。
つまり、そのイメージとやらのせいで全体像から本人が気が付かないうちに改竄を始める可能性があるってことだな」
「そうね。そうなると彼らがこのグッドネイバーの扉を抜けた後から全てが、それぞれが別のことを主張するようになるかもしれない。もちろん、これは最悪の場合を言っているけれど」
ハンコックは深いため息をついた。
こんなことになるのなら、自分がこの目で見に行っていれば良かったと考えている自分がいた。
「おい、ファブ。お前の方から――」
言葉はすぐに止められたが、室内の空気が革ひもで絞めつけるようにギュウギュウと悲鳴を上げた気がした。
「なぁ、ドクター。とりあえず、あの3人はアンタに任せる」
「わかった。最善を尽くすわ」
「最後に、その――何者とやらが改竄した部分と事実が入れ替わっていると思うのは、どこからだと思う?」
アマリは息を吸うと、それは――と3人の説明する報告の中の一点を指摘した。
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サウガス製鉄所から、何者でもなくなってしまった男が出てきた。
イエローマン、アキラ。そうした名前は彼でありながら、しかしその両方共を彼は心の命じるままに行動し続けたせいで失ってしまったのだ。
どちらにも戻れない。戻れるなどとなぜ考えられる?
この男の過去、この男の記憶。
全ては何者かの存在によって作られた、まがいものではないのか?
彼が求めた自分の過去は、自分を兄弟などと呼んでは害そうとした組織につながりがあるのは明らかであり。
となれば、彼の力。そして記憶は、その組織が与えたおぞましい呪いのようなものと考えないのは不自然でしかない。
凶悪、ここに現れた彼はこの言葉を体現するような恐ろしい存在であったはずだったのに。
出てきたときの姿は、憑き物が落ちたかのように、ここから出ていこうとする彼の背中にも驚くほど何もなくなってしまっていた。空っぽ、虚ろ、他に言い換えるなら壊れた人形でもいいのでは?
「……」
モザイク状にひび割れる中の、他人のような自分の記憶。
はっきりと認識できていた全ての記憶はわずかに3カ月程度であるはずなのに。そこには暴力と怒りがどれほどの破壊を続けてきたのか、理解するたびに苦しみしか感じられない。
そして自分はこれからどうすればいい?どこに帰ればいいのか?
ヌカ・ワールドなどというレイダー共のお祭り騒ぎにに巻き込まれ。ボスの座席に座らせられた今、ミニッツメンに戻ることは賢いとは思えない。
しかし、組織に戻るといっても。彼らの命令を無視し、ボッビとここに存在したフィーンドごと殲滅したことは。
常に派手な行動を慎むあいつらの組織で問題と思われないはずがない。
そしてあの日から共に連邦へと求めて戦い続けている友人がいた――。
どんな顔をして今、彼の元へ戻れるというのだろう?
男は頭を横に振る。
駄目だ、弱気になりすぎている。何も感じない、ただ虚しく、世界は絶望に満たされているように思える。これはまともじゃない。
視線は自然と地面へと下がっていて、先ほどまでは感じなかった疲れが全身にしがみつくようにしてこちらを押しつぶそうとしているようだ。
「――フライヤー。どうした?」
ふと、この暴走からこちらを非難していたロボットが外に出ても一向に現れないことに違和感を感じ、彼は呼び出そうと声を上げる。
なんであれ、ケジメが必要であった。
組織には戻れない、追っ手もかかるし、こんな大騒ぎもまた繰り返すのだろう。ならばあの奇妙な組織のロボットとはここでお別れというのも――。
大きく息を吸い上げながら、周囲を見回す。それでさすがに気が付いた。
彼の新しい相棒、プカプカと浮かんで彼を運ぶだけのロボットはそこにすでにいたのだ、地上に。
何者かの攻撃を受けて叩き落され、火花を散らし、すでに稼働を停止している。破壊されていたのだ――。
夜のとばりが下りてくる中、サウガス製鉄所の周りには赤々と燃える焚火がそこかしこに用意され、溶鉱炉と同じくその勢いをかわらず周囲を照らしている。
そして男の前に、あの時と同じくステルスを解除したT-51 パワーアーマーがずらりと並んで立っていた。
プラズマ銃を構える彼らから、ほとばしるような殺意は全く感じられない。いや、そいつらの後ろに控えていた1人だけはちがったか。
「まったく、どこまでも迷惑をかけてくるポンコツというのはあるものです」
乱暴にザクザクと足音高く近づいてくる人物たちがいた。
「ゴミというのは適度に処分しないとたまる一方。なので返してもらいました、そのポンコツから先にね」
「キンジョウ――」
「そうです、私です!キンジョウ アキラです。本物の、本当のね」
あの時と同じく研究者の姿をしたキンジョウのその言葉に、面白いことに異議を申し立てる声があった。
「まだ、違う」
「――そうですね。確かに」
キンジョウの隣に立つのは、あのガスマスクでもって素顔を明らかとしない観察者でがいた。
「ですがもうすぐそうなります。ここでこのゴミをようやくに処分できますので」
キンジョウは笑みを浮かべる。憎悪で彩られた、無邪気なまでの悪意の塊。
しかしやはり観察者はそれを咎めようとした。
「それは駄目だ。彼にはまだ、役目がある」
「……何を今更?こいつはボッビという我々の資産を勝手に処分し、ここにあったレイダー共を人の目があるのも構わずに今しがた壊滅させたばかりですよ。このすぐ近くにはキャピタルのB.O.S.がいるというのに。
こんなふざけたこと、許すわけにはいかない。当然でしょう?」
「それでも反対する。回収し、再調整するべきだ。皆もそれを望んでいる」
何やらもめているようだ。
名前のない僕は、お互いの意見をすり合わせようと、奇妙にも冷静に提案する。
「どうか意見がまとまるまで、好きにしてくれていい。結論がでたら、次に会ったときに聞くってことでここを立ち去ってもいいかな?」
「ふっ、はははっ。アーッハッハハハ!これは驚いた」
目をむいたキンジョウは観察者と彼の顔を交互に見やりながら、声をあげて笑う。
「随分と余裕が戻ってきているようじゃないですか。どこまで私を馬鹿にしてくれるのでしょうかね。
いいでしょう、回収してあげますよ。そのかわり、今度はその頭蓋の中にある脳味噌を鼻の穴から引きずり出して。本当に私の調整から逃れているのか、きちんとした数値が出せるまでラボでいじくり倒して差し上げますがね」
「キンジョウ――」
「処分はやめます、回収に同意したのです。あなたもこれを喜ぶべきでは?観察者」
「――感謝する」
「では!本気でお願いします、私は戦闘は苦手なのでね……目標の回収を開始!!」
観察者の手にはエイリアン・ブラスターが。対する僕の手にはいつもの2丁が。
同時に腰を落として戦闘態勢をとると、パワーアーマーたちは一斉に動き出した!
そして数分後――。
サウガス製鉄所の前から苦悶の悲鳴が上がっていた。
イエローマンにも――アキラにも戻れない哀れな男は。抵抗こそしていたが、それはただ崩れた膝から地面へと倒れ伏そうとする自らをなんとか支えるというささやかなものだけだった。
その男の身体を休むことなく貫きつづけるのは、パワーアーマーたちが放つテスラ・ライフルと呼ばれる電撃銃。
その様子を見てキンジョウは満足していた。
「自分の身体は自分が一番知っている――誰もがそう考えるものです。それはあなたも例外じゃない。
ですが事実は違います。あなたが自分の何を知っていると思うのです?なにも!なにもわかっちゃいない!」
憎しみを抱く敵への暴力が刺激となり、キンジョウは興奮を感じているのだ。生物として原始的で、野蛮な欲求が満ち足りて酔いしれている。苦しむ相手が愉快に見えて仕方ないのだ。
「あなたは自分に流れる血を知らないでしょう?あの祝福があなたに与えられていたのかというの理由、それもわからない。
つまり、馬鹿!身の程知らず!なのに愚かで、自分が強大で特別な存在だと信じている。どうしようもないですよ、救いようがない。
実際、ポンコツでも使ってやろうと情けをかけたのに。恩を仇で返すとはこのことですよね?」
ついにその抵抗も力を失い、彼は地面へと倒れ伏す。
だが彼を貫く雷の勢いは収まることはない。
パワーアーマーたちは順にライフルのマズル部分を変更すると。こんどは地雷に似た弾頭を放ちはじめ、地面に着弾したそれはエネルギーを周囲に放ち始める。
そうして目に見える放電現象はまた、彼の身体を貫くと今度は地面と縫い付けようとし、その痛みに思わず甲高い悲鳴をまたあげてしまう。
3人のトリガーマンたちはその様子を震えてみていた。
ハンコックの命令を受けた彼らだが、突然あらわれたこれら”小さな宝物”の手に落ち。捕虜となって、この一部始終を目にすることが許されていたのだ。
だが、それで構わない。
彼らがこのことをグッドネイバーに持って帰るわけではないのだから――。
苦しむ姿を見て満足するキンジョウと違い、観察者はすぐにも終わらせたいと願っているようだった。
「キンジョウ、もういいだろう?」
「あなたがこれほどこのポンコツを愛しているとは知らなかった、観察者。
ですが、大丈夫ですよ。まだ殺しません、約束ですからね。それに――」
「っ!?キンジョウ!」
「えっ?」
いきなり観察者がエイリアン・ブラスターを構え。自分を――自分の後ろを見あげていることにキンジョウは気が付き、振り向いた。
そして、今度は大いに驚く。
空の彼方から人が一人分はいれるくらいの薄緑色をしたエネルギーフィールドの円柱がいつのまにか立っていた。
その中で彼が――何物にもなれなくなってしまった男が、意識を失ったままフワフワと宙に浮かんでいた。
いや、そうではない。
ゆっくりと地上から距離をとりはじめ、天上にむかって飛び去ろうとしているのだとそう思った。
「こっ、これはっ!?どういう!?」
「周囲を確認しろ!誰かいるはずだっ」
「か、観察者!?駄目です、駄目ですよっ。あいつを、あのポンコツを回収するって話でしょう!」
観察者はついに頭に来たのだろうか。
乱暴にキンジョウの襟首をつかんで引き寄せると、ヒッと悲鳴を上げる相手に構わず怒鳴りつけた。
「あれはトラクタービームだ!もう、あれではこちらからは干渉できない。なんとかしたいなら、元を絶たないと!」
「トラクタービーム……ということは、アレは。宇宙から?」
「そうだ!」
キンジョウを突き飛ばしながら、次の瞬間には観察者は地上のそこから消え。いつの間にかサウガス製鉄所の屋上に立っていて、周囲を必死に見まわしていた。
だが、なにも見えない。誰もいない。
その間も観察者の前を下から上へゆっくりと上昇する彼の身体は、ある地点から光の柱の中から消えてしまう。もう手の届かない所へと、行ってしまったのだ。
――フフフ、残念でしたー♥
女の声。
観察者はすぐにブラスターを滅茶苦茶に周囲に向けて発射するが。屋上のそこかしこに炸裂する光弾の火花は、この声の主の姿を闇の中からあぶりだしてはくれなかった。
「誰だ、どこにいる!?」
たった一言だけ、そしてこの問いに答える気配はない。
キンジョウは地上で呆けたまま、しかし観察者はウゥと苦しげにうめくと、怒りの声を夜空に向かって解き放つ。
彼の家族――”小さな宝物”はまたしても。
そう、またしても自分たちの手の中からアキラという存在をこうして取り逃がしてしまったのである。
==========
茫洋とする意識の中で、僕は光を感じた。
(またか)
僕はこういうのはあまり好きになれない。
だって最初はVault111で、次がメモリー・デン。
3度目はあの――なんか変な場所だった。その全てが悪夢といっていい。だから、きっと今回もまた――違ったようだ。
いきなり男の声が降ってきた。
こっちの声が聞こえる?それは凄いね、反応がある。
ってことなら、話を進めることにしよう。
今から君をパパっと治療してあげる。でも、それには君の協力が必要なんだよ。
これはコーヒーと似ていてね。
豆とその挽き方、お湯の温度の関係みたいなものなんだ。うまい一杯のために、最高のものを用意したいってね。
とにかく気を楽にして。
それじゃ、始めるよ――。
気が付くと自分の目の前に真っ白なシーツがかぶさっていた。
まさかこの感じ――予感があって、慌てて払いのけると思った通りだった。
あのホテルの部屋、そして自分はベットの上、だがシーツの下の自分はVault111のスーツを着ていて裸じゃなかった。
なぜかそのことに安心した。
「助かった――さすがに、ここで裸は」
「寝るときは服を着て寝る派なの?よかった、付き合っていたらそんなこと許さなかったから」
傍らから聞こえた声に驚いて体を起こす。
そして叫ぶように僕は彼女の名を呼んだ。
「ファーレンハイト!?」
寝台の隣にある椅子に座った彼女の姿は、よく覚えているアーマーを身に着けた彼女のそれだった。
「何度も簡単にブッ飛ぶやり方を教えてあげたのに、先生は悲しいわ」
「君が……生きて、いるはずがない。つまり――これも、夢か」
「わかりもしない自己診断にご苦労様。その気もないようだし、さっさと起きてしまったらどう?」
確かにそうだ。
ふらつきながらも僕はベットから立ち上がると、すでに彼女は先に廊下に出て行ってしまっていた。ああ、確かに彼女だ――。
ホテルの外に出るが、ここに人の気配はない。
僕と彼女だけ。だがそのばしょには見覚えがあった。
「グッドネイバー?他に人はいないのか」
「いるわよ。君が呼ばないから、出てこないだけ」
「――呼ぶ?僕が?誰を?」
「なぜこちらが答えないといけないの?」
「だって、ファーレンハイト。あんたは僕の――妄想の産物なんだろ?だから、僕の欲求に従うはずだ。理論的に」
彼女はフンと鼻で笑う。
「オンナの欲求は無視して、俺に従え?ひどいクソ野郎に成り下がってしまったのね」
「そこまで言われることなのかな」
「いいから、はやくして」
僕は顔をしかめる。
こんなおかしな性癖を自分は持っていたのだろうか?
「なに?そんなことはしないよ」
「馬鹿。違うわよ、誰か呼ぶ人を選びなさいって言ってるの」
「ああ――そういうこと」
調子が狂う。なんだ、これ?
視線を落とし、冷静になろうと努め、誰を呼ぼうかと考えていると。いきなり僕は誰かに後ろから抱き着かれた。まさか、もう選んでいたっていうのか?
「兄弟、兄弟。君と会いたかったんだ、話したかった!」
「ちょっ、やめろって!」
「ようやくだ!ようやくだ!」
「涙の再会ね。感動はないけれど、泣けてきたわ」
「からかわないでくれよ!!」
突如現れると。僕に抱きついてくるイエローマン。
そして抱き合っている僕らを冷たい目でさげすむように見ている彼女に抗議の声をあげるが。
振り払おうとしても男の方は僕から離れようとしないし、彼女も冷たい目でみることをやめてくれない――。
頭に来ることに、僕が抵抗をあきらめるとようやくこの2人は落ち着いてくれた。
時間はかかった――ここに時間の概念があるのなら、の話ではあるが。
「なにか言いたそうね」
「喜びを感じているんだろ。心が通じ合っているんだね、兄弟!」
「違う!――なんでここに君達だけがいるのかなって」
「どういう意味かしら?」
「だって……兄弟とは言うけど、君とは話したことすらないし。それに、君についてはその――」
「?」
「元、彼女?みたいな?」
「ワオ!彼女、兄弟の思い人さんだったのかい?」
「違うわよ」
ファーレンハイトの瞳が冷たく輝く。
「ヤリ捨てた上でブチ殺した女、よ」
「あんた、ひどい奴だな。兄弟」
「……」
さすがに今のは、傷ついた――。
「その、えっと……」
「まさか謝るつもり?怒らせたいの?君を容赦なく殺してゴメンって?」
「あー、いや」
「こんなのと寝たと思ったら、死にたくなるわ」
「……」
「冗談よ?笑えない?」
「キョーレツなんだね、兄弟の彼女さんは!」
会うだけで、これほど疲れるなんて。これが地獄か?
それともあいつらの新しい拷問なのだろうか?
「ファーレンハイトとイエローマン。で、他にはだれが?ここに誰も出てこないみたいだけど」
「そう。なら、それでもいいじゃない」
「?」
「僕ら3人の世界か、ロマンチックだな兄弟!」
「意味が、わからないよ」
途方に暮れて僕は道路の上に座り込む。
空は夜空がひろがり、町には街灯が道を照らし、立ち並ぶ建物はとても無機質だ。
「まだ、自分に意味を求めたいの?」
「っ!?」
「それでなにかが変わるとでも、信じている?」
「――正直に言うけど、全然思わない。もうすでに、かなりひどい」
「そうだよね、兄弟。わかるよ、兄弟」
「ありがとう……ところでその兄弟っての、やめてくれないかな?」
「嫌だ」
「嫌ですって」
「……はい」
ファーレンハイトは煙草を取り出して火をつけると、煙を吐き出した。
思わずその姿に刺激されて――同じようなしぐさを裸で僕の前でやった時を思い出してしまう。ちょっとクルものがあったが、知らないふりをし続ける。
「ハンコックの町は楽しかったでしょ?色々と楽しいことが一杯で」
「――メモリー・デンじゃ。そういうのはなかったけどね」
「誤魔化さないの、可愛くないわ。坊や」
「坊やって、言われるのも抵抗があるけど。だいたいそんな言い方、ふたりの時はしなかったじゃないか」
すると彼女は「あら」と初めて気が付いたふりをする。
なぜか近くの路上の上に、映写機で写したかのような過去の記憶が再生される。
あの車庫の中で、最後に彼女が僕を呼んだ時は「坊や」だった。
「――わかった、もういいです」
「素直な子は好き。それに、頼みも聞いてほしいのよ」
「頼み?」
「私はここにいるけれど、ハンコックの隣にはもういられない。彼は苦しい立場に追い詰められようとしている。誰かが彼を助けてくれないと、これから生き延びることは出来ないわ」
「――かもしれない」
「なら、わかるでしょ?助けてあげて、彼のことを」
「えー」
「不満?でも、彼は嫌いではないでしょう?」
「そこは彼にも事情があるさ、きっと」
「そんな態度ではダメ。あなたが友人のためにミニッツメンを復活させたように。今度もあなたの友人として、ハンコックを助けてあげて」
僕は――僕は正直に言うと、この頼みは別に聞いてもいいような気がしていた。
ハンコックは好きだ。色々と目をかけてもらったこともわかっている。
だがどうしても生前の彼女には聞けないことを、僕はここで彼女に聞くチャンスではないか。そう思ってしまった。
「なら条件があるんだ」
「なに?しゃぶる?」
「違う!――ハンコックとの関係について。元カレ?それとも――」
「敵だった」
「……それだけ?仲良しの握手だけで、彼の相棒に?」
「娘よ、あの男の」
「!?」
アキラは驚いた!
そして驚いた顔のまま、いきなりこの世界から消滅した。
現実は常に非情なものだ。この瞬間に彼は、ここに留まる時間が切れた。彼の中で生きることが出来なくなった2人は、そのことをすでに理解している。
「兄弟の彼女さん。次はいつ、ここに戻ってくると思う?」
「しらないわ、坊やの兄弟君」
イエローマンに答えながら、ファーレンハイトは襲ってくる睡魔にあがらうことも出来ず。闇の中へと静かに飲み込まれていく自分の感覚を味わっていた。
ここは彼の世界。彼自身の心象世界なのだ。
望めばいつでも帰ってくるし、新しい隣人だって連れても来るだろう。そしてその時までは、この世界と共に死者のように永い眠りの中へ戻らなくてはならない。
魂がないものの、これが宿めなのだから。
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起きたよ、との明るい女性の声がした。
自分は又も横になっているとそれでわかった。
あのグッドネイバーは、やはり僕の夢の中のものだったのか。
まだはっきりとはしないが、にゅっと人の顔が横からのぞき込んでくる。
寝台の上に設置されたライトがまぶしくて、相手が人ということくらいしかわからなかった。
「お目覚めだね。気分はどうかな?」
「喉が――なんか、フワフワしているような」
「ん、時間がたてばそれは大丈夫だ。ああっと、まだ起きないでくれ」
「わかりました」
「君には色々と話しておくことがあるが。まずは、彼女と話してもらった方がいいと思うのでね」
「彼女?」
「そうあの場所から君を救出してきた。君にとっては命の恩人、という奴かな」
「恩人――どこですか?」
いきなり視界の中に、ぴょこんと跳ねるように入ってきた女性が出てきた。
やはり顔はわからないが、ツインテールはオレンジの髪をまとめたものだというこおとはわかった。
「それは私です!そして自己紹介、Z星からの魔の手を打ち破るのは華麗に咲き誇る花、一輪。それが
「え、スーペリ?」
「分かってると思うけど、それはコードネームだからね。私の本名は未来の旦那様だけに、教えて差し上げたいの――」
「残念だが、これが君の恩人だ。20代半ばで、外見は割と美人に見えるかもしれないが。中身の方はとても残念なことになっている」
なんか、ノリがよくわからないせいで、自分がまだ悪夢の中に迷い込んでいるように思えてきた。
「その、コードネームというのは?」
「いいこと聞いてくれましたっ!」
「ああ、やっぱり君もそれを聞いちゃうのか……」
女性は喜び、男性の方は嘆いているようだった。
「ハブリス・コミックって知ってるよね?キャプテン・コスモスは私たちのヒーローだったの、あなたもそう思うでしょ?」
「えっと、すまない。そのコミックは読んだことがないんだ……あ、シュラウドの方なら何冊か――」
「あ、それは駄目。ピンチにいつもヒロインに助けられておきながら、礼の一つも述べない軟弱で最悪なマザコン野郎じゃない。
でもキャプテン・コスモスはいつだって自力でピンチをはねのけるんだから!」
「そ、そうなんだ」
「そうだよ、キャプテン・コスモスのほうが断然、カッコいいから!
よし、わかりましたよ。とりあえず私の部屋に来て、秘蔵のコレクションを読ませてあげる!」
「いいのかな?その――」
「もちろん!満足してもらえるはずだよ。第1シーズンは4話しかないけど。第2シーズンは24話、第3シーズンは全81話中73話まで揃っていて感動してもらえるはず!」
「楽しみだよ」
僕は運がきっといいのだと信じたい。
ひどく悪夢の連続を味わってきたせいで、平和にコミックなんかの話をしているこの状況が――逆にカオスに感じる。
「それで――どうして助けてくれたのかな?その、だいぶまずい状況に僕はいたはずなんだけど?」
「……あれ?今までそのことについて話してたじゃない。話してたよね?私」
「いや、コスモス。君は話してなんかいない。
君は君自身のことをひたすら僕の患者である彼にマシンガンのように叩きつけただけだ。弱っている病人に情け容赦なく言葉でハチの巣にする君を見て、改めてひどいと思ってたよ」
「そう……わかった、自己紹介はやり直しってことで」
リセットした、ということか?
この世界のルールがまったくわからない。
「私たちは遠くゼータ星から侵略してくる敵を倒すべく立ち上がったヒーローチーム。
今度こそ僕は白目をむいた。
(設定)
・何者でもなくなってしまった男
記憶はどこまで本物だ?豊富な知識はなぜ自分に与えられた?そもそもにして自分は人間であるのだろうか?
ここまで追い詰められた時、名前も、年齢も、意味は失われたかのように思えてくる。
・フライヤー
前回、スロッグのジェームズが立ち去る前後に、フライヤーは攻撃を受けていた。
アキラを管理するユニットとして、内部に位置情報を組織に向けて発信していたため。行動に異常を察した彼らに真っ先にターゲットにされ、そんな事態に陥ってしまったのだった。
・3人のトリガーマン
この後、仲良く3人でグッドネイバーに帰還予定の人たち。
ちなみに彼らになにがされたのか、知りたい人はウィル・ス〇ス主演の映画、MIB(メン・イン・ブラック)を見るとわかると思うよ。
・トラクタービーム
あなたは知っているかもしれない。10年ほど前、キャピタル・ウェイストランドと呼ばれる地で。
ある日、人間がひとり天に昇っていったとか……。
・キャプテン・コスモス
元はコミックキャラクターだが、やはり10年前。一人の少女が宇宙船の中でひとりの人間に称賛を込めてこの名でよんだ、という伝説があったりなかったり。
・シリーズ
アメコミにシーズン制が入ったのはつい最近のこととあなたは思っていませんか?
有名なDCコミックでは【〇〇クライシス】と銘打って、たびたび作品を崩壊させるほどの設定改変を強要・・・・(通信途絶)
・ヒーローチーム
それは日本の戦隊ものと違います。
ア〇ン〇ャーズとか、ジャ〇ティ〇リ〇グとか。あとはそうですね。先日公開されたガーディ〇ンズ・オブ・〇ャ〇ク〇ーなんかのことです。
正義のミカタではなく、正義の側に立つ存在をいいます。土地柄ですかね。