ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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Sloap (Akira)

 コズワースが「日課の散歩。いえ、見回りがありますので」そういって離れてくれて、僕はようやく落ち着くことができた。

 この廃れたサンクチュアリに置いていかれた。

 元軍人だったレオさんに恥じてばかりではいけない。自分も考え、なにかできるか考える必要がある。

 

 大木の根元に座り込み、苛立たしく土の雑草を引っこ抜きながら。ちらちらとこの元高級住宅街の成れの果てを見回した。

 

――町を再建するとしよう。お前はどうする?

 

 僕はなぜか、そう考えた。

 違う、それは正しくない。実際に、その手順と方法と。そして運営までを含めて、僕の脳裏には何が必要で。どれだけのことができるか計算していた。

 何を学んだのか、なにもわからないこの僕が。なぜそれが当然出来るなどと、考えてしまったのか――。

 

 だが焦っていたのだろう。

 僕は自分へのその違和感を見なかったふりをして、没頭した。

 

 

 しばらくしてコズワースはアキラを探しに戻ってきた。

 今日も、この廃墟に巣を作ろうと潜り込んだフロートフライという巨大なハエを数匹退治してきたのだ。だが、若い東洋人の姿はすでにそこにはなかった――。

 

 

=======

 

 

 レオがコンコードにいた集団をつれてサンクチュアリへと帰還したのは翌日の午後であった。

 集団はクインシーという海辺の町からレイダーに追われ、逃げ続けてきたらしいが。彼らは戻らずにこれからはこのサンクチュアリで暮らそうと考えているのだという。

 

「彼らの考えはわかりましたが、旦那様。ひとつ、どうしてもはっきりしたいことがあります」

「なんだ、コズワース」

「あの家の権利だけは、しっかりと主張しなくてはなりません」

「……」

「あの家はショーン坊ちゃん、奥様。そして旦那様の暮らした家なのです。そしてショーン坊ちゃんが帰るべき場所なのです。

 彼らがここで何をしてもかまいませんが。あそこだけは、権利をしっかりと主張していただきたいのです」

「そうだな、コズワース。ショーンのためにも、な」

 

 コンコードでは誘拐した犯人と、その目的。息子の行方はさっぱりわからなかった。

 こうして戻ってきて思うのは、自分はここから一刻も早く離れて探しに行かねばという思いが強く。この場所にはそれほど強い思い入れはすでになくなっていると考えていた。

 だがコズワースの言葉で、それだけではないのだということを強く主張されると、ちゃんと考えないといけないようだ。

 

「――ところでコズワース、アキラはどうした?一緒じゃないのか?」

「あっ」

「コズワース?」

「実は旦那様、大変申し上げにくいの――」

 

 レオはこの瞬間、背中に冷たい汗が流れるのを感じて思わず振り向きながら腰のホルスターに納められた銃に手をかける。

 そこにはいつの間にかアキラが立っていた。

 

「レオさん」

「アキラ?」

「戻ったんですね、お帰りなさい」

「う、うん――ただいま」

 

 あわてて警戒を解いたが、レオはわずかにあわてていた。

 出会ってからずっと不安に震え、怯えてこちらに依存するような姿勢をみせていた少年は。なぜかこの時は、年齢どおりの青年のような落ち着きを見せていた。

 その急激な彼の中の変化に、レオは面食らったのだ。

 

 

 

 レオさんは約束どおり戻ってきてくれたが、そこには見たことのない放浪者たちがオマケでくっついてきていた。どうやら、彼らはこのサンクチュアリに入植しようということらしい。

 

――予定通り、いい流れじゃないか

 

 僕はすばやく集団の人々を見て回る。

 老婆が一人、夫婦が一組、器用そうな男が一人。そして兵士、か。

 正直に言うと、あと4人ほどほしいところだが。文句を言ってもしょうがないだろう。出来ることから始めればいい。

 

 この廃墟を歩き、近場も歩いた。

 そして僕のこの頭の中には、計画が生まれつつある。だが、そのためにはまだ知らなくてはならないことがある。

 僕は兵士と話しこんでいる、レオさんの元へと向かった。

 

 

「ああ、プレストン。紹介する、彼は――アキラだ。私と同じVault居住者だった」

「よろしく、アキラ」

「はじめまして」

 

 手を差し出されたが、なぜか僕の体は一礼だけした。

 レオさんはそんな僕の態度に困惑し、ブレストンは苦笑しながら差し出した手を引っ込めた。

 なにかまずいことをしたか?

 

「ここからの往復で何があったのか、聞かせてください。レオさん、大至急で」

「大至急?」

「それと、プレストンさん――」

「プレストンでかまわないさ、アキラ。皆、そう呼んでいるから」

「では、プレストン。家を選んで、今夜の寝場所を作ってください。コズワースの話では、夜だと暗いし。人が動き回っていると、餌だと勘違いして巨大な虫がここに侵入してくるそうなので」

「ああ、了解した」

「いくつかランプもあります。場所が決まったら、日が暮れる前に受け取りに来てください」

「感謝する」

 

 プレストンが離れ、入植者達に連絡を伝えにいくと。僕はさっそくレオさんが見たもの、体験したもの全てを聞きたいともう一度繰り返した。

 

 

 翌朝、僕は日が昇る前に目が覚めた。

 体の芯から熱いものが静かにではあるが、はっきりと緩やかな高まりを昨夜から感じている。

 頭の中は異様なほどクリアで、自分が何をするのかをはっきりとさせていた。

 

「早いんだな、アキラ」

「おはようございます、レオさん」

「おはよう。眠れなかったのかい?」

「そんなことはないです――あの、ちょっと考えがありまして。聞いてもらえますか?」

「もちろん。だが、それは――」

「?」

「朝食の時に聞かせてもらおう」

 

 僕はまた空回りしてしまったようだ。

 顔を赤くさせて「そうですね、そうしましょう」とだけ答えた。

 

 

===========

 

 

 金槌が鉄をたたく小気味よい音がサンクチュアリにこだまする。

 数日前、廃墟だったこの場所は再び鼓動を始めようとしている。まだ、わずかに数人ではあるが。

 ここに穏やかな日常を過ごしたいと願う人々が、暮らしを始めようとしている。

 

 そして僕はふくれっ面で腐りかけた家具を解体していた。

 

 レオさんは話をちゃんと聞いてくれた。

 だが、説得まではできなかった。あまりにも僕の話が、具体性はあっても。実現は難しいと判断されてしまったのだ。

 僕は失敗してしまったのだ。

 

 出来る、口で言うのはたやすいが。それを認めさせ、信じさせることに、僕はまったく考えもしなかったのだ。そして実際、そう思われても仕方のない話ではあるのだ。

 彼がコンコードから一往復する間に、この場所で僕がやったことなど。妙にリアルな妄想をしていただけで、景色に変化はなかったのだから。

 

 

 そして僕は学ぶことが出来た。

 

(なんてコミュ力がないんだよ、僕のアホウ!)

 

 だが、嘆いて見せてもしょうがない。ここからは地道に信頼を積み上げていくしかないのだ。証明が必要だった。

 

 

 そのかわりに僕はレオさんに2つのことを了承してもらった。

 ひとつは今日中に、レオさんの自宅の整理をすること。これには理由があるのだが、あとでふれる。

 もうひとつは、コンコードに放り出してきたというパワーアーマーを、プレストンと共に回収しつつ。コンコードに転がっているガラクタを持ち帰ってほしいということ。

 

 レオさんはどちらも了承してくれた。

 今頃、あの人は僕たちの世界の最後の日から残された残骸を前に、気持ちを抑えてむかいあっているはずだ。

 

「スタージェス、いいですか?」

「アキラ、どうした?」

「終わったので次の作業の確認です」

 

 僕は笑顔を顔に貼り付け、この入植者に徹底的に張り付いていた。

 集団にはたいした奴はいなかった。技術に関して、話せそうなのはこいつくらいで。メソメソしているのとヒステリーを起こしている夫婦と、老婆はこのスタージェスの言葉であれば僕の指示でも従ってくれている。

 

 このスタージェス。

 エンジニア、というわけではないようだが。この男に自分を認めさせることが出来れば、レオさんとプレストンとかいう兵士の説得が、もう一度だけ出来るかもしれないとそう思ったのだ。

 

「手伝ってくれるならそうだな――まずはベットかな。夜は冷たい床の上で横になるのは、きついからね」

「わかりました」

 

 ベットね、なるほど。

 そんなものでいいのか?

 

 

==========

 

 

 体を動かしながら、始める前はもっと感情的になるとばかり思っていたことが。実はそんなことはなく、むしろ虚ろな心のままでも。作業は淡々と進めることが出来た。

 

 私は形が残っているものも、壊れかけたものも一緒に庭へと出して、並べていく。

 アキラの要望に従い、出来る限り、家の中はまっさらにしておきたかった。

 

――おはようございます、旦那様。いれたてのコーヒーです。

 

 ここに住んでいたあの家族の穏やかな朝はもう来ないのだ。

 もし、運命が私に味方をしてくれて。息子が――ショーンを取り戻せたとしても、ここには彼を愛したノーラが。母親はなく、妻を守れなかった元軍人というふがいない父親の私とコズワースしか残っていないのだ。

 

 もう流す涙はなかった。そして怒りもない。

 悔しくないわけではない。だが、手がかりもないのだ。息子がどこにいるのかも、なぜさらわれたのかも。いまだに何も、わかってはいない――。

 

「良くないね――。

 涙はかれても、怒りを溜め込んではいけないよ。それはあんたのためにはならないからね」

 

 家の――といっても、扉は先ほどはずしてしまったが――入り口に立つのは、一人の老婆であった。

 

「ママ・マーフィ?」

「コンコードで皆で震えていた時ね。わたしにはわかってたよ、あんたが来て助けてくれるってね。でも、なかなか話すチャンスがなかった」

「大騒ぎでしたから」

 

 ママ・マーフィはまだ庭に出していなかった室内の椅子にすわりながらうなづく。

 

「それに、この婆さんが薬漬けだと非難されているのを聞いたんだろ?そう、そのとおり。このマーフィ婆さんはジェット狂いで知られているのさ。とんでもないだろ?」

「……」

 

 ジェット――安価で大量生産が可能で、常習性のある薬物なのだそうだ。

 私の知らない薬物だが、これでも軍隊生活をながくやっていたのだ。あの中ではこの手の薬物との付き合いは絶対に避けられない。私自身、あの頃は”それなり”の楽しみ方をしていた経験がある。

 

「手を動かしておくれ。話は勝手に、こっちがするから」

「はぁ」

 

 いいながら動かない冷蔵庫の扉を力いっぱい蹴りつけた。

 

「プレストンに聞いているんだろ。このママ・マーフィ婆さんの力のことを」

「ええ―ーあなたのその”サイト”がなければ、ここまでとても逃げてはこれなかったと」

「死に物狂いだったんでね、あの若いのが。運命から必死に顔を背けようともがくから。プレストンは一途過ぎるんだ。だから助けてもやりたくなる」

「――そのようですね」

「いけない、こんな話をしたかったんじゃないの。駄目ね……」

 

 太陽の光が背後から差し、いっそうこの老婆の小さな体が縮んだような気がした。

 

「あのね。つまり私は知ってしまったのよ。あなたのこと」

「?」

「といっても、大したことじゃないの。あなたが氷の中に入る――あの見たこともないすばらしい世界で暮らしていて。そしてなにがおきて、どうやって出てきたのか。そこまでを私も見たわ」

「!?」

「よくわからないのだけれど、あなたは誰かを探したいと思っているのよね?」

「そうです。息子を!ショーンを。連れ去られたんです」

「そうなの――それは見てないの。でもわかるわ。だから、助言をしたいの」

 

 そういうとママ・マーフィはチラと窓の外を確認しつつ。服の袖から赤い薬品を引っ張り出してこちらに見せてきた。

 

「ここしばらくは毎日使ってたの。でも、そのせいでブレストンにここでは使うなって全部取り上げられちゃったのよ。で、これが最後の一本」

「ママ・マーフィ?」

「今からこれで、あなたの未来を少しだけ見てくるわ。それであなたの進みたい方向はみつかる。

 でもね、覚えておいてほしいの。

 このお婆ちゃんの力は、よいことも出来たけれど。それと同じくらいに。一杯、悪いことも起こったの。

 私の言葉を聞くということは、あなたにもそれが起こるということ。わかる?」

「どういうことです?」

「あなたのしたいと望んでいることは、もしかしたらもう希望はないかもしれないということよ。

 それでも、始めてしまえば止まることはできないわ。すべてが終わった時、あなたに幸せは残されてないかもしれない。真実っていうのはそういうこともある。

 それでも、あなたはこの”可能性”を手にしたいと思う?」

 

 脳裏に、あの最後の日に目に焼き付けた地上がフラッシュバックした。

 不吉なキノコ雲が上がり、衝撃が襲ってくる中。自分と家族だけは助かったのだと、Vaultの中へと進んだあの時を。

 そして、そして――。

 地上は破壊されたが、私の幸せも同じく破壊された。

 

 老婆への答えにためらいはなかった――。

 

 

 

 夕方、ようやく最後のショーンの揺りかごを庭へと出し。かつての我が家の大掃除は、ひと段落着いた。すると、町に面した川岸のあたりが騒がしいことに気がついた。

 声に誘われて向かった先には、プレストン、スタージェス。そしてアキラがいた。

 彼らはアキラを囲んでは「スゴイ、スゴイ」を連呼しているようだった。

 

「どうしたんだい?」

 

 声をかけると、さっそく興奮気味のスタージェスが説明を始める。

 

「やぁ!レオ。こんな優秀な若きデザイナーにしてクリエイター、建築家をなんでもっと早く教えてくれなかったんだい!?」

「え、え?」

「彼だよ、アキラだ」

「アキラが――なにをやったんだ?」

 

 相変わらず要領を得ることが出来ず、困惑する私にプレストンが答えをくれた。

 

「参ったよ。俺たちがこれから10日間かけて行う仕事を、彼が半日でやってしまったんだ」

「10日だって?」

「そうさ、最悪半月は覚悟していたっていうのにさ。すごいセンスだ!」

 

 どうやらスタージェスが生活のために必要だと言ったものを、次々と作り上げて見せたらしい。そこまではなんとかわかった。

 だが、アキラは笑みを浮かべてはいたものの。あの落ち着きのまま、応じていた。

 

「実はピップボーイの中に、こういった時のためのサバイバルガイドがあったのです。それに目を通していたおかげで、あまり苦労することはありませんでした」

 

 そういうと「コズワース!」と声を上げる。

 どこかで、懐かしい腹に響くエンジン音があたりに響くと、ブレストンたちが喜びに吼えた。

 

「これで水と電気の問題は解決です」

「アキラ……」

「やったな!これでロウソクの炎に不安を感じなくてすむ。文明の光ってやつを、目にする日も近いのかもしれないな」

 

 まさか記憶が戻ったのだろうか?

 彼はそんな様子は見せない。

 私はこの日、始めてこのVaultを共に飛び出したこの少年にある感情を抱く。

 

 驚いたことに、私はこの記憶を失ったという少年に薄気味の悪い、不気味なものを――そう、何か漠然とした不安のようなものを感じ始めていた。




(設定)
・ママ・マーフィ
薬物を使用することで未来や過去をみることができる特殊能力者。
老齢に加え、長く逃げ続け、衰弱してしまっている。

若い頃はこの力で大冒険をしていたらしく「マッド・マーフィ」などと呼ばれてたとか。
ちなみによぼよぼの今でも、ゲームでは素手でレイダーを平然と殴り殺している。死期が迫っているとしても、その本質はまさに狂犬のままである。

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