次回は2日以内に投稿を予定。
どうすればこの男を――レオをB.O.S.にふさわしい兵士に訓練できるか。そのためにどうやって導くか、それがパラディン・ダンスの今の任務である。
出会いの時の印象は強烈で、だからこそやりがいのある任務に違いないと想像だけはしていた。
だが、そんな自分がどうしようもない甘い目算を立てていたのではと。すでに自信が荒い目のヤスリでガリガリとひっかくように強い決意が削り取られていく。それを心の中で感じている。
そもそもにして本隊からは到底果たせないであろう任務を押し付けられたわけだが。
この男は見事に部隊をひとつ、本隊に死者が出る前に戻してみせた。連邦の恐ろしさを肌で知っているダンスにとってそれがどれだけ凄いことなのか、わかっていた。
認めたくはないが――すでにこの男の能力はあきらかに兵士として高いレベルで完成している。
なのに兵士として当然もってしかるべき、任務への熱意や忠誠心の方向が滅茶苦茶になっている。B.O.S.への忠義一筋の彼には理解しがたい、奇妙な存在だった。
例えるならそれは兵士らしからぬ器用な戦闘ロボット――。
ああ、そうだ。それこそあの人にまぎれて人を演じる、人造人間のように見えてしまう時すらある。
そんなレオが、たまたま居住地で受信した軍用の救助ビーコンにやけにこだわった理由をダンスは図りかねていたし、困惑もしていた。
レオ、なぜお前は与えられた任務に集中しようとしないんだ?と。
そうしていながらも実は不安を覚え、期待もしている自分がいる。
彼は間違っているはずだ。兵士であることを学んだ私はそう考える。なのに今回も、私は間違え。彼が正しい。そんな結果がまた繰り広げられるのかもしれない。
信じられないことばかり、やはりこの連邦は呪われている。
いや、私が呪われているのか?
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あの冷凍装置の並ぶVaultの底から這い出してきた私に、確信のようなものは常になかった。これは断言できる。
ただ、この滅茶苦茶な世界に出てきた後で。
怪しげな老婆の口にした未来を本物のものとしたくて、手元に引き寄せたくて。それを信じてずっと心の命じるままに行動してきた。
だから私がここにいるのも、同じ理由だ。
B.O.S.へと潜入し、彼らの力を借りてショーンのいるインスティチュートへと辿り着いてみせる。
這いよる絶望にとらわれようとしていた私は、そう考えて再び立ち上がったのだ。
そして今回も勝った。危険な霧の中をその一心を念じて歩き続け、霧が晴れた時。そこはあの警察署の前に立っていた。
あの予言はこんな八方塞の今もまだ続いているのだ、きっと。
そして私の勘は今回、思いもよらない別のものを連邦から掘り起こしてしまう――。
『……出血がどうしても止められない。動脈を、やってしまったんだと思う。今は適切な治療は望めないから、自分はここで終わりなんだろう。冷静になろうと勤めているが――複雑な感情があって、難しいよな。
だからこうして仲間に、パラディン・ブランディスにメッセージを残す。
運よく彼がここに戻ってこれたとしても。たぶんその時にはもう、自分は死んでいるだろう……』
居住地の人々の話では、そこは昔からガンナーと呼ばれている傭兵とスーパーミュータント、たまにレイダーが取り合いをしていたのだそうだ。その場所の名前はリビア衛星アレイ。
私とダンスはそこに居座っていたスーパーミュータントをかなりの激戦の末に排除することに成功した。
簡単なことではなかったが、戦意旺盛なあいつらはこちらを見ると飛び出してきてくれたし。殺し合いは好きではないが、やつらを相手にするならば、それが必要だと私はすでにボストンコモンで学んでいた。
時間はそれでもかかったし、パワーアーマーは傷だらけにされたが。最後は巨大なアンテナの上で西部劇よろしく殴りあいの末、腰にタックルを決めると緑の大男と一緒にそのまま地上へと飛び降りてやった。
子供の頃、くだらない遊びでゴム風船に水を入れて高所から固いコンクリートの道端に向けて放り投げた経験はないだろうか?
スーパーミュータントの力は人間を凌駕しているが、しかし肉体のおおまかなつくりまで変わるわけじゃない。
つまり風船でおきることは人間でもおきうるし。人間でおきることなら、そりゃスーパーミュータントでも起こりうることなのだ。
わかってもらえただろうか?
ああ、ちなみに私はもうあんなことは絶対にやらないと今回の経験から心に誓った。
すべてが終わると早速2人で現地の調査に入る。
問題の電波は、そこで半分ミイラ化したB.O.S.の偵察兵が大事そうに抱えた装置から発信されていた。そしてまだ生前だったころに本人が残していたらしい、このホロテープがダンスの顔色を真っ青に変える。
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差し出されたのは満面の笑みと、握手。
「これはようこそいらっしゃった。私がこの町の市長、マクドナウといいます」
「ありがとう。私はミニッツメンのマクナマスです。ミッキーと呼んでください」
市長の秘書とかいう、これまた若くて美しい女性が応接室に入ってくると「お茶をどうぞ」と言い、市長は待ってましたとばかりに「これは紅茶です。特別なときに、特別なお客様にだすものでしてね。よく、味わってみてください」と得意そうに続けた。
片方の眉が持ち上がっただけでそれ以上は表情に出さなかったが、その言い方には嫌味なものを感じた。
ミッキーはこの町の評価を図りかねている――。
プレストンが私に、最初の支部長としてボストンにむかってほしいと頼まれた時。
繰り返し言われたことが、まだ会ったこともない将軍と彼からの「ダイアモンドシティは気をつけろ」という強い忠告があった。
連邦の誰もが夢見る、暮らしたい町の市長になぜそんなことを?
ミッキーは素直にそれを受け取りはしたが、その思いは強く。先日プレストンのメッセージを伝えるべく呼び出した将軍とやらの友人たちにもこっそりと意見を求めた。町の住人であるパイパー・ライト女史と探偵のニック・バレンタインのことだ。
「市長の人柄だぁ~?」
「……さて、どう答えたらいいものか」
気になったのは、両者ともすぐには答えてはくれなかったということか。
「ニックぅ、どう答えたらいい?」
「悪いが、俺はこの問題はパスさせてもらう」
「ちょっと!?逃げないでよ」
「ミニッツメンが求めているのは、我等の敬愛する市長殿の正しい評価だろう?誘拐された間抜けな探偵がイジり倒している市長のことじゃない」
「うーん」
悩んだ彼女が選んだ言葉が「皆が選んだ、口先だけの糞市長」だった。
彼らの中で市長の人物評価に罵声はついて離れられないものらしいとは理解した――そのはずだったのだが。
「本当に喜ばしいことだ。私はずっと、密かにではあったが。あなたたちミニッツメンの壊滅を残念に思い。そして見事に復活してくれたことに、喜びを感じているもののひとりです」
「ありがとう、市長」
「私が言うべき言葉ではないが、このボストンは常に危機にさらされている。
このダイアモンドシティのことです。そしてそれを守るのは、自前のセキュリティーだけでなんとかしようと努力はしている。正直、多くの小さな問題には目をつぶっても。この平和と安全を守らなければならなかった」
「はぁ」
「しかしそれも、改善されるのでしょうな。皆さんの……」
「ちょ、ちょっと待ってください。マクドナウ市長」
私は慌てて言葉を挟む。
会話の流れに置いていかれそうになるのを感じたのだ。
「なにかな?支部長」
「今日はただ、隣人としてかんたんな挨拶に訪れただけです。別にミニッツメンは傭兵ではないのでここに賞金仕事を求めてきたわけではない。誤解されているなら、それは困るのです」
「はぁ」
そもそもは、ハングマンズ・アリーに部隊が到着して数日立たずに最初の使者がダイアモンドシティからやってきた。挨拶がてら、話をしませんかという招待だった。
こちらはすぐには応じられなかった。
旅をようやく終わったばかりだったし、やらねばならないことも多かった。
それでもようやく落ち着いてきたと思ったので、礼儀としてこんどはこちらから挨拶に出向きたいと申し出た結果が――。
「しかし、そうなりますと――わざわざこちらの求めを待たせたのも。焦らしたかったということでは?」
「長旅を終えたばかりで、忙しくしていただけです」
「では、今日のこの場は?自己紹介で終わりということですか?ただ、御機嫌ようというだけで。世間話し、情報交換もあって、でもそれだけ?」
「……いいでしょう、何かあるのですか?話だけなら聞きましょう」
挨拶はいつの間にか、会談へと変わってしまった。
こちらはまだ動き出したばかりなのだ。やっかいな仕事をおしつけられないようにしなくては――。
マクドナウ市長はこの日、終始機嫌が良かったが。一度だけ怒りを見せたことがあった。
会談が終わると、彼は自室に再びあの美しい秘書を呼び出したのだ。
「なんでしょう、市長?」
「急いでパブリック・オカレンシアに使いを出してもらいたい。ミニッツメンの新たな活動によって、我々ダイアモンドシティの住人に、さらに安心できる環境ができたことをパイパーの新聞で一刻も早く住人の皆に知らせてもらいたいのだ」
「……市長、その件ですが。あまりご希望には添えないかと――」
「なに?なぜだ?」
「パイパーのことです。彼女、なんでも今は新しいニュースを追っているとか。ここしばらく、あの女――彼女の姿を見た者はいません。一応、声はかけてはみますけど」
市長の顔は一気に不機嫌なものとなった。
「――なんてことだ!!いつもは余計なことで騒ぎを起こしてばかりだというのに。たまに本当に市民が知らなくてはならない、素晴らしいニュースがあっても。彼女はそれを記事にしようともしない!」
「はい、市長」
「信じられない奴だ!……まぁ、いい。ならば他だ。とにかく話を聞いてくれそうなのを、ここに大至急集めてきてくれたまえ。なんならこっちから出向いてもいい」
首を横に振って頭をリセットさせると、市長はまた笑顔を浮かべた。
このことをのぞけば、今日は市長にとって。ダイアモンドシティにとってとてもよい事があったのだから、笑顔ですごさなきゃならないのだろう。そう、思っている――。
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うめき声は自然と口から零れ落ちていく。
「パラディン・ブランディス……アルテミスの隊員だったかっ」
「ダンス?アルテミスとはなんだ」
レオは本当に何も知らないらしい。
それなら、彼はいきなりこれを連邦という巨大なアリ地獄に手を突っ込み、そこから引き抜いて見せたということか。
私はショックと同時に恐れにも似た感情が湧き上がるのを止められなかった。
なんという皮肉、なんという運命、そして強運なんだろうかっ!
「――3年前の話だ。アルテミスは、私の前に連邦に送り込まれた偵察部隊だった。結果は失敗、部隊は全滅したと思われていた」
「それだけか?」
「フフン、勘が鋭いな。ああ、そうだ。他にも少しある――」
私は顔をしかめ、巨大なパラボラを上り下りする階段に腰を下ろした。
戦闘の疲れもあったのは確かだが、記憶を掘り返して、それを語ると思うと気が滅入って立っていられなかったのである。
大西洋から吹き付けてくる風を受けながら、ダンスはレオに自分とアルテミスの話を始めた。
新たな調査隊の任務を受けた際、ダンスは個人的な理由から全滅とされたアルテミスの捜索も任務に加えるべきだとする主張を粘り強く上げていた。
エンクレイヴの壊滅以降、徐々に組織をより強く、さらに大きなものへと成長を続けていくエルダー・マクソンのB.O.S.であったが。戦い方にまで変化が生まれることはなかった。
――失われた部隊の捜索は無用。
その理論を否定しようとするダンスの真意を知る者達は、同情の意をしめしながらも反対し。
それを知らない者達は、自分を改革者たらんとしてるばかりか、個人の私情で任務を貶めている。と、怒りと非難の塊をダンスの背中にむけて投げつけた。
アルテミスの未帰還という状況に、次の部隊は必ず成功させたいと望んでいたマクソンは。最終的にパラディンたちの中に生まれた「ダンスは任務への熱意に足らず」との声を封じるため。アルテミス捜索の任務を、偵察と平行しておこなっても良いとの言質を与えてくれた。
そうしてダンスは部隊を引き連れ、連邦へとやってくることになる――。
「私は部隊とともに、まずは連邦の北部を歩いた。
かすかに残されていたアルテミスからのビーコンは、そこにまだ残っているとわかったからだ」
「それはどこだ?」
「メッドフォードだよ。なぜ彼らがそこにいたのかも、知りたかったから。われわれは急いださ。
あの時はレイダーや放射能で変異した害虫共と出くわすことが多くてな。リースなどは『どちらも害虫、うちで退治する殺虫剤を作る必要があった』などとぼやいていたものさ」
「そこに、なにがあった?」
「ああ――あった。今日のお前がそうだったように。町に近づくと、我々はそこに軍がつかう専用ビーコンを受信した。そして見つけた」
「何を?」
「アルテミスの最後の場所だ。
綺麗に一帯を更地にしてな、彼らの部隊は自爆していたんだ。
そこに残されていた記録から、彼らは襲撃によって建物を囲まれ、封じ込められ。押しつぶされようとしていたことがわかった。パラディン・ブランディスは、自分たちの武器を敵に奪われまいとすべてを吹き飛ばす決断を下した」
「だから捜索をやめた?でも、彼らは生きていた。ここにもひとり、その証拠が残っていた」
レオは責めるつもりはなかったが。
思わずついた素朴な疑問の声はどうしたってダンスの耳には厳しいものとして伝わった。
「……更地になっていたと言っただろう。可能性は確かにあったが、生き残りがいると信じるだけの手がかりは残されていなかったのだ。
偵察部隊の隊長として連邦に来ていた私は、それ以上の寄り道をするわけにはいかなかった。それこそアーサーに向かって『ダンスは不適格だ、熱意に欠ける』と非難していた連中が正しかったと証明することにもなる」
「わかるよ。確かにその通りだ」
「――だが間違っていた。彼らはあの場所を生き延びたんだな」
まだ、希望はついえた訳ではないのかもしれない。
なのに続けられるはずの言葉は、ダンスの喉の奥から飛び出そうとはしない。
それは口にしてはいけない、危険な誘惑を生むことになる。もう終わった任務、続ける価値もあるかわからない任務だ。
黒煙の立ち昇る衛星アレイの空に、朝の息吹が東から徐々に近づいてきていた。
ダンスが顔を上げると、レオはすでに確信に満ちたそれをむけて見つめてきた。
「君の任務は、まだ終わっていなかったようだ。パラディン・ダンス」
「レオ、しかし――」
「情報は更新された。手がかりはここにある。はじめるのにあと、何が必要だ?」
「ナイト、忘れては困る。われわれの今の任務、連邦に取り残された部隊の回収はどうする?投げ出すのか?」
「彼らの情報はなにもない。そっちを続けるというなら、あんたの指示に従うよ。どうする」
「……こちらは君の持つ連邦の知識を生かしてもらいたいのだが?」
「ゼロだ、ダンス。それとも時間つぶしに、2人で連邦を無闇に歩き回れば。B.O.S.は満足なのかい?」
レオの最後の言葉は、あきらかにダンスへの挑発がこめられていた。
あのリースでなくても、それは不愉快であるはずなのに。この男に言われると、なぜか自分は苦笑するしかない気がした。これこそが間違いだ、メンターを演じるのは私でなくてはならない。
これはそういうルールであったはずだ。
「そうだな。B.O.S.流の政治の不愉快さをともに学ぶ、これはいい機会になるかもしれないな」
「それでこそダンスだ」
差し出された手を握って立ち上がる。
腰から下の尻に確かにあった重い影が、ただそれだけであっさりとダンスを開放し。立ち上がったばかりの2人は、朝を迎える連邦を共ににらみつけてやった。
==========
マクレディは2日酔いに苦しんでいた。
あのトミーと肩を組んでひたすら語り合う夜を数度体験すると、もう彼の姿はサードレールに戻ってくることはなかった。
でもマクレディはそのままそこで飲み続けた。彼は自分が人生の敗北者への道へ、勢いよく転がり落ち始めたことを感じてはいたが。それを止めるブレーキの踏み方がわからなくなってしまっていた。
ショービジネスの夢破れた男は、もうグッドネイバーにはいない。
だが自分はここで、彼のように泣き叫ぶことが恥ずかしいと、アルコールで自分を甘えさせ。あの夜の延長戦にたったひとりで浸りきっている――。
そうなると思考はグルグルと回り始める。
彼の悩みは友情や裏切りだけの話じゃない。これまでの人生で下したすべての決断、特にこの連邦に生きる道を求めた自分すら否定できてしまうことに気づかされてしまう。
結局はマクレディは失敗して逃げ回ることしかできなかった人間のクズだったのだ。
それはあのレオやアキラから離れて、よりいっそう鮮明になった気がする。傭兵だの殺し屋だの看板を出したとしても、自分には彼らのような存在感。悪党としての格といってもいいだろう。それは決してだせないのだということを学び。彼らの要望すら、自分は満足に果たせる力がないのだ。
――負け犬
自分も潮時なのだろうか?
もうあきらめて、バンカーヒルの商人どもにわずかなキャップで命を売るのが正解なのか?
あのハンコックにこのグッドネイバーで商売がしたいと交渉し、サードレールに居ついたというのに。もう自分がどうしたらいいのか、全てがわからない――。
まどろむ眠りの中、サードレールがどよめいたような気がした。
でも、今のマクレディには関係ない。
(そうだ、関係ない。俺には仕事が必要で、そのためには依頼人がくるのをここで待つしかないんだから)
言い訳、屁理屈。どうでも言ってくれ。
俺には運が必要で、それがなけりゃこのままこの町の酒場の隅で埋もれてしまうことだって――。
穏やかだった時間はそこで終わりを迎える。
いきなり自分が息ができなくなるほどの衝撃に襲われたのだ。マクレディは、自分が誰かに椅子から後ろへと乱暴に床へ放り出されたのだと理解した。
「チクショウ。な、何だよ!?」
苦しさに目を白黒させながら、なんとか顔を上げると。まずは相手のメタルアーマーが目に飛び込んできた。
続いてそれが女であることがわかり。それがよりにもよって、このサードレールのオーナー。ハンコックの護衛であるファーレンハイトであるところまで判別がついた。
「あ、あんたっ」
「……」
「いきなりなんだよ!?」
「仕事よ。立ちなさい」
まるでどこかの女王様のようだ。
睨み付けようとしたが。美しい顔の中にある、半分の醜い火傷のあとを見ると、なぜか視線をそらしてしまった。
「ハンコック市長からの依頼か?俺もたいした有名人なんだな」
「――何を言っているの?そんなわけがないでしょう」
「あ?」
「マクレディ、と言ったわね?あなた、自分がこの町でどう評価されているのか知らないの?」
「……」
「キャピタル・ウェストランドから流れてきた傭兵にして殺し屋。でも、それだけ。
ガンナーなんてくだらない連中の宣伝にだまされて、トラブルを抱え込んでしまった。聞いたわよ、最近。あなたを追い回していた連中は死んだそうね?」
「知らないな。それが事実なら嬉しいが」
あの2人を殺したことは内緒にせねばならなかった。とはいえ、素直に喜んでやる演技をすることも考えられないほど、混乱もしていた。
それにしても、この怖い女は自分になにをさせようというのだろうか?
「からかうなら、もういいだろう?二日酔いなんだよ、放っておいてくれ……」
「――アキラのところに戻らないの?」
「いいだろ。放っておいてくれ」
「彼、誘拐されたわ。知ってた?」
気だるさも、頭痛も消えてないが。体は勝手に言葉に反応していた。
マクレディは気がつくと、立ち上がって女の顔をにらみつけている自分に気がついた。そんなことをする元気が自分にまだあることに、正直驚いたが。
「冗談にしては、腹立つな。そいつは――」
「事実よ。調べてみる気になった?」
「俺が?なんで?あんたが自分で調べたらどうだ」
思わず飛び出した挑発だったが、思った以上に効果的だったらしい。冷たく輝く相手の目の奥にヤバイ光をみせてくる。女とは思えぬまじりっけなしの殺意だった。
それでも相手はわずかにこちらに近づくと、耳元で怒りにみちた小さな声で話しかけてくる。
「ドさんぴんが、いきがるなよ。ここで殺されたいの?」
恐ろしい女だとは聞いていたが、噂は本当だと感じる。顔色は変わらなかったと信じているが、マクレディの金玉は文字通りそれを聞いて縮みあがる。
体調不良と湧き上がる怒りをちゃんと制御しないと、今夜でマクレディという馬鹿な男の人生は終了してしまうかもしれない。
(アイツ、こんな女とホテルしけこんだっていうのか。馬鹿じゃないのか?)
まともな男なら、こんな女とベットに入っても不能になるのに間違いない。ガンナーにも何人かいた糞ったれな女共よりも、なお不気味で恐ろしい空気をまとう、この女の存在自体が理解できなかった。
視線をはずし、背中を向けると少し落ち着けとマクレディは自分に言いきかせる。
「誘拐は知らなかった、本当に。でも間違ったことは俺は言ってないぜ。
アイツを助けたいのは、本当はあんたの方じゃないのか?」
自分はあんたのかわりなのか?拗ねているわけじゃないし、本心を聞きたかったわけでもない。
それでも引け目から素直に「はい」といえないマクレディは、あえてその問いを口にする。ファーレンハイトはこたえるつもりはなかったようだ。
「情報をあげる。それが手がかりよ」
「……こっちの質問には答える気はないようだな」
「レールロードは彼を見捨てたらしいわ」
「なっ!?」
変人共、あいつをいきなり、そうきたか。
だが、冷静に考えれば。納得できないわけではない。あの男が、自分と離れたからってそれまでの無茶苦茶なやり方をかえたとは思えない。変人共はレオやガービーと違って、さぞかし持て余したことだろう。
「あの子が愛している友人達も、お前を除いたらそれどころじゃなさそう」
「――だから俺なのか?俺だって別に……」
胸にわずかな痛みが走る。
依頼人と傭兵、それだけの関係のはずだった。あの日、「俺はお前に頼みがあるんだ」と告げてきたあの男に自分はなんと返したか。
気軽にそれができると請け負ったのに――。
「わかった、負けたよ。俺はどうしたらいい?あんたが教えてくれ」
白旗を揚げるのに、もうためらうものはなかった。
そしてむこうはそれが当然というように、スッと地図を差し出してきた。
「印のつけてある場所に行きなさい。その近くにレールロードに関係する建物があるらしいわ。それはどこかはわからないけれど、うろつけば向こうがあなたを見つけるはず」
「見捨てたって、あんたが言ったのは嘘か?」
「信じなさい。アキラのつれていたロボットが接触してくるはず」
「その後は?」
「自分で考えたら?私は知らないわ」
そういうと背中を向けてファーレンハイトはサードレールを出て行こうとする。
マクレディは思わず余計なことを口にしてしまう。
「アイツを見つけたら、あんたに会いに来るようにあいつを説得したほうがいいのかな?」
「……次は市長舎に来るといいわ。改めてハンコックにあなたを紹介してあげる」
「大物の仲間入りか、悪くないな。わかった、そうさせるよ」
この町ではハンコックにも負けない恐ろしい奴だといわれている女だが、以外にあんなでも可愛いところもあるのかもしれない――思わずそう考えてしまった自分の考えのおぞましさに、マクレディの体は震えた。
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ファーレンハイトはそこからすぐに市長の元には戻らず、グッドネイバーをひとりで抜け出す。
そしてとあるレイダーの支配地域へと踏み込み、彼らの生活する建物の中へと恐ろしく気軽な様子で入っていく。
「来たわ」
「へ、へへへっ……ひとりなんだな、本当に」
レイダー達はあきらかに重度のジェット患者であり、すでに健康状態にも問題が表れているような奴らばかりであったが。
真っ青な顔で、ふらふらしていてもギラギラと輝くその目でファーレンハイトを男女が大勢で取り囲む。きっと彼らの脳内ではよからぬ計画でも立てていて、理性をいつ、かなぐり捨てようか悩んでいるのかもしれない。
正直、恐怖を感じない理由がないはずなのに。肝心の彼女はまるでおびえる様子はなく、話も勝手にすすめていこうとする。
「捕まえたのよね?ちゃんと生きてるの?」
「ここにひとりでくるなんてよォ。さすがになめてるんじゃないのか?」
「どっち?殺してないのよね?」
「話しているのは俺だぁ……ヒグゥッ!?」
レイダーのひとりが、怒鳴りつけようとする直前にファーレンハイトは動く。
そいつの股間を乱暴に握って扱うと、ただそれだけでそいつはうめき声を漏らし、泣きながら静かに床にかがみこんでいく。
「こっちは仕事が詰まって急いでいるの。結果は?」
「捕まえた。残りを……」
後ろのポケットから、手からはみ出る程度の大きさの円柱の缶を取り出してジャンキー達の前に掲げてみせる。
「これはボーナスよ。確認して、引き取ったら残りは受け取り場所に用意しておくわ」
全員の目が掲げられた缶に集中し、つばを飲み込む。
「今すぐお見せしろっ」「上にいるよ、椅子に座らせておいた」
まさに餌を前にした犬といったところか。
ファーレンハイトは見るわ、とだけ告げると手の中のそれを近くの男に放り投げ。
さっさと階段をひとりで上っていくが、レイダー達はそれを確認することはなく。全員が興奮して缶の中身に集中しきっていた。
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彼女が求めたものは、階段を上った先の部屋に確かにいた。
グッドネイバーのしがない記者、ソニー。彼はなんと椅子に鎖で体ごと拘束され、レイダー共の退屈しのぎにとボコボコにされ、抵抗する力も失ってうなだれていた。
「死んでないわよね、ソニー?」
「……嘘だろ?なんであんたが――」
「会いたかったわ」
「なぁ、なぁっ。ちょっと、待ってくれよ。あんた、何か勘違いしているんだよ。俺は悪党じゃない、あんたにとっちゃ……取るに足りない男さ。問題にもならないし、問題は起こさない。臆病者なんだ」
「知ってる。ところでソニー、あなたのところの編集長、怒っていたわ。
去年の最終号の原稿ださなかったって。メッセージもあるの」
「あのクソ編集長が?――そうか、あの豚野郎が。あんたに俺を売ったんだな。そいつは間違いで――」
「彼ね。『生きていたら戻ってきてもいいぞ。ガンナーへの取材が残っている』ですって」
「ははは、ガンナー?あの糞野郎も、何を勘違いしてるんだ。今のあいつらのところに顔を出したら、それこそ生きて帰れる保証なんてものはない」
「でもね、ソニー?」
近づいていくファーレンハイトが、横に立つと。座って拘束されている相手の肩に手を置いた。
たったそれだけなのに、ソニーの皮膚は触れた部分から波のように全身の毛が逆立つのを感じる。
「その心配をするなら、まずは生きて町に戻らないと」
「待ってくれよ。話を――」
「話ね、たっぷりしましょう。この後で」
後ろに回られるとソニーの体はついに震え始めた。
伝え聞く市長の護衛、ファーレンハイトの悪趣味な噂の数々が脳裏に浮かんだのだ。そしてその犠牲者たちの姿が今、リアルに自分の姿に変わっていくのを想像してしまったせいで、恐怖している。
「あなた、最近まで街に姿を見せなかったでしょ」
「あ、ああ。仕事をやってたんだ、バイトで。クソ雑誌の記者ってだけじゃ、食えないんだよ。なぁ、これは何かの間違い――」
「さっきから繰り返すのね、それ。何を聞かれるか知っているの?」
「あんたが?あんたが俺に?知るわけがないだろうっ」
「いいえ、知っているわ。ボッビはどこにいるの?なにをしようとしている?」
心音が跳ね上がり、落ち着きなく視線が部屋の中を駆け巡り始める。あらゆる行動のスピードがレッドゾーンにむかって上昇する。
「え?ボッビ?鼻なしのボッビ?」
「口を動かさなくてもいいわ、ソニー。今は考えなさい、どうしたら自分はこれ以上は苦しい思いをしないですむのかをね。よく考えて、そしてこっちが質問したら。そうしなさい、今のあなたのために」
この女は死神だ――。
ゆっくりと坂を石が転がるように、彼の状況はさらに過酷なものへと落ちていく――。
(設定)
・アルテミス
原作のクエスト「The Lost Patrol」に登場。
スーパーミュータントの水風船がしたかった、ただそれだけ。最初はがっつりと戦闘描写を用意するつもりであったが、長文になってしまったので泣く泣く断念した。
ちなみにその描写が残酷すぎたので、これでよかったとの感想をもらってさらに悲しかったりする。
・メンター
助言者とか指導者の意味。