ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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次回投稿は明後日を予定。


笑顔 その2 (Akira)

 それは彼と彼女が丁度対決を終えた同時刻。

 

 夕闇の中にあるグッドネイバーの入り口が騒がしくなる。

 トリガーマンの呼び出しを受け、ハンコックはやれやれと部屋を出るが。そこにあのパワーアーマーをちらりと見えるとさすがに緊張が走る。あのB.O.S.がまた?まさかこの町に言いがかりでもつけに来たのか?

 

 だが、近づくとその心配がないことを知る。

 市長は驚かされたことに怒ることもできないと、呆れながら声をかけた。

 

「おいおい、マクレディじゃないか。なんだ、そんなパワーアーマーを――」

「ハンコック市長、あんたに話があるんだ!頼む、聞いてくれっ」

「ああ、わかるよ。この町に来る連中は皆、俺に――」

「あんたの護衛だ!今すぐファーレンハイトを止めてくれ!」

「……なんだと?」

「このままだと、マジでヤバいことになる」

「わかった――そいつを脱いで、俺の部屋にこい。話を聞いてやる」

 

 それだけ言うと、近くのトリガーマンに耳打ちする。

 市長の護衛の姿を求め、すぐにも町の中を彼らは探すが。当然のようにいるはずもなかった。

 ここから一気に事態は深刻化していくのである――。

 

 

 夜が深まっていくと、次第に状況がはっきりとしてきた。

 マクレディはハンコックに、あの女にはしてやられたのだと、いきなり結論から口にした。

 彼女は、ファーレンハイトは最初から何者かに誘拐されたアキラのことをずっと探っていた。

 

 どうやら”鼻なしボッビ。”の動きを探る中で、そのことに気が付いたらしい。

 ボッビから情報を得ようとしていた記者のソニーを密かに追い。同時にマクレディを焚きつけてアキラの捜索に乗り出させた。

 

 だが、ここから理解しがたい行動をファーレンハイトは始める。

 ソニーをようやく捕らえて尋問し、情報を手に入れる。だが、彼女はそこでなにも行動をしなくなった。

 大事な駒であるはずのソニーも解放し、ボッビがダイアモンドシティで準備を静かに進めていくことを黙って見ていた――。

 

「ソニーはどうした?どこにいる?」

「殴ったよ。そのあとは知らない、あの野郎を引きずってここに戻って来るのは骨を折ることになるだろうしな。そんな暇はなかったぜ」

「ファヴはなにを知った?何をしようとしている?」

「最初の質問は正直にいうとわからない、だが。最後の質問なら答えられる。あんたの護衛、あの阿呆と殺し合いをするつもりだろうってことだ」

「……」

「どう思う?俺は間違っていると思うか?」

 

 ハンコックはそれには答えず、部下に顔を向けると小さな声で「俺の金庫に人を送ってくれ」とだけ告げる。

 護衛が何を考えていたのか、それはハンコックといえども正確なところはわからないが。そこにボッビが絡んでいるというならば、心当たりはあった。

 

「さて、マクレディ。お前はその大切な情報を、わざわざこの町で最も愛されている俺に知らせてくれた。その理由はなんだ?」

「わかるだろ、市長。あんたの護衛は間違いなくイカレてるってことさ。俺はそんな女が、俺の依頼人でもあるボスとの決闘騒ぎを止めたいんだよ」

「勝敗は気にならないのか?」

「ヤロウと女の一本勝負だって?冗談はやめてくれ。アンタや俺が知っているボスが素直に死んでくれるなら、この話は笑い話くらいにはなるだろうがよ。俺が知る限りそんなわけがない。

 むしろあんたの護衛がくたばった時のことを考えて、ビビっているのさ」

「フフン、そうだろうな」

 

 ミニッツメンの将軍がこのグッドネイバーの扉を叩いたあたりから、確かに彼の護衛は沈黙することが多くなった。

 てっきり愛でていた男のことで鬱屈したものを抱えているのかと思っていたが。どうやらそれだけでは済まなくなったのかもしれない――。

 

 

 それからしばらくして、トリガーマンたちはようやく市長の護衛、ファーレンハイトを見つけることが出来た。

 ハンコックの秘密の金庫室の中。

 連れ出した2人のトリガーマンは容赦なく顔面を破壊され、逆にファーレンハイトは的確に急所を貫かれ、綺麗な顔のまま死体となっていた――。

 

 マクレディもキュリーも、真っ青になっていた。

 ロボットであってもエイダは無口になっていた。

 ハンコックは、表面上にはなにも変化はなかったが。それだけに口を開くと周りはそれだけで震えが走る――。

 

「マクレディよ、賭けをしておくんだったよな。お前はたんまりとキャップを稼ぐ機会を逃したみたいだ」

「ハ、ハンコック市長――」

「いや、やめろ!今の俺は下手をしたら愛される市長ではいられないかもしれん。だから口を閉じろ」

「……」

「この騒ぎは止められない。噂はすぐに連邦へと広まるだろう」

 

 ハンコックはそうつぶやくと、顎に手をやって悩むそぶりを見せるが。身体から醸し出す雰囲気は明らかに修羅場に立つ時のそれである。この男が彼の街で、これほど恐ろしい顔を見せるのは、本当に久しぶりのことであった。

 

「おい!死体はいつ見れる?」

「動かしていいんですかい?見に来られるのではないかと、現場はそのまま残していますが」

「そうか、よくやった……なら、直接そこを見た奴はここにいるか?」

「自分がそうです。確認して、すぐにここへ知らせに」

「本当か?それなら聞くが、殺された奴はどんな風に殺られていた?」

「トリガーマン2人は耐熱スーツを着ていました。そのせいでスーツの外をのぞく部分をやられて。つまり顔面にそれぞれ数発ずつ、即死です」

「耐熱スーツだって?」

「ええ、姐さんは奴らに火炎放射器を使わせたようで――」

(俺の金庫の中で、あいつが火を使っただって?)

 

 確かにイカレてる。

 あそこには重要なものが山とあったのに、それを燃やす危険をわざわざ犯してあいつは火を使ったというのか?

 ここでハンコックは一瞬、マクレディたちの方を見た気がした。

 

「他には?」

「ファーレンハイトは頭部に一発、ですがこれは致命傷ではなかったようです。首筋を撃ちぬかれて、破壊され。失血によるショック死じゃないかと――それとですね」

「?」

「……てました」

「わかった。それでいい、とりあえず今から24時間は現場はそのままにしておけ」

「――わかりました。それでいいんですね?」

「ああ。気が変わったら指示を出す」

 

 そう言うとトリガーマンに外に行けと手をひらひらと宙を泳がせてみせた。

 

「さて、アキラの愉快な仲間たち」

「――笑えないぜ、市長」

「その方がいい、お前の白い歯を見せてみろ。俺が全部引っこ抜いてやる――いや、今のは忘れろ。

 それより、たった今からお前たちは72時間、俺のゲストにしてやる」

「なに?客だって?」

「そうだ。この町で最高のホテルに部屋を取ってやる。ついでに町の中を好きに見回ってくれても、楽しんでも構わない。だが――」

「外には出るな、か」

「いや、それだけじゃ足らないな。俺を怒らせることはなにもするな、これが重要だ」

 

 マクレディは人造人間であるキュリーを見た。

 ここでハンコックに従わない、という選択肢はない。それにこの町の住人達は人造人間だけは嫌っている。ここでキュリーの正体が知られることは避けねばならない――自分にも火の粉が飛ぶ。

 

「ひとつ質問を」

「なんだ?」

「あんたは約束を守る男のはずだ。だから聞くんだが、その3日間をおとなしくしていたら。俺達は自由にしていい、そういうことか?」

 

 ハンコックは頷いた。

 レイダーの思考で言えば、仲間が殺されればそいつの家族、友人、飼い犬までかまわずにぶっ殺せ。そう口にするだろうが、それはハンコックの流儀ではない。

 

「約束する。お前達がおとなしく俺の客をやってくれれば。数日後にはむしろ出て行ってくれとクソッタレな尻を蹴飛ばしてここから追い出してやるよ」

「……いい子にしているよ」

 

 マクレディは機械たちがおかしなことを口にする前に、返事をする。

 やれることはやったのだ。もう、自分たちが出来ることはほとんど残っていない。

 

 

==========

 

 

――ハンコックが出し抜かれ、隠し金庫を破られた。

 

 この噂は瞬く間にグッドネイバー中に広まった。

 誰の口であってもそれを止めることは出来ず、普段ならばハンコック市長を敬愛している連中であっても。この噂の痛快さには思わず口元を緩ませ、ついにして時代は変わるのかもしれないと早くもグッドネイバーの終焉を脳裏に思い描こうとする奴もいた。

 

 だが、ハンコックは現場を凍結し、マクレディ達をホテルに押し込めると。

 それ以上は何も手を打とうとはしなかった。

 市長の部屋を出ると、町の門の正面に立ち。そこで無言のままずっと煙草を吸って何かを待っているようであった。

 

 

 トリガーマンたちはそんな自分たちのボスが理解できず、首をひねっていた。

 仲間が殺されたのだ。すぐにでも報復に打って出て、鼻なしのボッビの一味の首に賞金をかけ。間抜けにも飛び込んできたアキラとかいうクソ野郎の友人共を皆の前で八つ裂きにしてみせればいいのに。

 だが、それ以上のことでもあるのだろうか?

 

 無言のまま、立っているだけのハンコックの背中にはそうした住人達の好奇の視線が束になって突き刺さっている――。

 

 

 次に市長に動きが生まれるのは、夜が終わった明け方近くであった。

 扉の向こうに足音が聞こえると迷うことなくひとりの人物が、そこをくぐって姿を現したのだ。

 

 黄色のコート、ビジネススーツに、帽子。そして口元には表情を隠したいのか星条旗柄のバンダナが。間違えるはずもない、あのイエローマン――アキラがそこに姿を現していたのである。

 

「まさか、本当にこの町に戻ってくるとは思わなかった」

「……」

「では聞かせてもらおうか。なんで盗もうと思った?俺の物を」

「――目の前にあったから」

「なるほど、それはわかりやすい。そしてそれが本当であればと思う。お前が間抜けにも、あのボッビの奴に騙されたんじゃなければ、な」

「……」

「間違った決断を下したな。

 俺の隠し金庫は、これまで誰にも盗まれたことなんてなかった。まったく、この町でもいい笑いものになっているよ。町のそこかしこで皆が楽しそうに、このことを話しているのさ。

 だが否定はできない。

 するつもりもない、事実だと認めなくちゃならない。俺の物がお前とボッビに盗まれたんだってな」

「盗んだものを返せ、そういうことか?」

 

 アキラはそう問いかけるが、ハンコックは会話をするつもりはないようだ。

 自分の話だけを続けていく。

 

「お前たちが俺の金を盗んだというだけなら。ボコボコにして、骨の数本を引っこ抜いて、盗んだものをそっくり返してくれるだけで、俺は勘弁してやっただろう。

 だが、お前はファーレンハイトを。俺の護衛と部下を殺した――血が流れ、命が失われた」

「……」

「あるべきものを元に戻して、それで水に流しましょうとはできなくなった。お前とボッビには、血であがなってもらわなきゃならない」

「どうすればいい?」

 

 アキラが聞くと、今度はハンコックは無口になった。

 相手の反応に違和感を持っているからだ。

 敵対しておきながら、ノコノコ自分の方から顔を出し。仲良しでもないのだろうが、それにしたって仲間を平然と売る――いや、まるで仲間に銃を向ける理由を手に入れるためのここにいるような。まさに奇妙な感覚だ。

 

 だからわざとハンコックは焦らすことにする。

 

「死刑の宣告をする前に、少し話をしようか。お前とはそういえば、しばらく話していない」

「――好きにしろ」

「どうしてここに戻った?俺がここで待ち構えていると、わかっていたのか?」

「フン、そこまであんたを知ってはいない」

「それを聞いて満足だ。

 俺がここにいることで、俺はお前を少しは驚かせたというわけか」

「否定はしない」

 

 相手の余裕がいい加減、鼻についてきた。

 ハンコックはここで揺さぶりを試みることにした。

 

「マクレディと自分をキュリーと名乗る女、それに見たことのあるアサルトロンを俺は押さえている。

 お前のやったことに激怒している俺は、彼らをどうしたらいいと思う?」

「俺の友人達だ。あとはあんたが好きに決めろ。そうすれば俺のターンが来る」

「ルールのある復讐の連鎖ゲームというわけか。その口ぶりじゃ、このグッドネイバーを炎の中に沈めると言い出しかねないな」

「……」

「最後の質問だ。お前はアイツを――ファーレンハイトを殺した。

 だが、様子を見に行った部下の話では出血性のショック死だろうと言っていた。つまり、即死ではなかった」

「――それがなんだ?」

「最後に彼女と何を話した?」

「あんたに言うつもりはない」

 

 どちらが先かはわからないが、互いにフンと音を立てて鼻を鳴らす。

 

「今、ここで1.000キャップを払え、それですべて許してやる」

「――持ち合わせはない。他にないのか?」

「おいおい、俺の金庫を破っておいてそれも払えないとはどういうことだ?」

「まだキャップにしていないだけだ。時間がかかる」

「そうかい、そうかい。そういうことなら、ボッビを追って行って。あいつの喉をナイフで切り裂いてもらうしかないだろうな」

 

 アキラは無言で頷くと、勢いよく市長に背中を向ける。

 ハンコックは一瞬呆れたが、慌てて声をかけた。

 

「おい、待てよ!お前、俺がお前のロボット――あのエイダとかいうのを調べなかったと本気で思っているのか?」

 

 アキラは背中を向けたまま。だが動きは凍り付いたかのように止まっていた。

 

「あれはちょっとした移動式の金庫だったな。大量のキャップを詰めた袋をいくつ持っていたと思う?あいつら、律義にもお前のものだからと手を付けなかったようだぞ」

「そんなものは知らない」

「なら思い出せ。そしてお前も認めろ、自分がどんな馬鹿をやっているのかってな」

「――バカ?」

 

 表情は隠せても、鋭い眼光は決して誤魔化すことは出来ない。

 輝くその目は、もはや臨んだものを手にしたと喜び。そして狂っていた。

 

「もういい。ボッビはさらに大きな儲けを手にしようと動いているはずだ。ほら、早く行け!」

 

 次の瞬間には、アキラの姿は町の中になく。入口は乱暴に閉じられた。

 ハンコックは新しい煙草を取り出して火をつけると、大きく息を吐き出した。

 

「若いくせに、馬鹿をやるのにもっと素直に欲望を満喫できないものかね。ベットの中で愛をささやきあえば、何度だって天国をお互いが味わえるし、楽しめるのに――不器用とかいう話じゃないぞ」

 

 首を横にふると、ハンコックはようやく自身の部屋へと戻っていく。

 ひと眠りする前に、保存したままの現場をこれから見に行くつもりであった。

 

 

 夜明け前のグッドネイバーは、もんでの市長と犯人による肩透かしを見せられて、ようやく眠りにつこうとしていた。

 彼らには全く理解できない状況が目の前で繰り広げられ、どちらも血を流すことなくなにやら話し合いだけで終わってしまったと、彼らはそう考えていた。

 あのハンコックもついに終わりか――。一応はそうつぶやくが、それが現実になるとはまだなぜか想像できない。

 

 

 実際、彼らの目の前で何が合意されたのかを皆が知るにはあと数日の時間が必要であった。だがその惨劇を耳にする前に、ダイアモンドシティから刺激的な情報が飛び込んでくる。

 

 ハングマンズ・アリーのミニッツメンが、ついにレイダーたちとの交戦に入ったのだ――。

 

 

==========

 

 

 ハンコックが自身の隠し金庫に来ると、さっそく死者達と対面を果たした。

 顔面を破壊されたトリガーマンたちはさっさと運び出させたが、ファーレンハイトの遺体はそれにすぐ続くことはなかった。

 

「なぁ、こいつは最初からこのままか?」

「――はい、来た時からずっとこうでした。脈を確認するために触りはしましたが、動かしてはいません」

「そうか」

 

 ハンコックは腰を下ろした。

 金庫代わりに使っていた車両にもたれかかる様にして、眠るように彼女は座らされていた。これは明らかに、殺害した者からのなんらかの想いがこうさせているのだとわかった。

 

「しょうのない小娘め」

 

 もの言わない相棒に、市長は最後の別れを告げる――。

 

 

 ここで時間は大きく巻き戻してみよう。

 

 ボッビは周囲の騒ぎが終わったのだとわかると、目を輝かせて金庫の役目を背負わされた車両の中へと一番に飛び込んでいった。

 

「やった!これよ、これが見たかったの――」

 

 中で彼女が手にするのはハンコックの資産。だが、それは彼の利権構造をいかに張り巡らせたかという、その一部始終が記載されている証拠となりえるものだった。

 

「きっとここにあると思っていた。これはハンコックの犯罪を証明できる証拠――これであいつもオシマイよ」

「なんとかうまくいって、俺達にまだ命があることだけでもうれしいよ」

 

 メルが後ろから声をかけるが、ボッビは聞いていないようだった。

 

「報酬はあるんだから、もう泣き言はやめなさい。この仕事をうまくやり遂げるには、あんたたちの力が必要だった」

「な、なぁ。終わったんだよ――だから、やめないか。おい、ボッビ!」

 

 メルが泣き言をやめて、いきなり懇願を始めたので。違和感からボッビは車両の外へと視線をやる。

 そこで冷酷に輝く殺意に満ちた視線をボッビの背中に向ける。ピタリと頭部へと狙いを定めた10ミリピストルを構えたイエローマンの姿があった――。

 

 

==========

 

 

 グッドネイバーを離れ、バンカーヒルへと向かう道の途中で、アキラはフライヤーの背に乗ろうとしていた。

 フライヤーは何事か抗議をしているらしく、ずっとなにごとか騒いでいるようではあるが。アキラはそれをまったく気にしていないようであった。

 

「……この仕事はまだ終わっていない」

「――!」

「任務は続ける。邪魔しかできないというなら、お前とはここまでだ」

 

 冷酷な言葉に抵抗することが無意味と察したのか、フライヤーはついに沈黙した。

 

「ボッビを追う。どこに向かったのか、当然わかるよな?」

「――」

「よくやった。おかげでこの仕事もすぐに終わるだろう」

 

 言いながらピップボーイのコネクターをフライヤーへと接続する。

 ボッビは現在、バンカーヒルに向かっている。だが、そこからすぐに次の場所へと移動することは予想している。

 

(”鼻なしのボッビ”、お前は俺に嘘をついたな)

 

 

 

「”鼻なしのボッビ”お前は俺達に言うべきことがあるだろう?」

 

 殺意みなぎるイエローマンは、それでも一応は車内に立つボッビに話しかけた。

 

「嘘のことを怒っているの?悪かったわね。

 でも、少しは考えてみたらわかることじゃない。あのハンコックは市長とか自称していて、皆が大好きか、恐れているのよ。彼のものを盗むどころか、殺し屋を送りたいと言ったら。誰もこっちの相手なんかしてくれない」

「メル、言ってやれ」

「――だがな、ボッビ。これで俺達はハンコックに命を狙われる羽目になった。どうすりゃいいんだよ?」

「まだ泣き言?あんたもメルと同じように、メソメソしているってわけ?」

「この状況にお前はどう、俺達に言い訳するのか聞きたいわけじゃない。”どうしてくれる”のかを聞かせろ」

 

 ボッビは黙り込んだ。元から扱いにくい奴ではあったが、賢いことはわかっていた。

 そして今はボッビ自身のペナルティーを問いただしている。

 

 まだ引き金に力が入っていないのは、余裕や脅しなどでは決してない。

 許せると思える瞬間が来るかどうかを、不愉快なシーソーゲームとしてこの黄色の男は楽しんでいるだけなのだ。

 

 ここでつまらない時間稼ぎなど望めば、たちまちにして死体にされ。この2人は殺したばかりのボッビを抱え、ハンコックのところへ駆け込むだろう。

 

「私もこの計画のリーダーとして、多くの出費を担ってきたの。だからすべては渡せない――この紙の束だけもらっていくわ。残りはあんたたちの好きにして頂戴」

 

 そういうと書類の入った箱だけを重ねてひとりで抱えると、その場からさっさと退散していってしまった。

 

「ボッビ、行っちまったんだな」

「メル」

「あ?なんだい?」

「ここで長居は出来ない。バッグに急いでまとめろ」

「そ、そうだな。わかった、任せてくれよ」

 

 欄干から落ちたファーレンハイトは、まだそこで大字になってもう動く様子はない。

 数分とかからずにメルは4つのスポーツバッグにキャップになりそうなものすべてを詰めて、外に出てきた。

 

「これが持ち出せる全部だ。なかなかの儲けは出ていると思うけど、ハンコックほどの男にしたら、それほどではないかも」

「資産を貯めこむことは利益ではない。常に動かせる必要がある」

「――えっと、それはほかにも金庫があるって意味かい?」

 

 アキラはメルのその問いには答えなかった。

 

「半分でいい。お前も先に行け」

「そりゃ――あ、ありがとう。あのさ、おかしな話だけど。

 お互いこの先でどうなるかわからないけれど、機会があるならまた一緒に組みたいと思ってる。これ、忘れないでくれよな」

 

 言いたいことだけ言うと、メルもバッグを2つ両腕に下げてすぐにこの場から立ち去っていく。

 それを確認してから、イエローマンは――アキラはついにファーレンハイトのそばへと近づいていく。

 

 目を見開いたまま、ピクリとも動かず。首からの出血はひどく、胸は呼吸していないようで動く気配はない。

 それでもアキラは腰を下ろすと、軽々と彼女の体を抱え上げて見せた。

 

 その瞬間、幽鬼のごとくゆらりと死者だと思われた相手の手が動き。そこには銀に輝く刃が、アキラの首元へと突きつけられる。

 

「まったく、つまらない感傷でこんなオチをつけて欲しくはなかったわ」

 

 顔をわずかに上げ、紫にまで変色した彼女の美貌は凄烈としか言いようのない迫力があった。

 だが、アキラはそれに気にするでもなく。一瞬こそ動きを止めたが、そのあとは自分が思う通り。危険な敵を抱き上げたまま、車庫の中を歩き始めた。

 

 口元には余裕ともとれる笑みがあるが、視線は怪しく。そもそもにして彼女はアキラの姿を捕らえてはいなかった。

 それでも突き付けた刃はわずかに力を籠めれば皮膚を突き破って血を流し、さらに刃を動かせばそれで自分と同じく致命傷となるはずである。

 

 アキラは車輪の前に彼女をおろすと、そこから余裕をもって刃物を彼女の手から取り上げる。

 なぜかそうすると彼女は笑った。

 

「ありがとう――本当は目も見えてないの。震える指でうっかり刺してしまったら、それこそハンコックに笑われる。お互い文句が言えなくなったわね」

 

 すでに決着はついていた。

 ファーレンハイトはハンコックの護衛としての役目から、ボッビに騙されようとしたアキラの前に立ちふさがり。アキラは任務と――はまり込んでしまった状況から、引き返すことは考えなかった。

 この悲劇……それはわからないが、このわずかに許された2人きりのボーナスタイムに、先ほどの勝負の遺恨を入り込ませるつもりは両方になかった。

 

 ファーレンハイトの目が見えないように、アキラの様子もまた、おかしくなっているように見えた。

 目は彼女の姿に注力こそしていないが、何かの葛藤を感じているらしく。彼の無言の中に多くの混乱が生じているようにも思われた。

 

「アキラ――」

「……」

「あいつらに何をされたの?」

「――わからない」

 

 ファーレンハイトの小さく揺れる腕が伸びてくると、星条旗柄のバンダナを首元にずらして頬に手を置いてきた。

 冷たい手であった。死者になろうとしている、今の彼女の手だ。

 

「ソニーとボッビにもっと早く対処していれば。お互いもっと楽しい思い出もつくれたはずなのに」

「……わからない」

「大丈夫、ボスはわかってくれる。あなたはこうなると、知らなかったはず。

 でもこうなったとしても、ハンコックはあなたが悪党だとわかって喜ぶわ。正しい判断は、しなかったとしてもね。ひどい奴――」

 

 アキラは自然にその手を両手で包み込む。まるでそれで、彼の生命力を分け与え、この時間を少しでも伸ばそうとでもいうように。

 

「ファーレンハイト――」

「謝らないでよ。今からあなたを殺す苦労はもうしたくないの。

 別にいいわ、こんな終わり方であっても」

「……」

「ハンコックが好きなの。皆がそうだった。

 でもそいつら、結局はハンコックの敵に回ってしまう。同じベットでわずかの間は楽しんだ。でも銃を持つと、なぜかそいつらはいつだって反対側。いつもそう」

「俺もそうなった」

「違う。でも君にはそうなってほしくなかった。そうなってほしくなかったんだけどな……」

 

 ファーレンハイトの細い指がアキラの口腔に入り込んでいく。

 腕を伸ばすのに苦労させまいと、アキラはその手を唇の力で支えると。笑みを浮かべた彼女と指は、小さな動きをそこで止まらない。

 

 だがそれもしばらくの間のことだった。

 小さく、慌ただしい呼吸が始まると。すでに指は動きを止め、アキラの顎がその指を軽く挟んでそこから逃さないようにしていた。

 そうしてついに彼女に死が訪れ、しかしアキラに悲しみはなかった。

 

 視線を動かす。

 あらぬ方を見つめながらも、笑みをたたえたまま時が止まった彼女が目の前にいる。

 美しい、ただそう思った。

 そして手を伸ばし、瞼を落とすと。そこで初めて己の歯に力を込めた――。

 

 彼女の腕はようやく重力に従い、アキラの口腔内には千切れた中指だけが残された。

 立ち上がり、バックを自分も両腕に抱えるともう振り向くことはしなかった。

 

 外に出て、口の中で弄ぶ最後の感触に別れを告げようと、彼女の一部を嚥下する。

 喉がごくりと音を立て、そのあまりの禍々しい音に。自分は悪魔のようだとアキラは感じていた――。

 

 

==========

 

 

 その日の朝、ダイアモンドシティのパブリック・オカレンシアでは。

 発行人である姉妹の妹、ナットが混乱と恐怖に叩きのめされていた。

 

 目が覚めると、いつも彼女の姉が仕事に使う机の前にバックが2つ。見たことのないのがなぜか置いてあった。

 恐る恐る中を確認すると、キャップになりそうなガラクタがびっしりと詰まっているのである。

 

 だが、彼女が怯えたのはそれではない。

 机の上にあるターミナルに電源が入れられ、そこにこれをこっそりと運び込んだと思われる侵入者からのメッセージがしっかりと書き込まれていたからだ。

 

――取りに行くまで預かってほしい。必要なら、あらゆる手を使ってくれて構わない。

 

(誰だヨっ!?)

 

 メッセージの主の名前は記されてはいなかったが、何となくはわかってしまったような気はした。

 荷物の中には、星条旗柄のバンダナが混ざっていた。

 

 それで思い出したのだ、先日のあの遭遇のことを。

 アキラ――Vault111から出てきたもう一人の若者は、いったいどこからこれを持ち込んで。なぜ自分に合うことなく立ち去ったのか。気にはなったが、今のナットに答えはとても出そうにはなかった。




(設定)
・パワーアーマー
この時、マクレディらはT-60(ガンナー仕様)、T-51(レールロード仕様)を装着していました。

・ソニーはどうした?
哀れなソニーは、グリーントップ菜園からも逃亡しています。
ハンコックとボッビ、その争いに自ら巻き込まれ。ハンコックになんとか自分を助けるように訴えようとしましたが。その仲介をマクレディは断った、という話しです。

・ナット
彼女はこれをさっさとキャップに変えて”ある事”に使ってしまうのだが。
それについては、この先の物語で触れると思われる。

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